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2023年8月26日土曜日

確率変数

コーシー=シュワルツの不等式からの続き

あまり意味がわからない確率変数がどのように定義されているかというと,理数系の基礎数学 7確率・統計」柴田文明,岩波書店や「現代数理統計学」竹村彰通,創文社では概ね次のようになっている。
確率変数
根元事象の一つ一つに割り当てられた数値のどれかをとる(確率的に変動する)
変数Xを導入し,この変数Xを確率変数とよび,その数値を確率変数Xの実現値という。

確率関数
各実現値xでの確率を考え,さらにこれをxの関数と見たものを,
確率変数Xの確率関数という,p(x) = P(X=x)
そもそも,変数とは何か。それが確率的に変動するとは何か。確率関数の定義式Pの中のイコールは何か(数学だから代入ではない)。等々,疑問で一杯。

コルモゴロフ流の定義(小山昭夫,渡辺澄夫)だともう少しスッキリする。
(1) 根元事象 ω:試行(測定)で生ずる1つ1つの結果
(2) 標本空間 Ω:すべての根元事象の集合(ω ∈ Ω)(Ω:全事象)
(3) 完全加法属 F( σ集合属):標本空間 Ω の 部分集合の集合で 次の条件をみたすもの。Ω ∈ F,A ∈ FならA^c(補集合) ∈ F,Fに属する部分集合の和集合(無限個まで)が F に属する。
(4) 確率 P(A):すべてのA ∈ Fに対して,P(A) ≧ 0, P(Ω) = 1, Ai ∩ Aj = ∅ ならば,P(∪ An) = Σ P(An) (確率の連続性)を満足する P(A) を事象Aの確率という。
(5) 確率空間:(Ω, F, P)の組のこと
(6) 確率変数 X(ω):確率空間(Ω, F, P)と可測空間(Ω', F')に対して定義された写像 X:Ω→Ω' が確率変数である
(7) ただし,任意のB ∈ Ω' に対してX^{-1}(B) = {ω ∈ Ω | X(ω) ∈ B}∈ F
(8) 確率変数Xの分布関数 F(x):F(x) = P(X≧x)
(9) 確率変数Xの密度関数 f(x):f(x) = dF(x) /dx,  f(x) ≧0, ∫ f(x) dx = 1

確率変数は,試行の結果として現れる「量」を表している。試行前は未知だが,試行を行う(ωが定まる) と X(ω) という量を出力する。こうして,確率を扱う理論には試行(測定) という概念が不可分に導入されることになる。


確率変数がその後どのように使われるかを知っておけばもう少しだけ安心するかもしれない。
(1) 期待値:E(X) = Σ x P(X=x) または E(X) = ∫ x f(x) dx
(2) 分散:Var(X)=E((X-E(X))^2)
(3) 標準偏差:σx = √Var(X)
(4) 共分散:Cov(X, Y) = E((X-E(X))(Y-E(Y))
(5) 相関係数:ρxy = Cov(X, Y) /( σx σy )

2023年8月23日水曜日

イェンセン不等式

凸関数からの続き

夢の中で,n変数の相加平均が相乗平均より大きくなることの証明ができそうになった。

起きてから早速その続きを考えたけれど,残念ながらうまくいなかった。これは以前に鈴木貫太郎のチャンネルでも証明されていたが数学的帰納法を使っていたことしか憶えていない。

しかたがないので,インターネットで検索してその方法を調べた。簡単な方法として,イェンセン不等式を利用するものと,帰納法を使うのだけれど関数の極値問題に帰着させるものが見つかった。

イェンセン不等式という名前を聞いたことがなかったのでこちらで考えてみる。これは凸関数の性質を拡張したもので,$f(x)$を凸関数として次式で与えられる。

$\displaystyle \sum_{i=1}^n p_i f(x_i) \ge f(\sum_{i=1}^n p_i x_i )$  (ただし $ 0 \le p_i \le 1 $ かつ $\displaystyle \sum_{i=1}^n p_i = 1 $)

$n=2$の場合は凸関数の定義式を表わしている。$n=k$で成り立つと仮定して,$n=k+1$でも成り立つことを示せば良い。以下で,$q=\sum_{i=1}^k p_i, \quad q_i=p_i/q (i = 1 \dots k), \quad q+p_{k+1}=1$とする。

$\displaystyle \sum_{i=1}^{k+1} p_i f(x_i) = \sum_{i=1}^k p_i f(x_i) + p_{k+1} f(x_{k+1}) = q \sum_{i=1}^k q_i f(x_i) + p_{k+1} f(x_{k+1})$
$\displaystyle \ge q f(\sum_{i=1}^k q_i x_i) + p_{k+1} f(x_{k+1}) \ge f(q \sum_{i=1}^k q_i x_i + p_{k+1} x_{k+1}) = f(\sum_{i=1}^{k+1} p_i x_i ) $

これを使って$n$変数の相加平均と相乗平均の関係を出すために,
$f(x) = -\log x,\quad p_i=1/n$とする。
$\displaystyle \sum_{i=1}^n p_i (-\log x_i)  \ge -\log (\sum_{i=1}^n p_i x_i), \quad \frac{1}{n} \log (\prod_{i=1}^n x_i ) \le \log (\frac{1}{n} \sum_{i=1}^n x_i)$

したがって,$n$変数の相加平均が相乗平均より大きくなることが示された。
$\displaystyle (\frac{1}{n} \sum_{i=1}^n x_i) \ge \Bigl( \prod_{i=1}^n x_i \Bigr)^{1/n}$

2023年7月17日月曜日

複素平面上の三角形

Twitterでyujitachさんが,次の式が複素数(a, b, c)の入れ替えについて対称なのはなぜ?という疑問を呈していた。与式は,$\left| \sqrt{a-b}+ i \sqrt{b-c}\ \right| +\left | \sqrt{a-b}-i\sqrt{b-c}\  \right | $ である。見かけ上はまったく対称でないので不思議な感じがする。

Twitterの集合知はすごいもので,早速回答が寄せられていた。$x=\sqrt{a-b},\ y=\sqrt{b-c}, \ z=\sqrt{c-a}$とおくと,$x^2+y^2+z^2=(a-b)+(b-c)+(c-a)=0$である。

与式は$|x+i\,y|+|x-i\,y|$であり,その二乗は,
$(x+i\,y)(x^*-i\,y^*) + (x-i\,y)(x^*+i\,y*) + 2\left| (x+i\,y)(x-i\,y) \right |$ 
$= 2|x|^2+2|y|^2+2\left | x^2+y^2 \right | = 2 (|x|^2+|y|^2+|z|^2)$

したがってこれは(x,y,z)の入れ替えについて対称であり,(a, b, c) の入れ替えについても対称となる。その幾何学的な意味は,(a, b, c) が表す複素平面上の三点を結ぶ三角形の三辺の長さの二乗和である。

2023年6月12日月曜日

IUGC

FeedlyでブログのRSSフィードを読んでいる。登録されているうちのひとつが,弦理論批判で有名なビーター・ウォイトNot Even Wrong だ。

そのタイトルが Zen Unviersity だった。えっ,なんで。ZEN大学というと,ドワンゴと日本財団がつくるというオンライン大学だ。ドワンゴはN高等学校で成功しているので,高等教育まで触手を伸ばしたようだ。

Not Even Wrong でなぜZEN大学をとりあげているかというと,ZEN大学にIUGC(宇宙際幾何学研究センター)が設立されるから。加藤文元さんが所長で,イヴァン・フェセンコを副所長にすえてIUTをテーマとした研究所というところに,ピーター・ウォイトがひっかかったからだ。彼は望月新一さんの宇宙際タイヒミュラー理論をさんざんディスってきた張本人だった。今回も皮肉交じりの嘲笑か。

ZEN大学のニュースはチラッと聞いただけだったが,ドワンゴなので無視していた。改めて,どんな人がスタッフになるのか確認してみた。教員予定者一覧。チェアマン鈴木寛・・・ぬぐぐ。副学長上山信一・・・こりゃあかんわ。東浩紀・・・げげげ(ゲンロンとタッグを組むらしい・・・orz),遠藤諭・・・へにょ,西郷甲矢人・・・おぅ,竹内薫・・・ほゎん,深津貴之・・・れれれ,松尾豊・・・はぁ。

玉石混交わけわかめ状態であった。

2023年5月28日日曜日

留数計算

GPT-4とBardとPerplexityに実関数の広義積分を複素解析を使って解くようにお願いした。

問題は,$\displaystyle \int_0^\infty \dfrac{\sin x}{x} dx$  というものだ。で,三者全員がそれらしい導出過程を示しながら答えは$\pi$だと返してきた。どうもおかしいなと思って,Mathematicaで検算すると $\dfrac{\pi}{2}$だ。やはり,ちゃんと勉強せずに生成系AIを使うことはできない(何度か試すと正しい答えを返す場合もあった)。

ところが,最近(ここ数十年)留数計算なんかご無沙汰しているので,自分の方が計算の仕方が分からなくなってしまっている。AI以下である。インターネットで復習してから自分で結果を再構成してみた。まだよく理解できていないけれど概ね次のようなものだ。

図:2通りの積分路と極の位置(ChatGPTのtikzコードによる)

複素関数$f(z) = \dfrac{e^{iz}}{z}$の積分を考える。

経路 $C_1 :  \gamma_{-} + \Gamma' + \gamma_{+} + \Gamma$,
経路 $C_2 :  \gamma_{-} + \Gamma'' + \gamma_{+} + \Gamma$,
とする。

$f(z)$がコーシーリーマンの関係式を満たす正則関数であるならば,
$C_1$のように閉じた積分路の中に$f(z)$に極がない場合,$f(z)$の経路積分の値は,$I_1=\oint_{C_1} f(z) dz =0 $になる。
また$C_2$のように閉じた積分路の中に極がある場合は,$f(z)$の経路積分の値は,$I_2=\oint_{C_2} f(z) dz =2 \pi i \ \mathrm{Res} f(z)$になる。

$\oint_{C_1} f(z) dz = \int_{-R}^{-\varepsilon} \dfrac{e^{i x}}{x} dx + \int_{\Gamma'} \dfrac{e^{iz}}{z} dz +  \int_{\varepsilon}^{R} \dfrac{e^{i x}}{x} dx + \int_{\Gamma} \dfrac{e^{iz}}{z} dz =0$

第1項と第3項をまとめて,第2項と第4項は $z=r e^{i \theta}$と極座標表示して,
これから$\varepsilon \rightarrow 0, \ R \rightarrow \infty$の極限をとると,

$\displaystyle 2 i \int_0^{\infty} \dfrac{\sin x}{x} dx - \pi i + 0 = 0$

同様に積分路$C_2$については,$\mathrm{Res}(z=0) f(z) = 1$ なので
これから$\varepsilon \rightarrow 0, \ R \rightarrow \infty$の極限をとると,

$\displaystyle 2 i \int_0^{\infty} \dfrac{\sin x}{x} dx + \pi i + 0 = 2\pi i$

いずれにしても,$\displaystyle \int_0^{\infty} \dfrac{\sin x}{x} dx = \dfrac{\pi}{2}$

2023年4月30日日曜日

ルリアード(2)

ルリアード(1)からの続き

その後,arxiv.orgを調べてみたら,Ruliadのキーワードで引っかかる論文が2つあった。1つは本家ウルフラムの"The Physicalization of Metamathematics and Its Implications for the Foundations of Mathematics"である。

もうひとつは,SingularityNETのCEOのBen Goertzelによる"Reflective Metagraph Rewriting as a Foundation for an AGI "Language of Thought"だ。汎用人工知能(AGI)システムのために用いられる,シンボル,接地,変数,型,置換,パターンマッチを扱うための非常に基本的で一般的な機能を持つメタ言語として設計されたMaTTa(Meta Hyper Talk)が,Ruliadに対応するということらしい(OpenCog Hyperon AGI system 参照)。

さて,ウルフラムの論文の概要を要約して,GPT-4に突っ込んだところ次のような話だった。
Q:ルリアードに関するスティーブンウルフラムの論文の概要は次のようなものであった。『メタ数学も物理学も、すべての可能な計算のもつれ限界に対応するユニークなルリアッド構造の観測者によるサンプリングから生まれると仮定している。人間がアクセスできる高次の数学の可能性は、物理的観測者が物理空間を知覚することの数学的観測者にとってのアナログであると仮定される。数学の基礎に対する伝統的な公理的アプローチのバルク限界の物理化された分析が、形式化された数学のいくつかの例に対する明示的な経験的メタ数学とともに与えられる。メタ数学的運動、必然的二重性、証明トポロジー、メタ数学的特異点などの概念に関連する、物理化された数学の一般法則が議論される。現在行われている数学は、物理的世界の経験に類似した直接プラトン的な方法でルリアードから派生したものと見なすことができ、公理的定式化はしばしば便利ではあるが、数学の究極の性格を捉えるものではない、と主張する。この見解の意味するところは、ある特定の公理のコレクションだけが、人間の数学的観察者の必然的な特徴と一致する可能性があるということである。歴史的、哲学的なつながりや、数学の将来に対する基礎的な意味合いについての議論も含まれる』。これはどのように評価されるか。

A:スティーブン・ウルフラムのこの論文は、数学と物理学の関係を調査するために、ルリアード構造という新しい枠組みを提案しています。このアプローチは、数学と物理学が、あらゆる可能な計算のもつれから生まれる観測者によるサンプリングであると仮定しています。また、人間が高次の数学にアクセスする能力は、物理的観測者が物理空間を知覚することと数学的観測者にとって同等であると主張しています。

ウルフラムのこのアプローチは、数学の基礎に関する伝統的な公理的アプローチを超えて、数学の物理化された分析を提案しています。この分析は、形式化された数学のいくつかの例に対する明示的な経験的メタ数学とともに提供されます。物理化された数学の一般法則に関連する概念、例えばメタ数学的運動、必然的二重性、証明トポロジー、メタ数学的特異点などが議論されています。

この論文は、現在行われている数学が、物理的世界の経験に類似した直接プラトン的な方法でルリアードから派生していると主張しており、公理的定式化は便利ではあるが、数学の究極の性格を捉えるものではないと述べています。また、特定の公理のコレクションだけが、人間の数学的観察者の必然的な特徴と一致する可能性があるとしています。

評価に関しては、この論文は物議を醸すものであると言えます。一方で、ウルフラムのアプローチは数学と物理学の関係や数学の基礎に対する新しい視点を提供し、これまでの概念や枠組みを再検討する機会を提供していると評価されるでしょう。一方で、彼の主張は、証明や検証が困難であるため、批判的な意見も多く存在します。

また、歴史的・哲学的なつながりや数学の将来に対する基礎的な意味合いについての議論が含まれているため、この論文は数学者や哲学者から様々な意見や評価を受けることでしょう。ウルフラムの提案は、数学と物理学の境界を模索し、数学の基礎的問題に対する新たな洞察を試みています。このため、彼のアイデアは、革新的で刺激的であると見なされることが多いです。しかし、彼の主張が正確であるという確固たる証拠がまだ不足しているため、懐疑的な意見も存在します。

ウルフラムの論文は、数学の基礎に対する新しいアプローチを提案するだけでなく、数学と物理学の将来の研究に影響を与える可能性があります。彼のアイデアが正しいと証明される場合、数学と物理学の分野に革命が起こることがありますし、数学の理解や物理学の基本原理に新たな洞察がもたらされることが期待されます。しかし、そのような革命的変化が実現するまでには、さらなる研究や実証が必要であると言われています。

結論として、スティーブン・ウルフラムのルリアードに関する論文は、数学と物理学の関係や数学の基礎に対する新しい視点を提供しており、多くの議論と評価を呼び起こしています。彼のアイデアは革新的で刺激的であると見なされる一方で、懐疑的な意見も多く存在します。この論文が将来の研究にどのような影響を与えるかは、今後の研究や実証によって明らかになるでしょう。

大分誤解していた。ウルフラムは物理学の統一理論を目指したプロジェクト(The Wolfram Physics Project)を実行中だが,それから派生してきた概念のようだ。プラトン的な世界とは真逆な方向性を持った話だった。

2023年3月14日火曜日

円周率の日

円周率の分数近似(4年前)からの続き

3月14日は円周率の日だ。

PC-9801を導入して最初のころにBASICで円周率の計算の例題を入力して試してみた。参考書にあったのがマチンの公式だった。$4 \tan^{-1 }\frac{1}{5}- \tan^{-1}\frac{1}{239}=\frac{\pi}{4}$を級数展開して求めるもので,$\tan^{-1} 1 = \frac{\pi}{4}$より収束が良く計算時間も稼げる。それでも当時のBASICインタープリタでは1000桁の計算に多少時間がかかっていた。今では,MathematicaでN[Pi,1000000]とするだけで,0.28秒でMacbook Air M1 の画面に100万桁の円周率が表示される。

1980年代,まだ日本のベクトル型スーパーコンピュータに勢いがあった頃,東大大型計算機センターを舞台として,金田康正さんが円周率計算桁数の世界記録を更新し続けていた。かれらのグループの最後の輝きは,2002年にHITACHI SR8000により1兆桁を計算したというものだった。

その後,時代はPCによる計算競争に移ったが,現在の記録はやはり日本人が持っている。Google Cloudの技術者である岩尾エマはるかが,2019年に31兆4159億2653万5897桁を記録し,2022年には100兆桁に達したチュドノフスキーの公式を用いた計算はGoogle Cloudで157日かけて実行された。

円周率の計算は,arctan型の何種類かの公式やガウス=ルジャンドルのアルゴリズムラマヌジャン型公式が用いられることが多い。チュドヌフスキーの公式は次のようなものだ。$n$が一つ進むごとに14桁近く精度が増えていく。

$ \dfrac{1}{\pi}=12 \Sigma_{n=0}^{\infty} \dfrac{(-)^n (6n)!(545140134n+13591409)}{(3n)!(n!)^3 640320^{n+3/2}}$

これをさらにすすめたものに,ボールウェィンの公式があったので確かめたところ,Juliaの計算値で$n>=1$の場合がおかしい。公式が間違って印刷されているのかと思ったが,Mathematicaではうまくいく。結局,Juliaの変数の任意精度の取り扱いが間違っていた。こちらのほうは,$n$が一つ進むごとに24桁近く精度が増えていく。

$A=1657145277365+212175710912\sqrt{61}$
$B=107578229802750+13773980892672\sqrt{61}$
$C=(5280\,(236674 + 30303\sqrt{61}))^3$
$ \dfrac{1}{\pi}=12 \Sigma_{n=0}^{\infty} \dfrac{(-)^n (6n)!(A+B n)}{(3n)!(n!)^3 C^{n+1/2}}$

以下が問題のJuliaのコードである。

function pit(m)

s61 = sqrt(big(61))
A = 1657145277365 + 212175710912*s61
B = 107578229802750 + 13773980892672*s61
C = (5280*(236674 + 30303*s61))^3
#A = BigFloat(13591409)
#B = BigFloat(545140134)
#C = BigFloat((640320)^3)
sum = big(0)
    for n in 0:m
        n6=factorial(big(6*n))
        n2=factorial(big(n))^3
        n3=factorial(big(3*n))
        sum=sum+(-1)^n*n6/(n2*n3)*(A+B*n)/C^(n+1/2)
    end
return BigFloat(1/(12*sum))
end

bpi = big(pi)
println(bpi-pit(0))
println(bpi-pit(1))
println(bpi-pit(2))
println(bpi-pit(3))

2023年1月23日月曜日

級数の因数分解

鈴木寛太郎の今日の問題を一般化してみると次のような問題になる。
$\displaystyle f(n,x) = \Sigma_{k=0}^{n-1} x^k = 1 + x + x^2 + x^3 + \cdots x^{n-1}$は因数分解できるかというものだ。結論は,$n$が素数の場合は因数分解できないが,それ以外なら因数分解できる。

$g(n,x)=(1-x)f(n,x)=1-x^n$とする。$n$が素数でなければ$\ n=a\,b\ $などのように自然数$a$と$b$の積で表わすことができる。つまり,$g(n,x)=1-x^{a\,b}\ $であるから,$X=x^a\ $とおいて,$g(n,x) = 1- X^b = (1-X)(1+X+X^2+\cdots+X^{b-1}) $
$= (1-x) (1+x+x^2+\cdots +x^{a-1}) (1+X+X^2+\cdots+X^{b-1}) $

となる。つまり与式は,$f(n,x)=\frac{g(n,x)}{1-x} = (1+x+x^2+\cdots +x^{a-1}) (1+X+X^2+\cdots+X^{b-1}) $と因数分解できる。

問題は,$n$が素数の場合であって,これはどうしたものかと調べてみると,アイゼンシュタインの既約判定定理というものがあった。その内容は以下の通り。

  $P(x)=a_n x^n + a_{n-1} x^{n-1} + \cdots a_1 x + a_0$を整数係数の多項式とする。

  ある素数 $p$が存在して,次の条件が満たされるとする。
   ・$i \neq n$の場合,$a_i$は$p$で割り切れる。
   ・$a_n$は$p$で割り切れない。
   ・$a_0$は$p^2$で割り切れない。

  このとき,$P(x)$は係数が有理数の範囲でこれ以上因数分解できない。

例えば,$P(x)=x^4+x^3+x^2+x+1=\frac{x^5-1}{x-1}$の既約性は,$P(x+1)$の既約性とおなじであり,$P(x+1)=\frac{(x+1)^5-1}{x}=1 \cdot x^4 + 5 x^3 + 10 x^2 + 10 x^1 + 5 $を判定すればよい。この式は素数$p=5$に対して上の条件を満たしているので,因数分解できないことになる。

全ての係数 $a_i=1$で$n=p-1$($p$は素数)という多項式,$P(x)=x^{p-1} + x^{p-2} + \cdots x + 1 = \frac{x^p-1}{x-1}$を考える。そこでは,$P(x+1) = _pC_p x^{p-1} + _p C_{p-1} x^{p-2} + \cdots _p C_2 x + _p C_1 $となる。$a_n=a_{p-1} = _p C_p = 1$ は$p$で割り切れない。$a_i = _p C_i \ (i = 1 \cdots n-1 )$は$p$で割り切れる(*)。$a_0=_p C_1 =p $は$p^2$で割り切れないので,因数分解はできない。

(*) $a_{n-1}=_pC_{p-1}=p$,$a_{n-2}=_pC_{p-2}=\frac{p(p-1)}{2!}$,$a_{n-3}=_pC_{p-3}=\frac{p(p-1)(p-2)}{3!}$,・・・である。 $p$は素数なので,$\mathrm{mod}(p-1,2)=0$,$\mathrm{mod}((p-1)(p-2),3)=0$などから,$\frac{1}{p}\ _pC_i$は整数となり,$a_i = _p C_i \ (i = 1 \cdots n-1 )$は$p$で割り切れる。

[1]アイゼンシュタインの定理(高校数学の美しい物語)

2022年12月25日日曜日

四色問題


四色定理の証明といえば,コンピュータを駆使して2000個の配位集合を虱潰しに調べたことで長年の課題が初めて証明された問題として有名である(1976 Appel, Haken)。

コンピュータに頼らない証明ができないので,なんとなくモヤモヤ感が抜けないと同時に,証明に関する既成の観念を変えた例としてもよくあげられる。深層学習による大規模言語モデルに基づいた物理法則の発見でも同じような固定観念の変更が求められているといわれることもあった。

その四色定理の新しい証明がarxivに登場した。"A non-constructive proof of the Four Colour Theorem"というもので,わずか7ページの論文だ。「このアプローチでは,特定の写像の集合に対する生成関数の特異点解析と,Tutteによる平面写像とその彩色多項式に関する列挙的・漸近的研究が用いられている」

Twitterでは,素人衆の期待の声が多いのだけれど,プロからは厳しい声が上がっているような雰囲気もチラチラ見え隠れしていた。どうなることやら。



写真:一松信の四色問題(ブルーバックス1983年版から引用)

2022年10月14日金曜日

箱の数

鈴木寛太郎の番組で紹介されていた奈良県立医大の入試問題がおもしろかった。

図1:すべての四角形の数え上げ問題

問題は簡単で,図1のような階段型の図においてとりうるすべての可能な四角形の数を数えるというものだ。このぐらいならば,順番に数えつくすこともできなくはない。

縦(横)が $n$ マスの場合の四角形の数を$S_n$とすると,$S_1=1,\  S_2=5\ $である。次に,$S_{n}-S_{n-1}$の漸化式を,$n \ge 2$の場合に求めてみよう。$S_{n-1}$ブロックの各列の上に1マスが加わっているので,これを含んで新たに加わる四角形の数は,左から1列目の1マスに対して$1 \cdot n$個,2列目の1マスに対して$2 \cdot (n-1)$個,…,$n$列目が$n \cdot 1$個となる。

これらの和が,$S_{n}-S_{n-1}$になり次式で与えられる。$\displaystyle S_{n}-S_{n-1} = \sum_{k=1}^n k \cdot  (n-k+1) = \sum_{k=1}^n \{ (n+1) k -k^2 \} $
$= \dfrac{n(n+1)^2}{2} - \dfrac{n(n+1)(2n+1)}{6} = \dfrac{n(n+1)(n+2)}{6}$

そこで,$S_k-S_{k-1}= \dfrac{k(k+1)(k+2)}{6}\ $の両辺を$k=2$から$k=n$までそれぞれ加えると,
$\displaystyle S_n-S_1 = \sum_{k=2}^n \dfrac{k(k+1)(k+2)}{6} = \dfrac{1}{6}  \sum_{k=2}^n (k^3+3k^2+2k) $
$ S_n = 1 + \dfrac{1}{6} \Bigl\{ \dfrac{n^2(n+1)^2}{4} -1 +3\bigl( \dfrac{n(n+1)(2n+1)}{6} -1 \bigr)  +2\bigl( \dfrac{n(n+1)}{2}-1 \bigr) \Bigr\}$
$ = \dfrac{n(n+1)}{24}\Bigl\{ n(n+1) + 2(2n+1) + 4 \Bigr\} = \dfrac{n(n+1)(n+2)(n+3)}{4!}=_{n+3}C_4$

答えは求まったがとても簡単な式で意味付けができそうだ。鈴木貫太郎の番組の答えをみると小倉悠司さんの素晴らしい解説が紹介されていてオオオッとなった。

図2:四角形数え上げの答えの解釈

与えられた図形の上に次のような$n+3$個の赤点を置く。上から始めて時計回りに2点を縦の分割線,さらに2点を横の分割線として4点選ぶと,1つの四角形に一意的に対応する。つまり,$n+3$個の点から4点選ぶことが四角形の選び方と対応するというわけだ。すごくない。

2022年9月13日火曜日

迷路

 Togetterで,数学好きによる迷路の解法が紹介されていた。

(1) 迷路の道の部分をゴムで作って入口と出口を引っ張ると解が直線として現れる。

(2) 代数的方法(固有値を計算して)・・・ちょっとわかりませんでした・・・

(3) 画像編集ツールのバケツで色分けして2色の領域の間を進む。

(4) 行き止まりを順次塞いでいけば正解だけ残る(最優秀賞)。

升目データが与えられていれば(4)の計算が一番正統的だけれど,画像データだけしかない場合は(3) が最も強力だ。入口若しくは出口の両脇の壁を別の色のバケツでタッチすればよいだけ。場合によっては,中に島ができてうまくいかないことがあるかもしれない。

図:迷路の塗り分けによる解法の例

2022年8月20日土曜日

玉川児童百科大辞典

 個人送信(2)からの続き

国立国会図書館デジタルコレクションの「個人向けデジタル資料送信サービス」の対象に,玉川大学出版部玉川児童百科大辞典があげられていた。そういえば,1冊持っていたと確認してみたら,玉川新百科1の数学の巻だった。

これは,昭和45年(1970年)9月10日に発行された学習百科シリーズの1冊だ。玉川児童百科大辞典の系列のシリーズで,対象読者は中学生や高校生だ。数学でいえばほぼ高等学校までの内容がカバーされていて,最後の現代数学の章で,記号論理学やカントールの集合論,抽象代数学などがほんの少しだけ含まれている。

この本を買ってもらったのは,高校生の時だった。本屋で見かけてどうしようと迷っていたのを憶えていたのか,ある日父親が買ってきた。小学校の時は,父には毎日のように本屋に連れていってもらって,沢山の本や図鑑を買ってもらった。やがて中学校になると,自分一人で本屋に行くようになり,主にSFやブルーバックスなどをあさっていた。

高校に入ってからは,父に本を買ってもらう機会はほとんどなくなっていたが若干の例外があった。この本とハヤカワSFシリーズ銀背のアイザック・アシモフの「銀河帝国衰亡史(記憶の中では金背になっていた)」,そして,ヴァージニア・ウルフの「灯台へ(To The Lighthouse)」(英語本)を買ってきたのが印象的だった。アシモフの方はわかるのだけれど,何故ヴァージニア・ウルフだったのかはいまでも謎だ。



写真:ハヤカワSFシリーズ「銀河帝国衰亡史」の書影
付録:玉川新百科(玉川大学出版部・誠文堂新光社)全10巻の内容
 1 数学
 2 物理1
 3 物理2
 4 化学1
 5 化学2
 6 天文・気象
 7 地球・海洋・地質・鉱物
 8 生物学
 9 動物
10 植物

2022年7月7日木曜日

最密球充填

フィールズ賞は,4年に一度開催される国際数学者会議(ICM)で,顕著な業績を上げた40歳以下の数学者(2-4名)に与えられる賞だ。初回は1936年だが,第2回の1950年から4年周期が始まっている。

受賞者の日本人は,小平邦彦(1954年),広中平祐(1970年),森重文(1990年)の三人。2014年にイランのマリアル・ミリザハニ(1977-2017)が女性として初めての受賞者となったが,若くしてガんで亡くなっている。2022年の今回,ウクライナのマリナ・ヴィヤゾフスカ(1984-)が二人目の女性受賞者となった。

彼女の業績は,最密球充填に関わるものだ。空間に規則的に球を配置するときの密度の最大値がわかっているものは,1次元(100%),2次元($\frac{\pi}{\sqrt{12}}=0.9068$),3次元($\frac{\pi}{\sqrt{18}}=0.7404$),8次元($\frac{\pi^4}{384}=0.2536$),24次元($\frac{\pi^12}{12!}=0.001929$)だけである。2017年にヴィヤゾフスカは,単独で8次元の問題を,これを応用して連名で24次元の問題を解決した。

3次元の問題の証明は,ケプラー予想とよばれ,17世紀のヨハネス・ケプラーの時代から考えられてきた。1998年に,トーマス・ヘイルズが解決したが,250ページの手稿と10万個の線形計画問題を解くコードとデータ3ギガバイトを必要とした。その後,コンピュータによる形式的証明を援用して証明を完全なものにした。一方,ヴィヤゾフスカの論文は,普通の理系の大学生でも読めそうな式を20ページほど並べるだけでこれを解決してしまった。


写真:新潮文庫のケプラー予想の書影(Amazonから引用)

[1]8次元と24次元の球充填問題の解決(tsujimotter)

2022年7月2日土曜日

ζ(2)

リーマンゼータ関数 $\zeta (s) = \sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^s}$は,その零点となる$s$が負の偶数と,実部が1/2の複素数に限られるというリーマン予想に結びつく重要な関数であり,数理物理学の難しい議論だけでなく,統計力学の入り口のあたりにも少しだけ登場する。

自由電子気体やデバイ模型のあたりの積分の計算に必要となるのが,$\zeta(2)$や$\zeta(4)$の値だ。ただし,時間がもったいないので,結果だけ与えて終りたくなる。簡単な導出法は,$\sin x $ の級数展開によるもので,バーゼル問題を最初に解いたオイラーの方法だ。

$\sin x = x \Bigl( 1 - \dfrac{x^2}{3!} + \dfrac{x^4}{5!} -\dfrac{x^6}{7!} \cdots \Bigr) = x \ \Pi_{n=1}^\infty  \Bigl( 1- \dfrac{x^2}{n^2 \pi^2} \Bigr)$

ここで,両辺の$\ x^{2n}\ $の係数を比較すると,$\zeta(2n)\ $の値が求まる。例えば,$n=1\ $の場合,$-\frac{1}{6} = - \frac{1}{\pi^2} \Sigma_{n=1}^\infty \frac{1}{n^2}\ $,すなわち,$\zeta(2) = \frac{\pi^2}{6}$であり,これがバーゼル問題の解であった。

$a_n=\frac{1}{\pi^2 n^2}$とおいて,$\zeta(4)$と$\zeta(6)$の場合を考えてみたい。$\theta_{ij}=1\ {\rm if}\ i<j \quad {\rm otherwise}\ =0$,$\theta_{ijk} = 1 \ {\rm if}\ i<j<k \quad {\rm otherwise}\ =0$として,対称和の一般的な分解方法を考える。

n=2の場合:

$\Sigma_{ij} a_i a_j = \Sigma_{ij} a_i a_j (\delta_{ij} + \theta_{ij}+\theta_{ji}) =  \Sigma_{ij} a_i a_j (\delta_{ij} + 2 \theta_{ij}) $

$+\frac{1}{5!} = \Sigma_{i<j} a_i a_j = \Sigma_{ij} a_i a_j  \theta_{ij}= \Sigma_{ij} a_i a_j  (1-\delta_{ij}) /2 = ( ( \Sigma a_i) ^2 - \Sigma a_i^2 ) /2 $

$\therefore \zeta(4)/\pi^4 = \Sigma a_i^2 = (\frac{1}{6})^2 - \frac{1}{60} = \frac{1}{90}$

n=3の場合:

$\Sigma_{ijk} a_i a_j a_k= \Sigma_{ij} a_i a_j a_k (\delta_{ijk} + 6 \theta_{ijk}+ 3 \theta_{ij}\delta_{jk} + 3 \delta_{ij}\theta_{jk}) $

$-\frac{1}{7!} = -\Sigma_{i<j<k} a_i a_j a_k = -\Sigma_{ijk} a_i a_j  a_k \theta_{ijk} = -\Sigma_{ijk} a_i a_j  a_k \bigl( 1-\delta_{ijk}-3 \theta_{ij}\delta_{jk} - 3 \delta_{ij}\theta_{jk} \bigr ) /6 \\ = -\Bigl ( (\Sigma a_i)^3 -\Sigma a_i^3 - 3 \bigl\{ (\Sigma a_i)(\Sigma a_i^2)-\Sigma a_i^3 \bigr \} \Bigr )/6 $

$\therefore \zeta(6)/\pi^6 = \Sigma a_i^3 = \Bigl ( \frac{6}{7!} - (\frac{1}{6})^3   + 3 \frac{1}{6 \cdot 90} \Bigr ) / 2= \frac{1}{945}$

付録:

$X=(\Sigma a_i) (\Sigma a_i^2) = \Sigma_{ij} a_i a_j^2 = \Sigma_{ij} a_i a_j^2 (\delta_{ij} + \theta_{ij} + \theta_{ji}) = \Sigma a_i^2 + \Sigma_{i<j} a_i a_j^2 + \Sigma_{i<j} a_i^2 a_j $

$Y=\Sigma a_i a_j a_k (\theta_{ij}\delta_{jk} + \delta_{ij} \theta_{jk}) = \Sigma_{i<j} a_i a_j^2 + \Sigma_{i<j} a_i^2 a_j$

$\therefore X - \Sigma a_i^2 =Y$

2022年6月15日水曜日

熊ノ郷準

 日経朝刊の交遊抄に阪大医学部長の熊ノ郷淳(1966-)さんが,阪大医学部の1年後輩の竹田潔さん(阪大免疫学フロンティア研究センター拠点長,審良静男の弟子)との関係について書いていた。

熊ノ郷というのは珍しい名前だけれど,和歌山にルーツがあるらしい。たぶん阪大理学部数学科の教授だった熊ノ郷準(1935-1982)と関係があるのではと調べると,Web上にご本人の記事があった。やはり熊ノ郷淳は,熊ノ郷準先生の息子だった。

淳さんが中学3年のときに,父に脳腫瘍がみつかり1年の闘病生活の後に若くして亡くなっている。それが契機となって,大阪教育大学附属高校池田校舎から阪大医学部に進学する。最初は脳神経外科医を目指していたのだが,適性がないことに気付いて岸本忠三(1939-)の下で免疫学の研究に進んだ,というようなことが書かれていた。

学部のころ,豊中キャンパスの生協の書棚に,岩波書店から出版されていた熊ノ郷準の「擬微分作用素」をみかけた。例の薄いけれど高い本のシリーズだ。阪大理学部の廊下でご本人のお顔を見たこともあると思う。大学院を修了してから,森田研究室のセミナーに通っていたころ,理学部の掲示板に,熊ノ郷先生が亡くなられた(47歳だった)ので御遺児のための奨学金を募りますという張り紙があったのが強く印象に残っている。


2022年4月20日水曜日

abc予想(4)

 abc予想(3)からの続き

abc予想が正しければ,ただちにフェルマーの定理が簡単に証明されるとのことだが,事情は若干ややこしい。正確には,abc予想の(2)の表現において$\varepsilon = 1 $として,このときに,$K(\varepsilon)=1$が満たされればという条件がついてくる。ウェブ上ではこれを強いabc予想と書いているものもあるが,その表現がよいのかどうかはあまりはっきりしない。

(強いabc予想?) $c < K(\varepsilon=1)  {\rm rad}(abc)^{1+(\varepsilon=1)} = 1 \cdot {\rm rad}(abc)^2 $ 

これからフェルマーの定理を導くのは次のようになる。

自然数$a,\ b,\ c\ $が互いに素であり,自然数$n > 6\ $に対して,$a^n,\ b^n,\ c^n\ $が abcトリプレットをなすとする。すなわち,$a^n + b^n = c^n\ $であって,$a^n < b^n$かつ$a^n,\ b^n\ $は互いに素。このとき,$c^n < {\rm rad}(a^n b^n c^n)^2 = {\rm rad}(a b c)^2 < (a b c)^2 < c^6\ $が成り立つ。

つまり,$n \ge 6\ $に対して,$a^n + b^n = c^n\ $は偽であることから,フェルマーの定理が $n \ge 6\ $に対して成り立つ。$n= 3, 4, 5\ $については別途成り立つことを示す必要があるが,これらはすでに証明されている。

これを少し詳しく見た様子は,黒川信重・小山信也による「ABC予想入門」に記述されている。


2022年4月19日火曜日

abc予想(3)

abc予想(2)からの続き

$c > rad(abc)\ $が成り立つabcトリプルを例外的abcトリプルとよぶことにする。そうはいっても前回は,これが無限個存在することも示している。例外的トリプルの個数を計算してみると,$c<1,000\ $で31個(全トリプル151,895個),$c<10,000\ $で120個(全トリプル個15,196,785),$c<100,000\ $で418個(全トリプル1,519,805,376)となる(最大10^15のオーダーまでの数の素因数分解を10億回しなければならないので,めちゃ時間かかった)。

これを計算したMathematicaコードは次の通り。

Rad[n_] := Times @@ (First /@ FactorInteger[n]);
f[n_] := {k = 0; Do[If[Rad[a*b*(a + b)] < a + b && GCD[a, b, a + b] == 1, k = k + 1], {a, 1, n/2 - 1}, {b, a + 1, n - a - 1}]; Print[k]};
g[n_] := {k = 0; Do[If[GCD[a, b, a + b] == 1, k = k + 1], {a, 1, n/2 - 1}, {b, a + 1, n - a - 1}]; Print[k]};
f[1000]
31
g[1000]
151 895
そこで,少しだけ条件を変更することで,例外的トリプルが有限個になるようにできないかを考えたところ,次のような予想が立てられた。(1)と(2)は同等であり,これがabc予想といわれるものである。

(1) 任意の$\varepsilon > 0$ に対して $c > {\rm rad}(abc)^{1+\varepsilon}\ $を満足するabcトリプルは高々有限個しか存在しない。

(2) 任意の$\varepsilon > 0$ に対してある $K(ε) > 0$ が存在し、全ての abcトリプルについて$c < K(\varepsilon) {\rm rad}(abc)^{1+\varepsilon}\ $が成り立つ。


2022年4月18日月曜日

abc予想(2)

 abc予想(1)からの続き

肝腎のabc予想である。準備のために,自然数 $n$ の根基(radical)を定義する。素数を$\{ p_i \}$として,$n = p_1^{k_1} \cdot p_2^{k_2} \cdot \cdots \ $と素因数分解できるとき,$n$ の根基が次のように定義される。${\rm rad}(n) \equiv p_1 \cdot p_2 \cdots \ $ 。例えば,${\rm rad}(120)={\rm rad}(2^2  \cdot 3^2 \cdot 5) = 2 \cdot 3 \cdot 5 = 30$ 。

3つの自然数の組,$(a, b, c)$ において,$a+b=c\ $であり,$ a < b\ $が互いに素であるものを,abc-トリプルとよぶ。普通は,$c < {\rm rad}(a b c)$ であるが,$c > {\rm rad}(a b c)$も無限に存在しうる。そこで,ある形のabc-トリプルで後者の条件を満たすものが無限個あることを示す。

素数 $p>2$,自然数 $n>1$として,$a=1, b=2^{p(p-1)n}-1, c=2^{p(p-1)n}$というabc-トリプルを考える。このとき,${\rm rad}(a b c) = {\rm rad}(a) {\rm rad}(b) {\rm rad}(c) = 1 \cdot {\rm rad}(b)  \cdot 2 = 2\ {\rm rad}(2^{p(p-1)n}-1) $となる。

ところで,$b = 2^{p(p-1)n} - 1 = \bigl( 2^{p(p-1)} \bigr)^n - 1 = \bigl( 2^{p(p-1)}-1 \bigr) \bigl( \cdots  \bigr) = p^2 \cdot \bigl( \cdot \  \cdots  \bigr)$ とかけるので(*),$\frac{b}{p^2}$は自然数である。そこで,${\rm rad}(a b c) = 2 \cdot {\rm rad} (p^2 \cdot \frac{b}{p^2}) \le 2 \cdot p \cdot  \frac{b}{p^2} = 2 \cdot \frac{b}{p} \lt \frac{2}{p} c$ 。ただし,$ {\rm rad}(m) \le m$ を用いた。

(*) フェルマーの小定理により,$2^{p-1}\ \equiv 1 \ ({\rm mod}\ p)$,すなわち,$2^{p-1} = k\ p + 1\ $なので,$2^{p(p-1)} = (k\ p + 1)^p = \Sigma_{r=0}^{p-1} C_r^p\ (k\ p)^{p-r} 1^r +1\ $。このため,$2^{p(p-1)}-1=(k\ p + 1)^p - 1\ $を展開した $k p$の最低次の項は,$C_{p-1}^p \cdot (k\ p) = k\ p^2$であり,全体は$p^2$を因子として持つ。

つまり,このabc-トリプルは任意の$n$に対して,$c > \frac{2}{p} c > {\rm rad}(abc)$ となるので,無限個存在する。

2022年4月17日日曜日

abc予想(1)

 NHKスペシャルの「数学者は宇宙をつなげるか?abc予想証明を巡る数奇な物語」の完全版(90分)が放映された。60分版にエピソードをいくつか加えて丁寧に編集していた。60分版を見た水野義之さんによれば,「素因数という言葉もさけて人間ドラマに仕立てた大失敗作だ」ということだが,そうでもないと思うけど。

Wikipediaのabc予想の記載は,現状をほぼ客観的に説明している。英語版のほうが淡白(冷淡)で,日本語版はややていねいに経緯を示している。NHKスペシャルでは,望月新一さん本人は取材を断っており,加藤文元さん,プリンストンでの望月の指導教官のファルティングス,批判派のピータ・ウォイトなどの話が中心となった。

番組でタイトルだけ紹介されたのが望月さんのブログからのキーワード「ノーと言える人間」であり,その説明はなかった。調べてみると,新一の「こころの一票」というブログの2017年11月21日に「心壁論」と,論理構造の解明・組合せ論的整理術を「心の基軸」 とすることの本質的重要性という記事があった。

abc予想を証明することができる宇宙際タイヒミュラー理論は,京大数理解析研究所のPRIMSで査読が完了して出版されたものの,世界の数学者の大勢は,その証明を認めていない。そんなこともあって,望月さんのこころの内がブログには表出されている。

望月さんは,5歳で日本を離れてからほぼ米国で生活し,16歳でプリンストンに入学し,23歳でPh. Dをとっている。そんな彼が欧米の大学のポストではなく日本の京大に職を得たことに理由に相当する,英語圏での生活における強い違和感が詳しく述べられている。

許容される表現のイメージ全体に一つの固定された「座標系」を敷き、表現のイメージ全体を通して 同一の「座標系」=「視点」=「声」=「神」=「心の基軸」しか認めないという姿勢を徹底することにはどうしても強い違和感を覚える

「ノーと言える人間」 というのは,例の盛田昭夫と石原慎太郎の1989年の著書「NO」と言える日本―新日米関係の方策」からきている。これが,欧米のメインストリームの数学者を権威主義的に敬う空気への強烈な拒否感として現れたものにほかならない。

P. S. 新一の「こころの一票」にNHKスペシャルについての評価に関する記事が掲載された。なかなかおもしろい(2022.5.3)。

2022年3月8日火曜日

三次方程式の解(3)

三次方程式の解(2)からの続き

三次方程式 $\ x^3+p x + q=0\ $の解は,$x=y+\frac{p}{3y},\quad  y^3 = t\ $と変数変換すると,$\ t\ $の二次方程式$\ t^2+q t -\frac{p^3}{27}=0\ $の解から逆にたどって求めることができた。このとき,$x^3=1\ $の解,$\{1,\ \omega=\frac{-1+\sqrt{3} i}{2}, \omega^2=\frac{-1-\sqrt{3} i}{2} \}$ を活用した。

上記の2次方程式が2つの実数解を持つ場合の求解手順を前回示したので,ここでは2つの複素数解$\ t_1=-\frac{q}{2} + \sqrt{q^2/4 + p^3/27}, \ t_2=-\frac{q}{2} - \sqrt{q^2/4 + p^3/27} \ $の場合(根号の中身が負の場合)を考えてみる。

(2) $\ t_1,\ t_2\ $が複素数の場合:

この場合,$\alpha=t_1^{1/3}, \ \beta=t_2^{1/3}\ $は複素数となる。前回と同様に,$ \alpha^3 \beta^3 = t_1 t_2 =  -\frac{p^3}{27}$であるが,$\alpha, \beta$が複素数であることから,$\alpha \beta = -\frac{p}{3},\ \alpha \beta \omega = -\frac{p}{3},\ \alpha \beta \omega^2 = -\frac{p}{3}\ $のいずれかが成立する。

6次方程式の解が,$y_1 = \{ \alpha,\ \alpha \omega,\ \alpha \omega^2 \},\quad  y_2 = \{ \beta,\ \beta \omega,\ \beta \omega^2 \} \ $であり,三次方程式の解が$\ x=y -\frac{p}{3 y}\ $によって得られることは前回と同じだ。そこで,複素数(実数を含む)である$\ \beta$を含む解が,複素数(実数を含む)である$\ \alpha$を含む解に帰着することが示せればよいことになる。

$\alpha \beta$の積に対する3つの条件のうち,最初のものは実数の場合と同じなので,前回の議論をそのままつかうことができる。残りの2つの条件を当てはめると次のようになる。

$\{ \beta,\ \beta \omega,\ \beta \omega^2 \} /.  \beta \rightarrow -\frac{p}{3 \alpha \omega}  =  \{\ \alpha \omega  - \frac{p}{3 \alpha \omega},\ \alpha -\frac{p}{3 \alpha},\ \alpha \omega^2 - \frac{p}{3 \alpha \omega^2}\}$,

また,$\{ \beta,\ \beta \omega,\ \beta \omega^2 \}/. \beta \rightarrow -\frac{p}{3 \alpha \omega^2}  = \{ \alpha \omega^2 - \frac{p}{3 \alpha \omega^2},\ \alpha \omega - \frac{p}{3 \alpha \omega} ,\ \alpha -\frac{p}{3 \alpha }\}$

なお,条件の代入にはMathematicaのルール [元の表式/. 変数→変換式]を用いた。こうして,一組の6次方程式の解$ \ y_1=\{ \alpha,\ \alpha \omega,\ \alpha \omega^2 \} $ から3次方程式の一組の解 $\ x= y_1- \frac{p}{3 y_1}\ $が得られる。