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2025年2月26日水曜日

初歩からの物理


午前9:00を過ぎたNHKでは国会中継が始まったので,BSの放送大学に切り替えたら,岸根順一郎(1967-)さんの「初歩からの物理」をやっていた。そのテロップに,この授業を共に担当している松井哲男(1953-2025)さんが1月5日にご逝去されたとあってビックリした。

松井さんは自分より1学年上だ。学会や研究会の同世代や少し上の学年というと,京大では国広悌二さんや巽敏隆さん,東大では岡真さんや星紀行さん,名大では松井哲男さんや乙藤岳志さんらをよく見かけて話をきいた。京大と名大のグループは当時流行のパイオン凝縮)の話題に集まっており,東大グループは核力とクォーク模型について研究を進めていた。いずれも原子核理論の中間エネルギーという分野の話だ。自分はベータ崩壊なので中間エネルギーにも届かないのだけれど。

京大グループの話はモデルとしてはわかりやすかったが(それでも怪しかった),名大グループのそれはあまりよく理解できなかった(物性物理の知識不足からか)。1980年の国際会議のときに記念写真をとって,その後海外に旅立つことになっていた松井さんから送られてきた。お礼の返事をすればよいものの,こしぎりならずいつものように不義理のため放置したままだった。よくないです。

松井さんは岐阜高だから水野義之(1953-)さんと同窓か。京大理学部から大学院で名大の安野愈さんの研究室に進む。1980年からアメリカに渡り,スタンフォード,LBL,MITを経て1993年に京大の基研,1999年から東大の駒場,2015年から放送大学でそれぞれ教授を勤めていた。

放送大学のチャンネルで拝見する限りはお元気そうだったのだけれど。合掌。


写真:放送大学「初歩からの物理」の松井さん(放送大学から引用)


P. S. 原子核理論では若くて亡くなる人が多かった。いやどの分野でもそんなものかもしれない。有馬研の星紀行さんも1980年代に亡くなっている。大坪先生がハイパー核での研究を期待していたのに残念だったと話していたかもしれない。京大で原子核の有効相互作用を研究していた安藤和彦さんと坂東弘治さん。RCNPの理論部にいた後輩の深山良徳君と名大から甲南大学にいった西岡英寿さんは1990年代半ば。最近だと大西明さんなどなど。


P. S. 池上彰が気持ち悪いのはマンスプレイニングだからだ。と誰かがYouTubeで話していたが,それはブラタモリにもいえる。大橋巨泉もそうだった。放送大学の物理などの時間もキッチリあてはまるのだ。自分のブログだってそうかも。いかんともしがたい・・・。みんな少しずつ気持ち悪い。


[2]Quest for the Quark-Gluon Plasma(2013, T. Matsui)

2025年2月11日火曜日

点変換

量子ホール効果のあらましを少しだけ勉強する必要があった。自宅にある本は岩波書店の新物理学選書「量子ホール効果」吉岡大二郎と岩波講座現代の物理学18「局在・量子ホール効果・密度波」だ。

さっそく,前者をひもとくと電磁場中の荷電粒子における並進演算子の生成演算子がでてきて,K=p-eA+eB×r とあった。わからない。どこからでてきた。普通は,解析力学ラグランジアンを書いてネーターの定理を当てはめるのだけれど,具体的にどうすればいいかわからない。

しかたがないので,岩波講座 現代の物理学1「力学」の第1章Lagrange形式から読み直す。ふむふむ。そして点変換のところでつまづいた。一般座標(q_1,...,q_n)から(q'_1,...,q'_n)の変換が,各点同士に一対一対応がある場合,つまり,q'_i(t)=q'_i(q_1(t),...,q_n(t)) (i=1,...,n) と書けて,A_ij = ∂q'_i(t)/∂q_j(t) という変換行列の行列式がゼロでなく有限になるという条件のあるときだ。

この点変換に対して,ラグランジアンが不変になるという話が必要であった。その導出過程に,∂p_j(t)/∂p'_i(t) = ∂q_j(t)/∂q'_i(t) という式が現われる(ただし,p(t) ≡ d/dt q(t) )。老人の頭はかたく,いろいろ調べても考えてもこれがわからない。四苦八苦したあげくAIにきいてみた。

あららなんと,正しい導出過程を教えてくれるではないか。推論できるChatGPT o1 だけでなく,GeminiやDeepSeek でもそれなりの答えが得られた。うーん,ついにAIは普通の人間の理解力を越えてきたかと感慨深いものがある。いやたんに自分が惚けてきただけか。

Q(koshix):
解析力学の一般論です。
q(t) = (q_1(t), … ,q_n(t)) であり,自由度nの系を扱っている。
以下,\dot{q}(t) = p(t) と表記し,q(t) p(t)などの(t)は省略する。
ラグランジアンLが点変換に対して不変であるとは,変換後のL'が次式を
L'(q',p',t) ≡L(q,p,t) で与えられることを意味する。
点変換であるため,δq'_i=Σ_j ∂q'_i/∂q_j δq_j などが成り立つ。

このとき,以下の関係式が成立することを導いてください。
∂L'(q',p',t)/∂p'_i = Σ_j ∂L(q,p,t)/∂p_j・∂p_j/∂p'_i = Σ_j ∂L(q,p,t)/∂p_j・∂q_j/∂q'_i

A(DeepSeek V3):
解析力学における点変換に対するラグランジアンの不変性から、以下の関係式を導出します。

前提条件
・ラグランジアンL(q,p,t) が点変換に対して不変である。
・点変換後のラグランジアンをL'(q',p',t)とし,L'(q',p',t)≡L(q,p,t)が成り立つ。
・点変換により,q'i=q'i(q,t)およびp'i=p'i(p,t)が定義される。
・点変換の性質から。δq'i=Σj∂q'i/∂q'jδqjが成り立つ。
目標
以下の関係式を導出する:
∂L'(q',p',t)/∂p'i = Σj ∂L(q,p,t)/∂pj・∂pj/∂p'i = Σj ∂L(q,p,t)/∂pj・∂qj/∂q'i
導出過程
1.ラグランジアンの不変性:
点変換に対してラグランジアンが不変であるため,次式が成り立つ:
L'(q',p',t) = L(q,p,t)
ここで,q'とp'はqとpの関数である。

2.偏微分の連鎖律:
L'をp'iで偏微分するために,連鎖律を適用する:
∂L'(q',p',t)/∂p'i = Σj(∂L(q,p,t)/∂qj・∂qj/∂p'i + ∂L(q,p,t)/∂pj・∂pj/∂p'i)
ここで,qjはp'iに依存しないため,∂qj/∂p'i=0となる。したがって,次式が得られる。
∂L'(q',p',t)/∂p'i = Σj ∂L(q,p,t)/∂pj・∂pj/∂p'i

3.点変換の性質を利用:
点変換の性質から,pjとp'iの関係は,qjとq'iの関係と対応する。具体的には,運動量pjは
一般加速度\dot{q}jに関連しており,点変換により\dot{q}'i=Σj∂q'i/∂qj \dot{q}j が成り立つ。
したがって,運動量の変換も同様の関係を持つ:
pj = Σi p'i ∂q'i/∂qj
これを逆に解くと、次式が得られる:
∂pj/∂p'i = ∂qj/∂q'i

4.最終的な関係式
上記の結果を代入すると,次式が得られる:
∂L'(q',p',t)/∂p'i = Σj ∂L(q,p,t)/∂pj・∂qj/∂q'i
5.結論
以上から、以下の関係式が成立する:
∂L'(q',p',t)/∂p'i = Σj∂L(q,p,t)/∂pj・∂pj/∂p'i = Σj ∂L(q,p,t)/∂pj・∂qj/∂q'i
P. S. これはR1ではなく,V3の結果である。問題自身がそんなにややこしいものではなく,常識的な論理の範囲ででてきたものだ。それが思いつかなかった自分がアホだったということ。一方,DeepSeek R1も別の問題で試してみたが,こちらはより時間をかけて推論が行われ,その過程の説明文が明示されている。

2025年2月10日月曜日

電磁場中の荷電粒子

 物理系の運動=状態変化が,時間を変数とする力学変数に対する微分方程式系で表される。適当な初期条件の下で,この微分方程式系を時間で順次積分することにより物理系の運動状態変化が求まる。これとは異なって,初期条件と終期条件が固定されたすべての仮想的に可能な(状態変化)経路の中から変分原理によって物理的に実現される経路が定まると考えることもできる。

この系の力学変数のある関数を,経路にわたって時間で積分した量を構成する。これを作用とよぶ。あらゆる仮想的な経路についての作用の集合の中から,実際に実現される物理系の(状態変化)経路を選び出す条件は,作用が停留値を取ることであると考える。

これが停留作用の原理(最小作用の原理)とよばれるものであり,力学変数の関数をラグランジアンとよんでいる。

力学変数をq(t){qi(t) (i=1, n)}とし,経路はq(t) (t0tt1)である。また,始点と終点は,q(t0),q(t1)で表される。

ラグランジアンをL=L(q(t),˙q(t),t)とすると,作用Sは,S[q]=t1t0L(q(t),˙q(t),t)dt となる。これが停留値となって物理的に実現される経路をq(t)として,停留作用の原理が成り立つ条件を表すと,

q(t)=q(t)+δq(t), ˙q(t)=˙q(t)+ddtδq(t)˙q(t)+δ˙q(t)として,δq(t0)=δq(t1)=0 および,\\

δS=S[q]S[q]=t1t0{L(q(t),˙q(t),t)L(q(t),˙q(t),t)}dt=0

これから,L(q(t),˙q(t),t)L(u,v,t)=Lとして,

t1t0{Lu|u=q,v=˙qδq(t) +Lv|u=q,v=˙qδ˙q(t)}dt

=t1t0{Lu|u=q,v=˙qδq(t) +ddt(Lv|u=q,v=˙qδq(t))ddt(Lv|u=q,v=˙q)δq(t)}dt

=t1t0{Lu|u=q,v=˙qddt(Lv|u=q,v=˙q)}δq(t)dt+[Lv|u=q,v=˙qδq(t)]t=t1t=t0=0

第3項は0であり,任意のδq(t) についてこの式が成り立つためには

L(u,v,t)u|u=q,v=˙qddt(L(u,v,t)v|u=q,v=˙q)=0 あるいは,LqiddtL˙qi=0 (i=1,n)

このn本の連立微分方程式を オイラー・ラグランジュの方程式という。

ある物理系に対して同じラグランジアンや作用は一意的に定まらない。例えば,

L(q,˙q),t)L(q,˙q),t)=L(q,˙q),t)+ddtW(q,t) とすれば,作用には t1t0ddtW(q,t)dt=W(q(t1),t1)W(q(t0),t0)の項が付け加わるが,停留値の計算には影響しないので,同じ,オイラー・ラグランジュの方程式を与える。

電磁場中の荷電粒子,r={qii=1,2,3},電荷 q)が,スカラーポテンシャルϕ(r),t,ベクトルポテンシャルA(r,t)中を運動する場合,ラグランジアンはL(r,˙r,t)=m2˙r2qϕ(r,t)+q˙rA(r,t)となる。

オイラー・ラグランジュの方程式は,

0=LrddtL˙r=qϕ(r,t)r+q˙rA(r,t)rddt(m˙r+qA(r,t))

0=m¨rq(ϕ(r,t)r+A(r,t)t)+q(˙rA(r,t)rA(r,t)r˙r)

つまり,m¨r=qE(r,t)+q˙r×B(r,t)

ここで,E(r,t)=ϕ(r,t)A(r,t)t

 および,B(r,t)=ijεijk(iAjjAi)=×A(r,t)

2025年1月19日日曜日

国際量子科学技術年

2025年は,ユネスコが定めた国際量子科学技術年(IYQ 2025)である。

100年前の1925年7月29日に,ヴェルナー・ハイゼンベルク(1901-1976)が Zeitschrift fur Physik 33 (1) 879-893 に次の量子力学の第一論文を発表した。
Uber quantentheoretische Umdeutung kinematischer und mechaniseher Beziehungen.
Von W. Heisenberg in Gottingen. (Eingegangen am 29. Juli 1925.)

In der Arbeit soll versucht werden, Grundlagen zu gewinnen fur eine quantentheoretische Mechanik, die ausschliellich auf Beziehungen-zwischen prinzipiell beobachtbaren Grossen basiert ist.

運動学的・力学的関係の量子論的再解釈について
W. ハイゼンベルグ   ゲッチンゲンに於て  (1925年7月29日受領)
この著作では、主として観測可能な量間の関係のみに基づく量子論的力学の基礎を得るための試みがなされている。
これが量子力学の全ての始まりだった。そして今年はこれから100年目の記念年になる。数年前から授業で予告していた年がとうとうやってきた。理科年表創刊100年,東京放送局ラジオ放送開始100年,治安維持法公布100年,普通選挙法(25歳以上の男子)公布100年,東大安田講堂竣工100年,山手線環状運転100年,ナチス親衛隊設立100年,大日本相撲協会設立100年などなど。


図:YQT2005のロゴ(ユネスコから引用)

日本物理学会誌によれば,さらにJPS Anniversary Years 2025-2027 の開幕だとのこと,2025年のIQY 2025に加えて,2026年は日本物理学会創立80周年,2027年は東京数学会社(日本数学物理学会)の設立150周年だとのことだ。

[1]Quantum Archive (Physics Today)
[2]Q-Portal(理化学研究所)
[3]量子力学2025(現代化学 2025年1月号)
[4]国際量子科学技術年に寄せて(国立科学博物館)
[5]量子技術イノベーション(内閣府)

2024年12月18日水曜日

交代磁性体

スーパーフレアからの続き

テレビや新聞のニュースの時間に取上げられる科学や技術のトピックスは,よくよく注意する必要がある。素直に聞いていると,ものすごいブレークスルーやイノベーションが到来していて未来はバラ色だという印象を持ってしまうのだ。多くの場合は,プレスリリースする側が話を盛っていて(まあ将来の展望部分はそうならざるを得ないのだけれど)落ち着いて判断する必要がある。

スーパーフレアや破局的噴火や地球温暖化など危機を煽る場合も同様だ。いずれにしても本当の専門家でないとなかなか正当な判断ができない。困ったなあ。これじゃとてもじゃないけどフェイクニュースに対応できない。科学解説の人がフォローしてくれればよいのだが,その成れの果ては池上彰だからなあ。

スーパーフレアの話題があった朝のNHKニュースでは,東大工学部の関真一郎東大物性研究所の高木里奈グループの交代磁性体が取上げられていた。いわく,
交代磁性体は、従来利用されてきた強磁性体と異なり、①ビット間干渉の原因となる漏れ磁場が存在しないため素子の集積化に有利、②応答速度が100倍以上高速、③磁気的な外乱に対する耐性が高い、といった特徴を持ち、次世代の超高密度・超高速な情報媒体としての活用が期待されます。(東大工学部プレスリリースから引用,なお,常温で動作することも重要なポイント)
図:交代磁性体とは(東大工学部プレスリリースから引用)


こういう場合は,Perplexity Pro にたよればよい・・・かな?
Q(koshix):
反平行なスピン配列と、特殊な対称性の原子配列を併せ持つ、交代磁性体(Altermagnet)が,室温で情報の読み書きが高速で可能になると聞きましたが,その原理について,理系の大学生にわかるように説明してください。

A(Perplexity Pro):
(回答略)

Q(koshix):
「交代磁性体の特殊な構造により、↑↓と↓↑のスピン状態の下で運動する電子が、量子力学的な機構を通じてそれぞれ逆符号の大きな仮想磁場を感じます。」の部分を量子力学を学んでいる学生向けに詳しく説明してください。仮想磁場の意味もわかりません。

A(Perplexity Pro):
交代磁性体における仮想磁場の発生は、量子力学的な効果に基づいた興味深い現象です。以下に、この現象をより詳しく説明します。

1.仮想磁場の概念
仮想磁場とは、実際の磁場が存在しないにもかかわらず、電子が感じる磁場のような効果のことを指します。この場合、電子の運動に影響を与える何らかの力が存在し、その効果が磁場と同様の振る舞いを示すことから「仮想的」と呼ばれます。

2.交代磁性体における仮想磁場の発生メカニズム
(1) ベリー位相と幾何学的位相
交代磁性体における仮想磁場の発生は、量子力学的な概念である「ベリー位相」または「幾何学的位相」と密接に関連しています。ベリー位相は、量子系のパラメータが断熱的に変化する際に波動関数が獲得する位相のことです。
(2) スピン-軌道相互作用
交代磁性体の特殊な結晶構造とスピン配列により、電子の運動に伴って強い
スピン-軌道相互作用が生じます。このスピン-軌道相互作用により、電子の運動に依存したベリー位相が発生します。
(3) 運動量空間での曲率
電子の波動関数は、運動量空間において特定の曲率を持つことになります。この曲率は、実空間での磁場と同様の効果をもたらし、電子の運動に影響を与えます。

3.↑↓と↓↑のスピン状態による逆符号の仮想磁場
交代磁性体の↑↓と↓↑のスピン状態では、以下のメカニズムにより逆符号の仮想磁場が生じます:
(1) 時間反転対称性の破れ: ↑↓と↓↑の状態は時間反転操作で互いに移り変わります。この時間反転対称性の破れが、逆符号の効果をもたらします。
(2) 運動量空間での曲率の反転: スピン状態が反転すると、運動量空間での波動関数の曲率も反転します。これにより、仮想磁場の向きが逆転します。
(3) スピン-軌道結合の符号変化: スピン配列の反転に伴い、スピン-軌道相互作用の符号も変化します。これが仮想磁場の符号反転につながります。

4.仮想磁場の観測
この仮想磁場の効果は、ホール効果として観測することができます。↑↓と↓↑のスピン状態で、電流に垂直な方向に逆符号の起電力が生じます。これは、実際の磁場がなくても、強磁性体におけるホール効果と同様の現象が起こることを意味します。

5.量子力学的な解釈
量子力学的には、この現象は以下のように解釈できます:
(1) 電子の波動関数は、スピン状態と結晶構造に依存した位相因子を含みます。
(2) この位相因子が、電子の運動に対して追加的な位相変化をもたらします。
(3) 位相変化は、実効的なベクトルポテンシャルとして作用し、これが仮想磁場を生成します。
この仮想磁場の概念は、トポロジカル絶縁体量子ホール効果などの現代的な凝縮系物理学の理解にも重要な役割を果たしています。

物理としては非常に面白い話だと思う。その技術的応用についての定量的な評価に関する説明がほしかった。 

2024年12月3日火曜日

物理AI基盤モデル

AI Feynman(4)からの続き

世の中のあらゆる“未知の物理現象”を予測できるAI」というおどろおどろしいタイトルの記事がITメディアに掲載されていた。えええっ,これはなんだ。

ということで,原論文「A Phenomenological AI Foundation Model for Physical Signals」を読んでみた・・・というか,NotebookLMに読ませてみた(^_^;;;)。いろいろ質問したところ,こんなことかなというのがわかってきた。と思ったけど,読解力が不足していた。これは,生成AIに頼りすぎて読み解く力が衰えてきたためだ。知能のフレイル現象

Q(koshix):
論文の内容を以下のようにまとめましたが,不正確な部分を修正してください。

「ある特定の物理現象の解析にAIを用いることはよく行われている。今年のノーベル化学賞のタンパク質構造予測もその一例だろう。太陽系外惑星の探索に深層学習を利用する場合のように,大量のデータから特徴をつかみ出すことができる。あるいは大量のデータの中に潜む法則性=方程式を導くこと,さらには方程式を経由せずにデータから直接別のデータを予測することなどなどがある。

今回の論文では,複数の物理現象にまたがって,背景となる物理法則を与えずに,AIによって新しい予測を可能にするというものだ。その結果,単独の現象だけでAI予測をする場合よりも精度が上がる場合があるというのだ。たぶん,複数の減少をまたぐことで,物理法則による制限がインプリシットに含まれているのではないかと思われる。

5.1億個のデータを分析しているというが,何種類の実験を対象にしているのかが必ずしもはっきりしなかった。論文で例示されていたのは,減衰調和振動子でカオス的な振舞いをするもの,電流エネルギーの熱エネルギーへの転化やその逆過程,都市や国レベルの電力消費や気象データなど,複数種類のセンサーの測定値の時系列の関係を表現するものだ。

測定値の時系列データは適当な時間幅に区切られて数値化し,それらの生成順序を含めたデータにすることで,大規模言語モデルのトークンのように扱うことができる。とNotebookLMは説明してくれた。なるほどもっともらしい話だ。あとは通常のLLMの手法が使えるということか。」

A(NotebookLM):
ご指摘いただいた論文内容のまとめについて、ソースに基づいて修正点を以下に示します。

(1)物理法則を用いないAI予測:論文で提案されているAIモデルは、複数の物理現象にまたがるというよりも、物理法則に関する事前知識や帰納的バイアスを導入せずに、様々な物理現象を扱うことができる点が新しいです。このモデルは、単一の現象に特化したAI予測よりも精度が向上する場合があることが示されています。これは、多様な物理データで学習することで、物理法則による制約が暗黙的にモデルに組み込まれているためと考えられます。

(2)データ分析の対象:論文では、5.1億個のデータを用いてAIモデルを学習させています。このデータは、41種類の公開データセットから収集されており、河川流量、太陽光発電量、降水量、太陽活動など、様々な現象、物理量、センサーが含まれています。論文では、減衰調和振動子、熱電変換、都市や国レベルの電力消費、気象データなどを例として挙げて、モデルの性能を検証しています。

(3)時系列データの扱い:論文では、測定値の時系列データを一定の時間幅で区切り、数値化し、生成順序を含めたデータとして扱っています。これは、大規模言語モデルのトークンと同様に扱うことができるとのことですが、この記述はソースには見当たりません。NotebookLMの説明とのことですが、ソースの情報からは、このモデルが通常のLLMの手法と全く同じであるとは断言できません。

(4)モデルの構造:論文で提案されているモデルは、センサーデータを入力として、それを時系列の1次元パッチに分割し、Transformerベースのエンコーダネットワークを用いて共通の埋め込み空間に射影します。このエンコーダは、多様なセンサーデータで学習することで、特定のセンサーの種類に依存しない、様々な物理現象の根底にある時間的パターンを効果的に学習します。その結果得られるコンパクトな表現は、現象論的デコーダと組み合わせて、軌跡予測や再構成などのタスクに使用されます。

重要なポイント
・論文では、物理法則を明示的に与えることなく、多様な物理データから学習することで、様々な物理現象を予測できるAIモデルを提案しています。
・モデルは、ゼロショット学習が可能であり、学習データに含まれていない現象に対しても予測を行うことができます。
・論文では、このモデルが、大規模言語モデルと類似した能力を持っている可能性を示唆しています。
ご指摘いただいた内容とソースを比較検討することで、論文への理解が深まることを期待します。



図:物理AI基盤モデルの概念(A Phenomenological AI Foundation Model for Physical Signals から引用)

[3]AI for Science とデータ駆動科学(五十嵐康彦・竹中光・永田賢二・岡田真人)
[4]人工知能の弱点を補う物理学(高安秀樹)
[5]物理法則を組み込んだ深層学習(雪島正敏・清水浩之)

2024年11月9日土曜日

シンバル

NHKの探検ファクトリーはとても興味深い番組だ。バラエティー生活小百科の後番組で,定時の土曜日お昼時だけでなく再放送でもよくみかける。今日は大阪市平野区のシンバル工場だった。

小出製作所は,金属のヘラ絞り加工を専業とする10人ほどの小企業だが,従業員からの提案で,20年ほど前からシンバルの製造を行っている(シンバル部門は社長を含めて4名だけ)。日本でただ一つのシンバル製造メーカーで,小出シンバルのブランドで有名なのだった。

番組では,製造工程をていねいに紹介していた。気になったのは,同じ直径のシンバルでは,重いほうが音が高いというところだ。弦の固有振動の場合は,振動数は張力を線密度で割ったものの平方根に比例する。つまり重い弦の方が振動数は低くなるわけだ。円盤の振動では,そうなっていない。これは重いシンバルのほうが,その曲げ剛性が大きくなるからのようだ。たぶん。



写真:小出のクラシックシンバル(Amazonストアから引用,10万5千円)

2024年11月8日金曜日

火星19

弾道ミサイルの軌道(5)からの続き

ロイターが伝えた朝鮮中央通信のニュースによれば,10月31日に発射したのは大陸間弾道ミサイル「火星19」だとのこと。ICBMの最終完結形態で世界最強のミサイルをうたっている。知らんけど。飛行距離は1001.2km,飛行時間は5156秒,最高高度は7687.5km だ。

無意味なアラートを出すよりも,こういった基本的な情報がほしいところだ。しかし,防衛省が韓国軍や米軍からこれらの情報を入手してもことさらにマスコミに流す必要はないと考えているのだろう。日本政府にしてみれば,アラートを出すだけで危機意識の醸成という目的は達成される。

2年前の「火星17」については,同じロフテッド軌道で,飛行距離 999.2 km ,飛行時間 4135 秒,最高高度 6040.9 km だった。これに比べると,今回は飛行時間が1000秒伸びて,最高高度も1600kmほど高くなっている。

そこで,忘れかけていたMathematicaのコードを引っ張り出して再計算してみた。目の子でパラメータサーチをした。単純なモデルなので,そんなにピッタリ再現できるわけではないが,ほぼほぼ雰囲気は得られる。飛行時間を5156秒=86分あたりに固定すると,最高高度は170kmほど高くなって7850km(+2.1%)になってしまう。最高高度を7600km台にするためには,飛行時間を2分ほど減らして84分にする(-2.3%)必要がある。燃焼時加速度a,燃焼時間τ,燃料重量比pなどを変えても,飛行時間で制約がかかる範囲では,飛行高度を再現するには至らなかった。

これらのパラメタのままで,投射角度だけを45度にすれば(飛行時間Tは,地表に到達する点で調整する),大円到達距離は16500kmを越えてくる。

g = 0.0098; R = 6350; τ = 90.8; p = 0.75; a = 0.045; s = 86.7 Degree; T = 5160;
g = 0.0098; R = 6350; τ = 90.8; p = 0.75; a = 0.045; s = 45 Degree; T = 7050; 
(* g=0.0098; R=6350; τ=90.4; p=0.75; a=0.045;s=86.7Degree;T=5160-120; *)
(* g=0.0098; R=6350; τ=90.4; p=0.75; a=0.045;s=45 Degree;T=6850; *)

fr[t_, τ_] := a*Sin[s]*HeavisideTheta[τ - t]
ft[t_, τ_] := a*Cos[s]*r[t]*HeavisideTheta[τ - t]
fm[t_, τ_] := -p/(τ - p*t)*HeavisideTheta[τ - t]
sol = NDSolve[{r''[t] == -fm[t, τ]*r'[t] + h[t]^2/r[t]^3 - g R^2/r[t]^2 + fr[t, τ], 
r[0] == R, r'[0] == 0,  h'[t] == -fm[t, τ]*h[t] + ft[t, τ], h[0] == 0}, {r,  h}, {t, 0, T}]
f[t_] := r[t] /. sol[[1, 1]]
d[t_] := h[t] /. sol[[1, 2]]
Plot[{6350, f[t]}, {t, 0, T}]
Plot[{f[t + 1] - f[t], d[t]*R/f[t]^2, d[t]/f[t]}, {t, 0, T}, 
 PlotRange -> {-8, 8}]

{f[T/2] - 6350, tyx[T], v[T]/0.340}
→ {7851.42, {5160, -46.3658, 1007.58}, 24.5585}
g0 = ParametricPlot[{NIntegrate[R d[t]/f[t]^2 , {t, 0, tt}], f[tt] - R}, {tt, 0, T}]
→ {8231.43, {7050, 121.626, 16657.9}, 25.6423}
g9 = ParametricPlot[{NIntegrate[R d[t]/f[t]^2 , {t, 0, tt}], f[tt] - R}, {tt, 0, T}]



図:北朝鮮のミサイルの軌道(ロイター記事から引用)

2024年10月9日水曜日

ニューラルネットワーク

今年のノーベル物理学賞は,今日のAIブームの基盤となる人工ニューラルネットワークの基礎理論に与えられた。中継を見ていると,最初に委員長からスウェーデン語と英語の両方で発表があって,簡単な業績紹介。その後,ヒントン(バックプロパゲーション!)とのライブでのやりとりや質疑応答などがあった。

ホップフィールドは物理学者だし,ホップフィールドネットワークはイジングモデルとも関係づけられているので,物理らしい。一方,ヒントンは心理学者として出発したコンピュータ科学者なので,これは物理か?というところだ。今のところ物理屋さんたちもほとんど両手で賛成しているようだ。情報が宇宙や物性や素粒子と並ぶ物理学の一分野であるという共通認識が確立する第一歩ということか。

Q(koshix):
ホップフィールドネットワークとボルツマンマシンについて,ニューラルネットワーク全体の中でそれぞれがどのように位置づけられて,その後の発展にどういう影響を与えたかを,なるべく分かりやすく具体的に説明してください

A(Perplexity Pro):
ホップフィールドネットワークとボルツマンマシンは、ニューラルネットワークの発展において重要な役割を果たした2つのモデルです。それぞれの位置づけと影響について説明します。

ホップフィールドネットワーク
ホップフィールドネットワークは、1982年にジョン・ホップフィールド(1933-)によって提案された再帰型ニューラルネットワークの一種です。
特徴と位置づけ
・単一層のニューロンで構成され、各ニューロンが他のすべてのニューロンと双方向に結合しています。
・連想記憶として機能し、不完全または雑音のある入力からパターンを復元できます。
・エネルギー関数の最小化によってパターンを想起します。

影響と発展
1.記憶容量の向上:研究者たちは、ホップフィールドネットワークの記憶容量を向上させる方法を探求しました。例えば、ニューロン間の複雑な接続を導入することで、従来のモデルの2倍以上の記憶容量を実現しました。
2.最適化問題への応用:ホップフィールドネットワークは、組み合わせ最適化問題の解決にも応用されました。
3.深層学習への影響:現代の言語モデル(ChatGPTなど)の基盤となるTransformerネットワークは、ホップフィールドネットワークと類似した構造を持っています。
4.脳機能のモデル化:記憶や認知プロセスの研究に応用され、神経科学の発展に寄与しました。

ボルツマンマシン
ボルツマンマシンは、1985年にジェフリー・ヒントン(1947-)らによって提案された確率的ニューラルネットワークモデルです。

特徴と位置づけ
・対称的に結合されたニューロン様ユニットで構成され、確率的に on/off を決定します。
・二値データセットから興味深い特徴を発見する能力を持ちます。
・学習アルゴリズムは単純ですが、多層構造では非常に遅くなる傾向があります。

影響と発展
1.制限ボルツマンマシン (RBM):ボルツマンマシンを簡略化した RBM は、深層信念ネットワーク (DBN) の基本構成要素となりました。
2.深層学習の前駆:RBM は、深層ニューラルネットワークの事前学習に使用され、深層学習ブームの先駆けとなりました。
3.生成モデルへの貢献:ボルツマンマシンの考え方は、変分オートエンコーダ (VAE) や生成敵対的ネットワーク (GAN) などの現代の生成モデルの発展に影響を与えました。
4.確率的モデリング:機械学習における確率的アプローチの重要性を示し、後の研究に影響を与えました。
5.教師あり学習への応用:教師あり RBM は、分類タスクのための興味深い分布設定を提供しました。

これらのモデルは、ニューラルネットワークの理論的基礎を築き、現代の深層学習技術の発展に大きく貢献しました。ホップフィールドネットワークは主に連想記憶と最適化問題に、ボルツマンマシンは特徴学習と生成モデリングに影響を与え、両者ともに現代のAI技術の礎となっています。



図:これがAIの持つニューラルネットのイメージなのか(DALL-E3より)

[1]Hopfield Network(Scholarpedia)
[2]Boltzmann Machine (Scholarpedia)

2024年9月24日火曜日

知性の物理学

茂木健一郎のPIVOTチャンネルが,「生成AIを丸裸にする知性の物理学」というタイトルで,ハーバード大学脳科学センターで知性の物理学プログラムを主催している田中秀宣さんを招いて対談をしていた。とても刺激的で良かったのだけれど,今一つ具体性にかけて空振りが続く試合だった。そういえば,東大理学部物理にも統計力学の樺島祥介さんが主催する「知の物理学研究センター」というのがあったね。
Q(koshix):
知性の物理学 Physics of Intelligence について教えてください。
専門用語を避けずに説明して見てください。多角的な視点はOKです。

A(Gemini 1.5 PRO)
知性の物理学:専門用語を交えた多角的な解説
「知性の物理学」とは、従来、哲学や心理学の領域であった「知性」を、物理学の厳密な枠組みで理解しようとする学際的な研究分野です。近年、人工知能の発展や脳科学の進歩を背景に、急速に注目を集めています。

1.知性の物理学の目的
知性の本質の解明:知性を、単なる情報処理ではなく、物理的な現象として捉え、その本質を明らかにすることを目指します。
人工知能の限界と可能性:人工知能のさらなる発展のために、人間の知性の仕組みを解明し、それを模倣する技術開発を目指します。
脳科学との連携:脳イメージング技術などの進歩を活かし、脳内の情報処理メカニズムと知性の関係を解明します。

2.知性の物理学における主要なアプローチ
神経回路網の物理モデル:脳の神経回路網を、物理学のモデルを用いて記述し、学習や記憶といった高次脳機能をシミュレーションします。
情報熱力学:情報処理とエネルギー消費の関係を、熱力学の法則に基づいて考察し、知性の効率的な実現を目指します。
量子脳理論:量子力学的な現象が、意識や創造性といった高次の認知機能に関わっている可能性を探求します。

3.知性の物理学が扱う概念
複雑系:脳は、多数の要素が複雑に相互作用する複雑系であり、そのダイナミクスを理解することは大きな課題です。
エマージェント現象:個々の要素の性質だけでは説明できない、全体として現れる新たな性質を指します。知性は、脳の複雑系からエマージェントに現れる現象と考えられます。
計算論的神経科学:脳の情報処理を、計算論的な視点から解析し、神経回路網の機能をモデル化します。

4.知性の物理学が抱える課題
意識の問題:意識の起源や本質は、哲学、神経科学、物理学など、様々な分野で議論されている難問です。
測定の問題:脳の活動を直接観測することは困難であり、間接的な方法を用いる必要があります。
モデルの複雑性:脳の機能を完全に再現できるようなモデルを構築することは、非常に困難です。

5.知性の物理学の将来展望
汎用人工知能の実現:人間の知能に匹敵する、あるいはそれを超える人工知能の開発が期待されます。
脳疾患の治療:脳のメカニズムの解明は、アルツハイマー病や統合失調症などの脳疾患の治療法開発につながる可能性があります。
人間理解の深化:知性の物理学は、人間がどのように思考し、学習し、創造性を発揮するのかをより深く理解するための新たな視点を提供します。

6.より専門的な用語
相転移:物質の状態が、ある特定の条件下で急激に変化する現象。脳の学習過程における相転移が注目されています。
自由エネルギー原理:脳が、外界の情報と内部モデルとの間の不一致を最小化するように機能するという仮説。
結合係数:神経回路網において、ニューロン間の接続の強さを表すパラメータ。学習によって変化します。

知性の物理学は、物理学、脳科学、コンピュータサイエンスなど、多岐にわたる分野の研究者が集結し、共同で研究を進めている最先端の学問分野です。
この分野の研究は、人間の知性の謎を解き明かすだけでなく、人類の未来を大きく変える可能性を秘めています。 

図:知性の物理学のイメージ(Imagen3に拒否られ,DALL-E3に描かせたもの)


結局なんだかよくわからないのであった。神経網が生成する人間の知性と,ニューラルネットが生成するAIを同じ土俵の上に上げて,後者は単に設計された機械(もしくはソフトウェア)ではなくて,物理的な現象としての創発過程として理解しようという話だ。というのも,生成AIがこのようにうまく機能している状態がそもそもよく理解できていないからである。とにかく計算リソースをつぎこんで適当にダイヤルを回しているうちに動いてしまったようなこと。

その上で,これを知性の物理学というからには,知性とは何かを定量的に捉えて,測定可能な量を用いて定義する必要があるのだけれども,そのあたりは十分説明されていない。すなわち何らかの主導原理的なストーリーがなくて,あるいは鍵となる仮説や実験事実の背景がないままに,妖しいキーワードとしての,脳科学,量子脳理論,複雑系が多用されるのはちょっとかんべんしてほしいかなあ。

あと,ハーバードやMITが西海岸と違って,より理学部的にアプローチしているという話はわからなくもなかったが,医学・生理学とのつながりを重視する方向に傾きすぎているのではないかという気もした。いや,もちろんそちら側に正解があるのかもしれないけれど,どうなのだろうか。



2024年5月19日日曜日

電子イオンコライダー

放射光施設からの続き

5月15日のニュースで,日本が,米国の次期原子核大型実験計画であるEIC(Electron Ion Collider)に参画すると発表されていた。ブルックヘブン国立研究所の全周3.8km,100GeV/nucleonの重イオンコライダー(RHIC)を改造するもので,2026年に建設開始2032年運転開始予定だ。2600億円〜4300億円の建設費のうち,測定装置の一部をつくるようだ。

電子イオンコライダーは,重心系のエネルギーで20〜141GeVの電子と原子核の衝突型加速器である。電子,陽子,重陽子,ヘリウム3は80%の偏極が可能だ。加速できるイオンは陽子からウラニウムまで。

物理としては,ハドロンのクォークグルーオン構造を明らかにするというものだ。核子の質量やスピンが何に由来するか,クォークグルーオンパートン分布関数を精密に決めるなど。日本側の推進機関は,山形大や理研で,神戸大,日大,KEKが協力機関となる。

核子のスピン構造といえば若松さんが40年前から取り組んでいた。一般受けするトピックにはやや遠いような気もするが,アメリカから強く要求されたので,予算がつくということなのかな。


図:EICの概念図(BNLのEICサイトから引用)

ChatGPT-4oはわかりやすい回答を与えてくれる。
Q(koshix):
 ブルックヘブン国立研究所で計画されているEICは,どんな粒子をどの程度のエネルギーで衝突させる加速器ですか。またその目的はなんですか。

A(ChatGPT):
 ブルックヘブン国立研究所(Brookhaven National Laboratory, BNL)で計画されている電子イオンコライダー(Electron-Ion Collider, EIC)は、電子と重イオンを衝突させる次世代の加速器です。以下はEICの主な特徴と目的です。

粒子とエネルギー
1.衝突する粒子:
・電子
・重イオン(例:金イオン、鉛イオンなど)
2.エネルギー:
・電子ビームのエネルギー:約10〜18 GeV(ギガ電子ボルト)
・重イオンビームのエネルギー:約40〜275 GeV

目的
EICの主な目的は、物質の最も基本的な構成要素であるクォークとグルーオン(これらがハドロンを構成する)の相互作用を理解することです。具体的には以下の点が挙げられます。
1.核子の内部構造の解明
 クォークとグルーオンがどのように核子(陽子や中性子)の内部に配置され、どのように運動しているかを明らかにする。
2.核子の質量とスピンの起源の解明
 核子の質量やスピンがどのようにして生成されるのか、特にクォークやグルーオンの寄与を詳しく調べる。
3.強い相互作用の研究
 強い相互作用(量子色力学, QCD)がクォークとグルーオンの間でどのように作用し、ハドロンを形成するのかを研究する。
4.ハドロン物理学の進展
 ハドロンの性質や相互作用に関する新しい知見を提供し、ハドロン物理学の理解を深める。

EICは、既存の加速器では解明が難しい細部まで明らかにすることを目指しており、素粒子物理学および原子核物理学の分野において重要なブレークスルーをもたらすと期待されています。

[1]Electron Ion Collider の物理(後藤雄二,2021)
[2]The Electron Ion Collider(Brookhaven National Laboratry)

2024年5月17日金曜日

放射光施設

先日の日経新聞朝刊,東北大学の放射光施設 NanoTerasu が4月から運用開始したことに寄せて特集記事にしていた。KEKのフォトンファクトリーとSpring-8しか記憶になかったのに,いつの間にか全国10箇所に放射光施設ができていた。日経では,貧乏な日本ではビッグサイエンスはもう無理だから,乏しい予算で選択と集中をやれという,これまでの反省をまったく活かせない別シリーズ記事も出ていたが,放射光施設程度ならば可能らしい。

日本放射光学会には,国内放射光施設へのリンクがある。これを整理すると次のとおり。なお,X線自由電子レーザ施設 SACLA も加えると11箇所である。

1.SPring-8
場所: 兵庫県佐用郡佐用町
運営機関: 理化学研究所、高輝度光科学研究センター (JASRI)
建造年: 1997年,周長: 1436 m,最大エネルギー: 8 GeV,ビームラインポート: 62

2.SACLA(XFEL:X線自由電子レーザー施設)
場所: 兵庫県佐用郡佐用町
運営機関: 放射光科学研究センター(理化学研究所)
建造年: 2011年,全長: 700 m,最大エネルギー: 800 MeV/8.5GeV,ビームラインポート: 6

3.Photon Factory (PF Ring)
場所: 茨城県つくば市
運営機関: 高エネルギー加速器研究機構 (KEK)
建造年: 1982年,周長: 187 m,最大エネルギー: 2.5 GeV,ビームラインポート: 39

場所: 茨城県つくば市
運営機関: 高エネルギー加速器研究機構 (KEK)
建造年: 1987年,周長: 377 m,最大エネルギー: 6.5 GeV,ビームラインポート:8

場所: 宮城県仙台市
運営機関: 東北大学
建造年: 2024年,周長: 349 m,最大エネルギー: 3 GeV,ビームラインポート: 28

場所: 兵庫県上郡町
運営機関: 兵庫県立大学
建造年: 1999年,周長: 119 m,最大エネルギー: 1.5 GeV,ビームラインポート: 14

場所: 佐賀県鳥栖市
運営機関: 佐賀県産業振興機構
建造年: 2006年,周長: 76 m,最大エネルギー: 1.4 GeV,ビームラインポート: 10

場所: 愛知県瀬戸市
運営機関: 公益財団法人科学技術交流財団
建造年: 2013年,周長: 72 m,最大エネルギー: 1.2 GeV,ビームラインポート: 16

場所: 愛知県岡崎市
運営機関: 分子科学研究所 (IMS)
建造年: 1983年,周長: 53 m,最大エネルギー: 750 MeV,ビームラインポート: 15

場所: 広島県広島市
運営機関: 広島大学
建造年: 1997年,周長: 22 m,最大エネルギー: 700 MeV,ビームラインポート: 15

場所: 滋賀県草津市
運営機関: 立命館大学
建造年: 1996年,周長: 3.14 m,最大エネルギー: 575 MeV,ビームラインポート: 14


写真:東北大学NanoTerasuのイメージ(NanoTerasuから引用)

東北大学といえば核理研があった。1966年に設置された東北大学理学部附属原子核理学研究施設だ。300MeVの電子リニアックがあって,原子核の電子散乱の実験をしていたはず。あの水野義之さんが関係していた。1995年に1.2GeVのブースターリングを作った頃から縁遠くなってしまった。現在は,先端量子ビーム科学研究センター電子光理学研究部門に改組されている。その伝統の上にNanoRerasuがある。

2024年3月4日月曜日

相対論的な速度の合成則

慣性系S (ct,x,y,z) に対して,時刻 t=t=0 で重なっている慣性系S' (ct,xyz)を考える。S'がSに対してx軸方向に速度vで等速直線運動している。このときガリレイ変換では,各座標成分は次式で結ばれる。
{ct=ctx=xvty=yz=z
ローレンツ変換では,(ct)2x2y2z2=(ct)2x2y2z2 となることから,
{ct=γ(ctβx)x=γ(xβct)y=yz=z
である。ただし,β=vc,  γ=11β2とする。

(1) 任意の方向のローレンツ変換

2つの慣性系に共通である座標系基本ベクトルを (ex, ey, ez) とすると,
それぞれの位置ベクトルは,r=xex+yey+zezr=xex+yey+zez で与えられる。そこで,ローレンツ変換の式をベクトルで表現すると次のようになる。
{ct=γ(ctβexr)exr=γ(exrβct)=exr+(γ1)exrγβcteyr=eyrezr=ezr
空間成分の3式の各々に対応する成分の基本ベクトルを掛けて加えると次式となる。
{ct=γ(ctβexr)r=r+(γ1)exrexγβctex
さらに,βex=βとして速度ベクトルを表現すると,ex=ββ であるから,
{ct=γ(ctβr)r=r+γ1β2(βr)βγctβ=r+γ2γ+1(βr)βγctβ

(2) ローレンツ変換における速度の合成則

S系とS'系とS"系を考える。S'系はS系に対して速度v,S"系はS'系に対して速度
uで運動している。β=v/c, γ=1/1β2, β=u/c, γ=1/1β2とする。

{ct=γ(ctβr)r=r+γ1β2(βr)βγctβ=r+γ2γ+1(βr)βγctβ
{ct=γ(ctβr)r=r+γ1β2(βr)βγctβ=r+γ2γ+1(βr)βγctβ
ctに第1式と第2式を代入する。
ct=γγ(ctβr)γβ{r+γ1β2(βr)βγctβ}
=γγ(1+ββ)ctγ(γβ+β)rγ(γ1)β2(ββ)βr
γ(ctβr)
これから,
{γ=γγ(1+ββ)γβ=γ(γβ+β)+γ(γ1)β2(ββ)β
β=1γ(1+ββ){β+γβ+(γ1)β2(ββ)β}
β が合成された速度ベクトルを光速cで割った量となる。

(3) 1次元の場合の速度の合成則

上の式のベクトルの一方向成分だけを取り出して扱うと,
wc=1γ(1+uvc2){uc+γvc+(γ1)uc}=u+vc(1+uvc2)

2024年2月28日水曜日

束縛力のする仕事

束縛された質点の運動において,その進行方向と垂直な抗力(束縛力)が働いているとき,位置ベクトルrにある質点に対して,束縛力FRがする仕事Wはゼロになる。これは,W=FRdr=0 からくる。


図:束縛運動をするバネで結ばれた2質点系とその重心

上図のように,2つの質点がバネで結ばれ互いに内力を及ぼしている系を考える。それぞれの質点は原点を通る2本の直線上を運動するように束縛されている。2つの質点の質量が等しく,初期位置として原点から等距離に静止していたとする。このときのバネの長さが自然長より短ければ,x軸方向に弾性力(斥力)が働く。この斥力(内力)の直線方向の成分によって,質点はy軸正方向の運動成分を持つことになる。

一方,束縛された質点が直線方向に運動するのは,各質点に働く束縛力(外力)とバネの弾性力(内力)の合力が直線方向を向くからである(摩擦力はないとする)。ところで,この外力(束縛力)は,質点の移動において仕事をすることはない。仕事をするのは,内力(バネの弾性力)である。

この系における質点の重心の運動を考えてみる。重心の運動には系の内力(弾性力)は寄与せず,外力の和だけが運動を決定する。ところで,先ほど見たように外力(束縛力)は仕事をしないはずだ。それにもかかわらず重心はy軸方向に運動し,運動エネルギーを持つことになる。これはなぜかというのが,よく問われる定番の問題だ。

外力と内力が働く質点系の運動方程式は次のようになる。
mid2ridt2=Fexi+Nj=1Finji(i=1N)
すべての粒子に対して加えると,内力が作用反作用の法則から打ち消しあうので,重心座標(rG=(1/M)Ni=1ri,M=Ni=1mi)と相対座標(˜ri=rirG)に対する運動方程式が得られる。
Md2rGdt2=Ni=1Fexi=Fexmid2˜ridt2=Fexi+Nj=1(miMFexj+Finji)  (i=1N)
それぞれの式の両辺に,重心の速度や相対速度をかけて積分することによって,運動エネルギー(全体はT,重心運動はTG,相対運動は˜T)の変化と仕事Wの関係を表わす式(エネルギー保存則につながるもの)が得られる。

T(t2)T(t1)=Ni=1t2t1Fexidridtdt+Ni=1Nj=1t2t1Finijdridtdt
=Ni=1Wexi(t1t2)+Ni=1Nj=1Winij(t1t2)
=Wex(t1t2)+Win(t1t2)
TG(t2)TG(t1)=t2t1FexdrGdtdt=¯WG(t1t2)
˜T(t2)˜T(t1)=Wex(t1t2)¯WG(t1t2)+Win(t1t2) 

ここで,¯WexG=Ni=1Nj=1miMFexjdridtdt は外力に由来しているが,各要素に分解してみると仕事の形はしておらず(作用する外力と座標の番号は等しくない ij  Fexjdri が含まれる),このため擬仕事(pseudo work)とよばれることがある。

これらの式を今の問題に当てはめるとどうなるか。束縛力(外力)の和は,重心に対して仕事¯WexGをする。しかし,束縛力(外力)によって各粒子がなされる仕事の和Wexは0である。重心の運動エネルギーの増加に寄与するのは,Wexではなく,¯WexGであり,これは必ずしもゼロにならないのだ。¯WexG=12(Fex1dr2+Fex2dr1)

問題の設定では,束縛条件から,外力(束縛力)と内力(弾性力)の間に条件式が課されるため,外力を内力によって表すことができる。これによって,擬仕事を内力の仕事の形で表せるのだが,一般的には重心の運動エネルギーの増加を各粒子に対する内力による仕事だけで表すことはできない。

2024年1月23日火曜日

藤岡作太郎

就寝中にトイレに行きたくなるとき,眠りが浅くなって夢を見る。いや,半分覚醒してまどろんでいる状態なので夢ではないのかもしれない。こうした夢と覚醒がシュレーディンガーの猫のようになって区別しにくい時間がしばしば訪れる。

昨晩のその時間は,「鈴木大拙」についての説明を誰かに一生懸命しようとしていた。ただ,名前が思い出せないのである。えーっと,金沢出身で,西田幾多郎と友達で,いるでしょう,禅の研究で(善の研究ではない)海外に名を馳せた,誰だったか,ほらあの(静かな水面のある落ち着いた記念館のイメージを想起しつつ),えーっと,三太郎とよばれていたから,本名は○太郎のはずだけれど,それではわからないし・・・

そうこうしているうちに目が覚めてトイレに行ったが名前の記憶はオフのまま。再び布団に潜ってもまだ思い出せない。そのまま眠りに入ると,明け方近くの夢の中でようやく思い出すことができた。あ,鈴木大拙だ!朝起きても思い出した量子状態は崩壊することなく維持されていた。


三太郎というのは誰だったろうかと,Wikipediaで鈴木大拙=貞太郎(1870-1966)を調べてみると「同郷の西田幾多郎(1870-1945)、藤岡作太郎(1870-1910)とは石川県専門学校( 1881- 第四高等中学校 1887-)以来の友人であり、鈴木、西田、藤岡の三人は加賀の三太郎と称された」とあった。

藤岡作太郎はどんな人かとさらに調べると,日本で最初の文学博士,国文学(国文学全史平安朝篇)の人だった。その長男が物理学者で物理教育学会の会長も務めた藤岡由夫(1903-1976),孫がレーザ工学の藤岡知夫(1935-2022),ひ孫がテレビでおなじみの指揮者の藤岡幸夫(1962-)だった。

藤岡作太郎の長女の綾が,長男の藤岡由夫の友人の中谷宇吉郎(1900-1962)と結婚しているが若くして亡くなっている。孫の藤岡知夫の妻は原子物理学の菊池正士(1902-1974)の長女であり,これをたどると箕作家(みつくりけ)を通じて初代阪大総長の長岡半太郎(1865-1950)までつながる。なお,長岡半太郎と本多光太郎(1870-1954)と鈴木梅太郎(1874-1943)は理研の三太郎だ。

2024年1月19日金曜日

トリチウム(3)

トリチウム(2)からの続き

非常勤で担当している物理科学概説の授業も,後3回を残すばかりになった。最後の授業日の準備をしているが,テーマは原康夫さんの教科書である第5版 物理学基礎の第25章「原子核と素粒子」だ。

トリチウムのベータ崩壊で話を終らそうと思ったら,宇宙線と上層大気の衝突によって年間に生成されるトリチウム量のところでつまづいてしまった。茨城大学の鳥養さんの資料では,年間72 PBq/y(PBq=ベタベクレル=10^15ベクレル)生成されるとなっている。

そもそも,ベクレルは単位時間当たりの崩壊数なので時間の逆数になっている。これをさらに時間で割った量が生成量であるというのはどういうことかと,かつて理解していたところで再度引っかかってしまった。

70歳を過ぎるとこんなことが増えていくのだろう。一日中家の中で失せ物を探している時間がどんどん増加していくのと同様に,頭の中の失せ物を探す時間が増えていくのだ。こんなときに,生成AIが頼りになれば有難いのだけれど,これが現時点ではあまりあてにはならない。

さて,時間Δtの間に崩壊する原子核の数は,ΔN=λNΔtである。λ=0.693T1/2は崩壊定数であり,時間の逆数の次元を持っている。それは不安定な原子が崩壊する確率を表している。言い換えれば,放射性同位元素の物質量Nλを掛けたものがその物質のベクレル数に等しいことから,放射性同位元素の物質量を,単位が異なるベクレル数で表現しても差し支えないだろうという考えだ。

あるいは,本質的に時間とともに変化する存在である放射性同位元素の量を表現するのに,時間的に不変な状態を想定しているモルやkgで表すのは適当ではなく,むしろその時点でのベクレル数で表わした上で,今後はこの割合で減少していくということに注意を喚起するという習慣があると善意に理解しよう。

まあ,トリチウムが放射平衡している場合は,時間とともに変化しないけれども,いつ何時,核施設の事故があるかもしれない。

さて,2000年のUNSCEARの資料[1] に,Table 4 Production rates and concentrations of cosmogenic radionuclides in the atmosphereという表がある。これによると,宇宙線によるトリチウムの単位面積,単位時間当たりの生成数は,2500/(m2s) であり,地球表面積,5.1×1014m2との積から,1秒間に,μ=1.28×1018個/sのトリチウム原子が生成される。1年間(y=3.15×107s)では μy=4.0×1025個となる。一方,トリチウムの崩壊定数は,λ=0.693/(12.3×3.15×107)/s なので,μyλによってベクレルに換算すれば,72×1015Bqが得られる。

また,この自然の機構によって地球上に存在するトリチウムの総量N(t)は,次の微分方程式dN(t)dt=λN(t)+μの平衡解 N()で与えられ,N()=μλ=7.2×1026個= 1.28×1018Bqである。

これを使って,大気中の平均トリチウム濃度を計算してみる。資料[1]では対流圏の体積が,3.62×1018m3と与えられ,0.35Bq/m3となる。ところが資料[1]では,1.4mBq/m3となっていて,何だか250倍大きくなってしまうのだ。なんで?

あら,表にはfractional amount in atomosphereというのがあって,その係数が1/250=0.004になっていた。トリチウムはほとんどHTOの形態で存在しているので,ほとんどが雨水/海水に溶けてしまうということなのかもしれない。

図:トリチウムの概念図(東京電力から引用

[2]環境トリチウムについて(鳥養祐二)
[3]トリチウムの環境動態(百島則幸)
[4]大気中トリチウム濃度の変遷と化学形態別測定(宇田達彦・田中将裕)


2024年1月18日木曜日

コンストラクタ理論

コンストラクタ理論というものがあることを知った。知るには段階があるのだけれど,これは名前とボンヤリした意味がわかるという第1段階。自分の頭の中で「知っている」というのはだいたいこれにあたる。

対象が,具体的な事物なのか,抽象的な事柄なのかによっても話が違ってくる。例えば,有馬温泉知ってますかという問いに対して,(1) 名前を聞いたこともない,(2) 名前は聞いたことがある,(3) その属性(場所・由来)なども知っている,(4) 写真や動画での紹介を見た,(5) 現地を訪問したことがある,(6) 宿泊して観光したことがある,(7) ある程度の期間滞在して暮らしていた,(8) 長い間にわたって現地で生活していた。などなど。

今では,(1)-(4) は簡単に実現できる。仮想空間技術が進歩すれば,(5) や場合によっては(6) あたりまでは手が届くようになるのかもしれない。視聴覚以外の体験はまだ難しい。食べ物について同様に自分が知っているかどうかという問題を考えると,あるものを食べるという体験と結びついた記憶の話や,文化的な多様性のなかで様々な派生物の範囲をどこまで理解してそのなかで位置づけることができているかなど,さらに話が複雑になってくる。

ある事柄に関するプロフェッショナルというのは,結局どれだけの具体的な体験を積み重ねてきてそれらをネットワークする知恵を発達させているのかということに帰着するような気がする。

そんなわけで,このブログのように浅く(広くもない,人間の興味はかなり限定される)知った気分になっているというのに,どれほどの意味があるのかということを改めて反省する。

話が,全然進まない。コンストラクタ理論の件である。受け売りの要約では次のようになる。生成AIや翻訳ツールがあるので,十分な読解を経なくてもわかったようなまとめができてしまう。それはそれで問題なのだ。抽象的な事柄の意味を知っているかどうかというのは,多次元空間の連続的なスペクトルのどこに位置するかみたいな面倒な話にはなりそうだ。
コンストラクター理論とは、物理学における基本法則を定式化する新しいアプローチである。世界を軌道、初期条件、力学的法則で記述する代わりに、構成理論では、どのような物理的変換が可能で、どのような変換が不可能か、そしてその理由についての法則を記述する。この強力な転換は、現在は本質的に近似的とみなされているあらゆる興味深い分野を基礎物理学に取り込む可能性を秘めている。例えば、情報、知識、熱力学、生命の理論などである。

量子計算理論の創始者の一人であるデイヴィッド・ドイッチュ(1953-)が2012年に提案し,キアラ・マレットとともにオックスフォード大学で展開している理論である。

[1]Constructor Theory (D. Deutsch, 2012)
[2]Constructor Theory of Information (D. Deutsch, C. Marletto, 2014)
[3]Constructor Theory of Life (C. Marletto, 2014)
[4]Constructor Theory of Probability (C. Marletto, 2015)

2023年12月7日木曜日

アンペールの法則(2)

アンペールの法則(1)からの続き

前回の一般的な結果を得るまでにあれこれ考えた。普通はアンペールの法則の単純な形態,つまり直線電流のまわりの円周上の磁束密度に対する,2πrB(r)=μ0Iから出発して一般化するのかと思った。しかし,そもそも簡単なアンペールの法則とは直線電流まわりの磁束密度ベクトル場を与えるもので,答えは既に出ていたのだった。

あれこれの過程での計算は,結局,線積分の練習問題だった。


図:アンペールの法則の線積分経路

方針:磁束密度を測定する点への位置ベクトルrとその軌跡として経路C=r(θ)を考える。線要素drを変数,r,θであらわし,さらに経路条件からrを消去して,線積分要素をθの関数として表す。磁束密度はrの関数なので,これもθの関数とみることができる。その結果,線積分要素dB=Bdrθの関数になって,角度積分を実行することができる。

領域Ⅰ(左図の0θπ/4):r=a/cosθdy=adθ/cos2θ
  dB=μ0I2πcos2θaacos2θdθB=μ0I8
領域Ⅱ(左図のπ/4θπ/2):r=a/sinθdx=adθ/sin2θ
  dB=μ0I2πsin2θaasin2θdθB=μ0I8
領域Ⅲ(左図のπ/2θπ):r=a/(cosθsinθ)
  dB=μ0I2πsinθcosθaasinθcosθdθB=μ0I4
領域Ⅵ(左図のπθ2π):r=adr=a(sinθ,cosθ)dθ
  dB=μ0I2π1aadθB=μ0I2
領域Ⅴ(右図のπθπ):r=a2+d2+2adcosθdr=a(sinθ,cosθ)dθ
  dB=μ0I2πππa(a+dcosθ)a2+d2+2adcosθdθ=μ0Ia2π(a+d)+(ad)t2(a+d)2+(ad)2t22dt1+t2
=μ0Ia2πa{11+t2+(ad)(a+d)(a+d)2+(ad)2t2}dt=μ0I2π(π+π)=μ0I


2023年12月6日水曜日

アンペールの法則(1)

物理科学概説の授業で,アンペールの法則のところに入った。積分形では,CB(r)dr=μ0Iである。

十分長くてまっすぐの導線を流れる電流のまわりの磁束密度B(r)の強さB(r)は,電流の強さIに比例し,電流からの距離rに反比例する。その向きは電流の向きに右ネジが進むときにネジが回る方向(電流を中心とした半径rの円の接線方向)である。

この実験事実を式で表現する。直線電流上の一点を原点に取って,磁束密度ベクトルは原点をとおり電流に垂直な平面内にある。観測点の座標をr=(rcosφ,rsinφ)として,B(r)=μ0I2πr(sinφ,cosφ)=B(r)eφとなる。このとき,B(r)r=0となっている。

このとき,積分形のアンペールの法則を導けるかという問題だ。


図:アンペールの法則の積分形の導出

積分形のアンペールの法則では,空間中に任意の閉経路Cを設定して,この経路Cに対する磁束密度の線積分を求める。線積分要素はdB=B(r)dr=B(r)drcosθとなる。一方,線要素の磁束密度方向の成分は,drcosθ=rdφである。そこで,dB=B(r)rdφ=μ0I2πdφとなる。CB(r)dr=2π0μ0I2πdφ=μ0I

したがって,無限直線電流に対して,3次元空間内でこれを囲む任意の閉経路での磁束密度の線積分の値は,この経路を貫く電流に磁気定数をかけたものとなる。


2023年12月3日日曜日

球形キャパシタ

球形キャパシタの問題を物理科学概説の中間テストで出題した。

教科書の例題と同じ単純な問題のつもりだったけれど,2つの球殻に与える電荷の記述を省略したため,アースの取り方によって話が変わるのだった。それが教科書の章末課題に書いてあったので,良く勉強した学生さんはそちらを参照していた。


図:球形キャパシタのイメージ

半径abの同心の導体球殻があり,それぞれに電荷qaqbを与えたとき,それぞれの電位がV(a)V(b)になったとする。内球殻の電荷がつくる電場は,Ea=qa4πε01r2(a<r<b),であり,これによって誘導される電荷が外球殻の内面にqa,外面にqaだけ生ずる。これによって,外球殻の外面にはqa+qbの電荷が分布するので,この電荷が作る電場は,Eb=qa+qb4πε01r2(b<r)となる。

これから,外球殻の電位は,Vb(r)=rqa+qb4πε01r2 dr=qa+qb4πε01r(b<r) となり,V(b)=qa+qb4πε01b
内球殻の電位は,Va(r)=V(b)rbqa4πε01r2 dr=V(b)+qa4πε01rqa4πε01b
V(a)=14πε0(qbb+qaa)

(1) 外球殻が接地されている場合
V(b)=0よりqb=qaとなる。V(a)=qa4πε0(1a1b)=qaCとすれば,
キャパシタの電気容量Cは,C=4πε0abbaとなる。

(2) 内球殻が接地されている場合
V(a)=0よりqa=abqbとなる。V(b)=qb4πε01a/bb=qbCとすれば,
キャパシタの電気容量Cは,C=4πε0b2baとなる。

このとき,C=C+4πε0bとなって,外球殻をキャパシタと考えたときの電気容量とCとの並列接続の式となっている。