2022年1月24日月曜日

グリル狸

 かつて金沢にあった洋食の名店が「グリル狸」だ。いまはもうない。

大阪の長堀橋で20年以上営業していた洋食Katsuiが,天理の山辺の道にある天理市トレイルセンターに移転して数年経った。オーナーの勝井さんが天理市出身であり,指定管理者の募集に応募したものだ。

国立文楽劇場のパンフレットには,洋食Katsuiと姉妹店の御堂筋ロッジの宣伝が毎回掲載されていたので,何かの機会に家族で食べに行ったがなかなかよかった。天理に来てからは年に1度は訪れている。その洋食Katsuiのホームページに勝井ファミリーとして,金沢のグリルNew狸が紹介されていた。

あれっと思って調べてみたら,グリルNew狸は1967年から石引町で営業しているが,もともとは片町のグリル狸からのれん分けでスタートしたようだ。その片町のグリル狸の方は1997年には閉店しているらしい。

グリル狸は,三島由紀夫(1935-1970)の美しい星(1962)に登場している。主人公の一家の娘であり,自分を金星人だと認識している大杉暁子が金沢を訪問して,同じ金星人の青年竹宮と金沢を巡るのが第三章であり,ほとんど金沢の街案内のようになっている。

暁子が竹宮と内灘に行く前の段,「二人は再び香林坊へ戻って,狸茶屋という店で小さいステーキの午餐を摂った」とある。香林坊と書いているが,実際には,片町の金劇の向いにある歓楽ビルの裏手の細い裏道のあたりだった。

そのグリル狸は金沢でも有名な洋食屋の一つだったが,小学生のころに一二度連れて行かれたことがある。それほど大きな店ではなく,狭い階段を上がった二階の小部屋のテーブルを家族で囲んだ。トイレに行くと当時珍しかった水洗便器がある。

子供だったが,大人と同じようにコースのスープ皿が並べられ,お玉ですくわれたものが振る舞われた。白いじゃがいものポタージュだ。そんなものはそれまで見たこともなかったので恐る恐る口にしたが,とても美味しくてびっくりした記憶がある。ホットオレンジジュースもここで初めて経験したが,それはまた別の機会だったのかもしれない。

P. S. 以前紹介した,ステーキのひよこの大将も,グリル狸で修業していたらしい。なお,ネットの記事ではグリル狸のことを狸茶屋としているものが多いが,その名前で看板は出していなかったのではないか。三島の文章に引きずられているのではないか。


写真:片町のグリル狸の玄関(金沢グルメのバイブルあすかの美味献立から引用)

[1]平岡倭文江の項ですでにこれについては触れていたのだった。記憶は周期軌道を繰り返してたどり,脳の本質的な特徴かもしれないカオスからの逸脱をはかることになる。

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