2022年1月29日土曜日

スタイル

『スタイル』は1936(昭和11)年6月に,宇野千代(1897-1996)によって編集発行された月刊雑誌である。その1937(昭和12)年の記事がtwitterで紹介されていた

「おしゃれな」というタイトルのコラムで,金澤,神戸,横浜,名古屋の4都市が紹介されている。美川町出身の詩人村井武生(1904-1946)によるその金澤の記事は次のようなものだった。

 森の都 "金澤" も主要街はすつかり十三間道路に舗装され,北陸一の近代都市としての名に反かないが,一歩裏通りへ入ると昔ながらの屋敷町が曲折し,百萬石のお城下町の落ち着きを見せてゐる。百貨店はやがて約一萬坪に増築の宮市大丸と丸越の二つ,そこから呑吐される若い女性はもち洋装が身について来た。

 銀座と浅草とを一緒にしたやうな市の中央香林坊は金澤の誇る歓楽街,どこへ出しても羞かしくない完備した喫茶店 "芝生" や白椿,又,酒場にはターバン,珍味庵など。二つの劇場と七つの常設館で近代人としてのスタイルを調へ,大学や専門校らはインテリを急造する。

 郊外の粟ケ崎,金石等の海水浴場は丑の日などには六七萬の裸群が踊り,宝塚,松竹に次ぐ粟ケ崎少女歌劇団のスターは,当地方では映画女優以上の人気を持つ。遠出には随所に温泉があり近く飛行場も完成,秋ともなれば兼六園の幽邃賞すべく,競馬の興奮も一興,又夢向山公園へのドライブも快適であらう。

芝生といえば,柿の木畠にあった軽食・喫茶の店で,高校のクラブの友達と卒業後にコンパをしたところだが, 十数年前には閉店したようだ。

自分が子供のころ,粟崎遊園はとっくになくなっていたが,手取遊園や卯辰山のヘルスセンターはまだあった。幼稚園から小学校低学年までの頃,親戚とあるいは学校の遠足で手取遊園へ遊びに行った。


写真:粟崎遊園の絵地図(はんこ工房から引用)

2022年1月28日金曜日

野田中学校

 鹿賀丈史(1950-)が金沢の出身だというのは知っていたのだが,金沢市立野田中学校の先輩だった。同窓会名簿をみると,勝田重勝という名前で,第17期の3年2組,林義直先生のクラスに載っている。Wikipediaには,本名が勝田薫且(しげかつ)となっているので,たぶんそうだと思う。

鹿賀丈史は,小学校時代は一時東京にいたようなのだが,材木町小学校を卒業している。高校は二水高校だ。たぶん,近所に住んでいたのだろうが,残念ながら3学年違いなので世界線が交差することはなかった。

上に登場した数学の林義直先生は,自分が2年のときの担任だった。平成3年から5年まで,野田中の第14代校長を務めている。野田中の同窓会名簿をみていたら,阪大マンドリンクラブと金沢泉丘高等学校の先輩だった,徳井久康さんや,小学校・中学校が同じで高校との同級生だった,荒井秀典君が教諭を務めていた。

当時の野田中学校(1949-)は,十一屋小,泉野小,富樫小の3校が校区だった。やがて,郊外の人口増に伴って新しく高尾台中学校(1981-)が新設され,富樫小は伏見台小(1974-)や扇台小とともにそちらの校区に編入された。野田中は十一屋小,泉野小,長坂台小(1981-)を校区としている。

なお,田中美里も十一屋小学校らしいが,中学校からはミッション(北陸学院中学校・高等学校)に進んだので野田中ではない。幼稚園が若草幼稚園なら後輩なのだが,噂によると寺町の幼稚園とのことなので,これもどうやらちがうようだ。


2022年1月27日木曜日

大学入学共通テスト(5)

大学入学共通テストで,試験問題が時間中に外部に流出する不正行為があった。家庭教師サイトで,問題の解答を依頼され,そうとは知らずに世界史の問題に解答した大学生が申し出たことで発覚した。

今日になって,香川県の19歳の女子大生が警察に出頭してきた。大阪府在住の大学生であり,別の大学を受験するために,大阪府の入試会場で共通テスト受験したとのことである。自分が現役の大学関係者だったらさぞかし肝を潰していることと思う。

当該の試験場の大阪の大学の学長にはすでに情報は伝わっているかもしれない。そうすると,試験室の担当者達と試験場責任者が全員呼び出されて,ネチネチと2時間ほど学内事情聴取されるのは明日か。警察にも出頭して説明することをを求められるかもしれない。ああ,考えただけでぞっとする。

あるいは,当該の女子大生が在学している大阪の大学においても,どんな学修・生活状況だったかのを聞き取りに警察がくるのかもしれない。さらに,この2つの大学が重なっている可能性もなくはない。大学に関する情報は秘匿されたままなのだろうか。あるいはどこかのマスコミがスクープするだろうか。

上着の袖に隠したスマートフォンで動画を撮影することは可能かもしれないが,そこから静止画を切り出してリアルタイムに家庭教師サイトにアップロードし,さらに,相手の複数の大学生に適切な指示を送ることが単独で周りの目を心配せずに実行することが可能なのだろうか。トイレチャンスは1試験科目で1回は使えるかもしれないが,まわりの受験生の目もあるだろうから,毎回は難しいのではないか。

ニュースを聞く前は,複数の人が関与しなければ絶対できないと思っていたが,そうではないのかもしれない。もし,この一連の過程を一人で立案して実行でできるくらいの技があるのならば,すべての大学は競ってその学生をリクルートしたほうがいい。

2022年1月26日水曜日

金沢商工人名録(昭和3年)

曽祖父の越桐与兵衛を検索していたら2件見つかった。

ひとつは,昭和3年に発行された金沢商工人名録である。まえがきに「本人名録は,金沢市内に於ける昭和二年度営業収益税の納税者を基礎として編纂したものである。本年版は編輯方法に変改を試み,且つ索引に於ても,分類別索引,品名別索引並に広告索引を付加した。之に依って検出を容易ならしむるであらう」とある。当時の小さな商店から,株式会社までさまざまな業種が網羅されている。内容は後日改めて紹介する。

もう一つは,奈良文化財研究所木簡データベースに収録されたものだ。木簡といっても明治時代のものだと思われる。「/田丸町専光寺筋/越桐与兵衛様∥○/糸□印/素麺/○五□□入∥・○金田□○駄□\○七月廿二日○θ(「〈〉」)」ということで,どこかから夏のお歳暮に素麺をもらった際の送り状かもしれない。いまなら,クロネコヤマトの配送状だ。木簡は,木ノ新保遺跡の用水路の合流部で見つかっている。サイズは162mm×46mm×7.5mmなので,スマートフォンのようなものか。

商工人名録はテキスト化されていたが,面白そうなので原本のpdfファイルのダウンロードを試みた。なんのことはない,そもそも全文pdfファイルへのリンクがあるではないか。下記は骨折り損のくたびれ儲けコードである。

#!/usr/bin/perl
# 01/26/2022 K. Koshigiri
# extract pdf from kanazawa shouko-jinmeiroku 1928
# kanazawa.pl ni nf
# get pdf files as ni.pdf - nf.pdf

\$ni=@ARGV[0];
\$nf=@ARGV[1];
\$url="https://www2.lib.kanazawa.ishikawa.jp/reference/shoukoujinmeiroku/shoukoujinmeiroku_";

for (\$n = \$ni; \$n<=\$nf; \$n++) {
system("lynx -source \$url$n.pdf > \$n.pdf");


写真:金澤商工人名録(昭和3年)の表紙

2022年1月25日火曜日

水洗式便所

グリル狸からの続き

グリル狸の水洗便所の話をしたところだ。で,水洗式便所に出会ったのはそれが最初だったとしたが,正確には少し違う。和風の水洗便所が初めてだったので,驚いたのだった。

幼稚園に上がる少し前に,駅前の田丸町にあった家から金沢市立工業高等学校のグラウンドの横手にあった泉野町ヨ114-4の地に引っ越した。そこは祖父母と叔父が住んでいた寺町2丁目の家から歩いて5分くらいのところだ。昭和38年に始まった金沢市の住居表示変更によって,一番に泉野町から寺町1丁目に変わった地域だ。

桜畠(寺町3丁目)のあたりには,祖父である越桐弥太郎の弟の越桐與三次郎の一家が住んでいた。寺町台地から犀川を見下ろすことのできる端にあって,非常に見晴らしのよい立派な家だった。その近くにある料亭の仁志川で最近法事をしたところである。

金沢弁で分家のことをあじちというので,あじちのおじさんの家ということになっていた。その家の玄関を上がると広い廊下から洋風の長い階段が2階に続いていて,1階の右手には洋風の腰掛け式の水洗便所があった。そのトイレを子どものころにどうやって使っていたのかははっきりしないのだけれど,便座が木製のスツール型だったことは記憶にある。

小学校4年になって,寺町1丁目の自宅を建て替えることになり,自分だけ半年ほど祖母の家に預けられることになった。父母と妹達は笠舞町の借家の2階に移った。祖母の家もその少し前に洋風に改造されて(叔父が結婚するときだった),古い和式便所は残したまま,新しい浴室の隣に和風の水洗便所が設けられた。水洗便所は苦手だったので,もっぱら古い和式便所の方を利用していた。

小学校5年の夏には寺町1丁目の新しい自宅ができた。ここも和式の水洗便所になっていた。昔の家の和式便所にはバキュームカーがきて汲み取りをしていたが,その風景も臭いもなくなってしまった。

2022年1月24日月曜日

グリル狸

 かつて金沢にあった洋食の名店が「グリル狸」だ。いまはもうない。

大阪の長堀橋で20年以上営業していた洋食Katsuiが,天理の山辺の道にある天理市トレイルセンターに移転して数年経った。オーナーの勝井さんが天理市出身であり,指定管理者の募集に応募したものだ。

国立文楽劇場のパンフレットには,洋食Katsuiと姉妹店の御堂筋ロッジの宣伝が毎回掲載されていたので,何かの機会に家族で食べに行ったがなかなかよかった。天理に来てからは年に1度は訪れている。その洋食Katsuiのホームページに勝井ファミリーとして,金沢のグリルNew狸が紹介されていた。

あれっと思って調べてみたら,グリルNew狸は1967年から石引町で営業しているが,もともとは片町のグリル狸からのれん分けでスタートしたようだ。その片町のグリル狸の方は1997年には閉店しているらしい。

グリル狸は,三島由紀夫(1935-1970)の美しい星(1962)に登場している。主人公の一家の娘であり,自分を金星人だと認識している大杉暁子が金沢を訪問して,同じ金星人の青年竹宮と金沢を巡るのが第三章であり,ほとんど金沢の街案内のようになっている。

暁子が竹宮と内灘に行く前の段,「二人は再び香林坊へ戻って,狸茶屋という店で小さいステーキの午餐を摂った」とある。香林坊と書いているが,実際には,片町の金劇の向いにある歓楽ビルの裏手の細い裏道のあたりだった。

そのグリル狸は金沢でも有名な洋食屋の一つだったが,小学生のころに一二度連れて行かれたことがある。それほど大きな店ではなく,狭い階段を上がった二階の小部屋のテーブルを家族で囲んだ。トイレに行くと当時珍しかった水洗便器がある。

子供だったが,大人と同じようにコースのスープ皿が並べられ,お玉ですくわれたものが振る舞われた。白いじゃがいものポタージュだ。そんなものはそれまで見たこともなかったので恐る恐る口にしたが,とても美味しくてびっくりした記憶がある。ホットオレンジジュースもここで初めて経験したが,それはまた別の機会だったのかもしれない。

P. S. 以前紹介した,ステーキのひよこの大将も,グリル狸で修業していたらしい。なお,ネットの記事ではグリル狸のことを狸茶屋としているものが多いが,その名前で看板は出していなかったのではないか。三島の文章に引きずられているのではないか。


写真:片町のグリル狸の玄関(金沢グルメのバイブルあすかの美味献立から引用)

[1]平岡倭文江の項ですでにこれについては触れていたのだった。記憶は周期軌道を繰り返してたどり,脳の本質的な特徴かもしれないカオスからの逸脱をはかることになる。

2022年1月23日日曜日

柳宗悦

 柳宗悦(1889-1961)の民藝のアクセント問題で,日本民芸館に本人が民藝を発音する音源があるということだった。それならば YouTube にもあるのではないかと探してみると,NHKラジオアーカイブス〜声でつづる昭和人物史 が見つかった

この番組は,NHKの過去のアーカイブから政治家や実業家,文化人などの肉声が含まれるものを取り上げてその人となりや考えを紹介するものだ。柳宗悦の後編は,1959年10月の日本民藝協会での挨拶だった。彼が病気で入退院を繰り返して出席できなかったため,録音での挨拶が披露されたために記録に残っている。柳宗良の声には張りがあって気力も十分な話しぶりだった。番組は,宇田川清江(1935-)アナウンサーとノンフィクション作家・評論家の保阪正康の解説で進行する。

柳宗悦は,民藝が単独で出てくる箇所では,はっきりと‾ン_ゲ_イと発音している。しかし,宇田川も保阪もミ_ン‾ゲ‾イ‾なのであった。NHKが監修しているはずだけれど。

柳宗悦の父の柳楢悦(1832-1891)は,海軍少将・貴族院議員・測量学者であり,日本数学会の前身の東京数学会社神田浩平(1830-1898)と共に設立している。なお,柳宗悦の母,楢悦の後妻の勝子は嘉納治五郎(1860-1938)の次姉である。

柳宗悦の妻の柳兼子(1892-1984)はかつては「声楽の神様」と称されるクラシックの声楽家であり,85歳まで公式のリサイタルを続けていた。長男の柳宗理(1915-2011)は戦後日本のインダストリアルデザイナーの草分けであり,金沢美術工芸大学の教授を務めた。このため,金沢美術工芸大学には,柳宗理記念デザイン研究所が設けられている。

2022年1月22日土曜日

COCOAログチェッカー

 2020年の7月に厚生労働省の接触確認アプリCOCOAをインストールして568日目になる。COCOAは2020年の6月19日にリリースされており,現在までに2400万件ダウンロードされた。最初からアプリのトラブルが続き,開発の責任問題などを巡りゴタゴタしたことから普及が進まず,現時点でも全国民の20%程度というなさけない状況だ。

登録された陽性者と1m以内の距離に15分間以上の接触をしたというアラームは,まだあがってきたことがない。COCOAには,さらに詳しい接触通知ログ情報が14日間分,スマートフォンに記録される仕組みがある。このログを解析するツールが,COCOAログチェッカーというウェブアプリだ。

iOSの場合は設定に「接触通知」という項目があり,その中の「接触チェックの記録」に過去14日間の接触ログデータが格納されている。その一番下にある「接触チェックの記録を書き出す」がある。これを選んでコピーボタンを押すとログデータがクリップボードに保存される。そこで,先ほどのCOCOAログチェッカーの入力欄にこれをペーストしてチェックボタンを押せばOKだ。

早速やってみると,自分の場合,3件の新規陽性登録者が近くにいた記録が確認された。昨日は天王寺キャンパスの夜間の対面授業(次回はオンラインにする)があったので大阪に出たのだった。近鉄,上本町,地下鉄,天王寺地下街,大阪教育大学,天王寺駅などと16:00から21:30まで周回してきたので危ない危ない。15分以上は接触していないのでまあ大丈夫だとは思う。COCOAの普及率が20%だったから,一度大阪に出ただけで(先週は大学入学共通テストのため休講だから),この5倍の15人の陽性者と接触したことになる。


図:COCOAログチェッカーの画面


2022年1月21日金曜日

民藝

 NHKの「かわ善い民藝 いとお菓子」の録画を見ているのを聞いていたら,「‾ン_ゲ_イ_」というアクセントが飛び込んできた。夫婦揃ってゲゲゲの鬼太郎になってしまった。おかしいやろ。民藝は「ミ_ン_ゲ_イ_」という平板なアクセントのはずだ。

調べてみると,広辞苑無料検索という名前の統合検索サイトにあるNHK日本語発音アクセント辞典の例があった。はい,「ミ_ン‾ゲ‾イ‾」であり,にアクセントはなかった。いったいどうなっているのかと少しあたってみると・・・

2013年にYahoo 知恵袋ですでに問題になっていた。「今日のNHKで 民芸のミンの方にアクセントが強い発音をナレーターが発音していましたが,どうなんでしょう。ミンゲイ すべて平なアクセントが普通ではないでしょうか?」。これに対する回答は,「NHK発音アクセント辞典では,低高高高 (平板というアクセント)しか載っていません。長いことアクセントに関わっていますが,頭高の「民芸」は聞いたことがなく, 多数派も断然平板だと思います」であった。

一方,2018年に鞍田崇は次のように語っている。「たしかにアクセント辞典には平板に発音すると書かれています。でも,「民藝」という言葉を作った柳宗悦らに始まる民藝運動の関係者は「みん↗︎げい」と発音されることが多く,実際当の柳自身そのように言っていました。駒場の日本民藝館には彼の肉声録音が残されていて,そこでは,「みん→げい」ではなく「みん」にアクセントを置いています」。で,その後全国に普及する過程で平板化されたのでどちらでもよいとしている。

実際,YouTubeの最近のものでは,「‾ン_ゲ_イ_」が多いような気がする。うーん,もやもやが晴れない。

なお,NHKといえば,昼のニュースでシドニー・ポアチエが亡くなったことを報じた際,アナウンサーが「‾ド_ニ_ー・ポ_‾」と発音したのでびっくりたまげた。おかしいやろ。「‾ニ‾ー・ポ_‾チ_エ_」くらいじゃないのか。

2022年1月20日木曜日

大学入学共通テスト(4)

A日程とB日程で混乱していた共通一次をリニューアルしたのが,センター試験(大学入試センター試験)だった。これは, 1990年度から2020年度まで,約30年にわたって,31回実施された。大きな問題もなく安定して運用してきたが,いいがかりをつけられて共通テスト(大学入学共通テスト)に衣替えさせられた。

2006年度にリスニングが導入されるまでは平和な時代だったが,その後は,細かな不祥事が発生するたびに,これに対処するための試験の注意事項が単調増加していき,監督者マニュアルを読み通すのが大変なことになってきた。事情がある受験生や,突発事態に対応するための別室受験の準備もふえ,試験監督や警備のための教員の出動が半端ないことになった。

かつては,監督に当たる大学教員は,50代の後半くらいでセンター試験の業務からは解放されていた。そうはいっても,個別学力検査では出題もしているため,この時期は監督業務や質問対応業務で忙殺されることにはなる。自分がその年代にさしかかっても業務免除対象になることはなかった。

自分の在職期間に経験した29回のセンター試験を通じて,試験監督をした年よりも裏方の入試管理部業務などに携わった年の方が多かったかもしれない。拘束時間や労働内容は試験監督より量的に多いが肉体労働が中心であり,試験時間の間はピリピリと張りつめることなしに過ごすことができる。

2004年に国立大学が法人化されるまでは,2日目の後片づけが終わった後に,管理部スタッフや警備スタッフの教職員が集まって,準備していたおでんを囲んで歓談したものだった。リスニングが導入される頃には,リスニングの再試験対応などもある関係で,終了時間も遅くなってしまうため,業務が終わると解散ということになった。

2022年1月19日水曜日

大学入学共通テスト(3)

大学入試センターから,今回の令和4年度大学入学共通テストの平均点の中間集計結果が公表されている。ほとんどの科目は昨年とおなじくらいだが,数学Ⅰ・Aが,57.7点から40.3点へ17.4点下がり,数学Ⅱ・Bが,59.9点から45.9点への14点ダウンだ。読解力という謎のキーワードに振り回されて,どう考えても作問に失敗しているようにみえる。

大学入学試験の共通化は,1979年の共通一次(大学共通第1次学力試験)からはじまった。これは,1989年まで約10年にわたり11回実施された。その共通一次の監督業務が当たるようになったのは,1982年に大阪教育大学の助手になってからだ。池田分校や,天王寺分校,平野分校などで監督に当たったが,年配の先生の指導の元,教室で受験生への説明をすることもあった。

当時は,いまよりもずっとのんびりしていて,事前の監督者説明会もなかったし,現場では多少の融通もきいた。自分で問題を解いてみたり,欠席者の席にすわってあたりを監督したり,場合によっては読書も可能だったが,今となっては全て禁止でまったく考えられない。

池田分校の門から玄関に至る道では焚き火をしており,焼き芋を焼くのが通例になっていた。天王寺分校で一二度,管理部要員にあたったことがある。用務員さんがトラクターのようなものを運転して,試験問題を1Fにあった管理部の窓から搬入していた。天王寺分校の校舎はかつての師範学校の教室であり,教室の横には銃剣が並んでいたとのことだった。その話をしてくれた当時の天王寺分校の岡森博和主事(数学教育)の部屋で,試験日程終了後にささやかな食事が振る舞われた。

岡森先生には後にコンピュータ教育の科研費の協力者に誘われて,情報処理センター設置のために準備していた資料を提供したことがある。共同研究者ではなかったが,寺田町の安い中華料理屋で開かれた宴会に誘われてご馳走になった。退官後の学長選にも立候補されていたが残念な結果だった。

2022年1月18日火曜日

大学入学共通テスト(2)

 大学入学共通テスト(1)からの続き

数学IAの問題について批判ばかりしていてもしょうがないので,時間を決めて解こうとした。問題と解答は公表されており,次のようなものだ。

70分で4問(必答2問,選択2問)
第1問 必答:[1]対称式,[2]三角関数,[3]円と三角形
第2問 必答:[1]2次方程式の解と集合・論理,[2]統計処理
第3問 選択(2/3)[1]場合の数と確率
第4問 選択(2/3)[1]不定方程式と剰余
第5問 選択(2/3)[1]三角形の重心
スタート早々につまづいた。第1問の[1]の問題の条件が(1)だけでなく,(2)に及ぶことが読み取れずに全く進まない。なんとかクリアしたら[3]の問題が解けない。うーん,円周角の定理と三角関数はどういう関係になっていたっけ・・・,とりあえずおいて第2問に進むと,簡単な2次方程式の話なのだが頭に入ってこない。

というわけで30分経っても1/3もできずに脱落してしまった。チーン。不定方程式はなおさらだし,統計や幾何の問題は頭に入ってこないのであった。時間制限にあわてると平均点もとれないかもしれない。むしろこれで40点も取れるほうがすごい。

共通一次試験やセンター試験のころは,監督の時間に問題をパラパラと見て,これなら解けそうだと思ったものだ。いまでは新聞に掲載されている問題の字が小さすぎて読むことすらできない。ネットに掲載されている問題ならば字が大きいので大丈夫かと思ったら,共通テストになって読解力重視になったせいで,文章が多すぎてこれまた最後まで読み通せないのだった。

2022年1月17日月曜日

大学入学共通テスト(1)

 今年の大学入学共通テストはたいへんだった。オミクロン株の感染者数が急上昇するなか,1月15日(土)には東大の試験会場前で傷害事件があり,1月16日(日)にはトンガの海底火山の爆発にともなう津波警報で試験ができなかった会場がでた。

大学入試センター試験が,いろいろあって,大学入学共通テストに模様替えしたときに「思考力,判断力,表現力等を発揮して解くことが求められる問題を重視した」結果,今年の問題は読解力を必要とする部分が増えて,難易度があがったらしい。

そんなわけで,数学の試験を眺めてみたら,あら,防衛省の不祥事をヒントとしたようにみえる問題があるではないか。2019年にイージス・アショア配備の調査にかかわって露呈した事件だ。配備地の設定根拠を説明する資料において,Google Earthを使って水平方向と鉛直方向の縮尺比を考慮せずに山の俯角を導いて,判断のための重要なデータにしたというお粗末な(悪質な)ものだった。

今回の問題では,水平10万分の1と鉛直2万5千分の1の縮尺比を考慮せずに図を読み取った結果,キャンプ地から山頂を見込む俯角が16度になったのを検証するというものだ。三角関数表からこの16度に対応する正接を読み取り,これを1/4した値を解答し,さらに,この正接値から逆引して真の俯角(4度〜5度)を導くというものだ。

はい,いい問題ですね。しかし,平均点は数学I・数学Aで20点,数学II・数学Bで18点も下がった

図:朝日新聞2019年6月記事と大学入学共通テスト数学I・A問題の比較

P. S. Twitterの感想によれば,第2問のデータ処理,第4問の整数問題はかなり評判悪い。やはり,その出発点が利権がらみ(後に消失か)だった共通テストは失敗で,センター試験のほうが良質だったようだ。

2022年1月16日日曜日

Cityroam

 eduroamは,欧州の教育研究のためのネットワークコミュニティGEANTで開発された,高等教育機関や研究機関のための無線LAN相互利用のための仕組み(ローミングサービス)である。日本では,国立情報学研究所が運用している。

大阪教育大学もeduroamに参加していて(国内では323機関が参加),cc.osaka-kyoiku.ac.jpアカウントを持っている自分もその恩恵を受けることができる。といっても,他の大学や研究機関を訪問する機会はほとんどない。2016年からは初等中等教育機関にも対象が拡大され,大阪教育大学の附属学校10校が国内の最初の事例となった(尾崎先生と佐藤先生のおかげだ)。なお,初等中等教育機関については,学校無線LAN連携コンソーシアムによる実証実験という形で進んでいくことになる。

Cityroamとは,「プロバイダや電話会社,学校またはゲスト用のアカウントを用いて,各種施設や市街地において安全で自動接続可能な公衆無線LANサービスを実現する,無線LANローミング・フェデレーション(連合)です。利用者は,ひとつのアカウントを持つだけで,国内外の様々な場所でシームレスに,公衆無線LANを利用できます」というのが,その説明であり,eduroamもcityroamを構成する認証基盤の1つになっている。つまり,eduroamアカウント(自分の場合は,大阪教育大学のアカウント)があれば,cityroamの範囲で,自由に無線LANをつかえるようになる。

いまでも,FreeWifiのスポットは沢山あるのだが,そのたびにユーザ登録が必要であり,シームレスではない。また情報通信の安全性についても必ずしも保証されていない。おまけに,G4でつながっているときに,softbankのFreeWifiスポットに割り込まれて作業が中断したりするので困る。

さて,cityroamはどこまで使えるかというと,残念ながらまだまだだ。奈良県には0ヶ所,大阪府で3ヶ所しかないのだから。


図:大阪府の cityroam スポット(cityroamのgoogle mapから引用)

2022年1月15日土曜日

めった汁

テレビアニメの「舞子さんちのまかないさん」で,郷土料理の紹介リストに,石川のめった汁という言葉が出てきた。めった汁は全国に通用する普通名詞ではないのか。小学校の給食では定番のメニューだったが,そういえば,この50年ほとんど聞いたことがなかった。

めった汁ってどんなものと聞かれて返事に困った。普通に自宅の晩ご飯にでてくる豚汁と同じもので,野菜やいもが沢山入ったみそ汁だ。早速確認すると,農林水産省の「うちの郷土料理」というサイトには石川県の郷土料理として採用されており,次のような定義があった。「めった汁とは,さつまいもや大根、人参といった根菜類を使った具だくさんの豚汁のこと。従来の豚汁と異なるのは,じゃがいもではなくさつまいもを使う点にある」。

この農水省サイトは親切なので,著作権表示をすれば画像コンテンツを比較的自由に利用できる。下記写真の画像提供元は青木クッキングスクールだが,うーん,微妙に具が大きすぎて違う気がする。むしろ,いつもの夕食に出てくる豚汁の方が,追想/幻想の「めった汁」に近い。


写真:めった汁(出典:農林水産省Webサイト

P. S.  うちの郷土料理のページはよくできている。石川県,福井県,奈良県,京都府,宮城県など27府県分はあるが,富山県,大阪府,兵庫県,静岡県,東京都など20都道府県分は未作成で,令和3年度末にできることになっているけれど,間に合うのかしら。

2022年1月14日金曜日

公用文(2)

公用文作成の考え方(建議)」を踏まえた,内閣からの指示文書はまだこれからということだろう。高等学校の「現代の国語」が実用文にこだわるのならば,半分はこれをやったらどうか。

そこで(どこで?),文章校正ツールに,公用文作成に特化したものがないか調べてみた。マーケティングの観点からは,公用文に特化するメリットがないので,そうしたものはなかった。有料の文章校正ツールの中では,文賢がめだった。クラウド型のアプリだが,SafariではだめでChromeのダウンロードが必要。

また,一太郎でおなじみジャストシステムのJust Right!6というソフトウェアは,4.5万円程度。なお,ATOK Passportプレミアムを契約していれば,クラウド型のATOKクラウドチェッカーが利用できる。

無料版の文章校正ツールとしては,PRUV(プルーフ)Ennoがある。前者は登録なしで400字,ユーザー登録すれば無料で2万字までの文書を扱える。後者は,ユーザ登録不要であり明示的な字数制限はない。非公開の文書,顧客取引先の文書,試験問題・模範解答,個人情報を含む文書を入れるなとしている。Ennoの作者による「日本語エラーチェックサイトenno.jpを作った理由」が公開されている。

[1]現代仮名遣い(昭和61年)
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/gendaikana/index.html
[2]公用文における漢字使用等について(平成22年)
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/kanji/index.html
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/sanko/koyobun/pdf/kunrei.pdf
[3]常用漢字表(平成22年)
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/pdf/joyokanjihyo_20101130.pdf
[4]法令における漢字使用等について(平成22年)
https://www.clb.go.jp/files/topics/3485_ext_29_0.pdf
[5]表外漢字字体表(平成12年)
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/22/tosin03/index.html
[6]公用文等における日本人の姓名のローマ字表記について(令和元年)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/seimei_romaji/pdf/moshiawase.pdf

2022年1月13日木曜日

公用文(1)

 「公用文作成の考え方」について(建議)という文書が,1月7日に文部科学省の文化審議会から出ている。各省庁の審議会は,所管大臣からの諮問を受けて答申するのが普通だと思っていたので,建議という言葉が新鮮だった。

法的根拠は何かを調べてみた。文部科学省設置法の第13条で外局としての文化庁を置くこと,第20条で文化庁に文化審議会を置くこと,第21条の3項と4項で,旧国語審議会(現国語分科会)に対応する業務が規定されている。

三 文部科学大臣又は文化庁長官の諮問に応じて国語の改善及びその普及に関する事項を調査審議すること。

四 前号に規定する事項に関し、文部科学大臣、関係各大臣又は文化庁長官に意見を述べること。

したがって,前者が諮問に対する答申,後者が建議だと考えられる(建議:① 意見を役所、上位の人、機関などに申し述べること。また、その意見。建白。(小学館日本国語大辞典より))。 

公用文作成の考え方は6ページほどにまとめられているが,これに対する解説があるので,全体では36ページのpdfファイルとして公開されている。これまでは,昭和26年(1951年)に文部省の国語審議会の建議「公用文作成の要領」が,昭和27年4月に内閣から「公文書改善の趣旨徹底について」として各省庁次官宛てに出されていた。

1952年の要領では,「句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。」となっていたものが,2022年の考え方では,「句読点に「。」(マル)読点には「、」(テン)を用いることを原則とする。横書きでは読点に「,」(コンマ)を用いてもよい。」になった。

Wikipediaの公用文作成の要領をみるとこれはなかなか面倒な話がたくさんあるものと想像される。

[1]公用文の書き方資料集三訂版(文化庁,1960)

[2]公用文の書き表し方の基準資料集

2022年1月12日水曜日

メトロポリタン美術館展

 NHKの日曜美術館の新年スペシャル#アートシェア2022で,メトロポリタン美術館展を紹介していた。ラ・トゥール(1593-1652)の「女占い師」について,「傑作中の傑作だと思う。これが日本で見られるというのは世紀の大事件だと思います」と荒木飛呂彦が語っている。あら,ルーブル美術館にもある「いかさま師」の作者だったのか。

家人によれば,日経新聞紙面では毎日のようにこの美術展の大きな広告をうっていたとのこと。大阪市立美術館の最終日が1月16日ということで,ちょっと迷ったがオンライン予約して,今日の午前中の授業が終わってから出かけることになった。

天王寺駅で待ち合わせ,大阪維新によって無残に改造されてしまった天王寺公園を通り抜けて大阪市立美術館に向かう。雪交じりの寒い日だったが,当日券や予約時間なしチケットのための長い行列ができていた。その列を横目にスイスイ進んで検温後,QRコードの入場券を見せると,入場口付近はかなりの人で混みあっている。それでも,会場内ではわりとスムーズに観客が流れていた。

メトロポリタン美術館(MET)の館長やスタッフによる作品のビデオ紹介(13分)によれば,西洋絵画の建物に改修工事がはいるため(2023年オープン),これまで館外に出されることになかった作品を含み,65点(うち46点が日本初公開)が大阪市立美術館(天王寺)と東京の国立新美術館(六本木・乃木坂)で公開されることになった。

印象派を含む有名どころの画家の小品が1-2点づつまんべんなく網羅されていたがスルスルと通り抜けた。印象に残ったのは,(1) ラ・トゥール「女占い師」,(2) フェルメール「信仰の寓意」,(3) ターナー「ヴェネツィア,サンタ・マリア・デッラ・サールテ聖堂の前廊から望む」くらいか。

ターナーの明るく光ただようヴェネツィアは,グアルディの写実的で遠くまでピントがあう「サンマルコ湾から望むヴェネツィア」と対照的だった。

写真:メトロポリタン美術館のロゴ(YouTubeチャンネル The Met から引用)

2022年1月11日火曜日

ドローン操縦士資格

 奈良自動車学校でドローン操縦士資格がとれるという広告が目に飛び込んできた。確かに車の操縦とドローンの操縦には共通点があるかもしれない。

最初は,自分が38歳ごろに免許を取得した奈良交通自動車教習所かと思ったが,スクールバスの経路がなんだか奈良県北部に偏っていてどうもおかしい。もう一度確かめてみると,近鉄奈良線の学園前あたり見える奈良自動車学校だった。自分がもう少し若くてお金と時間に余裕があればドローン教習に通ったかもしれない。

ドローン操縦技能+安全運航管理者コース講習は,3日間の学科9時間,実技11時間で25万円だ。日本でのドローン規制はますます強まるので,こうした講習が成り立つのかもしれない。奈良交通自動車教習所でもやっているかと思ったが,こちらは,大型1種や大型2種などの方を売りにしていた。

もしかして,全国の自動車教習所で同じような動きがあるのではと思って調べてみた。案の定,一般社団法人全国自動車学校ドローンコンソーシアム(ジドコン)という業界団体ができていて,30校ほどが加盟している。自動運転の時代には,自動車教習所の性格も変化するだろうから,こうした対応が必要なのだろう。


写真:ドローンのイメージ(奈良自動車学校から引用)

2022年1月10日月曜日

四項間漸化式

 三項間漸化式からの続き

前回の問題を次のように修正する。2次方程式$\ x^2-p x + q = 0\ $の解を$\alpha, \beta$として,$a_n = \alpha^n +\beta^n$と定義する。ただし,$a_0=2,\  a_1 =\alpha + \beta = p,\  a_{-1}=\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta} = \frac{\alpha + \beta}{\alpha \beta} = \frac{p}{q}$である。

このとき,次の漸化式,$a_{n+1}=p\ a_{n}-q\ a_{n-1}, \ (n=0,1,2 \cdots)$が成り立つ。

また,数列の一般項は $a_n = \alpha^n + \beta^n = \Bigl( \dfrac{p + \sqrt{p^2-4q}}{2} \Bigr)^n +  \Bigl(\dfrac{p - \sqrt{p^2-4q}}{2} \Bigr)^n$ で与えられる。

これを3次方程式に拡張すると次のようになる。3次方程式$\ x^3-p x^2 + q x -r = 0\ $の解を$\alpha, \beta, \gamma$として,$b_n = \alpha^n + \beta^n + \gamma^n$と定義する。ただし,$b_0=3,\  b_1 =\alpha + \beta + \gamma = p,\  b_{-1}=\frac{1}{\alpha}+\frac{1}{\beta} +\frac{1}{\gamma} = \frac{\alpha \beta + \beta \gamma + \gamma \alpha}{\alpha \beta \gamma} = \frac{q}{r}$である。

このとき,漸化式は,$b_{n+2}=p\ b_{n+1}-q\ b_{n}+r\ b_{n-1}, \ (n=0,1,2 \cdots)$となる。

さらに,数列の一般項は $b_n = \alpha^n + \beta^n + \gamma^n$なので,基本対称式の値,$p=\alpha+\beta+\gamma,\ q=\alpha \beta + \beta \gamma + \gamma \alpha,\ r=\alpha \beta \gamma$の多項式になる。2次方程式の場合のように,3次方程式の一般解を代入してもよいが,非常に煩雑な表現になってしまい,Mathematicaを持ってしてもExpandとSimplifyを組み合わせて n=8で行き詰まってしまった。もちろん,漸化式を使えば大丈夫なのだが。

a = x /. Solve[x^3 - p x^2 + q x - r == 0, x];

b[n_] := a[[1]]^n + a[[2]]^n + a[[3]]^n

Table[Expand[b[i]] // Simplify, {i, 1, 8}]

{p, p^2 - 2 q, p^3 - 3 p q + 3 r, p^4 - 4 p^2 q + 2 q^2 + 4 p r, p^5 - 5 p^3 q + 5 p q^2 + 5 p^2 r - 5 q r, p^6 - 6 p^4 q + 9 p^2 q^2 - 2 q^3 + 6 p^3 r - 12 p q r + 3 r^2, p^7 - 7 p^5 q + 14 p^3 q^2 - 7 p q^3 + 7 p^4 r - 21 p^2 q r + 7 q^2 r + 7 p r^2, p^8 - 8 p^6 q + 20 p^4 q^2 + 8 p^5 r - 32 p^3 q r + 24 p q^2 r + 2 q (q^3 - 4 r^2) - 4 p^2 (4 q^3 - 3 r^2)}