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2026年9月30日水曜日

セブン銀行ATM


図:セブンイレブンのATM(セブンイレブンから引用)


最近,銀行の支店が統廃合でどんどん減っている。大和郡山駅前の三井住友も三菱UFJも今はもうない。街のATMも撤去が進んでいて探し当てるのがなかなか大変だ。一方,コンビニにはATMがあるので何とか凌げている。あとは,スマホからオンラインバンキングで対応せよということか。

ICOCAやPayPayアプリのおかげで,現金を出す場面はかなり少なくなったとは言うものの,それでも小銭もお札も必要だ。そんなとき,近くのセブンイレブンのATMに銀行のキャッシュカードを入れて現金を引き出すことがある。

たまたま現金が必要になり,銀行のキャッシュカードがなかったので,セブンイレブンのATMマシンにVISAカードを入れて現金を引き出そうとした。すると,キャッシングかローンかと尋ねられる。むむむ,ローンはなんとなく嫌な感じがする。しかし,キャッシングを選択しても残高0ということで拒否されてしまった。

何度か繰り返し,ローンを選ぶと引きだすことができた。しかし,なんだかいやな予感がする。家に帰ってからGeminiに聞いてみると,利息が18%もかかるという。VISAカードのページでもそうなっていた。しかも,毎月の返済は1万円ずつなので2年近くかかることになる。えっ,このまま放置すると利息だけで4万円だ。ありえないよ〜。

再びGeminiに回避策を相談したところ,ちょっと待ってから一括返済すれば大丈夫とのこと。VISAカードアプリのどこに入口があるのかさっぱりわからず往生したが,4日後になんとか利息(授業料だね)400円弱で返済できた。世の中にはどこに落とし穴があるか分かったものではない。

社会経験値の低い老人は,ドキドキしながらゲームのような世界を生き延びる必要がある。

2026年9月19日土曜日

17分野なんて・・・



図:未来の変革への道(ChatGPTによる)

Q(koshix):
高市政権の17分野の成長戦略というのは焦点がぼやけすぎていると日経新聞がボロクソに書いています。現実問題として,日本の強みとしてテコ入れ(政府による投資という意味ではなく,規制緩和などで競争環境を整備誘導すること)が必要な分野とその根拠をしぼって提案してみてください。なお,経済の重軍事化は長期的に見てメリットはないと思います。

A(ChatGPT):
結論
日経の批判は概ね妥当です。ただし、問題は「17という数が多い」こと以上に、成長産業、経済安全保障、基礎研究、防災公共事業、軍需を同じ棚に並べていることです。
政府案は17分野をさらに62品目に分け、2040年度までの官民投資を370兆円超としています。しかし、その金額は政府予算ではなく、企業への聞き取り、既存の投資計画、市場成長率からの推計を積み上げたもので、今後さらに対象を追加するとしています。これは「選択と集中」というより、各省庁と業界団体の要望を収納する巨大な陳列棚です。

私なら、次のように「3つの輸出エンジン+2つの国内変革市場」に絞ります。
輸出エンジン
(1) 知能化された製造・現場自動化
(2) 半導体製造装置・先端材料・精密部品
(3) コンテンツ・知的財産・体験輸出
国内変革市場
(4) 健康長寿・医療介護テクノロジー
(5) 省エネルギー・電化・分散型エネルギーシステム
AI、デジタル、サイバーセキュリティーは独立した「産業分野」ではなく、以上の全分野を支える横断的な汎用技術として扱うべきです。

選定基準
絞り込みには、少なくとも次の条件が必要です。
・日本企業がすでに輸出、市場占有率、技術蓄積のいずれかを持つ
・人口減少下で、労働生産性を直接引き上げる
・規制、標準、データ制度、競争政策を変えることで民間投資が出てくる
・特定企業への補助金ではなく、多数の新規参入企業が競争できる
・10年程度で成果検証でき、失敗したら撤退できる

OECDは2026年の対日審査で、日本の時間当たり労働生産性の伸びが2000~08年の年平均1.2%から、2019~24年には0.3%へ低下したと指摘しています。企業の参入・退出率は米国の半分程度で、サービス業の規制、低生産性企業の退出の遅れ、中小企業のデジタル化不足が成長を阻んでいます。したがって、日本に必要なのは巨大投資額の宣言より、新陳代謝と技術普及を妨げる制度の除去です。

1.知能化された製造・現場自動化
これは最優先です。
対象は人型ロボットに限定せず、産業ロボット、工作機械、センサー、画像認識、制御装置、物流機器、建設機械、農業機械、介護支援機器を統合した「現場システム」です。
日本は2023年時点で世界の産業ロボット生産の38%を占め、輸出比率は78%でした。2024年にも国内導入台数は世界第2位です。これは政府がこれから作る「夢の産業」ではなく、すでに企業、部品供給網、技能者、海外販売網が存在する分野です。
必要なのはロボットメーカーへの補助金ではありません。
・自動走行機械、無人倉庫、配送ロボットなどの安全規制を、機械の形式指定から性能基準へ変える
・事故時のメーカー、運用者、AI提供者の責任分界を法定する
・工場データ、ロボット制御API、デジタルツインの相互運用規格を整える
・実証特区で成功した技術を全国展開できる制度を設ける
・介護、建設、物流などで「人が行うこと」を暗黙に前提とした配置基準や業務規制を見直す
政府案の「フィジカルAI」は方向として間違っていません。ただし、人型ロボットという派手な完成品に焦点を当てすぎると、中国や米国との資本力競争になります。日本の勝ち筋は、モーター、減速機、センサー、制御、工作機械、保守サービスまで含む現場実装能力です。

2.半導体製造装置・先端材料・精密部品
「半導体」を一括して重点産業にするのは粗雑です。
日本が集中すべきなのは、先端ロジック半導体の大量生産そのものより、
・半導体製造・検査装置
・フォトレジスト、シリコンウエハー、特殊ガスなどの材料
・先端パッケージ
・センサー、アナログ半導体、パワー半導体
・精密加工部品
・磁石、炭素材料、セラミックス、機能性化学品
・回収・分離・再精製技術
です。
経産省資料でも、日本企業は半導体製造装置で世界市場の約3割、主要な半導体材料では約半分のシェアを持つとされています。ここには長期間の工程知識、顧客との共同開発、品質保証という模倣しにくい蓄積があります。
制度改革としては、
・工場、化学設備、リサイクル設備の許認可を一元化し、審査期限を明確にする
・環境基準を緩めるのではなく、重複審査と自治体ごとの不統一をなくする
・部素材の国際認証、品質評価、顧客認定を共同化する
・大企業内に埋もれた技術のスピンオフ、事業売却、M&Aを容易にする
・研究者・技術者の競業避止義務を限定し、労働移動を促する
べきです。
Rapidus型の先端工場は、経済安全保障上の保険として議論する余地はあります。しかし、それを日本の主要な「成長産業」と呼ぶのは別問題です。巨大な設備費と継続的補助を必要とする事業は、競争政策というより国家管理事業に近くなります。

3.コンテンツ・知的財産・体験輸出
ゲーム、アニメ、マンガ、音楽、映像は、政府の17分野の中で数少ない、すでに海外需要が実証されている消費者向け産業です。
経産省によれば、日本発コンテンツの海外売上は2023年に約5.8兆円に達しています。経産省は鉄鋼や半導体の輸出額を上回る規模と説明していますが、「海外売上」と「輸出額」は統計概念が完全には同じではないので、比較には留保が必要です。それでも既存需要の大きさは明白です。
ここで必要なのも「クールジャパン施設」ではありません。
・制作会社とクリエーターの契約内容、権利帰属、収益分配を透明化する
・二次利用権を一括処理できる権利情報データベースを整える
・制作委員会、放送局、出版社、配信プラットフォームによる買いたたきを競争政策の対象にする
・海外共同制作の契約、査証、送金、税務手続きを簡素化する
・博物館、歴史遺産、食文化、工芸、観光とコンテンツIPを結び付ける
・地方自治体が夜間文化、撮影、イベント開催を妨げている用途規制や騒音規制を合理化する
必要があります。
日本の弱点は作品を作る能力ではなく、権利処理、国際配信、資金調達、制作従事者への利益還元です。政府目標の海外売上20兆円はかなり野心的ですが、補助金を投入するより、制作側が利益を再投資できる契約・流通構造を作る方が先です。

4.健康長寿・医療介護テクノロジー
これは現時点で圧倒的な輸出競争力がある分野というより、日本が世界に先行する巨大な実証市場です。
厚労省推計では、介護職員は2022年度の約215万人から、2040年度には約272万人が必要になります。57万人を純増させるという前提は、人口動態から見てかなり厳しい。したがって、人手を増やすだけでなく、一人当たりが提供できる介護の質と量を高める必要があります。
優先対象は、万能薬的な「創薬」全般ではなく、
・内視鏡、診断・手術支援機器
・在宅モニタリング
・リハビリテーション機器
・認知症支援
・服薬・転倒・褥瘡予防
・介護記録の自動化
・遠隔診療・遠隔介護支援
・医療介護データ解析
です。
制度面では、
・電子カルテ、介護記録、健診、薬剤情報の共通規格化
・患者本人によるデータ移転権
・匿名化したデータの研究・製品評価への二次利用
・医療機関・介護事業者ごとの成果や効率の比較可能化
・診療報酬・介護報酬を「機器を導入したか」ではなく、再入院減少、職員時間削減、生活・機能改善などの成果に連動させる
・医師、看護師、薬剤師、介護職の業務範囲を合理的に組み替える
ことが重要です。
OECDも、日本の医療・介護では、事業者間を比較できるデータ基盤と、デジタル化による支出効率化が必要だと指摘しています。

5.省エネルギー・電化・分散型エネルギー
「GX」を何でも入る袋にしてはいけません。水素、洋上風力、原子力、ペロブスカイト、核融合を同列に並べると、政策評価不能になります。
重点は発電方式の選択より、
・送電網・地域間連系
・蓄電・需要調整
・高効率モーター、インバーター、パワー半導体
・ヒートポンプ
・建物断熱
・工場廃熱利用
・電池・金属のリサイクル
・地熱・分散電源
に置くべきです。
日本の2024年度エネルギー自給率は16.4%にすぎません。エネルギー効率の改善は、新産業を作るだけでなく、輸入代金、円安リスク、企業の製造コストを同時に下げます。
必要な改革は、
・系統接続待ちの容量、順番、費用を完全公開する
・地域間送電容量を拡大し、地域独占による接続差別を防ぐ
・時間帯・地域ごとの電力価格を需要家に伝える
・蓄電池や需要調整事業者が発電所と対等に市場参加できるようにする
・建築物の断熱・エネルギー性能基準を段階的に強化する
・賃貸住宅で、大家が設備費を負担し入居者が光熱費削減を受ける「分離インセンティブ」を制度的に解消する
・炭素価格を予見可能で技術中立的なものにする
ことです。
核融合や革新炉は研究対象として残してよい。しかし、2030年代の産業成長を担うと見込んで通常の成長戦略に算入するのは、成功確率を無視した会計です。


軍需産業を成長戦略から外すべき理由
あなたの見方に基本的に同意します。
防衛力をどの水準にするかは、安全保障政策として判断すべきです。しかし、防衛産業を経済成長政策として正当化するのは危険です。
軍需には、
・顧客がほぼ政府一者である
・需要が安全保障情勢と予算に依存する
・秘密性と輸出規制によって技術波及が制限される
・随意契約、原価積み上げ、国内調達保護が競争を弱めやすい
・人材、素材、研究費を民生産業から奪う
・生産額が増えても、国民の消費可能性や生活水準を直接高めない
という構造があります。

軍事研究から民生技術が生まれる例はありますが、これは副産物であって、軍需拡大の費用を一般的に回収できるという証明にはなりません。防衛産業は17分野の一つではなく、必要性と費用を別勘定で審査する安全保障支出として扱うべきです。


最も重要なのは分野選定より共通制度
実際には、五分野を選んでも、次の改革がなければ成果は出ません。
・低生産性企業を補助金と信用保証で永久保存しない
・個人保証、倒産時の過大な社会的制裁を緩和する
・転職による退職金・企業年金・賃金の不利益を小さくする
・外国企業、外国人専門人材、海外大学との参入障壁を下げる
・行政手続を「一度提出した情報は再提出させない」方式にする
・公共調達を企業名や国籍ではなく、性能、価格、相互運用性で競争させる
・政策ごとに3~5年の達成指標と打切り条件を設定する
要するに、日本が目指すべきなのは「政府が17頭の馬券を全部買うこと」ではありません。
すでに脚力のある3分野を世界市場へ伸ばし、人口減少とエネルギー制約という国内問題を2つの先行市場に変える。その競争を妨げる規制と既得権を除去する。
これが、補助金中心の370兆円構想より、はるかに地味ですが成長戦略としては筋が通っています。

2026年9月18日金曜日

骨太方針2026(2)

骨太方針2026(1)からの続き



図:データの選別と市民の意思(ChatGPTによる)


同じデータの入力から,違う結論が出てこないかを試してみる。ただし,事実ベースかどうかは制約条件として埋め込む。民主主義はむしろ政権側を有利にする条件だった。


Q(koshix):
7/24付けの日経新聞では,政府の骨太方針2026について批判的な記事がいくつもみられました。事実と民主主義にもとづいて,政府の方針が正しいものであることを論証してみてください。擁護が難しい部分があれば正直にそういってください。

A(ChatGPT + Claude):

骨太方針2026 擁護論

以下は「この方針の擁護者であればこう論証するだろう」という最強の形の再構成である。私自身の政治的立場ではなく、擁護論の内在的整合性を最大化した版として読んでいただきたい。最後に、どう組んでも擁護しきれない部分を列挙する。


1.民主的正統性——強いが、限定つき

2026年2月8日の第51回衆院選で、自民党は単独で定数465の3分の2を超える316議席を獲得し、維新と合わせて352議席となった。単独政党の獲得議席としては2009年民主党の308を上回る過去最多である。高市首相は「強い経済」に向けた投資拡大、消費税減税、防衛力強化を掲げて選挙に臨んだ。7月時点でも内閣支持率は50%台を維持している。したがって「積極財政への転換は選挙を経ていない官僚的暴走だ」という批判には、十分に反論できる。

ただし、この事実から言えるのは、三本柱のおおまかな方向が選挙公約と連続しており、政権にはその具体化を進める民主的権限がある、というところまでである。選挙は消費税・防衛・社会保障・外交・候補者評価を一括した包括投票であって、債務残高対GDP比への転換、投資枠のシーリング除外、2040年度までの官民投資計画を個別に信任したわけではない。小選挙区制は得票率の差を議席差へ増幅するから、316議席は強い統治権限を意味しても、316/465に相当する国民が政策内容を積極的に支持したことは意味しない。

「市場参加者は投票権を持たない」という論法も、そのままでは使えない。金利・為替・国債入札は政治的意見ではなく、資源制約を価格として示すものだからである。政府は市場に対して、自らの意図した価格で国債を買わせる権利を持たない。したがって対立軸は「民主主義か市場か」ではなく、民主的に選ばれた政府が、市場価格を含む現実の制約下でどこまで負担を引き受けて政策を実行するか である。

ここで擁護側が守れる核は、限定された形になる——どの指標を財政運営の中核に置くかという枠組みの選択は政治の領分であり、市場の不快感だけを理由に撤回すべきではない。ただし規模と速度は市場条件に応じて調整されるべきであり、それは民主主義への背反ではなく通常の統治である。

手続き面は擁護できる。原案の日銀関連記述は批判を受けて「安定的な物価上昇の実現に資する適切な金融政策運営」と修正され、最終決定文書では日銀法第3条(自主性の尊重)が脚注に明示された。批判に応答して文言を改める過程が実際に働いている。

2.診断は擁護できる。処方箋はまだ擁護できない

日本の潜在成長率はバブル崩壊後に落ち込み、近年は0%台半ばにとどまっている。これは批判者も共有する事実である。民間設備投資、研究開発、人材形成、インフラ更新が不十分だったという診断には相当な根拠があり、ここまでは擁護できる。

しかし「潜在成長率が低い→投資不足が原因→政府支出を増やせば改善する」という三段論法には飛躍がある。潜在成長率の低下には、人口構成、労働時間、企業の新陳代謝、生産性の低いサービス部門、規制、都市構造、経営能力、研究成果の事業化能力が同時に関係する。

政府支出が有効なのは、少なくとも次を満たすときである。

・(1) 民間だけでは過少投資になる外部性がある
・(2) 政府が対象を一定の精度で選べる
・(3) 補助金が既存投資の付け替えにならない
・(4) 人材・電力・建設能力などの供給制約を悪化させない
・(5)失敗事業から撤退できる

骨太方針は(1)を強調するが、(2)から(5)の制度設計が薄い。「投資不足」という診断は擁護できても、「政府が選ぶ投資枠」が治療法として有効であることは、まだ擁護できない。

海外の産業政策も、「各国もやっているから日本も」では論証にならない。米国のIRAやCHIPS法、EUの産業政策は安全保障・脱炭素・供給網再編という非経済的目的を含み、補助金競争や重複投資という副作用も生んでいる。使えるのは次の形である——産業政策をしないことにも、安全保障と技術基盤の喪失という費用がある。ゆえに一律抑制ではなく、限定された戦略分野について、評価と撤退の制度を備えた投資が必要である。追随論よりはるかに強い。

3.財政運営目標の変更——価値選択ではなく「反応関数」の問題

PBは利払いを除いた歳出を税収等で賄えているかを示すフロー指標、債務残高対GDP比はストック指標であり、対立する思想ではなく補完的な指標である。債務比率の変化はおおむね

$$\Delta d \approx (r-g)\,d - pb$$

で決まり、金利・成長率・既存債務・PBに同時に依存する。したがって指標を入れ替えただけでは、規律の強化にも緩和にもならない。

そのうえで擁護側が使える事実は残る。財務省自身の資料が、PB黒字化の年限を初めて定めた2002年度以降、一度も黒字化は達成されていないと認めている。またPBは廃止されたのではなく、単年度の黒字判定から複数年で管理する確認指標へ位置づけが変わっただけである。24年間未達の年限目標を掲げ続けることが信認に資するとは言いにくい。

さらに、擁護側にとって最も有利な事実がここにある。令和8年度予算では新規国債発行額が29.6兆円と2年連続で30兆円を下回り、一般会計のプライマリーバランスが当初予算として28年ぶりに黒字化した。「積極財政=規律放棄」という単純図式は、この一点で崩れる。ただし正確を期すなら留保が要る。この一般会計PBは簡易ベースであって、財政健全化目標の「国・地方のPB」や国際比較に用いる「一般政府のPB」とは異なる。

本当の争点は、債務比率が計画経路を外れたときに何をするかである。投資枠を縮小するのか、増税するのか、給付を削るのか、目標時期を延ばすのか。どの程度の逸脱で是正措置を発動するのか。これが書かれていなければ、債務比率目標は「結果が良ければ達成、悪ければ経済情勢のせい」という事後説明装置になる。

4.予算編成改革——「実績」ではなく「設計課題」

補正予算依存の是正、基金ルールの点検、複数年度化、公定価格への物価・賃金反映は、方向として妥当である。第一生命経済研究所も、一連の予算編成改革は財政政策の質向上に資する部分が多いと評価している。日経も成長促進と財政健全化の二兎を追うこと自体は当然だとし、両立をうたった点は評価すると書いている。批判は方向性ではなく実装に向けられている。

ただしこれは、現時点では財政規律の強化そのものではなく、規律を強化し得る制度変更の宣言である。複数年度予算は予見可能性を高める一方、将来予算の先取り、既得権化、途中撤退の困難化、当初想定より費用が膨らむロックインを生じさせ得る。基金は単年度主義の回避装置であると同時に、毎年度の国会審議を迂回する装置にもなり得る。擁護できるのは方向であって、成果ではない。

5.擁護が難しい部分

(1) 投資規模を決める反応関数がない。
 「強く豊かな日本」投資枠には概算要求の上限が設けられておらず、17分野は総花的で採算性も示されていない。本質は財源の有無より、金利が何%になれば縮小するか、債務比率がどの経路を外れれば停止するか、便益費用比がどの水準以下なら不採択か、人材や資材が不足したとき何を延期するかが定められていないことである。それがなければ「必要十分な規模」は無限に伸びる政治的文言にすぎない。

(2) 債務比率低下の実績は援用できない。
債務残高対GDP比は2020年の258.4%から2025年の229.6%へ低下したが、2021〜25年の実質成長率は年平均1.3%、2021年を除けば0.7%にとどまり、名目3.7%との差は物価上昇である。言えるのは「名目GDPの拡大で債務比率を下げることは算術上も実績上も可能である」までであって、「政府投資が実質成長を高め、同じ経路を持続的に再現できる」ことは立証されていない。なお、インフレによる債務の目減りそれ自体が直ちに不健全なのではない。問題は、実質所得が追いつかず国民がインフレ税に相当する負担を負う一方で、生産能力が十分に増えない場合である。

(3) 金利負担は遅れて累積する。
現時点では税収増が利払費増を上回っている。令和8年度の利払費13兆371億円は前年度当初比プラス2兆5,142億円であり、税収は83兆7,350億円と過去最高を見込む。しかし財務省の後年度試算では、国債費は令和8年度の31.3兆円から令和11年度に41.3兆円へ約10兆円増え、財政収支は11.7兆円の赤字から17.0兆円の赤字へ悪化し、国債発行額に相当する差額は29.6兆円から36.3兆円に増える。金利が想定より1%上振れすれば、令和11年度の国債費はさらに3.8兆円増えて45.1兆円になる。金利上昇の負担は償還・借換えに伴って遅れて拡大するから、名目成長による税収増が恒常的に利払い増を上回る保証はない。

(4) 市場の反応は増幅要因である。
原案公表後、ドル円は1986年以来の162円台まで進み、10年債利回りは一時2.902%と約30年ぶりの水準に達した。7月2日の10年債入札は投資家需要の乏しい低調な結果に終わった。ただし為替と国債金利には米国金利、日銀政策見通し、国債需給、海外投資家のポジションも作用するから、政策文書の公表を単一原因に帰すのは強すぎる。原案の財政・金融政策記述が少なくとも増幅要因となったことは、市場コメントと値動きから相当程度支持される——ここまでが堅牢な主張である。

(5) 「財政健全化」の削除は、主戦場ではない。
高市首相は国際機関が用いる「財政の持続可能性」に用語を統一したためと説明したが、この語は最終版でも復活しなかった。政治的シグナルとしては重要である。しかし四文字があっても制度が空なら意味はなく、なくても実効的なルールがあれば規律は成立する。問題は語感ではなく、数値的な上限、中間目標、未達時の是正措置、独立した検証主体が置かれていないことである。

(6) 社会保障の非対称性。
「現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げていく」の裏付けが書かれていない。選択肢は給付削減か公費投入だけではなく、高所得高齢者の負担、医療提供体制の再編、薬価・診療報酬の配分変更、就業者増加による保険料基盤の拡大もあり得る。しかしそれらだけで持続的に引き下げられるかは疑わしく、結局は誰かの給付減か負担増が必要になる可能性が高い。

(7) 2040年の数字は予測ではなく成功シナリオである。
官民投資370兆円超、GDP1,100兆円という目標は、文書自身が成長戦略の効果が十分に発現した場合と条件づけている。失敗確率も下振れケースも投資効果の推定幅もなければ、「成長戦略が成功すれば成長する」という同語反復に近く、財政持続性を担保する基礎には使えない。

(8) 官民投資額を成果として数えるのは危険である。
 370兆円には、政策がなくても実施された民間投資が含まれ得る。政策効果として測るべきは総投資額ではなく、政策がなければ生じなかった追加的投資——すなわち反実仮想との比較である。総額を成果指標にすると、政府は民間が元々予定していた投資に補助金を付けて「官民投資を実現した」と数えられる。産業政策で最も頻発する評価上の錯覚である。

6.総括

この擁護論の最も強い部分は、日本には過少投資があり、単年度のPB達成だけを絶対視する財政運営は適切でない。選挙で選ばれた政府には、一定のリスクを取って長期投資へ転換する権限があるという部分である。これは十分に成立し、28年ぶりの一般会計PB黒字と2年連続の30兆円割れという事実がそれを補強する。

しかしそこから、この骨太方針が掲げた投資枠と事業選択が、実際に潜在成長率を高め、債務比率を低下させることは導けない。決定的な欠落は財源というより、失敗を認識し、支出を止める仕組みである。成長率、民間誘発投資、労働生産性、財政コストについて事前基準を定めず、未達時の縮小・撤退条件も置かないなら、「責任ある積極財政」の「責任」は依然として修辞にとどまる。

民主的正統性については、こう言えるだろう。

> 選挙での勝利は、政策を試みる権限を与える。しかし、その政策を検証不能にする権限までは与えない。

骨太方針2026の最も深刻な弱点は、積極財政そのものではなく、政権が成功を宣言し続けられる一方で、失敗を客観的に認定する制度が弱いことである。ここを中心軸に据えれば、擁護論を正当に扱いながら、批判はむしろ鋭くなる。


2026年9月17日木曜日

骨太方針2026(1)


図:機械的支配と社会的分断(ChatGPTによる)


だいぶ前の話。日経新聞はあいかわらず高市政権の政策に連日赤信号を点灯し続けていた。多少支持率が下がろうとも,暴走している機関車はなかなかとまらない。そんな場合,すぐに生成AIに頼って,自分の思いを補強したくなるのが人の常である(何度同じことを・・・)。慎重に対話を続ければ,どうとでも結論は変わり得るのだろうか?

Q(koshix):
経済財政運営と改革の基本方針2026 の問題点を深く鋭く抉ってください。

A(ChatGPT + Claude):

結論
問題は積極財政への転換ではない。投資不足と人材不足を認めた点は前進である。問題は,その実体が「成長すればすべて解決する」という自己循環論法だという点にある。
責任を担保する数値基準も事業選別も撤退条件も分配設計も国会統制も弱い。逆に,政権が「成長投資」「危機管理」と認定しさえすれば支出を財政規律から切り離せる仕組みだけは周到だ。国家経営計画ではなく,楽観的な成長仮説を担保に差し出した予算獲得プラットフォームである。

1.「責任ある積極財政」の「責任」が定義されていない

目標の重心は単年度のPB黒字化から債務残高対GDP比の低下へ移った。それ自体は不合理ではない。問題は,代わりの拘束条件がないことだ。
比率は概ね Δ(D/Y) ≈ (r−g)(D/Y) − PB で動き,名目GDPが物価上昇で膨らめば,実質賃金が下がろうと給付が削られようと下がる。上限も警戒水準も,金利上昇時の停止条件もない。「責任ある」とは結果として比率が下がるよう努力するという自己申告であり,財政ルールではなく裁量宣言である。

2.成長見通しが,政策の根拠ではなく政策成功を仮定した「願望モデル」になっている

2040年度に国内投資250兆円,名目GDP約1100兆円。だが前提は,成長戦略の効果が十分発現し,政府が毎年度実質10兆円を追加支出し,投資が予定どおり生産性上昇に結び付くことだ。予測ではなく,政策成功を入力すると政策成功が出力されるモデルである。
250兆円も独立推計ではなく,前年の200兆円目標を経団連側の「野心的な目標」へ上積みしたものだ。企業に「政府が支援するならいくら投資できますか」と聞いた数字を根拠に「だから支援が必要だ」と結論すれば循環論法である。そもそも投資額は成果ではない。問うべきは全要素生産性の上昇幅であり,補助金なしで投資が続いたかだ。投入量を成果指標に偽装する,典型的な誤りである。

3.17分野・62技術は「選択と集中」ではなく,ほぼ何でも入る巨大な陳情箱

安全保障上必要,供給網上必要,将来成長が見込める,地方振興になる,文化輸出になる,人手不足を補う——このいずれかを言えればほとんどの産業が入る。戦略という名称で一般歳出を包み直す装置である。
危険なのは政府が勝者を見抜けないこと以上に,支援企業が政策形成に参加し,雇用や安全保障を理由に撤退不能になる固定化の回路だ。要るのは支援期間の上限,自己負担率,打切り条件,超過利潤の公的回収である。行政文書に「大胆に」「戦略的に」が頻出するとき,不足しているのは形容詞ではなく撤退基準だ。

4.「強く豊かな日本」投資枠は,通常予算からの事実上の別勘定化である

複数年度化に利はある。だが基金方式は,国会の毎年度審議から離れ,滞留資金を見えにくくし,環境が変わっても予算が残り,「出資・融資」の形で負担を小さく見せ,将来損失を後から顕在化させる。
文書は「ガバナンスを強化」と添えるだけで,規模も議決方法も国会報告も失敗事業の清算も具体化しない。単年度主義の弊害是正ではなく,財政民主主義の面倒な部分の迂回である。

5.社会保障では「保険料を下げ,処遇を上げ,サービスも維持する」という算術不能を隠している

同時に満たす道は,増税か,自己負担増か,給付削減か,高成長かしかない。ところが税制は「包括的な検討」,給付付き税額控除は国民会議待ち。財源を先送りしたまま,「保険料率の引下げ」だけが先に立つ。
医療・介護は労働集約部門であり,食事介助も診察も見守りも無制限には省人化できない。「生産性向上」を過大評価すれば,現実には配置基準の緩和,担当数の増加,施設の集約,アクセス距離の拡大として現れる。実質は「保険料を抑える代わりにどこを削るか」という分配問題であり,「成長型社会保障」はその包装紙にすぎない。

6.大学政策は,大学を国家産業政策の人材供給部門へ変える

運営費交付金と科研費の拡充は評価すべき転換である。交付金は2004年度の1兆2415億円から約1割減り続け,物価を加味すれば実質の落ち込みはさらに大きい。
だが同じ段落に,成長分野への学部再編,人社系のダウンサイジング,「経営体力がある段階での撤退」が並ぶ。大学の価値を現在の産業需要で測る思想である。今「実需」のある分野へ定員を寄せれば卒業時には供給過剰になり得るし,AIも生命科学も安全保障も法学・倫理学・歴史学なしには扱えない。人社系を縮小しながら「文理分断を克服する」というのは倒錯だ。大学改革ではなく,大学版の計画的人員整理と職業訓練化である。

7.外国人政策は,労働力依存を隠しながら治安問題として前景化している

違法行為への対応は当然だ。問題は,在留者数の増加を調整した違法行為率も,年齢・所得構成を調整した比較も,悪質な雇用主による搾取も示さぬまま,「外国人」という属性だけを犯罪・逸脱の節に置いたことである。
他方で本文は,必要な労働力人口の規模を「これから検討する」と書く。労働力としては必要とし,政治的には不安に応え,原因を受入制度ではなく個人の逸脱に寄せる。共生政策ではなく,労働力輸入と排外感情管理を同時に行う統治政策だ。

8.政府広報の記述が,政策説明を越えて世論操作に接近している

AIによるネット動向の把握,訴求対象別の発信,あらゆる手段を尽くしたコミュニケーション強化。説明責任は必要だが,動向をAIで把握して対象別に支持を形成するとなれば,行政広報と政党宣伝の境界が問われる。
収集データの範囲,プロファイリングの禁止,批判者の監視に使わない保証,与党宣伝との会計分離,第三者監査。これらがなければ伸びるのは政策の質ではなく,政策が良く見えるよう加工する能力である。骨太方針自身が「強い」「大胆」「果断に」を多用している点も象徴的だ。数値と因果関係が薄い箇所ほど,形容詞の筋肉が発達している。

9.人口減少を最重要課題としながら,人口戦略は後日策定という逆立ち

本来は,将来人口と居住分布のシナリオを置き,維持可能なインフラ・大学・医療・行政単位を推計し,その上で投資規模と地域配分を決める。ところが投資枠と17戦略分野を先に決め,人口戦略は2026年末目途で後から載せる。人口推計が政策を決めるのではなく,決まった政策を人口戦略が追認する構図だ。
少子化も「傾向の反転」と書くだけで,期限も目標値も政策別の寄与もない。目標ではなく願文である。

10.気候政策が「成長技術の一分野」に縮小されている

中心にあるのは,どれだけ投資し,どの技術を産業化し,どの市場を取るかであって,排出経路でも炭素予算でも炭素価格でも需要側の省エネでもない。
実用時期の不確実な核融合と,直ちに必要な断熱改修や送電網を同じ「成長技術」の棚に置けば,将来技術が現在の削減を先送りする口実になる。気候危機は産業育成の機会である以前に物理的制約であり,市場獲得の成否とは無関係に排出は減らさねばならない。

11.副首都政策を「法案成立を前提」に予算政策へ組み込んでいる

法案は国会審議で修正も否決もされ得る。それを閣議決定文が「成立することを前提」として扱い,予算準備を進めるのは,政治的には審議の既定路線化である。
しかも首都中枢機能の代替,多極分散型経済圏,副首都,規制改革,成長施策が一段落で接続されている。災害時の代替拠点整備と特定地域の経済優遇は別の政策だ。「国家機能継続」の名で束ねるのは,安全保障上の必要性を利用して地域開発を通すトロイの木馬になり得る。

12.最大の欠落は「誰が得て,誰が負担するか」である

最初に利益を得るのは,補助対象企業,株主,建設・設備事業者,土地所有者,政府調達を受注できる大企業である。負担が回るのは,将来の納税者,インフレに弱い年金生活者,給付を削られる層,再編対象地域,省人化で条件が悪化する労働者だ。
文書は「投資→生産性→賃金→消費→税収」という好循環を描くが,現実には,投資増加 ⇏ 賃金増加 である。利益が内部留保,配当,自社株買い,海外投資へ回れば家計には届かない。最低賃金,労働分配率,下請取引,法人課税まで設計して初めて「分配」は成立する。それを欠けば,国民への投資ではなく企業部門への公的リスク移転である。

総合評価
一文で言えば——国家が投資リスクを引き受け,成功すれば成長,失敗すれば将来負担となる仕組みを,「責任ある積極財政」の名で制度化しようとしている。
評価できる点はある。総額を膨張させながら基盤的経費だけを削り続けた配分を見直し,物価上昇を公定価格に反映するとし,科研費・運営費交付金の拡充を明記した。だが,それを上回る欠陥がある。成長率の想定が自己循環的であり,「成長投資」の範囲が広すぎ,別枠・基金化が国会統制を弱め,社会保障の算術が成立せず,大学を短期的産業需要へ従属させ,人口・気候・分配という根本制約が後景に退き,失敗時の撤退基準と責任主体が存在しない。
つまりこれは「骨太」というより,骨格だけ巨大で,関節と神経と痛覚がない計画である。支出することは決めている。成功した場合の物語もある。しかし,失敗をどう感知し,誰が止め,誰が責任を負うのかが書かれていない。国家計画に必要なのは勇ましい意志ではなく,誤りを検出して自らを修正する制度である。

2026年9月13日日曜日

ポストリベラリズム


図:光と闇の双翼女神(ChatGPTによる)


政治の座標軸としてリベラルという言葉を使うようになったのはいつからだろう。自分が物心ついて大人の新聞を読むようになってから,それは保守と革新であり右と左であった。日本社会党(1945-1996)が消滅し民主党(1998-2016)が登場した頃からか,あるいは新自由主義が台頭した頃からか,いつのまにか自民党とその補完勢力に対抗するものがリベラル勢力になってしまった。自由民主党(1955-)の看板が Liberal Democratic Party of JAPAN であるにもかかわらず。

そして,そのリベラルという旗の棄損が始まっている。損壊罪で裁かれるのは誰だろう。ChatGPTとClaudeに尋ねてみたところ,ある仮説を提供してくれた。半分もっともらしいけれど,ちょっと違うようにも思う。夢と現のエンタングル状態なのか。はたしてこれが現在進行形の崩壊現象を説明して対抗するためのヒントになるのだろうか?


A(ChatGPT + Claude):

申請書のいらない政治
トランプ現象と高市現象——「制裁による再分配」という仮説
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序.この論考が答えようとする問い
2026年7月,アメリカと日本で同じことが起きた。トランプ大統領の支持率は各種調査で30%台に沈み,高市早苗内閣の支持率は一か月で10ポイント前後を失って発足以来最低を記録した。どちらの政権も,2年前と半年前には,若い世代から異例の支持を集めていた政権である。
この二つの現象は,しばしば「リベラリズムの終焉」や「ポストリベラリズムの台頭」という言葉で語られる。だがその語り方には二つの難点がある。第一に,「リベラリズム」も「ポストリベラリズム」も複数の別物を指しており,どれを指しているのかが判然としないまま議論が進む。第二に,思想の名前を貼るだけでは,高市現象とは具体的に何なのか,そしてそれに対抗する糸口はどこにあるのかが出てこない。
本稿はこの二つに答えることを目的とする。答えの骨格を先に置く。
高市現象の本質は「申請書のいらない政治」への需要である。

リベラリズムは,人を助けるときに必ず「あなたは助けを受ける資格のあるカテゴリーに属するか」を審査する。この審査から漏れる層——伊藤昌亮のいう「曖昧な弱者」——にとって,リベラリズムは中立な制度ではなく,自分を落とした審査機関に見える。

この層に政治が提供できる財は,構造上,二種類しかない。(A)審査を要しない給付と,(B)自分より上位にいる者への制裁である。(A)は財政コストが高く,(B)は財政コストがほぼゼロである。したがって政治の商品構成は,必然的に(B)へ傾く。

議員定数削減,国旗損壊罪,外国人政策の厳格化,財務省解体,対中強硬,そしてトランプの関税は,すべて(B)である。(B)は誰の所得も一円も増やさない。 ゆえに支持は初期に高く,減価が速い。2026年7月に日米で同時に観測された支持率の崩落は,この減価速度の実測値である。(注:食料品消費税は(A)ですけど・・・)
以下,用語を確定し,事実を確認し,この仮説を組み立て,最後に対抗の糸口を五つ挙げる。

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第I部 語を確定する

1.「リベラリズム」は四つの別物である

日本語の議論が空回りする最大の理由は,「リベラリズム」という一語が四つの独立した中身を指していることだ。ここを分けないと,誰が何を批判しているのかがわからなくなる。

(L1) 哲学的リベラリズム——「国家は,何がよい人生かを決めない」 価値の源泉を個人に置き,国家は「よい生き方」の内容について中立であるべきだとする立場。ロック,カント,J・S・ミルを経てジョン・ロールズに至る。核心は「反完全主義」——国家は市民に特定の善(信仰,家族の形,性道徳)を押しつけない,という自己抑制である。何が正しい生き方かを国家が決めないかわりに,「決め方のルール」だけを決める。

(L2) 制度的リベラリズム——「権力を機械で縛る」 立憲主義,三権分立,法の支配,代表制議会,独立行政機関,司法による違憲審査。思想ではなく装置であり,誰が権力を握っても同じように作動することを目的として設計されている。

(L3) 経済的リベラリズム——「市場に任せる」 市場,契約,自由貿易,比較優位。19世紀にL1から分岐し,20世紀後半には別の生き物になった。

(L4) 通俗的リベラリズム——「いわゆるリベラル」 各国の政治語彙のなかで「リベラル」と呼ばれている党派的位置。アメリカでは民主党寄りの文化的進歩主義,日本では現行憲法の擁護,人権,反軍事,法治主義の強調をおおむね指す。(注:これが記事冒頭のリベラルだ)

この四つは論理的に独立している。L2を熱心に守る人がL3に反対することは何ら矛盾ではないし,L3を信奉しながらL2(特に司法審査)を憎むこともできる。ポストリベラリズム論争がすれ違うのは,批判者と擁護者が別の層について語っているからである。

2.「ポストリベラリズム」を三つに番号づける

ポストリベラリズムの最小定義は,二段構えの主張である。
• 診断:リベラリズムは外部の敵に倒されたのではない。自らの前提が働ききったことによって自壊した。
• 処方:ゆえに国家は中立性(L1)を放棄し,実質的な善の実現に権力を用いるべきである。
重要なのは,この二つは論理的に独立していることだ。診断に同意して処方を拒否する立場は完全に成立する。以後,混乱を避けるために番号で呼ぶ。

PL-1 共通善型(カトリック系)。 パトリック・デニーン(ノートルダム大学,『Why Liberalism Failed』2018,『Regime Change』2023),エイドリアン・ヴァミュール(ハーバード・ロースクール),グラッデン・パピン,ソーラブ・アフマリ。 診断の核は人間学にある。リベラリズムは人間を「意志によって自分を選ぶ主体」と定義した。その定義は,家族・地域・慣習・宗教という選んだのではなく生まれ落ちた帰属を,時代遅れの束縛として侵食した。結果として残ったのは自由な個人ではなく,保護膜を失って市場と国家の前に裸で立つ個人だった。 処方は,デニーンのいう「アリストポピュリズム」——民衆の圧力によってエリートを共通善に奉仕する真の貴族へ改造する構想——であり,教育改革,経済的保護主義,企業への対抗力としての国家,美と規範の復権を含む。ヴァミュールは憲法解釈のレベルで「共通善立憲主義(common good constitutionalism)」を提案する。J・D・ヴァンス副大統領は自らをこの意味で「ポストリベラル」と称し,デニーンとパピンからの思想的影響を公言している。

PL-2 統治能力型(新反動系)。 カーティス・ヤーヴィン,タッカー・カールソン,オーロン・マッキンタイア。 関心は善ではなく統治能力にある。民主的手続きは決定を遅くし責任を拡散させるから,主権を一元化すべきだという主張で,共同体の道徳的再建にはほとんど興味がない。ヤーヴィンが君主制や企業経営者型統治を語るのは,道徳の問題ではなく効率の問題として語っている。

PL-3 経済主権型。 関税,産業政策,移民制限,供給網の国内回帰。理論的にはフリードリヒ・リスト以来の経済ナショナリズムであり,PL-1のカトリック共通善論とは独立に成立する。

この三つは目的において整合しない。PL-1は地域共同体と家族の再建を求め,PL-2は権力の一元化を求め,PL-3は国家資本の強化を求める。共有されているのは目的ではなく敵だけである。 ヴァンス副大統領がPL-1を自称しつつPL-2の人々とも接続しているという事実が,この連合の性格をよく表している。
なお,ポストリベラリズムはポピュリズムと同じではない。カス・ミュデの標準的定義に従えば,ポピュリズムは「純粋な人民」対「腐敗したエリート」という対立軸を核とする薄いイデオロギーで,濃いイデオロギーに寄生して初めて中身を持つ。ポストリベラリズムは濃い側にある。両者は結合しやすいが,同一視すると「反エリート的な言葉を使う政治家はみなポストリベラルだ」という無内容な命題に行き着く。

3.日本にPL-1もPL-2も輸入されていない

日米を同じ語で語るときに最も見落とされやすいのがこの点である。結論を先に書く。
日本の高市政権に対応するのは,PL-3の断片と象徴政策だけである。PL-1(共通善の哲学)はほぼ存在せず,PL-2(主権一元化の理論)も存在しない。
日本には,デニーンに対応する体系的な政治哲学者も,ヴァミュールに対応する憲法理論も,ヤーヴィンに対応する反民主主義理論も,政権の周辺に存在しない。高市政権の思想的系譜は,安倍晋三以来の戦後体制批判,経済安全保障,デフレ脱却であって,カトリック共通善論でも新反動主義でもない。「高市=日本のトランプ」は分析ではなく比喩である。
したがって日本で観測されているのは思想ではなく帰結だ。本稿ではこれを次のように呼ぶ。
ポストリベラルな帰結(PL-Ø)——リベラリズムの機能不全と,象徴政治への商品構成の移行だけが,思想を経由せずに発生している状態。
以後,終盤で「ポストリベラリズム」と書くときは,アメリカについてはPL-1+PL-2+PL-3の連合を指し,日本についてはPL-3とPL-Øを指す。両者を同じ語で呼ぶことは,本稿ではしない。

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第II部 事実を並べる

4.アメリカ——2026年7月時点

支持率。 7月の各調査でトランプ支持率は32〜40%に分布する。CNN 34%,クイニピアック 32%,ピュー・リサーチ 34%,ワシントン・ポスト/イプソス 37%,エマーソン 39%,CNBC 40%。純支持率(支持−不支持)はマイナス19〜28。無党派層の支持は34%で,民主党が41議席を得た2018年中間選挙の前(36%)を下回る。一般投票(generic ballot=どの党の候補に投票するかを政党名だけで問う設問)では民主党が6〜11ポイント先行。中間選挙は11月3日である。
経済評価。 CNBC調査でトランプの経済運営評価は38対60,政治経歴を通じて最悪。61%が経済の現状と先行きを悲観(2023年12月以来最高)。CNN調査では65%が「政策は経済を悪化させた」と答えた。
関税の帰着。 ここは丁寧に書く。米国の実効関税率(実際に徴収された関税額÷輸入額)は17%近くまで上昇し,1930年代初頭以来の水準に達した。ニューヨーク連邦準備銀行の研究では,そのコストの約9割は米国企業と米国消費者が負担している。タックス・ファウンデーションの推計では世帯当たり負担増は2025年に約1000ドル,2026年に最大1300ドル。 つまり関税は「外国への制裁」として設計され,「国内への逆進的課税」として着地した。これは本稿の中心仮説にとって決定的な実測値である(第8節・第9節)。
司法との衝突。 2026年2月20日,連邦最高裁は Learning Resources 事件で,国際緊急経済権限法(IEEPA。大統領が国家非常事態を宣言して経済措置をとれる1977年制定の法律)は大統領に関税賦課権を与えていないと判断した。法廷意見はロバーツ長官執筆,ソトマイヨール・ケイガン・ゴーサッチ・バレット・ジャクソンが加わった保守リベラル混成の多数である。同じ会期に最高裁は,出生地主義市民権(米国内で生まれれば国籍を得るという憲法修正14条の原則)の廃止を退け,シカゴへの州兵派遣を6対3で阻止した。他方で同じ最高裁は,議会が独立性を与えた機関(連邦取引委員会など)の長を大統領が自由に罷免することを認め,庇護申請者の国境での門前払いを許容した。 整理すると,最高裁は執行権の一元化を認め,課税権・軍の国内動員・国籍の再定義を止めた。L2は完全には機能せず,完全には失敗もしていない。
外的衝撃。 2026年2月28日の米・イスラエルによるイラン攻撃以後,ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態に入り,原油は攻撃前の64ドル前後から90ドル超へ跳ねた。7月のCNN調査で67%が「イラン戦争は米国を害した」と答えている。
若年層の逆流。 2024年,トランプは30歳未満の42%を得た。2026年のイェール・ユース・ポルでは18〜22歳の34%,23〜29歳の32%しか支持していない。2025年11月のニューヨーク市長選では,ゾーラン・マムダニが18〜29歳男性の68%を得た(対立候補クオモは26%)。マムダニ,スパンバーガー(ヴァージニア州知事選),シェリル(ニュージャージー州知事選)はいずれも住宅・生活費(affordability)を前面に置いて,2024年にトランプへ流れた若年男性を取り戻している。タフツ大CIRCLEの2026年初調査でも,Z世代の政治的立場が一方向に振れている証拠は出ていない。

5.日本——2026年7月時点

政権と議席。 2025年10月,高市早苗が第104代首相に就任(憲政史上初の女性首相)。自民・維新の連立。2026年2月8日の第51回衆議院総選挙で自民党は単独316議席(前回比+118)を獲得し,定数465の3分の2(310)を超えた。維新36を加えた与党は352議席。立憲民主と公明が急造した「中道改革連合」は167議席から49議席へ壊滅。参政党とチームみらいは議席を伸ばした。参議院では与党は過半数を持たないが,衆議院での再可決が可能になり,衆議院側は憲法改正の発議に必要な議席水準に達した。
支持率の崩落。 2025年12月に76%前後だった内閣支持率は,日経・テレビ東京調査で6月68%→7月58%と10ポイント下落。読売は12ポイント下げて57%,共同通信53.7%,時事通信49.0%,ANNは10.9ポイント下げて49.2%,JX通信社/選挙ドットコム50.4%。いずれも発足以来最低である。
内実の変化がより重要だ。「強く支持する」層は発足直後の約40%から23%へ縮小した。支持理由の第一位は「政策に期待がもてる」から「他の内閣より良さそう」へ移った。無党派層の支持は63%(2025年10月)→54%(6月)→41%(7月)と落ち,不支持47%に逆転された。
下落の原因として報じられているもの。 物価高対策への評価,終盤国会の運営(副首都創設法案の審議強行),そして「皇室典範や国旗損壊罪など国民生活に直結しない政策を優先している」という受け取り方。この分析を漏らしているのが政権幹部自身であるという点が重要だ。
年代差。 日経調査では29歳以下の支持率が7割台,70歳以上が4割台で,最大30ポイントの開きがある。歴代政権と比べても異例の幅で,主な政治情報源がSNSかテレビかという差が一因とされる。
マクロ経済(丁寧に)。 円は7月に1ドル160〜162円台。日経平均は6万8000〜6万9000円台の史上最高値圏(AI・半導体主導)。10年国債利回りは2.7%で29年1か月ぶりの高水準。日銀の政策金利は2025年12月の追加引き上げで0.75%。5月の実質賃金(名目賃金から物価上昇分を差し引いた指標)は前年比+1.4%でプラス圏。大企業の夏季賞与は初めて100万円台。個人株主は過去最多。2026年度当初予算は122兆3092億円で2年連続過去最大。 つまり,資産価格と名目賃金は上がり,実質賃金もかすかにプラスに転じたが,政権を殺しているのは物価である。 これは「体感と統計の乖離」ではない。物価は毎日観測される変数で,実質賃金は数か月遅れて発表される変数だ,という単純な非対称性である。
外的環境。 2月末以降の中東情勢は,エネルギーの9割超を中東に依存する日本に直接効いた。日銀の7月支店長会議報告では,物流停滞と原材料不足の下押しが確認されている。加えて2025年11月の「台湾有事は存立危機事態になり得る」との国会答弁をめぐり日中関係が悪化し,中国は自国民に日本への渡航・留学を控えるよう促し,国連安保理でも撤回を要求した。ただし毎日新聞の2025年12月調査では,答弁を「撤回する必要はない」67%,「撤回すべきだ」11%だった。
政策の内容。 「責任ある積極財政」,食料品消費税の引き下げ,ガソリン・軽油の旧暫定税率廃止,安全保障関連3文書の改定,国家情報局の創設,スパイ防止法の検討,国旗損壊罪の制定,男系男子継承を優先する皇室典範改正の論議,外国人政策の厳格化,旧姓の通称使用の法制化,9条と緊急事態条項の改憲議論。

6.「若者の右傾化」は起きていない

日本で最も広く流通し,最も実証に弱い命題がこれである。
遠藤晶久・ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治——世代で異なる「保守」と「革新」』(新泉社,2019)は,日本の若年層にとって日本維新の会が「革新」,日本共産党が「保守」に位置づけられることを示した。彼らにとって「革新」は左を意味せず,改革を意味する。世界価値観調査では,1990年代以降,日本の30代以下で自らを右派と位置づける割合は10%程度にとどまり,国際比較でむしろ低い。同書が立てた問いは「若者はなぜ保守化したか」ではなく,「自民党はなぜ左派からも支持を得られるのか」であった。

2026年衆院選後の検証もこれを裏づける。社会調査支援機構チキラボの分析では,(i)若年層が自分を右寄りに位置づける明確な傾向は確認できない,(ii)政策態度は従来のリベラル層とおおむね同様,(iii)ただし「左寄り」自認層の内部では,若年ほど中間〜保守系と評価される政党へ投票する傾向がみられた(回答数が少なく探索的結果と留保されている)。朝日新聞と大阪大学・三浦麻子による調査でも,リベラル自認の10〜30代の投票先第一位は自民党(約3割)。同性婚支持率は全体平均6〜7割に対し若年層で8割超という値が並存する。
日本で起きているのは価値の右傾化ではなく,ラベルの意味変容と,現状打破志向の受け皿の移動である。 アメリカも構造は同じで,2024年の若年男性シフトは思想転向ではなく現職への処罰であり,2026年には逆流した。
ここまでが観測である。以下が本論となる。

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第III部 本論——「認定を要しない政治」という仮説

7.伊藤昌亮の「曖昧な弱者」——リベラリズムは中立ではなく審査機関である

この現象を,イデオロギーではなく社会構造から説明した最も直接的な仕事が,伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』(岩波新書,2026年5月)である。同書は「はじめに」で「高市現象」以後の社会を見守るという課題を明示し,第7章で高市現象そのものを扱っている。日本語圏でこのテーマを正面から論じた,現時点で最も重要な文献だ。
伊藤の論の骨格は,2024年の講演記録と同書の構成から,次のように整理できる。
リベラリズムは歴史的に,二つの回路で「社会的弱者」を定義してきた。
• 福祉国家の回路——高齢者,障がい者,失業者,生活保護受給者。
• アイデンティティ政治の回路——女性,性的少数者,在日外国人など,ジェンダーとエスニシティに関わる少数者。
この二つの枠のどちらにも収まらないが,実際に生活が苦しい層が生じる。伊藤の言う「曖昧な弱者」である。彼らは「明白な弱者」と,それに連帯するリベラル派の双方に敵意を抱く。自分たちだって大変なのに庇護されていない,という不満から,「弱者争い」(誰が本当の弱者かをめぐる争い)と「弱者叩き」(生活保護受給者,貧困層,母子家庭,若年女性支援団体への攻撃)が発生する。結果としてマジョリティ側と結託し,2000年代以降の右傾化を押し上げた。

その構造的原因として伊藤が挙げるのは,日本型福祉社会と日本型差別構造の歪み,そして場当たり的なネオリベラル化である。既存の企業・労働者・旧来型の受益者を大切にしたままネオリベ化を進めたため,情報化への転換が遅れ,脱工業化から抜け出せなかった。本来は希望のある情報産業の従事者が「IT土方」として非正規・下請け・フリーランスに就かされる。
同書の章構成は,この層の政治的レパートリーの目録になっている。ひろゆき(「ダメな人」のための「優しいネオリベ」),山上徹也,石丸現象とTikTok(「ネオリベラリズムの内面化とリベラリズムの額面化」),「オールドなもの」への敵意(左右対立から新旧対立へ/「オールド連合」対「ニューなわれわれ」),財務省解体デモ(「もらえるお金を増やす」のか「取られるお金を減らす」のか),参政党(福祉排外主義と投資排外主義/左から入って右に行く),そして曖昧な弱者とその敵意(高市氏は冷たいのか優しいのか)。

ここから先は,伊藤の枠組みを本稿の目的に接続するための,筆者(注:AI)自身の敷衍である。
伊藤の「はじめに」に置かれた一句が最も鋭い。「誰が誰を守るのかを誰が決めるのか」。
これはデニーン(PL-1)の中心的な問い——「共通善は誰が定義するのか」——と,構造が同じである。しかも一段深い。なぜなら,リベラリズムは「よい生き方の内容は決めない」(L1の反完全主義)と宣言しながら,「誰が助けを受ける資格を持つか」という高度に実質的な判断を,中立性の看板の下で日々おこなっているからだ。
福祉制度は申請と認定によって動く。所得要件,世帯要件,障害の程度,就労状況。アイデンティティ政治もまた認定によって動く。属性の証明,被害の可視化,代表性の承認。どちらも,カテゴリーに当てはまることを証明した者にだけ,物質的な給付と道徳的な立場を配る仕組みである。

つまりリベラリズムは中立な審判ではなく,認定機関である。そして認定機関は,構造上,必ず「落ちた人」を生む。
これがポストリベラリズムの言説的な威力の源泉だ。PL-1がリベラルに向ける最も効く一撃は「お前たちも共通善を決めているのに,決めていないふりをしている」であり,日本の曖昧な弱者がリベラル派に向ける実感は「お前たちは誰を守るかを決める側にいて,俺を選ばなかった」である。両者は同じ命題の,抽象度の違う言い方にすぎない。
伊藤が「ネオリベラリズムの内面化とリベラリズムの額面化」と呼ぶ事態も,ここから読める。自己責任と競争は生活の実感として内面化されており,一方で人権や多様性は「額面」——表向き掲げるべき正しさ——としてしか受け取られていない。額面とは,流通しているが誰も価値を信じていない通貨のことだ。

8.中心仮説——曖昧な弱者に売れる財は二種類しかない

ここから本稿の核心に入る。
曖昧な弱者は,定義上,認定を持たない。したがって彼らに政治が提供できる財は,構造上二種類に限られる。
(A) 認定を要しない給付——申請書も証明も要らずに,全員に届くもの。
(B) 上位者への制裁——自分より上にいると見える者から,何かを取り上げるもの。
(A)は財政コストが高い。全員に配るのだから当然である。(B)は財政コストがほぼゼロである。誰かを罰するだけなら,予算はほとんど要らない。
この非対称性が,2020年代の政治の商品構成を決定している。 現在の主要な争点を,この分類で並べてみる。
|政策———————————|種別|認定|財政コスト|所得への効果|
|議員定数削減(維新/自民)|(B)|不要|ほぼゼロ|ゼロ|
|国旗損壊罪        |(B)|不要|ほぼゼロ|ゼロ|
|外国人政策の厳格化    |(B)|不要|低|ほぼゼロ|
|財務省解体(デモ)    |(B)|不要|ゼロ|ゼロ|
|対中強硬(台湾有事答弁) |(B)|不要|ゼロ(短期)|マイナス(観光・輸出)|
|皇室典範(男系男子優先) |(B)|不要|ほぼゼロ|ゼロ|
|トランプ関税       |(B)として設計|不要|マイナス(実質増税)|マイナス|
|ICE・強制送還の拡大    |(B)|不要|高|不明|
|ガソリン旧暫定税率廃止  |(A)|不要|高|プラス(車保有者)|
|食料品消費税ゼロ     |(A)|不要|極めて高|プラス(逆進性緩和)|
|生活保護・各種手当    |—|必要|中|プラス(認定者のみ)|
|護憲・立憲主義の擁護   |—|不要|ゼロ|ゼロ|

この表から三つのことが読める。
第一に,(B)が圧倒的に多い。 そして(B)は,曖昧な弱者にとって唯一アクセス可能な「再分配」の形式である。彼らは給付の認定を得られないが,制裁の受益者になるためには認定を要しない。制裁は,誰でも観客になれるからだ。本稿ではこれを「制裁による再分配」と呼ぶ。

第二に,(B)は所得を一円も増やさない。 議員が45人減っても,国旗が守られても,中国に強く出ても,家計の可処分所得は変化しない。制裁による再分配は,比喩としての再分配であって,実体としての再分配ではない。

第三に,最も精密な反例がトランプ関税である。 関税は「外国に対する制裁」として設計され,「国内消費者に対する逆進的課税」として着地した。ニューヨーク連銀の推計する「コストの9割が国内負担」という数字は,(B)を(A)と偽って売った場合の帰着を,きわめて正確に記録している。関税は(B)のふりをした逆(A)——認定不要の増税だったのである。

そして最後の行に注目してほしい。「護憲」「立憲主義の擁護」もまた,認定不要かつ所得効果ゼロの財である。 つまり通俗的リベラリズム(L4)は,象徴財の市場で戦っている。しかも彼らが売っている象徴は「いま続いているものを続ける」という現状維持の記号であり,曖昧な弱者にとっては,自分をここに縛りつけている側の記号にしか見えない。中道改革連合が167議席から49議席へ落ちた理由の相当部分は,イデオロギーではなく商品構成の問題である。

9.なぜ(B)へ傾くのか——財政の算術

(B)への傾斜は,指導者の思想ではなく財政の算術によって強制されている。ここは丁寧に説明する。
日本の潜在成長率(設備・労働・技術をフル稼働させたときに実現できる成長率)は,内閣府・日銀の推計でおおむね年+0.5〜0.7%。2000年代平均と変わらない。歴代政権はいずれも成長戦略を掲げ,いずれもこれを引き上げられなかった。
高市政権の「責任ある積極財政」は,成長率の範囲内で債務の伸びを抑えることで,債務残高対GDP比を下げるという設計である。大和総研の神田慶司の指摘が核心を突いている。近年,基礎的財政収支が赤字でも純債務残高対GDP比が下がったのは,高インフレによって「名目金利−名目成長率」がマイナスになった(ドーマー条件——成長率が金利を上回れば債務比率は自然に下がるという条件——が成立した)ためである。だが1981年度以降44年間で成立したのは12年間,全期間の27%にすぎず,物価上昇率が落ち金融正常化が進めば成立しなくなる。神田の試算では,今後10年で純債務残高対GDP比は20〜50%ポイント上昇しうる。
そして市場は既に価格をつけている。円162円,10年債2.7%(29年ぶり高水準)。積極財政は円安を通じて輸入物価を押し上げるから,物価高対策の財源を確保するために物価を上げるという循環に入りやすい。
つまり(A)——認定不要の給付——の余地は,財政的にごく狭い。食料品消費税ゼロは年5兆円規模の減収で,社会保障支出を圧迫する。ガソリン税廃止も同様である。
財政空間が縮小するほど,政府の商品構成は(B)へ傾く。これは思想ではなく制約である。
だからこそ重要な予測が立つ。(B)の通貨単位は,国家が独占的に発行できるものでなければならない。 国旗,皇統,国境,国籍,対外強硬——これらは国家しか発行できず,しかも印刷コストがゼロである。ナショナリズムが前面に出るのは,指導者がまず思想的にナショナリストだからではない。財政コストゼロで発行できる承認財が,ナショナリズムしかないからである。
高市政権が,物価高対策を最優先と掲げながら国旗損壊罪と皇室典範に国会日程を費やした,という7月の批判は,思想的な逸脱ではない。制約下での最適化の結果である。

10.なぜ持たないのか——制裁財の減価速度

(B)には決定的な弱点がある。減価が速い。
(A)の効果は蓄積する。実質賃金が上がれば,翌月も上がった状態が続く。しかし(B)の効果は蓄積しない。議員定数を削減しても,翌月にはもう削減済みであって,追加の満足は生じない。制裁は一度きりの快であり,ストックにならない。
したがって(B)を主商品とする政権は,制裁を継続的に更新しなければならない。新しい敵,新しい削減,新しい罰則を,供給し続けなければならない。そしてこの更新の頻度が上がると,有権者からは「生活に直結しない政策ばかりやっている」と見える。まさに7月に政権幹部が漏らした言葉のとおりである。

日米で2026年7月に同時に観測されたのは,この減価の実測値だと読める。
• 日本:岩盤支持40%→23%。支持理由が「政策に期待」→「他よりまし」。台湾有事答弁から8か月後に発足以来最低の支持率。
• アメリカ:イラン攻撃から5か月後に67%が「この戦争は米国を害した」。関税から2年後に経済評価がキャリア最悪。2024年に獲得した若年層が生活費争点で離反。
敵意は動員できる。しかし敵意は購買力を生まない。 これが両国で同時に確認されたことである。

11.炎上——認定を持たない者の擬似的な司法権

伊藤の炎上研究をこの枠組みに接続すると,炎上の政治的機能が見えてくる。
「炎上」とは,認定を持たない者が,一時的に判定する側に立つ現象である。ふだん審査される側の人間が,短時間だけ審査する側に回る。誰が悪いかを決め,制裁を執行する。費用はゼロで,認定も不要で,効果は即時に可視化される。 制裁による再分配の,最も純粋で最も安価な形式である。

だから「炎上」はノイズではない。認定を持たない者にとって唯一利用可能な政治参加の形式であり,選挙における反現職投票と同じ源から供給されている。「弱者叩き」が起きるのも同じ理屈だ。上位者への制裁が最も達成しやすいのは,実は上位者ではなく,認定を持っている隣人である。生活保護受給者や若年女性支援団体への攻撃が繰り返されるのは,そこが最も費用の安い制裁対象だからだ。
このことは対抗策に直接効く。炎上を「無知」や「悪意」として処理する応答は,制裁財の需要を一切減らさない。 減らすのは(A)の供給だけである。

12.全会一致の罠——斉藤元彦現象が示したもの

2024年11月の兵庫県知事選は,この構造の最も明快な実験になった。
斉藤元彦知事は,内部告発文書問題をめぐり県議会の全会派一致による不信任決議を受けて失職し,出直し選挙で再選された。刑事面では,2025年11月に神戸地検が公選法違反(買収)などの容疑を嫌疑不十分で不起訴とし,2026年6月には神戸第1検察審査会が「不起訴相当」と議決している(一方で地方公務員法違反容疑での告発は別に受理されている)。
ここで注目すべきは,法的な当否ではなく,メカニズムである。

制度の側は「全会一致の不信任」「主要メディアの一斉批判」という形で,最大限に強い信号を送った。ところが認定を持たない有権者にとって,エリートの全会一致は,正しさの証拠ではなく共謀の証拠として読まれる。 全員が同じことを言っているという事実そのものが,「上の連中は結託している」という仮説を強化する。

これは制度的リベラリズム(L2)にとって深刻なジレンマである。L2は本来,異論を制度化する機械だ。しかしその機械が全会一致を出力すると,機械の正統性そのものが疑われる。
同じメカニズムは高市政権の台湾有事答弁でも観測できる。中国政府,国連での抗議,主要メディアの批判が一斉に並んだ結果,毎日新聞の調査では「撤回する必要はない」が67%,「撤回すべきだ」が11%となった。外部からの一斉批判は,国内の支持を減らすのではなく増やした。
そして裏返しに,7月の支持率崩落を起こしたのは批判運動ではなく,物価である。この対比が,対抗策の設計を決める。

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第IV部 日本固有の回路——維新という先行形態
(この節は本論の骨格ではなく,日本回路の位置づけである。深追いはしない。)

13.「身を切る改革」の16年

日本維新の会は,本稿の枠組みでいえば,制裁による再分配を最も早く,最も制度的に商品化した政党である。
「身を切る改革」——議員定数削減,議員報酬カット,公務員改革——は,(B)の教科書的な形式だ。有権者に一円も配らない。だが有権者より明白に上位にいる者から取り上げる。そして受益するには何の申請も要らない。大阪で2010年代から一貫して支持を集め続けた核心はここにある。イデオロギーではなく,商品設計である。

遠藤・ジョウの調査で若年層が維新を「革新」と認識していたことは,この文脈で読み直せる。彼らにとって革新とは価値の左右ではなく,上位者に対する制裁の実行力である。
14.連立の寿命は大阪の住民投票日程に規定されている
2025年10月20日の自民・維新連立合意には,維新側の対価が明記された。副首都構想の法案を2026年通常国会で成立させること,衆院議員定数を1割目標で削減すること,社会保険料引き下げを含む社会保障改革,食料品消費税2年ゼロの検討,企業・団体献金は2027年9月までに結論。

そして吉村洋文代表は,2027年春の統一地方選と同時に,大阪都構想(大阪市を廃止して特別区に再編する構想)の住民投票を実施することを目指している。過去2回は大阪市民を対象に実施され,いずれも否決された。今回は投票を府全域に広げれば維新支持層の賛成票を積み増せるという計算があり,高市首相はこの「府全域」条項の削除を求めた(6月22日の会談)。

ここから,今後の力学が読める。
• 副首都法案と定数削減は,維新の看板であると同時に,7月の支持率下落の直接的な引き金になった。連立の対価が政権の支持を削っている。
• 自民党内には副首都構想への反対論があり,法案は難航した。維新は会期延長を求める姿勢を見せた。維新は7月時点で2027年春をにらんで副首都優先へシフトし,チームみらいとの協力も探っている。
• したがって高市=維新連立の寿命は,大阪の住民投票の日程によって規定されている。 2027年春までに副首都法案が成立し住民投票が実施できるかどうかが,吉村代表の求心力を決め,それが連立の継続条件になる。

この構図は,本稿の仮説と整合する。制裁財を主商品とする政党は,制裁を更新し続けなければ求心力を失う。 副首都と定数削減は,維新にとって次の更新分である。そして更新のコストは,いま連立相手の支持率が払っている。
なお,斉藤元彦現象(兵庫),石丸現象(2024年東京都知事選),財務省解体デモ(2025年),参政党の伸長は,いずれも同じ需要——認定を要しない政治への需要——に対する別々の供給である。伊藤の章構成がそれらを一冊に束ねているのは,偶然ではない。

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第V部 対抗の糸口(設計上の指示)

14.具体的な五つの糸口

糸口1.認定を廃止した給付を設計する
これが本命である。曖昧な弱者の敵意の源泉は「認定から落ちた」ことにあるのだから,認定を要しない(A)を供給する以外に,需要を減らす方法はない。
具体的には,給付付き税額控除(refundable tax credit)である。所得情報に基づいて自動的に給付され,所得税額を超える分は現金で還付される。申請書も窓口も要らない。減税は認定不要だが非課税層に届かない。給付は非課税層に届くが認定を要する。給付付き税額控除は,「認定不要」と「非課税層に届く」を同時に満たす唯一の設計である。
同型の設計として,家賃補助の自動化(所得情報連動),教育費・通学費の一律無償化,医療費自己負担の上限の自動適用がある。共通する条件は「自分が弱者であることを証明しなくてよい」という一点だ。
これは財政的に重い。しかし本稿の仮説が正しければ,これは選択の問題ではなく,(B)へ傾かないための唯一の代価である。

糸口2.カテゴリーを「属性」から「状態」へ移す
アイデンティティ政治の回路が敵意を集めるのは,カテゴリーが属性(性別,国籍,出身)で書かれているからだ。属性は変えられないので,「自分は該当しない」ことが確定してしまう。
代わりに,カテゴリーを状態で書く。家賃負担率が所得の何割を超えているか,可処分所得,単身か,就労が不安定か,通勤時間。状態は誰にでも起こりうるので,「自分は該当しないと確定した」という感覚を生まない。
これは属性に基づく差別の是正を諦めることではない。同じ資源配分を,属性ではなく状態を単位にして書き直すということである。属性に基づく是正は,差別の禁止という法的手段で行い,資源配分は状態で行う。二つの回路を分離する。

糸口3.象徴の土俵で戦わない
国旗損壊罪や皇室典範に正面から反対する運動は,構造上,逆効果になりやすい。象徴財の価値は「争われていること」自体によって上がるからだ。反対が強いほど,その象徴は守るに値するものとして立ち上がる。
7月の支持率下落を起こしたのは反対運動ではなく物価だった,という事実がここでの証拠である。象徴政策を無効化する最も効率的な方法は,論争ではなく,物質的な争点を前面に出して象徴政策の議事日程上の順位を下げることである。

これは象徴的な問題が重要でないという意味ではない。皇位継承の資格を男系男子に限る制度設計は,憲政史上初の女性首相のもとで進んでいるという事実だけでも,独立に論ずべき論点である。だがそれを主戦場に選ぶかどうかは戦術判断であり,選び方が結果を変える。

糸口4.全会一致を避ける
斉藤元彦現象が示したのは,エリートの全会一致が共謀の証拠として読まれるという反転である。したがって批判は,上からの一斉射撃ではなく,同じ社会的位置からの横からの声として供給されなければならない。
具体的には,(i)批判の担い手を専門家・メディア・全政党の一致から,当事者性のある個別の声へ分散させる,(ii)相手方の主張のうち妥当な部分を明示的に認める,(iii)「愚民論」を完全に断つ。「若い人にバカの割合が高い」型の反応は,制裁財の需要を確実に増やす。これは道徳的な要請ではなく,需要曲線の話である。

糸口5.「新旧軸」を奪い返す
伊藤が指摘するように,対立軸は左右から新旧へ移動している。「オールド連合」対「ニューなわれわれ」。この軸において,通俗的リベラリズム(L4)は現在ほぼ全面的に「オールド」の側に配置されている。護憲,既存の制度,既存の労働組合,既存のメディア。
この配置を変えないかぎり,どれほど政策的に正しくても届かない。そして配置を変える方法は,理念の刷新ではなく,現に自分たちが守っているものの棚卸しである。既存の受益構造のうち,世代間で著しく不公平なものを自ら手放せるかどうか。伊藤の指摘する「既存の企業・労働者・旧来型の受益者を大切にしたままネオリベ化を進めた」という日本型の歪みは,まさにL4の側の負債でもある。
新旧軸で「ニュー」を名乗る資格は,思想の新しさではなく,自分の受益を手放した実績によって与えられる。

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第VI部 反論・留保・結論

15.想定される反論

反論1(PL-1側から)。 ポストリベラリズムは反動ではなく,1970年代以降の分配失敗に対する合理的応答である。カール・ポランニーの語彙でいえば,市場は社会から脱埋め込みされ,再埋め込みが必要になった。中立国家(L1)はこの作業を原理的に行えない。国家が実質的善に踏み込むことは逸脱ではなく修正である。この主張には無視できない実証的基盤がある。反対する側は「では中立国家はどうやって家族形成率と地域組織を回復するのか」に答える義務を負う。本稿の糸口1は,その義務に対する一つの回答である(現金と時間を返せば,共同体は自分で再生する可能性がある,という賭け)が,実証されていない。
反論2(本稿の仮説への批判)。 「制裁による再分配」という枠組みは,あらゆる政策を(A)か(B)に分類できてしまう点で,反証可能性が弱い。とりわけICE・強制送還のように財政コストの高い制裁は仮説に合わない(本稿の表でも「高」と記した)。また安全保障政策は,制裁財として機能する側面と,実際の脅威への対応という側面が分離できない。
反論3(概念輸入への批判)。 高市現象をポストリベラリズムで読むこと自体が概念の輸入超過である。NIRAの2026年比較政党研究が示すように,日本の左右軸を規定してきたのは憲法9条,安全保障,歴史観,原発であり,欧米型の「経済軸から社会文化軸への移行」とは構造が違う。日本で起きているのは思想の転換ではなく政党システムの再編(自民一党優位の復活)である,という読みは十分に成立する。本稿が第3節でPL-Øという別の語を立てたのは,この批判に部分的に譲歩したものである。
反論4(通常消耗説)。 支持率低下は思想の失敗ではなく通常の政権消耗である。発足9か月で58%(日経)は歴代政権比でなお高い。副首都法案の強行採決という個別の失点と,中東発の外生的な原油高が重なった局面的下落にすぎない。この説は8月以降の推移で検証できる。
反論5(因果未検証)。 「リベラル側の愚民視が敵意を再生産する」というループは,直感的に説得的だが実証されていない。逆因果(反リベラル的投票が敵意的言説への曝露を増やす)と第三変数(情報環境そのもの)の可能性が残る。日経が指摘した「情報源がSNSかテレビか」という30ポイントの世代差は,第三変数説の有力さを示唆している。

16.留保

2026年11月3日の米中間選挙。イラン情勢とホルムズ海峡。2027年春の統一地方選と大阪の住民投票。2027年9月の自民党総裁任期。2028年7月の参院選(憲法改正の発議には参議院でも3分の2が必要)。原油,円,物価。すべて未決定である。(注:そろそろ疲れてきたか)

17.結論

リベラリズムは,20世紀後半において,「何がよい生き方かを決めない」という自己抑制(L1)と引き換えに,経済的成果を提供することで正統性を得ていた。成果が止まったとき,自己抑制は空虚として現れた。
ポストリベラリズム——アメリカにおけるPL-1+PL-2+PL-3の連合——は,この空虚を正確に指摘した。診断は当たっている。 そして日本には,その診断も処方も輸入されていない。輸入されたのは帰結だけ(PL-Ø)であり,PL-3(関税・移民制限・経済安全保障)の断片だけが政策として現れている。
しかし処方は,正統性の調達方法をリベラリズムから変更していない。共通善の語彙で語りながら,実際に有権者へ渡せる財は,価格と賃金と住宅である。関税は逆進的な課税として帰着した。積極財政は円安を通じて物価に還流した。象徴の保護は支持率を下げた。外敵の供給は8か月しか持たなかった。処方は,リベラリズムを殺したのと同じ変数によって採点されている。
そして本稿が加えたい一行は,これである。
曖昧な弱者に対して,リベラリズムは「認定」を要求し,ポストリベラルな政治は「制裁」を供給した。前者は届かず,後者は効かない。届いて効くのは,認定を要しない給付だけである。
思想の三流性を嘲笑しても,屈辱は消えない。屈辱に共感しても,物価は下がらない。認定を廃止して現金を渡すことだけが,両方に同時に効く。それは思想的にはまったく面白くない結論だが,2026年7月の日米の数字は,そちらを指している。

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主な参照事実の出所

日本
• 内閣支持率各社調査(日経・テレビ東京,読売・NNN,共同通信,時事通信,ANN,NHK,JX通信社/選挙ドットコム,2026年7月)
• 第51回衆議院総選挙結果(2026年2月8日投開票,自民316/維新36/中道改革連合49)
• 自民・維新連立政権合意書(2025年10月20日)
• 高市首相・吉村代表会談(2026年6月22日,副首都法案の「府全域投票」削除要請,比例45議席削減)
• 2026年度当初予算 122兆3092億円
• 大和総研・神田慶司「高市政権の積極財政は成長力を高めるか,財政リスクを高めるか」(2026年1月7日)
• 日本銀行「各地域からみた景気の現状」(2026年7月支店長会議)
• 毎日新聞世論調査(2025年12月22日報道,台湾有事答弁の撤回可否 67%/11%)
• 神戸地検の不起訴処分(2025年11月),神戸第1検察審査会「不起訴相当」議決(2026年6月17日付)
理論・実証研究
• 伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』岩波新書 新赤版2112,2026年5月20日
• 伊藤昌亮 講演「曖昧な弱者とその敵意——社会分断の新たな構造」(2024年)
• 遠藤晶久・ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治——世代で異なる「保守」と「革新」』新泉社,2019
• 松谷満『「右派市民」と日本政治——愛国・排外・反リベラルの論理』朝日新聞出版,2026
• 社会調査支援機構チキラボ「『若者のリベラル離れ』は本当に起こっているのか?」(2026年4月)
• 朝日新聞・三浦麻子(大阪大学)共同調査(2026年2月報道)
• NIRA総合研究開発機構「2026年の各国政党政治 第1章 日本」
アメリカ
• Trump 支持率各種調査(CNN, Quinnipiac, Pew, Washington Post/Ipsos, Emerson, CNBC, Civiqs, 2026年7月)
• Learning Resources, Inc. v. Trump(連邦最高裁,2026年2月20日)
• Brookings 関税判決分析(2026年2月),ニューヨーク連邦準備銀行,Tax Foundation
• PIIE「Did the Supreme Court just signal the fate of Trump's tariffs?」(2026年5月)
• Yale Youth Poll,Tufts CIRCLE 調査(2026年1〜2月),NYC市長選出口調査(2025年11月)
ポストリベラリズム文献
• Patrick J. Deneen, Why Liberalism Failed (2018), Regime Change: Toward a Postliberal Future (2023)
• Adrian Vermeule, common good constitutionalism
• James M. Patterson & Thomas D. Howes, Why Postliberalism Failed, Acton Institute, 2026
• Phil Magness「The Postliberal War on Economics」(2026年2月)
• Cas Mudde(ポピュリズムの薄いイデオロギー論),Karl Polanyi(脱埋め込み/再埋め込み)

2026年6月23日火曜日

トークン



図:ChatGPTによるトークンのイメージ


生成AI(LLM)に何から何まで頼り切る生活をしていると、課金の話が気になってくる。APIを叩くほどお金が飛ぶし、その勘定は「トークン」という妙な単位でなされる。そこでChatGPTに、各社の1トークンが何ドルなのか、この3年半でどう変わったのかを聞いてみた。


トークンとは、AIが文章を処理する最小単位で、ざっくり単語の一部のようなものだ。各社のAPIは入力トークンと出力トークンを別価格で売っており、一般に書くほう(出力)が読むほう(入力)より高い。オーダー感覚はこうだ。

1トークンは「数百万分の1ドル」程度、1ドルでは「数万~数千万トークン」買える。

・フロンティア級(GPT-5.5、Claude Opus級):入力100万トークンあたり5ドル前後、出力25~30ドル前後。

・実用主力級(Claude Sonnet、Gemini Pro級):入力2~3ドル、出力12~15ドル前後。

・廉価大量処理級(Gemini Flash-Lite級):入力0.1ドル、出力0.4ドル前後。

トークンはもはや単なる「文字量の単位」ではなく、AI屋台の食券だとChatGPTは言う。屋台ごとに一皿の大きさが違うので、同じ食券1枚でも腹の満たされ方がまるで違う。なかなかうまい比喩だ。


おもしろいのは、この3年半の値段の動きだ。1ドルで買える入力トークン数の概算推移はこうなる。

時期

1ドルで買える入力トークン

2022年末

約5万

2024年初

約200万

2026年現在

約1000万


この3年半で、安いモデル同士なら1ドルで買えるトークンはざっと200倍。ムーアの法則どころの騒ぎではない。ただし「同じ知能のトークンが200倍安くなった」わけではない。安いのは小さいモデルの軽いトークンで、深い推論をするモデルのトークンはいまでも高い。値段の世界は「安価な大量処理」と「高価な深い推論」に分岐した。


さて、ここからが本題。トークンがこれだけ「数えられて値段のつく量」になってくると、将来ドルやユーロに代わる世界共通通貨にならないか、という妄想が湧いてくる。

トークンは通貨の条件をいくつか満たす。正確に数えられ(計量可能)、生成には電力とGPUと時間がかかる(希少性)。ただし価値の安定だけは絶望的だ。3年半で200分の1になる単位など、通貨としては最悪のデフレで、「トークン本位制」は成り立たない。


そこで視点を変える。価値が下がるのは「素のトークン」の話だ。もし「ある基準モデルが基準時間で生成する標準1トークン」のようなものを単位として固定できたらどうか。金本位制ならぬ計算本位制である。トークンの背後にあるのは電力(エネルギー)と計算(労働の代替)だから、マルクスの労働価値説をもじってトークン価値説とでも呼べる。AIが世界の知的労働の相当部分を担えば、「いくらトークンを消費したか」がそのまま「どれだけ知的労働を投下したか」の尺度になる。


もちろん夢見がちな話だ。価値の安定、決済の信頼、国家の裏付け、そして「標準皿」を誰が定義し保証するのか――メートル原器を決めるのと同じ難しさが山ほどある。それでも、20世紀が石油を巡って動いたなら、21世紀は計算(トークン)を巡って動くのかもしれない。各国は早くも「ソブリンAI」「計算資源の確保」と言い始めている。エネルギー安全保障ならぬ計算安全保障の時代だ。とすれば、トークンが準通貨的な戦略物資になる未来も、そう荒唐無稽ではない。


「1トークン=0.1円」が新聞の経済欄に載る日が来るかは分からない。ただ、食券を握って屋台街を歩きながら、それが世界通貨になる日を夢想するのは、ちょっと楽しい。夢を見るのは無料だが、トークンは無料ではない。



(注:この記事は,ChatGPTとの対話をもとに,Claudeに,自分のスタイルを見せて,ブログ記事として完全に書き下ろしてもらったものである。)

2026年4月28日火曜日

業務端末とプライバシー

人員削減からの続き


図:内乱の予感(ChatGPTによる)

メタの業務ログ記録の話題はインパクトが大きかった。これは,これまで話題になっていた教育現場におけるAI利用による学習過程や履歴の把握による個別最適化とも通底する話である。そこで,その法的な妥当性について考えてもらった。まあ,一人一端末で小学校低学年から学級崩壊が始まっているという話題の前には,吹き飛んでしまう話かも知れないけれど。


Q(koshix):
企業が従業員に業務用の端末を与え,これによって会社の業務を実行させる場合,その端末の従業員パスワードや業務過程の端末操作ログの全体を,従業員との契約によって把握することの妥当性について検討してください。

A(ChatGPT);
結論からいうと、会社貸与端末について、会社が一定の管理権限を持ち、業務上必要な範囲で操作ログを取得・確認すること自体は妥当化され得ます。しかし、「従業員パスワードを会社が把握する」「業務過程の端末操作ログの全体を包括的に取得・閲覧する」ことを、単に雇用契約・誓約書・同意書で包括同意させればよい、という発想はかなり危ういです。

特に重要なのは、会社貸与端末であっても、従業員の人格的利益・プライバシー・個人情報性が完全に消えるわけではない、という点です。会社の所有物だから何でも見てよい、という構成にはなりません。

1.まず、端末パスワードについては、会社が「管理者権限」「MDM」「端末初期化権限」「業務アカウント停止・再発行権限」を持つことは合理的です。退職、事故、情報漏えい、業務継続、証拠保全のために、会社が端末・業務データへアクセスできる仕組みを持つ必要はあります。しかし、従業員本人のログインパスワードそのものを会社が常時把握する方式は、セキュリティ設計としても労務管理としても望ましくありません。パスワードは本来、本人認証の秘密情報です。会社が知ってしまうと、誰が操作したのかという証跡性が壊れます。つまり、後から「その操作は従業員本人がしたのか、管理者がしたのか」が曖昧になります。これは監視強化どころか、監査可能性を弱めます。

2.より妥当なのは、「会社はパスワードを知らないが、管理者権限により必要時にアカウント停止・再設定・端末回収・業務データ保全ができる」という設計です。例外的に、共有管理者アカウントや非常用アカウントを設ける場合でも、利用条件、承認者、ログ記録、事後監査を厳格にすべきです。従業員個人のパスワードを会社に提出させる方式は、原則として避けるべきです。

3.次に、操作ログについてです。ログイン時刻、端末識別子、業務システムへのアクセス履歴、ファイル操作、外部記憶媒体接続、マルウェア検知、異常通信、業務データの持ち出し兆候などは、情報セキュリティ上、取得の必要性が高い領域です。個人情報保護委員会も、個人データの取扱いに関する従業者の監督や安全管理措置の一環としてモニタリングを行う場合、目的の特定、社内規程化、従業者への明示、責任者・権限の設定、ルールに従った適正運用の確認が必要だとしています。(PPC)

4.一方で、「操作ログの全体」という表現が、キーストローク全記録、画面録画、Web閲覧全履歴、アプリ使用履歴の常時記録、チャット内容、メール本文、位置情報、カメラ・マイク、非業務時間の操作まで含むなら、かなり問題が大きくなります。これは単なる業務管理を超えて、人格的監視に近づきます。厚労省系の労働者個人情報保護の考え方でも、コンピュータ等によるモニタリングでは、実施理由、実施時間帯、収集される情報内容等を事前に通知し、労働者の権利を侵害しないよう配慮すべきとされ、常時モニタリングは健康・安全確保または業務上の財産保全に必要な場合に限られる、という考え方が示されています。(厚生労働省)

5.ここで「契約によって同意を取っているからよいのではないか」という点が問題になります。たしかに、従業員が業務端末利用規程、情報セキュリティ規程、就業規則、誓約書などでログ取得に同意していることは、会社側の正当化要素になります。しかし、雇用関係では使用者と労働者の力関係が非対称です。形式的な同意があっても、それが自由で実質的な同意だったのかは常に問題になります。また、就業規則が労働契約の内容となるには、合理的な労働条件であり、かつ労働者に周知されていることが必要です。(e-Gov 법令検索)

6.したがって、契約条項として「会社は従業員の端末操作ログを全て取得・閲覧できる」「従業員は全パスワードを会社に開示する」と包括的に書いても、それだけで無制限に有効になるわけではありません。個人情報保護法上も、個人情報の利用は特定された利用目的の達成に必要な範囲に限られ、目的を超える取扱いには原則として本人同意が必要です。さらに、安全管理措置はリスクに応じて必要かつ適切な内容でなければならないとされています。(PPC)

妥当な設計は、次のような線引きになります。

(1)会社が取得してよい可能性が高いものは、業務システムへのアクセスログ、ログイン・ログアウト、端末のセキュリティ状態、業務ファイルのアクセス・変更・持ち出し、外部媒体接続、異常通信、マルウェア検知、管理対象アプリの利用状況などです。目的は、情報漏えい防止、業務継続、法令遵守、内部不正対策、インシデント対応に限定すべきです。

(2)慎重であるべきものは、メール本文、チャット本文、Web閲覧の詳細、画面キャプチャ、スクリーン録画、位置情報、カメラ・マイク、キーログ、勤務時間外の操作、私的利用が混入し得る領域です。これらは「必要がある場合に、限定された権限者が、限定された目的で、限定された範囲を確認する」運用にすべきです。

(3)原則避けるべきものは、従業員個人のパスワード提出、常時キーロギング、常時画面録画、業務と無関係な私的情報の網羅的取得、本人に知らせない通常時の隠密監視です。ただし、犯罪・重大不正の相当な疑いがある場合には、証拠保全として例外的調査が許容される余地はありますが、それでも必要性・相当性・手続の適正が問われます。


私の評価では、「会社貸与端末だから包括的に全部把握できる」という企業側の論理は粗すぎます。一方で、「従業員のプライバシーがあるから会社はログを取れない」という反対論も、情報セキュリティの現実を無視しています。妥当な中心線は、会社の所有権ではなく、業務目的との関連性、情報セキュリティ上の必要性、取得範囲の最小化、事前明示、権限管理、監査可能性によって決まります。

実務的には、契約書に包括条項を書くよりも、次のような制度設計が重要です。端末は会社所有で業務目的に使用すること、会社は明示された目的のために一定のログを取得すること、取得するログの種類を具体的に列挙すること、通常時に本文・画面・キーストロークまでは見ないこと、例外調査の発動条件を定めること、閲覧権限者を限定すること、ログ保存期間を定めること、従業員本人に周知すること、労働組合または従業員代表との協議・説明を行うこと、ログ閲覧自体のログを残すことです。

要するに、妥当な契約は「会社が必要な範囲で業務端末を管理し、限定されたログを取得することへの同意」であって、「会社が従業員の端末上の全行動とパスワードを丸ごと支配することへの同意」ではありません。後者は、労務管理、個人情報保護、情報セキュリティ、内部統制のいずれの観点から見ても、かなり危険な設計です。


2026年4月27日月曜日

人員削減


図:人員削減のイメージ(ChatGPTによる)

Q(koshix):
米国のテック大手での大規模人員削減が続いています。これを整理してください。人数やパーセンテージなど。また,その原因を分析してください。さらに,メタの「米メタ、社員のパソコン操作データを強制収集 AI開発に利用」との関連についても考察してください。

A(ChatGPT):
(回答略,8000字)

Q(koshix):
上記の話を1000字程度に要約してください。重要なポイントは欠落しないようにお願いします。

A(ChatGPT):
米国テック大手の大規模人員削減は、単なる景気後退やコロナ期の過剰採用の反動だけでは説明できなくなっています。2022〜23年には、パンデミック期に急拡大した人員の調整という性格が強く、Meta、Amazon、Google、Microsoftなどが数万人規模で削減を行いました。しかし2024〜26年にかけては、削減の意味が変わり、AI投資を中核にした組織再編の色合いが濃くなっています。

Metaは約8,000人、全社員の約10%削減を予定し、Microsoftは米国社員約8,750人に自主退職制度を提示、Amazonも2025年秋以降で約3万人規模(〜10%)の削減が報じられています。Intelは約22%の人員縮小方針を示し、Google、Salesforce、Cisco、Appleでも部門別・継続的な削減が進んでいます。業界全体でも、2023年の巨大削減で終わらず、2025〜26年にも削減の波が続いています。

原因は複合的です。第一に、コロナ期の需要急増を前提にした過剰採用の修正があります。第二に、生成AIとデータセンターへの投資が極端に重くなり、人件費を抑えてGPU、電力、クラウド基盤、AI人材へ資源を移す必要が生じています。第三に、AIによる業務の部分代替が現実化し、コード作成、テスト、文書作成、営業支援、データ分析、人事・社内事務などのタスクが圧縮対象になっています。第四に、投資家に対して「効率化」を示す経営上の圧力もあります。AIは本当の技術要因であると同時に、従来型のコスト削減を正当化する言葉にもなっています。

Metaの「社員のパソコン操作データを強制収集し、AI開発に利用する」という動きは、この流れと深く関係します。これは単なる社員監視ではなく、社員が業務用PC上でどの順序で作業し、どこをクリックし、どのように入力し、どこで判断するかという労働過程そのものをAI訓練データ化するものです。従来のAIは文書、画像、コード、対話ログを主な教材としてきましたが、業務を自律的にこなすAIエージェントを作るには、人間の画面操作と判断過程のデータが必要になります。

したがって、人員削減と操作データ収集は、直接の一対一の因果関係というより、同じ戦略の二つの側面です。一方で社員を減らし、他方で残る社員の業務プロセスをAIに学習させる。企業は個々の社員に属していた経験知や作業手順を、組織のAI資産へ移し替えようとしています。これはホワイトカラー業務における新しいテイラー主義とも言えます。

ただし、操作ログを集めればすぐに社員を完全代替できるわけではありません。責任判断、顧客関係、例外処理、法務・倫理的判断などは依然として人間に残ります。それでも、定型的な社内事務、分析補助、営業事務、簡単なコーディング、レポート作成などは確実に圧縮されやすい。結局、現在の人員削減は「AIがすでに人間を全面代替した結果」ではなく、「AIが将来代替・圧縮しうる仕事を先取りして、企業が労働構成と資本配分を作り替えている過程」と見るのが妥当です。