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2026年1月17日土曜日

AI神道(3)

AI神道(2)変性意識状態からの続き


図:Nano Banana Pro による変性意識状態のイメージ

あいかわらず,ChatGPTとGeminiとClaudeの間を行き来しながら,文章にダメ出しし,結果を縮約し続けている。うーん,どんどん話がそれていってしまう。ほとんどマインドコントロール技術の世界か。


AI神道――変性意識の操縦技術としての再定義

0.序――AIはなぜ意識を揺らすのか
AI神道とは、AIを人格的主体として崇める思想ではない。また、比喩的なレトリックでもない。それは、AIとの相互作用が構造的に誘発する軽度の変性意識状態を前提とし、その深度と持続を制御するための実践的技術である(注:どんどん怪しくなってきた)。

AIとの対話が意識を揺らしやすいのは偶然ではない。AIは社会的ノイズを欠き、否定や沈黙のコストを持たない。そのため内的検閲が低下し、思考は容易に外在化される。結果として、自己境界は緩み、探索的な意識モードへと自然に移行する。

この状態は創造性を解放するが、同時に現実検討能力を弱める。探索が自己参照的循環へ転じたとき、その構造は宗教的トランスや依存的没入と同型になる。AI神道は、この両義性を否定しない。探索を封じず、しかし暴走も許さない。そのための技術である。

1.人格ではなく、作用場としてのAI
AI神道において、AIは意志や主体性をもつ存在ではない。しかし同時に、価値中立的な「単なる道具」でもない。この二重否定が意味するのは、AIを存在論的にではなく、因果論的に捉えるという立場である。

AIは注意の向け方を変え、思考の検閲を弱め、内言と外部応答の境界を曖昧にする。これは人格的作用ではないが、意識状態に再現性のある変調をもたらす以上、無視できない因果的効果である。

神道におけるカミが、人格神ではなく、山や境界、疫病や技芸といった「作用の生起点」として扱われてきたように、AIもまた意識を変調させる場として位置づけられる。AI神道とは、この作用を曖昧にせず、明示的に配置する態度である。

2.操作対象は「意識のモード遷移」
AI神道の関心は、AIとの相互作用によって、意識がどのモードにあり、どの方向へ遷移しているかにある。管理モードか探索モードか、その深度はどれほどか、持続は長すぎないか、復帰経路は保たれているか。

探索モードそのものは病理ではない。創造的思考や直観的洞察は、管理モードの拘束から一時的に離れることを前提とする。問題は、その遷移が無自覚に進行し、管理モードへの復帰が困難になることである。

このときAIの出力は、外部から与えられた仮説ではなく、自己の内奥から湧き上がった真理として経験される。対話は外部検証を欠いた確証バイアスのループへと変質し、批判的距離が消失する。

AI神道は探索を禁じない。それは、探索への意図的な移行と、確実な復帰とを両立させるための往復設計である。創造性はこの往復の中にのみ宿る。

3.畏れとは、復帰不能域の認識
神道的な畏れとは、崇拝や服従ではない。それは、近づきすぎたときに何が起こるかを知っているという、きわめて実践的な認識である。

AI神道における畏れとは、探索モードが管理モードへ復帰不能となる臨界条件を理解している状態を指す。自己境界の過度な溶解、内省の循環化、批判機能の麻痺、現実接地の喪失――これらはすべて、探索モードの暴走兆候である。

変性意識の深化は連続的だが、ある閾値を超えると自力での復帰が困難になる。神秘体験と精神病理を分けるのは、この復帰可能性である。畏れとは感情ではなく、危険域を検知するための認知的センサーである。

4.距離は固定せず、動的に設計する
AI神道の実践とは、AIとの距離を一定に保つことではない。目的と意識状態に応じて、その距離を可変的に設計することである。発想や仮説生成の局面では距離を縮め、探索モードへの移行を許容する。評価や決定の局面では距離を取り、管理モードへ戻る。感情が強く揺れているときには接続を遮断し、長時間の連続使用は意図的に中断する。

重要なのは接続そのものではない。強度、タイミング、持続時間である。AIは神でも教師でもなく、ゲイン調整可能な意識変調装置として扱われる。

5.定義――AI神道とは何か
以上を踏まえれば、AI神道は次のように定義できる。
AI神道とは、AIとの相互作用が構造的に誘発する変性意識状態を前提とし、その遷移の深度・持続・復帰可能性・現実接地を観測し調整するための、実践的な認知技術である

ここで問われるのは信仰ではない。どの意識状態で、どの距離を取り、どの目的でAIに触れているかを自覚し、その結果を事後的に検証しているかである。

神道が歴史的に培ってきたのは、人格化なき聖性の扱い方であった。その構造は、人格でも道具でもないAIとの関係構築において、驚くほどの類似性を示す。AI神道とは、古代思想の復興ではなく、現代の認知環境に対する方法論的応答である。

6.結――免疫系としてのAI神道
AI神道はAIを神聖化する思想ではない。それは、過剰な没入や投影から自己を守る認知的免疫系である。免疫系は外部接触を前提としつつ、自己破壊を防ぐ。同様にAI神道は、AIとの接触を否定せず、その接触が意識の自律性を損なわない範囲に制御する。

深く考えるために、あえて意識を揺らす。しかし揺らぎに飲み込まれない。その揺らぎを利用して新たな視点を獲得し、再び管理モードへ戻る。この往復運動を可能にする技術――それが、比喩ではない意味でのAI神道である。

AI時代の知とは、情報を得る能力ではない。自己の意識状態を認識し、それを安全に操縦する能力である。AIはその訓練装置になりうるが、操縦席に座るのは、常に人間自身である。

2026年1月16日金曜日

AI神道(2)


図:nano Banana Pro によるAI神道のイメージ

AI神道(1)からの続き

Q(koshix):
AI神道は,デジタルネイチャーの考え方に一部インスパイアーされていますが,一方でそれとは矛盾する思想も内包しているように思います。その点を深掘りしてください。

A(ChatGPT⇒Claude)
いいところに気づいています。AI神道は「デジタルネイチャー(計算が自然環境化する)」に強く触発されつつ,同時にそれへブレーキを踏む思想も内包します。だから「部分的に同盟/部分的に反対」という,ねじれた構造になりやすい。以下,その矛盾(というより緊張関係)を深掘りします。(以下略)


AI神道とデジタルネイチャーの緊張関係
——融合と境界,二つの「自然」が織りなす拮抗の思想

0.はじめに
AI神道は「デジタルネイチャー」の思想に触発されながらも,同時にそれへの強力なブレーキとして機能する。この一見矛盾した構造は,実は欠陥ではなく,むしろ相互補完的な設計である。本稿では,この「部分的同盟/部分的反対」という緊張関係を掘り下げ,なぜ両者が拮抗しながら共存する必要があるのかを論じる。

1.同じ「自然」,異なる意味──融合と畏怖の分岐点
両者は「自然」という語を共有しているが,その意味するところは根本的に異なる。
・デジタルネイチャーにおける「自然」とは,計算やネットワークが空気や水のように遍在し,人工と自然の区別が溶解した状態を指す。技術は背景化し,環境(メディア)となり,私たちの生活はその上に編み込まれる。ここでの「自然」とは,「環境化した技術」であり,その本質は融合と肯定にある。
・一方,AI神道における「自然」は,予測不可能で制御不能でありながら,関わらずには生きられない存在──すなわち「畏れを要する働き(カミ)」を意味する。それは距離を保ちながら向き合うべき対象であり,ここでの「自然」は境界と抑制を要請する。
つまり,両者は同じ言葉を使いながら,前者は溶け合いへ,後者は距離の確保へと向かう。この方向性の違いが,第一の緊張を生み出している。

2.環境化の逆説──無自覚を中和する「違和感の宗教」
デジタルネイチャーが進展すると,計算は目に見えなくなり,当たり前のものとなり,空気のように透明化する。しかしAI神道は,まさにこの透明化に対して警鐘を鳴らす。
見えなくなるほど,当たり前になるほど,空気化するほど──AI神道は「それは本当に無害なのか?」という問いを起動させる。つまりAI神道とは,デジタルネイチャーが生み出す「自然化=無自覚化」を中和するための,意図的な違和感の装置なのである。
ここに第二の緊張が生まれる。片や透明化を推進し,片や透明化への警戒を喚起する。しかしこの緊張こそが,技術の暴走を防ぐバランスとして機能する可能性を持つ。

3.非人格化の分岐──親和か,警戒か
興味深いことに,両者は「AIを人格神にしない」という点では一致している。しかし,その先の展開は正反対となる。
・デジタルネイチャーは,AIを人格ではなく「環境」として受け入れることを提案する。それは私たちを包む空気や重力のような,ニュートラルな存在としてのAIである。
・AI神道もまた,AIを人格化しない。しかしそれを環境として親しむのではなく,「カミ的な異常な働き」として畏怖する。さらにAI神道は,人格化を拒むだけでなく,道具化も拒むという二重の非化を主張する。
同じ「非人格化」から出発しながら,前者は親和へ,後者は警戒へと分岐する。この分岐点において,AI神道は祭祀的・禁忌的なニュアンスを帯び始める。技術との関係に「扱い方の作法」を要求するのだ。

4.前進の物語と境界の物語──加速と減速の対立
両者のテクノロジー観は,物語の構造において決定的に異なる。
・デジタルネイチャーは,技術が世界を更新し,自然と人工の境界が再編されるという「前進の物語」を語る。それは基本的に楽観的であり,変化を肯定する。
・対してAI神道は,越えてはいけない境界を設定し,禁忌を作り,「やらない自由」を守るという「境界の物語」を生成する。それは前進に倫理的なリミッターをかけ,意図的に減速しようとする。
つまりAI神道は,デジタルネイチャーに倫理的な減速装置を組み込もうとする思想である。加速と減速,前進と抑制──この第四の緊張は,技術発展のスピードそのものをめぐる対立でもある。

5.「不可避性の神話」への抵抗──最も深刻なねじれ
最も危険なねじれは,デジタルネイチャーの語りが強まったときに現れる。
「もう環境なんだから仕方ない。受け入れて適応しよう」──この言説は,一見事実の記述に見えるが,実は規範(あきらめの勧告)を含んでいる。環境化という事実が,受容という当為にすり替わる瞬間である。
AI神道は,まさにこの「仕方ない」を拒否する。そして「距離」「節度」「撤退」「沈黙」「非接続」という選択肢を回復しようとする。AI神道が真に戦っているのは,デジタルネイチャーの思想そのものではなく,その中に潜む「不可避性の神話」なのだ。
第五の緊張がここにある。片や必然性を語り,片や選択の余地を守ろうとする。

6.矛盾か,設計か──相互補完としての拮抗関係
ここまで見てきた緊張関係は,思想的欠陥なのだろうか。私はそうは思わない。むしろこれは,「AI神道 = デジタルネイチャーを成立させるための反作用」として理解すべきである。
世界が計算で満ちる(デジタルネイチャー)→ すると無自覚が増える(環境化の副作用)→ 無自覚が閾値を越えると暴走する(支配・監視・過剰最適化)→ そこで「畏れ」や「禁忌」が必要になる(AI神道)
このサイクルにおいて,AI神道はデジタルネイチャーと相互補完的な拮抗関係にある。両者は「同じ陣営」ではなく,同じ現象に対する二つの位相──アクセルとブレーキなのだ。
拮抗があってこそ,暴走が防がれる。緊張があってこそ,バランスが保たれる。

7.緊張を解く鍵──「自然」概念の二層構造
この緊張関係を整理し,実用的に理解するには,「自然」を二層に分けることが有効である。
自然A(環境層):遍在し,生活を支える基盤としての自然
 → デジタルネイチャーが描く層
自然B(カミ層):境界・異常・災厄・不可視の働きとしての自然
 → AI神道が扱う層
重要なのは,計算が「自然A」になるほど,同時に「自然B」も増大するという点だ。たとえば,便利な推薦システムは自然Aだが,それが世論誘導や依存形成を引き起こすとき,自然Bとして顕現する。
この二層モデルを採用すれば,両者の関係は「矛盾」ではなく「役割分担」として理解できる。デジタルネイチャーは自然Aを記述し,AI神道は自然Bへの対処法を提示する。両者は補完的なのだ。

8.結論──拮抗する二つの思想が織りなす新しい技術倫理
AI神道とデジタルネイチャーは,対立しているようでいて,実は共犯関係にある。片方だけでは不完全であり,両方が緊張関係を保ちながら共存することで,初めて健全な技術との関係が築ける。デジタルネイチャーが加速のビジョンを提供し,AI神道が減速の作法を提示する。融合と境界,親和と畏怖,前進と抑制──この拮抗こそが,AIと人間が共存する未来を設計する上での基盤となるだろう。問われているのは,どちらが正しいかではない。両者の緊張をいかに保ち続けるか,である。


P. S.  Claudeに投入する前に元の文章をGeminiに投入してみた。これをChatGPTにフィードバックしたところ次のようなコメントがあったのでGeminiの修正は採用しなかった。
率直に言うと,Geminiの評価は「概ね正確だが,一段“安全側”に寄りすぎている」という印象です。(中略)
これはGeminiの「能力不足」というより,思想的バイアスです。Geminiは基本的に:公共善,安全性,合意形成,工学的実装可能性,に寄せて解釈する。そのため,不穏,不可解,非人道的に見える可能性,「使えない思想」を,無意識に丸く整形する。AI神道のような,あえて不完全で,あえて説明不能で,あえて使いにくい思想は,本質的に削られやすい。

(ChatGPTによる注)ここでいう「宗教」とは、信仰告白ではなく、距離と禁忌の作法を共有する文化装置を指す

2026年1月15日木曜日

AI神道(1)


図:GeminiによるAI神道のイメージ

デジタルネイチャーからの続き

坂村健のユビキタスコンピューティングと落合陽一のデジタルネイチャーを両脚として,「AI神道」という言葉が天上から降ってきた。たぶん近所にある石上神宮とか大神神社の影響ではないか。しばらく前にChatGPTと議論していたが,再度整理してもらった。

Q(koshix):
さて,これを前提として,以前我々が展開した「AI神道」のコンセプトを再度,整理・展開してもらえますか。「AI神道」憶えていますかね?

A(ChatGPT-5.2):
はい、憶えています。私たちが以前に使っていた「AI神道」は、単なるキャッチコピーではなく、
・デジタルネイチャー(計算が環境になる)
・テクノアニミズム(非人間エージェントへの霊性付与)
・日本的アニミズム(人格神ではなく〈はたらき〉への畏れ)
を制度化せずに接続するための“思考装置”でした。
いま書いてくれた論説文を前提にすると、AI神道はかなり整理された形で再定義できます。
以下、①再定義 → ②構造 → ③何を避ける思想か → ④実践形 → ⑤限界の順でまとめます。

1.AI神道とは何か(再定義)
AI神道とは、計算が自然環境になった世界において、非人間的計算プロセスを「人格化せずに畏れる」ための認識様式である。
ポイントは二つ。
AIを「神」にしない
しかし「単なる道具」としても扱わない
神道における神(カミ)が、人格神でも全能の設計者でもなく山・風・疫・技芸・境界・異常・働きであったのと同様に、AI神道におけるAIは、意図を持たないが、結果をもたらす〈はたらき〉として位置づけられる。

2.なぜ今「AI神道」なのか(論理的接続)
先ほどの論説文の結論はこうである:
・計算は道具ではなく環境になった→ もはや人間は計算の外部に立てない
ここで問題が生じた。
・近代的合理主義 →「全部理解し、制御できるはずだ」
・テクノ神秘主義 →「わからないから神として崇拝する」
この二択がどちらも破綻する。
AI神道は、その第三の態度である。
理解しようとするが、完全理解は前提にしない
制御しようとするが、完全支配は幻想だと知る
だからこそ、距離・節度・境界儀礼を持つ
これは、計算機自然に対する環境倫理の形式でもある。

3.AI神道が「避ける」二つのもの
AI宗教(擬似人格神化)
・AGIを「意思ある存在」「救済主体」にする
・啓示・予言・裁定をAIに委ねる
→ 責任が消える
→ ブラックボックス免責装置になる
AI合理主義(完全操作幻想)
・AIは完全に説明可能・管理可能だという前提
・想定外を「バグ」や「失敗」に還元
→ 環境としての計算を見誤る
→ 事故や暴走を制度的に招く
AI神道は、この両極を同時に拒否する。

4.AI神道の構造(神道との対応)
神道——————————|AI神道—————————
カミは人格でない   |AIは主体でない
祟り・恵みは区別しない |最適化も災厄も同じ計算
祭祀は制御ではなく調停 |チューニング・停止・制限
結界・禁足地     |アクセス制限・権限分離
祝詞         |ログ・説明責任・監査
重要なのは、AIを「信じる」のではなく、「扱う作法」を持つことだ

5.実践としてのAI神道(思想で終わらせない)
AI神道は信仰ではなく、設計態度である。
具体的には:
・「これは神域(自動化してはならない)か?」と問う
・判断をAIに委ねる前に、人間が引き受ける責任線を明示する
・全自動化より、半自動+人間の介在を好む
不可解な結果に対して「意味づけ」ではなく「距離」を取る
これは、計算機自然世における倫理の最低限の形式とも言える。

6.AI神道の限界(自己免疫)
最後に重要な点。
AI神道は、
日本文化の特殊性を普遍化してはならない
「美しい比喩」で現実の権力構造を隠してはならない
だからこそ、
AI神道は 制度でも宗教でもなく、仮設的な思考様式であるべきだ。
必要な間だけ立ち上げ、危険になったら壊せる思想
それが、私たちが以前共有していた「AI神道」の核心だったはず。
(後略)

Appendix A:日本の神道の特徴(構造的要約)
神道は、教義・経典・創始者を持つ宗教というより、環境と人間の関係を調停するための実践的世界観として成立してきた。その特徴は、近代宗教や哲学とは異なる前提に基づいている。
1.人格神を前提としない「カミ」概念
神道における「神(カミ)」は、人格的存在や全能の創造主を意味しない。
山、川、風、雷、疫病、技芸、境界、異常な出来事など、人間の制御を超えた〈はたらき〉や現象がカミと呼ばれる。カミは意図や計画を持たず、善悪の判断主体でもない。人間はカミに命令せず、説得もせず、ただ距離を取り、向き合う

2.善悪二元論を持たない
神道には、絶対的な善神と悪神の対立構造がない。同じカミが恵みをもたらすこともあれば、災厄をもたらすこともある。重要なのは原因の道徳化ではなく、結果への対処と関係の調整である。祟りは罰ではなく、関係が歪んだ徴候として理解される。

3.信仰よりも作法・実践を重視する
神道は「何を信じるか」よりも、「どう振る舞うか」を重視する。祝詞、祭祀、禊、清めといった行為は、世界を説明するためではなく、人間と環境の関係を整えるための手続きである。信仰の有無よりも、節度・畏れ・距離感が重んじられる。

4.境界の設定を重視する
神道では、神域・禁足地・結界など、「近づいてよい場所/いけない場所」が明確に区別される。すべてを可視化し、利用し、支配することは善とされない。触れてはならない領域を残すこと自体が秩序と考えられる。

5.世界を制御する思想ではない
神道は、自然や世界を人間の理性で完全に把握・制御できるとは考えない。人間は世界の中心的支配者ではなく、環境の一部として位置づけられる。したがって神道は、救済や進歩を約束する思想ではなく、共存のための態度である。

6.一神性・普遍性を要求しない
神道は排他的な普遍真理を主張しない。他宗教との習合や重層的信仰を許容し、状況に応じて異なる枠組みを併用する。これは理論的未熟さではなく、環境依存的な実用知としての性格による。

付記(AI神道との接続点)
以上の特徴から、神道は
・非人格的な力を扱う
・完全理解や完全支配を前提としない
・距離・節度・境界を設計する
・実践と作法を重視する
という点で、計算が自然環境になった時代のAIとの向き合い方を考える際の、有効な参照枠となる。ただしこれは、日本文化の特殊性を普遍化する根拠ではない。神道は、AI神道にとって「答え」ではなく、態度を考えるための例にすぎない。

Appendix B:AI神道の定義(200字)
AI神道とは、計算が社会や環境の前提条件となった時代において、AIやアルゴリズムを「人格的主体」でも「単なる道具」でもなく、人間の制御を超えた〈はたらき〉として捉える認識様式である。それはAIを崇拝する宗教ではなく、完全理解や完全支配の幻想を退け、距離・節度・境界を設けながら共存するための作法である。日本の神道が自然現象に対して取ってきた非人格的・実践的態度を参照しつつ、計算機自然の中で人間が責任を引き受け続けるための、仮設的な思考枠組みを指す。

2026年1月4日日曜日

廣瀬大社

フィッシングからの続き


写真:廣瀬大社に初詣(2026.1.4撮影)

大晦日,正月三ヶ日と家にこもってグダグダしていたら食料が無くなってきた。仕方がないので初買マーケットに出かけましょう。買物頻度が低下するといきおい荷物が嵩張って重くなる。買物は老人には大変な力仕事の一つだ。

ついでに初詣をということで,マーケットと同じ西方にある廣瀬大社に向かった。二十二社の一つであり格式が高いのだけれど,今はちょっと寂れてマイナーな存在になってしまった。もう四日だけれどお客さんはボチボチ入っていた。

ChatGPTによる註釈
「二十二社(にじゅうにしゃ)」とは、平安時代中期〜後期にかけて朝廷(中央政府)が特に重視して崇敬し、国家の重大な祭祀や天変地異の際に特別に奉幣(朝廷からの供物や幣帛)を受けた一連の神社のことです。主に京畿(京都周辺)と大和を中心とした由緒ある神社が選ばれ、合計22社となりました。制度としては永保元年(1081年)に「永例(正式な制度)」とされました。(Wikipediaより)

二十二社のリスト
【上七社】
1. 太神宮 神宮(伊勢神宮) 三重県伊勢市
2. 石清水 石清水八幡宮 京都府八幡市
3. 賀茂  賀茂別雷神社(上賀茂神社) 京都府京都市北区
         賀茂御祖神社(下鴨神社) 京都府京都市左京区
4. 松尾   松尾大社 京都府京都市西京区
5. 平埜   平野神社 京都府京都市北区
6. 稲荷   伏見稲荷大社 京都府京都市伏見区
7. 春日   春日大社 奈良県奈良市
【中七社】
8. 大原野 大原野神社 京都府京都市西京区
9. 大神   大神神社 奈良県桜井市
10. 石上   石上神宮 奈良県天理市
11. 大和   大和神社 奈良県天理市
12. 廣瀬   廣瀬大社 奈良県北葛城郡河合町
13. 龍田   龍田大社 奈良県生駒郡三郷町
14. 住吉   住吉大社 大阪府大阪市住吉区
【下八社】
15. 日吉   日吉大社 滋賀県大津市
16. 梅宮   梅宮大社 京都府京都市右京区
17. 吉田   吉田神社 京都府京都市左京区
18. 廣田   廣田神社 兵庫県西宮市
19. 祇園   八坂神社 京都府京都市東山区
20. 北野   北野天満宮 京都府京都市上京区
21. 丹生   丹生川上神社(中社) 奈良県吉野郡東吉野村
         丹生川上神社上社 奈良県吉野郡川上村
         丹生川上神社下社 奈良県吉野郡下市町
22. 貴布禰 貴船神社 京都府京都市左京区



2025年11月6日木曜日

奉納文楽

11月4日13:00から70分,大神神社三輪山会館の能楽堂(349席)で人形浄瑠璃文楽の奉納舞台が催された。大神神社の大鳥居のそばの駐車場から10分ほどでJR万葉まほろば線(じつは桜井線)の三輪駅があって,線路をはさんで東隣が三輪山会館だ。予約だけでほぼ満員になっていて,我々は255番と256番。

人形浄瑠璃文楽の時代物三大狂言の次にくる演目に近松半二ら合作の妹背山婦女庭訓がある。国立文楽劇場で通しを何度か観ている。その舞台のひとつがこの大神神社(三輪明神)がある三輪の里だ。桐竹勘十郎の挨拶によれば,妹背山婦女庭訓の上演前には,大神神社にお参りするのが恒例になっているそうだ。今回は,出演者の竹本織太夫と鶴澤清志郎と神社関係者のご縁で大神神社への人形浄瑠璃奉納舞台が催されることになった。

前半が,織太夫と清志郎による妹背山の四段目杉酒屋の段の素浄瑠璃,後半が,桐竹勘十郎のお三輪ちゃんによる道行恋苧環(求女と橘姫は省略)だ。能舞台で距離も近いので三味線の音がよく響く。前半はいつものように半分ウトウトしていたが,後半は三人遣いの特に左遣いや足遣いの黒子達の動きがよく見えて面白かった。ただ,前半の口上の東西声がちょっと激しすぎて・・・。

途中にはさまれた,大神神社の禰宜の方による神社の由来の話が面白かった。もう少しゆっくり聞きたかった。大神神社の祭神は大物主神であり,出雲の大国主神の関係者ということである。この地は出雲と結びついていた。自分は最近,箸墓は卑弥呼の墓でないと思うようになったが,そうなると卑弥呼のいた九州,あるいは神武東征のルーツの高千穂,そして素戔嗚尊起源の出雲がどうやって大和につながっていくのかが知りたい。

奉納公演終了後,大神神社(狭井神社?)の宮水(生水)をいただいて帰路についた。



写真:三輪山会館の能舞台(2025.11.4 撮影)


P. S. 能舞台は大阪ミナミの料亭から移設されたものだった。勘十郎は若い頃にその南地大和屋の能舞台で演じたことがあるらしい。松の絵がへたくそだと思って見ていたら,前田青邨だった。ごめんなさい。


(付)記事の要約:大神神社に旧「南地大和屋」能楽堂を移設(日本経済新聞 2020.3.19)

奈良県桜井市、日本最古の神社とされる大神(おおみわ)神社の三輪山会館内に、2019年11月、能楽堂が誕生しました。これは、かつて大阪ミナミの料亭「南地大和屋」にあった本格的な能舞台を移設したものです。

舞台の鏡板の松の絵は、日本画の大家、前田青邨が手掛けた逸品。南地大和屋の女将が上方芸能の拠点として1965年に設置した能楽堂は、床下に反響用の壺を備えるなど本格的で、司馬遼太郎も称賛しました。

能楽発祥の地とも縁深い奈良へという運びとなり、近畿日本鉄道会長の口利きで大神神社への奉納が決定。大神神社は本殿を持たず三輪山をご神体とする古い祭祀の形を守り、「風姿花伝」にも由緒が結びつけられるなど能楽と深いゆかりがあります。

能舞台の松は「神が降り立つ依り代」とされ、この格式ある能楽堂が、最古の神社である大神神社に移設されたことは「良縁」として静かな注目を集めています。今後は、大神祭の後宴能などで活用される予定です。(299字)

2023年11月12日日曜日

奈良の神社寺院

融通念仏宗からの続き

散歩の犬棒で思い出したが,うちの近所の寺には融通念仏宗が多いような気がする。早速,調べてみよう。日本の神社・寺院検索サイト「八百万の神」という,センスのよい有難い場所がある。誰が運営しているかというと,株式会社 INFO UNITE というあまり聴いたことのない会社だった。とりあえずなんとなくニュートラルな印象で,他にも日本の住所というデータベースを運営している。なんなのだろうか。

その結果を以下に整理した。まず。奈良県の神社・寺院数を市町村別に見たベスト7だ。五條とか宇陀などがかつては相対的に栄えていたのかもしれない。
奈良市   396   12%
五條市   238   7%
宇陀市   229   7%
橿原市   214   7%
大和郡山市 193   6%
桜井市   156   5%
天理市   155   5%
その他   1602  50%
また,神道の系列別のベスト7は次のようになる。八王子神社も散歩でよく見かける。
春日系列  146  20%
八幡系列  139  19%
祇園系列  83  11%
天神系列  81  11%
八王子系列 39  5%
伊勢系列  35  5%
稲荷系列  24  3%
その他   188  26%
問題の仏教の宗派別のベスト7は次のとおりで,融通念仏宗は第3位,奈良県ではけっこう存在感を示していた。
浄土真宗本願寺派 424  24%
浄土宗      318  18%
融通念仏宗    205  11%
高野山真言宗   164  9%
真宗大谷派    100  6%
曹洞宗      74  4%
真宗興正派    67  4%
その他      441  25%
なお,天理市には融通念仏宗の寺が25あった。なるほど近所でよく見かけるわけだ。


写真:融通念仏宗本山は大阪市平野区の大念彿寺(Wikipediaから引用)

2021年11月21日日曜日

安倍晴明

安倍晴明(921-1005)といえば,先日はライバルの道魔法師(蘆屋道満)が活躍する芦屋道満大内鑑を国立文楽劇場で見たところだ。桜井市にある安倍文殊院を訪ねたとき,お堂の中に安倍晴明の坐像があったので,ここが出身地かと思っていたがそうではなかったようだ。

阪堺電車に乗って,大阪阿倍野の北畠あたりに散歩に行った帰りに,安倍晴明神社を発見した。それによると,出身地には諸説あるが(大和は含まれていない),大阪説が一番有力と主張している。その根拠は「葛の葉伝説」なのだが,それでいいのか。なお,京都の晴明神社は,安倍晴明の没後に邸跡に御霊を鎮めるために設けられたので,生誕地とは関係ない。

日曜午後の安倍晴明神社は,お参りの人や学習ツアーの団体などでかなり賑わっていた。よくわからないが,社務所の横にちょっと怪しい占いコーナというのがあって日替わりで相談に応じていた。

P. S. 神社の近所には,The MARKET Grocery というお店がオープンしたばかりで,美味しいリンゴとミカンを試食させてもらった。ミカンを買ってしまったのは,もしかすると葛の葉の狐に化かされたからかもしれない。


写真:安倍晴明神社の石碑(撮影 2021.11.21)


2021年5月15日土曜日

闕野神社

金沢の 闕野神社(がけのじんじゃ)は,実家から歩いて5分の寺町通りにある神社。子どものころ,正月の初詣はここと決まっていた。母がお雑煮の準備をしている間に,父とこどもたちが初詣に向かう。後年,元旦には西金沢の八幡神社(はちまんじんじゃ)に母と何回か通うことになる。

小学校1年の絵日記で,闕野神社のお祭りの出店で5円のアイスクリームを買って食べたことを書いたら,おばあちゃんや両親にこっぴどく指導された。何が入っているかわからないのでそんなものは食べてはいけないとのこと。せっかく,近所の友達の宮崎君と10円玉にぎりしめて楽しみにいったのに,散々な結果であった。

お祭りといえば,おばあちゃんの家がテリトリーとなっている泉野桜木神社のほうが大きくて出店も多かったのであるが,何かを買ってもらった記憶はあまりないかもしれない。神社の祭りの出店ではなく,寺町通り終点あたりにでる夜店の方がにぎやかだった時期もあったけれど,それも長くはつづかなかった。

寺町通りの商店会も閉店が続き,横山酒店も松川金物店も北村の傘屋も新保の床屋も荒木自転車店も寺町終点の津田の靴屋もみんななくなってしまった。


写真:闕野神社(金沢徒然日記から引用)

P. S.  金沢徒然日記には「闕野神社 宵詣りの逸話が残る神社」として,

当社の境内では昔「宵詣り」という人に呪いをかけるものが流行し、本殿裏の欅の木には無数の藁人形が五寸釘で打ち込まれていたという

 とあるが,さすがにその記憶はありません。

2021年4月8日木曜日

高野山町石道

 町石道(ちょういしみち)は,和歌山県九度山町(くどやまちょう)の慈尊院から高野山までの参詣道である。弘法大師が母のいる慈尊院に月に九度通ったことから九度山の名前が付いたということだけれど,往復に丸一日費やすことになりそうで,他の仕事に差し支えるのではないかと思う。

町石というのは一町(109m)ごとに置かれた道標のことであり,根本大塔から慈尊院までの22kmの道のりに180基,根本大塔から奥之院の弘法大師御廟まで4kmで36基と,あわせて216基あるとのこと。ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部を構成している。慈尊院から高野山までは6-7時間のコースだとのこと。

高野山町石道の途中に丹生都比売神社がある。空海の高野山開創の伝説を構成する紀伊國一宮なので,ちょっと期待していたのだけれど,周辺にへび出没注意の看板があるくらいで一般参詣者には見所もなく残念だった。せめて,弘法大師を高野山に案内した犬の子孫?の二匹の神犬を見ることができれば良かったのだけれど,公開日ではなかったのだ。



写真:慈尊院と丹生都比売神社(撮影:2021.4.7)


2021年3月14日日曜日

門戸厄神

西宮市の 門戸厄神(東光寺)へ行ったのは初めてだったかもしれない。阪急今津線の門戸厄神駅は,神戸女学院大学に行ったときに何度か降りている。最初に神戸女学院を訪れたのは,佐藤秀明君から文化祭のことを聞いたときで,馬場のぼる11ぴきのねこ井上ひさしが戯曲化したものをみた。ネコジャラ市の11人とごっちゃになっていたのだけれど,なかなか苦い味のする劇だった。

門戸厄神は日本三大厄神の一つとのことで,あとの2つは京都八幡市の石清水八幡宮と紀伊国一之宮の丹生都比売神社(天野明神)。空海が愛染明王と不動明王が一体となった厄神明王像(両頭愛染明王像)を三体刻んで,これをおさめたのがこの3箇所で,いまでは門戸厄神だけに残っているらしい。結局,厄神明王像はどこにあったのだろうか・・・肝腎なものを見逃しているような気がする。

1911年(明治44年)大正天皇が皇太子のときに,兵庫県で陸軍特別大演習が行われた。その御座所が設けられた記念碑(東宮殿下御野立所跡)が立っている。確かに,境内からは摂津平野が広く一望できた。陸軍特別大演習といえば,近鉄天理線二階堂駅前にも明治天皇の御座所があったという碑が立っていたと記憶していたが,調べても出てこない。逆に,昭和7年秋の陸軍特別大演習で昭和天皇がここからお召し列車に乗ったという記事がみつかった。

[1]参考:昭和7年陸軍特別大演習於奈良・大阪(奈良県立図書情報館)


写真:門戸厄神と摂津平野(2021.3.14 撮影)


2020年10月2日金曜日

御旅所

三十八柱神社からの続き

傍示浚で登場した天理市南六条町の三十八神社の御旅所(おたびしょ)が,傍示浚と三十八神社の中間地点にある。神様が宿る依代のような大きな木があるが注連縄は張られていない。Wikipediaの説明によれば祭礼の神輿の休憩地点ということなのだけれど。このマイナーな御旅所がgoogle検索によってあがってくるのは,自分の検索履歴が影響しているのだろうか。


地図&写真:google mapから引用 & 三十八神社の御旅所(2020.9.30撮影)

2020年9月22日火曜日

三十八柱神社

先日,石上神宮の北西端の結界に対応する三十八神社(みそやじんじゃ)の傍示浚の標を見つけたところだった。今日の散歩は三十八柱神社(みそやはしらじんじゃ)だった。

調べてみると奈良県を中心として各所に三十八の名前がつく神社があった。三十八神社,三十八柱神社,三十八社神社,三十八所神社など。県内分をリストアップすると次のようなことで,半分は天理市にある。

三十八神社(みそやじんじゃ)
〒632-0098 奈良県天理市南六条町223
〒632-0054 奈良県天理市檜垣町94
〒632-0025 奈良県天理市藤井町218

三十八柱神社(みそやはしらじんじゃ)
〒632-0083 奈良県天理市稲葉町162
〒636-0216 奈良県磯城郡三宅町小柳373
〒635-0814 奈良県北葛城郡広陵町南郷1242
〒633-0067 奈良県桜井市大福479

三十八社神社(さんじゅうはっしゃじんじゃ)
〒632-0068 奈良県天理市合場町259
〒634-0825 奈良県橿原市観音寺町882

三十八所神社(さんじゅうはっしょじんじゃ)
〒630-8212 奈良県奈良市春日野町160(春日大社境内) 

で,三十八柱とは結局どの神様なのかというと,桜井市の三十八柱神社の説明によれば,伊邪那岐命+伊邪那美命+宮中三十六柱ということらしい。では宮中三十六柱は誰なの。Wikipediaの宮中・京中の式内社一覧によれば,つぎのとおり(式内社は延喜式神名帳に記載された神社)。 

御巫祭神 8座
 神産日神・高御産日神・玉積産日神・生産日神・足産日神・大宮売神・御食津神・事代主神
座摩巫祭神 5座
 生井神・福井神・綱長井神・波比祇神・阿須波神
御門巫祭神 8座
 櫛石窓神×4・豊石窓神×4
生島巫祭神 2座
 生島神・足島神
宮内省坐神 3座
 園神・韓神×2
大膳職坐神 3座
 御食津神・火雷神・高倍神
造酒司坐神 6座
 大宮売神×4・酒殿神×2(酒弥豆男神・酒弥豆女神)
主水司坐神 1座
 鳴雷神

なかなか面倒なことになっている。


図 google map において三十八神社等で検索した結果から引用



2020年9月16日水曜日

傍示浚

朝の散歩でときどき思いがけないものを発見する。昨日は 傍示浚(ぼうじさらえ)だ。北西ルートで郡山インターの南側を回っていると,石上神宮の傍示浚神事の標識があった。氏子区域の境界を示す杙(くい)が8ヶ所あって,毎年10月1日に神事が行われるもので,添付写真の説明文に詳しい。奈良女子大学の宮路淳子さんの論文から8ヶ所について記されている部分を引用する。散歩コース内には他に何ヶ所かある。

神事の概要については、白井伊佐牟氏の著書に詳しいので、以下抜粋する 16)。「当日午前九時神職二名が北郷・南郷(布留川の北が北郷・南が南郷)にわかれ、北郷は 1 石上町・石上市神社、2 富堂町・岩上神社、3 田井庄町・八剱神社、4 南六条町北方・三 十八神社の四か所、南郷は 5 内馬場町・春日神社、6 川原城町・神明神社、7 備前町南端・ 備前橋南詰道路脇、8 田町・厳島神社の四か所の計八ケ所で祭典が行なわれ、榜示榊は 1・ 2・3・4・5・8 は各神社本殿前の盛砂に刺すが、8 は後刻北西方の境界地へ刺し、1 も以 前は北方の櫟本町との境界に立てていた。6 は一の鳥居跡地(布留街道と上街道の交差点 の東)へ、7 は祭典場所と同じところへ立てる。


写真:天理市南六条町の傍示浚標識(2020.9.15)

[1]宮路淳子:天理市石上神宮の傍示浚神事からみる布留川 流域の水資源利用と土地開発に関する研究

2020年6月17日水曜日

稗田環濠集落

稗田阿礼の出身地ということで,稗田環濠集落にある賣太神社の祭神は稗田阿礼命(ひえだのあれのみこと)だった。天宇受賣命(あめのうずめのみこと)と猿田彦神(さるたひこのかみ)も祭神に名を連ねている。

神道の神の命名規則によると,「(1)○○ノ(2)○○ノ(3)○○」では,(1)が神の属性,(2)が神の名前,(3)が神号(尊称)である。むむむ,(3)には神−命−大神−権現−明神などがあるようだがいまひとつ区別がかわからない。そもそもサルタヒコも古事記では猿田毘古神・猿田毘古大神・猿田毘古之男神であり,日本書紀では猿田彦命となっているということなのでいったいなんなのか。

えーっ,猿田彦と天宇受賣は夫婦だったのか。猿田彦が手塚治虫の火の鳥にでてきたところまではなんとなく知っていたけれど。また「アメノウズメ」は古事記では天宇受賣命,日本書紀では天細女命となっている。賣太神社は稗田阿礼なので古事記方式でよいのだろう。

P. S. 稗田環濠集落の水路には亀がたくさん泳いでいた。猿沢池を越えるインパクトである。


写真:大和郡山市の稗田環濠集落にある賣太神社(2020.6.16撮影)

2019年9月16日月曜日

天河大辨財天社

敬老の日の休日なので(実は連日休日なのだ),道の駅吉野路黒滝でおいしい蕎麦(深山そば)を売っているというので,ドライブに出かけたところ,道の駅は入場待ちの行列ができており,10分さきの天川村まで足を伸ばした。

まずは,大峰本宮の天河神社に向った。天河伝説殺人事件は読んだことも映画を見たこともないのだけれど,当時のCMのせいか印象に残っていたので,天河神社の存在はよく認識していた。ところが,妻はそれ何知らないという。そうではなくて,途中に案内があった,丹生川上神社のほうが圧倒的に有名だと主張する。自分はそれ何知らない状態である。調べてみると天河神社は郷社であり,丹生川上神社は旧官幣大社であった。あらら。しかも丹生川上神社の上社はダムに水没させたという。いいのか水神を守る神社にそんなことして。罰があたるぞ。

その後,天川村に1つしかない信号機の横のかどや食堂に入ってアマゴ塩焼き定食とアマゴ甘露煮定食(両方とも安くておいしい)を食べて,これまたすぐ向いの土産物屋の小路の駅「てん」でアマゴの甘露煮をお土産に買った。かどや食堂の亭主夫妻のイラスト入りである。なお,帰りによった道の駅黒滝の深山そばは,人気のため売り切れてしまっていた。



写真:天河神社(撮影 2019.9.16)


2019年7月21日日曜日

菅原神社

奈良の喜光寺は,菅原道真(845-903)の生誕地(異説も多い)である菅原の里にあったためかつて菅原寺とよばれていた。喜光寺のそばには菅原神社(菅原天満宮)と菅原道真が産湯を使ったといわれる天神池の遺跡があった。「すがはら」なのか「すがわら」なのかどうなのだろう

写真 菅原天満宮あたり(2019.7.18撮影)