2023年9月18日月曜日

開放型イヤフォン


先日のあさイチで,開放型イヤホン(ながら聴きイヤホン)が取り上げられていた。博多大吉先生が感動していた。そういえば,8ヶ月前の昔,NTTの技術でオープンイヤー型イヤホンができそうだという記事をみていたのをすっかり忘れていた。いつの間にか,それらしい何かが製品化されてテレビで紹介されていた。

カナル型やインナーイヤー型のように耳にイヤホンを入れるのではなく,小型スピーカを耳道の外側において,外部への音漏れを防ぎながら,外音を自然に聴きつつ,イヤホンの音も聞こえるというものだ。家人から話を聞いていないと叱られることもなく,宅急便や電話への対応も可能になる。

調べてみると,NTTはだめだったけれど,いくつかの代表的な機種がみつかった。
JVC Kenwood nearphone 11,775
16mmドライバ,本体7時間+ケース10時間,BT5.1

ambie sound earcuffs 15,339
?ドライバ,本体6時間+ケース12時間,BT5.2

OneOdeo OpenRock Pro 16,890
16.2mmドライバ,本体19時間+ケース46時間,BT5.2

SONY RingBuds 18,717
12mmドライバ,本体5.5時間+ケース12時間,BT5.2,マルチポイント

Oladance Wearable Stereo 20,980
16.5mmドライバ,本体10時間 | 16時間,BT5.2

Cleer ARC 22,800
16.2mmドライバ,本体7時間+ケース11時間,BT5.0 
Shokz OpenFit 24,880
?mmドライバ,本体7時間+ケース28時間,BT5.2 
Oladance OWS Pro 34,800
23*10mmドライバ,本体16時間+ケース42時間,BT5.3,マルチポイント

値段的に,JVCがいいかと思ったが,音質はいいが接点不良などの問題がありそうだ。SONYは,マルチポイントでBlueToothが接続できるメリットはあるが,普通のイアホンの真ん中に穴が空いてるだけなのでイマイチ。OpenRockはやや評判が悪い。CleerARCは2がクラウドファンディングしていて,これが製品化されればよいとの説も。

結局,Oldanceが良さそうなのだけれど,2万円もする。Oladance OWS Pro はさらにすごそうだが3万円を越える。ならば思い切って整備済品のAirPods Pro(第2世代)USB-Cを選びたい。ノイズキャンセリングも外部音取り込みも可能なのだ。問題は耳の負担感だけ。

なんだかんだいって,多少不便だとしても有線のEarPods(2,780円)が一番コストパフォーマンスが高い。外音取り込みが必要ならば片耳外せば良いし。マルチポイント接続が必要なら,2つあるEarPodsを片耳づつ別のソースにつないで聴けば良いという,たいへん貧乏性の結論に落ち着きそうだ。


写真:Oladance のOWS Proの機能(アマゾンから引用)

2023年9月17日日曜日

樹氷の世界

霧の彫刻からの続き

自然を見る眼が親愛の情を失えば,相手も決してその本性を明かさないものである。

これは中谷宇吉郎(1900-1962)の随筆集「樹氷の世界(甲鳥書店,1943)」に掲載されていて,NHKの日曜美術館天にささげる霧 霧の彫刻家・中谷芙二子」のテーマとして紹介されたフレーズだった。

最初は,この出典がわからず,Googleで検索しても全く見つからない。一方,青空文庫には中谷宇吉郎の随筆などが240編ほど収録されている。これを順番に調べるのは大変だ。wgetで自動ダウンロードしようとしたら,ファイル構造が単純でないため挫折した。

そこで,ChatGPTのAdvanced Data Analysis(旧 Code Interpreter)の助けを借りることにした。ところがこの子は,ファイルは受け付けるが,ウェブにはアクセスできない。尋ねてみると,中谷宇吉郎のそのデータは持っているというので,20編ずつ探してもらった。3ブロック目でヒットして,その答えは「自然の法則」というタイトルだという。しかしこれは実在しない。

そこで,GoogleのBardのほうに問い合わせた。こちらは手早く自信満々で「はい、わかります。随筆集「雪の結晶」の中の該当する随筆のタイトルは「雪の結晶と私」です」との回答があった。が,これも実在しない。どいつもこいつも役に立たない。

神田敏晶さんが,$20/月もかかる ChatGPT-Plusの解約をすすめていたので,早速これに従うことにする。


その後,人力でようやくさきほどの情報「樹氷の世界」までたどりついた。この本の著作権は切れていて,国立国会図書館のデジタルアーカイブに存在していることが分かった。この随筆集には,17編の記事があって,順番に読んでみたが見つからない。なんのことはない,403pにある後書きの部分にあるのだった。

P. S. 終戦の2年半前に出版されたもので,著者の様々な葛藤があらわれている随筆集だった。





[1]中谷宇吉郎 近代日本人の肖像(国立国会図書館)
[2]中谷宇吉郎教授の逝去を悼む(北海道大学理学部物理学教室)
[3]中谷宇吉郎先生のご業績とお人柄(若濱五郎 1927-2021)
[4]北大における雪氷学(北大百年史,黒岩大介)
[5]低温科学研究所(北大百年史,部局史)
[6]岩波映画製作所(1949年の中谷プロダクションがその前身)
[8]中谷宇吉郎記念財団(代表理事 中谷芙二子)
[9]氷雪物理学(対馬勝年)




2023年9月16日土曜日

霧の彫刻

NHKの日曜美術館で,中谷芙二子(1933-)の霧の彫刻が取り上げられていた。

90歳の中谷芙二子は,雪の結晶,人工雪の研究で有名な中谷宇吉郎(1900-1962)の二女として札幌に生まれた。当時北海道大学教授になったばかりの中谷宇吉郎は,石川県加賀市片山津町の出身で,小松中学,第四高等学校から東京大学理学部物理学科に進み,寺田寅彦(1878-1935)に師事した。三姉妹の母の静子(1910-1986)も金沢出身だった。長女の咲子(1932-)が地質学者,番組の最後にも登場した三女の三代子がピアニスト(1944-)でともにアメリカ在住だ。甥の中谷健太郎(1934-)が由布院温泉の亀の井別荘を経営している。


芙二子は,高校卒業後に父の仕事の関係で渡米し,ノースウェスタン大学美術科を1957年に卒業している。1966年には,Experiments in Arts and Technology (E. A. T. ) のメンバーとなった。E. A. T. の活動の最高峰として,大阪万博1970のペプシ館がある。ここで芙二子は霧の彫刻によってパビリオンを覆うことに成功した。これは,16ミクロンのノズルの前に針をおいて,70気圧で噴射される水を砕き,20〜30ミクロンの霧粒として噴射するものであった。

1970年7月に訪れた大阪万博では,最初の夜に赤く照らされて工事中のデザインだった横尾忠則のせんい館の夜の外観は見たが,エキスポランド側にあった霧に包まれたペプシ館には行かなかった。


中谷芙二子の考えを要約すると次のようなものであった。
霧の彫刻は,純水で作られた大量の霧を発生させて,環境と人間のインタラクションを楽しむ芸術だ。霧の中に入ることで,人は視覚だけでなく,全感覚を通して環境を知覚することになる。それは,不可視である大気が呼吸する様子を人が知覚することを助ける。またこれにより人の行動自身も影響されることになる。自然を美の対象と考えてはいけない。それは,人それぞれが自分の方法で発見する自然との関係の中に生まれてくるものだ。
番組は,日本各地での取り組み,とくに田中泯とコラボレートした舞踊と霧のパフォーマンスを中心に話が展開した。加賀市にある中谷宇吉郎雪の科学館にも常設の霧の彫刻「グリーンランド氷河の原」があり,グリーンランド(中谷宇吉郎が調査でよく通っていた)から氷河の堆積石を60トン(環境大臣と交渉してゲットした)を日本に運んで厚さ15cmに敷き詰めた空間に霧を流していた。


写真:中谷宇吉郎雪の科学館にある霧の彫刻(グリーンランド氷河の原)


[1]霧の抵抗 中谷芙二子(水戸芸術館)
[3]アーティスト・中谷芙二子のふたつの顔飯田豊評「霧の抵抗 中谷芙二子」(美術手帖)

2023年9月15日金曜日

成層圏飛行

NHKのコズミックフロント関係の話題が続く。

9月7日に放映されたのが「天空の果てへ 有人気球・成層圏飛行への挑戦」だった。ヘリウム気球を使った有人成層圏飛行の実現を目的とする岩谷技研の1年半の取り組みが丁寧に紹介されていた。ほとんど会社の宣伝番組になっていたけど。なお,有人ではなく成層圏や中間圏での高高度気球での撮影をするスポーツは,スペースバルーンとよばれている。

図:地球大気の鉛直構造(高卒資格.comから引用)

北海道の株式会社岩谷技研は,2012年に個人として初めて33kmの高度からの撮影に成功した岩谷圭介(北海道大学工学部知能工学科卒)が,2016年に設立した旅客技術開発会社である。その目的は,高高度ガス気球並びに旅行用気密キャビンを設計/開発/製造し,気球による宇宙遊覧フライトを実現する,となっている。現在の資本金は3500万円で,従業員が48人だ。

ヘリウムを惜しげもなくふんだんに使って(いるように見えた)気球にかかわる様々な実験を堅実に繰り返しているところに驚いた。社長はじめ若い社員達が多くのの特許を取得しながら一歩づつ着実に目標に向かっていた。48名の人件費を賄うだけの収益があるのか,他人事ながら心配になった。

同様のベンチャー企業に,茨城県のスペース・バルーン株式会社がある。こちらの方は2020年に設立され,資本金500万円で従業員7名だ。ホームページはとても綺麗にデザインされていて,会社の目標も宇宙旅行に限定されず様々な応用分野を想定している。


うまくいけば,数百万円程度で2時間上昇+1時間滞在+1時間下降のNear Space(宇宙空間への入口)の旅=成層圏飛行が実現できるかもしれないがどうだろう。なんとなく,アーサー・C・クラーク楽園の泉(こちらは軌道エレベータの話だが)を思い出す。


2023年9月14日木曜日

大学ポートレート

国際卓越研究大学からの続き

生成系AIによる調べものが挫折すると,原点のインターネット検索に戻ることになる。もちろん,各大学にアクセスして調べればいいのだが,各大学の情報構造がまちまちなので,これがとてつもなく面倒な話だ。

そんなとき,大学ポートレートというサイトに行き当たった。独立行政法人大学改革支援・学位授与機構が運営している。が,運営先を微妙に隠そうとしている。面倒なやつだ。

これを見ると,各大学の基本情報が同じ形式で整理されているので,目的が達成できそうだった。残念ながら,職員数と財務情報=大学予算規模が欠けている。そう,教員数は懇切丁寧に示しながら,職員数がいまひとつ分かりにくい大学が多かった。

不良老人の常で,こういう場合は早速クレ—ムを入れるのだった。

大学ポートレートの情報,大変参考になります。

現在,基本情報として,大学名,本部所在地,設立年(設置認可年),大学の連絡先(代表番号、メールアドレスなど)大学の種類,総学生数(学部),総学生数(大学院),総教員数(本務者)の8項目があげられています。

要望:
(1)総職員数,(2)大学の予算規模(≒損益計算書の経常収益または経常支出に対応するもの)の2項目を基本情報として追加していただけないでしょうか。

理由;
(1)大学の教育や運営には教員だけでなく,職員や支援スタッフがどれだけ充実しているかというのがますます重要な情報になっています。

(2)大学ファンドの運用規模が,各大学の予算規模と比べてどの程度のオーダーであり,日本の高等教育がどうなるかの全体像を理解するには,各大学の予算規模を基本情報として把握する必要があります。大学ポートレートの目的は必ずしも受験生だけのものでなく,広く国民が高等教育の在り方を理解するためのものだと思いますので,こうした情報は基本情報になると考えられます。

会社規模のイメージをつかむには,資本金,従業員数,売上高,純利益などを見ますね。どうぞよろしくお願いします。

追伸:対話型の生成AIの能力がもう少し向上すれば,このような手間は不要になるのですが,試してみたところ,あまりうまくいきませんでした。


要望への返事は返さないそうなので,暖簾に腕押し以外の何ものでもない。


と思っていたら,早速ていねいな御返事をいただいた。結論を要約すると以下のようになる。こちらの要望とは若干ズレているが,お忙しいところどうもありがとうございました。
(1)総職員数について
 大学改革支援・学位授与機構でまとめております「大学基本情報」にデータがございます。https://portal.niad.ac.jp/ptrt/table.html
(2)大学の予算規模について
 大学ポートレートの「基本情報」ページの一番下に、「財務諸表等」の項目があり、各大学法人ウェブサイトでの該当ページへのリンクを掲載しております。

2023年9月13日水曜日

国際卓越研究大学

どうする大学からの続き

9月1日,東北大学がはじめての国際卓越研究大学の認定候補に選ばれた。

平成に入って(1989)バブルが崩壊(1992)し,阪神・淡路大震災(1995)があり,有馬さんがその道を開いた(1999)国立大学の法人化(2004)がスタートした。バブル崩壊後の30年で大学は疲弊し,日本の研究力は地に落ちつつあるとの認識が広がりつつある[1][2]。

そこで登場したのが,日本学術会議ではなく内閣府の総合科学技術・イノベーション会議だ。政府が大学予算を絞ってきたのが問題ではあるが,日本にも米国のトップ大学のような基金があれば大学は活性化できるというロジックで,2020年12月に閣議決定されたのが次の方向性である。
10 兆円規模の大学ファンドを創設し、その運用益を活用することにより、世界に比肩するレベルの研究開発を行う大学の共用施設やデータ連携基盤の整備、博士課程学生などの若手人材育成等を推進することで、我が国のイノベーション・エコシステムを構築する。
その基本的な考え方が定められ[3],具体化策は,法改正により科学技術振興機構の新しい役割として追加された[4]。ますます大学の選択と集中が加速され,金融資本だけが繁栄するというスバラシイ施策だ。

10兆円基金の年間運用益を3000億円と見込み,最終的にはこれで4-6大学を支援することになりそうなので,1大学平均500-700億円というところか。科研費の年間予算規模が2500億円なので,運用が成功すれば科研費総額を5大学だけに配るというような凄まじい話だ。


これに10大学(早稲田,東京科学,名古屋,京都,東京,東京理科,筑波,九州,東北,大阪)が応募した。大手の大学で申請しなかったのは,慶応義塾大学と北海道大学だった。その中から,東北大学,東京大学,京都大学が現地調査の対象として絞り込まれたというニュースを聞いたとき,てっきりこの三大学で決まったものだと思っていた。

ところがフタを開けてびっくり,東北大学1校だけが選ばれて,2024年度から支援を受ける候補になった。東北大学の計画書(の中のKPI)をみて,こんな絵空事で通るのかと奥村先生が憤っていた。25年間続けて,論文数が年率5.2%で増加し,そのうちTOP10%論文数が9.2%で増加するというのだから。

各大学の予算と今回の大学ファンドのオーダーを比較しようとして,大学名,予算規模,教職員数,学生院生数のリストをつくるようにChatGPTに頼んだところ,大学ファンドの話を持ち出しただけで全く役に立たなかった。むしろBardがのぞみの形を出力してくれたのだが,チェックすると数値は出鱈目だった。しかたがないので,人力で対応した。

順位 大学名 予算(億)  科研費(億)    教職員数 院生・学生数
1 東京大学    2,538  211        11,547  27,368
2 慶應義塾大学   2,791  36            4,247  33,052
3 京都大学    1,839  141         5,553  22,295
4 大阪大学    1,602  101         5,058  20,969
5 東北大学       1,532  101         6,398  17,591
6 早稲田大学      1,022  27            3,209  47,127
7 九州大学    1,358  69            4,572  18,560
8 筑波大学    1,123  43            4,627  16,507
9 東京科学大学  1,176  117           4,824  13,429
10 名古屋大学   1,289  78            3,207  15,902
11 北海道大学   1,077  60            3,920  17,541
12 東京理科大学  535   11            1,501  19,768
極めて局所に投入される大学ファンドの運用益は,各大学の予算規模の20%とか25%に相当するので,なんだかむちゃくちゃなことになりそうだ。どうして,こんなに荒っぽい政策しか考えつかないのだろうか。文部科学省のNISTEPは遅ればせながらややまともな分析をしているのだけど[1] ,時既に遅しということか。

*科研費は12大学・機関(-東京理科大+理化学研究所)で936億円(全体の40%程度)を占める。

[1]我が国の研究力の動向(文部科学省科学技術・学術政策研究所,2023.4)
[2]大学の研究力強化に向けて(文部科学省大学研究力強化室)
[3]世界と伍する研究大学の実現に向けた大学ファンドの資金運用の基本的な考え方(総合科学技術・イノベーション会議,2021.8)
[4]大学ファンドについて(科学技術振興機構)

2023年9月12日火曜日

どうする大学

NHK大河ドラマ「どうする家康」は,評判もずっとイマイチで,最初のうちはあまり見る気もしなかった。ところが,武田信玄が出てきて瀬名と信康が自害するあたりから,次第に面白くなってきた。本能寺の変の直前の信長への接待から,秀吉の台頭,石川数正の出奔や朝日姫の輿入れなど,最近は毎週目が離せない。


9/10のNHK日曜討論が「どうする"研究力低下"これからの日本の大学」だった。法事で外出していたため,録画したものをみた。放送直後から,Twitterで番組の感想を検索していたが,ほとんどその論調は同じだった。政府審議会の証券アナリストはわかっていない,選択と集中がこの危機を招いた,出席の大学関係者はがんばっていた,というものだった。

Twitterでおなじみ病理医の榎木英介科学・政策と社会研究室 代表理事),K2Kニュートリノ実験出身の横山広美(東京大学IPMU副機構長),KEK理事でリサーチアドミニストレーション協会副会長の高橋真木子(金沢工業大学教授),経済財政諮問会議初の民間女性有識者中空麻奈(BNPパリパ証券,アナリスト)というなかなか良いメンバーだった。野依良治が出てこなくてよかった。

さすがNHKなので,朝まで生テレビや維新の記者会見とは違って落ち着いて話が進む。中空麻奈もそこまでヒールに徹していたわけではないし,横山さんや榎木さんも控えめだ。高橋さんは,榎木さんらの主張に共感しながらも,研究機関としてのマネジメントをどうするかという立場で話していた。

まあ,バブル崩壊後の国家予算の逼迫に対応しようとした日本政府の政策の方向(国立大学の法人化と資源の選択と集中)が間違っていたわけだ。2000年のインターネット革命後の社会の変化スピードのために被害は拡大してしまい(研究人材の雇用不安定化,基盤的な大学運営費の縮減による機能喪失),焦れば焦るほど大学が危機的な状況に追い込まれている。これに少子化の波が加わる(以前は2018年問題といわれていたがまだズルズルと続いている)。


2023年9月11日月曜日

放出総量

告示濃度比総和からの続き

第一は、処理水放出しなくても海に流出している放射性物質がおそらく事故以前の福島第一の年間放出管理目標値である2200億ベクレル/年くらいあって、これを減らすことが絶対的に重要だけど、そもそもこういう放出があること自体に国も東電も一切触れないのが問題、ということ。
トリチウムの事故以前の福島第一の年間放出管理目標値は22兆ベクレル/年(実績2.2兆ベクレル/年)だというのは,どこにでも書いてあるが,2200億ベクレル/年は探してもなかなか見当たらない。

ようやく,10年前のページ3.11東日本大震災後の日本に手がかりがあった。しかし原文のリンクを辿った経済産業省からは消されており,waybackmachineでかろうじて過去の記録がわかった。平成23年度原子力施設における放射性廃棄物の管理状況及び放射線業務従事者の線量管理状況について(経済産業省・原子力保安院)。なんとかしてほしい。

これによれば,事故前の福島第一原子力発電所の放射性液体廃棄物(3Hを除く)の年間放出管理値が,2.2E+11Bqとなっている(気体では希ガス 8.8E+15 Bq,ヨウ素131 4.8E+11 Bq)。原子炉7基の柏崎刈羽原子力発電所についで全国2番目に大きなレベルに設定されていた。

その上で,きちんとした計算がされていたのは【資料】ALPS処理水の海洋放出 「放出総量」(伊賀治)だ。それによると,トリチウムの22兆ベクレル/年を排出基準 1500Bq/Lでわった,希釈後アルプス処理水の年間放出可能量は,1467万t/年となる。

これにタンクJ1-C群の2次処理後の確認試験結果,C-14: 13Bq/L,Co60: 0.31Bq/L,Sr90: 0.35Bq/L,Y90: 0.35Bq/L,Tc99: 0.73Bq/L,Sb125: 0.11Bq/L,I129: 2.1Bq/L,Cs137: 0.45Bq/L をかけて,2倍して(希釈用の海水も同じ濃度で汚染されていると仮定)加えると,トリチウム以外の8核種の放射能の合計は,5100億Bq/年となっている。

告示濃度比総和は1に抑えられていて,現在の基準は満たしているとはいえるが,過去の自分たち自身の設定目標管理値は越えている。トリチウム排出についてはそれに従っているにも係わらず。だめだこりゃ。


2023年9月10日日曜日

ヨウ素129

告示濃度比総和からの続き

ネット上で原発関係のまともな情報を得られるのは,神戸大学の牧野淳一郎さんくらいしかいない。おしどりマコにトラウマがありそうなキクマコや水野さんはじめ,あとは疑似科学的な体制翼賛会になっている。と感じるのは自分の座標系が偏っているからかもしれない。


安定ヨウ素127は海水中に60ppb含まれる。その放射性同位体であるヨウ素129は,1570万年という長い半減期を持つので注意が喚起されている。

ヨウ素129は,ウラン238の自発核分裂,Xeと宇宙線の反応などで自然界に生成される。その結果,地殻圏に320TBq (50t),大気水圏に1.7Tbq (260kg) 存在している。一方,核実験により0.3TBq (43kg)が ,再処理施設からは11TBq (1.7t) が 放出拡散している。安定同位体のヨウ素127との存在比は,核実験以前の天然存在比は,I129/I127 = 10^-12 だったが,現在の太平洋の表面海水では10^-10程度である(北海では10^-6)[4]。

原子力発電所では,ウラン235の1核分裂当たり,ヨウ素129が072%,半減期8日で最も注意が必要なヨウ素131が2.9%生成される。半減期が10^-9倍短いヨウ素131は,ヨウ素129より放射能が10^9倍強いことになる。ところが,同量のヨウ素同位体があった場合,1年も経たずに,ヨウ素129の放射能がヨウ素131を上回る( (1/2)^30=10^-9,30×8 = 240日)。

ALPS処理水において,セシウム137とヨウ素129のベクレル濃度はほぼ等しいのであるが,半減期が50万倍違うので,長期的な影響はヨウ素129がセシウム137より50万倍(まではいかないか)大きいことになる。これを牧野さんが指摘しているわけだ。

まあ,人間の体を構成しているカリウム40炭素14などの自然放射能は100 Bq/Lなので,1 Bq/L程度は気にならないかもしれないが,ヨウ素は生物濃縮して(海藻により数千から数万倍に)なおかつ甲状腺に集まるので,あまり油断してもいけない。


(注1)海水中の安定ヨウ素127の濃度は,60ppb = 0.06mg/1kg であり, 5×10^-7 mol/L = 3×10^17 個/L 存在する。一方,ヨウ素129の半減期が1570万年 = 5×10^14 s なので,1個のヨウ素129は,0.693/(5×10^14) = 1.4 ×10^-15 Bq にあたる。つまり,1 Bq/Lのヨウ素129は,7×10^14個/Lに相当し,1Bq/Lの海水におけるヨウ素129のヨウ素127に対する同位体存在比は 2×10^-3 となる。予定通りの放出により,近海では太平洋の表面海水の平均ヨウ素127比の数千万倍になる(もし核実験以前の10^-12Bq/Lと比較すれば一億倍)。

(注2)バナナ1本100gには10Bqのカリウム40が含まれるが,安心して食べて良い。上記の環境で生育した乾燥コンブ100gには200mgのヨウ素が含まれる。注1の環境ではこの0.2%(0.4mg)がヨウ素129である。つまり,この100gの乾燥コンブには,0.4 mg/129 g × 6×10^23 = 2×10^18 個 = 3000 Bq のヨウ素129が含まれる(ただし,コンブ生産量の95%は北海道であり,福島近海ではない)。


[2]環境中のヨウ素129とその分析法(九州環境管理協会)

2023年9月9日土曜日

年縞博物館

ほぼ一日中テレビをつけっぱなしにしていると,よく叱られる。テレビも時々自動的・自主的に消灯して休むことがある。

NHK等の朝昼夕夜のニュース,NHKの朝ドラ,あさイチ,韓国ドラマ,VIVANT,BSドラマ,映画とコズミックフロントの録画くらいしかみていない。見るものがなくなると,放送大学にチャンネルを替えて,これをバックグラウンドTVにしながら,パソコンのYouTubeを聞き流している。たいへん健康に良くない生活だ。

その放送大学の「情報デザイン」の「〔各論〕空間とコミュニティの情報デザイン」の回で,福井県立年縞博物館が紹介されていた。GPT-4に要約させると次のようになった。
福井県年縞博物館は、年縞(ねんこう)を通じて人類の歴史や時代の変遷を探求する世界初の博物館です。年縞とは、湖の底などに長い時間をかけて積もった泥の層を指し、福井県若狭町の三方五湖の一つ、水月湖の底からは7万年分の年縞が採取されました。この年縞は、歴史の年代決定のための国際標準の「ものさし」(IntCal)に採用され、水月湖は「Lake Suigetsu」として世界的に知られるようになりました。年縞博物館では、この7万年分の年縞を体感するための「年縞ギャラリー」が設けられており、訪問者は年縞の魅力や歴史の深さを実感することができます。

番組では,立命館大学古気候学研究センター中川毅センター長がていねいにその趣旨や特徴を説明されていた。


写真:年縞博物館の7万年分45mの年縞を横向きに展示

2023年9月8日金曜日

大ちゃん

8月31日が終わり,あと1年半 (≒580日) しかない大阪・関西万博がどうなるかの瀬戸際だ。

153カ国・地域と8国際機関が参加表明していて,そのうち敷地渡し方式のタイプAで60カ国56館が建設される予定だ。が,大阪市への建築許可申請がまだ一つも出されていない。その前段階である基本計画が提出されたのでさえ,韓国,チェコ,モナコ,サウジアラビア,ルクセンブルクの5カ国だ。また,タイプAの失速を防ぐ窮余の策であるプレハブ建設代行のタイプXに興味を示したのは5カ国に留まる。


9月7日,そんな大阪府が,この度高齢者向けに生成AIを使ったサービスをキックオフした。これまでも高齢者コミュニケーションサービスが存在していた。柴犬のキャラクター大ちゃんとのオンラインコミュニケーションにより,(1) 会話機会の創出(雑談チャット)による老人の孤独感の解消,(2) 外出機会の創出(イベント案内)による健康増進,(3) 個人の属性に合わせたサービス・情報提供などが目的だ。これを今回ChatGPTで強化したというものだ。

奈良県民だけれど,大阪府柏原市に勤務している体で,早速LINEから登録して試してみることにした。

最初に聞いたのは,「万博大丈夫」。答えは返ってこなくて,別の話題に転換されてしまった。次に聞いたのは,「万博はどこであるの」。答えは「万博は大阪府吹田市にありますよ!」違うやろ。さらに,「今度の万博はいつどこであるの」。答えは「ほんまや!興味津々やわ〜。大ちゃん,教えてもらってええ?」

最低やな。たぶん「万博」は禁止語に登録されているのだろう。大ちゃんはユーザの高齢者に合わせて,すでに認知症気味なのであった。



図:本当にAIで強化されたのか疑惑の大ちゃん(大阪府説明資料から引用)


[1]大阪・関西万博の最新の動向(内閣官房,経済産業省,2023年7月)

2023年9月7日木曜日

告示濃度比総和

ALPS処理水(6)からの続き

ALPS処理水のトリチウム以外の放射性物質の量を管理するために,告示濃度比総和という量が用いられている。

ALPSにおける除去対象62核種+放射性炭素14について,原子力規制委員会で定められた排水に対する国の濃度規制基準値[1]と測定濃度比の和が1以下になるようにするというのが国と東京電力の方針だ。この状態になったALPS処理水を,トリチウム単独の規制基準値の1/40(WHOの飲料水基準の1/7)の1500 Bq/L以下になるように薄めて放出することになっている。[1][2][3]のデータを整理すると主な放射性物質の排水の告示濃度と → 実測値のオーダーは以下のようになる。
トリチウム(12.3年,β崩壊) 6万 Bq/L  → 30万Bq/L(5×40 = 200倍希釈
炭素14(5730年,β崩壊) 2千 Bq/L → 100 Bq/L

コバルト60(5.27年,β崩壊) 200 Bq/L → 1 Bq/L
ストロンチウム90(28.8年,β崩壊) 30 Bq/L → 10 Bq/L
イットリウム90(64.6時間,β崩壊,ストロンチウム90から) 300 Bq/L
ルテニウム106(374日,β崩壊) 100 Bq/L → 1 Bq/L
ロジウム106(29.8秒,β崩壊,ルテニウム106から) 30万 Bq/L
アンチモン125(2.67年,β崩壊) 800 Bq/L → 0.5 Bq/L
テルル125m(57.4日,IT) 900 Bq/L
ヨウ素129(1570万年,β崩壊) 9 Bq/L → 1 Bq/L 
セシウム134(2.06年,β崩壊) 60 Bq/L → 0.2 Bq/L
セシウム135(230万年,β崩壊) 600 Bq/L
セシウム137(30.2年,β崩壊) 90 Bq/L → 1 Bq/L
バリウム137m(2.55分,IT,セシウム137から) 80万Bq/L
既設ALPS,増設ALPS,高機能ALPSの処理前と出口の放射性濃度が[2]に与えられている。その上限を測定値として上の告示濃度の右に示している。ALPSにより,セシウム137やストロンチウム90やアンチモン125の放射能は十万分の一に,コバルト60やルテニウム106は百分の一になっているが,ヨウ素129は百分の一から十分の一程度にとどまっている。


[1]放射線を放出する同位元素の数量等を定める件(原子力規制委員会,2020.3)
[2]多核種除去設備出口の放射能濃度(東京電力,2023.6.30)
[3]処理水ポータルサイトQ&A(東京電力)
[4]処理水に関するQ&A(在上海日本国総領事館)

2023年9月6日水曜日

日下周一

クリストファー・ノーラン映画オッペンハイマーは,まだ日本未公開なので,早くみたいものだと調べているうちに,オッペンハイマー(1904-1967)の弟子だった日下周一(1915-1947)に行き当たった。

日下周一は,大阪に生まれ,5歳で移住したカナダで育ち,ブリティッシュ・コロンビア大学からMITの大学院に進んだ。カリフルニア大学バークレー校でオッペンハイマーの指導を受け,1942年に博士号を取得した。中間子や核力の研究を行い,1943年には中間子論でパウリ(1900-1958)との共著論文(On the theory of a mixed pseudoscalar and a vector meson field)がある。1946年にプリンストン大学でウィグナー(1902-1995)の助教授になったが,1947年31歳で海水浴中に溺死した。

1940年に日下が日本を訪れたとき,湯川秀樹(1907-1981)や小林稔(1908-2001)や内山龍雄(1916-1990)に会って議論している。内山先生の一歳上だったのか。

1960年にオッペンハイマー夫妻が来日したとき,バークレー時代の弟子である日下周一の両親に会って弔意を表した。

1992年,大阪市立科学館の加藤賢一のところに吉永剛幸および大山幹男が来訪し,日下周一を顕彰することができないかとの話があった。2005年10月には大阪市立科学館(高橋憲明館長)において,関係者が中心の日下周一シンポジウムが開催されている。



写真:日下周一の御両親を弔問するオッペンハイマー夫妻(Esquire記事から引用)

[1]日下周一伝(加藤賢一データーセンター)
[4]物理学者日下周一の生涯と業績(星学館ブログ)
[5]NECROLOGY Kusaka Shuichi, 1915-1947(David Bohm, Robert R. Bush)
[6]Shuichi Kusaka  Theoretical Physicist ( When An Old House Whispers )
[7]Great Physicist Shuichi Kusaka  (You Tube)
[8]Notes on electrodynamics (J.R. Oppenheimer, University of California, Physics 207B, 1939)
[9]電気力学(オッペンハイマー講義録=日下周一のノート,小林稔訳)
[10]Einstein His Life & Times (Frank Phillipe, George Rosen, Shuichi Kusaka)
[12]Shuichi Kusaka (Find a Grave)


2023年9月5日火曜日

水産物の禁輸

ALPS処理水の放出の後,中国と香港が日本からの水産物の輸入を禁止した。日本の漁業関係者や,中国で日本水産物を扱ってきた人々は大変なことだと思う。日本近海で漁をしている中国漁業関係者にとってはチャンスかもしれない。

令和四年度の水産白書には,日本の水産物輸出の状況が説明されている。そもそも,2016年以降,肉の消費量が魚のそれを上回ってしまい,日本人が魚介類を食べなくなってしまったのが問題だ。こどもが魚を嫌い,値段は高く,調理も面倒だからだというのがその理由だ。

その分は輸出に活路を見いだそうということになる。2022年度の日本の水産物輸出額は3900億円に達しており,その42%の1600億円が中国・香港むけである。ここまでは良く報道されている。その内訳はどうか。輸出品目の一位がホタテ貝(23.5%)で,その半分が中国向けだ。五位のナマコ調製品(4.8%)の89.3%と六位のカツオマグロ類(4.6%)の35.8%が中国・香港向けだ。それ以外は少ないのでこれでほぼ全体像がわかる,と思いきや中国で285億円(33%),香港で405億円分(54%)はその他の水産物だ。なお,三位の真珠の72.7%は香港向けだけれどこれは食べないからなあ。

結局,主にひどい目にあうのは北海道のホタテ業者(ほぼ100%)と北海道・青森・山口のナマコ業者(これで50%)ということなのか。

NHKのクローズアップ現代で,「フクシマ」論の元凶の開沼博が国民一人1600円魚を食べて応援しようという酷い発言をしていた。単純な自分は思わずうなずいて騙されそうになってしまった。食べて応援する場合は,ホタテとナマコを中心としてあと少しのマグロ・カツオを加えることを忘れないようにする。


図:ホタテとナマコ(どこぞからコピペして加工したもの)

2023年9月4日月曜日

トリチウム(1)

話題のトリチウムだ。

放射性崩壊のベクレルという単位は,1秒間に1崩壊を表わしている。放射性物質の半減期をT [s] とすると,t秒における放射性粒子数は,N(t) = N(0) exp( - 0.693 t /T ) にしたがって減少する。そこで,1秒間の崩壊で減少する粒子数 x は, N(0)-N(1) ≒ N(0) × 0.693 1/T = x [Bq] となる。

トリチウムの半減期,12.3年は 12.3 [y] × 3.16 10^7 [s/y] = 3.88 10^8 [s] である。したがって,1モル = 6.02 10^23個のトリチウムは,1.08 10^15 Bq(1080兆ベクレルに相当する。福島第一原発のタンクにあるトリチウム水( HTO = 分子量20)が,830兆ベクレルだとすれば,0.77モルにあたるので,134万トンのトリチウム汚染水には約15gのトリチウム水が含まれている。

放射性物質の量を表すとき,ベクレル単位にすると非常に大きな量として印象づけられるが,g単位であれば影響が小さいように見せることもできる。面倒な話である。

トリチウム原子は1PBq = 10^15 Bqで1モルなので,これを使うと次の数値が得られる。
地球上存在する全トリチウム〜140kg,宇宙線で自然に生成されるトリチウム 200 g/年,原子力発電所などで生成されるトリチウム 300 g/年(うち1/4が放出カナダがCANDU炉で人工的に生成しているトリチウム 2 kg/年( 300万円/g),韓国のCANDU炉でも数百g/年 とある。


さて話はかわり,最近リバイバルしている核融合だ。国際熱核融合実験炉(ITER)のトカマクでは,DT反応が用いられる。すなわち重陽子とトリチウムが主な燃料となる。100万kWの核融合炉を1年運転させる(3×10^16J)ためには,効率100%としても14MeV(2×10^-12J)のエネルギーを持つ中性子が放出されるDT反応を10^28回 生起する必要があり,10^4mol = 30kgのトリチウムが必要になる。どこからかき集めてくるのだ

Wikipediaの「トリチウム」によれば,トカマクの場合点火時に3kg 用意すればよいとある。あとはブランケットのLiに中性子を吸わせて,6Li+n → T + 4He + 4.8MeV,7Li+n → T + 4He + n -2.5MeV で,トリチウム(T)を再生産するらしい。それでも消費燃料(D+T)が500g/日という記述になっている,どういうこと。レーザー核融合だったらベレットを作る手間が発生するが,どのみちリチウムブランケットからのトリチウム取り出しサイクルは必要になってくる。

核融合では高レベル廃棄物が出ないといえども,134万トンに薄まった15gのトリチウム水でばたついている人類が,数kgのトリチウムを自由に扱える日がくるのだろうか。


[2]よくわかる核融合炉の仕組み(日本原子力学会核融合工学部会)
[4]環境トリチウム—その挙動と利用(高島良正,1991)

2023年9月3日日曜日

ALPS処理水(6)

ALPS処理水(5)からの続き

福島第一原子力発電所のALPS処理水放出に係わる問題点は,(1) トリチウムの放出量,(2) それ以外の残留放射性物質の放出量,(3) 廃炉過程の進行に伴って(1)(2)がどう変化しいつまで続くか,の3点に整理できる。水産業その他の経済的被害・事業継続性の問題,国内外の政治的なプロパガンダと危機管理,放射性廃棄物処分の原則と基礎の話などは少し置いておく。

ここでは,まだ定まっていない廃炉プロセスを考慮しない場合のトリチウム総量の推移を考える。

 ALPS処理水の放出にともなうトリチウム排出量は,最大で22兆ベクレル/年とされている。これは,事故前の放出制限基準値であるが,実際の放出実績は2.2兆ベクレル/年だったので,10倍かせいでいる。なお,2011年事故前の平均値でいえば,沸騰水型原子炉:0.02兆〜2兆ベクレル/年,加圧水型原子炉:18兆〜87兆ベクレル/年,日本の原子力発電所合計:380兆ベクレル/年である。

現在の,福島第一原子力発電所のデブリ領域におけるトリチウムの生成量はどこにもちゃんと説明されていない。そこで,82万Bq/Lという最も高い平均タンク濃度と,冷却水や流入地下水によって発生する汚染水の量,90㎥/日を組み合わせる,これにより得られるトリチウム生成量として27兆ベクレル/年を採用する(ALPS処理水(4)参照)。

タンク平均トリチウム濃度62万Bq/Lから得られる,現時点の134万㎥のタンク貯水量に対応するトリチウム量は,830兆ベクレルであった。そこで,微分方程式を解く代わりにExcelで1年ごとのトリチウムの推移を求める。ある年のトリチウム量に対し,毎年の生成トリチウム量と最大排出トリチウム量を加減し,これに半減期12.3年に対応する1年間のトリチウム減少率exp(-0.693/12.3) = 0.945 をかけるという操作を繰り返して次年のトリチウム量を求める。

ただし,地下水流入を現在の半分に抑えるという話もあるので,8年後に90㎥/日が60㎥/日になるという場合も同時に考えた。このときのトリチウム生成量は18兆ベクレル/年である。これだと正味のトリチウム減が実現される。結果をグラフで示すと次のようになった。


図:ALPS処理水放出によるトリチウムタンク総量の推移


現在のままでは,毎年正味のトリチウム量は増加しているので,有限値に収束する。その値は,89兆ベクレルである(年間増加ベクレル×半減期/0.693)。一方,生成トリチウム量を2/3の18兆ベクレル/年に抑えることができたばあいは,約46年後の2070年ごろに貯留タンク分が空になり,その後18兆ベクレル/年の放出が続いていく

これに廃炉プロセスが加わると途端に話が複雑になってしまう。仮にデブリを切り出して取り出すとすればその際に新たに水と触れることによって発生する放射性物質の挙動がどうなるかは全く分からない。普通に考えると,ALPS処理性能がどうなるか,トリチウム濃度がどうなるかなどいろいろ心配になる。

もっとも,絶対安全派の立場ならば,放射性物質の総量は関係なくて,規制基準値を下回るまでとにかく薄めればよいという議論になるのかもしれない。なにしろ,1.4京ベクレル/年というフランスのラ・アーグ再処理施設の水準まではまだまだ余裕があるのだから。

P. S. 東京電力の資料[3]によれば,2050年に放出完了になっている。どうやら,発生トリチウム濃度の評価が異なっているようだ。

[2]トリチウムの物性について (+他の参考資料 2014-2016年ごろ)
[5]牧野淳一郎さんのTwilog(Xだと検索がうまくできないので困っている)

2023年9月2日土曜日

ALPS処理水(5)

ALPS処理水(4)からの続き

原子炉への流入を防ぐ目的で,陸側遮水壁周辺のサブドレンから汲み上げた地下水は,2015年9月からすでに海洋放出が行われている[1]。海洋放出に当たっては,規制基準値の6万ベクレル/Lの1/40という目標値1500ベクレル/Lの濃度内という制限を設けており,実際のトリチウムの排出濃度は,平均660ベクレル/L(最大でも1100ベクレル/L)である。

現在までの詳細データは[2]に公表されている。しかし,この地下水汲み上げ海洋放出における,1年間の放出トリチウム量をまとめた情報は2017年分までで途切れていて[1],処理水ポータルサイトでも定量的な説明はない。ちなみに,2016年は1300億ベクレル/年,2017年は1100億ベクレル/年である。

そこで,詳細データを集計してみると(面倒な話です),2023年6月分は160億ベクレル/月が放出されている。単純に12倍すれば,1900億ベクレル/年のオーダーである。この汲み上げ地下水放出のおかげで,地下水が原子炉デブリ領域に浸入して高濃度のトリチウムが大量に生成するのを防いでいるのだからありがたいとしなければならない。

事故前の冷却水等による年間トリチウム放出量実績は2.2兆ベクレル/年,10倍の水準であり,8月に始まって今後想定されるALPS処理水の放出22兆ベクレル/年,100倍の水準である。

微々たるものだといえばそうなのかもしれないけれど,それも含めてすべての情報は整理しながら公開しないと余分の議論や疑惑を誘発するだけである。


P. S. CNICによれば,そもそも福島第一原発から専用港に漏れている放射性物質は,全βで3.5兆ベクレル(内トリチウムで0.6兆ベクレル)になる。希釈用の汲み上げ海水は北の5号機,6号機取水口なので多少はましなのだろうか。

[4]地味な取材ノート(まさのあつこ)

2023年9月1日金曜日

関東大震災朝鮮人虐殺事件

今年は,1923年9月1日に発生した関東大震災100年にあたる。

8月30日のNHKクローズアップ現代では「集団の狂気なぜ ~関東大震災100年虐殺の教訓~」というタイトルでこれが取り上げられていた。森達也監督の映画「福田村事件」を軸として,集団化した人間の怖さと,歴史的な教訓にどう向き合うかを中心に話が進んだ。

東京都の小池知事が6年前から,朝鮮人犠牲者追悼碑前で開かれる追悼式典への追悼文を送らなくなったことには触れないだろうなと思って見ていたが,非常に控えめではあるが取り上げられていた。全然斬り込めていなかったけれど。小池知事の影響下の東京都人権部は,さらに悪質なことに,東京都人権プラザ(港区)で2022年11月30日まで開催中の飯山由貴さんの個展「あなたの本当の家を探しにいく」の付帯事業で,関東大震災での朝鮮人虐殺に言及した映像作品《In-Mates》の上映を禁止している

日本政府も同様であって,ロイターによれば
政府は9月1日に発生100年となる関東大震災を巡り、当時の朝鮮人虐殺への論評を避ける構えだ。松野博一官房長官は30日の記者会見で「政府内において事実関係を把握する記録が見当たらない」と強調し、コメントしなかった。反省や教訓の言葉もなかった。虐殺を巡っては、事実そのものを疑問視したり否定したりする言説が後を絶たず、歴史の歪曲や風化が懸念される。

日本会議を始めとする,右側の歴史修正主義者の圧力に次々と屈する事態が発生しているのだった。

本当に,政府内において事実関係を把握する記録がみつからないのかどうか,気になって,google で,朝鮮人虐殺 + 関東大震災 + site:go.jp で検索してみると確かに余り見つからない。衆議院や参議院における代表質問関連,国立国会図書館や科学技術振興機構のJ-STAGEの文献類以外はほとんどない。

一次史料ではないが,内閣府の防災情報のページにある「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成21年3月 1923 関東大震災【第2編】」にはかなり詳しい話が載っていた。また,外務省の外交文書デジタルコレクションには,関東大震災関係 2中国人等被害関係 という資料は存在している。当時は韓国併合(1910-1945)の時代だから,朝鮮人は外務省マターにはならなかったのだろう。


追伸:菅野完が,森達也を批判した返す刀で「集団化した人間の怖さ」だけを強調することの問題点を指摘していた。日本では,地震などによる大災害は頻繁に発生している。なぜ,関東大震災のときにこれほどひどい虐殺事件が発生したのか。その特殊性を帝国主義的な社会構造や植民地主義的世界観により以下のように説明している。

その特殊性とはすなわち、正力松太郎が流した官製デマであったり、当時の官憲が震災前から虎視眈々ととりわけ共産主義者を弾圧しようとねらっていた(日本共産党の結成は、1922年つまり震災の前年だ)という時代背景であったり、ロシア革命への介入戦争であったシベリア出兵直後だったという社会背景であったりじゃないのかね?(菅野完,Facebook 2023.9.5)

 

2023年8月31日木曜日

ALPS処理水(4)

ALPS処理水(3)からの続き

東京電力や経済産業省の処理水ポータルサイトをみても,肝腎の情報がわからない。ALPS処理水の希釈放出は科学的に安全ですということだけが,これでもかと繰り返し強調されている。

科学の素養があるインフルエンサーの多数派は,単純化された前提と論理の組み合わせで,科学的には絶対に安全なのだとSNS上で強調している。科学的な問題点を指摘する声があっても議論はかみ合わず堂々巡りになる。それだけではなく,疑問や不安を表明すること自身が,フェイクであり風評加害であるという言説まで飛び出す始末だ。

ニセ科学バッシングもそうであったけれど,科学的にありえないことを否定できるという絶対的な正義の立場にたつとき,人々は安心して敵を追いつめることができる。そこまではよいとしても,その習慣が,コロナ感染症拡大時のPCR検査やワクチンの安全性や今回のALPS処理水放出のような微妙な場合でも科学の名のもとに威力を振るうことになる。そして,それは政治的な権力を持つ側の主張と重なることが多い。


自分が知りたかった情報は何か。トリチウムの発生量と放出量をなるべく正確に理解して,それがどのように推移するかを理解したいということ。

今は漠然と,基準濃度以下で科学的にはまったく安全だから,安心して魚介類を食べなさいという話になっているが,これがいつまで続くかは曖昧だ。廃炉に30-40年かかるとはいうものの,その道筋も完了形態も全く明らかにされていない。確かにデブリの性状が不明だと,再臨界を避けながら冷却する処理方法が簡単には確定しないというのは分かる。


トリチウムの発生量=トリチウム汚染水の発生量 × 発生時点のトリチウム濃度である。
タンクのトリチウム濃度としては,K4群:19万Bq/L,J1-C群:82万Bq/L,J1-G群:27万Bq/Lという数字がみつかった。35基あるK4群タンク以外のタンク数やその意味は探しきれなかった。また,前回示したように,全タンク群平均:62万Bq/Lという数字もある。

ところで,82万Bq/Lはトリチウムの放出における告示濃度(6万Bq/L)に対する比率14であり,生成時点でのトリチウム濃度はこれを越えることは間違いない。とりあえず,この値を採用して計算を進めてみる。福島第一原子力発電所の汚染水環境において,1年間に新たに発生するトリチウムの量は,90㎥/日×365日×8.2億Bq/㎥ = 27兆ベクレル/年,これだと希釈したALPS処理水を22兆ベクレル/年で放出しても一定量は残存することになる。


2023年8月30日水曜日

ALPS処理水(3)

ALPS処理水(2)からの続き

自分がよくわかっていないことなど。

(1) デブリがたまっている1-4号機への地下水の浸入を防ぐため,陸側遮水壁(凍土壁)が設けられ2018年に完成したが,最近どうなっているのかの情報がほとんどない。東電の処理水ポータルで検索してもまったくヒットしない。完成後に,流入する地下水は顕著に減少したようだけれど,地下水流入を完全に防いでいるわけでもない。

(2) 1-4号機の周辺の核汚染水は建屋周辺のサブドレンで汲み上げて,タンクに保管しストロンチウム・セシウム除去やALPS処理を行っている。また2015年に完成した海側遮水壁(30m)で核汚染された地下水の海への流出を防いでいることになっている。が,実際の地下水の動きがどうなっているか,海に流出していないのかは完全に把握されていない。

(3) ALPS処理施設では,トリチウムと放射性炭素が除去できない。また,初期の運用や設備の不具合からタンクに保管されている水のうち全体の7割の処理途上水は,放出の規制基準を満たしていない。東電と政府は放出前には再度ALPSを通して,問題がなくなる水準まで浄化処理するとしている。が,第三者機関による恒常的な監視測定体制が存在しないため,信じる人達は安全性は完全だと主張するが,信じられない人は不安を抱えたままになる。

(4) 単純計算すると,現在のタンク容量の余剰分が3万㎥なので,日々の追加汚染水発生量 90㎥/日で割れば,1年弱の余裕がある。タンク設置場所についても,5号機6号機周辺などまで含めればありそうに見える。が,貯蔵場所が大熊町から双葉町に拡大するのでそれはそれで話が面倒なのかもしれない。

(5) そもそも,東京電力によればALPS処理水放出によってタンクを空ける理由は以下のようになっている。一応30-40年後が廃炉完成目標らしいのだけれど,その進行状況は非常に難しいものになっている。反対派はチェルノブイリのようにさっさと石棺をつくればとしているが,それはそれで政治的にも技術的にもハードルはかなり高そうである
Q:福島第一原子力発電所の敷地内のタンクに長期保管できないのですか。

A:今後、高濃度の放射性物質である燃料デブリの取り出し等、リスクを低減するための廃炉作業を計画的に進めていくにあたり、発電所内で必要な敷地を確保する必要があります。
(6) 経済産業省の「アルプス処理水について」(2020.7)によれば,「専門家会議が6年余り検討した結果、 5つの方法の中から、前例や実績があることから 「海洋放出」と「水蒸気放出」の 2つが現実的とされました。」とあるにもかかわらず,東京電力の処理水ポータルでは,肝腎の水蒸気放出の情報には全く触れられておらず,代わりに次のQAが掲載されている。
Q:「地層注入」や「地下埋設」によるALPS処理水処分は検討したのですか。

A:国のタスクフォースで検討され、「規制的、技術的、時間的な観点から現実的な選択肢としては課題が多い」とされています。
(7) 国際原子力機関(IAEA)のスタンスは,報告書の7p にあるDirector Forward の末尾にある。
最後に、福島第一原子力発電所に貯蔵されている処理水の放出は、日本政府による国家的決定であり、本報告書はその方針を推奨するものでも支持するものでもない(that this report is neither a recommendation nor an endorsement of that policy)ことを強調しておきたい。しかし、この決定に関心を持つすべての人々が、IAEAの独立した透明性のあるレビューを歓迎することを願っていますし、このプロセスの開始時に申し上げたように、IAEAはALPS処理水の放出前、放出中、放出後に立ち会うことを保証します。