2022年2月28日月曜日

オデッサ

ウクライナからの続き

黒海沿岸の港湾都市オデッサは ,人口100万人のウクライナの第三の都市。ちなみに首都キエフは人口300万人弱なので,大阪と同じ規模だ。北130kmのところにチェルノブイリ原子力発電所があり,事故を起こしたチェルノブイリ4号炉への観光ツアーもあるらしい。

そのオデッサが出てくるのが,セルゲイ・エイゼンシュテイン(1898-1948)の映画「戦艦ポチョムキン(1925)」だ。大学に入って,休日には映画を見ることが多かったが,岩波新書の「映画の理論(岩崎昶)」などを読んでいると,モンタージュ理論を確立したエイゼンシュテインは必見ということだ。それで,戦艦ポチョムキンを見に行くことに。

1905年のポチョムキン号における水兵の反乱は歴史的な事件である。オデッサの階段での虐殺シーンは史実ではないらしいが,印象的だったし,全体のモノクロームのロシア革命前夜的なイメージはよかった。後に,1917年のロシア革命がテーマであり,「俺達に明日はない」のウォーレン・ベイティが監督主演した「レッズ」を見たけれど,エイゼンシュタインの迫力には及ばなかった。


写真:オデッサの階段(Wikipediaから引用)

2022年2月27日日曜日

ウクライナ

 ウクライナへロシアの侵略が起こったのは,ウクライナへのNATOの拡大にたいする強い拒否反応を誘導し,ドイツとロシアの間の天然ガスパイプライン,ノルドストリーム2を妨害するための米国の思惑による部分があるという話があった。事の真偽はわからないが,日本のメディアはアメリカからの情報だけでまわっている。いや,だからといって,プーチンの行動はまったく正当化できないが。ウクライナが,グルジアのようになるのか,クリミアのようになるのかはまだわからない。

ロシアとウクライナの前身が1つの国であった,キエフ大公国(882-1240)の時代から考えれば,キエフが京都でモスクワが鎌倉のようなものなのだ。ロシアという名称自体が,キエフ大公国の正式名称であるルーシから来ている。自分たちのルーツが奪われて敵側軍事同盟に参加することへの圧倒的な拒否感ということか。

ウクライナといえば,中学校の社会科の時間に学んだ,肥沃な大地(黒土)と小麦というイメージだった。また,京都市の姉妹都市のキエフといえば,ムソルグスキーの「展覧会の絵(1874)」の「キエフの大門」か。

それ以外で,記憶にあるのは,ビージーズが1969年に発表したアルバムの「オデッサ」だ。1899年に遭難した架空の船の物語というコンセプトアルバムで,当時はビートルズの「ホワイトアルバム(1968)」に相当するというイメージだった。オデッサの収録曲「若葉のころ」と「メロディフェア」が,それぞれ映画「小さな恋のメロディ(1971)」の音楽として少し流行った。なぜ,オデッサという名前だったのか,本当に黒海に面したオデッサのことなのかどうかも確かではなく,当時も謎のままだった。


図:ウクライナの地図(AFP通信記事から引用)

P. S. Wikipedia 大鵬幸喜の項目から引用:「1940年(昭和15年),ウクライナ人の元コサック騎兵将校、マルキャン・ボリシコの三男として,日本の領土である樺太の敷香町(ロシアの呼び名サハリン州ポロナイスク)に生まれた。マルキャンはロシア革命後に日本に亡命した,所謂白系ロシア人であった。」

[1]満州事変(1931年)・・・柳条湖事件後,関東軍による占領,傀儡国家樹立

[2]イラク戦争(2003年)・・・虚偽事実による米英豪軍の侵攻と政権の転覆

[3]南オセチア紛争(2008年)・・・グルジア(ジョージア)が2州の支配権を喪失

[4]クリミア危機(2014年)・・・クリミア共和国の一方的独立宣言後,ロシアによる併合


2022年2月26日土曜日

関係量子力学(2)

Relational Quantum Mechanicsを関係量子力学と訳したけれどこれでよかったのか気になる。Relationalは形容詞なので ,関係的とかではないのかと思った。考えてみれば,リレーショナル・データベースの場合もカタカナでなければ関係データベースなわけで,英和辞典の例をみれば,ほとんどの場合,関係+名詞でよかった。

Relational Quantum Mechanics(RQM)の日本での評判を調べてみた。CiNiiではゼロでした。つまりは,ほとんど問題にもされていないということか。

Twitterでは2件ある。1つは東北大学の堀田昌寛さんで,RQMは標準コペンハーゲン解釈(フォン・ノイマン=ウィグナー流,量子力学=情報理論)とほとんど同じだが,意識を表わす直交基底系の選択ができない不良設定問題に陥っていると断じている(2021年11月)。堀田流解釈では意識が公理として定義(設定)できているということなのか。

もう1つは高知工科大学の全卓樹さんと阿蘇の史(Jimmy Ames)さんのTwitter上での議論だ(Carlo Rovelliの関係的量子力学をめぐって)。全さんの否定的評価を中心とした対話が続いていた(2017年)。まあ,最終的な落とし所はそこまででもなかったのかもしれない。

堀田さんは(あるいは皆さんは),簡単に人間の意識状態や宇宙の状態を1つのケットベクトルで表現している。フォン・ノイマンやウィグナーはそういう議論をしていたのかもしれない。抵抗はないものの,普通の教科書には書いていないのでちょっと気持ち悪い。

量子力学の解釈問題の歴史に関するオックスフォードのハンドブックが来月にも出版されそうだ。ちょっと高いので購入はためらわれるが,目次だけ整理してみた。

The Oxford Handbook of the History of Quantum Interpretations
Full Professor of Physics and History of Physics Olival Freire Jr
Oxford University Press, 2022/03/07 - 1312p
Introduction 1 

Part I Quantum Physics - Scienftific and Philosophical Issues Under Debate
1. Quantum Mechanics is Routinely Used in Laboratories with Great Success, but No Consensus on its Interpretation has Emerged 7
2. Philosophical Issues Raised by Quantum Theory and its Interpretations 53

Part II Historical Landmarks of the Interpretations and Foundations of Quantum Physics
3. Quantization Conditions, 1900-1927 77
4. Of Weighting and Counting: Statistics and Ontology in the Old Quantum Theory 95
5. Dead as a Doornail? Zero-Point Energy and Low-Temperature Physics in Early Quantum Theory 117
6. The Early Debates about the Interpretation of Quantum Mechanics 135
7. Foundations and Applications: The Creative Tension in the Early Development of Quantum Mechanics 173
8. The Statistical Interpretation: Born, Heisenberg, and von Neumann 1926-27 203
9. A Perennially Grinning Cheshire Cat? Over A Century of Experiments on Light Quanta and Their Perplexing Interpretations 233
10. The Evolving Understanding of Quantum Statistics 255
11. The Measurement Problem 281
12. Einstein's Criticism of Quantum Mechanics 303
13. Tackling Loopholes in Experimental Tests of Bell's Inequality 339
14. The Measuring Process in Quantum Field Theory 371
15. The Interpretation Debate and Quantum Gravity 393
16. Quantum Information and the Quest for Reconstruction of Quantum Theory 417
17. Natural Reconstructions of Quantum Mechanics 437
18. The Axiomatization of Quantum Theory through Functional Analysis: Hilbert, von Neumann, and Beyond 473
19. Tony Leggett's Challenge to Quantum Mechanics and its Path to Decoherence 495

Part III Places and Contexts Relevant for the Interpretations of Quantum Theory
20. The Copenhagen Interpretation 521
21. Copenhagen and Niels Bohr 543
22. Grete Hermann's Interpretation of Quantum Mechanics 567
23. Instrumentation and the Foundations of Quantum Mechanics 587
24. Early Solvay Councils: Rhetorical Lenses for Quantum Convergence and Divergence 615
25. The Foundations of Quantum Mechanics in Post-War Italy's Cultural Context 641
26. Foundations of Quantum Physics in the Soviet Union 667
27. Early Japanese Reactions to the Interpretation of Quantum Mechanics 1927-1943 687
28. Form and Meaning: Textbooks, Pedagogy, and the Canonical Genres of Quantum Mechanics 709
29. Chien-Shiung Wu's Contributions to Experimental Philosophy 735
30. On How Epistemological Letters Changed the Foundations of Quantum Mechanics 755
31. Quantum Interpretations and 20th Century Philosophy of Science 777

Part IV Historical and Philosophical Theses
32. Bohr and the Epistemological Lesson of Quantum Mechanics 797
33. Making Sense of the Century-Old Scientific Controversy over the Quanta 825
34. Orthodoxy and Heterodoxy in the Post-war Era 847
35. The Reception of the Forman Thesis in Modernity and Postmodernity 871
36. Quantum Historiography and Cultural History: Revisiting the Forman Thesis 887
37. The Co-creation of Classical and Modern Physics and the Foundations of Quantum Mechanics 909
38. Interpretation in Electrodynamics, Atomic Theory, and Quantum Mechanics 937

Part V The Proliferation of Interpretations
39. Hidden Variables 957
40. Pure Wave Mechanics, Relative States, and Many Worlds 987
41. Is QBism a Possible Solution to the Conceptual Problems of Quantum Mechanics? 1007
42. Agential Realism -- A Relation Ontology Interpretation of Quantum Physics 1031
43. The Relational Interpretation 1055
44. The Philosophy of Wholeness and the General and New Concept of Order: Bohm's and Penrose's Points of View 1073
45. Spontaneous Localization Theories Quantum Philosophy between History and Physics 1103
46. The Non-Individuals Interpretation of Quantum Mechanics 1135
47. Modal Interpretations of Quantum Mechanics 1155
48. A Brief Historical Perspective on the Consistent Histories Interpretation of Quantum Mechanics 1175
49. Einstein, Bohm, and Bell: A Comedy of Errors 1197
50. The Statistical Ensemble Interpretation of Quantum Mechanics 1223
51. Stochastic Interpretations of Quantum Mechanics 1247
Index 1265


写真:The History of Quantum Interpretationの書影(amazonより引用)

2022年2月25日金曜日

関係量子力学(1)

 関係量子力学について,Stanford Encyclopedia of Philosophy で勉強してみる。Copyright © 2019 by Federico Laudisa, Carlo Rovelli で本人が書いているので安全なやつだ。

関係量子力学(Relational Quantum Mechanics)

関係量子力学(RQM)は,現在まで議論されている量子力学の解釈の中で,最も新しいものである。RQMは,1996年に量子重力を研究していたロベリによって導入されたが(Rovelli 1996),この十年の間にしだいに,しかし着実に関心が高まってきた。RQMは,本質的に教科書的な「コペンハーゲン」解釈の改良版であり,観測者の役割を担えるのは古典的な系に限定されず,あらゆる物理系が担うことができるとされている。RQMは,波動関数(より一般的には量子状態)の存在論解釈を否定している。波動関数や量子状態は,古典力学のハミルトン=ヤコビ関数と同様の意味で,補助的な役割しか果たしていない。これは,存在論的な言及の否定を意味するわけではない。RQMは,古典力学と同様に,物理変数によって記述される物理系によって与えられる存在論に基づいている。古典力学との違いは,(a)変数は相互作用のときだけ値をとること,(b)変数のとる値は相互作用の影響を受ける(他の)システムに対して相対的にのみ決まることである。ここでいう「相対的」とは,古典力学において速度が他の系に対する系の性質であるのと同じ意味である。したがって,RQMでは,世界は,物理変数の時間的な相対値によって記述される,疎な相対的事象の発展的なネットワークとして記述される。

RQMの基礎となる物理的仮定は次のようなものである。S'に対する相対的変数の(未来の)値に対する確率分布は,S′に対する相対的な変数の(過去の)値に依存するが,別のシステムS″に対する相対的な変数の(過去の)値には依存しない。

この解釈では,定式化されるべき古典的世界の存在や,特別な観測者系を想定する必要はなく,測定に特別な役割を与えることもない。そのかわり,任意の物理システムがコペンハーゲン解釈における観測者の役割を果たすことができ,任意の相互作用が測定と見なされることを仮定している。これは,上記の物理的仮定により,量子論の予言を変えることなく可能である。なぜならば,S′によって観測される干渉効果は,別のシステムS″と相対的な変数の実現によって消去されることがないからだ(もちろんデコヒーレンスによって抑制されることはある)。このように,RQMは,隠れた変数,多世界,波束の収縮機構,あるいは,心・意識・主観性・エージェントなどの特別な役割を必要とせずに,完全に量子力学的な世界を理解することができる。

このような簡略化の代償として,物理変数が非相関的な値を持ち,すべての時間に存在するとされる古典力学の強い実在論が否定される。変数が相互作用時にのみ値をとるという事実は,疎な事象(または閃光する)の存在論を与える。変数が参照する系によってラベル付けされるという事実は,世界の表現に指標性の段階概念を追加することになる。

RQMは形而上学的に中立であるが,以下に詳述する意味で,強い実在論(Laudisa 2019)に疑問を示す強い関係性の立場にある。このように実在論に障るため,RQMは,構成的経験主義(van Fraassen 2010),新カント主義(Bitbol 2007, Bitbol 2010),最近では反一元論(Dorato 2016),構造実在論(Candiotto 2017)など様々な哲学的観点の文脈で順々に嵌められてきた(Brown 2009, Wood 2010)。この解釈は,量子ベイズ主義(Fuchs 2001, 2002),ヒーリーのプラグマティズム的アプローチ(Healey 1989),特にザイリンガーとブルックナーによって論じられた量子論の見解と共通する面がある(Zeilinger 1999, Brukner & Zeilinger 2003)。

たぶん,弱測定や弱値,圏論,ベイズ推定などとも相性が良さそうな 雰囲気がただよう。そういえば,圏論的量子力学という本も出版されていたが,これは正確には,Categories for Quantum Theory: An Introductionなので少し違うかもしれない。いやいや,Categorical Quantum Mechanicsもあった。

圏論的量子力学は,圏論を利用した図式的表現にポイントがあって,解釈問題とはあまり近接しない話題のようだ。量子計算への応用があるとかなんとか。arxivで調べてみると,"Categorical Quantum Mechanics"が63件,"Relational Quantum Mechanics"が43件で,どちらも流行っていません。

[1]Fantastic Quantum Theories and Where to Find Them (Stefano Gogioso)・・・怪しい量子力学のオンパレード

2022年2月24日木曜日

平方完成

 平方完成は,入試問題を解くときなど,条件設定の場面でたいへん重宝する技法だ。ちょっと手計算が面倒な式がでてきたので,Mathematicaに任せようと思った。

ところが,探してみてもMathematicaで平方完成する関数が組み込まれていないようなのだ。もしかしたら調べ方が足りないのかもしれないが,普通に考えるとイの一番に出てきても良さそうな機能なのだが。

それらしいユーザ定義関数がいくつか見つかったけれど,2変数の整式を代入しても思ったような変形ができず,望みのものではなかった。しかたがないので,自分で関数パーツを考えることにした。これを一般化するには,Mathematicaプログラミングにおける文法の知識が足りなさすぎる。

ここで考えたのは,ある変数の二次式を与えたときに,平方完成された部分と残余部分のリストを返すユーザ定義関数 sq[式, 変数]だ。変数がn個ある場合は,n回繰り返して使う必要があるという残念なコード素片だ。

sq[f_, v_] :=
 Module[{a, b},
  a = Coefficient[f, v^2];
  b = Coefficient[f, v];
  {a (v + b /(2 a))^2,
  c = f - a (v + b /(2 a))^2}] // Simplify
これを使って次のような計算ができる。
In[1]:= sq[2 x^2 - 4 x y + 2 y^2 + 24 x - 24 y + 288 + 3 x y, x] 
Out[1]= {1/8 (-24 - 4 x + y)^2, 216 - 18 y + (15 y^2)/8}
In[2]:= sq[%[[2]], y] 
Out[2]= {3/40 (24 - 5 y)^2, 864/5}

2022年2月23日水曜日

ヘルゴラント

 ヘルゴラントは,ドイツの北部,北海に浮かぶとても小さな島である。

ゲッチンゲンハイセンベルクは,1924年9月から1925年4月末までコペンハーゲンのボーアの理論物理学研究所に在籍した。5月に入って,花粉症を避けるためにヘルゴラントに10日ほど滞在し,そこではじめて量子力学の正しい法則にたどり着いた。ゲッチンゲンのボルンのところに戻ったハイゼンベルクは,1925年の9月に "Über quantentheoretische Umdeutung kinematischer und mechanischer Beziehungen" (運動学的・力学的関係の量子論的再解釈) という,今日の量子力学の出発点となる論文を出す。

ループ量子重力理論の研究で有名なカルロ・ロヴェリが,量子力学が誕生したこの島の名前をつけた一般向けの著書 "Helgoland" が2020年に出版された。2021年には冨永星による邦訳,「世界は「関係」でできている:美しくも過激な量子論」が出ている。書名がヘルゴランドのままだったら,誰も買わなかったかもしれない。

この本の内容は,ハイゼンベルクによる量子力学の誕生から出発して,ロヴェリが提唱している関係量子力学(Relational Quantum Mechanics)のエッセンスを説くものらしい。というのもまだ,読んでいないので目次しかわからないからだ。

これを,意識の科学に関わっている,神経科学者の土谷尚嗣と数理物理学者で小嶋泉の学生だった西郷甲矢人が取り上げ,意識ラジオの中でロヴェリの著書を巡る対談をしていた。彼らはさらに,脳科学の大泉匡史などにつながっていた。意識を圏論で定式化できる関係によって理解しようとする流れが,関係量子力学とのつながりを発見したということか。

世界は「関係」でできているー美しくも過激な量子論
カルロ・ロヴェッリ 冨永星

第一章 奇妙に美しい内側を垣間見る
1 若きハイゼンベルクの突拍子もない思いつきー「オブザーバブル」
2 シュレーディンガーの紛らわしいΨー確率
3 この世界の粒状性ー量子
第二章 極端な思いつきを集めた奇妙な動物画集
1 重ね合わせ
2 Ψを真剣に受け止めるー多世界と,隠れた変数と,自発的収縮と
3 不確定性を受け入れる
第三章 みなさんにとっては現実,でもわたしにとっては現実でない事柄とは?
1 かつて,この世界が単純にみえたことがあった
2 関係
3 希薄で曰く言いがたい量子の世界
第四章 現実を織りなす関係の網
1 エンタングルメント
2 三人一組の踊りが織りなすこの世界の関係
3 情報
第五章 立ち現れる相手なくして,明瞭な記述はない
1 ボグダーノフレーニン
2 実体なき自然主義ー状況依存性
3 土台がない? ナーガルージュナ(龍樹
第六章 「自然にとっては,すでに解決済みの問題だ」
1 単純な物質?
2 「意味」は何を意味しているのか
3 内側から見た世界
第七章 でも,それはほんとうに可能なのか


写真:RobvelliのHelgolant(イタリア語原著の書影)

[1]圏論による意識の理解(土谷尚嗣・西郷甲矢人,2019)

2022年2月22日火曜日

三次方程式の解

 二次方程式の解は,与えられた2次式を平方完成すればよいので,公式を忘れても導ける。まあ,平方完成の手順を理解して導出できるくらいなら,かつて曾野綾子に「二次方程式の解の公式を学んだことは,人生において何の役にもたたなかった」とボロクソに腐された解の公式もすぐに出てくるだろうから心配する必要はない。

準備として,$x^3=1$の解を,$\{ 1,\ \omega=\frac{-1+\sqrt{3} i}{2}, \ \omega^2=\frac{-1-\sqrt{3} i}{2} \}$としておく。

三次方程式$a x^3 + b x^2+ c x + d = 0$は,$x^3 +p x + q =0$ の形にすることができる。次に,因数分解の公式,$x^3+y^3+z^3-3xyz = (x+y+z)(x^2+y^2+z^2-x y -y z -z x)$を用いる。つまり,$p = - 3 y z$,$q = y^3 + z^3$とすれば,もとの三次方程式は因数分解できることになり,すなわち,解が求まることになる。

ここで,$y^3$と$z^3$の対称式を考えるのがポイントである。$p^3=-27 y^3 z^3$から,$y^3$と$z^3$は,$t^2-q t -(p/3)^3=0$の解である。$t = (q/2) \pm \sqrt{(q/2)^2+(p/3)^3}$

因数分解された右辺の第2項を$x$の2次式と考えてさらに因数分解するため,$x^2-(y+z)x +y^2 -yz + z^2 = 0$とおいて,2次方程式の解の公式を使うと,

$x=\frac{1}{2} \bigl( y + z \pm \sqrt{(y+z)^2-4(y^2+z^2-yz)} \bigr) = \frac{1}{2} \bigl( y + z \pm \sqrt{-3y^2+6yz-3z^2} \bigr)$

$\quad= \frac{1}{2} \bigl( y + z \pm (y - z ) \sqrt{3}i  \bigr) = -y \frac{-1 \mp \sqrt{3}i}{2} -z \frac{-1 \pm \sqrt{3}i}{2}$

したがって,$x^3 +p x + q =0$の解は,$\{ -y -z, \ -\omega^2 y -\omega z, \ -\omega y - \omega^2 z \}$,ただし,$\{ y , z \}= \{ \bigl( q/2 + \sqrt{(q/2)^2+(p/3)^3} \bigr)^{1/3}, \ \bigl ( q/2 - \sqrt{(q/2)^2+(p/3)^3} \bigr)^{1/3} \} $である。

2022年2月21日月曜日

二項分布と正規分布

統計物理学のための準備シリーズが続く。ここでは,$N$が大きいときの二項分布を正規分布で近似する方法を確かめる。

アボガドロ数$N$個の粒子を,左右2つの箱に確率$p$と$q$($p+q=1$)で入れるとき,分配される粒子の個数の確率分布は二項分布に従う。すなわち,左の箱に入る粒子の数を$n$,その場合の確率を$r(n)$とすると,$r(n)={}_N C_{N-n} p^n q^{N-n}=\frac{N!}{n!(N-n)!} p^n q^{N-n}, \quad \sum_{n=0}^N {}_N C_{N-n} p^n q^{N-n} =(p+q)^N = 1$

ここに,スターリングの公式,$n! \simeq \sqrt{2\pi n} (\frac{n}{e})^n $ 等を当てはめると,

$r(n) \simeq \sqrt{\frac{N}{2\pi n(N-n)}} \frac{N^N p^n q^{N-n}}{n^n (N-n)^{N-n}} =  \sqrt{\frac{N}{2\pi n(N-n)}} \bigl( \frac{Np}{n}\bigr)^n \bigl(\frac{Nq}{N-n} \bigr)^{N-n}$

$\therefore \log r(n) \simeq n \log \frac{Np}{n} + (N-n) \log \frac{Nq}{N-n} $

 ただし,$O(\{n,N\}^{-1/2})$である初項はおとす。極値を求めるため,$\log r(n)$を$n$で微分して,

$\log Np -1 -\log n -\log Nq +\log(N-n) +1 =0, \quad \log \frac{Np}{n} = \log \frac{Nq}{N-n}$

極値を与えるのは$n=Np$であり,このとき$r(n)=\sqrt{\frac{1}{2\pi N p q}}$ となる。

次に,$n=Np+x$とおき,$r(n)$を$n=Np$のまわりに展開して$x$の2次近似式を求める。ただし,$x \ll Np$であり,$\log (1\pm x) \simeq \pm x + \frac{x^2}{2}$を用いる。

$r(n )= \sqrt{\frac{1}{2\pi p q N}} \ \exp \{ -n \log \frac{n}{Np} - (N-n) \log \frac{N-n}{Nq} \}$

$\quad\quad = \sqrt{\frac{1}{2\pi p q N}} \ \exp \{ -(Np+x) \log (1+ \frac{x}{Np}) - (Nq-x) \log (1-\frac{x}{Nq}) \}$

$\quad\quad = \sqrt{\frac{1}{2\pi p q N}} \ \exp \{ -(Np+x)  ( \frac{x}{Np}+ \frac{x^2}{2 (Np)^2} ) - (Nq-x)  (-\frac{x}{Nq} + \frac{x^2}{2 (Nq)^2} ) \}$

$\quad\quad = \sqrt{\frac{1}{2\pi p q N}} \ \exp \{ -(x + \frac{x^2}{2 Np}) - (-x + \frac{x^2}{2 Nq}) \}$

$\quad\quad = \sqrt{\frac{1}{2\pi p q N}} \ \exp \{ - \frac{x^2}{2 p q N} \} = \sqrt{\frac{1}{2\pi p q N}} \ \exp \{ - \bigl(\frac{n-Np}{\sqrt{2 p q N }}\bigr)^2 \} $

このとき,次の規格化条件が満たされる。$\sigma = p q N$とおいて,$\int_{-\infty}^{\infty} \sqrt{\frac{1}{2 \pi \sigma}} \ \exp \{ - \bigl(\frac{n-Np}{\sqrt{2 \sigma }}\bigr)^2 \} dn = 1$

[1]De Moivre - Laplace Theorem

2022年2月20日日曜日

スターリングの公式

 d次元球の体積からの続き

統計力学をはじめるには,スターリングの公式が必須なので菊池誠のテキストで復習する。

ガンマ関数$\Gamma(x)$は,階乗の実数への拡張と考えることができる関数である。$x$が自然数$n$のときに$\Gamma(n+1)=n!$を満足し,次の積分で定義されている。

$\Gamma(x)=\int_0^\infty t^{x-1} e^{-t} dt ,\quad \Gamma(1)=1,\quad  \Gamma(1/2)=\int_{-\infty}^\infty e^{-x^2} dx = \sqrt{\pi}$

ここで,階乗の雰囲気をただよわせる漸化式が成り立つ。$\Gamma(x+1) = \int_0^\infty t^x e^{-x} dt = \bigl[ (-1) t^x e^{-x}\bigr]_0^\infty + \int_0^\infty x t^{x-1} e^{-x} dt = x \Gamma(x)$

引数$x$に,後にアボガドロ数オーダーの非常に大きな数になる予定の$N$を入れてみる。

$N!= \Gamma(N+1) = \int_0^\infty t^{N} e^{-t} dt = \int_0^\infty t^{N} e^{N\log t -t} dt $

指数関数の肩の項$N\log t -t$を微分して極値を探すと,$t=N$で極大値が$N\log N -N$となる。そこで,この$t=N$の周りで$N\log t-t$をテイラー展開して2次の項まで残す。

$N\log t-t \simeq N\log N - N -\frac{1}{2N}(t-N)^2$

指数関数の肩にある$t$の2次の項をほとんど寄与がない積分領域である$\int_{-\infty}^0$まで拡張した上でガウス積分すると,$N!= \int_0^\infty t^{N} e^{N\log N -N -\frac{1}{2N}(t-N)^2} dt = N^N e^{-N} \int_{-\infty}^\infty e^{-\frac{1}{2N}(t-N)^2} = \sqrt{2\pi N} \bigl( \dfrac{N}{e}\bigr)^N$

これから,スターリングの公式,$\log N! = N \log N -N + \log  \sqrt{2\pi N}$ が得られる。

2022年2月19日土曜日

d次元球の体積

 来年度の統計物理学の準備をしている。

先日購入したばかりだが,阪大の湯川諭さんの統計力学の教科書はなかなか読みやすいと思ったが,その師匠の菊池誠「統計力学のはじめの一歩」も結構よかった。これまでテキストに指定されてきた,講談社基礎物理学シリーズの北原・杉山の統計力学は取っつきにくかったが改めて見直すと丁寧でやさしそうだ。高橋康さんの統計力学入門は好感が持てるけれど・・・,あれこれ目移りするのでなかなか講義ノートがまとまらない。

とりあえず,ミクロカノニカル集団で出会う最初の関門が,半径$R$の$d$次元球の体積${\cal V}_d(R)$の導出だ。これは次のように$d-1$次元球面を動径方向に積分して求めることができる。ただし,半径$R$の$d-1$次元球面積は,その次元を考慮して,${\cal S}_d(R) = c_d \ R^{d-1}$で与えられるとする。$c_d$は幾何学的な係数である。

${\cal V}_d( R) = \int_0^R {\cal S}_d(r) dr =\int_0^R c_d\ r^{d-1} dr = c_d \dfrac{R^d}{d}$

したがって,幾何学的な係数である$c_d$が求まれば良いわけだ。これを計算するために,$r^2= x_1^2 + \cdots + x_d^2$として,次のガウス積分を利用する。

$\int_{-\infty}^{\infty} dx_1 \cdots \int_{-\infty}^{\infty}dx_d \ e^{- (x_1^2 + \cdots + x_d^2)} =    \int_0^\infty c_d\ r^{d-1}\ e^{- r^2} dr$

$l. h. s. = \Bigl( \int_{-\infty}^{\infty} e^{- x^2} dx \Bigr)^d = \sqrt{\pi}^{\ d}= \pi ^{d/2} $

$r. h. s. = c_d \int_0^\infty r^{d-1} e^{- r^2} dr = c_d \int_0^\infty \frac{1}{2} t^{d/2 -1} e^{-t} dt = \dfrac{c_d}{2} \Gamma(\frac{d}{2})$

$\therefore c_d = 2 \pi ^{d/2} / \Gamma(\frac{d}{2}),\quad  \therefore \ {\cal V}_d(R) = \dfrac{\pi^{d/2} R^d}{\Gamma(\frac{d}{2}+1)}$

[1]超球の体積

2022年2月18日金曜日

MAUD委員会

 フリッシュ=パイエルスの覚書の続き

1940年2月に書かれた,フリッシュ=パイエルスの覚書は,上司であるバーミンガム大学のマーク・オリファント(1901-2000)に渡された。フリッシュより4歳,パイエルスより7歳上だ。ことの重大さが理解され,3月には,イギリス防空科学調査委員会議長の化学者,ヘンリー・ティザード(1885-1959)宛てに送付された。

 これにより,ディザードが4月に設置した委員会は,G. P. トムソンを議長として,ジョン・コッククロフト,ジェームズ・チャドウィック,フィリップ・ムーン,オリンファントが加わった。6月にはMAUD委員会と称されるようになる。ただし,ドイツからの亡命者であった,フリッシュとパイエルスは加えられていない。なお,MAUDの由来は次のようなものだ。

1940年4月9日,ドイツがデンマークに侵攻した日,ニールス・ボーアはフリッシュに電報を打っていた。その電報は「コッククロフトとモード・レイ・ケントに伝える」という奇妙な行で終わっていた。当初、これはラジウムまたは他の重要な原子兵器関連の情報をアナグラムで隠した暗号だと考えられていた。一つの提案は、「y」を「i」に置き換えて「radium taken」を生成することだった。1943年にボーアがイギリスに帰国した時。このメッセージがジョン・コッククロフトとボーアの家政婦でケント州出身のモード・レイに宛てたものであることが判明した。こうして、委員会は「MAUD委員会」と名付けられた。(Wikipedia MAUD Committeeより)。

MAUD委員会は7月には報告書をまとめている。その第一部を訳出してみた。

MAUD委員会報告書「ウランの爆弾への利用について」現在の知見の概要

1.一般的な記述

ウランの原子エネルギーを軍事目的で利用する可能性を調査する作業は1939年以来行われており,現在では進捗状況を報告することが望ましいと思われる段階に達している。

この報告書の冒頭で強調したいのは,私たちがこのプロジェクトに参加したのは,調査しなければならない問題であると感じながらも,信じるよりは懐疑的であったということである。プロジェクトを進めるにつれ,大規模な原子エネルギーの放出は可能であり,それを非常に強力な戦争兵器にする条件を設定することができると,ますます確信するようになった。

我々は,有効なウラニウム爆弾を作ることが可能であるという結論に達した。この爆弾は,約10kgのウランを含み,1800トンのT.N.T.爆弾に匹敵する破壊力を持ち,さらに大量の放射性物質を放出する。このため,爆弾が爆発した場所の近くでは長期間にわたって人命が危険にさらされる。

爆弾は,通常のウランに140分の1程度含まれる活性成分(以下,「235U」と略記する)作られる。235Uと他のウランとの特性(爆発性以外)の差が非常に小さいため,その抽出は非常に困難である。1日当たり1kg(または1ヵ月当たり3個の爆弾)の生産工場は,約500万ポンドかかると推定され,そのうちのかなりの割合はエンジニアリングに費やされ,タービン製造に必要なのと同じ高度な技術を要する労働力を必要とするだろう。

このような多額の支出にもかかわらず,物質的にも精神的にも破壊的効果が非常に大きいため,この種の爆弾の製造にはあらゆる努力が払われるべきであると我々は考えている。所要時間については,帝国化学工業がメトロポリタン・ビッカースのガイ博士と協議した結果,最初の爆弾の材料は1943年末までに準備できると推定している。これはもちろん,まったく予期しない性格の大きな困難が生じないことを前提としている。

ウリッジのファーガソン博士は,核物質の接合に必要な高速度を出す方法(第3項参照)を完成させるのに必要な時間は1〜2ヵ月と見積もっている。この点については,材料の生産と同時に行うことができるので,これ以上の遅れは予想されない。たとえ爆弾が完成する前に戦争が終結したとしても,その努力は無駄にはならない。ただし,完全な軍縮が行われる可能性は低く,これほど決定的な可能性を持つ兵器なしでいる危険を冒す国はないだろうから。

ドイツが重水と呼ばれる物質の確保に多大な苦労をしたことは知っている。初期の段階では,この物質が我々の仕事にとって非常に重要な意味を持つのではないかと考えていた。実際,これが原子エネルギーの放出に役立つのは,直ちに戦争に利用できそうにない過程に限られるようだが,ドイツ人はもうこのことに気づいているかもしれない。また,私たちが現在取り組んでいる研究は,有能な物理学者なら誰でも思いつきそうなものであることを述べておく。

これまでのウランの最大の供給地はカナダとベルギー領コンゴで,それに付随するラジウムのために活発に探されてきたので,未踏の地域以外にかなりの量のウランが存在するということはないと思われる。

2.原理

この種の爆弾は,原子に内在する膨大なエネルギー貯蔵量と,活性成分であるウランの特殊な性質によって可能である。この爆発は,通常の化学爆発とはメカニズムが大きく異なり,235Uの量がある臨界量より多い場合にのみ発生する。臨界量以下の場合には非常に安定している。したがって,このような場合は完全に安全であり,我々はこの点を特に強調したい。

一方,臨界量を超えると不安定になり,非常に速い速度で反応が進行し,増殖し,未曾有の大爆発を起こす。従って,爆弾を爆発させるのに必要なのは,臨界値より小さいが,接触すると臨界値を超える質量を持つ活性物質(235Uの塊)を2個集めることである。

3.接合の方法

この種の爆発で最大の効率を得るためには,2つの半球を高速で結合させる必要があり,二重銃の形で通常の爆薬を同時に発射することによってこれを行うことが提案されている。

この銃の重量は,もちろん爆弾自体の重量を大幅に上回るが,1トン以上にはならないはずであり,現代の爆撃機の搭載能力の範囲内であることは間違いない。銃を含めた爆弾はパラシュートで投下し,これが地面に設置したときに雷管によって銃が発射されると考えられる。投下時間は,飛行機が危険地帯から脱出するのに十分な長さにすることができ,これはとても大きいので,非常に正確な狙いは必要ない。

4.予想される効果

1,800トンのT.N.T.爆弾が爆発するとどのような被害が出るかについては,1917年に米国ハリファックスで起きた大爆発が最もよく知られている。次の記述は「火薬の歴史」からのものである。「この船には200トンの雷管,55トンの軍用綿,2,100トンのピクリン酸が含まれており,合計2,355トンであった。爆発範囲は四方に及び,この範囲ではほぼ完全に破壊されていた。構造物の被害は大きく半径1.8kmから2.0kmに及び,ある方向では発生源から2.8kmまで及んだ。爆破片は5〜6km飛び,16kmさきの窓ガラスが割れ,一例では98kmまで破損した」。

この記述を検討する際には,爆発物の一部は水面下,一部は水面上に位置していたことを忘れてはならない。

5.資材の準備と費用

我々は,通常のウランから235Uを抽出する方法について詳細に検討し,多くの実験を行った。我々が推奨する方式は,この報告書の第Ⅱ部に記載されており,より詳細には付録Ⅳに記載されている。この方法は基本的に,非常に細かいメッシュのガーゼを通してウランの化合物を気体拡散させるものである。

この報告書に添付した規模とコストの見積もりでは,現在存在するガーゼの種類だけを想定している。比較的小さな開発で,より小さなメッシュのガーゼを作ることができ,同じ生産高であれば,より小型で安価な分離プラントを建設できる可能性がある。

この爆薬の1kg当たりのコストは非常に大きいが,放出されるエネルギーと与えられるダメージの点から考えると,普通の爆薬といい勝負になる。実際には,かなり安いのだが,我々が圧倒的に重要だと考える点は,この物質がもたらす集中的な破壊,大きな道徳的効果,そしてこの物質の使用によって,通常の爆薬による爆撃と比較して,航空労力の節約になることである。

6.議論

この方式の際立った難点の一つは,主要な原理を小規模で試すことができないことである。最小臨界サイズの爆弾を作るだけでも,多大な時間と経費がかかる。しかし,我々はこの原理が正しいことを確信しており,臨界サイズについてはまだ不明な点があるが,我々ができる最善の推定が一般的な結論を無効にするほど間違っている可能性はほとんどない。我々は,現在の証拠が,この計画を強く推し進めるのに十分であると感じている。

235Uの製造に関しては,実験室規模でほぼ可能な限り行ってきた。この方法の原理は確かなものであり,その応用は化学工学の一分野としてそれほど難しいとは思われない。しかし,より大規模な研究が必要であることは明らかであり,必要な科学者を見つけることが難しくなりつつある。

さらに,この兵器が今から2年後に利用可能になるとすれば,工場の建設計画を開始する必要があるが,20段のモデルがテストされるまでは,本当に大きな支出は必要ないだろう。また,最終的には製造の監督者となる人材の育成に着手することも重要である。235Uの濃度を測定する装置など,開発すべき補助的な装置も数多くある。さらに,私たちが使おうとしているガス状の化合物である六フッ化ウランを大量に製造するための化学的側面を,かなり大規模に開発する必要がある。

以上のことから,この戦争で有効な兵器として期待するのであれば,この作業をさらに大規模に継続するかどうか,決断することが重要な段階に来ていることがわかるだろう。今,大幅に遅れるようなことがあれば,この兵器が実用化される時期が相当程度遅れることになる。

7.米国での活動

アメリカはウラン問題に取り組んでいるが,その努力の大部分は,爆弾の製造よりも,動力源としてのウランに関する我々の報告書で述べたようなエネルギーの生産に向けられていると,我々は聞いている。実際,私たちは米国と情報交換をする程度の協力はしており,米国は私たちのために1つか2つの実験的作業を引き受けた。私たちは,235Uを分離する工場をどこに設置するかが最終的に決定されるにせよ,大西洋の両側で開発作業を進めることが重要であり,望ましいと考えている。この目的のために,委員会の一部のメンバーが米国を訪問することが望ましいと思われる。そのような訪問は,この問題を扱っている米国の委員会のメンバーから歓迎されると聞いている。

8. 結論と勧告

(i) 委員会は,ウラン爆弾の計画は実行可能であり,戦争において決定的な結果をもたらす可能性があると考える。

(ii) 委員会は,この作業を最優先し,可能な限り最短時間で兵器を得るために必要な規模を拡大して継続することを勧告する。

(iii) アメリカとの現在の協力関係を継続し,特に実験的研究の分野でそれを拡大すべきである。


写真:MAUD委員会が開催されたバーリントンハウス(Wikipedia MAUD Committeeより)

 [1]The MAUD Report 1941

[2] 放射能・放射線の発見から原爆開発の始まりまで(今中哲二)

2022年2月17日木曜日

アインシュタイン=シラードの手紙

フリッシュ=パイエルズの覚書からの続き 

比較のために,DeepLの助けを借りて訳出してみた(ときどき重要な部分がとばされているので注意が必要)。核分裂連鎖反応に必要なウランは数トンであるという知識の段階で出された手紙である。

連鎖反応は,1933年にレオ・シラード(1898-1964)によって初めて理論的に予言され,1939年に,フレデリック・ジョリオ=キュリー(1900-1958),エンリコ・フェルミ(1901-1954),シラードの3グループによって実験的に検証された。その直後の手紙である。

村上陽一郎が,そのマッチポンプ的な振る舞いに目をつぶっておかしいくらいに美化していたシラードだが,藤永茂が指摘していたように,彼の複合的な野心というものがもろに表現された手紙だと思う。残念ながら,その大半は空振りに終ってしまったが,原爆への道は開かれた。

アルバート・アインシュタイン
オールドグローブ・ロード
ナッソーポイント
ロングアイランド州ペコニック

1939年8月2日

F. D. ルーズベルト
アメリカ合衆国大統領
ホワイトハウス
ワシントンD. C. 

閣下

エンリコ・フェルミとレオ・シラードの最近の研究は,原稿で私に伝えられましたが,私は,ウランという元素が近い将来,新しい重要なエネルギー源になる可能性があると予想しています。このような状況の発生は,米国政府の側で注意深く観察し,必要であれば迅速な行動をとることを要求しているように思われる部分があります。そこで私は,以下の事実と勧告に注意を喚起することが,私の義務であると考えます。

この4ヵ月の間に,フランスのジョリオ,アメリカのフェルミとシラードの研究により,大量のウランで核連鎖反応を起こすことが可能であることが判明しました。これにより,膨大なエネルギーと大量のラジウム元素のような放射性物質が生成されます。現在では,これが近い将来に実現できるということはほぼ確実と思われます。

この現象は,爆弾の製造にもつながり,極めて強力な新型爆弾が製造される可能性があります(絶対ではありませんが)。この種の爆弾を一つ,船で運んで港で爆発させれば,港全体とその周辺の領土の一部を破壊することは大いに可能です。しかしながら,このような爆弾は,空輸するには重すぎることがわかっています。

米国には,中程度の量の非常に質の悪いウランの鉱石しかありません。カナダと旧チェコスロバキアに良質の鉱石がありますが,ウランの最も重要な供給源はベルギー領コンゴです。

このような状況を考えると,米国で連鎖反応を研究している物理学者グループと米国政府との間に何らかの恒常的な接触を維持することが望ましいと思われるでしょう。これを実現する一つの方法は,あなたの信頼が厚く,おそらく非公式な立場で奉仕できる人物にこの仕事を任せることかもしれません。その人の任務は次のようなものです。

a) 政府諸官庁に働きかけ,今後の開発状況を知らせるとともに,米国へのウラン鉱石の供給確保という問題に特に注意を払いながら,政府の対応について勧告を行うこと。

b) 現在,大学の研究所の予算の範囲内で行われている実験的研究を,資金が必要であれば,この目的のために寄付をする意思のある個人との接触を通じて,また,おそらく必要な設備を持つ産業研究所の協力を得ることによって,加速すること。

ドイツは,占領したチェコスロバキアの鉱山からのウランの販売を実際に停止したと聞いています。ドイツのヴァイツゼッカー国務次官の息子がベルリンのカイザーヴィルヘルム研究所に所属しており,そこでアメリカのウランに関する研究の一部が繰り返されていることを考えると,ドイツがこのような早い行動を取った理由が理解できるかもしれません。

本当にありがとうございました。

アルバート・アインシュタイン


写真:アインシュタインとシラードの再現映画のシーン(読書猿Classicから引用)

2022年2月16日水曜日

フリッシュ=パイエルスの覚書

ハイゼンベルグ原子炉からの続き

マンハッタン計画につながったのは,アインシュタイン=シラードの手紙ではなく,フリッシュ=パイエルスの覚書だったということで,その前半をDeepLを使いながら訳してみた。後半は,ウラン235の臨界質量を計算するための物理的なパートである。

オットー・ロベルト・フリッシュ(1904-1979)は叔母のリーゼ・マイトナー(1878-1968)とともに,オットー・ハーン(1879-1968)と学生のフリッツ・シュトラウスマン(1902-1980)のウランへの中性子線照射実験が意味するところを初めて理論的に明らかにし,「核分裂」という言葉を作った科学者である。フリッシュはナチスドイツをのがれて,バーミンガムのルドルフ・パイエルス(1907-1995)のところに身を寄せていた。

原文を読んでみると,ウランの臨界量を除いて非常に正確で重要な内容が,要点をはずさずに簡潔にまとめられていることに驚く。フリッシュやパイエルスはその後,マンハッタン計画に加わり,ウランの正確な臨界量を導くことに成功している。

ウランの核連鎖反応に基づく「超爆弾」の建設について

添付の詳細報告書は,原子核に蓄積されたエネルギーが爆発力の源となる「超爆弾」建設の可能性について述べたものである。この超大型爆弾の爆発で放出されるエネルギーは,1,000トンのダイナマイトの爆発によるエネルギーとほぼ同じである。このエネルギーは小さな体積の中で解放され,その中で一瞬,太陽の内部に匹敵する温度を発生させる。このような爆発の爆風は,広範囲に渡って生物を死滅させることになる。その規模を見積もるのは難しいが,おそらく大都市の中心部をカバーするだろう。

さらに,爆弾が放出するエネルギーの一部は放射性物質の生成に使われ,これらは非常に強力で危険な放射線を放出する。この放射線の影響は爆発直後が最も大きいが,徐々に減衰し,爆発後数日間は被災地に立ち入った人は死亡する。

この放射能の一部は風に乗って運ばれ,汚染を広げ,風下数キロのところで人が死ぬこともある。

このような爆弾を製造するためには,相当量のウランを処理して,天然ウランに約0.7%含まれる軽い同位体(U235)を分離させる必要がある。このような同位体を分離する方法は,最近開発された。しかし,この方法は時間がかかり,化学的性質が技術的な困難をもたらすウランにはこれまで適用されてこなかった。しかし,これらの困難は決して乗り越えられないものではない。大規模な化学プラントの経験が十分でないため,コストについて信頼できる見積もりはできないが,法外なコストでないことは確かである。

これらの超爆弾には,約1ポンド(450g)という「臨界サイズ」が存在するという性質がある。分離したウランの同位体がこの臨界量を超えると爆発するが,臨界量以下であれば絶対に安全である。したがって,爆弾は2つ(またはそれ以上)の部分に分けて製造され,それぞれが臨界サイズより小さく,輸送時にはこれらの部品が互いに数インチ(10cm〜)の距離を保っていれば,早すぎる爆発の危険はすべて回避されるであろう。爆弾には,爆発させようとするときに2つの部品を一緒にする機構が備えられているはずである。部品が結合して臨界量を超えるブロックを形成すると,大気中に常に存在する透過放射線の効果で,1秒かそこらで爆発が開始される。

爆弾の部品を結合させる機構は,臨界条件に達したばかりの時に爆発する可能性があるため,かなり速く作動するように手配しなければならない。この場合,爆発の威力ははるかに弱くなる。これを完全に排除することは不可能だが,このような方法で失敗する爆弾は,例えば100個のうち1個だけであることを容易に確認することができるし,いずれの場合でも爆発は爆弾そのものを破壊するのに十分強力なので,この点は重大ではない。

このような爆弾の戦略的価値について論じる能力はないと思われるが,次の結論は確かなようである。

1 兵器としての超爆弾は,事実上,これを防ぐことができない。爆発の力に対抗できるような材料や構造物はないだろう。もし,この爆弾を要塞(ようさい)線を突破するために使おうと考えるなら,放射性物質のために数日間,誰もその地域に近づくことができず,防御側がその地域を再占領することもできないことを心に留めておく必要がある。いつなら安全に再突入できるかを最も正確に判断できる側が有利となる。これは,爆弾の位置を事前に知っている攻撃側となる可能性が高い。

2 放射性物質が風に乗って拡散するため,多数の民間人を犠牲にすることなく爆弾を使用することは不可能であろう。つまり自国内で使うには適していないのだ。(海軍基地付近での深海爆雷としての使用も考えられるが,その場合でも爆破による大浸水と放射性物質による市民生活の大きな損失が予想される)。

3 同じアイディアを他の科学者も持っているという情報はないが,この問題に関係する理論的データはすべて発表されているので,ドイツが実際にこの兵器を開発していることは十分に考えられる。同位体を分離するためのプラントは,人目を引くような大きさである必要はないので,これが事実かどうかを見極めるのは難しい。この点で参考になるのは,ドイツの支配下にあるウラン鉱山(主にチェコスロバキア)の開発状況や,ドイツが最近海外で購入したウランに関するデータだろう。同位体を分離する最良の方法を発明したK・クルシウス博士(ミュンヘン大学物理化学教授)が工場を管理している可能性が高いので,彼の居場所や状況も重要な手がかりになるかもしれない。

一方,ウラン同位体の分離が超大型爆弾の製造を可能にすることに,ドイツではまだ誰も気づいていない可能性もある。この報告を極秘にすることは極めて重要である。なぜならば,ウランの分離と超大型爆弾の関係を噂されると,ドイツの科学者が正しい考えを持つようになるかもしれないからである。

4 ドイツがこの兵器を所有している,あるいは将来所有することになるという前提で考えるならば,有効で大規模に使用できるシェルターが存在しないことに気づかなければならない。最も効果的な応戦方法は,同様の爆弾による反撃であろう。したがって,たとえこの爆弾を攻撃手段として使用するつもりがないとしても,できるだけ早く,できるだけ迅速に生産を開始することが重要であると思われる。必要な量のウランを分離するのは,最も好ましい状況でも数ヶ月の問題であるから,そのような爆弾がドイツの手にあることが分かってから生産を開始するのでは明らかに遅すぎるし,したがって,この問題は非常に緊急であると思われる。

5 予防措置として,このような爆弾の放射性影響に対処するために,探知部隊を用意することが重要である。危険地帯に測定器を持って近づき,危険の程度と予想される期間を判断し,人々が危険地帯に入るのを阻止するのがその任務である。というのも,放射線は非常に強い場合は即死するが,弱い場合は遅発性であるため,危険地帯の端にいる人は手遅れになるまで警告を受けることができないからである。

探知部隊は,自分自身を守るために,危険な放射線を吸収する鉛板で装甲した自動車や飛行機で危険地帯に入る必要がある。機内は密閉され,汚染された空気を避けるために,酸素はボンベで運ばなければならない。

また,探知員は,人間が短時間に浴びても安全な最大線量を正確に把握していなければならない。この安全限界は現在のところ十分な精度でわかっておらず,この目的のための生物学的研究が早急に必要である。

上記の結論の信頼性については,まだ誰も超爆弾を作ったことがないので,直接の実験に基づくものではないといえるが,最近の核物理学の研究により,非常にしっかりと確立された事実に基づいていることがほとんどである。唯一の不確定要素は,原爆の臨界サイズに関するものである。私たちは,臨界サイズはおよそ1ポンドかそこらだと確信しているが,この推定には,まだ確証の得られていないある理論的な考え方に頼らざるを得ない。もし臨界サイズが私たちが考えているよりかなり大きければ,爆弾の製造方法に関する技術的な困難はさらに増すことになる。この問題は,少量のウランを分離した時点で明確に解決することができ,問題の重要性に鑑み,少なくともこの段階に到達するために直ちに措置を講じるべきだと考えている。


写真:バーミンガム大学の記念碑(Wikipediaより引用)

[1]The Frisch-Peierls Memorandum (Stanford University)

[2]Report by the M. A. U. D.  Committee on the use of the Uranium for a Bomb

2022年2月15日火曜日

イプシロン作戦

コペンハーゲンからの続き

 第2次世界大戦中のコペンハーゲンにおけるハイセンベルクとボーアの対談の意味を考えるために,ナチスドイツ敗戦後のイギリスのファーム・ホールにおける会話がしばしば取り上げられる。Wikipediaは英語版しかないので,簡単に紹介すると,

イプシロン作戦とは,第二次世界大戦末期に連合軍が,ナチスドイツの核開発計画に携わっていたと思われるドイツ人科学者10人を拘束した計画のコードネームである。科学者たちは,1945年5月1日から6月30日にかけて,連合軍がアルソス作戦の一環として主にドイツ南西部の大捜索を行った際に捕らえられた。

1945年7月3日から1946年1月3日まで,イギリス・ケンブリッジ近郊のゴッドマンチェスターにあるファームホールという盗聴器付きの家に収容され,彼らの会話を聞くことでナチスドイツがどれだけ原子爆弾の製造に近づいていたかを調べることが最大の目的であった。

 1945年8月6日、広島に原爆が投下されたことを知らされた科学者たちは,みな衝撃を受けたという。中には,その報告が本物かどうか,まず疑う者もいた・・・そして,アメリカの爆弾はどのように作られたのか,なぜドイツは爆弾を作らないのか,について考えた。

この記録は,物理学者,特にハイゼンベルクが,原子爆弾に必要な濃縮ウランの量を過大評価していたか,意識的に過大評価していたこと,ドイツのプロジェクトはせいぜい原子爆弾の仕組みについて考える,ごく初期の理論段階にあったことを示しているようだ。


写真:Farm Hall at Godmanchester(Wikipediaより引用)

2022年2月14日月曜日

コペンハーゲン

ライプチヒ実験炉事故からの続き

1942年6月のライプチヒ実験炉事故の1年前に遡る。ハイゼンベルグは,1941年から1944年にかけて,ドイツの占領地であったヨーロッパの各地をドイツ文化宣伝局の代表として訪ずれている。そのひとつに,1941年9月,コペンハーゲンのニールス・ボーアへの訪問があった。

ベルンシュタインによる,Hitler's Uranium Club には次のような記載がある。

9月16日の夜,ボーアとハイゼンベルグは個人的な会談を行った。この会談の意図と内容は、今でもこの歴史の中で最も議論の多い出来事の一つである。ひとつだけ確かなことがある。ボーアはこの会談から非常に動揺して帰ってきた。ハイゼンベルクはボーアに対して核兵器の可能性を提起したようである。何のためかは全く不明である。ハイゼンベルグが何を意図していたにせよ,ボーアにはドイツが原子爆弾の研究をしているという印象が残ってしまった。

この謎の多い会談をとりあげたのが,マイケル・フレインに よる戯曲「コペンハーゲン」だ。2000年にブロードウェイで初上演され,その翌年には日本の新国立劇場にかかっている。登場人物は3名だけ。ニールス・ボーア(1885-1962)と妻のマルガレーテ・ボーア(1890-1984)とヴェルナー・ハイゼンベルク(1901-1976)だ。

実際には,ボーアと会ったのは,ハイゼンベルクとカール・フリードリヒ・フォン・ワイツゼッカー(1912-2007)であり,ハイゼンベルク=ボーア会談を提案して主導したのはワイツゼッカーだという証言もある。ワイツゼッカーは,会談の結果をナチ軍部に報告している。


写真:コペンハーゲンのニールス・ボーア研究所(Niels Bohr Institute より引用)

2022年2月12日土曜日

ライプチッヒ実験炉事故

ハイゼンベルグ原子炉からの続き

 ナチスドイツの原爆開発については,まじめに学んだことがなかった。優秀な科学者の多くが英米に亡命してしまい,残されたのはハイゼンベルクやハーンなどわずかであり,ノルウェーの重水工場が連合国によって破壊されたために,完全に頓挫していたというイメージだけだった。

実際には,兵器としての原子爆弾開発にはほど遠い状況だったが,原子炉での連鎖反応については,実験炉での検証が何ヶ所かで進んでいた。その一つがハイガーロッホ炉だったが,もうひとつがライプチヒ実験炉だった。

なぜ,政池さんらの日本物理学会誌のハイガーロッホ炉の記事に,ハイゼンベルグ原子炉という名前がついていたかというと,ハイゼンベルグ自身がその開発に関与していたからだ。ライプチヒ実験炉で起こった世界初の原子炉災害は,Wikpediaによれば次のようなことだった。

1942年6月23日,ナチスドイツのライプチヒで,実験用の初期型原子炉L-IVが水蒸気爆発と原子炉火災という史上初の原子力事故を引き起こした。

ヴェルナー・ハイゼンベルクとロベルト・デッペルが開発したライプチヒL-IV原子炉は,ドイツで初めて中性子伝播の兆候を示した直後,重水漏れの可能性をチェックすることになった。その際,空気が漏れて中のウラン粉に引火した。燃焼したウランがウォータージャケットを沸騰させ,原子炉を吹き飛ばすのに十分な蒸気圧を発生させた。燃えたウラン粉は研究所中に飛び散り、施設内でより大きな火災を引き起こした。

これは,運転開始から20日後,ガスケットに気泡ができたため,ヴェルナー・パッシェンがデッペルの要請で装置を開けたときに起こった。光るウラン粉が6メートルの天井に飛び,装置は1000度まで加熱された。ハイゼンベルクは助けを求められたが,なす術が無かった。

それ以後,ハイゼンベルグは原子炉の実験から手を引いている。まあ,世界初のシカゴ原子炉実験を成功させたフェルミのような特別な人でなければ,ハイゼンベルグといえども理論家には難しい課題だった。ハイゼンベルグはその後,1942年9月にS行列の理論3部作を発表する。これはこれですごいことなのだった。


写真:ライプチッヒ実験原子炉(Nazi Nuclear Research より引用)

[1]ドイツの原子爆弾開発German nuclear weapons program(注:Wikipedia日本語版はかなり内容が薄い)

[2]ノルスク・ハイドロ重水素工場破壊工作

[3]Why Hitler Did Not Have Atomic Bombs(Journal of Nuclear Engineering)


ハイゼンベルグ原子炉

 レオ・シラード(1898-1964)がアインシュタイン(1879-1955)を使って,米国大統領のフランクリン・ルーズベルト(1882-1945)に宛てた原爆開発を進言する手紙を書いたのは1939年だった。これを発端とし,1940年のフリッシュ=パイエルスメモが契機となって,1942年に原爆開発のためのマンハッタン計画がスタートする。

当時のシラードや,同じハンガリー出身のユダヤ系である仲間のユージン・ウィグナーエドワード・テラー(いずれも原子核物理で毎日のように彼らの成果を使っていた)は,ナチス・ドイツが先に原爆開発に成功して,これを手にすることを極度に恐れていた。しかし,第2次世界大戦後,ナチス・ドイツの科学者達はとてもその域には達していなかった。というのが自分の理解であった。

物理学会誌をまじめに読んでいたら,そうではないことに気がついていたはずだ。2014年の記事「ハイゼンベルグ原子炉の謎」では,政池明さんと岩瀬広さんが,ドイツ南西部のハイガーロッホにあった重水炉であるハイガーロッホ炉のことを書いていた。天然ウランによる中性子の連鎖反応は起こっていたが,臨界に達することはなかった。しかし,円筒形の炉心の直径と高さを建造時の124cmから132cmにするだけで,ウランの量はそのままで臨界に達するというシミュレーション結果を得ている。

もちろん,原子炉が臨界に達しただけでは原子爆弾にはつながらないが,重水炉ではプルトニウムの生産効率も高いため,ウランの濃縮設備なしで核兵器の材料を作ることができたわけだ。


写真:復元されたハイガーロッホ炉(Wikipedia/de Atomkeller-Museum より引用)

2022年2月11日金曜日

高取城

 晴れた祝日だったので(まあ年がら年中休日だらけかもしれないが)高取城に行くことになった。自宅のベランダからは標高583mの高取山が見えているが,その山頂の山城だ。車で40分南に走ると明日香の先に高取町の古い町並みがある。

無料の観光駐車場から高取城までは,3km弱で440mほど登ることになる。この数字だけをみると簡単そうに見えるが,約2時間の山道は日ごろの鍛練を怠っている高齢者にはかなりハードな行程だった。きつい勾配にもかかわらず,キャッキャとはしゃぐ子供たちが横を駆け抜けていく。

高取城は日本三大山城のひとつだが,テレビでも日本最強の城として紹介されることが多い。竹田城にはバスで上ったことがあるが,なぜ三大山城にはいっていないのだろう?城郭の面積だけならば,どちらも同じくらい広いような気がする。

明治20年の高取城の写真が残っていて,これはWikipediaでもみられる。明治の版籍奉還によって,全国の城は兵部省の管轄になり,さらに陸軍省に引き継がれる。明治6年に廃城令が出され,陸軍が軍用として使用する城郭陣屋と,大蔵省に引渡し売却用財産として処分する城郭陣屋に区分された。この過程で,高取城を含む多くの城は廃城となった。


写真:高取城の本丸付近(撮影 2022.2.11)

2022年2月10日木曜日

WHOのデータ

 WHOによる,COVID-19における世界各国地域別の感染者・死者数日別データをjson形式で取り込んでいたが,形式が変わったのか読み込めなくなってしまった。jsonの形を再び分析する気にならなかったので,探してみるとWHO Coronavirus (COVID-19) DashboardにCSVデータが見つかった。

データ形式をころころ変えるのはやめてほしい。これが日本だと,URLごとデータが消えてしまうので,それよりはましかもしれない。これまでのコードを生かしながら,修正プログラムを作った。

#!/usr/bin/perl
# 02/10/2022 K. Koshigiri
# usage: covid.pl 2022/02/22 3
# extract 3 days' data from 2022/02/22
# original data = https://covid19.who.int/page-data/table/page-data.json
# data https://covid19.who.int/WHO-COVID-19-global-data.csv

use Time::Local 'timelocal';
\$in = "whox";
\$out = "who-dat.csv";
\$cvd = "https://covid19.who.int/WHO-COVID-19-global-data.csv";

(\$sec, \$min, \$hour) = (0,0,0);
(\$year, \$month, \$day) = split '/', \$ARGV[0];
\$epochtime = timelocal(\$sec, \$min, \$hour, \$day, \$month-1, \$year-1900)+32400;

system("lynx -source \$cvd > \$in");

open(OUT,">\$out");
  print OUT "Date, Country Code, Country, Region Code, Confirmed, Cumulative Confirmed, Deaths, Cumulative Deaths \n";

  for (\$i=0; \$i<\$ARGV[1]; \$i++) {
    \$ut=\$epochtime+86400*\$i;
    {\$sec, \$min, \$hour, \$day, \$month, \$year) = gmtime(\$ut);
    \$year += 1900;
    \$month += 1;
    if(\$month < 10) {
      \$ym = "\$year-0\$month";
    } else {
      \$ym = "\$year-\$month";
    }
    if(\$day < 10) {
      \$dt = "\$ym-0\$day";
    } else {
      \$dt = "\$ym-\$day";
    }
    print "\$dt\n";

    open(IN, "<\$in");
    while() {
        if(/\$dt/) {
          print OUT;
       }
     }
    close(IN);
  }
close(OUT);


2022年2月9日水曜日

乗法的積分

新型コロナウィルス感染症のオミクロン株の感染者数を見ている。かつては,実行再生産数が話題になることが多かった。いまは,前週との感染者数の比較によって増加や減少の傾向が議論されている。その場合でも,指数関数的(等比級数的)な振る舞いかどうかをみるには,曜日による変動を除くために,前週の感染者数との比率が重要になる。

例えば,東京と大阪の各曜日の前週に対する感染者数比率の相乗平均を週ごとに計算してプロットすると次のようになる。増加率のピークで6倍になったのは1月の初旬である。この比率は1.0に近づいているので,感染者数のピークアウトがそろそろ視野に入ってきた。


図:東京・大阪の感染者数前週比の推移

この比率関数のモデル化が容易ならば,逆算して一日当たり感染者数関数を求めることができる。もっとも,大阪維新によって破壊されている行政統計は出鱈目なので,そもそも意味があるかという問題は残るのだが。

さて,増加比率$r(t)$からもとの関数$f(t)$を求める問題を$f(t+h)/f(t) =r(t)^h$と定式化した。$\lim h \rightarrow 0$で両辺は1になる。この両辺の対数をとると,$\log f(t+h) - \log f(t) = h \log r(t)$ であるから,$\lim_{h \to 0} \dfrac{\log f(t+h) - \log f(t) }{h} = \dfrac{d}{dt} \log f(t) = \log r(t) $ が得られる。

これから,$\log f(t) = \int_c^t \log r(t') dt'$ となり,$f(t) = e^{\int_c^t \log r(t') dt'}$ が得られる。適当な関数を使って試してみたが,比率のピーク関数を時間方向に対称にとれば,感染者数の関数は対称ではなく,後方に広がるといった程度の定性的なイメージしか得られなかった。

ところが,こうした関数の比率についての解析的な議論は,乗法的積分のうちの幾何積分としてすでに知られていることがわかった。数列の和から普通の積分が導かれるように,数列の積から乗法的積分が得られるのだった。なるほど,数学の奥は深い。