2019年12月31日火曜日

2019年12月30日月曜日

2019年12月29日日曜日

鳥の地磁気コンパス

渡り鳥は正しい方角を知って長距離を渡ることができる。この鳥の能力には,地磁気を感知する感覚器が関与しているのではないかと考えられてきた。しかし,その具体的なメカニズムは不明だった。NHKのコズミックフロントをみていたら,量子力学の特集で,この話題について触れられていた。

2009年のGaugerらの論文によれば,ヨーロッパコマドリの渡りのメカニズムが調べられ,鳥の視覚における光のスペクトルが方向検知の能力と関係していることがわかった。そこで,単純な生体磁石も持つ感覚器のモデルではなくて,化学反応速度に対する磁場の影響のモデルが考えられた。鳥の目の光子吸収におけるラジカル対の生成で生ずる一重項と三重項からの生成物質が磁場の向きに依存して異なるため,地球磁場が化学信号をもたらすというものらしいが,肝腎の生成物質とその効果は特定されていないようだ。

光合成やその他の生態系における量子過程についてもまだまだおもしろい問題がたくさんありそうで,エンタングルメントがどう関るのか,興味津々というところ。

[1]Sustained quantum coherence and entanglement in the avian compass(Gauger et al. 2009)
[2]Quantum effects in biology: Bird navigation(Ritz 2011)
[3]Quantum Dynamics of the Avian Compass(Walters 2012)
[4]The Radical Pair Mechanism and the Avian Chemical Compass: Quantum Coherence and Entanglement(Zhang et al. 2015)
[5]The quantum needle of the avian magnetic compass(Hiscock et al. 2016)
[6]Quantum Mechanical Navigation: The Avian Compass(Herbert 2016)

2019年12月28日土曜日

ベテルギウス

冬の代表的な星座であるオリオン座のα星が,左上にある赤いベテルギウス(Betelgeuse,640±150光年)だ。星座のα星,β星,γ星は一般には明るさの順に名付けられている。ただ,諸般の事情で例外もあって,オリオン座で最も明るいのは右下の青白いリゲル(Rigel,860±80光年)らしい。いずれも1等星だが,全天には1等星(視等級が1.5等級より明るいもの)が21個しかないので,たいへん貴重な存在だ。

ところが,そのベテルギウスが最近2等星にランクダウンしそうとの話が伝わってきた。ベテルギウスは太陽質量の12倍(Wikipedia:en)の赤色超巨星である。約6.4年周期の変光星で明るさは0.0−1.3等級の範囲で変化するようだが,最近は1.5等級前後で低迷している。また明るくなればよいが,そうでないと楽しいことが起こるらしい。

太陽の20倍くらいの星の恒星内元素合成反応では,水素→ヘリウムの元素変換が終わりヘリウム→炭素になるあたりで赤色巨星になる。炭素→ネオンが1000年かかるが,ネオン→シリコンが1年,シリコン→鉄が2日で終了して超新星爆発する。このときネオン→シリコン反応で急激に収縮して暗くなるというので,もし現在の減光がネオン→シリコンであれば1年続いて我々が生きている間に超新星が見られるということになる,という説がtwitterで流布していた。本当かな?元素合成のシークェンスはおおむねあっているようだ。

オリオン座といえば,昔,忘年会の帰りに,オリオン座が冬空に映えるなあとおもいながら自転車をふらつかせていたら,頭から田んぼにつっこんだことを思い出す。まだ若かったので怪我もなく無事に帰宅できた。

(注)この現象は数年から10年に一度くらいの割合で発生しているようなので,心配する必要はないというか,残念であったというか・・・

[1]Stellar Evolution (Zucker,2010)
[2]CESAR Booklet ver. 2 (CESAR,2018)
[3]Plot a light curveAAVSO米国変光星観測家協会
[4]オリオン座のベテルギウスに異変,超新星爆発の前兆か(CNN.co.jp 2019)
[5]ベテルギウスの最期:超新星の徴候とその威力(ActiveGalactic 2010)

図 ベテルギウスの光度曲線(AAVSOより引用)





2019年12月27日金曜日

数値計算のリスク

精度保証付き数値計算についてのQiitaのAdvent Calendarの記事が話題になっていた。数値計算はなかなか奥が深いので困る。

[Rumpの例題]
$f(a,b) = 333.75 b^6 + a^2 (11 a^2 b^2 − b^6−121 b^4−2) + 5.5 b^8 +\dfrac{a}{2b}$
に $(a,b)=(77617.0, 33096.0)$ を代入した値は?

Mathematicaの場合

In[1]:= f[a_, b_] :=  333.75 b^6 + a^2 (11 a^2 b^2 - b^6 - 121 b^4 - 2) + 5.5 b^8 + a/(2 b)
In[2]:= f[77617.0, 33096.0]
Out[2]= -1.18059*10^21

In[3]:= g[a_, b_] :=  1335/4 b^6 + a^2 (11 a^2 b^2 - b^6 - 121 b^4 - 2) + 11/2 b^8 + a/(2 b)
In[4]:= N[g[77617, 33096], 20]
Out[4]= -0.82739605994682136814

Juliaの場合

[1] function g(a::BigInt,b::BigInt)
    x = 1335/4*b^6 + a^2*(11*a^2*b^2 - b^6 - 121*b^4 - 2) + 11/2*b^8 + a/(2*b)
end
[2] g(BigInt(77617), BigInt(33096))
[2] -0.8273960599468213681411650954798162919990331157843848199178148416727096930142628

[3] function g128(a::Int128,b::Int128)
   x = 1335/4*b^6 + a^2*(11*a^2*b^2 - b^6 - 121*b^4 - 2) + 11/2*b^8 + a/(2*b)
end
[4] g128(Int128(77617), Int128(33096))
[4] 1.1805916207174113e21

[5] function f(a::BigFloat,b::BigFloat)
    x = 1335/4*b^6 + a^2*(11*a^2*b^2 - b^6 - 121*b^4 - 2) + 11/2*b^8 + a/(2*b)
end
[6] f(BigFloat(77617), BigFloat(33096))
[6] -0.8273960599468213681411650954798162919990331157843848199178148416727096930142628

[7] function f64(a::Float64,b::Float64)
    x = 1335/4*b^6 + a^2*(11*a^2*b^2 - b^6 - 121*b^4 - 2) + 11/2*b^8 + a/(2*b)
end
[8] f(Float64(77617), Float64(33096))
[8] -1.1805916207174113e21

2019年12月26日木曜日

ならの大仏さま:かこさとし

かこさとし絵本にはとてもお世話になった。子どもたちが小さいとき,1960年代から1980年代にかけて出版されたかこさとしの絵本のいくつかは寝る前の読み聞かせの定番だった。「だるまちゃんとてんぐちゃん 」「だるまちゃんとかみなりちゃん」「どろぼうがっこう」「からすのパンやさん」「だるまちゃんとうさぎちゃん」「だるまちゃんととらのこちゃん」などで,親子共々たいへんたのしく読むことができた。

福井県生まれ,東大工学部応用化学科出身で工学博士号を持つ加古里子には,「かわ」「海」「地球」「人間」「宇宙」などのすぐれた科学絵本もあった。しかし,これらについては図書館で借りるか本屋で立ち読みしたくらいで,買うことはなかった(なぜだろう)。ただ,「ならの大仏さま」だけは,1990年ごろに奈良県に引っ越した後に買ったのでいまも手元にある。

久しぶりに奥から引っ張り出してきて読んでみると,これはなかなかの名著であった。小学校高学年のときに読んだ日本の歴史シリーズの最初の巻で奈良の大仏の建立にいたる具体的な物語が書かれていてとてもおもしろく読んだ記憶があったが,それを思い出させるものであった。金の水銀アマルガムからくる毒性の話ものっていたのではないかと思う。非常に具体的であり,科学者の目がすみずみまでとどいているのだ。板倉聖宣のセンスと同じものがある。

2019年12月25日水曜日

浮力の問題(7)

浮力の問題(6)に続いて,もうひとつ別のモデルを考えてみる。

板倉さんや夏目さんの実験などでは乾いた容器に密度が水より小さな物体を押し付けた状態でまわりに流体をそそぎ,その後,手を離しても浮上しない状態が維持される。これに松川さんが噛みついた訳だった。単純な表面張力で説明できるかというと,浮力の問題(4)で示したように効果が小さすぎるように思える。そこで薄い空気層があるために浮上を妨げるということがありうるか考えてみる。

場面設定
場面設定1の環境において,質量$m$,底面積$A$,高さ$d$の直方体Cを用意する。$H$は大気圧$P_{\rm A}$と等価な水柱の高さである。水を入れない状態の水底Bに物体Cを押さえつけ,ここから水を$h$まで満たすと物体の底面と水底Bの間に厚さ$b$の空気層が残ったとする。

初期状態では空気層の厚さは$b=b_i \ll d$であり,その面積は物体の底面積$A$と一致している。このときの張力は$T_i=0$である。空気層の気圧の初期値$P_i$は水底の水圧$P_{\rm B}$と等しいとする。

次に張力$T$で物体を持ち上げると空気層の部分に徐々に水が浸入すると同時に空気層の
厚みは増加し,$T=T_f$で最終的に離床するときの厚さは$b=b_0 \ll d$となったとする。


図 水中の物体に働く圧力と力(その2)

①:薄い空気層が存在するモデル

水の浸入する割合 $f(P)$ が,水中の空気層の圧力$P$に比例するというモデルを考える。初期状態では,$f(P_i)=f_i=0$であり水は浸入しない。圧力が減るとともに浸入の割合は線型に増加し,離床時は $f(P_f)=f_0$となるとして,次式を仮定する。
\begin{equation}
f(P) = \dfrac{P-P_i}{P_f-P_i}f_0
\end{equation}
空気層の厚さは物体の高さにくらべて十分に小さいと近似する。すなわち物体が空気層をはさんで着底してから張力$T$を加えて持ち上げる過程で,物体の上面の水圧$P_C$や物体の下面の水圧$P_B$はそれぞれ,有効水深$H+h-d$や$H+h$の水圧のままであるとする。このとき水圧の式は次のようになる。
\begin{equation}
\begin{aligned}
P_{\rm A} &= \rho g H\\
P_{\rm C} &= \rho g (H+h-d)\\
P_{\rm B} &= \rho g (H+d)\\
P_i &= P_C + m g /A\\
P_f &= \dfrac{b_i}{b_0 (1-f_0)}\ P_i = \beta / \bar{f} \cdot P_i
\end{aligned}
\end{equation}
ただし,$b_i/b_0=\beta,\ \bar{f}=1-f_0$とした。

初期状態では次の力の釣り合いの式が成り立っている。
\begin{equation}
T_i = m g + P_{\rm C} A - P_i A = 0
\end{equation}
離床状態では次の力の釣り合いの式が成り立っている。
\begin{equation}
\begin{aligned}
T_f &= m g + P_{\rm C} A - P_B A f_0 - P_f A (1-f_0)\\
 &= m g + \rho g (H+h-d) A - \rho g (H+h) A f_0 \\
 &- \Bigl\{ m g + \rho g (H+h-d) A \Bigr\}\beta
\end{aligned}
\end{equation}

両辺を$\rho g d A = m_0 g$で割り,$t_f = T_f/ m_0 g$と置くと,
\begin{equation}
\begin{aligned}
t_f &= \dfrac{\rho_m}{\rho} -1 + \dfrac{H+h}{d}\bar{f}
-\Bigl( \dfrac{\rho_m}{\rho} -1 + \dfrac{H+h}{d} \Bigr) \beta \\
&=  \Bigl(\dfrac{\rho_m}{\rho} -1 \Bigr) (1-\beta)+
\dfrac{H+h}{d}(\bar{f} - \beta)
\end{aligned}
\end{equation}

②:数値的な評価の例
物体Cを密度$\rho_m = 0.5$で一辺が10cm の立方体とする。立方体の質量は 500 g である。
大気圧に等価な水の深さは$H$=1000cmであり,水深を$d$=100cmとする。$m_0 g$ = 1 kgwなので,次の式の単位はkgwである。離床時張力$t_f$は,空気層の体積拡大率の逆数$\beta$と浸水していない部分の比率$\bar{f}$の関数$t_f(\bar{f},\beta)$として表される。
ただし,$0 < \bar{f},\ \beta < 1$ である。

(1) $f_0=0\ (\bar{f}=1)$,離床時の浸水がない場合
\begin{equation}
\begin{aligned}
t_f(1, \beta) = -0.5 ( 1 - \beta) + 110 (1-\beta)\\
0 < \beta < 1 \quad \to \quad 109.5 > t_f > 0
\end{aligned}
\end{equation}
(2) $f_0=0.5\ (\bar{f}=0.5)$,離床時に50%は浸水している場合
\begin{equation}
\begin{aligned}
t_f(0.5, \beta) = -0.5 ( 1 - \beta) + 110 (0.5-\beta)\\
0 < \beta < 0.4977 \quad \to \quad 54.5 > t_f > 0
\end{aligned}
\end{equation}
(3) $f_0=0.9\ (\bar{f}=0.1)$,離床時に90%は浸水している場合
\begin{equation}
\begin{aligned}
t_f(0.1, \beta) = -0.5 ( 1 - \beta) + 110 (0.1-\beta)\\
0 < \beta < 0.0959 \quad \to \quad 10.5 > t_f > 0
\end{aligned}
\end{equation}


2019年12月24日火曜日

浮力の問題(6)

浮力の問題(5)から少しだけ話を進めてみよう。

最も気になっているのが,いわゆる「浮力の消失」現象の実験の説明である。浮力の問題(3)で紹介した,浜名湖観光局のアルキメデスの原理:浮力の正体の一考察では,水底に着底した物体を吊り上げる際の張力を静止摩擦力とのアナロジーで議論していた。そこで,離床の際の張力を与えることができる簡単なモデルを作ってみた。

場面設定
一様重力場における重力加速度を$g$,水の密度を$\rho$とする。大気の密度を$\rho_0$,大気の有効高さを$H_{\rm eff}$として,大気底での空気の圧力は$p_0=\rho_0 g H_{\rm eff}$となる。さらに,これに等価な水柱の高さを$H$とすると,$p_0=\rho H$と表される。底面が水平で滑らかな十分広い容器に水底からの高さ$h$まで密度$\rho$の水を満たす。水表面をA,水底面をBとする。

質量$m$,底面積$A$,高さ$d$の直方体の物体Cを用意する。Cの密度を,$\rho_m= \frac{m}{A d}$と書くことにする。Cの底面は滑らかであるが,水中で水底面と密着させた場合,$f \cdot A$の面積の部分に水がしみ込んで,水底と同じだけの水圧が鉛直上方に働く。水がしみ込む面積の底面積に対する比率$f$は,$0 \le f \le 1$を満足している。なお物体が押しのけた水の重さは$m_0 g = \rho A d g$である。

この物体が水底に接地しているときには,図のような力が働いている。$p_A=p_0=\rho g H$は,水表面Aにおける大気圧,$p_C= \rho g H + \rho g (h-d)$は物体Cの上面における水圧(大気を含む),$p_B = \rho g H + \rho g h$は水底面Bにおける水圧を表している。

物体には,水圧からくる浮力以外に重力 $m g$ と,物体Cの上面には糸からくる張力$T$,物体の底面のうち水がしみ込まない$(1-f)A$の面積の部分に加わる底面からの抗力$R$,これ以外の粘着力や表面張力などの和$X$が働いている。なお,$T,R,X$を$m_0 g$を単位として測った無次元量を$t=T/m_0 g,\ r= R/m_0 g,\ x=X/m_0 g$と表すことにする。

図 水中の物体に働く圧力と力

①:Cの釣り合い
物体Cに働く力の釣り合いの式は次のようになる。
\begin{equation}
mg + P_C A - P_B f A +X -R -T = 0
\end{equation}
物体Cの上下面の圧力から来る力の和は,
\begin{equation}
\begin{aligned}
P_C A - P_B f A &= \rho g (H+h-d) A -\rho g (H+h) f A \\
&= \rho g d A \Bigl(\dfrac{H+h}{d} - 1 - \dfrac{H+h}{d} f \Bigr)\\
&= m_0 g \Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f) - 1 \Bigr\}
\end{aligned}
\end{equation}
両辺を $m_0 g$で割った力の釣り合いの式は,
\begin{equation}
\dfrac{\rho_m}{\rho} +\Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f) - 1 \Bigr\} +x -r -t = 0
\end{equation}
つまり,これは抗力$r$と張力$t$の和に対しての条件式と見なすことができる。
\begin{equation}
r + t = \dfrac{\rho_m}{\rho} +\Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f) - 1 \Bigr\} +x
\end{equation}

抗力が$r=0$となるときの張力$t_0$の値は次式で与えられる。
\begin{equation}
t_0 = \dfrac{\rho_m}{\rho} +\Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f) - 1 \Bigr\} +x
\end{equation}
さらに張力を加えて抗力が$r=0$のときに隙間がすべて流体で満たされるとする。このときには$f=1$となり,その張力を$t_1$とすると,
\begin{equation}
t_1 = \dfrac{\rho_m}{\rho} - 1 + x
\end{equation}
あるいは,完全に離床してしまえば付加的な力も働かないので,その場合の張力を$t_2$とすると,
\begin{equation}
t_2 = \dfrac{\rho_m}{\rho} - 1
\end{equation}
ただし,これらの式において張力が0または負になるときは,物体が浮き上がる条件が
満たされていることになる。

②:真の接触面積が抗力に比例するモデル
静止摩擦力と垂直抗力の関係において,最大静止摩擦力は物体と運動面の見かけの接触面積には比例せず,垂直抗力に比例していた。これは,物体と運動面の真の接触面積が垂直抗力に比例することを含意する。そこで,これを参考にして次のようなモデルを考える。

水が底面間の隙間にしみ込む面積の比率$f$が抗力$r$の1次関数$f(r)$であると仮定し,$t=0$の場合の初期状態の$r=r_0$で$f(r_0)=f_i$,離床条件である$r=0$の場合$t=t_0$で$f(0)=f_0$($0 \le f_i < f_0 \le 1$)となるように決めることにする。
すなわち,
\begin{equation}
\begin{aligned}
t_0 &= \dfrac{\rho_m}{\rho} +\Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f_0) - 1 \Bigr\} +x \\
r_0 &= \dfrac{\rho_m}{\rho} +\Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f_i) - 1 \Bigr\} +x
\end{aligned}
\end{equation}
そこで,①の$f$を$f(r)=f_0 + (f_i-f_0)\frac{r}{r_0}$で置き換えればよい。
\begin{equation}
\begin{aligned}
r + t &= \dfrac{\rho_m}{\rho} +\Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f(r)) - 1 \Bigr\} +x  \\
r + t &= \dfrac{\rho_m}{\rho} +\Bigl\{\dfrac{H+h}{d}(1-f_0 -(f_i-f_0)\dfrac{r}{r_0})
 - 1 \Bigr\} +x \\
t_0 &= \Bigl\{ r_0 + \dfrac{H+h}{d}(f_i-f_0) \Bigr\} \dfrac{r}{r_0} + t
\end{aligned}
\end{equation}
これを整理すると次のような式にまとめることができる。
\begin{equation}
t = t_0\Bigl(1-\dfrac{r}{r_0}\Bigr) \quad \quad  r = r_0 \Bigl( 1 - \dfrac{t}{t_0}\Bigr)
\end{equation}

③:数値的な評価の例
物体Cを密度$\rho_m = 0.5$で一辺が10cm の立方体とする。立方体の質量は 500 g である。
大気圧に等価な水の深さは$H$=1000cmであり,水深を$d$=100cmとする。$m_0 g$ = 1 kgwなので,次の式の単位はkgwである。
\begin{equation}
t_0 = \dfrac{\rho_m}{\rho} +110\cdot(1-f_0) - 1 + x
=  110\cdot(1-f_0) -0.5 + x
\end{equation}
これが水がしみ込む面積が抗力に比例するモデルにおいて物体を持ち上げるのに必要な力
をkgw単位で表現した例である。$x$として立方体の底面の周囲に働く水の表面張力を当てはめてみると,$x = 73\ {\rm dyne/cm} \cdot 40\ {\rm cm} \cdot 10^2/10^5 \ {\rm gw/dyne}\ /\ 1\ {\rm kgw} = 2.9 \times 10^{-3}$程度の寄与しかない。

2019年12月23日月曜日

浮力の問題(5)

浮力の問題(4)まで進んできたが,浮力についての現段階での自分の考えをまとめてみる。

 (1) 浮力の定義
一様重力場中の流体Fと境界を接する物体に働く力を考える。物体の表面のうち流体と直に接する部分の面Sに作用する流体の圧力をSに渡って積分する。この積分によって得られた力を流体Fによって物体に作用する浮力とよぶ。
(浮力の向きが鉛直上方でない場合も含めて浮力とよぶことに注意)

 (2) 水底に置いた物体の思考実験
底面が平な物体が流体の入れ物の水平な底面(水底面)におかれ,流体がしみ込まずに水底に真に接する部分があれば,浮力の向きが鉛直下方の場合がある。

 (3) 「浮力の消失」の現象の実験
水底面に接地する物体の密度が流体より小さくても水底から浮かび上がらない現象を「浮力の消失」とよぶことがある。ただし,(1)の定義によれば浮力は消失していない。
(水銀中の分銅,水中のパラフィン底面の木片,水中の超撥水材底面の木片,底面の一部をくりぬき接地しない構造を持つ木片,の報告あり)

 (4) 「浮力の消失」現象の説明
実際に観察される「浮力の消失」現象の主な原因には2つの立場がある。自分は(a)の場合もあるのではないかと考えているが明確な証拠がない。

(a) (2)の鉛直下向きの浮力が主に寄与する。
(b) 流体を排除する部分の面積は非常に小さくて(2)は無視でき,表面張力や物体底面と水底面の粘着力などが主に寄与する。

(流体の排除には完全な平面の密着が必要という考えは誤っている→超撥水材)
(表面張力説について定量的に議論している資料は見あたらない)

 (5) 水中の物体の重さ
物体をのせない場合を目盛を0に合わせた水中の秤ではかることで定義する。このとき,水中の物体の重さは空気中の重さに比べて物体が排除した水の体積分だけ軽くなる。これは物体の底面積と,秤との隙間に流体がしみこまない真の接地面積との比によらない。


追伸(12/27/2019)
水中の物体の重さを測るのに,物体を吊るした糸の張力ではかるばね秤法と容器の水底に置いた秤ではかる水底秤法が考えられる。有限サイズの容器に底面積A,高さd,質量mの直方体を水中に入れて測定する。容器に物体をいれると水面の高さがδだけ高くなった。なお,水底秤は物体を入れる前に0に調整してあり,体積Adの水の質量をm_0とする。

それぞれの方法で測った水中の物体の重さをm'gとすると以下の結果が得られる。
    水底秤法では m’g = (m-m_0)g + ρδA g
    ばね秤法では m’g = (m-m_0)g

これを解釈するのに2つの立場がある。
 (a) Graf はδ=0としているがこれはアルキメデスの原理に合わせるための恣意的な操作だ。
 (b) δは容器のサイズに依存する境界効果であり本質的でない。
  (Grafが十分広い容器を考えてδ=0としたのは自然な操作である)
((a)説の人々排除した水にこだわるのがよくわからない。下図ではだめなのかしら。)


図 Graf説の説明図        
P. Mohazzabi: Archimedes’ Principle Revisited
Journal of Applied Mathematics and Physics Vol.05 No.04 836-843 (2017)
https://www.scirp.org/pdf/JAMP_2017042713382000.pdf

2019年12月22日日曜日

浮力の問題(4)

浮力の問題は(3)まで進んだ。山賀さんの理科と教育のメーリングリスト(new_rikakyouiku@s-yamaga.jp)で浮力の議論が続いている。表面張力について少し考えて投稿したのでその趣旨をメモしておく。

松川さんが板倉さんを批判して表面張力説を主張しているがあまりしっくりこない。ただ,まったく関係ないわけでもないのだろう。

例えば 5 cm × 5 cm × 5 cm の物体の周囲は 20 cm であり,この物体を接地させた状態でまわりに水を注ぐと接地面の周囲に表面張力が働く。水の表面張力の大きさは 73 dyne/cm だ。つまり 20 cm ならば 1460 dyne の表面張力が物体にほぼ下向きに(角度はわからないが)働く。つまり,1460 dyne ≒ 0.015 N ≒1.5 gwのオーダーである。効果としては小さいのではないかと思うが,実験してみないわからない。

あるいは,水銀とステンレスの分銅の場合だ。100gのステンレス製の分銅が手元にないので,アマゾンのページをにらんで,直径 2.4 cm,高さ 2.8cm くらいかと想像した。このとき,接地面の円周は 8 cm 弱である。水銀の表面張力は非常に大きく 480 dyne/cm もある。つまり,分銅の接地面の周囲に働く表面張力は,3840 dyne  ≒ 0.038N ≒ 3.8 gw である。これも小さいなあ。分銅の体積は 100g ÷ 7.8 g/cm^3 ≒ 13 cm^3 なので,浮力は 13.6 g/cm^3 × 13 cm^3 = 177 gw だからどうなんだろう。

2019年12月21日土曜日

浮力の問題(3)

浮力の問題(2)では,皿の面に接地していることが皿面までの深さの水底の接地と同等とみなせるとした。和田さんから指摘されたとおりで,ここはやはりギャップがあった。実際の水底(水底でなくて水中の固定台上でもよいが)に置かれた物体についてはこの天秤操作ができないので,これはやはり上から吊るして張力で測定するしかない。

なお,物体の水中での重さの定義について,排除した水の重さを無視しているという指摘があった。有限サイズの容器では確かに問題になるが,物理では普通はそれは境界効果として排除し,広々とした空間で定義したいところである。

また,この定義では水底の秤とその直上の物体の間に未知の力が働いていてもこれを分離できないという説があるような気がしたが,その力が作用反作用の法則を満たす限り,秤には物体と水柱の重さの合計が加わるだけである。大気の重さを考慮しても測定対象と基準で同じとなるのでそれらは打ち消し合う。

問題と複数の解答を整理してみる。

◎超撥水材を貼り付けた軽い木片や水銀中の分銅の着底現象,海中の構築物にかかる力
 などをどう考えればよいだろうか。

◎水中の物体の重さはつねにアルキメデスの原理に従うか?
 ・「物体上部の水柱の重さ+物体の重さ」−「物体がないときの底からの水柱の重さ」
   を水柱の物体の重さとして定義すると,それは浮力と同じ大きさだけ軽くなる。
 ・有限サイズの容器では,排除した水の重さのために上記は成り立たない。
 ・あらかじめアルキメデスの原理にあうように恣意的な設定になっている。

◎水底面に置かれた物体には浮力が働くのか?
 ・アルキメデスの原理の公式があるので常に浮力が働く→多くの物理屋は反対
 ・物体と底面の間は完全には平坦にできず絶対に水がしみ込むので常に浮力が働く
 ・表面張力や分子間力のために浮力の消失にみえる現象が生じているだけである
 ・水がしみ込まない部分があり浮力はアルキメデスの原理のとおり働いていない

問題の整理はまだ不十分であった・・・orz

P. S. Mohazzabi がGrafの説をより簡単に説明していた。Limaの理論と実験がおもしろい。

[1]Archimedes, On the Floating Bodies I and selections from II
[2]アルキメデスの原理:浮力の正体の一考察(浜名湖観光局)
[3]Reconsidering Archimedes' Principle(Bierman, Kincanon 2003)
[4]Just What Did Archimedes Say About Buoyancy? (Graf 2004)
[5]Using Surface Integrals for Checking the Archimedes' Law of Buoyancy (Lima 2011)
[6]A Downward Buoyant Force Experiment (Lima, Venceslau, Brasill 2016)[7]Archimedes' Princile Revisited(Mohazzabi 2017)


2019年12月20日金曜日

浮力の問題(2)

浮力の問題(1)では,水底に接地した物体の重さを,物体がない水底の水圧に対する抗力と物体がある場合の抗力との差によって定義した。これは,我々が大気中で電子天秤を使う状況と同じである。なぜならば,大気圧のみが皿に加わる状態をゼロに設定した上で,空気中で物体をのせて測定しているからだ。ところで,アルキメデスの頃には電子天秤や圧力センサーはなかったので,普通の天秤で水中の物体の重さを定義する方法を考えたい。これは,Graf の論文の末尾で読者への宿題とされた問題でもある。

場面設定
重力加速度を$g$とする。容器に密度$\rho$の水を入れ,表面をA,底面をBとする。簡単のため大気圧は考えない。図のように設置した天秤の皿の片方を空気中,もう一方を水中に置き,両方の皿が空のときに釣り合うように調整する。天秤の皿は非常に薄く,その質量も体積も無視することができる。

質量$m$,底面積$S$,高さ$d$の同じ直方体C,Dを用意して,図のように天秤の皿に静かにのせると同時に,天秤が水平に釣り合うように天秤の左側に質量$\Delta m$の錘を取り付けた。なお,図において,$P_i$はベクトルの始点の深さでの水圧,$R_i$は皿が物体へ及ぼす抗力,$F_i$は物体が皿に及ぼす力を表す。

また,天秤の皿の面積を$\Sigma$,物体Cの底面のうちで皿に触れていない部分の面積を$S'$とする。この部分は物体と皿の非常に狭い隙間にしみ込んだ水による水圧が働く部分に対応しており,図ではこれを片方によせて表現した。逆に,皿と物体Cが隙間なく直かに接する部分の面積は$S-S'$である。


図 物体の水中での重さを測定する天秤

①: 空気中の物体Dについて
物体Dに働く重力$mg$と,皿からの抗力$R_2$が釣り合っている。また,作用反作用の法則からDが皿に及ぼす力$F_2$の大きさは$R_2$に等しい。
\begin{equation}
mg = R_2 = F_2
\end{equation}

②:水中の物体Cについて
物体Cに働く重力$mg$とCの上面への力$P_1 S$の和が,抗力$R_1$とC下面の隙間から上向きに働く力$P_2 S'$の和と釣り合っている。
\begin{equation}
\begin{aligned}
m g + P_1 S &= R_1 + P_2 S' \\
\therefore R_1 &= m g + \rho g \ell S - \rho g (\ell + d) S'\\
&= m g -\rho g d S + \rho g (\ell + d) (S - S')
\end{aligned}
\end{equation}
ここで$P_1= \rho g \ell$は深さ$\ell$における水圧であり,$P_2= \rho g (\ell+d)$は深さ$\ell+d$における水圧である。

次に,Cをのせている皿について考えてみる。皿の上面には,水圧から来る下向きの力$P_2 (\Sigma - S + S')$と抗力$R_1$の反作用の和が加わり,下面には,水圧による上向きの力$P_2 \Sigma$が働く。その差が皿に加わる下向きの力$F_1$となる。
\begin{equation}
\begin{aligned}
F_1 &= R_1 + P_2(\Sigma - S + S') - P_2 \Sigma\\
\therefore F_1 &= R_1 -\rho g (\ell+d) (S - S') \\
&= m g - \rho g d S
\end{aligned}
\end{equation}

③: 天秤の釣り合いの条件
①と②によって$F_1$と$F_2$が得られた。水中においた物体Cが軽くなった分を質量$\Delta m$の錘で補償することで天秤は釣り合っている。そこで 水中の物体の重さを次式で定義する。
\begin{equation}
m'g \equiv m g -\Delta m g
\end{equation}
天秤の釣り合いの式は次のようになって,$\Delta m g$が求まる。
\begin{equation}
\begin{aligned}
 F_1 + \Delta m g &= F_2 \\
m g - \rho g d S + \Delta m g &= m g \\
\therefore \Delta m g &= \rho g d S
\end{aligned}
\end{equation}

結論
水中の物体の重さ$m' g\,$を上図のように天秤で測る操作から定義した。このとき,高さ$d$,底面積$S$の物体の密度$\rho$の水中での重さ$m' g$と空気中での重さ$m g$との間には次式が成り立つ。これはアルキメデスの原理によって物体が浮力の分だけ軽くなる式と同じである。
\begin{equation}
m' g = m g - \rho g d S
\end{equation}
同時にこれは,深さ$\,h\,$の水底(天秤の皿上)に接地している物体の重さを定義しているとみなすこともできる。また,$S' \to S$の極限では,水中で接地していない物体の重さの定義にもつながっている。

つまり,天秤を用いた物体の重さの定義を用いると,物体が水中にある場合と,水底に接地している場合を区別せずに扱うことができ,いずれの場合も通常の浮力の式と同じ分だけ物体が軽いとして測定される。ただし,これらの効果を共に浮力によるとするかどうかは浮力の定義の問題となる。以上の結論は,物体の底面とそれが接する容器や皿との実際の接地面の面積$\,S-S'\,$が,物体のもともとの底面積$\,S\,$とどのような比率になっているかには依存しない。

参考文献
[1]What Did Archimedes Say About Buoyancy?(E. H. Graf)
The Physics Teacher Vol. 42 296-299 (2004)
[2]アルキメデスは浮力の原理をどう説明したか(右近修治)
物理学通信 No.117 (2004)

2019年12月19日木曜日

浮力の問題(1)

流体中あるいは流体に浮かぶ物体には,物体がおしのけた流体の重さに等しい浮力が重力と逆向きに働く。流体が存在する領域の水平な底面に物体が接地した場合にも,流体中に物体がある場合と同じ大きさの浮力が働くかどうかについては議論が続いていた。

場面設定
次のような状況を設定する。表面をA,底面をB(AとBの距離は$h$)とする密度$\rho$の水が重力加速度$g$の一様重力場にある。Aの上方は空気(密度は0に近似できる)であり,Bの下方は硬い地面である。張力$T_i$のヒモでつるした質量$m$,底面積$S$,高さ$d$の直方体のブロックCがあり,徐々に水中に沈めてゆく。なお,図において,$P_i$はベクトルの始点の深さでの水圧,$R_i$は底面Bからの抗力を表す。


図 浮力の問題設定

次に,図のそれぞれの場合について説明する。

①:Cが空気中にある場合
重力$mg$と張力$T_1$が釣合っている。そこで,物体Cの重さ$mg$は張力$T_1$の測定で得られる。

$mg = T_1$

②:Cが水中にある場合
重力$mg$とCの上面への力$P_1 S$の和が,張力$T_2$とCの下面への力$P_2 S$の和と釣合っている。

$T_2 + P_2 S = mg + P_1 S$

ここで$P_2= \rho g (\ell+d)$は深さ$\ell+d$における水圧であり,$P_1= \rho g \ell$は深さ$\ell$における水圧である。そこで,水中での物体Cの重さ$m'g$はこれと釣合う張力$T_2$の測定で得られる。

$m'g = T_2  = mg + (P_1-P_2) S = mg -\rho g d S$

つまり,$mg$と比べて$m'g$は $\rho g d S = M g $だけ小さくなる。ここで,$M=\rho d S$は物体Cが押しのけた水の質量に等しい。こうして張力をはかるバネ秤を用いて操作的に浮力を定義することができる。

なお,図の$R_2$は次の議論で用いるもので,物体Cの底面積Sに等しい大きさの底面Bの領域に加わる水柱の重さ$\rho g h S$に対する底面の抗力であり,$R_2=\rho g h S$である。

③:Cが底面Bに接地している場合
重力$mg$とCの上面への力$P_3 S$の和が,張力$T_3$と抗力$R_3$の和と釣合っている。

$T_3 + R_3 = mg + P_3 S = mg + \rho g (h-d) S$

これは,$T_3$と$R_3$の和についての条件であり,それぞれを独立に決定することはできない。したがって,先ほどのように張力の差から浮力を議論することができない。そこで,張力$T_3=0$とした場合の抗力$R_3$だけを考えてみよう。

水中の底面に物体Cの底面と同じ面積Sの測定面を持つ秤を設置して,そこに物体Cをのせた場合とのせない場合の差をもって,水中の物体の重さを測る操作を定義する。このとき,$R_3-R_2$が水中の物体Cの重さ$m'g$であるとみなせることになる。

$m'g = R_3-R_2 = mg + \rho g (h-d) S - \rho g h S = mg - \rho g d S$

このように考えた場合も,水底に接地した物体の重さは空気中の物体の重さに
対して,浮力の法則と同じ分だけ軽くなることになる。ただし,これを浮力とよぶか
どうかは定義の問題となる。

底面Bに接地したCを持ち上げる場合
次の条件を満たしながら,$T_3$をゼロから徐々に増やすと,その分だけ$R_3$が減少することになる。

$T_3 + R_3 = mg + \rho g (h-d) S$

ここで,$R_3=\rho g h S$に達したときに,$T_3 = mg - \rho g d S$となって,②の状況と等しくなり,隙間に水が入った場合と同じ条件が満たされる。このとき物体Cが離床することができる。

 物体Cが水の密度より小さい場合
この場合,$\rho gdS > mg$となり,何らかの束縛力によって水中で静止させた物体は,束縛力がなくなると重力と逆方向に動き始める(浮かび上がる)。ところが,この物体が完全に底面に設置していて物体と底面の間に流体が入らない場合は,$mg + \rho g (h-d) S > 0$であるため浮かび上がることはない。これを浮力の消失とよぶかどうかも浮力の定義の問題となる。実験的には完全に流体が入らない状態をつくることはできないという説と水銀と鉄の場合や超撥水材を用いる場合には近似的に可能であるという説がある。

 青森県の高校入試問題
平成31年度の青森県立高等学校の入学試験の理科で物体が着底した場合の浮力の問題が
出題された。問題についての疑義が提出されたため4度にわたって解答の修正が行われた。この問題では水深$h$が与えられていないので,解答不能な問題ではないだろうか。
もし$h$が与えられていたとしても,浮力の実験値が2通りに与えられていることや,中学校の学習範囲を越える水底での浮力の考え方が問われているために不適当な問題である。

理化学辞典による浮力の定義
地球上(一様な重力場)では,流体内にある物体はその表面に作用する圧力のため全体として鉛直上向きの力をうける。これを浮力という。浮力の大きさと作用点とは,物体のおしのけた流体の重さと重心に一致する(アルキメデスの原理)。浮力の作用点を浮心とよぶ。


参考文献
[1]What Did Archimedes Say About Buoyancy?(E. H. Graf)
THE PHYSICS TEACHER Vol. 42 296-299 (2004)
[2]アルキメデスは浮力の原理をどう説明したか(右近修治)
物理学通信 No.117  40-44 (2004) (理科と教育MLでの西尾信一先生の報告から 2019.12)
[3]水の底にピタリと着床すれば浮力は無くなるの?(松川利行)
[4]下面にはたらく水圧で浮力が生じることを示す実験(矢野幸夫)
物理教育 第61巻第2号 57-60 (2013)
[5]浮力の原因の話(左巻健男)
[6]超撥水材を使って浮力を無くす(MAX-V・・・夏目雄平さん発案の方法より)
[7]平成31年度青森県立高等学校入学者選抜学力検査問題
[8]平成31年度青森県立高校入試理科大問[5]の疑義について(英進塾)

2019年12月18日水曜日

聖火リレー

2020オリンピックはやめてほしいと思っているものの一人ではあるが,ニュースがあるとついつい見てしまうのが心の弱い証拠である。聖火リレーのコースが発表されたというので,奈良県はどうなっているのか探してみたら見つかった

えーっ,人間が走る部分はこんなに離散化されているのか。県を跨ぐ部分は車で輸送するのだろうと想像していたが,実は市町村単位で細切れになっていた。1964年もそうだったのだろうか。


2019年12月17日火曜日

記述式問題導入見送り

文部科学省はようやく記述式問題の導入見送りを発表した。ベネッセの関連会社である株式会社学力評価研究機構は,ベネッセとの関係性や会社の概要も十分に説明できない不透明な状態のようだ。安倍や下村らによる官邸主導型の文教政策が,その実現可能性や妥当性についての文部科学官僚の十分な検証を妨げてしまった結果,非常に無理のあった大学入試の民営化路線がついに破綻したということだろう。ベネッセと関係の深い鈴木寛が防衛にでてきたが,総スカンをくらっている始末だった。しかし,まだ生き延びているものも多く,今後の巻き返しによってどうなるかは不透明な状況が続く。

[1]民間背後の教育改革は格差拡大の失敗を繰り返す(大内裕和)
[2]かくして英語民間試験・国数記述式問題導入は自滅した(上)(南風原朝和)
[3]かくして英語民間試験・国数記述式問題導入は自滅した(下)(南風原朝和)

2019年12月16日月曜日

福田美術館

 2019年の10月,京都の嵐山渡月橋近くの桂川沿いに,アイフルの創業者の福田吉孝が設立したのが福田美術館である。福田の娘の川畑美佐が館長を務めている。

江戸時代の京都画壇などを中心に1500点の作品を所蔵しているコンパクトな建物で,2つのギャラリー,1つのオープンギャラリー,カフェなどで構成されている。カフェからは庭園ごしに桂川と渡月橋を見晴らすことができる最高のロケーションである。隣の渡月橋に近い側に星野リゾートの外国人富裕層向け超高級ホテルが建設中なのであった。

10月1日から1月13日まで,開館記念福美コレクション展をⅠ期Ⅱ期に分けて開催している。美術館にしては珍しく月曜日でなく火曜日が休館日となっていたので月曜に妻と訪れた。目玉の若冲の「群鶏図押絵貼屏風」もよかったが,木島桜谷(このしまおうこく)の「駅路之春」もやさしく,北斎の天狗や天文学者もおもしろかった。そういえば,木島桜谷はNHKの日曜美術館で「寒月」が取り上げられていたのを見たことがあった。橋本関雪の「後醍醐帝」は残念ながら第Ⅰ期の展示のみだったので見ることはできなかった。




写真:福田美術館カフェからの眺めと館内(2019.12.16撮影)

2019年12月15日日曜日

GIGAスクール構想

令和元年度の補正予算(第1号)は,Ⅰ 災害からの復旧・復興と安全・安心の確保(2兆3千億円),Ⅱ 経済の下振れリスクを乗り越えようとする者への重点支援(9千億円),Ⅲ 未来への投資と東京オリンピック・パラリンピック後も見据えた経済活力の維持・向上(1兆1千億円)のなかで,Ⅲ 2. Society5.0時代を担う人材投資、子育てしやすい生活環境の整備(3千億円)のなかに,GIGAスクール構想の実現(2,318億円=公立2,173億円+私立119億円+国立26億円)が盛り込まれた。校内LANと電源キャビネットと端末の費用であり,補助率は1/2だ。

小中学校における1人1台のPC導入とそれにかかわる高速大容量通信ネットワーク環境整備のための予算であり,2018年度からの教育ICT環境整備5年計画のなかに位置づけられるようだ。

一方で,令和2年度の概算要求には,GIGAスクールネットワーク構想3年計画の初年度として,375億円が計上されていた。全国3.6万校すべての学校に10Gbpsの無線LANを整備するため,1/2の補助を行うというもの。

うーん,日本の学校のICT活用度は世界最低水準ではあるけれど,この方向性でよいのかどうか。1人1台のPC導入形態は保留するとしても,ネットワーク整備はいずれにせよ必要なのかもしれない。

[1]GIGAスクール構想の実現について(文部科学省)
[2]教育の情報化に関する手引き(令和元年12月)(文部科学省)

2019年12月14日土曜日

円周率プール

円周率の求め方には様々あっておもしろい。最近再び話題になっていたのが,2003年にGalperinが出した論文,"Playing Pool with Pi (The Numer π from a Billiard Point of View)" とその動画。プールはビリヤード台のことかと思っていたら,ポケットビリヤードのことだった。穴に落ちたビリヤードボールがたまるのでプールらしい。

質量の異なる2球と壁の弾性衝突から円周率がみごとに求まる理論の詳しい説明は,京都府立嵯峨野高等学校の橋本雄馬先生の「物体の衝突と円周率」にある。とてもわかりやすく丁寧な説明がされている。

動画の方もいろいろあるようだが,"The Most Unexpected Answer to A Counting Puzzle"がよかった。

この衝突計算機で他の定数が出ないかを考えようとしたけれど,なかなか難しそうだったので3分で挫折した。

2019年12月13日金曜日

メルカリ初登場

メルカリへの出品というかメルカリンになることを勧められ,こども服等を出品してはや2ヶ月。これはだめだろうと忘れかけていたら,突如オファーが来ていることに気付いた。放置して普段チェックしていなかったので,本当に偶然のタイミングだ。で,とんとん拍子に話が進んで購入していただいたので,あわててセブンイレブンに駆け込んだ。なるほど,こういう仕組みになっていたのか。後は評価を待つだけのようだ。なかなか面倒なものでもあるが,慣れたらしまいなのかもしれない。

2019年12月12日木曜日

機械学習と公平性

2019年12月10日に,人工知能学会 倫理委員会・日本ソフトウェア科学会 機械学習工学研究会・
電子情報通信学会 情報論的学習理論と機械学習研究会の三者が連名で「機械学習と公平性に関する声明」を発表した。

声明を出した背景としては,2018年10月にAmazon.comが採用時に利用していた機械学習システムが女性に対して不利益に働くことに気づいてこのシステムの利用を停止したという報道を挙げている。

しかし,それでは時間が開きすぎている。直接書かれてはいないが,東京大学大学院情報学環・学際情報学府特任准教授が11月20日にTwitter上で差別的な発言をして,それが炎上したことがきっかけになっている。

情報学環長・学際情報学府長の越塚登先生は,11月24日に学内向け文書,11月26日に学生向けMLでメッセージを発しており,それを11月28日には公開している。それなりに迅速な対応がなされたと思う。

一方,当該教員の属する寄付講座についても,マネックス証券はただちに見解を発表し,寄付の停止に至るようだ。

機械学習が社会にもたらす影響は非常に大きなものになりそうだ。センサーが張り巡らされた社会を,センサーの塊をつねに携帯しながら活動する個人が,ほとんどの情報を無担保に預けながら,ブラックボックスにつつまれたプロセスで評価される社会だ。機械学習の説明責任(というか説明システムの理論的な研究や開発)についての議論もスタートしている。

P. S. 大澤昇平はネトウヨにアピールしながら寄付を集め始めたようだ(2019.12.12)。


[1]学環・学府特任准教授の不適切な書き込みに関する学生へのメッセージ(2019.11.28)
[2]学環・学府特任准教授の不適切な書き込み等に関する調査委員会の設置について(2019.11.28)
[3]学生留学生委員会から情報学環・学際情報学府の学生の皆さんへ(2019.11.29)
[4]大澤昇平特任准教授による2019.12.12付のSNS書込みに対する見解(2019.12.13)
[5]寄付講座担当特任准教授の不適切な書き込みに関する見解(マネックス 2019.11.24)
[6]寄付講座担当特任准教授の不適切な書き込みに関する当社の見解について(オークファン 2019.11.25)
[7]Japanese academia appears soft on racism(ASIA TIMES 2019.11.25)
[8]Announcement: terminating our business relationship with Daisy AI (Streamer 2019.11.27)

2019年12月11日水曜日

布袋戯(プータイシー)

昨日,十三の第七藝術劇場で「台湾,街かどの人形劇」を観てきた。

布袋戯は台湾の民間芸能である指人形劇の一種だ。精巧に造られた木製の頭部や手足部が,布製の袋部の衣裳をまとい,そこに手を入れて操作する。

その布袋戯の第一人者であった李天禄(リ・チェンルー)は,映画監督侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の作品のいくつかもに出演している。そして今回,李天禄の長男であり台湾の人間国宝でもある陳錫煌(チェン・シーホァン)のドキュメンタリーを侯孝賢が監修し, 楊力州(ヤン・リージョウ)監督のもとで,映画化されたのが本作品である。

原題は「父」であり,父と子の葛藤をベースにしながら,滅びつつある伝統的な布袋戯の活動が10年に渡って記録されている。それにしても,布袋戯の人形の動きは素晴らしかった。日本の文楽の人形に通ずるものがある。アジアに広く浸透している人形劇の背景文化を土壌として,各地で独特の発展をしているかのように見えてしまう。

[1]李天禄布袋戯文物館

2019年12月10日火曜日

ベクトル解析の図形表現

韓国のソウル大学のグループが,arxivの物理教育の分野(physics.ed-ph)におもしろい論文を載せていた。「Boosting Vector Calculus with the Graphical Notation(図形表現によるベクトル解析のすすめ)」というタイトルだ。

ファインマンダイアグラムに限らず,物理屋さんは図形表現された式をみるとわくわくする。角運動量代数の図形表現は,大学院生の時に見つけて勉強しはじめたけれど,時間がなくて挫折してしまった。テンソル代数に関る図形表現にも様々な流儀があるようだ。

上記論文のイントロダクションだけを訳出してみる。
物理を専攻する学生にとってベクトル解析の習得は最も重要な課題の一つである。しかし,初心者には面倒な添字の扱いに困難を感じることが多いようだ。一方,テンソル代数を直観的に扱って効率的に計算する図形的表現があることが知られている。これは代数計算と同等な記憶コードに相当するものだ。
図形的表現法は,教育的な文脈ではベクトル空間の代数的な扱いについて応用されているが,これを3次元ユークリッド空間のベクトル解析におけるベクトル場の微積分に適用している文献はない。
そこで,物理学専攻の学生と教育者を対象として「ベクトル解析の図形表現」を導入し、その教育学的利点を示し,純粋な数学的な等式と物理学の実用計算の両方を含む十分な演習を提供します。図形表現は教育環境で容易に利用でき,ベクトル解析の学習と実践の障壁を下げるだけでなく,学生に興味を持たせ、ベクトル解析の構文を操作してテンソルの言語を発見的に学習して理解するようになる。
 問題は,LaTeXで簡単に書けないことかもしれない。まったくできないわけではないが。
FreeTikZとか。

2019年12月9日月曜日

膨張する個人と社会の均衡

高橋健太郎が,twitterで「膨張する個人と社会の均衡」について話題にしていた。きっかけは自民党細田派の松川るい(奈良市出身,四天王寺)の典型的な反個人主義的右翼的言論であり,米山隆一原口一博菅野完が反論を加えた。しかし,高橋の分析はさらに進んでいる。

SOGI(性的指向=Sexual Orientation・性自認=Gender Identity)や障害者・女性をめぐる問題については,ずいぶん社会的な意識がリベラル側になっている(もちろん日本会議的な反発も強いが)一方で,日本会議的な思想を十全に体現している安倍政権支持率が高い水準を維持していることの矛盾がどうも引っかかって仕方なかった。それを解きほぐす糸口の一つを提示されたような気がする。

高橋健太郎の2019.12.8の一連のツイートを以下に引用する。
「今,RTした三人のツイート,興味深いポイントだ。僕の思うところは,また違うのだが。「膨張する「個人」を抑えられなくなって社会が均衡を失いつつある」ってのは,正しいのではないだろうか。」 
「ただし,それはこれまでフツーにあったはずの「社会規範」が失われ,「社会が均衡を失いつつある」ということだ。法に定めなくても,あったような共同体の規範。あるいは,野間通易がいうところの,「だいたいの正義」でもいい。それが失われてきている。」 
「そうした個人主義の膨張が,価値相対性や新自由主義への道を辿る一方で,社会規範から解放されたいと願い,解放されたかのように感じている個人が,「社会」ならぬ「国家」と添い寝するようになったのが,今の日本の状況ではないだろうか。」 
「「膨張する個人」は,身近にあった社会規範を嫌う一方で,肉屋が好きな豚のように,国家によるコントロールなら喜んで受け入れるし,そこに同化して,他者をコントロールすることに快楽さえ見出している。そんな光景を見ているように思うのだよね,僕は。」 
「モリカケサクラもつまりは,これまでフツーにあったはずの社会規範,法に定めずともあったような共同体の規範,当たり前の正義だったり,人としての道だったりするものが,政府の中枢で完全に失われ,国家がいいように私物化されている図な訳でしょ。」 
「その意味では,安倍晋三は社会規範から解放されたいと願う「膨張する個人」の権化であり,写し鏡なんだよ。自分の力が及ぶスモール・ワールドでは,同じように振る舞いたいと思っている人々の。」 
「だから,彼らはモリカケサクラを前にしても,糾弾するどころか喝采を送り,安倍と同化して,フツーの社会規範,当たり前の正義を求める側こそを叩くわけだ。それこそ,「膨張する「個人」を抑えられなくなって社会が均衡を失いつつある」光景だよ。」
大阪での維新勢力の跋扈も全く同根であるように見える。そこには利権の顔を隠すためのうっすらと反権力的なニセ化粧さえ施されている。そして,共同体を支えてきたのが,主体的な個人間の万有引力ではなく,権威主義的な殻による社会的な斥力だったことも話を複雑化している。維新に攻撃されている学校や行政には確かに大阪人の反発を招く種もなかったとはいえない。

2019年12月8日日曜日

12月8日(Blogger 1周年)

昨年の今日,真珠湾攻撃から77年の日にこのブログを始めた。それからちょうど1年たった。途中で2回ほどお休み期間があったが,ほぼ毎日1本の記事を書いてきた。ときどき2,3日遅れになったこともあるけれど,なんとか脱落せずに続けている。

このブログの目的は,自己顕示欲の発露ということもある。統計をみれば,全期間のページビュー(PV)は4876になっているが,これは自分の分も含んでいる。参照元URL別PVが841(テイルが欠損),参照元サイト別PVが998なので,こちらがアクセス数に対応しているだろう。t.coからのアクセス(563PV)はツイッターに出したものの短縮URLだと思われる。これにm.facebook.com(202PV)やwww.osaka-kyoiku.ac.jp(159PV)が続いている。1日平均2.7PVなので,まったく顕示にはなっていない。

最もアクセスが多かったのが,自分でデータを整理した「児童・生徒の自殺(2019/10/19)」で776PV,これに続くのは「台風の運動エネルギー(2019/10/15)」の47PVでぐっと少なくなる。twitterでアナウンスすると20PV程度にはなる。

もう一つの目的は,記憶の保存や,認知症の予防だ。たぶん自分が何を考えていたのかをどんどん忘れてゆき,憶えられず思い出せない時代がくる。もしかすると自分の書いたものを理解することすらできなくなるかもしれない。それまで続けるということはアルジャーノンの日記ではないか。普通の日記ではなく,本来のブログの意味に近いものではあると思うが。

1995年に自分のホームページを始めたが,2000年初頭のブログブームには乗らなかった。それでも,2010年5月にはこのBloggerのアカウントを作っている。twitterのアカウントを作ったのは,はじめてiPhoneを買った2008年の8月なので,それよりも遅い。Bloggerの方はその後ずっと放置してきたが,年賀状をやめるときにその代替としてアナウンスする必要があったため,12月8日というタイミングで始めたのだった。

2019年12月7日土曜日

3.11のトラウマと現実否認の政治

石田英敬さんは,1953年生まれの東大名誉教授だけれど,自分とは知性のレベルが違うなあ。彼のtwitterで,安倍政権への興味深い見方が示されていた。後学のため引用しておく。

私の答え、その3:「いろいろ考えてきたんだが、私の答えは、いまの日本は、〈2011.3.11〉のトラウマから説明するのが一番分かりやすい、というもの。あの大地震、津波、原発事故のショック下に日本人たちは今もまだいるんだ。」 
「それで、日本人たちの半分ぐらいに、精神分析のいう、le déni de réalité の反応を引き起こした。現実を否認して出来事は全くなかったかのごとく暮らすように決めた。それで、あの出来事はまるで夢のなかで起こった出来事であったかのように、悪夢のように忘れさることに決めたのさ。」 
「そこに入り込んだのが、アベとその一味による今のアベ政権だというわけだ。3.11はとっても好都合なことに、たまたま野党がごくまれに政権についていたときに偶然起こった。災害の準備を怠ったのも原発を始めたのもあらゆる対策をネグッたのも全部自民党政権だったのにね。」 
「それで、あの出来事全体の一切合切をアベたちは全部野党のせいにすることにした。すべての現実を否認して、他者に責任を転嫁することにした。そして、あの出来事の自分たちの責任と影響をすべて否認することにした。」 
「それだけじゃなく、今の日本は世界から落伍していきつつあるし、経済もうまく行っていないし、人口を激減で衰退がせまっているのに、そんなことはいっさいない、というストーリーを組み立てることにした。お金も狸の葉っぱみたいに刷り続けて見せかけだけは株価をつりあげて経済もうまくいってる」 
「ように見せかけることにした。すべてを「現実の否認」の政治で塗り込めるようにした。それが、あのアベという男の長期政権なのさ。ウソを基調にした、ポスト・トゥルースの政治なのさ。」
[1] NULPTYX.COM 石田英敬のブログ

2019年12月6日金曜日

記述式問題見直しへ

大学入学共通テストの記述式問題について,与党公明党から延期・見直しの提言が萩生田文部科学大臣に届けられ,延期の可能性が高まってきた。柴山前文部科学大臣も「(国・数の記述式試験延期の可能性について)これは現場の状況をきちんと確認して、受験生に不利益が起きないようにすることが最優先だ」と言い出す始末である。なんなのだろう。

安倍・菅への向かい風が強くて,下村博文とその仲間たちをかばう余裕がなくなっているということか。

英語民間試験のほうも含め,まだまだ予断を許さない。延期で時間をかけることにより周到でよけいに面倒なシステムが導入されかねない。高大接続改革の御旗のもと,民営化まっしぐらをめざそうという取り巻きはごまんといるのだから。鈴木寛とか。

[1]2019.11.3 民間試験導入としての記述式問題
[2]2019.7.7 記述式問題の問題
[3]2019.7.6 大学入学共通テストの採点

2019年12月5日木曜日

不正・忖度・虚偽・隠蔽

ちっとも回転しないPDCAサイクルの欺瞞性は最近では良く知られるようになった。
一方,不正・忖度・虚偽・隠蔽のCCCCサイクル(Corruption-Conjecture-Chicanery-Concealment)は季節外れの桜吹雪をまき散らしながら高速回転している。


2019年12月4日水曜日

PISA2018

OECD生徒の学習到達度調査(PISA)は3年ごとに本調査が実施されている。このほど,PISA2018の結果が公表された。利害関係者の皆様は,戦々恐々としてこの餌に飛びつこうとしている。長期トレンドは平坦でありあまり変わっていないというのが結論のはずだが,変化分を強調して見たい向きからすれば,読解力が落ちたというのがセールスポイントになるのだろう。

読解力に関しては,6段階のレベルの上位層は前回とあまり変わらないが,中位層が減って,下位層が増えているようだ。「評価し,熟考する」能力については、2009年調査結果と比較すると,平均得点が低下しており,特に,2018 年調査から追加された「質と信ぴょう性を評価する」「矛盾を見つけて対処する」の正答率が低かった。とのことであり,そりゃあ桜を見る会を巡るこの間のグダグダな日本のマスコミと政府を見ていれば宜なるかなだろう。

一部コンピュータ型調査であることと学校におけるコンピュータ使用率の低さと絡めた議論にしたがる勢力もありそうだが,それはそれ,これはこれ。むしろスマートフォンによる断片的コミュニケーションや離散的情報取得に完全に適応しているネイティブICT人類についての分析の方が必要なのではないだろうか。

2019年12月3日火曜日

蛙飛び法

ファインマン物理学の第I巻の第9章蛙跳び法による運動のシミュレーションが取り上げられている。バネの運動の場合,運動方程式は,$m \ddot{x} = -k x$であるが,これを$\dot{x}=v$と$\dot{v}= -k/m x = -\lambda x$としてオイラー法を適用する。$\epsilon=t_{n+1}-t_n, \ f_n=f(t_n)$などとして,
前進差分は,
\begin{equation}
\begin{aligned}
x_{n+1}=x_{n}+\epsilon v_{n}\\
v_{n+1}=v_{n}- \lambda \epsilon x_{n}
\end{aligned}
\end{equation}
後退差分は,
\begin{equation}
\begin{aligned}
x_{n+1}=x_{n}+\epsilon v_{n+1}\\
v_{n+1}=v_{n}- \lambda \epsilon x_{n+1}
\end{aligned}
\end{equation}
中心差分は,
\begin{equation}
\begin{aligned}
x_{n+1}=x_{n-1}+2\epsilon v_{n}\\
v_{n+1}=v_{n-1}- 2\lambda \epsilon x_{n}
\end{aligned}
\end{equation}
中心差分の片方をずらすと蛙跳び法の表式が得られる。
\begin{equation}
\begin{aligned}
x_{n+2}=x_{n}+2\epsilon v_{n+1}\\
v_{n+1}=v_{n-1}- 2\lambda \epsilon x_{n}
\end{aligned}
\end{equation}
一方,前進差分と後退差分は,次のように表せる。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}x_{n+1} \\ v_{n+1}\end{pmatrix} &=
\begin{pmatrix} 1 & \epsilon \\ - \lambda \epsilon & 1 \end{pmatrix}
\begin{pmatrix}x_{n} \\ v_{n}\end{pmatrix} \\
\begin{pmatrix} 1 & -\epsilon \\ \lambda \epsilon & 1 \end{pmatrix}
\begin{pmatrix}x_{n+1} \\ v_{n+1}\end{pmatrix}
&= \begin{pmatrix}x_{n} \\ v_{n}\end{pmatrix}
\end{aligned}
\end{equation}
陰解法となっている後退差分を解いて$ o(\epsilon^2)$まで考えると,
\begin{equation}
\begin{pmatrix}x_{n+1} \\ v_{n+1}\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}\dfrac{1}{1+\lambda \epsilon^2} & \epsilon \\
-\lambda \epsilon &  \dfrac{1}{1+\lambda \epsilon^2}\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}x_{n} \\ v_{n}\end{pmatrix}
\end{equation}
前進差分と後退差分の平均をとると,中心差分に相当するものが得られる。
\begin{equation}
\begin{pmatrix}x_{n+1} \\ v_{n+1}\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}1 - \lambda \epsilon^2 /2 & \epsilon \\
-\lambda \epsilon &  1 -\lambda \epsilon^2 /2 \end{pmatrix}
\begin{pmatrix}x_{n} \\ v_{n}\end{pmatrix}
\end{equation}

2019年12月2日月曜日

大仏迴国

京都みなみ会館典座を見に行く途中の近鉄電車内で検索作業中の妻に,大仏迴国という映画もやっているようだよ,と教えてもらった。典座の方は昨夜みた評判にちょっと不安があったので,私だけあわててそちらに切り替えた。近所のル・ブランで昼食をすませ,新装されたみなみ会館の1Fで開始までの時間待ち。

あとで調べたところ,京都みなみ会館は怪獣映画の聖地とよばれていたそうだ。それならば,日本の怪獣映画の原点としての大仏迴国リメイクが上映されている意味も大きい。ところで,そのリメイクは残念ながらリメイクではなかった。なんといえばいいか。よくわかりませんでした。宝田明,久保明,小林夕岐子,螢雪次朗は日本の怪獣映画のオマージュということらしい。大槻義彦とたま出版の韮澤潤一郎の対談もその派生物か。製作費が300万円なので,立ち上がった聚楽園大仏(じゃないのか,茨城県の大仏だった)のCGもかなり制限されていた。脚本はまあ支離滅裂といったところだろうか。よくわからないがオカルト風味と東京の地震の終末感風味で終わってしまった。

P. S. 典座のほうもちょっと残念だったようだ。

2019年12月1日日曜日

アドベントカレンダー

さあ12月,師走がやってきた。アドベントカレンダーの季節だ。12月1日からはじまり,クリスマスまでの毎日(24日または25日)をカウントダウンする目的のカレンダーのことだが,インターネット上ではプログラミングや様々なテーマについてのブログを毎日書いていくというものだ。Qiita Advent Calendar 209には702テーマがあり,参加者も1万人を越えている。アドベントカレンダーを作れるサイトとしては,Adventar などもある。これはちょっと一覧性に欠けているが,仲間内だけにサーキュレートするためならこれで十分なのか。数理物理 Adventar Calendar 2019 とか。日曜数学 Advent Calendar 2019 とか。数値計算 Advent Calendar 2019とか。

2019年11月30日土曜日

楕円軌道と内心の軌跡

楕円の軌跡は焦点からの線分の長さの和が一定という条件で描くことができる。楕円の長半径を$a$,短半径を$b$,焦点の座標を${\rm O}_1=(-c,0)$,${\rm O}_2=(c,0)$,楕円上の点Pの座標を$(x,y)$とする。例えば,$\ell_1={\rm O}_1{\rm P}$,$\ell_2={\rm O}_2{\rm P}$として,$\ell_1+\ell_2=2 a$と一定となる。

このとき,三角形${\rm O}_1{\rm O}_2 P$の内心(内接円の中心)Qの軌跡はどんな図形を描くだろうか。twitterでアニメーションをみかけたが,楕円に見えたので確かめてみよう。点Pは次の楕円の方程式の上を動く。
\begin{equation}
\dfrac{x^2}{a^2} + \dfrac{y^2}{b^2} = 1 \quad a^2=b^2+c^2
\end{equation}
このとき,$\ell_1, \ell_2$を求めてみる。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\ell_1 &= \sqrt{ (x+c)^2 + y^2 } = \sqrt{(x+c)^2 + b^2 (1 - (x/a)^2 ) }\\
&= \sqrt{(x+c)^2 + (1-c^2/a^2) (a^2 - x^2) } = a + \dfrac{c x}{a}\\
\ell_2 &= \sqrt{ (x-c)^2 + y^2 } = \sqrt{(x-c)^2 + b^2 (1 - (x/a)^2 ) } \\
&= \sqrt{(x-c)^2 + (1-c^2/a^2) (a^2 - x^2) } = a - \dfrac{c x}{a}
\end{aligned}
\end{equation}
次に,内心Qの座標を,$(p,q)$とする。$q$は内接円の半径と等しい。三角形の内接円の半径$r$は,三角形の面積$S$と$2S=(\ell_1+\ell_2+2c) r$の関係がある。ヘロンの公式より,
\begin{equation}
\begin{aligned}
s &= (\ell_1+\ell_2+2c)/2 = a+c \\
S &=\sqrt{s(s-2c)(s-\ell_1)(s-\ell_2)}=\sqrt{(a+c)(a-c)(c - c x/a)(c + c x/a)}\\
\therefore q &= r= \dfrac{S}{a+c}=c\sqrt{\frac{a-c}{a+c}(1-x^2/a^2)}= \dfrac{c y}{b}\sqrt{\frac{a-c}{a+c}}\equiv  \dfrac{c\ y\ \varepsilon}{b}
\end{aligned}
\end{equation}
また,角${\rm PO_1 O_2}=\phi$,角${\rm PO_2 O_1}=\theta$とすると,余弦定理から,
\begin{equation}
\begin{aligned}
\cos\phi = \dfrac{\ell_1^2+(2c)^2-\ell_2^2}{4\ell_1 c}=\dfrac{x+c}{\ell_1}\\
\cos\theta = \dfrac{\ell_2^2+(2c)^2-\ell_1^2}{4\ell_1 c}=\dfrac{c-x}{\ell_2}
\end{aligned}
\end{equation}
内心の性質から,角${\rm QO_1 O_2}=\phi/2$,角${\rm QO_2 O_1}=\theta/2$であり,半角の公式から,
\begin{equation}
\begin{aligned}
\tan{\frac{\phi}{2}} &=\sqrt{\dfrac{1-\cos\phi}{1+\cos\phi}} =\sqrt{\dfrac{\ell_1-(x+c)}{\ell_1+(x+c)} }\\
&=\sqrt{\dfrac{a+cx/a-(x+c)}{a+cx/a+(x+c)}} = \varepsilon \sqrt{\dfrac{a-x}{a+x}}\\
\tan{\frac{\theta}{2}} &=\sqrt{\dfrac{1-\cos\theta}{1+\cos\theta}}=\sqrt{\dfrac{\ell_2-(c-x)}{\ell_2+(c-x)} }\\
&=\sqrt{\dfrac{a-cx/a-(c-x)}{a-cx/a+(c-x)}} = \varepsilon \sqrt{\dfrac{a+x}{a-x}}\\
\end{aligned}
\end{equation}
${\rm O_1}$から角度$\phi/2$で望む内心Qのy座標が,${\rm O_2}$から角度$\theta/2$で望むものと等しいことから,
\begin{equation}
\begin{aligned}
(p+c) \tan \dfrac{\phi}{2} &= (c-p) \tan \dfrac{\theta}{2} \\
p \bigl( \tan \dfrac{\phi}{2} +  \tan \dfrac{\theta}{2} \bigr) &= c \bigl(  \tan \dfrac{\theta}{2} - \tan \dfrac{\phi}{2} \bigr) \\
p \varepsilon \Bigl( \sqrt{\dfrac{a-x}{a+x}} + \sqrt{\dfrac{a+x}{a-x}} \Bigr)
& = c \varepsilon  \Bigl( \sqrt{\dfrac{a+x}{a-x}} - \sqrt{\frac{a-x}{a+x}} \Bigr) \\
2 a p \varepsilon &= 2 x c \varepsilon\\
\therefore p &= \dfrac{c}{a} x
\end{aligned}
\end{equation}
これから,内心Qの満足する軌跡の方程式は,Pが描く楕円の軌跡の式を用いて以下のように求まった。
\begin{equation}
\dfrac{p^2}{c^2} + \dfrac{q^2}{(c \varepsilon)^2} = 1
\end{equation}

図 楕円の軌跡(青)と内心の軌跡(赤)


2019年11月29日金曜日

公転速度と公転周期

万有引力定数は,G=6.7 × 10^-11 m ^3 kg^-1 s^-2 である。高等学校の物理の教科書にのっているように,質量 M kg の天体の周りを質量 m kg の天体が速さ v m/s の速度で半径 R m の等速円運動するとき,$ \dfrac{G M m }{R^2} = \dfrac{m v^2}{R}$ から,$ v= \sqrt{\dfrac{GM}{R}} $,周期は$ T = \dfrac{2 \pi R }{v}$であった。これで,ブラックホール(BH)のまわりの"惑星"の公転速度と公転周期が求まる。だからどうしたといわれても。

地球−月(M = 6.0 × 10^24 kg, R = 3.8 × 10^8 m)→(v= 1 km/s, T= 0.76 y)
太陽−地球(M = 2.0 × 10^30 kg, R = 1.5 × 10^11 m)→(v= 30 km/s, T= 1.0 y)
銀河中心-太陽(M = 2.2 × 10^41 kg,R= 2.6 × 10^20 m)→(v= 240 km/s, T= 2.0 × 10^8 y)
BH−"惑星"(M = 8.2 × 10^36 kg,R = 1.0 ×10^17 m)→(v=74 km/s, T=2.7 × 10^5 y)

[1]国立天文台,最新の観測による銀河中心〜太陽系の距離や回転速度を発表
[2]超大質量ブラックホール(Wikipedia)

2019年11月28日木曜日

ブラックホールの周りの惑星

物理ではなかなかびっくりする話がない。いや,あるのだが,驚嘆するためにはそれなりの基礎知識が必要なのでたいへんだ。数学でもそうかもしれない。その意味では望月新一さんのIUTはとても大きなトピックだった。一方,天文学では結構な頻度で,驚きのニュースが飛び込んでくるような気がする。最近のそれは,ブラックホールの周りの惑星だ

ブラックホールの周りには降着円盤があることは,福江先生の得意分野でもあるので知っていた。そこに原始太陽系の形成モデルのシミュレーションを適用すると,銀河中心にあるような太陽の1000万倍の質量を持つ巨大ブラックホールのまわりのミクロな塵から,数億年をかけて,ブラックホール中心から10光年ほどのところに,地球質量の10倍程度の惑星が1万個以上形成されるというものだ。となりの惑星との距離は0.1光年のオーダーかな。生命が誕生するような熱源は確保できるのだろうか。SF作家の夢が広がるだろうか。

[1]K. Wada, Y. Tsukamoto and E. Kokubo,  Planet Formation around Supermassive Black Holes in the Active Galactic Nuclei(2019.11.26)

2019年11月27日水曜日

児童生徒1人1台PC

11月13日の経済財政諮問会議で,経済対策(未来投資)として義務教育の児童生徒1人1台のPCを配備するという考えが示された。経済再生担当大臣の西村康稔は,1995年から1997年にかけて通産省からの出向で石川県の商工課長を務めていた。そのころ父が亡くなり,葬儀後の挨拶で県庁もまわった際に名刺だけを置いてきた。西村は2003年に衆議院議員になったが,その前後からしばらく後援会からの案内が届いていたことがあった。選挙区は離れているのであまり効果はないと思うのだが,とりあえず関西圏なので。

さて,児童生徒1人1台PCに話を戻す。これが,小学校5年生から中学3年生までとなると,小学校 5, 6 年が 213万人程度,中学校1, 2, 3 年が 322万人なので,合計540万人。現在あるPCの普及率は 5.4 人に1台なので,人数として現有のもので必要数の 19% 程度がカバーされているとするなら,540万 × 81%で 440万台新たに必要になる(現有機器がデスクトップならばもっと必要かもしれない)。1台10万円として,4400億円だ(いつまでに実行するのだろう?)。その後,更新を続けるとすれば,毎年数百億円が必要になる。で,これを学校で管理できるのだろうか。活用できるのだろうか。どこかでBOYDにスライドできるのだろうか。謎は深まるが,あまりまともな制度設計がされることは期待できないように思う。

P. S. 読売新聞によると,2022年までに小5〜中3,2024年までに小1〜小4という説もあるようだ。

P. P. S. 12/3 PISA2018結果発表を前に,日経新聞によると2023年が目標年度であり,5000億円を児童生徒1人1台のPCまたはタブレットにつっこむそうだ。初年度は1500億円とか。南無阿弥陀仏。

2019年11月26日火曜日

山羊問題

山羊問題(Goat Problem)は次のような問題である。中心A,半径$r=1$の草の生えた円形の土地Sがある。その周の1点Oから長さ$a$のヒモにつながれた山羊を放し飼いにすると,Sのうち,半径$a$のOを中心とし半径$a$の円内の草が食べられてしまう。その面積がSの半分になるようなヒモの長さ$a$はいくらか?図形はOAを結ぶ線に対称なので,半分だけ考えてみよう。

図 山羊問題
山羊が食べた草地の面積は,扇型O-BP+扇型A-OP-三角形AOPであり,これが$\pi r^2/4$になればよい。角POA=$\phi$とすると,角PAO=$\pi-2\phi$である。これを式で表すと,
\begin{equation}
\begin{aligned}
\dfrac{\pi r^2}{4} &= \dfrac{r^2}{2}(\pi - 2 \phi) + \dfrac{a^2}{2} \phi - \dfrac{r^2}{2} \sin 2 \phi \\
a &= 2 r \cos \phi
\end{aligned}
\end{equation}
したがって,
\begin{equation}
4 \phi \cos^2 \phi = \sin 2 \phi +2 \phi -\dfrac{\pi}{2}
\end{equation}
これをMathematicaで解くと,$a/r = 1.15873$となった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
In[1]:= Clear[x]; sol1 = FindRoot[4 Cos[x]^2  x == Sin[2 x] + 2 x - Pi/2, {x, 1}]; x = x /. sol1
Out[1]= 0.952848
In[2]:= a = 2 Cos[x]
Out[2]= 1.15873
In[3]:= Clear[x]; sol2 = FindRoot[Sqrt[1 - (x - 1)^2] == Sqrt[a^2 - x^2], {x, 1}]; b = x /. sol2
Out[3]= 0.671326
In[4]:= c = NIntegrate[Sqrt[1 - (x - 1)^2], {x, 0, b}] + NIntegrate[Sqrt[a^2 - x^2], {x, b, a}]
Out[4]= 0.785398

In[5]:= g1 = Plot[{Sqrt[a^2 - x^2], Sqrt[1 - (x - 1)^2],
   Sqrt[a^2 - b^2]/b x, -Sqrt[a^2 - b^2]/(a - b) (x - a), -Sqrt[a^2 - b^2]/(1 - b) (x - 1)}, {x, 0, 2},
  AspectRatio -> Automatic, PlotStyle -> {, , Dashed, Dashed, Dotted}, PlotRange -> {0, 1.2}]
In[6]:= g2 = Graphics[{Text[O, {0.05, 0.03}], Text[A, {0.95, 0.03}],
   Text[B, {1.20, 0.03}], Text[P, {0.69, 1.0}]}];
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

2019年11月25日月曜日

パラメータ励振(5)

(パラメータ励振(4)からの続き)

\begin{equation}
\begin{aligned}
\ddot{x}+\dfrac{g-\ddot{\ell}}{\ell}x &= 0\\
\ell &= \ell_0(1-\epsilon \cos(\omega t + \delta))\\
g/\ell_0 &= \omega_0^2\\
\end{aligned}
\end{equation}
このブランコのモデルで,エネルギーが励振項から供給される様子を調べてみる。
微分方程式を変形すると次のようになる。
\begin{equation}
\ddot{x}+\omega_0^2 x = - \epsilon(\omega_0^2-\omega^2) \cos (\omega t + \delta ) x
\end{equation}
$\dot{x}$を微分方程式の両辺にかけると,
\begin{equation}
\dot{x} \ddot{x}+\omega_0^2 \dot{x} x = - \epsilon(\omega_0^2-\omega^2) \cos (\omega t + \delta ) \dot{x} x
\end{equation}
したがって,
\begin{equation}
\dfrac{d}{dt} (\dot{x}^2+\omega_0^2  x^2 )  = - \epsilon(\omega_0^2-\omega^2) \cos (\omega t + \delta ) \dot{x} x \equiv {\rm R}
\end{equation}
つまり,左辺は運動エネルギー+位置エネルギーの微分となるため,右辺がこれに対するエネルギーソースの働きをしている。そこで,右辺Rの符号を調べる。

ここで,$\omega=2\omega_0, \lambda = \dfrac{-3\epsilon \omega_0^2}{4\pi} < 0$とする。また,$\delta =(0, \pi/2, \pi, 3\pi/2)$に対して,$\varphi = (\pi/4, \pi/2, \pi/4, 0)$に注意する。
\begin{equation}
\begin{aligned}
x &= C_1 e^{\lambda t} \cos(\omega_0 t + \varphi) + C_2 e^{-\lambda t} \sin (\omega_0 t + \varphi)\\
\dot{x} &= \lambda \{ C_1 e^{\lambda t} \cos(\omega_0 t + \varphi) - C_2 e^{-\lambda t} \sin (\omega_0 t + \varphi) \} \\
&+\omega_0 \{ -C_1 e^{\lambda t} \sin(\omega_0 t + \varphi) + C_2 e^{-\lambda t} \cos (\omega_0 t + \varphi) \}
\end{aligned}
\end{equation}
初期条件として,$x(0)=c >0, \dot{x}(0)=0$とする。
\begin{equation}
\begin{aligned}
c &= C_1  \cos \varphi + C_2 \sin \varphi\\
0 &= \lambda \{ C_1 \cos \varphi - C_2 \sin \varphi \} \\
&+\omega_0 \{ -C_1 \sin \varphi + C_2 \cos \varphi \}
\end{aligned}
\end{equation}
これを解いて,
\begin{equation}
\begin{aligned}
C_1 &= c \dfrac{\lambda \sin \varphi - \omega_0 \cos \varphi}{\lambda \sin 2\varphi -\omega_0}\\
C_2 &= c \dfrac{\lambda \cos \varphi - \omega_0 \sin \varphi}{\lambda \sin 2\varphi -\omega_0}
\end{aligned}
\end{equation}
近似解は,$x(t)=c cos(\omega_0 t)$であるから,$\dot{x} \ x = -\dfrac{c^2}{2} \sin(2\omega_0 t) $ である。したがって,$\delta=\pi/2の場合$
\begin{equation}
{\rm R}= \epsilon(\omega_0^2-\omega^2) \cos (2\omega_0 t + \delta ) \dfrac{c^2}{2} \sin(2 \omega_0 t) = \dfrac{3 \omega_0^2 c^2}{2} \sin^2 (2\omega_0 t) > 0
\end{equation}
となって,エネルギーが増加することがわかる。また,$\delta = 3\pi/2$では符号が逆転する。


2019年11月24日日曜日

パラメータ励振(4)

以下のブランコのモデルに対する解析的な近似解を考える。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\ddot{x}+\dfrac{g-\ddot{\ell}}{\ell}x &= 0\\
\ell &= \ell_0(1-\epsilon \cos(\omega t + \delta))\\
g/\ell_0 &= \omega_0^2\\
\end{aligned}
\end{equation}
もとの微分方程式を $x(t), y(t)$ の1階連立微分方程式の形に表す。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\dot{x} &= y\\
\dot{y} &= -\{\omega_0^2+\epsilon(\omega_0^2-\omega^2)\ \cos(\omega t + \delta)\}\ x
\end{aligned}
\end{equation}
ここで,$x=a(t) \cos (\omega_0 t + \phi(t)), y= -a \omega_0 \sin (\omega_0 t + \phi(t))$とおいて,
上の連立微分方程式を$a(t), \phi(t) $の連立微分方程式に書き直す。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\dot{a} \cos (\omega_0 t + \phi) -a \dot{\phi} \sin (\omega_0 t + \phi) &= 0\\
\dot{a} \sin (\omega_0 t + \phi) +a \dot{\phi} \cos (\omega_0 t + \phi) &= \dfrac{ \epsilon(\omega_0^2-\omega^2)}{\omega_0}\ \cos(\omega t + \delta) a \cos(\omega_0 t + \phi )\\
\end{aligned}
\end{equation}
整理すると次のような2式となる。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\dot{a} &= \dfrac{ \epsilon(\omega_0^2-\omega^2)}{2\omega_0}\
\cos(\omega t + \delta) \sin(2 \omega_0 t + 2 \phi ) \ a \\
\dot{\phi} &= \dfrac{ \epsilon(\omega_0^2-\omega^2)}{2\omega_0}\
\cos(\omega t + \delta) \{ 1 + \cos(2 \omega_0 t + 2 \phi ) \} \\
\end{aligned}
\end{equation}
ここで,$\omega = 2 \omega_0$とし,$a(t),\phi(t)$の時間変化が緩いとして上式の右辺を$t=0$から周期$T=2 \pi/\omega$まで時間で積分した量を周期で割った量で置き換える。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\dot{a}  &= \dfrac{\omega}{2\pi} \int_0^{2\pi/\omega} \dfrac{\epsilon (\omega_0^2-\omega^2)}{2 \omega_0} \cos(\omega t + \delta) \sin(2 \omega_0 t + 2 \phi ) \ a dt\\
\dot{\phi} &=  \dfrac{\omega}{2\pi} \int_0^{2\pi/\omega} \dfrac{\epsilon (\omega_0^2-\omega^2)}{2 \omega_0} \cos(\omega t + \delta) \{ 1 + \cos(2 \omega_0 t + 2 \phi ) \} dt
\end{aligned}
\end{equation}
このようにして平均化された$\dot{a},\dot{\phi}$に対して次式が成り立つ。
\begin{equation}
\begin{aligned}
\lambda &= \dfrac{\omega}{2\pi}\dfrac{\epsilon (\omega_0^2-\omega^2)}{4 \omega_0}\\
\dot{a} &= - \lambda \sin (\delta - 2 \phi) \ a \\
\dot{\phi} &= \lambda \cos (\delta - 2 \phi) \\
\end{aligned}
\end{equation}
さらに,$u=a \cos \phi, v= a \sin \phi$と置き上式を代入して加法定理を用い,さらに整理すると,
\begin{equation}
\begin{aligned}
\dot{u} &= \dot{a} \cos \phi - a \dot{\phi} \sin \phi = -\lambda a \sin (\delta - \phi)
= -\lambda (u \sin \delta - v \cos \delta)\\
\dot{v} &= \dot{a} \sin \phi + a \dot{\phi} \cos \phi = \lambda a \cos (\delta - \phi)
= \lambda (u \cos \delta + v \sin \delta)
\end{aligned}
\end{equation}
結局,
\begin{equation}
\dfrac{d}{dt}\begin{pmatrix} u \\ v \end{pmatrix}
= \lambda \begin{pmatrix} - \sin \delta & \cos \delta \\ \cos \delta & \sin \delta \end{pmatrix} \begin{pmatrix} u \\ v \end{pmatrix}
\end{equation}
さらに,$(u,v)=(A,B)e^{p \lambda t}$と置くと,
\begin{equation}
\begin{pmatrix} p+ \sin \delta & -\cos \delta \\ -\cos \delta & p-\sin \delta \end{pmatrix} \begin{pmatrix} A \\ B \end{pmatrix}=0
\end{equation}
自明でない解を持つ条件から,$p^2-\sin^2 \delta -\cos^2 \delta =0$より,$p=\pm 1$
$p=1$の場合
\begin{equation}
(1+\sin \delta)A -\cos\delta B=0 \quad \therefore (A,B)=(\sqrt{\dfrac{1-\sin \delta}{2}}, \sqrt{\dfrac{1+\sin \delta}{2}})\\
a=e^{\lambda t}, \quad \cos\phi = \sqrt{\dfrac{1-\sin \delta}{2}}, \quad \sin \phi = \sqrt{\dfrac{1+\sin \delta}{2}}
\end{equation}
$p=-1$の場合
\begin{equation}
(-1+\sin \delta)A -\cos\delta B=0 \quad \therefore (A,B)=(\sqrt{\dfrac{1+\sin \delta}{2}},
-\sqrt{\dfrac{1-\sin \delta}{2}})\\
a=e^{-\lambda t}, \quad \cos\phi = \sqrt{\dfrac{1+\sin \delta}{2}}, \quad \sin \phi =
 -\sqrt{\dfrac{1-\sin \delta}{2}}
\end{equation}
したがって,$x=a \cos (\omega_0 t + \phi)$の一般解は,2つのモードの重ね合わせとして表現される。
\begin{equation}
x(t)=\ell(t) \theta(t) =  C_1 e^{\lambda t} \cos (\omega_0 t+ \varphi)
+ C_2 e^{-\lambda t} \sin (\omega_0 t+ \varphi)\\
\varphi = \tan^{-1}\sqrt{\dfrac{1+\sin \delta}{1-\sin \delta}}
\end{equation}
$\omega = 2\omega_0$としたので,$\lambda = -\dfrac{3 \epsilon \omega_0^2}{4 \pi} < 0$である。$\delta=\pi/2$の場合,指数関数的に増大する項は,$C_2 e^{-\lambda t} \cos(\omega_0 t)$という形になる。

参考文献
[1]対話・非線形振動楽しい物理ノート KENZOU
[2]Parametirc Oscillator(Wikipedia en:)

2019年11月23日土曜日

パラメータ励振(3)

ブランコのモデルでは,重心の位置が振動の両端で最も高くなるのが良いのだと思い込んでいた。そのため,前回のモデルでは,$\epsilon=a/\ell_0 > 0$として,$\ell=\ell_0 (1-\epsilon \cos \omega t)$と考えた。つまり,$t=0$と$t=2\pi/\omega$で,$\ell=\ell_0 (1-\epsilon)$と重心が高くなり,$t=\pi/\omega$で,$\ell=\ell_0 (1+\epsilon)$と重心が低くなるわけだ。

しかし,どうやらそうではなかった。$\ell=\ell_0 (1-\epsilon \cos (\omega t + \pi/2))$のときに,最も励振が大きくなるのだ。前半の1/4周期に重心の落ちる速度が正,後半の1/4周期に重心の落ちる速度が負になるような運動の場合で,こちらの方が実際のブランコの漕ぎ方に直感的に一致しているような気がする。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
d = Pi/2; e = 0.05; w0 = Pi; w = 2 w0;
Table[sol[i] = NDSolve[{x''[t] +
       2 e w Sin[w t + d*i] /(1 - e Cos[w  t + d*i]) x'[t] +
       w0^2/(1 - e Cos[w t + d*i]) x[t] == 0, x[0] == 0.1,
     x'[0] == 0}, x, {t, 0, 150}], {i, 0, 3}];
f[i_, t_] := x[t] /. sol[i][[1]]
Plot[Evaluate@Table[f[i, t], {i, 0, 3}], {t, 0, 10},
PlotRange -> {-0.4, 0.4}, PlotStyle -> {Red, Gray, Blue, Black}]
#
# 振幅をPi/4に強調した重心の軌跡
g1=ParametricPlot[ Evaluate@Table[{(1 - e Cos[w  t + d0*i]) Cos[w0 t], -(1 - e Cos[w  t + d0*i]) Sin[w0 t]}, {i, 0, 3}], {t, 0, 2 Pi/w}, PlotStyle -> {Red, Gray, Blue, Black},
  PlotRange -> {{-0.8, 0.8}, {-1.2, 0}}]
g2 = Plot[-Abs[x], {x, -1/Sqrt[2], 1/Sqrt[2]},   PlotRange -> {{-0.8, 0.8}, {-1.2, 0}}]
Show[g1,g2]
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 図 パラメタ励振(支点と重心の距離は $\ell_0(1-\epsilon \cos (2 \omega_0 t + d)$ )

図 パラメタ励振(位相d = 0赤,Pi/2灰,Pi青,3Pi/2黒)


2019年11月22日金曜日

パラメータ励振(2)

ブランコのパラメータ励振単振子モデルをMathematicaで解いてみる。
$\epsilon = a / \ell_0$は,重心の上下振幅$a$ともとの振り子の長さ$\ell_0$の比であり,$\omega_0= \sqrt{g/\ell_0}$は重心が動かない場合の振り子の固有角振動数だ。
\begin{equation*}
\ddot{\phi} + \epsilon \sin \omega t \ \dot{\phi}  + \omega_0^2 (1+\epsilon \cos\omega t) \phi = 0
\end{equation*}
重心の上下振動の振動数を振り子の振動数の2倍にしたときに励振が起こる。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
e = 0.05; w0 = 3; w = 2 w0;
sol = NDSolve[{x''[t] + 2 e w Sin[w t] x'[t] 
    + w0^2 (1 + e Cos[w t]) x[t] == 0,
    x[0] == 0.1, x'[0] == 0}, x, {t, 0, 30}];
f[t_] := x[t] /. sol[[1]]
Plot[f[t], {t, 0, 20}]
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

図 パラメータ励振の数値計算例

2019年11月21日木曜日

パラメータ励振(1)

物理Ⅲの授業は来週中間テストでいよいよ後半戦に向う。テーマは振動と波動で,小形正男さんの裳華房の振動・波動をテキストにしている。第5章の減衰振動と強制振動のところだ。小学校5年生の振り子の単元でもブランコを説明に遣うが,ここでも強制振動の説明にブランコをイメージしてもらう。ところが他人に押してもらわない自分で漕ぐブランコは,パラメータ励振で説明しなければならない。

ブランコのモデルとしてひもの長さが与えられた時間の関数として変化する単振り子を考える。運動を記述する変数として,鉛直方向からの振り子のなす角度を $\phi(t)$ とする。支点のまわりの角運動量は,$L=m\ell ^2 \dot{\phi}$ であり,支点のまわりの重力のモーメントは $N=-mg\sin \phi$  から,運動方程式$\dfrac{d}{dt}L=N$ は,$m \dfrac{d}{dt}(\ell^2 \phi) = -m g \sin \phi$ となり,微小振動を仮定して整理すると,$\ddot{\phi} + 2\dfrac{\dot{\ell}}{\ell}\dot{\phi} + \dfrac{g}{m} \phi = 0$ を得る。

例えば,$\ell(t) = \ell_0 - a \cos \omega t$ に対して,この方程式が簡単に解ければ,初等的な力学の教科書に例題としてどんどん載せればいいようなものだけれど,そうは問屋が卸さないのだった。ちなみにこの場合の近似運動方程式は,$\epsilon = a / \ell_0$,$\omega_0
= \sqrt{g/\ell}$として,次のようになる。
\begin{equation*}
\ddot{\phi} + \epsilon \sin \omega t \ \dot{\phi}  + \omega_0^2 (1+\epsilon \cos\omega t) \phi = 0
\end{equation*}


2019年11月20日水曜日

眉村卓

11月3日に眉村卓が亡くなった。中学生のころからSFを意識して読み始めるようになった。その当時の日本のSF作家では,小松左京筒井康隆星新一に次いで読んでいたのが眉村卓かもしれない。阪大経済学部で柔道部というところにもちょっと引っ掛かったかもしれない。眉村の作品で書棚に並んでいるものを調べてみた。燃える傾斜(ハヤカワ文庫),準B級市民(ハヤカワSFシリーズ),万国博がやってくる(ハヤカワSFシリーズ),幻影の構成(世界SF文学全集),EXPO87(日ハヤカワ文庫),滅びざるもの(徳間文庫),消滅の光輪(ハヤカワ文庫),司政官全短編(創元文庫)などであり,1960年から70年代にかけての作品に集中している。

眉村卓といえばインサイダー文学論だ。コリン・ウィルソンのアウトサイダーは大学に入ってから非常に興味深く読んだ。ただ,この実存主義的なアウトサイダーとインサイダー文学論のインサイダーはベクトルの向きが正反対というわけではないかもしれない。それでもSF読者としては,アウトサイダーという立場がなぜかしっくり来ることが多い。そう,自分が普通の人類と違っていたらどうだろうというあの感覚だ。

インサイダー文学論は,SFの対象として,そのようなアウトサイダー的傾向に親和的な層だけではなく,社会組織の中で歯車として生きているインサイダー層にフォーカスするような作品が必要であるという眉村自身の創作の立場を説明するものだ。それは初期作品にも見られたし,中期から後期にかけての司政官シリーズで端的に表現されていたのだと思う。

[1]私の失敗「眉村卓さん」(産経新聞文化部)
[2]眉村卓『司政官 全短編』あとがき(2008年1月)
[3]眉村卓『消滅の光輪』あとがき(2008年7月)
[4]眉村卓「霧を行く」(橄欖追放,東郷雄二)


2019年11月19日火曜日

スピン

日本の主な国語辞典のスピンの項目には,まだスピン(パブリック・リレーションズ)としての語意が載っていない。英語版のWikipediaでは,Spin(Propaganda)となっていて,日本でよく用いられるスピン報道とは若干ニュアンスが違うような気もする。

マスコミは基本的に読者の目を引いてメディアへのアクセスを増やし,広告の獲得や購買につながるニュースを仕立てている。その事情を熟知していて,かつ,自由に情報発信を制御できる政府は,あたかも自然現象のようにニュースを作ることができるかもしれない。

[1]「桜を見る会」と芸能報道から考える「結果スピン」の効能(荻上チキ)


2019年11月18日月曜日

公共財としての教育ビッグデータ(2)

例えば,JAPAN e-Portfolio は関連大学が構成員となる一般社団法人教育情報管理機構が運用主体となっている。その会員についてのページを見ると,正会員は大学である。国立大学が6法人,公立大学が3法人,私立大学が18法人となっている。賛助会員には教育産業の企業が名を連ねている。ベネッセが含まれる特別賛助会員が4社,指定賛助会員が4社,賛助会員が1社である。年会費300万円特別賛助会員の説明は以下の通り。
当該会員が運営する学習支援システム事業,ポートフォリオ事業,SNS事業,データベース事業等これらに類する事業において取得したデータ又は本機構が運営する高大接続ポータルサイト「JAPAN e-Portfolio」(以下、「JeP」という。)が所有するデータ等,JePに連携し,蓄積した情報を活用して事業を行う会員が支払う会費
*『「JAPAN e-Portfolio」(以下、「JeP」という。)が所有するデータ等」』とは「JAPAN e-Portfolio」の入力項目などシステム本体の情報を指します。生徒が「JAPAN e-Portforio」に入力し,蓄積された個人情報は,一切共有されることはありません。
ベネッセの個人情報漏れが起こったときには,これでもうおしまいだなと思ったのだが,あっという間に,復活を果たしただけでなく,ありとあらゆる教育公共事業案件に首を突っ込み,この優位性を背景に各学校への攻勢を強めている。これまでは,全国学力テストだったが,これに加えて,大学入試共通テストや,高校生のポートフォリオなど膨大なデータを手中に収めようとしている。このままでいけば文部科学省は民営化されて,ベネッセに取って代わられる日も近い。


2019年11月17日日曜日

公共財としての教育ビッグデータ(1)

日経朝刊で,公正取引委員会の杉本和行委員長が,「医療や金融分野などのビッグデータは多くの事業者が利用可能な「公共財」になりうるとの考え方を示した」。ここには教育分野が含まれていないが,まさに公共財として位置づけて,広く公開と流通を図ることが必要な部分は含まれているはずだ。もちろん,個人情報の機微に関る部分も多いため,その取り扱いにも注意は必要だが,それは医療や金融でも同じことだ。

数年前から清和会・政府の進めている教育政策の特徴は,一つには右翼的イデオロギー貫徹による教育支配であり,もう一つが,公共財としての教育を売り払う利権支配である。そして,その矛盾が噴出したのが,森友・加計・大学入試問題だ。巷では,モリ・カケ・サクラとして安倍の不正をあげつらっているが,本当にこわいのは,もてあそばれている日本の教育システムの破壊ではないのか。

岡山という地域をベースにしたベネッセ加計学園グループの深い結びつきについては,いろいろとネット上に情報が流れているが,そこに様々な公益法人や文部科学省からの天下りなどが絡み合い,複雑な病巣を構成している。そこに巣食う企業人や大学人や官僚崩れが,トップダウンの準公的な諮問会議や私的なワーキンググループを隠れみのに互いの利権を貪りながら,十分に吟味されておらず,当事者や専門家を排除した政策を立案している。

[1]教育情報管理機構JAPAN e-Portfolioの実施大学の団体+特定賛助会員など)
[2]進学基準機構佐藤禎一が理事長のベネッセ系一般財団法人)
[3]学力評価研究機構(ベネッセグループの株式会社)
[4]福武教育文化振興財団(ベネッセグループの公益財団法人)
[5]高校生のための学びの基礎診断(文部科学省)

2019年11月16日土曜日

米山保三郎

日経朝刊の連載小説が伊集院静の道草先生だ。最初はフォローしていなかったが,漱石の話だったことに気づき時々読んでいる。夏目金之助(1867-1916)の大学予備門(第一高等中学校)での友人として金沢出身の米山保三郎(1869-1897)がでてきた。金沢といえば宇ノ気町出身の西田幾多郎(1870-1945)も同時代の空気を吸っている。

米山保三郎については,Yahoo!知恵袋に北國・富山新聞の情報として,生没年と生誕地が野町2丁目であること,父が加賀藩の算用侍であったことなどが記されていた。東京帝大の哲学科で学び,かなりの秀才だったようだ。「吾輩は猫である」では米山をモデルとした天然居士=曾呂崎が登場している。米山は実際に天然居士という号を持っている。米山の助言によって金之助=漱石が建築ではなく文学を目指すことになった。
まだ子供のとき,財産がなかったので,一人で食わなければならないという事は知っていました。忙がしくなく時間づくめでなくて飯が食えるという事について非常に考えました。しかし立派な技術を持ってさえいれば,変人でも頑固でも人が頼むだろうと思いました。佐々木東洋という医者があります。この医者が大へんな変人で,患者をまるで玩具か人形のように扱う,愛嬌のない人です。それではやらないかといえば不思議なほどはやって,門前市をなす有様です。あんな無愛想な人があれだけはやるのはやはり技術があるからだと思いました。それだから建築家になったら,私も門前市をなすだろうと思いました。丁度ちょうどそれは高等学校時分の事で,親友に米山保三郎という人があって,この人は夭折しましたが,この人が私に説諭しました。セント・ポールズのような家は我国にははやらない。下らない家を建てるより文学者になれといいました。当人が文学者になれといったのはよほどの自信があったからでしょう。私はそれで建築家になる事をふっつり思い止まりました。私の考は金をとって,門前市をなして,頑固で,変人で,というのでしたけれども,米山は私よりは大変えらいような気がした。二人くらべると私が如何にも小ぽけなように思われたので,今までの考をやめてしまったのです。そして文学者になりました。(夏目漱石「無題」,大正三年一月十七日東京高等工業学校において
[1]落第(夏目漱石,青空文庫)
[2]無題(夏目漱石,青空文庫)
[3]処女作追懐談(夏目漱石,青空文庫)
[4]明治二十四,五年頃の東京文科大学選科(西田幾多郎,青空文庫)
[5]漱石と自分(狩野亨吉,青空文庫)
[6]吾輩は猫である(夏目漱石,青空文庫)
[7]漱石の悼む大怪物(かわうそ亭)
[8]漱石とメリメ : 『吾輩は猫である』における『カルメン』の水浴(高木雅恵)
[9]漱石覚え書補篇(柴田宵曲)


(写真:夏目漱石と米山保三郎,熊本市広報記事「漱石とくまもと」より引用)




2019年11月15日金曜日

東大寺七重塔

奈良東大寺の創建当時,東西に七重塔があったようだ。最近の東塔の発掘調査でも東塔を囲む回廊の東門の跡が見つかっている。塔の高さは70mとも100mともいわれており,東大寺はその再建を目標としているとのこと。ほんとですか。

日本で一番高い木造の塔は,54.8mの東寺の五重の塔だ。世界で一番高い木造建築物は,58.5mのカナダのブリティッシュコロンビア大学の学生寮だ。70mとか100mは可能なのだろうか?建築基準法上は燃えなければ可能みたい

その東大寺の七重塔は,1970年の大阪万博の際に古河グループの古河パビリオンとして復元されたことがある。ただしこれは木造ではなくプレハブ構造で1年で作ったようだ。その際に作られた七重塔相輪のレプリカは,東大寺大仏殿の横に設置されている。

金沢から大阪まで,雷鳥の臨時特急に乗って万博に行ったのは高校2年の夏休みだった。が,古河パビリオンにはあまり印象がない。岡本太郎のデザインで,小松左京のコンセプトによる内部展示を楽しみにしていただけにちょっと期待外れだった70mの太陽の塔には登ったけれど。


2019年11月14日木曜日

哲学 v.s. 物理学

勁草書房の〈現在〉という謎:時間の空間化批判(森田邦久編著)における哲学者と物理学者の論争は,場外にまで発展した。

第4章 客観的現在と心身相関の同時性[青山拓央
 コメント:哲学者に考えてもらいたいこと[谷村省吾
 リプライ:まず問いの共有を[青山拓央]

第5章 時間に「始まり」はあるか――哲学的探究[森田邦久
 コメント:物理学者が哲学者の時間論を読むとこうなる[谷村省吾]
 リプライ:哲学者も物理学を無視しない――形而上学と物理学の関係性[森田邦久]

これを受けて,名古屋大学の谷村省吾は,『〈現在〉という謎』をめぐる議論 のページで,『一物理学者が観た哲学』 2019年11月6日公開 PDFファイル 総ページ数 110
(書籍『〈現在〉という謎―時間の空間化批判』への補足ノート 増補版)を書いた。

かなり刺激的に哲学者(青山拓央)に喧嘩を売っている。谷村の論点はほぼ理解できる。しかし,谷村と同様に自分にも哲学者の方の言い分はよくわからない。これまでに何冊も科学哲学の本を読んでいるが,哲学者の基本用語がほとんど〈それ〉として理解できないままだ。どうしたものだろうか。

[1]物理学者と哲学者は「時間」を語ってどうすれ違うのか。(重ね描き日記)
[2]哲学者は物理学者の本気の拳をどう受け止めるか…谷村省吾「一物理学者が観た哲学」を読んで(丸山隆一 note)

2019年11月13日水曜日

大学改革の迷走:佐藤郁哉

ちくま新書1451の「大学改革の迷走」を読了した。478ページでかなり分厚い新書本だが2日で読むことができた。ほとんど,自分が体験してきたことと並行しているので,容易に頭に入ったからだ。著者は東北大学の大学院で心理学を専攻した後にシカゴ大学で社会学の Ph. D. を取り,一橋大学の教授から現在は同志社大学の商学部の教授である。社会調査方法論や組織社会学が専門であり,大学改革の真っただ中でのご自分の経験をも踏まえつつ,社会学者らしい視点が随所に見られる。

各章のタイトルではなくサブタイトルとキーワードを並べたほうがその内容が分かる。
第1章 —和製シラバスの呪縛(シラバス,画一化)
第2章 —和製マネジメント・サイクルの幻想(PDCA,経営ごっこ)
第3章 —残念な破滅的誤解から創造的誤解へ(選択と集中,KPI)
第4章 —実質化と形骸化のミスマネジメント・サイクル(慢性改革病,改革ごっこ)
第5章 —大学院拡充政策の破綻と「無責任の体系」(集団無責任体制)
第6章 —改革劇のドラマツルギー(作劇術)を越えて(道徳劇)
第7章 —「大人の事情」を越えて(エビデンス,EBPM,GIGO)

自分も大学の中で,この壮大なインチキを支えて自他を半ば騙しながら改革ごっこの推進側でもがいていた。したがって,あたかも第三者のように大学改革の迷走の犯人・悪者探しをすることはできないはずなのだが,あらゆる場面で道徳劇への参加の誘惑は強い。

5万人の学生調査で問題を抱えたまま,60万人を対象とする調査を繰り返すという話があったが,41万人の全国学習調査のことだろうか。あるいは,大学3年生60万人を対象とした授業評価調査のことだろうか。

2019年11月12日火曜日

桜を見る会

桜を見る会は,例年4月に新宿御苑で行われる内閣総理大臣主催の公的行事である。1700万円の予算を大幅に超過する支出が続いたことが問題視されたかと思ったら,逆に実態を追認して来年度予算を3倍の5700万円にする始末。何年か前に,安倍を批判していた爆笑問題がよばれて安倍と並んでいたときにいやーな感じはしたよね。11月8日の参議院予算委員会での日本共産党の田村智子議員の質疑が注目されている。最初,大手マスコミはほとんど沈黙したままだったが,少しだけ流れが変わったか。これも新しい燃料がなければすぐに沙汰やみになるのだろう。

P. S. 2019.11.13 橋下−NHK−菅 ラインで,燃料を除去(来年度中止)して火消しに走った模様。安倍晋三後援会のホテルニューオータニ前夜祭+富士急行バスツアーの問題も政治資金報告書の問題も何も解決していないはずだけど・・・

P. P. S. 2019.11.15 NHK社会部も結構攻勢をかけていたが,安倍が説明するといっているので(実際,夕刻に記者のぶらさがりで実施),つっぱねるための言い訳の作文ができたのだろう。追求側は証拠が足りず今回も詰めが甘かったということか・・・(今場所の遠藤の相撲みたい)

[1]「桜を見る会」を全部見る!テレ東NEWS:テレビ東京

2019年11月11日月曜日

英語民間試験の国会質疑から


京都工芸繊維大学の羽藤(はとう)由美先生は,京都工芸繊維大学の「大学入試への英語スピーキングテスト導入プロジェクト」のリーダーである。京都工芸繊維大学では,入試改革の一環として,英語スピーキングテスト導入に向けた学際的な研究グループを立ち上げており,国内でも最も先進的な取り組みをしている外国語教育の専門家である。先日の衆議院の文部科学委員会の参考人意見陳述に感銘を受けたので,ここに文字起した。

羽藤由美 参考人(京都工芸繊維大学教授)
意見陳述 11/5 衆議院・文部科学委員会
高大接続改革[英語民間試験]9:08-10:32
英語四技能の育成は重要です。しかし教育のインフラともいえる共通テストを民間に委ねるということは,国にとって重大な判断です。それによって得られるものと失なうものの大きさの比較検討が一切なされていません。
財や名を成した素人が,どこか高いところに集まって,個人的な経験や感想を言いあい,その中で決めた現実味のない教育政策が,推進に無批判に協力するごく少数の研究者や教員を利用する形で,そのまま現場に降りてきます。この現状こそどうぞ改善して下さい。
この国には,英語教育,言語テスト,テスト理論など能力の高い研究者がたくさんいます。教育現場にも地味に研鑽を積み,着実な成果をあげている先生方がいらっしゃいます。どうかその人たちの専門知を結集して,入試に頼らない教育の在り方も含めて,実現可能な最適解を探す努力をして下さい。
今回の検討会議が,そういう会議となるようなご配慮をお願いいたします。
[1]東京大学入学者選抜方法検討ワーキング・グループ答申(2018.07.12)


2019年11月10日日曜日

仮名手本忠臣蔵(八段目より十一段目まで)

先の金曜日,国立文楽劇場の仮名手本忠臣蔵(八段目から十一段目)をみてきた。大ホール前の台風19号などの水害募金チャリティで,吉田玉男さんが珍しく姫の人形を持って募金者との記念写真に応じていたので,記念撮影してもらった。

八段目は,道行旅路の嫁入りだ。どうも道行きは苦手なので途中半分は寝ていたかもしれない。加古川本蔵の妻の戸無瀬と娘の小浪が許嫁の大星力弥に会うため京都の山科まで向う冬の場面。浄瑠璃の出発点は薩埵峠(現在の由比町と静岡市と境で富士山がよく見える)。なにやらなまめかしいセリフがつづくなあと思っていたら,どんどん進んで行って,背景も琵琶湖にかわり,そろそろ山科につくところで終了。道行のトップを務めていた竹本津駒太夫は来年からは六代目竹本錣太夫になる。竹澤宗助の三味線の裏拍子がうまいなあと思った。人形は戸無瀬が吉田和生,小浪が吉田一輔。

九段目は,雪転しの段。雪達磨になぞらえながら祇園一力茶屋から帰ってきた大星由良之助が息子の力弥と禅問答をする。そして,いよいよ山科閑居の段。これは松竹座の歌舞伎も含めて何回かみている。戸名瀬と小浪が山科の大星家に到着し,大星由良之助の妻のお石が二人に冷たく,ピリピリとしたやり取りが延々と続くのであった。竹本千歳太夫はあいかわらずうなっていたけれど,豊澤富助はセーブしている感じ。確かにご無用の出所がふめいだった。豊竹藤太夫は,結構重い球を投げていて良かったのではないか。三味線の鶴澤藤蔵がうなりすぎるのをなんとかしてほしいという家人の説に同感である。歌舞伎で見たときに,雪が積もった竹で戸を開ける仕掛けの場面が印象深かったので,今か今かと待っていたら,この段の最後にやっとでてきた。しかも今回はちょっといまいちの戸の外れ方で,期待の方が外れてしまった。加古川本蔵は重要な役なのに,大星由良之助の仕掛けの披露に紛れていつの間にか死んでしまいかわいそうである。もう少しスポットを当てればよかったのに>並木宗輔?。で,はっきり天河屋に続くことを宣言してこの段は幕を閉じる。

十段目の天河屋の段が,今回のスペシャル趣向になっている。住太夫の相三味線だった野澤錦糸師匠が復曲して,102年振りに原作通りの口・奥の形で上演された。前半は以前も見ているけれど,天河屋義平も怒るよね。竹本小住太夫は迫力はないかもしれないけれど,登場人物の語り分けがうまいし,心配なしで聞くことができる。今回の豊竹靖太夫はまあボチボチか。後半のストーリーがなかなか大変で,子どもを持つお母さん達にはキツイのではないか。桐竹勘介の足の黒子だけ,ちょっと高さが他とずれていたので改善してほしい。吉田簑紫郎は丁稚伊吾の役であり,人形が人形を遣うという珍しいものだった。

十一段目は花水橋引揚げより光明寺焼香の段。普通はどちらか一方だけでおしまいなのだが,今回は両者が続く。女性の人形遣いが登場したのかと思ってよく見ると,千崎弥五郎の吉田玉延君だった模様。若い人が増えるのはいいですね。それにしても太夫の層が薄いのが気になる。豊竹咲太夫師匠が7月に人間国宝の認定を受けたが,最近あまりメジャーな役をしないのは,若手育成のためだとおっしゃっている。これはこれでありかもしれない。なお,騒動のそもそもの原因である桃井若狭之助が最後に騎馬で登場して,エエカッコしているのはどうなのよという文をどこかで見たが,その通りだと思う。

2019年11月9日土曜日

興福院特別公開

奈良市法蓮町の興福院(こんぶいん)は奈良時代に創建された浄土宗知恩院派の鄙びた尼寺だ。奈良高校の裏手辺りの佐保山の丘陵地に立地し,本堂からは奈良の町並みが一望できる。普段は一般公開されていないのだが,今年20年ぶりの特別公開が行われ,予約無しで拝観することができた。秋晴れの日に参詣客がそぞろ訪れていたが,さすがにここまでは外国人観光客が到達していない模様。

国重要文化財の客殿には,襖絵や袱紗などが展示されていた。雨ざらしになりそうな渡り廊下の階段を登って,足を踏み抜きそうな橋部を慎重に踏み渡っていくと本殿に至る。本殿にあるご本尊は,国重要文化財である天平時代の阿弥陀三尊像だ。木心乾漆阿弥陀如来の印相は珍しい中品下生のもので,両脇侍は観音菩薩と勢至菩薩。庭も美しく手入れされており,くちなしの若芽が養生中だった。


写真:興福院の大門と本堂(2019.11.08撮影)


2019年11月8日金曜日

TEAC LP-R550

TEACターンテーブル/カセット付きCDレコーダー LP-R550が壊れてしまった。先日,新大阪にあるTEAC修理センターに持ち込んだところ,修理不能のため,有料で新品のLP-R550USBに交換され送られてきた。家にあるレコードを聴くためのミニマムのセットである。

大学時代の下宿ではSONYのラジカセを愛用し,レコードを聴くのは自宅に帰省したときに限られていた。あ,そうではない。妹が隣棟の2Fに下宿していて,SONYのオーディオセットを買っており,レコードはそこで聴いていた。あれは,たぶん1978年に彼女が結婚した際に持って行ったはずだ。

1981年に自分が結婚したときには,テクニクスのシンプルなコンボを買った。父が亡くなる前にこれを金沢に持って行ったのは,レコードを聴いてもらうためだっただろうか。その後,廃棄して後継はSONYにしたのだが,こちらのほうは記憶にすらない。このころから購入したSONY製品の劣化が進んで,テレビやビデオなども軒並みにすぐ調子が悪くなった。

CDの時代になってレコードは聴かなくなったと思ったら,iPod全盛期を迎え,家族全員が持っていた。そのうちCDも買わなくなり,レンタルCDをダビングする時代になった。iPodはiPhoneに移行し,ついにstreamingの時代になってしまった。CDの全盛期は1985年から2005年までしか続かなかった。で,再びアナログレコードの復権である。かな?


    

写真:テクニクスの1980年頃のモデル(Technicsより),TEAC LP-R550USB(TEACより)

2019年11月7日木曜日

子ども提灯行列

中原中也の「金沢の思い出」には次の文があった。

「今以てそれは不思議といへば,一度町内の子供が全部揃つて,忠臣蔵の真似をして練り歩いたことがある。長い列であつた。その先頭ではホラ貝を吹いてゐた。子供達ばかりでやつたことゝしては統制があり過ぎた。あれは親達も手を貸したのであらうか? それともあゝした習慣が金沢にはあつたのであらうか?」

これ,百万石まつりのときに行われる小学生の子ども提灯太鼓行列のことかと思った。しかし,金沢百万石まつりが始まったのは,1952年の商工まつりから。あるいはルーツを辿っても,尾山神社での封国祭に合わせて,1923年(大正12年)から1945年(昭和20年)まで金沢市祭として行われてきた奉祝行事ということなので,中原中也が金沢にいた1912-1914年とはあわない。

自分たちが提灯行列に参加したのは小学校5年のときだったのではないかと思う。泉野小学校の校庭に集まり,兼六園の付近まで全員で移動する。そこには市内の小学生が終結しており,夕方になると各校下にむけて,赤い提灯を掲げながら行進した。寺町通りをある程度進むと自宅が近くなるので,流れ解散となったような気もするし,もう暗くなった夜道を小学生がばらばらと帰って行くのも危ないと思うがどうだったのか。

行列の行進の際は,金沢市民の歌(金沢市歌のほうではない)石川県民の歌など(小学校でよく練習している)をみんなで声を張り上げてうたい気勢をあげるのであった。たぶん,何かのDNAで中也の思い出と結ばれているような気がした。


2019年11月6日水曜日

中原中也と金沢

NHKEテレの「にほんごであそぼ」は良い。今は亡きうなりやベベン(国本武春)や文楽の竹本織太夫(豊竹咲甫太夫)や鶴澤清介,野村萬斎など豪華出演陣とよく練られた構成が相俟ってたまに見るととても良い。

昨日は,中原中也(1907-1937)の「サーカス(山羊の歌)」の一部を織太夫・清介コンビが朗読していた。朗読というのかな「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」だけなので。

この詩「サーカス」は中也の金沢時代(1912-1914)の印象がヒントになっているといわれている。青空文庫には「金沢の思ひ出」という小文があり,中也が父に連れられて軽業の興行を見に行った神明館横の空地で,映画館神明館の弁士の息子とやりとりする場面が記されている。この神明館は犀川を寺町台地側に渡ったすぐにある今の神明宮にあった。

この神明宮で私の父の芳一が小林小児科の院長と若いときに喧嘩したと聞いたことがある。その院長の息子の小林博人君は皮膚科医になったが,小学校から高等学校までの同級生だ。野田中の2年のときは同じクラスだったので,特に仲よくしていた。マジカルミステリーツアー,ハローグッドバイ,レディマドンナの時代のビートルズに感化されたのは彼からだった。寺町で小林小児科のあとに皮膚科医として開業していたが,後に病院勤務になっていた。

中原中也の金沢でのゆかりの場所について,金沢の思い出の文を辿りながらたいへん詳しく調べているのがこちらのブログ記事「中原中也の金沢の思い出」である。若干付け加えるとするとタカジアスターゼの弟やその三男の話がある。タカジアスターゼとは高峰譲吉のことである。「高峰譲吉博士③ルーツ高峰譲吉博士④金沢の所縁の地を歩く」によれば「高峰家の菩提寺は,金沢市寺町5丁目の臨済宗国泰寺で,高峰家のお墓には、譲吉博士の父、母、弟3人、妹3人がまつられています」,また「譲吉博士は、大正2年(1913)5月2日,亡き両親の法要のためこの国泰寺を訪れ,金沢第一中学で講演もしています。当時,寺町,大桜向いに弟の家が有ったと聞きます」とのことで,中原中也はちょうどこの時に,高峰譲吉のその弟の家の隣に住んでいたと思われる。

2019年11月5日火曜日

南円堂と北円堂

家人に勧められて,興福寺国宝特別公開【南円堂,北円堂】に行った。秋晴れの爽やかな朝,すでに30人ほどが興福寺に設置された特別展の ticket counter に並んでいた。重要文化財南円堂では,東向きの国宝木造不空羂索観音菩薩座像(康慶作)のまわりに国宝木造四天王立像(康慶作)が多聞天(北東)持国天(南東)増長天(南西)広目天(北西)と囲んでおり,本尊の左手と右手の脇に国宝木造法相六祖座像(康慶作)が玄賓,行賀,常騰と玄昉,善集,神叡が据えてあった。南円堂よりひとまわり小さな国宝北円堂には国宝木造弥勒如来座像(運慶作)の背後に国宝木造無著菩薩立像と世親菩薩立像(運慶作)が,脇の左右に法苑林菩薩と大妙相菩薩が,そして国宝木心乾漆造四天王立像が囲んでいる。

運慶の無著菩薩は前回見たときは凄い印象があったが今回は弥勒如来ともども,康慶の迫力に負けてしまった。南円堂は何周もして四天王像の特徴を観察した。両足の上げ方や火焔光背の炎の向きの対称性,両手に持つ武具と宝物,衣装や兜,体型などすべてが緻密に計算されて形造られて本尊の周りを囲んでいた。一般に,四天王は持国天(東)増長天(南)広目天(西)多聞天(北)とそれぞれの守護範囲が決まっているのだが,本尊の向きとこの四方を護持する関係で実際の方位は異なる場合もあるようだ(見張りのお坊さんに尋ねてみた応答からの推測)。

その後,再建された中金堂にも回ってみたが,こちらは着飾った新婚外国人カップルがプロカメラマンを従えて中金堂を背景に記念スチール写真の撮影会をやっているような状況で,これはこれで大変雰囲気にマッチしていたが,中に収められた江戸時代の釈迦如来座像などは今一つだった。国宝木造四天王立像や重要文化財薬王・薬上菩薩立像なども再建された中金堂の空間の雰囲気になじめず,残念な状況だった。


写真:南円堂と北円堂(撮影 2019.11.05)