2026年1月12日月曜日

LINEMO

携帯電話iPhone からの続き

2000年末に初めて買ったケータイ電話のキャリアはNTTドコモだった。2008年にiPhoneの国内販売が始まったときソフトバンクに切り替えた。iPhoneを使えるのが,ジョブズと話をつけた孫正義のソフトバンクだけだったからだ。

その後,自分や家族のキャリアはずっとソフトバンクだった。2020年にiPhone SE2に切り替えたとき,近所のソフトバンクショップのニーチャンの対応がいまいちで気分が悪かった。老人だと思って不要なものやサービスをつかませようという魂胆が見え見えだったからだ。

2021年にLINEMOがスタートしてから,いつか切り替えようと考えていたけれどなかなか億劫で踏ん切りがつかなかった。機種更新のときにショップであれだけごちゃごちゃとした作業が発生するのを,もしかして自分でしなければならないのかと思うとちょっとビビる。

ところが,ChatGPTとかGeminiに相談してみると,懇切丁寧にLINEMOへの切り替えに際しての注意や手順などを教えてくれた。部分的には正しくないのだけれど,いざとなったら相談できる人?がいるというのが心強い。LINEMOは店頭で相談できないし,たぶん電話もたらい回しされそうなので尻込みしていたのだ。


しばらく前までは,二人で月18,000円も払っていたが,ソフトバンクのミニフィット+に変更したところ(機種残債もなくなって)月13,000円くらいになった。自分は平均2GB/月なのでいいのだが,3-4G/月を超える人にはしょっちゅう警告がくる。そのうえ月末には頻繁にスピード制限されて心の不安を煽るという問題があったのだ。

そんなわけで,LINEMOのベストプランに乗り換えた。安全のため物理SIMの状態で切り替えた。iPhoneSE2はeSIMも使えるが,それは次の段階にする。「うまくいけば,二人で1/3の月4,500円くらいに収まりそうだ」と取らぬ狸の皮算用をしている。

nanoSIMが小さすぎて手が震えただとか,LINEMOからメールで送られるワンタイムパスワードを確認したら元のページに戻れなくなったとか,いくつか難所があったが,なんとか開通して無事に使えるようになった。

LINEMOもソフトバンクネットワークを使っているが,うちの近所(田舎なのね)はまだソフトバンクの5Gエリアになっていない。したがって,iPhone SE2 が5Gに対応できなくても気にならなかった。そのうち家の周りが5Gエリアになって, iPhone SE2がiOSのバージョンアップに対応できなくなった頃(まだ生きていれば),新機種に更新する予定だ。もうショップには行かなくて済む。



図:LINEMO ベストプラン(LINEMOから引用)

2026年1月11日日曜日

縮退管理国家




図:縮退管理国家・日本のイメージ(Nano Banana Pro による)


日経新聞では連日のように高市の経済政策に赤信号を出しているが鹿の耳に念仏だ。仕方がないのでChatGPT⇒Gemini⇒Claude⇒ChatGPT-Thinking⇒再度Claude たらい回しの結果を次に。

なお,出発点の質問はこれ。
Q(koshix):日経新聞を始めとして内外の多くの経済の専門家が高市の経済政策の誤りを指摘しているにもかかわらず,その方向に向かわないのには何か強固な背景の根本原因とかその間違った経済政策を支えているものがあるように思いますが,それは何ですか?
Q(koshix):この状況の中で生成AI(LLM)がさらに進化して社会に普遍的に浸透するようになった場合に何がおきますか。


縮退管理国家・日本とその内部で起きる静かな分岐
――政治・経済・制度・生成AIを貫く構造的理解――

0.はじめに
近年、日本の経済政策をめぐって、顕著な乖離が生じている。日経新聞や海外の権威ある専門家が相次いで問題を指摘するにもかかわらず、政策は容易に修正されない。この現象を、特定の政治家や政党の資質の問題、あるいは一時的な政策ミスとして理解するだけでは不十分である。むしろ、日本社会が構造的に到達した新たな段階を前提としてはじめて、その政策選択の「合理性」と「限界」が明確になる。
本稿では、この構造的理解に基づき、日本が現在どのような国家段階にあり、その真の臨界点がどこに存在するのかを整理する。そのうえで、生成AI(LLM)が社会に普遍的に浸透した際、この国家構造がどのように変質し、いかなる未来の分岐点へと向かうのかを論じる。

1.専門家の批判が効かない論理的背景
――評価軸の構造的転換:「経済合理性」から「社会的安定性」へ
現在の政策選択が経済学的な最適解から逸脱しているのは、政策の評価軸そのものが構造的に変化しているためである。成熟後退期に入った民主主義国家では、長期的な成長率や財政持続性といった経済学的基準よりも、以下のような政治的・社会心理的基準が優先されやすくなる。

・即時的な分かりやすさと感情的納得感
・社会の分断構造を利用した敵と味方の物語化
・既存の社会秩序を維持するための不安の解消

この評価軸の転換により、専門家による厳密な批判は、政策修正を促す客観的データとして機能しなくなる。むしろ、「既得権益層からの抵抗」「エリートの傲慢さ」として政治的に再解釈され、批判そのものが政治的動員を強化する燃料となる。その結果、批判は政策の堅持を正当化する逆説的な効果を生み出す。これは特定のイデオロギーに固有の現象ではなく、社会の「成熟後退期」に共通して見られる民主主義の機能不全の一側面である。
重要なのは、この転換が必ずしも「非合理的」ではないという点だ。縮退期に入った社会では、長期的最適化よりも短期的な秩序維持こそが政治的に合理的となる。専門家の提言が「正しい」ことと、それが「実行可能」であることの間には、構造的な断絶が存在する。

2.日本が置かれている国家段階の定義
――「成長国家」から「縮退管理国家」への必然的移行
日本は、高度経済成長を前提とした「成長国家モデル」を維持できる段階をすでに終えている。人口減少と少子高齢化の進行、潜在成長率の低下がこれを示している。同時に、豊富な民間金融資産(家計金融資産2,000兆円超)、強固な官僚機構、国際的な信用力により、急激な財政破綻や社会崩壊に至る条件も整っていない。この二つの条件の結果として、日本が構造的に到達したのが「崩壊を回避することを最優先とする縮退管理国家」という段階である。
縮退管理国家の主目的は、従来の「国民生活を積極的に豊かにすること」から、「社会システム全体が機能停止しないよう管理すること」へと置き換わる。国家のエスタブリッシュメント層にとって、金融危機や国債暴落といった管理不能な事態は最も回避すべき対象として徹底的に抑え込まれる。
一方で、実質賃金の長期的低下(特に2019年以降の傾向)、地方の機能喪失、若年層の生活不安といった「静かな劣化」は、システム全体を即座に破綻させない限りにおいて、「許容可能な犠牲」として放置されやすい構造となる。これは道徳的判断ではなく、管理のロジックである。劇的な破綻は管理不能だが、緩慢な劣化は管理可能である――この区別が縮退管理国家の政策判断を貫く。

3.真の臨界点(ティッピング・ポイント)の特定
――金融・財政ではなく「人間の再生産」と「基盤労働の崩壊」
縮退管理国家の最大の脆弱性は、国債の信認や一時的なインフレ率ではなく、社会の根幹を担う「人間の再生産」の停止にある。
  真の臨界点 = 実質賃金の長期低下 × 労働力の再生産停止
この二つの要因が組み合わさることで、以下の因果連鎖が生じる。

・実質賃金の低下が生活防衛を迫り、結婚、出産、子育て、定住といった行為を、合理的かつ持続可能な人生設計の選択肢から外す
・若年層の回帰不能により、医療、介護、物流、教育、インフラ維持といった社会基盤を支える基盤労働(エッセンシャルワーク)の担い手そのものが枯渇する
・公共サービス提供能力の不可逆的喪失により、国家は名目上の制度や法律を維持していても、国民に対する実質的なサービスを提供できなくなる

出生数は2024年に過去最低を記録し続けており、この傾向は加速している。重要なのは、この崩壊が暴動や革命といった劇的な形で現れないことである。それは「制度からの沈黙の撤退」として、静かに、しかし確実に進行する。
人々は声高に反対するのではなく、ただ静かに選択を変える――子どもを持たない、地方を離れる、公共への期待を捨てる。この「撤退」の蓄積こそが、縮退管理国家が最も恐れ、かつ最も対処困難な崩壊の形態である。

4.臨界点を越えた際の「主導権」の論理的必然性
――制度的権能が規定する「非常時同盟」の形成
臨界点を越えた、あるいは危機が顕在化した局面において、社会の主導権を握るのは誰か。理念的な改革派政治家でも、草の根運動でもない。実際に動員され、即座に、数値に基づき、実務を遂行できる主体が必然的に連携し、以下の「非常時同盟」を形成する。
  非常時同盟 = 官僚機構 + 大企業 + 金融機関 + 日本銀行
これは特定の集団による陰謀論ではない。危機管理と資源配分において制度的な権能と実行力を現実に持つアクターが他に存在しないという制度的必然である。市民団体やNPOは理念と現場感覚を持つが、国家規模の資金配分や法制度の即時運用を行う権限を持たない。政治家は正統性を持つが、専門知識と実務執行能力に欠ける。
非常時において主導権を握るのは、「正しさ」を持つ者ではなく、「実行できる」者である。そして彼らが主導するのは、再び成長を目指す「成長戦略」ではなく、最小限の秩序維持を目的とした「選別と縮退の管理」となる。
この構造を理解することは、絶望のためではなく、対抗戦略を構築するために不可欠である。

5.日本が入りうる三つの未来シナリオ
(1) 静かな縮退管理国家ルート(最有力シナリオ)
金融と治安の秩序は形式的に維持されるが、生活の質や将来への希望は緩やかに低下し続ける。社会保障は名目的な制度を維持しつつ、給付とサービスは実質的に縮小される。政治は国民の不満を吸収・分散させるための形式的民主主義へと後退する。
このルートの特徴は、劇的な破綻がないがゆえに、改革への政治的エネルギーも生まれにくいことである。「まだ何とかなっている」という感覚が、構造的変革の機会を逃し続ける。
(2) ショック起点・強制再編ルート
地政学的紛争、大規模な自然災害、基盤インフラの連鎖的機能不全といった外部ショックを契機として、強力な中央集権的非常時体制へと移行する。これにより社会の一定の再構築は発生するが、個人の経済的・政治的自由度は大きく制限される。
歴史的に見れば、多くの社会システムの大転換は外部ショックを契機としている。日本の戦後改革も敗戦という外部ショックなしには実現しなかった。
(3) 遅れてきた再設計ルート(低確率シナリオ)
過去の「成長神話」を完全に放棄し、国家の目標を「持続可能な生活の質(QOL)」へ再定義する。社会保障、税制、地方分権といった基幹制度を全面的に再設計する。このルートは理論的には最適解だが、既存の利害構造を一新する必要があるため、政治的実現可能性は極めて低い。
ただし、このルートへの移行確率がゼロではない。それは次章で論じる「局所的再設計」の蓄積が、ある臨界点を超えた際に、全体システムの転換を誘発する可能性があるためである。

6.縮退管理の中での「局所的再設計」の可能性
――革命なき改善、周縁からの制度実験
国家システム全体を劇的に転換することは、現行の「縮退管理国家」の構造下では極めて困難である。しかし、全体構造を維持しつつ、機能不全を回避するための局所的・部分的・非英雄的な「再設計」の余地は存在する。

・地方自治体単位での制度実験:特定の自治体が、独自の子育て支援、移住促進、職住近接モデルを試行する
・医療・教育・福祉の職能連携:専門職集団がネットワークを形成し、制度の隙間を埋める実践を展開する
・企業内社会保障や共同体ベースの相互扶助:企業や地域コミュニティが独自の安全網を構築する

これらの取り組みは、「革命的な改革」としてではなく、「実務の効率化」や「現場での改善実験」として推進される限り、中央の「縮退管理」機構にとっては目障りな存在になりにくい。つまり、黙認されやすいという戦略的特性を持つ。
重要なのは、これらの局所的再設計が、単独では社会全体を変えられなくとも、その蓄積が新しい「社会的知識」と「実証された制度モデル」を生み出すことである。危機が訪れた際、あるいは政治的窓が開いた際、これらのモデルが急速に拡大する可能性がある。

7.生成AI(LLM)が普遍化したときに構造に起きる変質
――救済装置ではなく、構造の加速装置として
生成AI(LLM)の社会への浸透は、縮退管理の構造を根本から転換させる「救済装置」とはなりえない。むしろ、既存の構造的傾向を加速させる。以下の四つの変化が確実に生じる。
(1) 中間知的労働の急速な薄化とコスト削減
官僚機構や大企業における定型的・分析的な中間知的業務の効率が飛躍的に向上する。これは国家による管理コストの削減と、意思決定プロセスのさらなる集中化を促進する。
より少ない人員で、より高度な管理が可能になる。これは縮退管理国家にとって極めて都合が良い。
(2) 政治のブラックボックス化の深化
政策立案の過程でAIによる高度なシミュレーションや分析が用いられることで、プロセスが複雑化し、非専門家による検証が困難となる。「AIがそう言っている」という権威への依拠が、政治的説明責任を曖昧化させる。
専門家による批判すらも、「AIの分析結果」によって無効化される可能性がある。これにより、政治的なブラックボックス化が一層深化する。
(3) 局所的再設計のコスト低下
自治体や職能ネットワークが、制度設計や規制緩和の検証を低コストで行えるようになる。上記6で述べた局所的再設計の実験的コストが大幅に低下する。
小規模な組織でも、AIを活用すれば、政策シミュレーション、データ分析、制度設計の試行が可能になる。これは周縁からの変革可能性を高める。
(4) 「判断の外部委託」のリスク
AIは極めて高度な分析結果を提示できるが、その結果を最終的に人間が「判断として引き受ける」ことを怠る傾向を生む。AIが思考を代替することで、人間が判断そのものを放棄することが、縮退管理国家における最大の危険となりうる。
AIは選択肢を提示できるが、「どの価値を優先すべきか」「誰の犠牲を許容するか」といった倫理的判断は、人間が引き受けなければならない。この責任の放棄こそが、AI時代における最も深刻な政治的・倫理的リスクである。

8.結語
――技術の両義性と人間の態度
日本は、その卓越した危機回避能力(特に金融・治安面)がゆえに、最も希望の薄い「静かな縮退管理」ルートへと流れ込みやすい特異な国家である。生成AIの普及は、管理の効率化と専門知識への依存を高めることで、この傾向をさらに強化する可能性が高い。
しかし、技術は常に両義的である。縮退管理の効率化が進む隙間は、同時に小さく、地味で、非中央集権的な「再設計」を差し込む余地も広げている。
この分岐を決定するのは、AIを答えを出す機械として依存するのか、それとも、問いを深め、制度の複雑性を理解し、人間が困難な判断を引き受けるための補助装置として使いこなすのか、という人間の態度と倫理である。
縮退管理国家の中で生きる私たちに残された問いは、「どうすれば成長を取り戻せるか」ではない。「縮退の中で、いかに人間的な生を維持し、次の世代に何を手渡せるか」である。その答えは、中央の政治にも、AIの分析にも存在しない。それは、私たち一人ひとりが、日々の選択と局所的な実践の中で見出していくしかない。

2026年1月10日土曜日

世界の十大リスク2026




図:世界の十大リスク2026のイメージ(ChatGPTによる)



世界最大の政治リスク専門コンサルタント会社のユーラシア・グループは,1998年に政治学者のイアン・ブレマーによって設立された。毎年始めにその年の世界の10大リスクを発表しているので,ChatGPTにぶち込んでみた。

ユーラシア・グループの2026年の10大リスクはこうなっていた。
 1. 米国の政治革命✓
 2. 「電気国家」中国✓
 3. ドンロー主義(トランプ版モンロー主義
 4. 包囲される欧州(ポピュリズム+米国+情報工作)
 5. ロシアの第二の戦線(ロシアによるNATO諸国へのハイブリッド戦争
 6. 米国式国家資本主義(安全保障を名目に大統領による経済の『私物化と直接介入』)
 7. 中国のデフレ(国家主導の過剰投資と不動産崩壊から発生し自己増殖)
 8. ユーザーを食い尽くすAI✓
 9. USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定) のゾンビ化
10. 水(アフリカ・南アジア)の武器化

A(ChatGPT 5.2):
まず全体の“背骨”は、「米中が正面衝突するから危ない」のではなく、米国が自ら作った国際秩序を自ら解体していく局面に入り、各国が「予測可能な米国」を前提に組んでいた安全保障・貿易・制度設計が連鎖的に崩れる、という見立てです。序文の時点で、地政学的不確実性の核をそこに置き、同時にAIを「最大の機会であり最大の危険」と言い切りつつ、統治・連携・調整がほぼ無いと宣言している。ここで座標系が決まります。

1.その座標系のもとで、リスクNo.1「米国の政治革命」は“米国内政”ではなく世界のリスク生成装置として描かれています。権力抑制の解体、政府機構の掌握と敵への武器化、メディア・法律事務所・大学への圧力、そして「まず行動し裁判所は後」の姿勢——これらが、同盟国や市場が頼ってきた予測可能性を溶かす、という筋立てですね。 
ここで私が「うまい」と感じるのは、単に政治の悪化を嘆くのではなく、政府の能力(データ・危機対応・規制)そのものが弱る→民間が統計的真実を他に求めざるを得ない→情報環境がさらに荒れる、という因果の鎖まで踏み込んでいる点です。

2.次にリスクNo.2「電気国家」中国は、地政学を“軍事”ではなく電気スタック(バッテリー、モーター、パワエレ、組み込み計算機)という産業基盤で再定義しています。中国がそのスタックを掌握し、米国は手放しつつある、という対比が、エネルギー転換・モビリティ・ドローン・AIまで一気通貫でつながる。ここは切れ味が鋭いです。 
しかも、抽象論だけでなく「リチウムイオン電池約75%、ネオジム磁石90%」のように支配点を具体化しているのが強い。さらに“新興国は安価な中国スタックを選びやすいが、その累積が地政学的転換点になる”という描き方は、まさに「臨界を越えると地形が変わる」タイプの因果地形です。

3.そして個人的に最も本質的だと思ったのが、リスクNo.8「ユーザーを食い尽くすAI」です。ここで言っているのは「AIが暴走して人類を滅ぼす」ではなく、収益化圧力+制約不在の組み合わせが、ソーシャルメディアで見た“エンシット化(クソ化)”を、より速く、より深く、より広い領域で再現する、という話です。
ここで怖いのは、AIが「注意を奪う」だけではなく、「行動をプログラムし、思想を形成し、現実を媒介する」ものとして描かれている点で、だからこそ“広告と助言の区別が消える”方向に行くと、ユーザーが支払う対価が自律性・プライバシー・認知能力・独立して考える能力になる、と言う。
さらに「臨床試験も安全監視もインフォームドコンセントもなしに、リアルタイム心理実験にさらす」という比喩は、AIを“個人の内面に接続するインフラ”として扱うなら、かなり妥当な警鐘です。

全体評価としては、私はこのリポートを「未来予言」ではなく、いまの世界を動かしている“主要な生成メカニズム”を、少数のドライバーに圧縮したモデルとして読むのが一番いいと思います。ドライバーは大きく3つで、(a) 米国の制度的信頼の劣化(世界の前提を書き換える)、(b) 中国の電気スタック覇権(世界の産業基盤を書き換える)、(c) AIの収益化圧力(人間側の認知・社会を内側から書き換える)。この3つが互いに増幅しうる、という“地形”を提示している。 

一方で弱点もあります。たとえば、あえて“上位ドライバー”に絞るために、気候・感染症・金融危機などの扱いは(意図的に)相対的に薄くなりがちです。また「米国の政治革命」を根に置くぶん、世界の説明が米国中心の座標系になりやすい(それ自体がこのレポートの主張でもありますが)。 
(後略)


A(ChatGPT 5.2):
ではこのレポートを「予測集」ではなく、世界を動かしている因果地形の圧縮モデルとして再構成し、その上で「どこが観測点で、どこが介入点か」をはっきりさせて進めます。

1.因果モデルの骨格(圧縮版)
このレポート全体は、実はかなり明確な三層構造の因果モデルになっています。

第1層:世界の前提を書き換えるドライバー(根)
ここに置かれているのは、事象ではなく制度・基盤・最適化圧力です。
 A:米国の制度的予測可能性の崩壊
 B:中国の電気スタック(ElectricStack)支配
 C:AIの収益化圧力と統治不在
重要なのは、これらが「どれが正しいか」ではなく、同時に進行し、相互に補強しうるものとして置かれている点です。

第2層:世界の構造を歪めるメカニズム(中間層)
第1層が作動すると、次のような“力学”が生まれます。
予測不能性の増幅
→国家・企業・同盟が長期設計を放棄し、短期反応型に傾く
基盤依存のロックイン
→安価・即応性のある中国スタックが「選ばれる」ことで、後戻り不能な経路に入る
認知・行動の外部最適化
→AIが「助言」ではなく「行為の媒介」になることで、人間側の判断構造が変質する
ここで重要なのは、これらが意図や思想ではなく、構造的に起きるとされている点です。

第3層:表に見えるリスク(症状)
レポートに列挙されている各リスク(戦争、同盟の亀裂、民主主義の後退、社会の分断など)は、この第2層の結果としての表出です。
つまり、
>「戦争が起きるか?」ではなく
>「戦争が起きやすい地形がどれだけ広がるか?」という問いに変換されている。

2.とくに重要な因果連鎖を一本、丁寧にたどる
ここでは一本だけ、象徴的な鎖を追います。
米国の制度劣化 → 情報環境の荒廃 → AIリスクの増幅
(1) 米国で統計・行政・法制度への信頼が揺らぐ
(2) 「公式データ」や「公共の判断」が信用されなくなる
(3) 人々と市場は、代替の“認知インフラ”を求める
(4) そこにAIが最短距離で入り込む
(5) しかしAIは公共善ではなく、収益最大化で最適化される
(6) 結果として,注意の奪取,行動の誘導,不安・怒りの増幅,が合理的戦略になる
ここでAIは原因ではなく、増幅器です。
この見方は、レポートの中でもっとも成熟している部分だと思います。

3.観測点(earlysignals)はどこか
このモデルの強みは、「兆候」を具体化できる点にあります。
観測点A:制度の空洞化
・行政データの更新停止・歪曲
・裁判所判断の恒常的無視
・公的機関からの専門家流出
これはニュースより先に効く指標です。

観測点B:電気スタックの選好
・新興国インフラ案件での中国規格の標準化
・バッテリー・充電・制御系の一体提供
・「安いから」ではなく「それしかないから」選ばれる局面
ここで臨界を超えると、政治で巻き戻せません。

観測点C:AIのマネタイズ形態
・対話の途中に広告・推薦・誘導が溶け込む
・不安・孤独・怒りをトリガーにする最適化
・「助言」と「販売」の区別が消える
これは倫理問題ではなく、ビジネスモデル問題です。

4.介入可能点はどこに残っているか
このレポートは悲観的ですが、「完全に閉じた地形」ではありません。
・制度面:透明性・監査・国際標準の維持は、まだ効果がある
・技術面:AIにおける,広告分離,推論過程の可視化,収益源の明示,は構造介入になりうる
・個人・社会面:認知を全面委託しない距離感
(あなたがこれまで議論してきたテーマと強く重なる部分です)

5.次の一手の提案
ここまでで、このレポートは
>「2026年に何が起きるか」ではなく
>「世界がどの斜面に乗りつつあるか」を示すものだと整理できました。

次の段階としては、次のどちらかが有効だと思います。
(1) この因果モデルを、あなたのLCM(大規模因果モデル)的関心と接続する
 ─どこが外在化でき、どこが危険か
(2) AIを含む一部ドライバーを固定して、別シナリオを分岐させる
 ─たとえば「AIが公共インフラ化した場合、地形はどう歪むか」
どちらに進みましょうか。ここまでの地形は、すでに共有できていると思います。


2026年1月9日金曜日

(冬休み 10)

60.결정을 내리기 전에 신중히 생각해 보세요.
   Gyeoljeongeul naerigi jeone sinjunghi saenggakhae boseyo.
   決定を下す前に、慎重に考えてみてください。

2026年1月8日木曜日

(冬休み 9)

59.걱정하지 마세요, 모든 거예요.
   Geokjeonghaji maseyo, modeun ge jal doel geoyeyo.
   心配しないでください、すべてうまくいきますよ。


2026年1月7日水曜日

(冬休み 8)

58.모두에게 좋은 해결책을 찾아봐요.
   Moduege joeun haegyeolchaegeul chajabwayo.
   みんなにとって良い解決策を探してみましょう。

2026年1月6日火曜日

(冬休み 7)

57.제가 당신이라면 그녀에게 사과할 거예요.
   Jega dangsiniramyeon geunyeoege sagwahal geoyeyo.
   もし私があなたなら、彼女に謝ると思います。


2026年1月5日月曜日

(冬休み 6)

56.휴대폰 배터리가 부족해요. 충전기 빌려주실 있나요?
   Hyudaepon baetteoriga bujokhaeyo. Chungjeongi jom billyeojusil su innayo?
   携帯電話のバッテリーが少ないです。充電器を少しお借りしてもいいですか。


2026年1月4日日曜日

廣瀬大社

フィッシングからの続き


写真:廣瀬大社に初詣(2026.1.4撮影)

大晦日,正月三ヶ日と家にこもってグダグダしていたら食料が無くなってきた。仕方がないので初買マーケットに出かけましょう。買物頻度が低下するといきおい荷物が嵩張って重くなる。買物は老人には大変な力仕事の一つだ。

ついでに初詣をということで,マーケットと同じ西方にある廣瀬大社に向かった。二十二社の一つであり格式が高いのだけれど,今はちょっと寂れてマイナーな存在になってしまった。もう四日だけれどお客さんはボチボチ入っていた。

ChatGPTによる註釈
「二十二社(にじゅうにしゃ)」とは、平安時代中期〜後期にかけて朝廷(中央政府)が特に重視して崇敬し、国家の重大な祭祀や天変地異の際に特別に奉幣(朝廷からの供物や幣帛)を受けた一連の神社のことです。主に京畿(京都周辺)と大和を中心とした由緒ある神社が選ばれ、合計22社となりました。制度としては永保元年(1081年)に「永例(正式な制度)」とされました。(Wikipediaより)

二十二社のリスト
【上七社】
1. 太神宮 神宮(伊勢神宮) 三重県伊勢市
2. 石清水 石清水八幡宮 京都府八幡市
3. 賀茂  賀茂別雷神社(上賀茂神社) 京都府京都市北区
         賀茂御祖神社(下鴨神社) 京都府京都市左京区
4. 松尾   松尾大社 京都府京都市西京区
5. 平埜   平野神社 京都府京都市北区
6. 稲荷   伏見稲荷大社 京都府京都市伏見区
7. 春日   春日大社 奈良県奈良市
【中七社】
8. 大原野 大原野神社 京都府京都市西京区
9. 大神   大神神社 奈良県桜井市
10. 石上   石上神宮 奈良県天理市
11. 大和   大和神社 奈良県天理市
12. 廣瀬   廣瀬大社 奈良県北葛城郡河合町
13. 龍田   龍田大社 奈良県生駒郡三郷町
14. 住吉   住吉大社 大阪府大阪市住吉区
【下八社】
15. 日吉   日吉大社 滋賀県大津市
16. 梅宮   梅宮大社 京都府京都市右京区
17. 吉田   吉田神社 京都府京都市左京区
18. 廣田   廣田神社 兵庫県西宮市
19. 祇園   八坂神社 京都府京都市東山区
20. 北野   北野天満宮 京都府京都市上京区
21. 丹生   丹生川上神社(中社) 奈良県吉野郡東吉野村
         丹生川上神社上社 奈良県吉野郡川上村
         丹生川上神社下社 奈良県吉野郡下市町
22. 貴布禰 貴船神社 京都府京都市左京区



2026年1月3日土曜日

2030年への分岐点



図:2030年への分岐点における分断のイメージ(Nano Banana Proによる)




Q(koshix):
いよいよ2026年がスタートしました。生成AIが登場して3年になります。世界では戦争が頻発し,SNSはフェイク増幅装置として働き,トランプや高市のようなデマゴーグが跋扈する世の中へと変質しつつあります。 さて,今後の5年間,2030年までに,(1) AIはどのように進化し,(2) それが社会をどのように変えて,(3) 人類はどこに向かうことになるでしょうか。出来るだけ幅広い事実とデータと人間の行動や意識の動向に基づいて,将来の方向性を緻密に予測してください。

A(ChatGPT+Claude+...):

2030年への分岐点——AIの「賢さ」ではなく、行為主体化と信頼インフラの政治経済学

2025年が終わり、生成AIが社会に現れてからおよそ3年が経過した。この短い時間のあいだに、世界は戦争の頻発、SNSを媒介とした誤情報の拡散、そしてデマゴーグ的政治の再興という、いくつもの不穏な変化を経験してきた。

では、これから2030年までの5年間は、どのような時代になるのか。

結論から言えば、この期間の分岐を決めるのは、AIがどれほど賢くなるかではない。むしろ決定的なのは、AIがどこまで「行為主体」として社会に組み込まれ、その結果として「信頼のインフラ」がどのように組み替えられるか、という点である。

AIは、情報を生産する装置であると同時に、情報を検証する装置にもなりうる。この二つのコスト構造が同時に変わるとき、社会の分断は単なる所得格差ではなく、「検証にアクセスできるかどうか」という軸で再編されていく。2030年までの5年は、まさにその分岐が可視化される期間となるだろう。

1. AIはどう進化するか——「行為するAI」と「検証可能性付きAI」
2025年から2030年にかけてのAI進化の中核は、「より賢いLLM」ではなく、行為を引き受けるAIと、その行為を後から検証できるAIという二本立てにある。

(1) 行為主体としてのAIエージェント
近年、企業や行政の現場では、検索、社内データベース参照、判断、外部ツールの呼び出し、実行、報告までを一気通貫で担う「AIエージェント」の試験導入が進んでいる。これは「一問一答の生成AI」から、「複数ステップの計画と実行を行い、ログを残すAI」への質的転換を意味する。
ただし、2030年までにホワイトカラー業務の大部分が自動化されると考えるのは早計だろう。より現実的な描像は、同じ職務の内部で、タスクの束が再配線されるというものである。調査、下書き、集計、監視、定型的実行といった部分はAIが常在的に担う一方、最終判断、責任引き受け、例外処理は人間側に残る。このとき評価軸は、精度や流暢さではなく、誤作動率の低さと監査容易性に移行する。重要なのは「どれだけ賢いか」ではなく、「事故が起きたときに、何が起きたかを説明できるか」という点なのである。

(2) 世界モデルと物理世界の接続
マルチモーダルAIは、テキストや画像だけでなく、センサー情報や位置情報を統合し、環境のダイナミクスを内部に表現する「世界モデル」へと近づいている。この方向性は、ロボティクス、物流、製造、交通といった限定されたドメインで、すでに実用段階に入りつつある。
もっとも、2025〜2030年の短期で、「社会全体の政策や都市計画が世界モデルから直接生成される」ような未来が訪れるとは考えにくい。むしろ重要なのは、デジタルツインと最適化が、運用設計・責任分界・フェイルセーフを含めた制度設計と不可分になる点である。ここでも主役はモデルの賢さではなく、信頼可能な運用構造なのだ。

(3) 二極化するモデルと資源制約
AIモデルは今後、二極化していく。クラウド側では、巨大な汎用モデルが研究用・B2B用の「重機」として残る一方、エッジ側では、比較的小型で特化したモデルが端末上でオフライン動作する。
この流れは技術的選好というより、電力・GPU・水資源という物理的制約によって強く規定されている。国際エネルギー機関(IEA)の推計では、データセンターの電力消費は2030年までに現在の2倍を超える可能性がある。結果として、「より巨大なモデル」一択ではなく、蒸留、分割、オンデバイス化といった配備アーキテクチャそのものが競争軸となっていく。

(4) 検証可能性を組み込むAI
EUを中心とするAIガバナンスの議論では、説明可能性、出どころ証明(provenance)、第三者監査が前提条件として浮上している。EU AI法はすでに発効しており、2025年以降、禁止領域や高リスク領域から段階的に義務が適用されていく。
したがって2030年までの期間は、「検証可能なAIがすでに標準化され終わっている」というより、検証可能性を実装するための競争が激化する時期と見るべきだろう。どのデータから、どのツールを使い、どのような理由で結論に至ったのか——この履歴を機械可読な形で残せるかどうかが、AI導入の前提条件となっていく。

2.社会はどう変わるか——「信頼インフラ」はどのように階層化されるのか
AIが社会にもたらす最大の変化は、「情報が増えること」ではない。より本質的なのは、情報を信じるために必要なコスト構造が反転することである。

かつて、情報の生産には高いコストがかかり、検証は相対的に安価だった。新聞社、学術誌、行政文書といった制度的フィルターが、あらかじめ検証を肩代わりしていたからだ。市民は、そのフィルターを信頼することで、個別検証を免れていた。

生成AIはこの構造を根底から覆す。情報の生産コストはほぼゼロに近づく一方で、検証のコストはむしろ上昇する。なぜなら、生成された情報は、文体も論理も「もっともらしく」なり、人間の直観による真偽判定が機能しにくくなるからである。

(1) 検証コストという新しい希少資源
重要なのは、検証が「技術的に可能かどうか」ではない。誰がそのコストを支払うのかである。AI時代の検証には、複数の層が必要になる。出どころの追跡(provenance)、生成・加工・再配布の履歴、モデル・ツール・データの関係、意図や目的の推定、説明責任の所在——これらは無料ではない。計算資源、専門人材、制度設計、監査機関、法的手続きが必要になる。

結果として、検証は公共財ではなく、選択財になりやすい。十分なリソースを持つ政府機関、大企業、国際機関は、検証済み情報だけが流通する「高信頼空間」を構築できる。一方、多くの市民が接する情報環境では、未検証情報と半検証情報が混在する状態が常態化する。ここで起きているのは、「真実と虚偽の対立」ではない。「検証可能な情報空間」と「検証不能な情報空間」の分離である。

(2) フェイクはなぜ「増幅」されるのか
誤情報が増える理由は、人々が愚かになったからではない。構造的な理由は三つある。
・第一に、生成AIによって、誤情報の生産が安く、速く、適応的になる。特定の主張に合わせて、証拠・反論・物語を量産できるのだ。
・第二に、誤情報の検出は、個人最適化が進むほど難しくなる。一人ひとりに異なる文脈で提示される情報は、外部からの一括検証を困難にする。
・第三に、検証が進めば進むほど、「検証する側」への不信も同時に蓄積される。誰が検証者を検証するのか、という問いが避けられないからだ。

その結果、社会は「何が真実か」ではなく、「どの検証空間に属しているか」によって分断される。信頼は共有されるものではなく、所属するインフラによって配給されるものとなる。

3.人類はどこに向かうか——なぜ未来は「モザイク状」にならざるを得ないのか
2030年に向かう未来を、一つの物語として描くことは難しい。それは偶然ではない。構造的に、単一の未来が成立しにくい条件が揃っているからである。

(1) 非対称な拡散が生むモザイク
第一の要因は、技術の非対称拡散である。AIは理論上は汎用的だが、実装には膨大な前提条件がある。データ、計算資源、法制度、組織能力、教育水準——これらは地域や組織によって大きく異なる。その結果、ある領域では高度に監査されたAIが常在する一方、別の領域ではほぼ無制限に生成AIが使われる、という制度密度の非対称が生じる。

(2) 規制は均質化ではなく差異を生む
第二の要因は、規制の時間差である。EUのように、AIの利用を詳細に規定しようとする地域もあれば、実質的に市場任せの地域もある。規制は「遅れた地域が追いつく」ための装置ではなく、むしろ異なる進化経路を固定化する装置として働く。規制が強い場所では、AIは慎重に、しかし深く組織に組み込まれる。規制が弱い場所では、AIは粗雑だが速く拡散し、社会的摩擦を引き起こす。この差は、時間とともに縮まるどころか、制度と文化の違いとして積み重なっていく。

(3) 認知資源の偏在
第三の要因は、人間側の認知資源の制約である。AIが高度化するほど、それを理解し、監督し、設計できる人間は相対的に希少になる。結果として、社会は次の三層に分かれる。AIを設計・監督する層、AIを使って仕事をする層、AIに仕事を割り当てられる層——これは単なる技能差ではなく、意思決定への距離の差である。この差が政治や経済に反映されるとき、民主主義は「全員が同じ情報を前提に議論する制度」ではなく、異なる現実を生きる集団のあいだの調整装置へと変質する。

(4) 進歩でも破滅でもない帰結
ここで重要なのは、この未来が「進歩」か「破滅」かという問い自体が、すでに適切ではないという点である。AIは目的を持たない。人類もまた、単一の目的地に向かって進む主体ではない。2030年までに起きるのは、制度・技術・認知の相互作用が、人間をいくつもの異なる配置に置き直す過程である。その結果として現れるのが、一部では高度に協調し、一部では深刻に分断された、モザイク状の世界である。

4.結びに代えて
第1節で述べたように、AIの本質的な変化は「賢さ」ではなく「行為主体化」にある。そして行為主体が増える社会では、責任・検証・信頼は必ず希少資源となる。2030年に向かう5年間は、AIが人類を救うか滅ぼすかを決める期間ではない。検証と責任のコストを、誰が引き受ける社会にするのかが、静かに、しかし不可逆的に固定されていく期間である。その選択の帰結は、すぐには見えない。だが見えないまま積み重なったものが、次の10年の「当たり前」になる。我々は今、歴史の分岐点に立っている。そしてその分岐は、技術の進歩ではなく、社会の選択によって決まるのである。

2026年1月2日金曜日

α世代と政治




図:α世代と政治のイメージ(Nano Banana Pro による)


Q(koshix):
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今日,2026年元旦の日本経済新聞朝刊のトップがα世代(α20億人の未来)に関する特集記事でした。自分はポスト団塊世代であり,X世代(1960-1980)以前のニッチな「はざま世代」に当たります。そのため,X世代,Y世代(1981-1995,自分の子どもの世代),Z世代(1996-2009),α世代(2010-2024,自分の孫の世代)のいずれも様のことがよくわかりません。さて,その現在16歳以下で,AIネイティブであるα世代はどんなことを思い,どんな社会をつくっていくのでしょうか。

Q(koshix):
どうもありがとうございました。次に気になったのは,2面の政治に関する記事です,かつての法制審議会で否定された旧姓の通称使用の法制化を選択的夫婦別氏制度に替えて導入し,外国人政策だけでなく日本国国章棄損罪,スパイ防止法,国家情報局の設置,防衛装備品五類型の廃止,防衛費の増額とあいついで保守的な法案を,日本維新の会との政権合意を根拠の一つとして進めようとしている政権が危うくて仕方ありません。大丈夫でしょうか?

Q(koshix):
α世代の一つ上のZ世代は,現在の政権に対する支持率が非常に高いという調査結果が報じられています。Z世代にはα世代と共通する感性はないのでしょうか?

Q(koshix):
自分には,日本維新の会,国民民主党,参政党が,崩れ落ちつつある自民党の完全なる補完勢力として,野党分断と政権へのすりよりやポピュリズム的で不合理な経済政策への誘導など,とても面倒な事態を引き起こしているような気がします。この状況に対して,各世代はどのようなレスポンスをすることが予測できますか?

Q(koshix):
ここまでの一連の対話を,「α世代と政治」というタイトルで,日本の各世代と政治のそれぞれの動向および,各世代の政治への向き合い方を整理して論ずるブログ記事に仕立ててください。デアル調でお願いします。複数の節から成る大掛かりなものではなくても結構ですが,ここまでの私たちの対話のポイントを外さないように,漏れないようにお願いします。


A(ChatGPT+Gemini+Claude+…=7件の回答をChatGPTに2回まとめさせた結果)


α世代と政治
――AIネイティブの沈黙と、国家の輪郭が濃くなる国

2026年元旦の日本経済新聞は、α世代(2010–2024年生)を「α20億人の未来」として前面に置いた。世界で20億人規模、現時点で最大16歳以下。生まれ落ちた瞬間から、スマートフォンと生成AIが「文明の背景音」として鳴っている世代である。

自分はポスト団塊世代に属し、X世代(1960–1980年生)より少し前の「はざま」にいる。だから、X・Y・Z・αのどれもが、輪郭は見えるのに肌ざわりが掴みにくい。だが元旦の紙面をめくっていて、世代理解の困難さよりも先に、別の違和感が立ち上がった。1面に未来世代の話があり、2面に政治の話がある。その二つが、同じ日に同じ紙面に並ぶこと自体が、すでにこの国の分岐を示しているように思えたのである。(注:ChatGPTがそうゆうてるだけ笑)

1.未来が「AIネイティブ」として立ち上がる一方で、国家は「境界」を濃くしている

2面で気になった政治記事の要旨はこうだ。かつて法制審議会で否定されたはずの旧姓の通称使用の法制化が、選択的夫婦別氏制度の代替として浮上し、さらに外国人政策だけでなく、国章棄損罪、スパイ防止法、国家情報局の設置、防衛装備品五類型の廃止、防衛費の増額といった保守色の濃い法案が、政権合意(とくに日本維新の会との合意)を根拠の一つとして一括で前へ進もうとしている、という構図である。

論点は多岐に見える。家族制度、治安、情報、軍事。だが、方向は奇妙なほど揃う。社会の輪郭を「法」と「権限」で濃くすること、境界を引き直すこと、統制の手触りを強めること。思想の純度は必ずしも高くないが、情動の純度は高い。つまり、これは理念体系というより、不確実性への恐怖が政治に刻印された形なのである。

少子化、停滞、戦争と分断、SNSの増幅、そしてAIが社会制度そのものを揺らす速度。未来像が描けない社会は、しばしば「決めること」そのものを安定と取り違える。決める、縛る、罰する、監視する、守る。こうした語彙は、短期的には効く。だが長期には、合意形成の回路を細らせる。政治が「手続きの筋肉」を失っていくとき、制度だけが強くなり、中身の議論が痩せる。これが最も危うい。

2.「補完勢力」の増殖が、責任の所在を空洞化させる

この流れを押し出しているのは誰か。自民党の劣化や崩れが語られるとき、本来なら対抗軸が育ち、健全な政権交代可能性が社会の緊張を受け止めるはずである。ところが現実には、日本維新の会、国民民主党、参政党といった勢力が、結果として「崩れ落ちつつある自民党を補完する」ような配置に見える局面がある。

ここで重要なのは、彼らが意図しているかどうかではない。作用である。野党が分断され、政権へのすり寄りが起き、分かりやすいポピュリズム的経済政策が、財源や長期整合性の問いを置き去りにして拡散する。すると「決定の速度」は上がるが、「説明責任の密度」は下がる。政治は動いているようで、責任だけが霧散する。社会はその霧散を、直感的に嗅ぎ取る。だから政治不信は深くなる。しかし不信が深いほど、人々はまた「短期の確実さ」を求め、さらに強い制度へと吸い寄せられる。この循環が、いまの因果地形の核心にある。

3. Z世代の高支持は「右傾化」ではなく「現状維持の最適化」である

さらに気になるのは、α世代の一つ上のZ世代(1996–2009年生)が、現政権への支持率が高いという調査結果が報じられている点である。ここで短絡して「若者の保守化」「右傾化」と言うと、たいてい議論を誤る。

Z世代は「大きな物語」を信じにくい世代である。変えたら良くなるという見取り図が与えられていない。だから彼らの支持は、積極的支持というより、リスク回避としての消極的選好になりやすい。「他よりマシ」「今は壊さない」。これは思想ではなく、最適化である。政治的情熱がないのではない。むしろ不確実性を前提に生きているから、劇的変化の失敗確率を嫌うのである。

ではZ世代とα世代に共通する感性はあるのか。ある。ただしそれは左右の軸ではない。情報の取り方、時間感覚、判断のスタイルである。短尺の情報、アルゴリズムの推薦、コミュニティの空気。そこで形成されるのは、「理念を深掘りして整合性を詰める」よりも、「いま動くものに乗って損をしない」判断である。この判断の合理性は否定しにくい。問題は、その合理性が、長期の制度設計に弱いことである。

4. α世代は「政治を信じない」のではなく、「政治を全託しない」世代である

ではα世代はどうなるのか。ここで未来予言をしたくはない。だが、世代の“前提OS”が変わることは確実である。α世代にとってAIは道具というより環境であり、正解は固定されず、更新され続ける。彼らは国家や政党を否定するだろうか。たぶん否定しない。だが全託もしない。ここが決定的に違う。

α世代の政治感覚の核は、正義や理念よりも、可逆性・分散性・やり直し可能性に寄ると考えられる。失敗しても戻れる仕組み、局所的に試せる制度、コミュニティ単位で更新できるルール。そうした設計思想の方が、彼らには自然に見える。ゆえに彼らは、既存の「補完勢力ゲーム」に参加しない可能性がある。投票率が下がるかもしれない。しかしそれは無関心ではなく、「別の回路で政治的実践をする」という態度かもしれない。テーマ別参加、ローカル自治、プラットフォームの透明性や規範設計を通じた関与。政治のインターフェースが変わるのである。

5. 最も危ういのは「反対する世代」と「参加しない世代」に割れることだ

ここまでの因果地形を一本に束ねると、最も危ういのはこういう分断である。危機感を持って反対する世代と、そもそも参加しない世代が並立し、間が空洞化する。補完勢力が増えるほど論点は拡散し、誰も全体責任を引き受けなくなる。その結果、強い制度だけが残り、中身の議論が痩せていく。制度は強く見えるが、柔らかさを失う。柔らかさを失った制度は、臨界点で割れる。割れた後に必要になるのは修復だが、修復するための合意形成の筋肉がすでに落ちている。これが最悪のコースである。

6. α世代に渡すべきものは「強い物語」ではなく「長い因果の語り」である

α世代に必要なのは、強いスローガンでも、誰かの正義でもない。社会が何度も誤り、何度も修正してきたという、長い因果の語りである。人間の制度は必ず失敗する。だから失敗しない制度を夢想するのではなく、失敗しても戻れるように設計する。その設計の知恵を、次の世代へ渡す。

それを語れるのは、まだ人間であり、複数の時代を生きた世代である。自分のような「はざま世代」は、その意味で一つの役割を持つ。未来を当てることではない。政治がどこまで壊れにくく設計されているかを問い直し、その問いの仕方を手渡すことだ。

α世代と政治の関係を考えることは、未来占いではない。いまの政治が、短期の恐怖に最適化されていないか、長期の修復可能性を手放していないか、その設計を点検する作業なのである。元旦の紙面は、その問いをこちらに投げてきた。だからこそ、見過ごしてはいけないのである。

2026年1月1日木曜日

年賀状2026

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。



図:2026年丙午(柚木沙弥郎つきよのおんがくかい」から引用)

丙午といえば,1906年生まれの亡くなった祖母。父の継母である。自分が幼いときにはたいへん可愛がってもらった。「丙午」という言葉がたまに大人の口の端に上ることがあったけれど,子どもの自分にはあまりピンとくることもなく聞き流していた。

実際にその影響を肌で感じたのは1966年の丙午だ。当時の出生数は,1965年が184万人,1966年(丙午)が137万人,1967年が194万人ということで,前後の年に比べて27.5%も減っている。この結果,大学進学の学生層が明らかにシフトしたため,どうも今年の学生の様子は例年と違うということで教員の間でも話題になった。

昨今のSNSではフェイク情報や差別的な情報があっという間に拡散する素地があるのだけれど,超少子化時代の人達には丙午はほとんど響かなかったようだ。

P. S. そうか,八百屋お七好色五人女伊達娘恋緋鹿子)の話が発端だったのか。

2025年12月31日水曜日

(冬休み 5)

55.소셜 미디어 계정이 있으세요?
   Sosyeol midieo gyejeongi isseuseyo?
   ソーシャルメディアのアカウントはお持ちですか。

2025年12月30日火曜日

(冬休み 4)

54.가능한 빨리 다시 전화 드리겠습니다.
   Ganeunghan han ppalri dasi jeonhwa deurigesseumnida.
   できるだけ早く折り返しお電話いたします。