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2022年7月25日月曜日

全固体電池

スマートフォンなどのデジタルデバイスはほとんどリチウムイオン電池(二次電池=充電池)を使っている。これは,正極と陰極および有機溶媒を用いた電解質からなっている。

今の電気自動車(EV)にもこのリチウムイオン電池が使われているが,次のような問題がある。(1) 衝突の際に発火の危険性がある。(2) 有機溶媒電解質の性質から高温での安全性の危険,低温での機能不全,温度変化による劣化などがある。 (3) 充電に時間がかかる。 (4) 有機溶媒の漏れを防ぐための密閉構造に余分の重量が生ずる。

これらの課題を解決するものとして,電解質部分が固体のイオン伝導体になっている,全固体電池の開発が進められている。なお,経済産業省がこちらへの政策誘導を急速に進めたため,日本のリチウムイオン電池の世界シェアが,2015年の40%から2020年の20%から急減したというのが,朝日新聞論座の見立てだ。

Wikipediaは仕方ないにしても,全固体電池とか固体電解質の固体→個体というミスプリントがあまりにも多いのはいったいなんなのだろうか?まあ,NHKニュースが毎日のように放送中に訂正を出す時代なので,そんなものかもしれない。

小学生のころに,単一マンガン乾電池の外側の紙を取り除くと亜鉛の負極があらわれた。これをニッパーで切り開いて,正極の炭素棒を取り出したことがある。マンガンの混じった電解質は糊状になっていた。この炭素棒を使って電気分解をするつもりだったような気もするが,そこまで至ったかどうかは記憶にない。


図:マンガン乾電池の構造(NeoMagから引用)


[1]全固体電池とは?科学の目でみる,社会が注目する本当の理由(産総研)

[2]無機固体電解質を用いた全固体リチウム二次電池の開発(辰巳砂昌弘)


2022年7月22日金曜日

英語部と理科部

教行信証からの続き

藤場俊基君は,金沢泉丘高等学校の E. S. S. で1年後輩だったが,それに関連した話。

中学生になったとき,両親が部活動は英語部に入ったらどうかと強く勧めてきた。そもそも,小学校1-2年のときに,近所にいた父親の会社の人に英語を習いに行かされたことがある。これからの子どもには英語を学ばせる必要があるだという認識が親にあったのだろう。

それをかーるく無視して,小学校のときと同様に理科部に入った。当時の野田中の理科部は,主に化学の実験をすることが多かった。というのも,化学の担当のO先生が,まったくやる気がなくて,生徒の自由活動にまかせるという完全放任主義だったので,実験という名目のいたずら好きの悪ガキが集まってきたからだ。

部活動の時間というのか放課後は,理科準備室の鍵が空いている中を,生徒が自由に出入りして適当な実験しているというカオスな状態だった。今から思えば考えられない危険きわまりない有り様だ。カラーの実験手引きカードがあって,数人ずつの友人グループが,それぞれ見様見真似で薬品を引っ張り出して試していた。ただ,理科の授業で基本的実験操作はみんな学んでいるので,それなりになんとかなったように思われた。

我々のチームが最初に取り組んだのが石鹸づくりである。肉屋で牛脂をただで手に入れ,水酸化ナトリウム溶液中で加熱してよく攪拌してから冷やし固めるのだが,なにやら怪しい塊ができただけだった。

次に取り組んだ実験が,塩化ナトリウムの結晶をつくるというもので,飽和食塩水をシャーレに入れて長時間放置したところ,1cm角の平たい結晶ができるにはできたけれど,ちょっといまいちだった。そこで,蒸留水を自前で用意しようということになった。

ない知恵を絞って,アルコールランプ,三脚,石綿金網,スタンド,丸底フラスコ,冷却管などを組み合わせ,三角フラスコに蒸留水を集めるわけだ。さあ,アルコールランプに火をつけようととしたときに,生物担当の池田良幸先生がこの実験系を見つけて,大きな声で「危ない!」といって制止した。我々は,並ばされて1時間ほどこっぴどく叱られ続けた。実験系が閉鎖系になっていて,蒸気圧で爆発する危険があったのだ。知恵は全く足りていなかった。
図:誤った蒸留の実験系の例(高校化学Net参考書より引用)

池田先生はその後,ときどき様子をみて話しかけてくれるようになった。

高等学校に入って,理数科の同級生だった倉橋君に誘われて自分が,E. S. S. に入部すると報告したころには,親は既に英語部活動を勧める雰囲気ではなくなっていた。受験勉強の方が大事だということだったのか,なんなのだろう。

2022年7月17日日曜日

飲みかけのペットボトル

年寄りは熱中症になりやすいのでエアコンと水分補給が不可欠だと注意されている。外出したときのペットボトルは,飲みきれなければしばらくは机の上におかれたままになる。

東大の立川さんのtwitter で見かけたのが,「飲みかけは危険!? ペットボトル内で細菌が増える条件」というレポート。名古屋市の中学2年生村松美月さんの自由研究のタイトルだった。

寒天培地で培養することで細菌数を可視化する方法を用いて,ペットボトルに口を付けて飲んだ場合に,ペットボトル内の飲料の細菌がどうなるかを,様々な条件の場合について丁寧に調べた素晴らしい研究だった。

(1) 本を調べて細菌の増殖が寒天培地で可視化できることを確認
(2) 実験手順の説明
(3) 口内細菌の存在(うがい液)と開封直後ペットボトルの無細菌を確認
(4)  5種類の飲料(下図)に口をつけて飲んだ後,12時間後までの細菌数を調べる
 (麦茶が最も危険である,緑茶には抗菌作用?,オレンジジュースは安全)
(5)  3種類の飲料(麦茶,緑茶,水)で細菌数の環境温度依存性を調べる
 (冷蔵庫は室内とかわらない)
(6) 4種類の紅茶(ミルク,レモン,ストレート無糖,ストレート加糖)を比較
 (ミルクティーは危険であるが冷蔵庫は効果ある,紅茶にも抗菌作用か)
(7) 飲み物のpHの影響を確認するため麦茶にレモン果汁を入れて調べる
 (pH3にした麦茶では細菌は増殖しなかった)
実験に用いられた羊血液寒天培地は,20枚入りで4400円くらいで売っていた。一枚220円なのか。これなら追試できるかも。

図:飲みかけのペットボトルの細菌(村松美月さんのレポートから引用)

2022年6月8日水曜日

科学映像館

1960年代を中心として,日本では数多くの良質の科学映画が制作された。それらをデジタル化して保存・公開することを目的としたのが「NPO法人科学映像館を支える会」であり,科学映像館のサイトや,YouTubeチャンネルで700本以上の科学映画が配信されている。

本部は,埼玉県にあり,埼玉県の歯科医師協会が協力していることもあって,撤去冠の寄付を受け付けている。ジャンルとしては,幅広いものであり,教育,自然,動物,植物,生命科学,消化器・循環器・呼吸器系,骨,皮膚,医学・医療,食品科学,工業・産業,農業・漁業・暮らし,社会,芸術・祭り・神事・体育となっている。

科学映画といえば,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が運用しているサイエンスポータルの中のサイエンスチャンネルも科学映画や短い動画クリップを扱っている。YouTubeのチャンネルには,1700本くらいのコンテンツがある。

2000年度の卒業論文で,「物理教育動画データベースの構築」というタイトルで物理実験のビデオクリップのウェブサイトを作ってもらった。当時は類似のデジタルコンテンツはごく限られていた。ユーザ側の負荷を考えて,かなり品質を落とした動画をアップロードしていた。その後YouTubeが2005年にスタートし,20年後の今は,質はともかく大量のコンテンツがあふれている。それが子供たちの学びにつながるかどうかはまた別の話となる。

[1]科学映画の一考察(中谷宇吉郎)

[2]科学映像を守る 記録映画の保存と活用(久米川正好)


2022年5月24日火曜日

三角関数(1)

 先週,5月17日の衆議院財政金融委員会で,日本維新の会の藤巻健太(1983-)が質問している(藤巻健太の同学年が,今井絵理子,音喜多駿,丸山穂高なのだ・・・orz)。

金融教育がこれからの日本において重要であるという文脈で,自分が高校の時に受験で点を稼ぐために数学とくにサイン・コサインを朝から晩まで勉強したが,受験の翌日から20年使っていないという。また,サイン・コサインは測量,航空機の姿勢制御,星の距離を測るなどの特殊な分野だけに必要な専門知識であるとした。「知識として多くの人にとって三角関数より金融経済に関する知識のほうが重要で優先度が高いのでは」と文部科学省に尋ねた。

文部科学省の森田正信官房審議官は,大学入試や学習指導要領についての原則を無難に回答したが,藤巻健太が最後に,あなたは三角関数と金融経済のどちらが優先されるべきと考えるかを尋ねた。森田審議官の回答は,金融経済は,高等学校の公民科の必履修科目である「公共」に含まれる内容であるが,三角関数は,高等学校の数学科の必履修科目である「数学Ⅰ」には含まれていない(選択科目の数学Ⅱや数学Ⅲにある),とういものだった。

これで完全に論破されて議論終了のはずなのだが,藤巻がTwitterでこれを蒸し返したものだから,一週間にわたって騒動がつづいている。まあ,日本維新の会のお得意の,支持層受けをねらった学問芸術分野攻撃による炎上商法なのであろう。

炎上を招いた藤巻のTwitterでの主な発言はなかなか含蓄が深いので下記に引用する。

私の言う金融経済とはいわゆる金融リテラシーのことです。株や為替や国債とは?から始まり、保険・年金・投資信託・デリバティブとは?住宅ローンの変動・固定金利どう違うのか?多くの人にとって、人生を生きる上でそういった知識の方が、三角関数よりも必要だと考えます。

小学校の算数、中学数学はその概念・考え方を学ぶ上でとても重要だと思います。しかし高校数学は専門知識の側面が強いのではないでしょうか?三角関数などは、その道に進む人が大学で学べばいいと考えます。 

 車の安全な運転の仕方を知ることは大事だが、車の構造は知らなくていい。電子レンジの操作方法は知る必要があるが、電子レンジの仕組みは知らなくていい。三角関数が多くの技術に応用されているのはわかるが、必ずしも知っている必要はない。

三角関数は例えば木の高さを測るのに使われる。1人が木の高さを測ればいい。残りの99人は、木の高ささえ知っていればいい。99人にとっては、安全のために木を切る必要があるのか、どう切るのか、あるいはどうやって木を紙に変えるのか、その紙をどう流通・管理・販売していくかの方が遥かに大事だ。 

 世の中は分業し、お互いの知識を信用し合い、成り立っている。木の高さを測る人、木を切る人、木の安全を管理する人、木の役割を研究する人、木から紙を作る人、その紙を流通させる人、販売する人、それぞれに専門知識がある。三角関数はその専門知識の一つ。全ての専門知識を学ぶ時間はない。

三角関数が科学や工学のあらゆる分野において果たしている役割とその重要性についての決定的な理解の欠如があることは間違いない。それにしても我々は学校教育で何を学ぶべきかという重要な問いを含んでいることも確かだ。

2022年3月25日金曜日

Jxiv

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が,3月24日から日本発のプレプリントアーカイブサービス,Jxivの運用を始めた。コーネル大学が運用している arxiv の二番煎じだけれど,何もないよりはマシかもしれない。なお,arxivでも一応日本語の投稿はできるのをみたことがあるし,論文の定義も比較的緩く感じる。

Jxivには,研究者IDである,ORCIDまたはresearchmapのアカウントがあれば登録できる。ただ,researchmapは微妙に面倒なことになっている。そもそもユーザ名が自分では指定できない記号数字の組み合わせだ。所属機関からも登録できるようにするためには仕方ないのかもしれない。

まだ,どの分野の論文も登録されていない。投稿規定やガイドラインを見ると,なんとなく面倒臭そうな雰囲気が満ちているのであった。日本のお役所仕事はどうしてこんなにガードが固くなるのだろうか。そうでなければ利権まみれとかグダグダとかになってしまうのだ。

図:Jxivのトップ画面

2022年3月21日月曜日

知の対価のデフレ

 東北大学の堀田昌寛さんがTwitterで「知の対価のデフレ」について発言したことが波紋を広げている。

インターネット上に無償の(物理や数学などの)専門知識コンテンツが溢れていることによって知の対価がデフレになっているとして,無償で学術コンテンツを公開している研究者やアマチュアに対して苦言を呈している。その趣旨は2つある。

(1)知識はタダで手に入るものという誤った考えが浸透することになり,知識生産(科学研究とその成果の解説や普及)やそれに携わる人たちの努力が報われなくなってしまう。これは,最終的に知的生産活動を毀損する方向に働くだろう。現に,専門書の市場がかなり縮小してしまい,売れなくなったとのことだ。

(2)人気のある無償コンテンツによって,量子力学の解問題などで典型的にみられる間違った知識が広がってしまう。なお,堀田さん自身のコペンハーゲン解釈の理解と解釈は正しいと主張している。無償コンテンツの流通が情報の質を低下させることに問題がある。

まあ,著作権法の精神がかなりビジネスサイドに歪められている状況で,著作権管理団体が主張している方向性に親和性のある発言である。彼自身が,投げ銭システムを使おうが,有償コミュニティを作ろうがそれはよろしいのだけれど,問題はこれまで無償で良質なコンテンツを公開してきた人に批判の矢を向けていることだ。実際,批難された人たちが様々なリアクションをしている。

堀田さんの量子力学の新しいタイプの教科書「入門 現代の量子力学 量子情報・量子測定を中心として」は,Twitterでの宣伝も功を奏してとても評判になったし,自分も購入している。それ以前の「量子情報と時空の物理」も買っており,量子力学の認識論的解釈という言葉に目を開かれる思いだった。

インターネットの黎明期から始まった知識情報やソフトウェア・データの民主化と公開化の流れや精神に自分は基本的に賛成であり,それらに非常に大きな恩恵を受けている。また,その結果として新しいビジネスモデルが展開されて,お金が動き始めることには全く問題はないと思う。しかし,原点である情報のオープン化に障害となるような発言を繰り返されるのは,影響力の大きな人だけに気になってしまう。なんだかなあ。

P. S. 1 Twitterでの堀田さんの発言はずっとウォッチしてきているが,微妙に道徳・宗教的なところや,変な理由で谷村省吾さんがサイエンス社のサイトで補足情報を出したことに噛み付いたりと,あまり良い印象のない部分がある。

P. S. 2 arxivやWikipediaやWeb Archiveにもお世話になっていて,わずかながら寄附したことはあるので,全くただノリをしているつもりはない。また,YouTubeには収益化機構があるので,これもOKだろう。

P. S. 3 堀田さん自身もお世話になっているはずの,オープンソースソフトウェアについて,彼はどう考えているのだろう。

2021年10月15日金曜日

日本人のノーベル賞

日本における最近の科学や経済の衰退傾向から,将来,日本人の自然科学系のノーベル賞受賞者が出なくなるのではといわれることがある。一方,最近の中国や韓国は日本より科学技術,経済分野で先んじてはいるけれど,まだノーベル賞受賞者をどんどん輩出するようにはなっていない。

ある研究や発明がなされたときと,それが評価されて普及するようになるまでには時差があることが,その一因と考えられる。そこで,日本人(日本出身)の自然科学系のノーベル賞受賞者25名の,研究・発明年と受賞年をグラフに書いてみた。研究発表の時点から受賞までには平均で約26年かかっているようだ。

図: 日本人の受賞年(横軸)と研究発表年(縦軸)
(赤は時差が25.9年,オレンジは25.9±5年を表す)

湯川秀樹が最初に受賞してからの50年間では5名だけだったのが,2000年以後の20年間余で20名ということになる。1970年代から1990年代にかけて,日本の経済や科学を取り巻く環境が良かった時代を反映しているのかもしれない。

なお,上記のグラフを書くためのJuliaのコードは以下の通りであり,Gadfly.jl でグラフをオーバレイする方法がわかった。

using Gadfly
using Compose
using DataFrames
X = [1949,1965,1973,1981,1987,2000,2001,2002,2002,2008,2008,2008,2008,2010,2010,2012,2014,2014,2014,2015,2015,2016,2018,2019,2021]
Y = [1935,1947,1957,1952,1976,1976,1987,1985,1987,1962,1973,1973,1960,1977,1979,2006,1985,1985,1992,1997,1996,1992,1992,1985,1967]
Labels = ["湯川","朝永","江崎","福井","利根川","白川","野依","田中","小柴","下村","小林","益川","南部","根岸","鈴木","山中","赤碕","天野","中村","大村","梶田","大隅","本庶","吉野","真鍋"]

p1=layer(x=X, y=Y, label=Labels, Geom.point, Geom.label, Theme(major_label_font="CMU Serif",minor_label_font="CMU Serif",major_label_font_size=12pt,minor_label_font_size=12pt))
p2=layer(x->x-25.9, 1949,2035, color=[colorant"red"])
plot(p1,p2)
p3=layer(x->x-20.9, 1949,2035, color=[colorant"orange"])
plot(p1,p2)
p4=layer(x->x-30.9, 1949,2035, color=[colorant"orange"]) 
plot(p1,p2,p3,p4)

2021年9月17日金曜日

小型核融合炉

自民党総裁選に,日本会議グループの圧倒的支持のもと,安倍のエイリアスとして出馬した極右新自由主義の高市早苗が,香ばしいトンデモ発言を繰り返している。

曰く,「電磁波で敵基地を無力化」「情報通信省とサイバーセキュリティ庁」「小型核融合炉の開発」なわけだ。

電磁波でというのは,高高度での核爆発による電磁パルス攻撃のことかと思ったけれど,通常爆弾によるEMP弾というのもあるらしい。いずれにせよ,北朝鮮のミサイル阻止には使えない

核融合炉といえば,国際熱核融合実験炉(ITER)トカマクとか国立点火施設(NIF)阪大レーザー科学研究所レーザー核融合などの大規模施設のビッグサイエンスしか念頭になかったので,なにゆうとんねん状態だったが,とりあえず調べてみると,ないことはなかった。

浜松ホトニクスやトヨタがかんでいる光産業創成大学院大学による,爆縮高速点火による小型レーザー核融合実験炉計画のCANDYだ。YouTubeに研究紹介はあるものの,関連する研究論文がほんの少ししかみあたらないので,どこまで進んでいるのかよくわからない。

阪大のレーザー科学研究所の前身のレーザー核融合研究センターを1976年に作ったのは山中千代衛先生だ。激光12号が建設された1980年代初頭は,飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。吹田キャンパスに行くたびにセンターの建物の偉容に圧倒された。

山中先生が退官され,平成の時代にはいると,スーパーコンピューターも大型計算機センターや核物理研究センターのものと統合され,看板も無難なものに掛け替えられてしまったのだった。


写真:NIFのレーザ核融合実験装置NOVA(Wikipediaから引用)

追伸:高市が吹き込まれた核融合炉は,京都フュージョンエンジニアリングなのかもしれない。それはブランケットと廃棄系だけなんですけど。小型モジュール原子炉(SMR)とごっちゃになって混乱しているようだ(→そうでもなかった。二正面トンデモだった)。

[1]FUSION DEVICE INFORMTION SYSTEM (IAEA)

[2]小型モジュール式原子炉はたいていが悪策だ(自然エネルギー財団)

2021年8月29日日曜日

人新世

たまに本屋にいくたびに, 斎藤幸平人新世の「資本論」(集英社新書)を買おうかどうしようかと迷っているうちに30万部を超えていた。とりあえず,youtubeの対談で予習しているけれど。

その「人新世(Anthropocene)」は「じんしんせい」と読んでいたけれど,斎藤は「ひとしんせい」と発音していた。地質年代に関する概念であり,大気科学者のパウル・クルッツェンらが 2000年にAnthropocene(ギリシャ語に由来し「人間の新たな時代」の意)として提唱したものだ。

地質時代の区分は,動物化石を基に分類されていて,生物の大量絶滅が古生代,中生代,新生代を分けている。新生代は古第三紀(6600万年前〜),新第三紀(2303万年前〜),第四紀(258万年前〜)から成り,人類登場以降の第四紀は更新世(258万年前〜)と完新世(1万1千7百年前〜)に分かれる。

人新世は,人間の経済活動が地球の環境に不可逆な影響を与えうること,人間の活動が地球という惑星の上にすむ他の種や人間自身の生存に,またひいては惑星そのものの存続に影響を与えるということで定義されたものだ。その始まりについては,産業革命の18世紀後半,放射性降下物の1945年,化石燃料が急増した1950年などのいくつかの立場がある。

人間が生み出したもので地球環境全体に深刻な影響しているものは,(1) 人工放射性物質,(2) 環境化学物質(気体),(3) 環境化学物質(薬品,合成樹脂)などがある。いまは,CO2に焦点があたっているが,二酸化炭素にせよメタンにせよ本来地球上に存在していたものである。しかし,半減期が非常に長い人工放射性物質や分解されない合成樹脂(マイクロプラスティック)は,人類以前には存在していなかったものなのでそちらの方が心配なのだった。

図:地質系統・年代の日本語記述(日本地質学会より)


2021年8月28日土曜日

空気感染

 日本の新型コロナ感染症対策がみごとに失敗している件。これまで,厚生労働省の医系技官やネット上の医療系クラスターによって,1) PCR検査は感染を拡大するからなるべく避けるべきという抑制論,2) コロナは空気感染しない=飛沫感染論が跋扈してきた。

ようやくこれに対する揺り戻しがはじまった。一つは,科学社会学系の東北大学の本堂毅さんとKEKの平田光司さんが世話人となった最新の知見に基づいたコロナ感染症対策を求める科学者の緊急声明である。例のごとく3行で要約すると

「新型コロナウイルス感染拡大を受け,政府や一部医学関係者から「策が尽きた」との声が聞こえている。早期発見と隔離やワクチンなど有効な施策がないとの意見には同意できない。未だ様々な方法が残されており,それらによる感染拡大の阻止は可能である」

またつぎの3点を提案している。

A)ウイルス対応マスク装着についての市民への速やかな周知と必要な制度的措置

B)熱交換換気装置や空気清浄機,フィルター等の正しい選択と有効な活用についての行政の理解と市民一般への十分な周知

C)効果の科学的証明には時間を要するため,最新の知見から有効と予想できる対策は,中立的組織による効果の検証を平行しつつ,公平性や安全性に配慮して実施する

Scienceの論文 [1] でも空気感染の定義が再検討されて,COVID-19における空気感染=エアロゾル感染を再認識することの重要性が指摘されている。

今後の展望:病原体の空気感染は,これまで十分に評価されていませんでした。その理由のほとんどは,エアロゾルの空気中での挙動に関する理解が不十分であったことと,少なくとも部分的には,極めて重要な観察結果が誤って伝えられていたことによります。飛沫感染や付着物による感染の証拠がないことや,エアロゾルによる多くの呼吸器系ウイルスの感染の証拠がますます強くなっていることを考えると,空気感染はこれまで認識されていたよりもはるかに広く行われていることを認識しなければなりません。SARS-CoV-2の感染について分かったことは,すべての呼吸器系感染症においてエアロゾルによる感染経路を再評価する必要があるということです。換気,気流,空気ろ過,紫外線消毒,マスクの装着など,近距離と遠距離の両方でエアロゾルの透過を緩和するための予防措置を講じなければならない。これらの対策は、現在のパンデミックを終わらせ、将来のパンデミックを防ぐための重要な手段である。

図:空気感染に関する論文[1]より引用

また,PCR検査抑制論への反論については朴勝俊先生の [3] が詳しい。

[1]Airborne transmission of respiratory viruses
[2]FAQs on Protecting Yourself from COVID-19 Aerosol Transmission
[3]クロス表とベイズの公式に基づく新型コロナPCR検査抑制論の検討(朴勝俊)
[4]PCR検査抑制論の年譜と語録(伊賀治)
[5]東京と日本の現状と今後(2021/8/28)(牧野淳一郎)
[6]人命尊重のコロナ政策最優先への根本的転換を(世界平和アピール七人委員会)

2021年7月22日木曜日

AlphaFold2(2)

 AlphaFold2(1)からの続き

再びAlphaFold2が話題になっていたのでなにかと思ったら,「米Alphabet傘下の英DeepMindが、遺伝子配列情報からタンパク質の立体構造を解析するAI「AlphaFold v2.0」(以下AlphaFold2)をGitHub上で無償公開し、ネット上で注目を集めている」ということだった。

AlphaFold2解体新書をみれば詳細がわかりそうな気がする。論文は,Highly accurate protein structure prediction with AlphaFoldであり,実装が,alphafold@github となっている。ただし,実際にインストールしようとすると,最低でも,2.5TB以上のSSD/HDD容量 (必須),CUDA11に対応しているNVIDIA製GPU(推奨),大容量(32GB以上)のRAM(推奨)が必要なので素人は手を出してはいけません。

大学に進学するとき,第1志望を物理学科,第2志望を生物学科にしたほど,生物学というか生命科学がこれからは重要だという認識があった。大学の教養部では巌佐耕三先生の生物学を履修した。AlphaFold2のニュースから阪大で受けた生物学の授業が連想された。その授業の先生の名前が思い出せなくて調べていたら,巌佐耕三先生だったということがわかったが,2017年に亡くなられていた(阪大理生物同窓会誌 Vol. 14 2017)。

筑摩書房の「生物学のすすめ」をテキストとしていた巌佐先生の授業でたたきこまれたのが,生物の本質が,DNA/RNAからアミノ酸配列(1次構造)が定まり,これからタンパク質の立体構造(3次構造)が決まって様々な生理機能を果たすということに依拠しているということだった。

つまり,ゲノム配列を簡単に求められるようになった時代に,それからタンパク質の立体構造を容易に推定できることの重要性がどれほどのものかということだろう。

それにしても,物理科学も生物科学も機械学習全盛の時代に相転移しつつある。

2021年3月17日水曜日

標本木

気象庁の生物季節観測情報のページによると,
気象庁では、全国の気象官署で統一した基準(生物季節観測指針)によりうめ・さくらの開花した日、かえで・いちょうが紅(黄)葉した日などの植物季節観測を行っています。植物季節観測は、観察する対象の木(標本木)を定めて実施しています。
さくらの開花日とは、標本木で5~6輪以上の花が開いた状態となった最初の日をいいます。満開日とは、標本木で約 80%以上のつぼみが開いた状態となった最初の日をいいます。観測の対象は主にそめいよしのです。そめいよしのは江戸末期からはじまる品種で、九州から北海道の石狩平野あたりまで植栽されているといわれています。 そめいよしのはえどひがんとおおしまざくらの交雑種です。そめいよしのが生育しな い地域では、ひかんざくらえぞやまざくらを観測します。
ということで,テレビで標本木が紹介されているが,そもそもそれらはどこにあるかというと,全国58箇所にあるらしい。この他にも地域独自で標本木を指定しているところがあった。なお,北海道や沖縄は範囲が広いので複数箇所の標本木が指定されていた。金沢や京都や奈良などの観光地はもう一工夫ほしかった。てっきり兼六園奈良公園かと思っていた。

都道府県 都市   気象庁標本木(58箇所)
北海道  札幌   北海道神宮
北海道  稚内   天北緑地 [エゾヤマザクラ]
北海道  旭川   神楽岡公園 [エゾヤマザクラ]
北海道  網走   桂ケ丘公園 [エゾヤマザクラ]
北海道  釧路   鶴ケ岱公園 [エゾヤマザクラ]
北海道  帯広   帯広測候所 [エゾヤマザクラ]
北海道  室蘭   室蘭八幡宮
北海道  函館   五稜郭公園
青森県  青森   青森地方気象台構内
岩手県  盛岡   岩手公園
宮城県  仙台   榴岡公園
秋田県  秋田   秋田地方気象台構内
山形県  山形   山形地方気象台構内
福島県  福島   信夫山公園
茨城県  水戸   旧県庁舎前
栃木県  宇都宮  宇都宮地方気象台構内
群馬県  前橋   前橋地方気象台構内
埼玉県  熊谷   熊谷市荒川桜堤
千葉県  銚子   陣屋町公園
東京都  都心   靖國神社
神奈川県 横浜   横浜市元町公園
新潟県  新潟   新潟地方気象台構内
富山県  富山   富山地方気象台構内
石川県  金沢   金沢地方気象台構内
福井県  福井   福井地方気象台構内
山梨県  甲府   甲府地方気象台構内
長野県  長野   長野地方気象台構内
岐阜県  岐阜   加納天神町清水川堤
静岡県  静岡   静岡地方気象台構内
愛知県  名古屋  名古屋地方気象台構内
三重県  津    津偕楽公園
滋賀県  彦根   彦根地方気象台構内
京都府  京都   京都地方気象台構内
大阪府  大阪   大阪城西の丸庭園
兵庫県  神戸   神戸市立王子動物園
奈良県  奈良   奈良地方気象台構内
和歌山県 和歌山  紀三井寺本堂前
鳥取県  鳥取   鳥取城跡久松公園
島根県  松江   松江地方気象台構内
岡山県  岡山   岡山後楽園
広島県  広島   縮景園
山口県  下関   下関地方気象台構内
徳島県  徳島   徳島地方気象台構内
香川県  高松   栗林公園
愛媛県  松山   道後公園
高知県  高知   高知城公園
福岡県  福岡   福岡管区気象台構内
佐賀県  佐賀   佐賀地方気象台前
長崎県  長崎   長崎海洋気象台構内
熊本県  熊本   熊本地方気象台構内
大分県  大分   大分地方気象台構内
宮崎県  宮崎   文化公園
鹿児島県 鹿児島  鹿児島地方気象台構内
鹿児島県 奄美大島 名瀬測候所 [ヒカンザクラ]
沖縄県  那覇   末吉公園 [ヒカンザクラ]
沖縄県  宮古島  宮古島地方気象台構内 [ヒカンザクラ]
沖縄県  石垣島  石垣島地方気象台構内 [ヒカンザクラ]
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2021年3月8日月曜日

因果と相関(2)

因果と相関(1)からの続き

 2つの時間的な事象A(過去)と事象B(未来)があって,AがBの原因であるといえるのはどのような場合だろうか。また,AとBに相関があるというのはどうやって判定できるのか。

「事象」が正確に定義されたものとして,特殊相対性理論では4次元時空(ミンコフスキー空間)上の世界点のことであり,確率論では標本空間上の1つの要素のことである。

一般に「事象」とは,観察しうる形をとって現れる事柄,出来事のことである。事象が生起する時点とは,事象を担う系の状態が変化した時点とし,そこでのこの系の状態変化が事象に対応すると考える

事象Aと事象Bの連関(相関や因果があるとかないとか)についていう場合,(1) 2つの事象が同じ系で生起する,(2) 2つの事象はある系とその部分系で生起する,(3) 2つの事象が独立した系で生起する,の3つの場合に分類される。

事象についての物理的な制約の1つが特殊相対性理論の制約である。事象Aと事象Bが因果関係であるためには,2つの事象に対応する4次元時空の世界点を結ぶ4元ベクトルが時間的であることが必要だ。

この世界のすべての事象は一回性のものであると仮定する。その孤立した事象が他に類似な事象を持たない場合に,相関や因果を議論できるだろうか。

変化に着目している状態以外の情報を捨象した類似事象の集合を考える。この事象群について,事象群{A}と呼ばれる状態変化に対して常に事象群{B}とよばれる事象変化が対応するとき,これは相関関係とよべるか。


2021年3月7日日曜日

因果と相関(1)

日経朝刊の科学欄で,コロナ政策の意思決定に関わる記事で,次のような解説コラムがあった。

因果関係と相関関係  人の行動は読めず

 事象Aと事象Bの間に原因と結果のつながりがある関係を因果関係と呼ぶ。これに対し,相関関係は一方が変化すると,もう一方も変化する関係のことを指す。Aの値が大きくなるにつれBの値も大きくなる場合が「正の相関」,逆にBの値が小さくなる場合が「負の相関」とする。因果関係があれば相関関係もあるが,その反対は必ずしも成り立つわけではない。

 科学の世界では主に観察によって相関関係を導き出し,その後,仮説と実験による立証を繰り返して因果関係を突き止めていく。ただ,経済にしろ,コロナ対策にしろ,人の行動によっても結果が左右される事象について,因果関係を割り出すのは困難とされる。

因果関係は,昨日の決定論にも関わる重要キーワードだが,最近ずっと引っかかっている。 谷村さんは,相対論的な因果律を除いてあっさりと物理における因果関係を放棄した。因果関係というのは人間の作る物語に過ぎない。それはそれでほとんど同意できるのだが,まだ言語化はできていない何かが残っている。

物理学において因果関係を使う説明がどこまで許容されるのかという問題は,物理教育学会の変位電流をめぐる議論でも未解決のまま残っている。また,コロナ感染症の抑制や少人数学級制導入の効果に関する政策的選択肢の問題など,常に因果と相関の話がついてまわる。その道の人々は統計的因果推論で解決しているというのかもしれないが,まだ自分では理解できていない。

 

2021年2月28日日曜日

因果の花

今日は,シンギュラリティサロンによるオンラインシンポジウム#46で,渡辺正峰(まさたか)さんの「意識を科学のまな板にのせる―20年後の意識のアップロードに向けて―」が13:30-17:00まであった。基調講演が長引いたので,パネルディスカッションは省略されたが,視聴者からのZoomによる質問などもあって,興味深く聞いた。

渡辺正峰さんの中公新書2460「脳の意識 機械の意識 脳神経科学の挑戦」は購入して読んでいたが,おおよそそれに沿った話をされた。従来読み込めていなかった部分が整理されてありがたかった。情報側からの客観的アプローチでなく,脳神経科学側からの主観的アプローチでループを切断して意識を科学として扱うという方法論は面白かった。

そこでも,因果というキーワードがでてきたのだが,因果と相関の関係については,決定論的世界観でも確率論的世界観でも十分に自分で納得する理解ができていない。しかし,因果は日常的にはなんの問題もなく理解されている。世阿弥のいう「花」は「情報」のことではないかと昨日思いついた。そうすると「因果の花」はいったい何を意味することになるだろう。

風姿花伝の第七別紙口伝の第七段から因果の花について引用する。

一 因果の花を知ること 極めなるべし 一切みな因果なり 初心よりの芸能の数々は因なり 能を究め名を得ることは果なり しかれば稽古するところの因おろそかなれば果をはたすことも難し これをよくよく知るべし

 また時分をもおそるべし 去年盛りあらば今年の花なかるべきことを知るべし 時の間にも男時・女時とてあるべし いかにするとも能によき時あればかならず悪きことまたあるべし これ力なき因果なり 

 これを心得てさのみ大事になからん時の申楽には立会勝負にそれほど我意執を起こさず骨をも折らず勝負に負くるとも心にかけず手をたばいてすくなすくなと能をすれば見物衆もこれはいか様なるぞと思ひさめたるところに大事の申楽の日てだてを変へて得手の能をして精励をいだせばこれまら見る人の思ひのほかなる心いでくれば肝要の立会大事の勝負にさだめて勝つことあり これめづらしき大用なり このほど悪かりつる因果にまた善きなり

2021年2月11日木曜日

工業小学

 天野皎が教職を辞してまもなくの1882年に著した小学校向け教科書の一つに「工業小学(東京 晩翠書楼開板 明15.7)」がある。工業は正式には小学校の教科になっていないので,あくまでも一つの試みだと思う。国立国会図書館のライブラリでデジタル化版が公開されていのは巻一だけであり,巻二と巻三はあちこち探したけれど見つからない。

なにが書いてあるのか知りたかったので,目次と緒言と第一篇工業の総論,第二編原動力を写経してみた。漢字を簡約してカタカナをひらがなに変換しただけだが,読めない字があったので正確ではないかもしれない。それでも明治初期の小学生はこれが読めると想定されていたわけだ。この時期の教科書には句読点がないのが普通なのか。

19世紀末の日本の工業とは,蒸気力・水力などを原動力とした繊維産業と手工業(工業以前かもしれない)だけだった。いまではほとんどが伝統工芸として扱われる分野だ。自分は,1958年の小学校学習指導要領の理科に基づいた教科書で育った世代だが,これも当時の昭和中期の工業(産業)を背景としたかなり具体的な教材から成り立っていたのでどことなく親近感を覚える「工業小学」だった。

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天野皎 著  工業小学  東京 晩翠書楼開板 明15.7
工業小学目次
巻一
 第一編 工業の総論
 第二編 原動力
 第三編 工業制作及び製糸 (繭 糸 等)
 第四編 絹布 (絹 羅 錦 綺 綾 紬 甲斐絹 精好 金襴 緞子 繻子 綸子 縮緬 天鵞絨 □珀 等)
 第五編 綿糸,綿布 (雲齋 飛白 帆木綿 紋羽 唐桟 双子織 花布 寒冷紗 等)
 第六編 麻,麻布 (麻糸 幣 苧 布 飛白 亜麻布 芭蕉布 葛布 等)
 第七編 毛布 (羅紗 アルバカ フラネル 莫大小 等)
 第八編 染料,顔料,漂白剤 (青 黃 赤 紅 緑 紫 格羅爾 加爾基 等)
巻二
 第九編 製紙 (和紙 奉書 美濃紙 洋紙)
 第十編 漆器 (仮漆 ペンキ 等)
 第十一編 蒔絵
 第十二編 陶器 (七宝器 各国陶器 等)
 第十三編 玻瓈 (各色玻瓈 玻瓈器 等)
巻三
 第十四編 玉工 (硯 目鏡 玉 瑪瑙 水晶 珊瑚 金剛石 宝石 等)
 第十五編 彫工 (木偶 石像 玉石 玻瓈 木竹 金 銀 銅 骨 牙)
 第十六編 印刷 (木版 銅版 活版 鉛版 製本 等)
 第十七編 鉄工 (刃物 農具 家具 等)
 第十八編 金銀銅工 (飾屋 時計師 等)
 第十九編 建築 (家屋 橋梁 畳 建具 等)
 第二十編 家具 (桶 膳 椀 等)
 第廿一編 各種製造 (曹達 硫酸 塩 鍍金銀 鉛筆 墨汁 等)

緒言

一 本邦未だ工業書の小学に適当するものあるを見ず然れども工事たる甚浩大なるものにして且難事なれば児童の容易く之を了解すべきものにもあらず故に本書は勉めて其大要を挙ぐ決して高尚の域に渉るに非ず

一 児童の心性各種の作用其身体発育の時機に従ひ強弱一ならず故に本科の如きは其発育の能く此の難事に堪ふるに及びて之を授くべし彼米国の読本の如きも稍く高尚なる各学科を畢へて後之を教ふるの趣向なり児童の薄弱なる知力に難事を授るは猶駑馬に重荷を負はしむるに同じく却て発育を妨害するものなれば教師の尤も恐るべき処なり

一 此書は毎週一二時間位の科程にて三個年に畢るべき見込を以て編集セリ故に一巻を一年に畢へ三巻にして全備せり因て第一年より順次に児童の知力の度に従ひ強弱を量り其難易を斟酌せり是小学科程書を編する一大要訣なればなり

明治十五年三月 編 者 識

工業小学巻之一   天野皎 著

第一編 工業の総論

工業とは広き事にして今日人間の生活する所にて之を言はば衣食住とも皆工業を経ざるものなし衣は始めに糸に続き次に織り或は染め畢りに裁ち縫ひて始めて人の用となる此の用となるまでは幾許の手を経るや細かに之を数えなば指も屈するに遑まあらさるべし食といへども其食ふべきものは工を経ざるも其膳椀鍋釜箸茶碗包刀俎等に至るまで皆工業にあらざるなし又住居は言ふまでもなく悉く工業に非ざるなし

是を以て工業の事たる種々にして一々に之を習ふ能はざれども人として其大要を知らざる可らず工業の巧拙は其国の強弱貧富に拘はるものにして工業の盛大なる国に非ざれば商業も農業も進まず農商共に進まざれは何によりて富を致さんや国富まざれは何によりて海陸の軍備を盛大にするを得んや軍備盛大ならされは外国の侮を受け其人物は欺かはしき恥辱を承り遂には一国の滅亡に及ぶべし工業の関係大なりと云ふべし

工業は斯くまで一国の興敗存すにも係はる程のものなれば容易き事業にはあらじ故に之を習ふにも種々の術を知らざれば成る能はざるなり先第一に数学幾何化学理学画法を学ばざれば何れの工業も学ぶ能はず例へば大工の雨樋を作るに其屋根の面積を積もり其雨の量を測りて大小を定めざれば狭き屋根に大なる樋は空しき費にて広き屋根にて樋の小なる時は溢るるの患あり之を知るは数学なり又堅木細工師の種々の形ちの盆などを造るとき或は五角六角に木を截るは幾何の術に因らざれば精密ならず染工の善き色を染めんと欲するは化学なり種々の雛形を模し或は建築図等を書くは画学なり理学は何れにも広く渉るべき学科なり

工業は何事に因らず人力を省きて其品質を精良にするを第一とす故に此の力を省くに付き種々の工夫あり之を原動といふ原動とは一つの動力を生ずる所にして之を四方に移して人力を省く其種類三ツあり蒸気力水力風力是なり然れども極めて精良なる物に至りては悉く人力にあらざるなし今此の三原動より説き示すべし

第二編 原動力

原動力とは器械を運転するの本にて即ち蒸気水風は之を起すの本なり此の内広く行はるるは蒸気にして之に次くものは水なり風は其力弱けれは十分なる器械等を用うるを得ず水は何処にもあるものならず能く其水利を得ざれば之を使用する能はず若し其水利を得る時は費用少なきを以て甚利益あり蒸気は水風と異にして何処にても其気罐を装置するを得れは其費用の多きも勢ひ之を用うるもの多し又近来石炭瓦斯を以て蒸気に代ふるの発明あり

蒸気の理は甚解し難きものなれは理学器械学等にて能く研究すべし其理たるは水を沸騰して華氏の験温器の二百十二度に昇るときは変して蒸気となる此の蒸気は反発と膨張の性あるものなれは之を凝縮して其反発膨張する時に其力を追々に器械の緒部に伝ふるに過ぎず然れども其器械は大小種々あり又簡易なるものあり極めて繁雑なるものあり

水を以て器械を運転するは古へよりの発明なれとも近来は愈其器械等も精巧になりて紡績織物其外材木を截る等に用う是を水車といふ水車は車の上より水を注き掛くると車の中程に注き掛くると車の下を水の流過するとによりて其力に強弱あり又近来の発明なる渦旋水車といへるは車を平面に置き其車の外面を覆ひ其中に上ヨリ水を注き容るれは車輪に触れて之を運転する仕掛にて其力甚強し近来は追々に此の水車を用ふるものあり此水車は水源さへ高けれは水量多からすして強大の力を生すべし

風車は前にもいへる如く其力弱きを以て十分に器械を運転するの用をなさずといへども其力を多く要せざる所には之を用ゐは費用少なくして利益あるへし是を風車という右に示せる蒸気水車風車等は甚鮮し難き理あれは能く理学等にて研究すべし此の諸原動の力を量るは皆馬力と称して其力の強弱を算す

故に盛大なる器械を運転するには何れも数百馬力のものを用う若し人力にて為す時は千人二千人の職工に非ざれは為す能はざるものも蒸気又は水車等を用うれば僅か数人にて其工事を畢るべし

又人力を省くのみならす器械にて製する物は大小精粗とも一様にして其形ちに長短厚薄なく幾万を製するも差異なし且又人力にては数日を費すものも僅か一二時に成し遂くるの利あり



2021年2月10日水曜日

鐵腕 天野皎(あきら)

 牧野由里さん(美術教育)と有賀暢迪さん(科学史)が,「教育掛図《小学用博物図》の研究 ―天野皎と明治初期大阪の教育・出版文化―」という論文を出していて,有賀さんがTwitterで紹介していた。

天野皎(あきら)(1851-1897)[1]は,博物学を専攻した東京師範学校の一期生として1873年に卒業した。その後,官立の大阪師範学校(1873-1878)の教師となっている。やがて奈良五條師範や兵庫神戸師範の校長を経て,1878年には教育職を辞している。以下,1880年,大阪商法会議所の書記,1881年,大阪府御用掛・大阪測候所長,1885年,府立大阪博物場長および教育博物館長,1891年,大阪朝日新聞社編輯部,1897年,47歳で死去となっている。

天野が著した小学校の教科書や有賀さんらが議論している教育掛図(国立科学博物館で見つかった新出資料)についてはさきほどの論文に譲るとして,大阪つながりで近隣の大学の附属図書館に収集されている資料がないか調べてみた。

1982年に雄松堂書店から復刻された,明治初期教育稀覯書集成 / 唐沢富太郎編集「下等小學教授法略解 乙」と「博物小学金石篇」の2冊が,京都大学,京都教育大学,大阪大学,大阪教育大学,奈良教育大学の各附属図書館に収蔵されていた。CiNiiでは,アマノ・コウとかアマノ・キヨシになっているが違うんじゃないの。さらに,京都大学には,「商法會議所要覽(天野皎編 -- 鹿田靜七,1880)」,「入清日記その他 (鐵腕天野皎著;天野徳三編纂 -- 壺外書屋,1929)」の2冊があった。天野の号が「鐵腕」なのである。

一方,大阪教育大学には先の2冊の他に,「小學博物書天野皎譯 ;動物學第2,動物學第3 -- (天野皎,1877)」「師範學校掛圖童子訓 5巻 /井出猪之助, 天野皎輯 ; 巻之1 - 巻之5(文敬堂, 1875)」の2冊の教育書が所蔵されていた。後者は実際には,巻之2巻之4巻之5だけがあって,これらはデジタル資料として公開されている。

なお,国立国会図書館のNDLオンラインを調べると,こちらには17件の資料がみつかった

[1]「大臺原紀行」の作者である天野 皎あきらについてき坊のノート

【天野皎】(1851~1897)天野氏、名は皎、幼名祐太郎、別に鐵腕と号す、江戸の人、世々徳川幕府に仕ふ、幼より学を好みて業を長谷部甚弥に受け又書法を石川潭香に学ぶ、明治6年東京師範学校を卒業して大阪師範学校本科教師を命ぜらる、後ち奈良県五条師範学校校長・神戸師範学校校長等を歴任し、13年大阪商業会議所書記となる。14年大阪府御用掛となり大阪測候所長・大阪商業講習所長等を兼ね、明治18年「府立大阪博物場長」に専任せらる。是に於て専ら心を美術の奨励に致し、兼ねて薀蓄せる智職を以て「美術館」を創設す。又率先唱導して城南今宮村に「大阪商業倶楽部」の開設を企画する等大に浪華文化の発展に力を尽くせり。24年「大阪朝日新聞」に入りて編輯の事務に従い、25年臨時博覧会事務局監査官となり、26年閣龍世界博覧会事務の為に米国シカゴに赴き其博覧会の審査官に任ぜらる。27年日清戦役の起るや第ニ軍に従うて能く其任務に務む。30年遂に朝日新聞社を辞し、更に日本製鋼株式会社長となり、幾もなく病を獲て武庫郡住吉村の客舎に歿す。人と為り堅忍剛毅博学宏識、能く詩文を属し尤も書法に長ず。殊に美術に関する造詣深く斯道の為に貢献する所蓋し鮮少ならず、嗣子徳三嘗て職を大阪朝日新聞社に奉ぜり。著書:入清日記その他。歿年:明治30年10月16日47歳。(大阪人物誌続編より)

2021年1月10日日曜日

人工血液

 新型コロナウイルス感染症の蔓延にともなって,献血機会が減少し,日本の医療活動に必要な血液が確保できないのではないかというニュースが流れていた。そこで,人工血液というのはまだ開発されていないのかどうか調べてみた。

日本血液代替物学会が存在するくらいなので,研究は進んでいると考えられる。学会誌の「人工血液」は会員以外の誰でも自由にpdfファイルで読むことができるのがありがたい。奈良県立大学の酒井宏水先生が現在の学会長だ。

人工血液の1つとして,赤血球の酸素運搬機能を代替する人工の微粒子である人工赤血球がある。日赤や医療機関で発生する期限切れ非使用赤血球(検査済み)から,酸素を結合するタンパク質ヘモグロビン(Hb)を精製分離し,これを濃度高くリポソームに封入した微粒子であり,ヘモグロビンベシクル(Hb-V)とよばれるものがその一例だ。

また,血小板輸血に関しては,室温保存による細菌繁殖に起因する感染症を防止する目的で,法制上,血小板製剤の保存期間が4日以内に限定されており,血小板輸血に対する抜本的な供給システムの構築が喫緊の課題である。このため,iPS細胞から血小板を大量に生産するための方法が研究されている。

白血球は難しいのではないかと思ったが,逆にこれは薬で代替することができて,赤血球や血小板の方が残念ながら今の医療技術では作れないので献血してほしいとのことだった。

2021年1月9日土曜日

パルスオキシメーター

ついこの間まで,パルスオキシメーターのことを「パルスオキシメーター」 とよぶのだと勘違いしたままだった。テレビのニュースで,ようやく誤った知識が訂正された。

パルスオキシメーターは光を使って血液の酸素飽和度を測る装置である。新型コロナウィルス感染症において,無症状の段階でもその兆候を捉えるために用いられるというニュースだったような気がする。

酸素飽和度(SaO2)は,血液中のヘモグロビンが酸素と結合している割合を表す量であり,ヘモグロビンをHbと書くと,[HbO2] = HbO2 / (HbO2+Hb)として,実際には,(HbO2) = [HbO2]/ [HbO2]max で与えられる。maxは最大酸素飽和度の場合の値を意味しているので,(HbO2)の最大値は100%になる。なお,酸素飽和度には,SvO2(静脈酸素飽和度),StO2(組織酸素飽和度),SpO2(末梢酸素飽和度)があって,パルスオキシメータで測定されるのはSpO2である。

パルスオキシメータの原理については,コニカミノルタのページが詳しい(1977年に世界で最初に商品化した)。Hbは赤色光をよく吸収するが,HbO2は赤い光を透過するので血液が赤く見える。一方,HbとHbO2はともに赤外光はあまり吸収しない。そこで,赤外光IRを基準とした赤色光Rの強度,R/IRがわかれば,HbO2/Hbがわかることになる。パルスオキシメータでは脈動する血液についてのR/IRの変化成分を測定するため動脈血を見ていることに対応する。

SpO2が95%以上であれば正常,90-95%で注意,90%未満ではなんらかの処置が必要となる。ただ,新型コロナウイルス感染症の低酸素症では,よくわからないことが起きているようだ。

なお,ヒトのヘモグロビンは,ヘムとよばれる鉄原子を中心とした錯体をかこむ4ユニットから成る分子量64500のタンパク質分子である。