2020年2月24日月曜日

感染症の数理シミュレーション(1)

新型環状病毒肺炎からの続き

あの神戸大学の岩田健太郎さんが新型コロナウィルス感染症の数理シミュレーションの論文を書いていた[1]。調べてみると基本的なSEIRモデルを使った簡単な微分方程式系だ。感染症に対して免疫を持たない者(Susceptible),感染症が潜伏期間中の者(Exposed),発症者(Infectious),感染症から回復し免疫を獲得した者(Recovered)から構成され,その頭文字をとってSEIRモデルと呼ばれる。このうち集団全体の出生率と死亡率を0に置いたモデルで計算していた。

このモデルの詳細については,Compartmental models in epidemiologyに詳しいが,ここでは上の日本語版WikippediaのSEIRの記事で十分だ。早速,Juliaで追計算してみた。下の例では,n=1000人の集団に1人の感染者がいるところからはじまる。感染率βは1日に1人で,潜伏期間αは12日,発症期間γは8.5日である。このモデルでは潜伏期間には感染しない。コロナウイルスは潜伏期間にも感染するようなので,この部分は簡単にモデルを修正できる。以下のコードではδとして導入した項だ(ピークがかなり前倒しになる)。

αとγは制御できないので,感染率βを如何にコントロールするかが対策のキモとなる。潜伏期間に感染するδ=1.0のモデルでは,β=0.2で集団の9割以上が感染してしまうが,β=0.1で8割,β=0.07では1年かけて5割強,β=0.05では1年後にも1割以下となり,非常にセンシティブだ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 
using DifferentialEquations
using ParameterizedFunctions
using Plots; gr()

sky = @ode_def SEIR_model begin
  du1 = -β*u1*(δ*u2+u3)/n # u1:Susceptible
  du2 = β*u1*(δ*u2+u3)/n -u2/α # u2:Exposed
  du3 = u2/α -u3/γ # u3:Infectious
  du4 = u3/γ # u4:Recovered
end n α β γ δ

function dif()

# hayashi-model
#n=1000.0 #total number of population
#α=5.5 #latent period (days)
#β=1.0 #disease transmission rate
#γ=7.0 #infectious period (days)
#δ=0.0 #latent transmission rate

# iwata-model
n=1000.0 #total number of population
α=12.0 #latent period (days)
β=1.0 #disease transmission rate
γ=8.5 #infectious period (days)
δ=0.0 #latent transmission rate

u0 = [999.0,1.0,0,0] #initial values
p = (n,α,β,γ,δ) #parameters
tspan = (0.0,100.0) #time span in days
prob = ODEProblem(sky,u0,tspan,p)
sol = solve(prob)
plot(sol,vars=(0,1))
plot!(sol,vars=(0,2))
plot!(sol,vars=(0,3))
plot!(sol,vars=(0,4))
end

@time dif()
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
岩田さんが例にあげているアウトブレイクするパラメタを代入してみると,よく似たグラフが得られたが,発症者のピーク位置や感染者と発症者の山の重なりが微妙に違う。彼の論文ではパラメタの領域しか提示されていないため,厳密な比較ができない。そこで,林祐輔さんのシミュレーション[2]と比較した。こちらのほうとは,ピタリと一致したのでたぶん上のコードは正しいのだろう。

図 JuliaによるSEIRモデルの確認


[1]A Simulation on Potential Secondary Spread of Novel Coronavirus in an Exported Country Using a Stochastic Epidemic SEIR Model(K. Iwata, C. Miyakoshi)
[2]COVID-19/stochasticSEIRmodel.ipynbY. Hayashi
[3]面向新冠疫情的数据可视化分析与模拟预测(陈宝权 北京大学前沿计算研究中心)
[4]corona_virus_model fitting_by optina(H. Maruyama)

 感染症の数理シミュレーション(2)に続く

2020年2月23日日曜日

特集−量子コンピュータ(4)

特集−量子コンピュータ(3)からの続き

13.大黒岳彦(哲学)
   量子力学・情報科学・社会システム論(22p ☆☆☆☆)
   量子情報科学の思想的地平
著者は次のようにいう。量子情報科学(量子計算−量子暗号−量子通信の三位一体)は次世代の情報社会(N. ルーマンの社会システム論=コミュニケーションの連鎖的接続)の要をなす技術であり,パラダイム変革的ではなくパラダイム完成的テクノロジーであると。その後,情報科学の誕生から情報科学と現象学の対比をへて,物的世界像を逆転させた情報的世界観を提示する。さらに,物理学におけるモノと情報の相克が量子力学に現れることから,量子情報科学の誕生からその思想的地平までに及ぶ。哲学者の議論は往々にして深い迷い道に誘い込まれるのだが,大黒さんはとても明解である。ルーマンの社会システム理論への過剰な肩入れが気になるのだが(ここは自分の勉強不足か?),それを除けばとても実り多い論考だった。

14.河島茂生(情報倫理)
   未来技術の倫理(13p ☆)
「倫理(ethics)」とはもともと「慣習(ethos)」を表す言葉である。ここまでは良かったが,オートポイエティック・システム(自分自身で自分をつくるシステム)やアロポイエティック・システム(他のものによってつくられ他のものをつくるシステム)あたりからついていけなくなり,転調してから,社会−技術システムと功利主義的計算が何なのかさっぱり分からず,すっ飛ばしながら終了した。チーン。

15.斉藤賢爾(インターネットと社会)
   デジタル署名,ブロックチェーンと量子アルゴリズム(10p ☆☆☆)
   新たなるサイファーパンクの夜明け
フィンテックが専門の斉藤賢爾さんは以前から独特の発想がおもしろくてときどきウォッチしてきた。「サイファーパンク」とは「強力な暗号技術やプライバシー強化技術を社会的・政治的変化への道として広く利用することを提唱する活動家」のことであり,斉藤さん自身のことかもしれない。暗号技術の本質は記録の真正性を保つことにあるとして,ブロックチェーンの話につなげていく。ただ,量子計算との関係はあまり深まらなかったのが少し残念だった。

16.羽根次郎(中国近現代史)
   チャイバースペース(Chyberspace)の出現について(10p ☆☆)
   中国の「サイバー主権」論の背景にあるもの
話は2000年の九州・沖縄サミットの沖縄IT憲章から始まる。結論は,サイバースペースの「国家からの独立性」が存在しないのは,中国のみに限定される話では最初からない,である。もうひとつのキーポイントは,次の部分だ。確率上稀にしか起せないイノベーションを,「ベンチャー支援」という名の「失敗時のコスト最小化作業」を通じてまで支援する所以が・・・(割に合わないイノベーションにかくも期待するのは)・・・イノベーションを起すための不可欠な条件として新自由主義的諸改革への白紙委任を正当化するためだ,というところ。

2020年2月22日土曜日

昭和のプログラミング教育(2)

昭和のプログラミング教育(1)からの続き

楠先生から,北國新聞2020年2月18日の紙面コピーが送られてきた。タイトルは「昭和40〜50年代のプログラミング,最先端教育記憶つなぐ,元泉丘高教諭・楠さん 教え子から感想文収集」であった。楠先生は,93歳で,1958〜77年に泉丘高で勤務しているので,我々が高校生だった50年前には,43歳ぐらいだった。

クスリのアオキの青木桂生さんが,日本経済新聞の2016年2月22日の記事「パチ先生の教え」で,楠先生(あだながパチ)の思い出と,実家の薬屋を継ぐように諭されたことを書いている。青木さんは1942年生まれくらいなので,我々よりほぼ10歳上,楠先生が30歳で泉丘高校に着任したころの生徒だ。クスリのアオキの会社沿革には,1985年に株式会社クスリのアオキを設立したときの本社所在地は,金沢市泉野出町4丁目になっている。泉丘高校のすぐ南になる。昔はほとんど田んぼだったが,円光寺線の道路沿いには,何かあったのかもしれない。

理数科2期生の我々8組のクラス担任は,1年が松川先生,2年が楠先生,3年が物理の谷口先生だった。松川先生は幼なじみの松川隆行君の父上で,東大の理学部数学科だったと思う。寺町2丁目の電車通りに面して,横山酒店のとなりが松川金物店で,泉野小学校の1,2年のときは同級生だった松川君のうちに時々遊びに行った。担任の川村先生に指名されて,2人で毎日クラス絵日記をかかされていた。その後,雪の市立工業高校のグラウンドをころげまわって帰っていた。その転がり方を○○流だといいあっていたのだが,彼が泉丘流だといったのが,はじめて「泉丘」という言葉を知ったときだ。

松川君にはお姉さんがいて,弟共々よくできるひとだった。お姉さんもお茶の水だったのではないか。3人でダイヤモンドゲームをして,自分がこてんぱんに負けた記憶がある。松川君は東大に進みその後,建設省だかどこかの高級官僚になったと思う。しばらく前は,日本木材住宅産業協会の専務理事の足跡がある。

かつての横山酒店の向いは,今は北國銀行の支店だが,当時は協栄のパン屋があった。その間の路地を入って100mほどで寺町のおばあちゃんの家に至る。途中に大杉和人君というのがいて,彼が泉野小学校の我々の学年で最も優秀だった。卒業式の答辞も読んだ。彼も東大に進学している。泉野小学校からは,他にも赤井勇一,西田荘平,山本賢正,山田晴美など計6人が東大に,片岡稔,山田良平,平崎鉄外喜など3人が京大に進んでいる。他にも忘れている人がいるかもしれない。昭和のプログラミング教育の話にたどりつかない。

P. S. 当時の泉野小学校は,1学年150人ほど,1年から5年までは3クラス,6年ではじめて4クラスになった。野田中学校は1学年450人で10クラス。

2020年2月21日金曜日

特集−量子コンピュータ(3)

特集−量子コンピュータ(2)からの続き

9.田中成典(計算生物学)
  量子と生命(11p ☆☆☆☆)
量子生物学というキーワードは1969年に大木幸介さんのブルーバックスを買って以来だ。最近注目を浴びているのは2007年の光合成系の量子コヒーレンスを契機としている。以前取り上げた鳥の磁気コンパスの話題もそれで,生物の感覚センサー機能における量子現象が注目されているとのこと。著者は量子多体系の第一原理計算についての素養があるので,生命現象の本質と量子計算の関りについて,生命量子計算や量子知性というキーワードで照射しようとしている。予想以上に興味深い内容だった。

10.郡司ペギオ幸夫(生命基礎論)
   「わたし」に向って一般化される量子コンピューティング(14p ☆☆)
元神戸大学の原俊雄先生にいわせると,郡司ペギオ幸夫さんは天才だが(なので?),普通の人の理解の枠を越えている。目次や表題をみると非常におもしろそうなのだが,読み出すとほとんどついていけなくなるのが常である。今回のキーワードは認知的非局所性だったが,そのスタートのロジック「XであってXでない」につまずいてしまった。

11.全卓樹(理論物理学)
   量子力学と現代の思潮(10p ☆☆☆☆)
全さんは東大の有馬研の出身だ。昔,森田研でポスドクをされていた。兵庫県の中山間部であった深山良徳君の葬儀の帰りに車で送っていただいたことなども思い出す。全さんの論説を読むためにこの雑誌を買ったのだ。期待を裏切らず,自分の知りたいと思っていた量子力学の「観測問題」をすっきりと整理してくれていた。東北大学の堀田昌寛さんは,コペンハーゲン解釈は量子力学の認識論的解釈であると言い放って,多世界解釈を簡単に斬って捨て,量子力学に観測問題などないと断定している。なんか違うのよね。哲学を含む人文科学一般について深い知識を持っている全さんは,スタンフォード哲学百科のミルヴォルトの整理に準拠して問題を解きほぐしてくれるところから始め,時代思潮と結びつけて着地する。この雑誌の特集の趣旨を十分に理解した論説だ。

12.内井惣七(科学哲学)
   無時間,無空間からの出発(8p ☆☆)
内井さんの本も何冊か挑戦しているのだけれど,まったくピンと来ないことが多い。なぜだろう。量子重力のロヴェリを最初に持ってくるところで引っかかるのかしら。いや,ライプニッツのモナドとの関連は確かにいいところをついていると思うのだ。でも確率のコード解釈がどうのこうのという結論へ向って,まったく筋が追えなくなってしまう。科学哲学の人の書いたもの,読める場合と読めない場合がある。認知の抗体反応を起してしまうのかもしれない。


2020年2月20日木曜日

新型冠状病毒肺炎

アメリカ合衆国には,アメリカ疾病予防管理センターCDC : Centers for Disease Control and Prevention )があり,年間88億ドルの予算で本部支部を併せて15,000人が働いている。中華人民共和国にも,中国疾病管理予防センター(ChinaCDC : Chinese Center for Disease Control and Prevention )があって,新型コロナウイルス肺炎に対応している。ちなみに,日本の国立感染症研究所( National Institute of Infectional Diseases )は,年間約60億円の予算約360人が働いている(予算も組織規模もNIIDのページではまったく見えてこない,日本の情報公開の程度がよくわかる)。そもそも研究組織という位置づけであるため,アメリカCDCより1.5〜2桁小さい規模にとどまっている。防衛省に投入している国家資源の5%でもこちらに振り向けたらどうなのよ

神戸大学の岩田健太郎は,しばらく前まで,新型コロナウイルス肺炎は心配しなくて良い,むしろ,子宮頸癌ウィルスのワクチン忌避のほうがよっぽど問題だろうなどと煽っていて,印象が大変悪かった。その彼が,YouTubeに「ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機。なぜ船に入って一日で追い出されたのか(2/20削除…相当圧力がかかったのではないか)」を投稿して,急きょ注目を集めている。これが事実ならば厚生労働省など政府のトップの判断とリーダーシップはひどいものだ(まあどの案件もそうですけど・・・)。海外発生期→国内流入期→国内流行早期✓→国内蔓延期という流れのなかで今後への不安がいやおうにも増してくる。

ChinaCDCが「The Epidemiological Characteristics of an Outbreak of 2019 Novel Coronavirus Diseases (COVID-19) — China, 2020」として,最新のデータを分析した結果を2月17日に公表した。その一部を抜粋すると,

  感染確認者  死亡者 致死率
全体 44,672(100)    1,023(100)   2.3
年齢
   0–9        416 ( 0.9)   −      
 10–19      549 ( 1.2)     1 ( 0.1)    0.2
 20–29   3,619 ( 8.1)     7 ( 0.7)   0.2
 30–39   7,600 (17.0)   18 ( 1.8)   0.2
 40–49   8,571 (19.2)   38 ( 3.7)   0.4
 50–59 10,008 (22.4) 130 (12.7)   1.3
 60–69   8,583 (19.2) 309 (30.2)   3.6
 70–79   3,918 ( 8.8) 312 (30.5)   8.0
 ≥80       1,408 ( 3.2) 208 (20.3) 14.8
性別
 男性 22,981 (51.4) 653 (63.8) 2.8
 女性 21,691 (48.6) 370 (36.2) 1.7

Table 1.  Patients, deaths, and case fatality rates, as well as observed time and mortality for n=44,672 confirmed COVID-19 cases in Mainland China as of February 11, 2020.

要するに私も該当している高齢者のみ危険ということではないか。そうならば日本政府の対応も逆によく理解できる。この際,(東京オリンピックに差し障りのない範囲で)パンデミックを引き起こして,財政負担をかけている高齢者を一掃してしまおうと考えてもおかしくないし,そのためのテストベッドとしてダイヤモンド・プリンセスを(消極的に)使うことにも吝かではないのだろう。

[1]「ものすごい悲惨な状態で、心の底から怖い」ダイヤモンド・プリンセスに乗り込んだ医師が告発動画(Buzfeed)
[2]Update on the Diamond Princess Cruise Ship in Japan(CDC)
[3]「ダイヤモンド・プリンセス」から下船始まる 新型コロナウイルス陰性の乗客(BBC News Japan)
[4]ダイヤモンド・プリンセスからの下船始まる、船内の状況に専門家が警鐘(CNN.co.jp)
[5]岩田健太郎先生の動画を拝見して(高山義浩)
[6]Coronavirus in Japan(CDC)

2020年2月19日水曜日

特集−量子コンピュータ(2)

特集−量子コンピュータ(1)からの続き

5.西村治道(量子計算)
  或る理論計算機科学の研究者から見た量子コンピュータ研究の歴史(11p ☆☆☆)
量子計算のはじまりを詳しく説明している。(1)ファインマン 1982 物理系のシュミレーションと量子力学,(2) ドイッチュ 1985 量子チューリング機械,(3) ドイッチュ・ジョザ  1992 量子アルゴリズム,(4) バジラニ・ベルンシュタイン 1993 量子計算量理論と万能量子チューリング機械,(5) ヤオ 1994 量子回路,(6) サイモン 1994 サイモンの量子アルゴリズム,(7) ショア 1994 ショアの量子アルゴリズム(素因数分解と離散対数),(8) グローバー 1996 グローバーのアルゴリズム(オラクル),このあたりから2000年をピークとする第1次量子計算ブームがくるわけだ。西村さんは名大の情報学研究科,情報文化学部のひと。

6.佐藤文隆(理論物理学)
  hのない量子力学(2p ☆☆)
  機器が作る世界
佐藤さんの量子力学に関する本も最近買ってはみたけれども・・・あまりおもしろくなかった。今回の論説で印象に残ったのは,量子力学の教科書の話だ。従来型のシュレーディンガー方程式と原子構造から解きほぐすものではなく,状態ベクトルから出発しコヒーレント表示の重要性を指摘している現代的な量子力学の教科書がお薦めされていた。例えば,桜井純,ペレス,アイシャム,北野正雄などの教科書など。

7.北島雄一郎(科学哲学)
  情報の観点からみた量子力学(11p ☆☆☆)
Clifton Bub Halvorson によるCBH定理(2003)に焦点を当てている。運動物体の電気力学の議論で,アインシュタインがエーテルの性質に基づく構成的なアプローチから,原理的なアプローチ(すべての慣性系で物理法則は同じ形になる)をとったのと同様に,量子力学を微視的な粒子や波動についての理論から,情報理論的な原理に基づいた理論に転換するという方針で,CBH定理が導入された。そのために導入されるC*代数の枠組みがどこからきたのかが問題になっていると,参考文献をあげながら丁寧に議論していた。結局CBH定理はよくわからなかった。北島さんは科学哲学の人だけれど,京大工学部原子核工学修士出身なので,理系のセンスは十分。

8.丸山善宏(圏論的統一科学/現代の自然哲学)
  圏・量子情報・ビッグデータの哲学(13p ☆☆☆☆☆)
  情報物理学と量子認知科学から圏論的形而上学と量子AIネイティブまで
この現代思想の特集号で一番おもしろかったのが,この論説である。専門分野の表記がぶっとんでますね。丸山さんは京大の白眉センターの助教。京大総人(理)→京大文修士→オックスフォード大計算機科学科量子情報G博士課程という経歴だ。参考文献があがっていないが,思わず調べたくなるような話題が連なっていた。ハーディのパラドックスから量子論の五公理(確率性・単純性・部分空間・合成性・連続性 2001)がひとつ。量子論理と作用素代数が量子論の2つの異なった定式化であり,量子論の情報論的定式化・情報論的再構成は実質的にこの2001年のハーディの研究から始まったという認識だ。さらに著者は,圏論的量子力学が2008年のアブラムスキーとクックの論文から始まり,論理と計算の圏論的意味論の技術が物理に応用されたとしている。このあたり,圏論を勉強していないのでまったくわからないけれど,なんだか面白そうなのだ。さらに,ペンローズの量子脳理論に話が及ぶ。普通の人は簡単にトンデモだとして斬って捨てるところなのだが,丸山は,ペンローズの話を換骨奪胎して量子認知科学の話へと繋げる道を示唆して見せる。最後に日本の現状への警鐘を鳴らしているが,量子ネイティブにもAIネイティブにも圏論ネイテイブにもなりそこねた旧人類はどうしたらいいのだろう。

2020年2月18日火曜日

昭和のプログラミング教育(1)

Facebookをみていたら(こんなのばっかりだけど),恩師の楠先生のニュースが飛び込んできた。北國新聞の2月18日版「昭和のプログラミング教育、資料収集 元泉丘高教諭・楠さん」冒頭を引用してみよう。
昭和40~50年代、泉丘高理数科で行われた計算機プログラミング教育の資料を、当時の担当教諭が収集している。授業内容の記録、使った機器がほとんど地元に残っていないことから、現在は理工各分野で活躍する教え子から授業の感想文を募ってまとめる。今年4月から小学校でプログラミング教育が必修化されるのを前に、当時の「最先端」教育現場の記憶を次代に伝える考えである。
 資料をまとめているのは、楠(くすのき)禎一郎さん(93)=金沢市金石西1丁目=。旧制四高、東大理学部地球物理学科出身の楠さんは1958~77年に泉丘高で勤務し、68年にできた理数科を受け持った。
 同校は69年、世界初のプログラム機能付き電子計算機「AL1000」3台を導入した。プログラミングのできる計算機が大学、研究機関などでようやく普及し始めた時代、プログラミングによる「ユークリッド互除法」「素因数分解」などを課題として生徒に学ばせていたという。
 自宅を整理していた楠さんが、理数科で出題した課題やコンピューター実習室の配置設計図といった資料を見つけた。2018年に開かれた理数科の同窓会で授業の感想文を募集。東京工大教授や企業の技術者を含む教え子から多数の返事が寄せられた。
はい,この感想文を送ったうちの一人が私です。1969年に石川県立金沢泉丘高等学校の理数科1年(第2期生)でした。CASIOのAL-1000でプログラミングを学んだ。さらに,アナログ計算機で微分方程式を解いてレポートをまとめるなど。楠先生には1年から3年まで数学(甲と乙があってその片方)の授業を受け,理数科の2年のときはクラス担任だった。おととし,先生のリクエストに答えてお送りした返事が次の文章である。

平成30年9月23日
 理数科でのプログラミング教育のこと        大阪教育大学 越桐國雄
 私が,金沢泉丘高等学校の理数科の2期生として入学したのは昭和44年(1969年)のことです。3年間クラス替えのない8組として,40人のクラスメートとともに学びました。もう50年も前のことになるので,記憶もかなり怪しくなっているのですが,とりあえず,自分の中の物語を憶えている範囲で記してみます。
 理数科の二期生ということもあって,2年の担任だった楠先生なども授業を手探りでつくられているようでした。数学や理科?の授業が多く,その分,体育の授業が少ない中で,理数科向けの数学の授業では,同値関係?とεδ論法?とイデアル?とアフィン幾何?という言葉だけが,まったく分からなかった講義の中の微かな残像で残っています(記憶違いかもしれません)。
 コンピュータについてはニキシー管が並んだ,カシオ計算機のプログラミング電卓があって,4メモリ26ステップ?のプログラムが組めるというものだったと思います。こちらの方はとても興味をもって取り組むことができました。最後の課題として「整数の階乗を求める」というのがありました。がんばって考えてできた!と思ったのですが,土田君のプログラムのステップ数が最短だったということで,負けて残念だったという記憶が強く残っています。
 また,これとは別に,アナログコンピュータで微分方程式を解いてグラフを出力するという課題にも取り組みました。一人で残って作業しているときに,配線を間違えて,警告ブザーが鳴り響いて肝を冷やしたことを憶えています。単振動,減衰振動,強制振動のグラフを出力して,かなり丁寧なレポートを提出しました。
 その後,大阪大学理学部の物理学科に進んで,原子核理論を専攻し,大型計算機でFORTRANを走らせ,当時のベクトル型スーパーコンピュータの初期モデルと格闘しました。就職先の大阪教育大学では,情報教育の立ち上げに係わることになります。Macintosh40台でMathematicaの授業をやっていると,高校時代の情報教育の黎明期からたいへん遠くまで来たなと感慨深いものがありました。
P. S. 15年前に大阪教育大学の附属高校でお話しした際の資料(自分史のようなもの)を別添します。


写真 :北國新聞ウェブ版に掲載された楠先生の近影(2020.2.18)


2020年2月17日月曜日

特集−量子コンピュータ(1)

現代思想の2020年2月号vol.48-2の特集が量子コンピュータ−情報科学技術の新しいパラダイムだった。全卓樹さんの記事が載るというので,もうなくなりかけている近所の本屋を探してみたが,当然,そのへんの本屋には現代思想は置いてなかった。というわけで,早速アマゾンで注文することにした。19本の記事が227ページに渡っている。平均12ページ弱。

以下,簡単に感想を述べてみよう。

1.江間有沙(科学技術社会論)・藤井啓祐(量子情報)
  量子をめぐるエコシステム(13p ☆)
12月に行われた対談だ。江間さんの書いた量子エコシステムの図がキーポイントなのだが,これが今一つだった。例えば,量子計算+量子通信+量子計測というふうに分野を設定し,そのうえで,基礎と応用についての課題を整理してほしかった。それが,核スピンセンシングと量子暗号とビジネス利用がそれぞれ対等の概念群として表記されているのには参った。そもそもがこれなので,せっかく藤井さんがきているのに話が深まらない。


2.根本香絵(理論物理学)
  量子コンピュータ開発の現在と応用可能性について(9p ☆)
根本さんは,お茶の水の柴田文明さんの研究室の出身なので,専門は理論物理学となっている。1996年の博士論文は「A Quantum Langevin Approach to Open Systems (開放系への量子ランジュバンアプローチ)」であり,その後,量子情報を専門として現在はNIIに所属している。微妙にD-Waveをディスっているような気がしたが,NISQ(noisy intermediate scale quantum)マシンが重要であるというところがポイントだろうか。

3.竹内勇貴(量子情報)
  量子コンピュータの原理と優位性(16p ☆☆)
竹内さんは,阪大基礎工の井元信之さんの研究室でドクターを取り,NTTコミュニケーション科学基礎研究所に入っている。この論説は珍しく式がたくさん書いてあり,参考文献をきっちり上げていてわかりやすかった。グーグルが量子超越(スプレマシー)を実証したと主張しているマシンは,NISQのうちランダムな量子ゲートを用いるランダム量子回路の方法であるというところまで到達した。

4.細谷暁夫(基礎物理学)
  量子計算を哲学してみる(8p ☆☆☆☆)
自分が大学院生の時代に,細谷先生が所属していた阪大の内山研究室は,公式には基礎物理学講座という名前だった。ちなみに森田研究室は量子物理学第1講座で,金森研究室が量子物理学第2講座だったと思う。その後,大講座に再編されている。その細谷先生が東工大に移って,宇宙論を経由して1990年代の半ばごろから量子情報を研究されているのを遠くから眺めていた。この論説では,量子計算とは何かを簡潔に要領良くまとめていて非常にわかりやすい。東工大なので西森秀俊さんの量子アニーリングを正しく位置づけている。量子アルゴリズムを次の2つに分類しているのがよかった。(A) |Ψ〉を問題解決の手段とする。(B) |Ψ〉の実現を目的とする。その上でゲート型とアニーラ型を比較している。

2020年2月16日日曜日

赤死病

新型コロナウィルス感染症は,無能な政府の対応の結果,日本でもアウトブレイクしそうな勢いである。明確な症状がない状態で感染するところが最も問題らしい。高齢者であるという危険要因と毎日通勤しなくて良いという安全要因の狭間でニュースに浸っている。

それで思い出したのが,ジャック・ロンドンの「赤死病(The Scarlet Plague)」である。中学生から高校生にかけて定期購読していたSFマガジンに掲載されていたのを憶えている。早速調べてみたら記憶が混線していた。自分がSFマガジンで読んだつもりだった物語は,エドガー・アラン・ポーの「赤死病の仮面(The Masque of the Red Death)」の方なのだ。どうしたことだろう。

ジャック・ロンドンの赤死病が掲載されていたのは,SFマガジンの1968年8月号(110号)であり,自分が購読を開始したのがたぶん1968年9月号(111号)以降ではなかったか。ただ,その後バックナンバーとして何冊か買っているので,110号も手元にあったことは間違いない。1968年9月増刊号(112号)は入手できず,高校の部室から天井に通じる階段の途中にあったのを読んだ。我々のESSの部室コーナーの隣がマイナーなJRCの部室コーナーで,そこに一学年先輩の小豆沢さん(たぶん内科の小豆沢定秀先生)のSFマガジンが何冊かあった。はじめはまったく気がつかなかったが,ある日これを見つけてこっそりと読んでいた。

小豆沢さんは,軟派のようにみえていたのだけれど,卒業式で,過激な内容の答辞をかましていたのが印象に残っている。


画像:1968年当時のSFマガジンの表紙(引用)

2020年2月15日土曜日

兼六園

コロラド博士が日本のマスメディアの情報は当てにならないので,BBCCNNAl-Jazeeraを参照するようにとアドバイスしていた。ので,たまにこれらを見るようにする。ヨーロッパで最初のコロナウィルスの死者がフランスで出たというニュースが早速見つかった。

BBCのTRAVELで,Japan's 'perfect' national treasureとあったので,なんだろうと開いてみると,'Japan’s perfectly imperfect garden' ということで,兼六園を紹介するビデオクリップだった。Kenroku-en is considered one of Japan’s three great gardens – and its perfect natural look takes a lot of human effort. 兼六園の庭師のインタビューと庭園の特徴や様子の簡単な紹介だった。

写真:BBC TRAVELの兼六園の動画から引用

2020年2月14日金曜日

若草山

車検が終了した車を引き取りに行った。その後,某行事の下見ということで奈良に向う。秋田県の横手市ではこの週末がかまくら祭りなので,一年でも最も寒くなる頃だろう。奈良の鹿も冬の景色の中に溶け込んでいる。奈良奥山ドライブウェイの新若草山往復コースを進むが,山頂の駐車場には神戸ナンバーの車が一台停っているだけで閑散としている。他にはランニングまたは散歩の人がちらほら。奈良盆地が低く垂れ込めた雲の下にある。


写真:若草山から奈良盆地を望む。(撮影 2020.2.14)

2020年2月13日木曜日

国会の予算委員会のアレを筆頭としてJCとtwitterをめぐる頭の痛くなるニュースなどが続くお先真っ暗の本邦である。それにもかかわらず,twitter中毒の自分。小学校の算数で数字の4の書き方を指摘した記事があった。そのスレッドで,アラビア数字の起源は,字形の角の数が数字の値と対応しているので,4の上の角は離れているのが正解だという説があった。

少し調べてみると,4の上の角はくっついていて,下の四つ辻が三差路になっているとして,角の数を求めている図もみられる。なんだかなあと思っていろいろ探してみたが,アラビア数字の起源は,字形の角の数からきているという説はあまり信憑性がなさそうだ。


2020年2月12日水曜日

木谷千種

日本経済新聞の朝刊文化面に,なにわの街角十選の七回目として,木谷千種(1895-1947)の浄瑠璃舟が載っていた。この絵は大阪中之島美術館蔵となっているが,どこかの美術展でみてすごいなあと会話していた気がする。この絵を拡大して読み解くと,浄瑠璃の演目は梅川,忠兵衛,孫右衛門の登場する傾城恋飛脚の新ノ口村の段であり,横にある床本は伽羅先代萩なのだそうだ。西瓜,まくわ瓜をつんだ物売り舟,浄瑠璃を聴く大店のいとさんなど,大阪の夏の雰囲気で満ちている。

木谷千種の略歴によれば,12歳で渡米しシアトルで2年洋画を学んでいるとのこと。帰国後には,大阪府立清水谷高等女学校に進んでいる。清水谷高校といえば,入口豊先生とか姪御さんの谷口真由美さんだが,そういえば,大教大の経営協議会委員や監事を務められた,元和歌山大学学長の小田章先生もいらっしゃった。そうそう,浄瑠璃繋がりでは,豊竹咲寿太夫も忘れてはいけない。

2020年2月11日火曜日

ポン・ジュノ

パラサイトからの続き)

第92回アカデミー賞で,ポン・ジュノ監督(1969-)の「パラサイト」が,作品賞,監督賞,脚本賞,国際長編映画賞の4冠に輝いた。BSの中継を,主演男優賞(ジョーカーの補ホアキン・フェニックス),主演女優賞(ジュディのレネー・ゼルウィガー)のあたりから見ていた。途中で監督賞にはポン・ジュノが選ばれているのを知って,これは有力かもと思っていたら,外国語映画としてアカデミー賞史上初めての作品賞となった。感動的でしたね。

ポン・ジュノの主な監督作品で比較的簡単にアクセスできるのは次のようなものだ。
2000 ほえる犬は噛まない(フランダースの犬)
2003 殺人の追憶
2006 グエムル(怪物
2009 母なる証明
2013 スノー・ピアサー
2017 オクジャ
2019 パラサイト
いずれも,ソン・ガンホ(1967-)がしぶくて良い役を担っている。

ポン・ジュノは監督賞の受賞挨拶で,マーティン・スコセッシ(1942-)に最大級の賛辞を贈っているが,そのスコセッシもまた,今村昌平(1926-2006)などから影響を受けている。それにしても,最近の韓国映画や韓国テレビドラマの質は高い。パク・ウネ時代にはポン・ジュノは韓国政府からは冷たくあしらわれていたようだけれど,韓国としては映画産業の振興にてこ入れしてきたのだろう。

2020年2月10日月曜日

Japan e-Portfolio

公共財としての教育ビッグデータ(2)からの続き

文部科学省による「大学入学者選抜改革推進依託事業」が,2016年度から2018年度まで実施された。その狙いは次のようなものである。
本事業は,「思考力等」や「主体性等」を評価する大学入学者選抜改革を進める上での具体的な課題・問題点を整理するとともに,多面的・総合的な評価を行うための実践的で具体的な評価手法を構築し,その成果を全国の大学に普及することにより,各大学の入学者選抜の改革を推進することを目的としている。
人文社会分野(国語科),人文社会分野(地理歴史科・公民科),理数分野,情報分野,主体性等分野の5事業が選定され,それぞれの分野で代表大学の元に,複数の国立・私立大学等が参画した。

このうちの,主体性等分野では「「主体性等」をより適切に評価する面接や書類審査等 教科・科目によらない評価手法の調査研究」というテーマで,関西学院大学の代表のもとに,大阪大学,大阪教育大学,神戸大学,佐賀大学,早稲田大学,同志社大学,立命館大学,関西大学の9大学で進められた。その概要は以下の通りである。
学力の3要素の「主体性等」をより適切に評価するため,教育委員会,高等学校等と連携し,調査書・提出書類や面接等を実践的に活用する方法,高校段階でのeポートフォリオとインターネットによる出願のシステムの構築, 「主体性等」の評価尺度・基準の開発等を行う。
昨年(2019年)の3月18日には,文部科学省で委託事業成果報告会も開催されている。各教科分野での取り組みは,この度の大学入学共通テストへの移行になんらかの寄与をしているのだと思うが,主体性分野の方はより現実的な結果をもたらした。それが,2019年4月に立ち上がった一般社団法人教育情報管理機構とここが運営する高大接続ポータルサイトJapan e-Portfolio である。ベネッセのIDをそのまま使って高等学校からのデータ入力に対応していたものが批判され,2021年からは独自のIDシステムに変更するとしている。まあ,いくらあがいてもその背景にはベネッセがしっかりと食い込んでいるのだろう。

教育情報管理機構は元金沢大学学長の山崎光悦(機械工学)会長のもと,正会員として,改革推進事業を進めてきた大学を含む国公立大学法人や私立の学校法人など34法人が参加している。大阪大学だけが抜けたのはなぜだろうか。

そして,すでに令和2年度の大学入学者選抜には複数の大学でこのe-Portfolioが用いられることになった。はい,大阪教育大学も岐阜聖徳学園大学も入っております。

自分自身も,大阪教育大学の在職時に「eポートフォリオはいいんじゃないですか」と気軽に応援しつつ,大学の特徴づけのツールとしての活用に期待して推進する側にいたので,全く大きなことはいえないし,猛省しなければならないのだが,e-Portfolioがすべての高校生を覆うようになってしまうことには非常に大きな不安と危惧の念を持っている。

インターネット上の言説空間でも,まともな考えを持つ人々の大多数はこれに対する異議を申し立てている。まずいですよね。すべての高校生の活動が常に大学入試ポートフォリオという「金銭的」な価値に変換されて,365日24時間監視されているような心理的効果を持つシステムというものは。そして,これは,高校生だけでなく全ての子ども,あるいは場合によっては社会人(労働者)にまで伝染しかねないパンデミック同様の脅威なのだろう。来るべき未来に訪れるかもしれない個人情報システムによる個人資産の完全把握を凌駕する,個人の活動や思惟産物の完全把握は,全国民的DNAデータベースに匹敵する個としての人の危機かもしれない。もしくは,完全に単一化された人類の集合意識への進化への一里塚なのか・・・

2020年2月9日日曜日

稽古照今

にっぽんの芸能山川静夫が,「稽古照今(けいこしょうこん)=いにしえをかんがえ いまをてらす」という言葉をよく覚えておいてくださいとのこと。古事記の序文に出てくるもので,「莫不稽古以繩風猷於既頽・照今以補典教於欲絶」とある。「古(いにしえ)を稽(かんが)えて以(もつ)て風猷(ふうゆう)をすでに廃(すた)れるに縄(ただ)し、今を照らして以て典教(てんきょう)を絶えんと浴するに補(おぎな)わずということなし」であり,「昔のことをよく学び,すでに廃れてしまった道徳を見直し,今の基準とすべく失われかかっている尊い文献を補うために、この古事記を書き残しておく」とのことらしい。古事記編纂の趣旨である。ネトウヨの皆様にはよく肝に銘じてほしいところであるが,記録は全部廃棄したことにしてデータを改竄するのが最近のはやりなのだろう。

番組は,「蔵出し!名舞台~初世 吉田玉男」であり,ゲストの山川静夫とともに,玉男の名場面や思い出をたどるものだった。「曾根崎心中の天神森の段」,「菅原伝授手習鑑 丞相名残の段」,「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段」,「心中天網島 河庄の段」が取り上げられた。英太夫の若々しい声や越路太夫の力強さが印象深かった。菅原伝授手習鑑の寺子屋の段は出遣いではないのだが,松王丸の迫力が凄い。


2020年2月8日土曜日

Scrapbox

スクラップボックスは,あの増井俊之さんが開発した,情報保存・共有システムだ。
いまでは,紙copiで(使わなかったけど)有名な洛西一周さんのNOTAで商品化されている。昔ちょっとさわってみて,結局使わずじまいだった。自分の情報保存コンセプトと微妙に食い違っている。いまは,もっぱらAppleのノートにためている。これはこれで問題があるのだけれど,MacからもiPhoneからもiPadからも同期しながらアクセスできるので安心だ。もっともうまいバックアップの取り方はよくわからない。

いろもの物理学者の前野昌広さんが,よくわかる熱力学の査読ページをスクラップボックスで作っていたので,さっそく参加させていただいて慣れない作業をしていたら,1章分のコメントページをふっとばしてしまった。ごめんなさい。悪いのは私です。で,調べたところ,バックアップのシステムが標準的にはついていないようだ。有償バージョンでどうなっているのかはわからない。落ち着いて作業することにしましょう。

2020年2月7日金曜日

悲しい個人番号カード

なんだか騙されて個人番号カードを作ることになってしまった。昨年,元の勤務先に書類を提出して数ヶ月,ようやく市から連絡の通知が来た。ご丁寧に,時間を予約してとりにきてくれとのことで,本日,市役所の地下に設けられた個人番号カード受付に行った。

ものものしいコーナで3人くらい同時に対応できそうな衝立ブースに職員が3,4人いて対応してもらった。準備物は事前のお知らせの通り,通知ハガキ,通知カード,身分証明(自動車運転免許証),印鑑の4つ。あとは,パスワードをあらかじめ決めておいたので,問題なく進行する。紙に書かされたパスワードを画面に入力するのがメインの手続きですぐに完了した。なんのことはない20分かかるといわれていたが,1人だと3分で終わりそうなので,予約制にする必要があるのだろうか。

カードを受け取って茫然自失となる。安っぽい感じで,自動車運転免許証より一回り小さいくてペラペラなのではないか(確認したら面積は免許証のサイズと同じで,ぺらぺらではなかったです)。へんな兎マークが付いていて色彩もいまいち。問題は写真。あらかじめ申請時に提出しておいたが,免許証より小さくて見るも無残なぼけぼけイメージになっていた。これでは本人確認できないんじゃないか。

その後,市役所の方に説明をきいたところ,さらに多くの問題点が発覚した。
(1)有効期限は10年だが,各種サービスと紐付けられたパスワードの有効期間は5年なので,これを確認されたうえで,市役所の人がサインペンで有効期間最終日を手書きした。おいおい,最初から印刷できないのか。
(2)遠隔地の戸籍関係書類は取り寄せられるのですねと聞いたところ(ほとんどそのために取得したようなものだったので),なんと,天理市は対応していないのでだめなのだそうだ。予算の関係その他でいつになるか分からないとのこと。えー,うそでしょう。
(3)ペイペイなどのスマホ決済サービスと連動した割引ができるとのことで,説明の書類をもらって帰ったところ,iPhone 6sには対応していないことが判明し,これも使えないのであった。だめだめだった。
(4)個人番号部分はみせると恥ずかしいものらしく,使うときはこの透明な袋にいれて下さいということで,部分的にグレイな四角が印刷されていて,個人番号やその他の部分を隠すポリプロの袋入りだった。ありえない。

以上のように,国が後先を考えずに推進しているようだけれど,制度設計や運用に完全に失敗している。この程度の個人番号カードしかデザインできなかったのかと思うとなさけない。ほんとうに貧しい国になってしまった。国会では毎日のように,安部やそのとりまきの非論理的ないいわけや利権まみれの暴走が続いていて,それを官僚機構が必死にささえている。そんな不合理が染みついてしまった。大学入学共通テストの失敗といい,行政がまともに機能しなくなっている。


2020年2月6日木曜日

非常勤講師後期授業終了

今日の物理学Ⅲ(振動・波動)で今年の授業はおわり。昨日と今日は期末テストだったが,できる人はできて,できない人はそれなりの問題でした。週に2日から3日大学に通って,面倒な会議もなく,研究室の学生指導もないので,楽といえば楽になった。それでも,自分の体力や気力や記憶力がゆっくりと衰えてきているので,負荷がかかるといえばそうでもある。鈴木先生から来年は物理をとっていない学生が半分以上という話を聞いたので,それはそれで戦々恐々かもしれない。



写真:近所に買物へ出る途中(2020.2.6撮影)

2020年2月5日水曜日

絵ことばLoCoS

絵ことばLoCosは,非常口のデザインでおなじみの,太田幸夫が1964年に考案した絵文字・絵ことばのシステムである。1964年といえば東京オリンピックが開催され,様々な競技の会場や案内のためのピクトグラムが実用的に広まった年でもある。

LoCoSはLovers Communication System の略で,世界の人が言語や文化の違いを超えて,恋人のように理解しあえるコミュニケーションメディアを目指して考えられた。1971年にウィーン国際会議で注目を浴び,1973年には講談社から「新しい絵ことばロコス」が出版されている。当時大学生の自分は,梅田の紀伊国屋書店で何度もこの本に魅かれて立ち止まり,買おうかどうしようかと散々迷ったのだけれど,結局買わずじまいだった。

それから40年たって,いまなら十分進化したコンピュータとネットワークの機能により,もっと簡単に使えるのではないかと思って,いろいろ調べてみたけれど,誰もそれに着手していないようだった。うーん,もったいない話である。
図:LoCoSのサンプル(よろこび,たのしみ)

[1]LoCoS WebSite Design (AM+A, 2007)
[2]LoCoS: 世界をむすぶ絵ことば(Kindle版,2018)
[3]LoCoS 世界をむすぶ絵ことば(太田幸夫デザインアソシエーツ)