板倉さんや夏目さんの実験などでは乾いた容器に密度が水より小さな物体を押し付けた状態でまわりに流体をそそぎ,その後,手を離しても浮上しない状態が維持される。これに松川さんが噛みついた訳だった。単純な表面張力で説明できるかというと,浮力の問題(4)で示したように効果が小さすぎるように思える。そこで薄い空気層があるために浮上を妨げるということがありうるか考えてみる。
場面設定
場面設定1の環境において,質量m,底面積A,高さdの直方体Cを用意する。Hは大気圧PAと等価な水柱の高さである。水を入れない状態の水底Bに物体Cを押さえつけ,ここから水をhまで満たすと物体の底面と水底Bの間に厚さbの空気層が残ったとする。
初期状態では空気層の厚さはb=bi≪dであり,その面積は物体の底面積Aと一致している。このときの張力はTi=0である。空気層の気圧の初期値Piは水底の水圧PBと等しいとする。
次に張力Tで物体を持ち上げると空気層の部分に徐々に水が浸入すると同時に空気層の
厚みは増加し,T=Tfで最終的に離床するときの厚さはb=b0≪dとなったとする。
図 水中の物体に働く圧力と力(その2)
①:薄い空気層が存在するモデル
水の浸入する割合 f(P) が,水中の空気層の圧力Pに比例するというモデルを考える。初期状態では,f(Pi)=fi=0であり水は浸入しない。圧力が減るとともに浸入の割合は線型に増加し,離床時は f(Pf)=f0となるとして,次式を仮定する。
f(P)=P−PiPf−Pif0
空気層の厚さは物体の高さにくらべて十分に小さいと近似する。すなわち物体が空気層をはさんで着底してから張力Tを加えて持ち上げる過程で,物体の上面の水圧PCや物体の下面の水圧PBはそれぞれ,有効水深H+h−dやH+hの水圧のままであるとする。このとき水圧の式は次のようになる。
PA=ρgHPC=ρg(H+h−d)PB=ρg(H+d)Pi=PC+mg/APf=bib0(1−f0) Pi=β/ˉf⋅Pi
ただし,bi/b0=β, ˉf=1−f0とした。
初期状態では次の力の釣り合いの式が成り立っている。
Ti=mg+PCA−PiA=0
離床状態では次の力の釣り合いの式が成り立っている。
Tf=mg+PCA−PBAf0−PfA(1−f0)=mg+ρg(H+h−d)A−ρg(H+h)Af0−{mg+ρg(H+h−d)A}β
両辺をρgdA=m0gで割り,tf=Tf/m0gと置くと,
tf=ρmρ−1+H+hdˉf−(ρmρ−1+H+hd)β=(ρmρ−1)(1−β)+H+hd(ˉf−β)
②:数値的な評価の例
物体Cを密度ρm=0.5で一辺が10cm の立方体とする。立方体の質量は 500 g である。
大気圧に等価な水の深さはH=1000cmであり,水深をd=100cmとする。m0g = 1 kgwなので,次の式の単位はkgwである。離床時張力tfは,空気層の体積拡大率の逆数βと浸水していない部分の比率ˉfの関数tf(ˉf,β)として表される。
ただし,0<ˉf, β<1 である。
(1) f0=0 (ˉf=1),離床時の浸水がない場合
tf(1,β)=−0.5(1−β)+110(1−β)0<β<1→109.5>tf>0
(2) f0=0.5 (ˉf=0.5),離床時に50%は浸水している場合
tf(0.5,β)=−0.5(1−β)+110(0.5−β)0<β<0.4977→54.5>tf>0
(3) f0=0.9 (ˉf=0.1),離床時に90%は浸水している場合
tf(0.1,β)=−0.5(1−β)+110(0.1−β)0<β<0.0959→10.5>tf>0