多核種除去設備等処理水からの続き
経済産業省によると,風評被害防止のため「東京電力福島第一原子力発電所におけるALPS処理水の定義を変更しました」とのこと。これまでの報道でも処理水=トリチウムだけを含んだ処理済み汚染水というニュアンスで伝えられていたが,さすがに自民党内の原発推進派からもクレームが来るようなことだったので,保管されているいわゆる処理水の7割には,規制基準を越えるトリチウム以外の放射性物質が含まれていることを明示せざるをえなくなったようだ。
今後は,「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」のみを「ALPS処理水」と呼称することとします,ということである。トリチウム($^3$H)だけでなく,放射性炭素($^{14}$C)もALPSでは除去できないが基準以下という説明だ。東電のスキームでは,放出前に希釈するといっているので,この表現ならば7割の基準を満たさない「処理水」も希釈後は「ALPS処理水」になってしまうのだが大丈夫なのか。普通は信頼関係でそんなとんでもないインチキはないと思うのだが,相手が東電や経産官僚なので疑心暗鬼にならざるを得ない。
反ニセ科学の人たちは,ここぞとばかりにトリチウムの安全性を強調しているが,その前にもう少し前提条件を疑っても良いのではないか。これ以上の保管が困難な理由は何か。トリチウム水 HTO を,水蒸気として大気中に放出するのではなく,液体の水として海へ放出するのでなければならない理由は何か。
(1) 福島第一原発の敷地は137万平方kmあって,5号機6号機の北や西のエリアには建物がない場所がたくさんある。もちろん,今後の廃炉計画上は一定の用途が割り当てられているが本当に見直す余地はないのだろうか。廃炉過程の廃棄物の受け入れ予定場所とはいえども,漁業風評被害と天秤にかければ全く議論の余地がないわけではないだろう。正常にALPSを経由した3割の「ALPS処理水」については40年保管すれば放射線量は1/8には減らすことができる(トリチウムの半減期は12.3年,毎年5.5%の割合で減少する)。複雑な構造の原子炉本体を60年動かそうとしているのに,単純なタンクが60年維持できないのはなぜなのか(最も,自宅マンションの貯水槽も30年目にして更新作業中なので何か理由があるのかもしれない)。
(2) 世界各国の正常に稼働している原子力発電所の場合は,トリチウムの液体(水)放出と気体(水蒸気)放出が同程度に行われている。福島第一原発は原発事故地という特別な環境にあるため,そもそもこれらの正常な原発のトリチウム放出と同等に考えて良いのかどうかは議論の余地があるが,それにしても漁業への影響のない水蒸気放出が困難である理由がほとんど具体的に示されていない。
(3) 正常に運転される原子力発電所では,原子炉周りの地下水の流入による汚染を防ぐためにサブドレンという名前の井戸を周囲に設けている。その水位を保つためにサブドレンの水を汲み上げて海に放出しているが,この水は一定の汚染レベルになることがある。その放出水に含まれるトリチウムが1500Bq/Lであり,今回のALPS処理水をこの水準まで希釈して放出するというのが東電の方針である。このためには平均500倍に希釈する必要がある。タンクのトリチウム汚染濃度平均が73万Bq/Lであるからだ(現時点の福島第一原発のトリチウム総量は860兆Bq)。これって海水で500倍に薄めるのよね。この論理が使えるならば,どんな物質でも海水で基準以下まで希釈してから海に放出できるのではないか。
[1]ALPS処理水について(経済産業省)
[2]廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議(第5回)(首相官邸)
[3]廃炉・汚染水・処理水対策ポータルサイト(経済産業省)
[4]処理水ポータルサイト(東京電力)
[5]Japan plans to release Fukushima’s wastewater into the ocean(Science)