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2024年1月18日木曜日

コンストラクタ理論

コンストラクタ理論というものがあることを知った。知るには段階があるのだけれど,これは名前とボンヤリした意味がわかるという第1段階。自分の頭の中で「知っている」というのはだいたいこれにあたる。

対象が,具体的な事物なのか,抽象的な事柄なのかによっても話が違ってくる。例えば,有馬温泉知ってますかという問いに対して,(1) 名前を聞いたこともない,(2) 名前は聞いたことがある,(3) その属性(場所・由来)なども知っている,(4) 写真や動画での紹介を見た,(5) 現地を訪問したことがある,(6) 宿泊して観光したことがある,(7) ある程度の期間滞在して暮らしていた,(8) 長い間にわたって現地で生活していた。などなど。

今では,(1)-(4) は簡単に実現できる。仮想空間技術が進歩すれば,(5) や場合によっては(6) あたりまでは手が届くようになるのかもしれない。視聴覚以外の体験はまだ難しい。食べ物について同様に自分が知っているかどうかという問題を考えると,あるものを食べるという体験と結びついた記憶の話や,文化的な多様性のなかで様々な派生物の範囲をどこまで理解してそのなかで位置づけることができているかなど,さらに話が複雑になってくる。

ある事柄に関するプロフェッショナルというのは,結局どれだけの具体的な体験を積み重ねてきてそれらをネットワークする知恵を発達させているのかということに帰着するような気がする。

そんなわけで,このブログのように浅く(広くもない,人間の興味はかなり限定される)知った気分になっているというのに,どれほどの意味があるのかということを改めて反省する。

話が,全然進まない。コンストラクタ理論の件である。受け売りの要約では次のようになる。生成AIや翻訳ツールがあるので,十分な読解を経なくてもわかったようなまとめができてしまう。それはそれで問題なのだ。抽象的な事柄の意味を知っているかどうかというのは,多次元空間の連続的なスペクトルのどこに位置するかみたいな面倒な話にはなりそうだ。
コンストラクター理論とは、物理学における基本法則を定式化する新しいアプローチである。世界を軌道、初期条件、力学的法則で記述する代わりに、構成理論では、どのような物理的変換が可能で、どのような変換が不可能か、そしてその理由についての法則を記述する。この強力な転換は、現在は本質的に近似的とみなされているあらゆる興味深い分野を基礎物理学に取り込む可能性を秘めている。例えば、情報、知識、熱力学、生命の理論などである。

量子計算理論の創始者の一人であるデイヴィッド・ドイッチュ(1953-)が2012年に提案し,キアラ・マレットとともにオックスフォード大学で展開している理論である。

[1]Constructor Theory (D. Deutsch, 2012)
[2]Constructor Theory of Information (D. Deutsch, C. Marletto, 2014)
[3]Constructor Theory of Life (C. Marletto, 2014)
[4]Constructor Theory of Probability (C. Marletto, 2015)

2023年1月22日日曜日

対話と検索の狭間

対話の時代からの続き

ChatGPTの影響はまだ続いている。ChatGPTに対抗・関連・代替するシステムが多数出現中だ。ChatGPTは,学術的な問いに正確な回答はできない。引用文献も出鱈目である。こういう場合に推奨されているのが次のシステムだ。

(1) ElicitはOughtという非営利研究機関により,2022年4月に運用が始まった大規模言語モデル(GPT-3)を用いる研究支援ツールだ。質問をすると,1億7千5百万本の論文に基づいて関連する数編の論文と重要な情報の要約を表示する。

(2) Perplexityは,米国のAI開発企業 Perlpexity AIが開発した,世界最初の対話型検索エンジンを謳ったシステムだ。大規模な言語モデルと検索エンジンを用いて複雑な質問に対して正確な回答と根拠となる参考文献を5件及び関連情報を提供するアンサーエンジンである。

(3) これは噂だけなのだが,Claudeは,AnthropicというOpenAIの元社員によるAIスタートアップ企業が開発中の対話型AIである。ChatGPTとの比較記事が出されている。OpenAIの「ChatGPT」と元OpenAIエンジニアが開発した「Claude」の性能を比較した実験結果。ChatGPTと比べ一長一短であり,計算力が特別優れているわけでもない。

"what are the effects of general relativity on the formation of planetary system"という質問で(1)(2)を比べてみた。参考のため,(4) Google Scholarも試した。質問の趣旨は,惑星系の形成過程で一般相対論的な効果はどのように影響するかというものだ。

(1) Elicitはそれらしい論文を示してくれた。最初の3本は妥当だけれど,次の4本は微妙だったり,pdfファイルがないものだった。(2) Perplexityは一般相対論に関する一般的な話を回答してきた。参考文献もWikipediaだったり,Open Sourceの教科書だったり,あまり専門的なものではない。(4) Google Scholarは,検索結果の参考文献を並べただけなのだが,ブラックホールの話や重力のScalar Tensor理論の話や,細胞核の話題など,ポイントがそれており問題を十分把握できていない。

Perplexityのようなインターフェースと表現で,Elicitレベルかそれ以上の答えが出てくればよいのだけれど,今のところ,自分で普通のgoogle検索を重ねるのが最も正解に近づきやすいという結果だ。


2022年12月11日日曜日

対話の時代

衝撃のAIからの続き

11月30日にOpenAIが公開した対話型AIシステム(ChatGPT)についての現段階の感想をまとめておくことにする。

(1) ChatGPTに対する見方
・AI専門家の声が見えない。清水亮は対話システムの限界と見る
・IT技術者やプログラマーは限界を理解しつつも比較的高く評価
・理系研究者等は知識が人工知能にはまったく及ばないと否定的
・短期間の 100万人登録から大きなインパクトがあったのは事実

(2) ChatGPTの特徴
・大規模言語システム GPT−3.5による対話システム*
・対話の前提条件や表現等を指定することができる
・対話によって自分の前言を修正することができる
・適切でない質問への回答を拒否することができる

(3) ChatGPTの長所と短所
・学習データに基づく辞書的事実を持つが分野にムラ
・簡単な計算や数理処理や論理判断はできるが不十分
・プログラム言語等については耳学問が発達している
・創作風で自由な文章や名前の羅列などは比較的得意

(4) 今後必要な機能的発展
・個人や集団ごとに対話情報を記憶して連携=LINE&SNS
・入力コーパス分野拡大と正しい知識の獲得=ウィキペディア
・数理計算能力や高度な論理的推論力の獲得=マセマティカ
・対象や場面に依存した表現の一貫性の獲得=パーソナリティ

(5) ChatGPTの未来
・1人1台のネットワーク端末から1人1つのAIアシスタントの時代
・対話出力がリアルタイム説明動画を生成するチューターの時代
・AIアシスタントとの関係に没入するパーキーパット人形の時代
・・・・

インターネットが大衆化した1990年代の半ばごろ,インターネットの教育利用について語る自分のPowerPointのファイルには,その本質として,リソース(情報のストック)とコミュニケーション(情報のフロー)の2つの柱があるというポンチ絵を必ず描いていた。今から思えば,知識というのは必ずしもリソース側にあるわけでなはく,コミュニケーションを成立させているネットワークに分かち持たれるものだったかもしれない。

そして,インターネットの利用の2つの柱は,情報検索(リソースへのアクセス)とSNS(コミュニケーションへのアクセス)として体現されることになった。対話の形をとったリソースへのアクセスシステムは,Q&Aサイトとして,Yahoo知恵袋教えてgoohatena人力検索OKWAVEとか,最近だとQuoraがあった。ただ,その回答の精度は必ずしも高くなく現時点のChatGPTなみだった。それが大きく変わることになるかもしれない。

情報検索とSNSがAIを媒介として統合される対話の時代の始まりだ。チューリングテストを受けていないAIアシスタントがキャラクター(パーソナリティー)を持って参加するMastdonインスタンスが林立し,そこへのアクセスによって質問への確かな回答が得られると同時に,懇切丁寧にわかるまでAIアシスタントにも教えてもらえる時代がやってくる。

しかし,その対話の半分は人間側の幻想による補完から成り立っている。そして,知識の本質というのは,この対話における幻想と切り離せないのかもしれない。知識を産み出した人間同士のコミュニケーションだって,やぎさんゆうびんを補完することでかろうじて成り立っているものだから。

図:11/30のChatGPTの出現前後のgoogle trends

* ChatGPTはInstructGPTの兄弟モデルであり,プロンプトの指示に従って詳細な応答を行うよう,人間のフィードバックを元にした強化学習を施している。


2022年5月27日金曜日

三角関数(4)

三角関数(3)からの続き

東京大学の浜口幸一さんが2022年の夏学期に担当している「基礎方程式とその意味を考える」の中間試験問題が公開されている。

あなたが長い眠りから目を覚ますと、そこは 20xx 年の某国。そこでは、「三角関数は不要だ」と考える権力者によって全ての教科書から三角関数の記述が消されてしまっていた。これは大変だ。しかし幸いなことに、指数関数や複素数に関する記述は残っていた。そこであなたは「基礎方程式とその意味を考える」の講義で出てきた複素指数関数を用いて三角関数を定義し、そこから三角関数の性質を導くことにした*1 。

という設定で,三角関数の加法定理や周期性を導くものとなっている。 その参考文献として,立川裕二さんの2012年の物理数学IIの問題の以下の設定と,

問題:あなたは物理数学のテストの日になって目が覚めてみると空間が 1 次元増えて 4 次元になっていることを発見した!これでは三次元空間における球面調和関数だけでは物理を理解することはできない、四次元における球面調和関数を決定しないといけない。しかし物理数学 II の講義で習った内容は四次元の球面調和関数を決定するのに十分だ。そこで、以下の順序にしたがって、四 次元の球面調和関数について考えよう。

もうひとつ,グレブナー基底大好き bot さんのカクヨム小説「三角関数禁止法」があげられていた。三角関数禁止の世界が洒落にならないのがこわい。まあこの国では,禁止しなくてもみんな忖度で自分から身を捧げるので,だまっていてもどのマスコミも敵性語の三角関数を使わなくなるのかもしれない。キエフも敵性語ということでしたから。

2022年5月26日木曜日

三角関数(3)

三角関数(2)からの続き

三角関数の話題から,学習指導要領について調べていると,次の記事が目に入った。

最新の「学習指導要領」が,「絵に描いたモチ」になってしまっている以外な理由(現代ビジネス,2022/5/20 8:02 Yahoo! Japan News)。元文部官僚の前川喜平と法政大学教授の児美川孝一郎が,最近の教育政策について語り合った『日本の教育、どうしてこうなった?』(大月書店 2022)からの抜粋らしい。

平成30年3月告示(2018年)の現行学習指導要領が,教育内容ではなく「育てたい資質・能力」ベースで編成され,「社会に開かれた教育課程」や「学びの地図」といった目標設定がなされ,「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニング)や「カリキュラム・マネジメント」の導入など,話題が満載な改訂である理由について尋ねられて次のように述べている。

児美川:すべての教科・科目にそれぞれの「見方・考え方」が書き込まれ,かつ各教科・科目の内容もすべて「資質・能力」の3つの柱に沿って記述された。いわば、各教科・科目が縦軸、見方・考え方と3つの資質・能力が横軸となったマトリクス上にすべてが配置されました。芸術系の科目だろうが、体育だろうが例外はありません。その限りでは、形式的な論理性は究極まで貫かれています。ちょっと気持ち悪いくらいです(笑)。

前川:いかにもきれいに整理されているように見えるんだけど、そんなふうに整理しきれるものじゃないと思うんですけどね。書き込みすぎ,考え込みすぎ。要するに,やりすぎ

仕事柄,学習指導要領は,過去からの時系列を比較しながら読むことが多かったが,現行指導要領の印象はまさにその通りなのである。最初に見たときに自分の感じた違和感は,ルーブリック評価のテーブルをみるときの気持ち悪さと一緒であり,無理矢理に拵えられて過剰に書き込まれた論理的整合性なのだ。

前回の平成20年告示(2008年)の学習指導要領は,平成10年告示(1998年)版が,ゆとり教育路線による過剰な精選によって大きな批判を浴びたのをうけて,内容充実に柁を切ったものだった。それが,平成30年告示(2018年)では,教育方法にまで手を突っ込んで,箸の上げ下ろしのような細部まで拘束しかねない学習指導要領を追求している。

前川:まあ、両方とも合田君がやったからいけないんですよ(笑)。2008年・09年の改訂のときに合田君は,初等・中等教育局の教育課程課の教育課程企画室長だった。改訂の事務方の中心的な役割を担っていたんです。

 今回の改訂も合田色が強い。合田君が教育課程課長になったので。私が初等中等教育局長だったのが2013年~14年でしたが、合田君を課長にするつもりはなかったです。合田君がやったものを見なおすことのできる人間がやらないとダメだと思っていましたから。

 ところが私の後任になった小松親次郎君は,合田君がいいと思ったんでしょうね。合田君は合田君で,前回やり残したことがあったんですね。こういう文科省で誰が担当しているかということは,けっこう影響するんですよ。

前川:戦前の陸軍の関東軍は暴走しちゃったわけじゃないですか。ああいう強硬な中堅将校がいると,全体が引きずられちゃうことがあるわけですね。合田君はOECDの考え方の影響を強く受けているし,経済産業省が教育に乗り込んでくる動きにも乗っかっちゃったわけですね。

合田哲雄,現在は内閣府の科学技術・イノベーション推進事務局審議官である。2012-2015年の前後,自分が文部科学省によく通っていた時期には,この合田哲雄や小松親次郎の顔も拝んでいる。合田哲雄の評判は,当時の長尾学長らも口にしていたが,よくできるということだった(注)。

やり過ぎ感満載の学習指導要領を貫く精神は,大学教育にも大きな影を落としている。その結果,教育内容ではなく,アクティブラーニングをはじめとする教育方法と,抽象的な資質能力観が構成する3ポリシーでがんじがらめにされた,気持ち悪いカリキュラムを作るはめに陥ったのだった。まあ,文科省路線に迎合しようと努力していた自分も悪いのだが。

経営的にも組織的にも精神的にも自立できない日本の国立大学が共通に辿っている道だ。

[1]OECDの考え方:OECD Future of Education & Skills 2030

(注)「文部科学省には,大合田と小合田の二人がいてなんとか・・・」ということだったが,もうひとりの合田とは,もと高等教育局大学課長,生涯学習政策局長の合田隆文のようだ。

2022年5月25日水曜日

三角関数(2)

 三角関数(1)からの続き

前回の復習:金融教育を推奨している藤巻は,三角関数は高校で全員が学ぶ必要がなく,大学に入ってから学べば十分である個別的な専門知識だと主張している。しかし,そもそもの文部科学省の答弁で,三角関数は必履修科目の範囲にはなく(全員が学んでいない),金融教育が必履修科目「公共」の範囲だった(全員が学ぶことになっている)。


表:高等学校学習指導要領から

高等学校の学習指導要領をみると,各学科に共通する部分は表のようになっていた。図の黄色の科目が必履修科目であり,緑の科目は選択的な必履修科目だ。それ以外が選択科目となり,各高等学校がその特性に応じて決めている。

三角関数は,数学Ⅱと数学Ⅲに登場するだけでなく,物理基礎と物理の各分野でも必須の基礎知識なので,日本維新の会が政権に加わって,藤巻のいう方向で文部科学省が動けば,たちどころに日本の理工系教育が崩壊する。

一方,金融教育について必履修科目「公共」の学習指導要領解説編に何が書いてあるかを見れば,森田審議官の答弁で問題が解決したとも言い切れない。
公共
B 自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち
(ウ)職業選択,雇用と労働問題,財政及び租税の役割,少子高齢社会における社会保障の充実・安定化,市場経済の機能と限界,金融の働き,経済のグローバル化と相互依存関係の深まり(国際 社会における貧困や格差の問題を含む。)などに関わる現実社会の事柄や課題を基に,公正かつ自由な経済活動を行うことを通して資源の効率的な配分が図られること,市場経済システムを機能させたり国民福祉の向上に寄与したりする役割を政府などが担っていること及びより活発な経済活動と個人の尊重を共に成り立たせることが必要であることについて理解すること。
【解説編】
金融の働きについては,現代の経済社会における金融の意義や役割を理解できるようにするとともに,金融市場の仕組みと金利の働き,銀行,証券会社,保険会社など 各種金融機関の役割,中央銀行の役割や金融政策の目的と手段について理解できるようにする。
なお,「金融とは経済主体間の資金の融通であることの理解を基に,金融を通した経済活動の活性化についても触れること」(内容の取扱い)が必要であり,金融は,家計や企業からの資金を様々な経済主体に投資することで資本を増加させ,生産性を高め,社会を豊かに発展させる役割を担っていることを理解できるようにする。また,近年の金融制度改革の動向や金融政策の変化などを理解できるようにするとともに,フィンテックと呼ばれる IoT,ビッグデータ,人工知能といった技術を使った革新的な金融サービスを提供する動き,クレジットカードや電子マネーなどの利用によるキャッシュレス社会の進行,仮想通貨など多様な支払・決済手段の普及,様々な金融商品を活用した資産運用にともなうリスクとリターンなどについて,身近で具体的な事例を通して理解できるようにすることも大切である。
たぶん,藤巻の主張の中で,すべての生徒にとって必要だという部分はここにはない。実は,同じ必履修科目の家庭総合(ただし家庭基礎と選択の可能性あり)の解説編に該当部分の記載がある。
家庭総合
C 持続可能な消費生活・環境
(1)生活における経済の計画
ア(イ)生涯を見通した生活における経済の管理や計画,リスク管理の考え方について理解 を深め,情報の収集・整理が適切にできること。
【解説編】
生涯を見通した生活における経済の管理や計画,リスク管理の考え方については,人生を通して必要となる費用はライフステージごとに異なることについて理解して生涯収支に関心をもつようにするとともに,将来の予測が困難な時代におけるリスク管理の考え方について理解できるようにする。また,生涯を見通した経済計画を立てるには,教育資金,住宅取得,老後の備えの他にも,事故や病気,失業などのリスクへの対応策も必要であることについて理解し,預貯金,民間保険,株式,債券,投資信託等の基本的な金融商品の特徴(メリット,デメリット),資産形成の視点にも触れながら,生涯を見通した経済計画の重要性について理解できるようにする。

結局,藤巻の主張する金融教育というのは,金融リテラシーに相当するものを意味しており,それはすでに日本政府が率先して旗振りをしているのであった。

P. S. 「公共」の学習指導要領をこの度はじめて読んでみたが,その書きっぷりが他の教科とあまりに違いすぎて気になった。もう少し表現を吟味・整理して書くことができなかったのだろうか。

2022年3月21日月曜日

知の対価のデフレ

 東北大学の堀田昌寛さんがTwitterで「知の対価のデフレ」について発言したことが波紋を広げている。

インターネット上に無償の(物理や数学などの)専門知識コンテンツが溢れていることによって知の対価がデフレになっているとして,無償で学術コンテンツを公開している研究者やアマチュアに対して苦言を呈している。その趣旨は2つある。

(1)知識はタダで手に入るものという誤った考えが浸透することになり,知識生産(科学研究とその成果の解説や普及)やそれに携わる人たちの努力が報われなくなってしまう。これは,最終的に知的生産活動を毀損する方向に働くだろう。現に,専門書の市場がかなり縮小してしまい,売れなくなったとのことだ。

(2)人気のある無償コンテンツによって,量子力学の解問題などで典型的にみられる間違った知識が広がってしまう。なお,堀田さん自身のコペンハーゲン解釈の理解と解釈は正しいと主張している。無償コンテンツの流通が情報の質を低下させることに問題がある。

まあ,著作権法の精神がかなりビジネスサイドに歪められている状況で,著作権管理団体が主張している方向性に親和性のある発言である。彼自身が,投げ銭システムを使おうが,有償コミュニティを作ろうがそれはよろしいのだけれど,問題はこれまで無償で良質なコンテンツを公開してきた人に批判の矢を向けていることだ。実際,批難された人たちが様々なリアクションをしている。

堀田さんの量子力学の新しいタイプの教科書「入門 現代の量子力学 量子情報・量子測定を中心として」は,Twitterでの宣伝も功を奏してとても評判になったし,自分も購入している。それ以前の「量子情報と時空の物理」も買っており,量子力学の認識論的解釈という言葉に目を開かれる思いだった。

インターネットの黎明期から始まった知識情報やソフトウェア・データの民主化と公開化の流れや精神に自分は基本的に賛成であり,それらに非常に大きな恩恵を受けている。また,その結果として新しいビジネスモデルが展開されて,お金が動き始めることには全く問題はないと思う。しかし,原点である情報のオープン化に障害となるような発言を繰り返されるのは,影響力の大きな人だけに気になってしまう。なんだかなあ。

P. S. 1 Twitterでの堀田さんの発言はずっとウォッチしてきているが,微妙に道徳・宗教的なところや,変な理由で谷村省吾さんがサイエンス社のサイトで補足情報を出したことに噛み付いたりと,あまり良い印象のない部分がある。

P. S. 2 arxivやWikipediaやWeb Archiveにもお世話になっていて,わずかながら寄附したことはあるので,全くただノリをしているつもりはない。また,YouTubeには収益化機構があるので,これもOKだろう。

P. S. 3 堀田さん自身もお世話になっているはずの,オープンソースソフトウェアについて,彼はどう考えているのだろう。

2021年7月2日金曜日

失敗知識データベース

 畑村洋太郎さん(1940-)は,失敗学を提起し2002年には特定非営利活動法人の失敗学会を設立している。また,個人では,畑村創造工学研究所の名前でも活動している。

これに関連して,失敗学会には失敗知識データベースのページがある。明治時代から2008年までの様々な分野での失敗事例が,事例詳細,経過,原因,対処,知識化,背景などにわたって丁寧に記録分析されていて,たいへん有益である。その後の更新が止まっているのが残念だ。

福島原発事故が含まれておらず,医療・健康分野がその他にごくわずかな例しか取り上げられていないことも惜しい。せっかくだから,教育やその他の行政分野にわたっても失敗知識を蓄積してほしいところ。2chあがりのネトウヨ担当大臣がデジタル庁にうつつを抜かすくらいならば,失敗庁をつくるほうが日本の将来にとってよほど有益だろう。


2020年6月30日火曜日

「役に立たない科学」が役に立つ

エイブラハム・フレクスナーロベルト・ダイクラーフによる『「役に立たない科学」が役に立つ』が,初田哲男さんの監訳によって近々東京大学出版会から登場する。著者は,プリンストン高等研究所の初代および現在の所長である。この本は,この二人のエッセイ,明日の世界(ロベルト・ダイクラーフ),役に立たない知識の有用性(エイブラハム・フレクスナー)を中心に構成されている。後者は1939年にHerpars Magazine に掲載されたものでありすでに著作権が切れており,2013年の3月にあの山形浩生によって「役立たずな知識の有益性」として訳出されている。このタイトル比べただけでも,山形大丈夫かと思ってしまいそうだ。本は読んでいないけれど,2017年12月のダイクラーフの講演資料をみるとその趣旨がとてもよく理解できた。

図 The Usefulness of Useless Knowledge 原著の表紙(引用)


2020年3月13日金曜日

小学館版学習漫画少年少女日本の歴史

新型コロナウイル感染症のため全国の学校が休校になり,さまざまな対応措置が講じられている。そのひとつが子ども向け学習・娯楽コンテンツの期間限定無料提供である。例えば,小学館版学習漫画少年少女日本の歴史全24巻(22巻+付録2巻)が2020年3月11日から4月12日まで無料公開されている。

さっそく読み始めました。いやーおもしろくてためになる。高校のときは理数科で世界史と日本史は片方のみが選択だった。それならば世界史でしょうということで,受験に不利かもしれない世界史を選択したため,日本史は小学校の知識でとどまっている。中学校社会の歴史は,途中で交代もあったかもしれないなんだかもうひとつの先生で(地理の米山先生は若くて授業に集中できたのに),試験の成績も全く振るわなかったのだ。

小学校で歴史を学ぶのは6年生である。5年生が地理。その泉野小学校6年の担任の前多光子先生が,4月の社会の授業の最初に1時間かけて何のために歴史を学ぶのかということをひたすら子どもたちに問い続けた。みんなで考え続ける時間がとても長かった。で,結論は「温故知新(ふるきをたずねてあたらしきをしる)」ということだった。学校生活で数少ない印象的だった授業の一つである。

さて,学習漫画のほうに話を戻す。
わかったことは,日本の政治は悪者が担ってきたということだ。どおりで最近の政権支持率が40%で高止まりしているわけだ。子どものときからみんながこの37年に渡るベストセラーの学習漫画で育っている。そんなわけで,今の50歳以下の世代は我々と違って政治の本質を見抜いてしまっており,なおかつこれが歴史というものだとあきらめて(達観して)いるのかもしれない。その土壌の上に新自由主義が猖獗するのもしょうがない。


2019年8月28日水曜日

ニューヨーク公共図書館

平日に妻と行く映画シリーズその2。制限時間30分で,梅田スカイビルから中津まで走り,阪急宝塚線一駅のって十三の第七芸術劇場に向う。開演5分前に到着し,整理番号は56と57。平日このテーマにもかかわらず,結構お客さんが入っている。12:00から15:35の長丁場なので途中に休憩が入る。

さて,タイトルは「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス(Ex Libris: The NewYork Public Library)」で,フレデリック・ワイズマン監督の2017年米国ドキュメンタリー映画(205分)である。3時間を越えるドキュメンタリーってどんなものかと思ったが,妻の予想だったシックでクラシックな建物を中心とした紹介などではまったくなかった。

ニューヨーク公共図書館(NYPL NewYork Public Library 1895-)は,国,州,市などの行政が設置した図書館ではなく,カーネギーの寄付などをもとにした私立(だがパブリック)の図書館であり,ニューヨーク市からの公的資金と民間からの寄付によって運営される。マンハッタン,ブロンクス,スタテンアイランドに92の分館を設置し,5300万冊の図書・資料を所蔵し,年間350万人が利用している。クイーンズとブルックリンには運営が別組織である公共図書館がそれぞれにある。

映画は,レファレンスサービスでの電話のやりとりから始まったが,1つのエピソードが長い。しかもほとんどが言葉や対話の積み重ねだ。図書館のプログラムで社会的な問題についての話をする講師や,芸術的な対話の数々。黒人文化に関するショーンバーグ研究図書館も大きなテーマとして,黒人差別の問題と関って取り上げられていた。また,NYPLの運営にかかわる委員会での議論がたびたび登場する。全編の3割以上を占めていたのではないか。予算獲得の問題。インターネットアクセスの問題。図書館の教育機能にかかわる問題。ホームレスへの対応の問題。などなど,多様な問題についての議論の様子が克明に記録されている。日本のオリンピック委員会も見習ってほしい。

予想とは異なっていたが,とても楽しく3時間半を過ごすことができた。さまざまな病巣をかかえる国であるにしろ,民主主義の基本となる言葉がしっかりと生きている場所がある安心感。翻って,日本の政治家やマスコミやTV知識人の細切れで歴史を無視した表層的な議論の数々を対比させたとき,なんともいえない虚脱感に襲われる。

あるいは,大阪では,児童図書館や公共的な文化施設が破壊されただけでなく,公共交通,病院,公園,大学が次々とターゲットとなり,公共から営利への流れができている。そして,それを推進する政治勢力がマスコミによって擁護され,さらに多くの市民・住民の支持を得ていくという,公共性の喪失の危機が進行している。

この映画は,民主主義の本質を支える言葉(Speech)の映画だった。

2019年7月7日日曜日

記述式問題の問題

大学入試に記述式問題が必要であるというロジックはどうなっているのか。まずは,教育再生実行会議の中から, 第四次提言高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について(平成25年10月31日)をみなければならないだろう。

要約
○グローバル化とイノベーションに対応する人材の質が重要であり教育がその要
○大学入学者選抜が教育の在り方を大きく左右する。知識偏重の一点刻み試験や,学力不問のAO入試はだめ。高校教育+大学教育+入学者選抜の一体的改革が必要
○高校教育:生徒の多様性を踏まえた特色化+主体的に学び社会に貢献する能力
○大学教育:厳格な卒業認定及び教育内容・方法の可視化+人材育成機能を強化
○入学者選抜:能力・意欲・適性を多面的・総合的に評価・判定するものに転換

大学入試センター試験の改革は,当初,複数回実施の達成度テストという話のはずだった。しかし,現実と折り合わせた結果は,大学入試共通テスト(記述問題+英語民間試験)というところに落ち着いてしまった。面接や活動の重視と生徒の多様性を踏まえた高等学校の特色化という主張から見えるのは,色濃く漂う社会階層の分離政策である。なんだかなあ。

記述式テストは個別学力検査において,これまでも十分実施されてきた。一方,アルバイトを含む1万人の採点者が標準化された採点基準で公平な(提言元は,一点刻みを否定しており,公平性や公正性なんかクソ食らえと思っているかもしれないが)試験をするためには,マークシート並のレベルの問題に落とし込まなければならないだろう。今のセンター試験は十分工夫されていて,単純な知識偏重問題ではない。なんだかなあ・・・orz

ミクロにみるとこの大学入試改革で得をするのは,教育関連産業とそのロビーであり,御用学者であり,システム開発企業であり,それらに力を及ぼすことができる政治家だろう。また損をするのは,振り回される側の受験生・家族や,高校・大学教員ということになる。それはそれとして,この結果,当初のもくろみのように,高校や大学の教育が改善されて,質の高い人材が本当に育成されることになるのかどうかだ。この国の文部科学省や財務省はエビデンス・エビデンスと口を酸っぱくして畳みかけてくるが,彼ら自身が,政策の効果を測定した結果を公開し,それによって政策担当者を評価しているという話はあまり聞いたことがない。

2019年6月25日火曜日

知識の定義

道徳教育(3)」で,いくつかの概念のオレオレ定義を考えた。村井実は特に道徳の「知識」の重要性を指摘した。その「知識の定義」を書き下そうとすると,これが思いのほか難物なのだった。他の概念も負けず劣らず難しいはずなのだが,比較的簡単に思い切ることができた。しかし,「知識」はそうはいかなかった。「科学」を定義したのだけれど,その中の登場する「知識」はブラックボックスのままであった。

例えば,精選日本国語大辞典には,
「(英 knowledge ドイツ Wissen の訳語)哲学で,認識活動によって得られ,客観的に確証された成果。広義には,諸事物について経験によって得られた断片的な事実認識もすべて含むが,狭義には,これらの事実認識を統一的に組織付け,普遍的な妥当性を要求できるように整えられた命題の体系」
とある。なかなかいいですね。

なるべく簡潔に表現したくて,次のように考えたところで挫折した。
知識の定義
 対象や事象に関して認識された情報から抽出されたもので,他の知識との関係の中に位置づけて理解や伝達を可能にしたもの
知識の中で知識が再帰定義されている。いずれにせよ,いまひとつなのだ。知識工学という分野もあるので,その方面で何かヒントがないか探してみるのだが,簡単には見つからない。やはり,科学哲学や認識論でどう扱われているかを勉強すべきなのか・・・続く。

[1]哲学概論−知識について(西脇与作)
[2]知識の哲学(戸田山和久)−コメント(伊勢田哲治)
[3]「知識」についての考え方のイメージ(たたき台)(文部科学省)・・・orz
[4]「思考力の分類学」と「知識」(反転授業研究会)

2019年6月15日土曜日

Discipline-Based Education Research

日本物理教育学会の理事会で,Discipline-Based Education Research:DBERという言葉をはじめてきいた。PER(Physics Education Research)=物理教育研究についても,何年か前に聞いたときに単なる普通名詞だと誤解して査読意見をつけたくらいによくわかっていない自分なのであった。

発端は,今年2019年の3月2日に東北大学で開催された国際シンポジウム「ノーベル賞受賞者が主導した科学・技術教育の科学的変革-カール・ワイマン博士とインペリアル・カレッジ・ロンドンの取組-」だ。あの(冨田先生のお友達で橋下時代に活躍された)大森不二雄さんが仕掛け人なのか・・・orz。笹尾真実子さんが日本学術会議の物理教育委員会の物理教育研究分科会の委員長である。そんなわけで,今年の9月末に学術会議が主催する学術フォーラムで物理教育改革をテーマをした集まりが開かれる予定だそうだ。

Discipline-Based Education Researchとは,主にSTEM教育領域の個々の学術分野の知識や世界観に基づいた視点による学習や教育の方法を研究するものである。具体的には,
天文学   Astronomy education research (AER)
生物学   Biology education research (BER)
化学    Chemistry education research (CER)
計算機科学 Computer science education research (CSER)
工学    Engineering education research (EER)
地球科学  Geoscience education research (GER)
数学    Mathematics education research (MER)
物理学   Physics education research (PER)
などの集合であり,PER(物理教育研究)がもっとも早くから研究されているようだ。

PER(物理教育研究)でいえば,物理学−科学哲学−物理学史−認知心理学−教育方法学−&(社会学−言語学−人類学−倫理学)などが関係する学際的な研究分野が物理教育研究になる。

STEM教育の文脈あるいは教育方法学的な立場では,DBERの共通項を議論することに価値があるだろうが,要点は個別の学問領域の固有の関心やアプローチに基づく「学問分野別教育研究」の推進が必要であるということ。

関連した情報はまだそれほど多くない。
[1]Discipline-Based Education Research(Wikipedia:en)
[2]Physics Education Research (Wikipedia:en)
[3]Discipline-Based Education Research: Understanding and Improving Learning in Undergraduate Science and Engineering(Singer, Nielsen and Schweingruber,2012)
[4]研究領域としての物理教育(新田英雄,2016)
[5]物理教育研究 PER・学問領域に根ざした教育研究 DBER とは何か?(村田隆紀・笠潤平・覧具博義,2017)
[6]日米におけるアクティブ・ラーニング論の成立と展開(西岡加名恵,2017)
[7]米国STEM教育におけるDBER(discipline-based education research)の勃興 ―日本の大学教育への示唆を求めて―(大森不二雄・斉藤準,2018)