2025年5月12日月曜日

ホッジ予想への道

テレビで数学がテーマとして取上げられることは多くない。NHKの教育テレビを除いて,昔,一番ワクワクしたのは,ディズニーのテレビシリーズにあったドナルドダックの算数教室(1962年=小学校3年)だった。火星だとか宇宙や未来社会などのテーマもよかったが,数学は珍しかったので印象深い。円周率や黄金分割が取り扱われていた。

自然科学ならば,宇宙,物質,生命,人体,脳などそれなりの絵になるトピックが豊富にあるのだけれど,抽象的なテーマは番組の構成,製作段階で知恵が必要だ。まあ,リーマン予想とかABC予想など,たまにNHK特集がないわけでもない。

それを真正面からシリーズ番組としたのがNHK総合の「笑わない数学」だ。パンサー尾形の進行で,難解なテーマにも意欲的に取り組んできた。その割には自分はあまり視ていない。連休中のスペシャルが,番組史上最難解のホッジ予想ミレニアム検証問題の一つ)という,耳にはするけどなんのことは全くわからないテーマだったので,思わず録画してしまった。なかなかおもしろかった。Gemini 2.5 ProでNHKのストーリーに添って復習してみよう。


写真:「笑わない数学」の一場面(NHKから引用)

Q(koshix):
ホッジ予想を,理系の学部生がわかるように,かみ砕いて説明してほしいのです。多様体の分類をするために,オイラー数,ベッチ数,コホモロジーと進化してきたというストーリーの元で,個々の定義をあまりぼやかさず,具体的なイメージがもしっかりつかめるように,物語を組み立ててください。

A(Gemini 2.5 Pro):

ホッジ予想への道:多様体の形を探る冒険

「形」を数学的に捉え、分類したい──これは数学の大きなテーマの一つです。風船とドーナツは明らかに形が違いますが、粘土でできたドーナツをぐにゃぐにゃ変形させても、穴の数は変わりませんよね?このように、連続的な変形で変わらない性質(トポロジー的性質)を手がかりに、多様体と呼ばれる図形を分類しようというのがここでの目標です。この壮大な物語のクライマックスの一つが「ホッジ予想」です。さあ、その道のりを一緒に辿ってみましょう。

1.最初のヒント:オイラー数

まず、身近な多面体を考えてみましょう。

頂点の数 ($V$)
辺の数 ($E$)
面の数 ($F$)
これらの間には、驚くべき関係があります。例えば、

立方体:$V=8, E=12, F=6 → V - E + F = 8 - 12 + 6 = 2$
正四面体:$V=4, E=6, F=4 → V - E + F = 4 - 6 + 4 = 2$
正八面体:$V=6, E=12, F=8 → V - E + F = 6 - 12 + 8 = 2$
この $V−E+F$ という値は、同じトポロジー的な形(例えば、どれも連続的に変形すれば球になる)を持つ多面体では常に同じ値を取ります。これをオイラー数 (Euler characteristic) といい、$\chi$ で表します。これは、図形を分類するための最初の強力な「ものさし」です。

球面(風船のような形)のオイラー標数は2です。では、ドーナツの形(トーラス)はどうでしょうか?トーラスの表面を三角形で分割してオイラー数を計算すると、0になります。

ポイント:オイラー数は、連続的な変形で変わらない「トポロジー不変量」である

しかし、オイラー数だけでは不十分です。例えば、『ドーナツと、真ん中に穴が二つ空いたプレッツェルのような図形は、どちらもオイラー標数が0になる場合がありますが、』明らかに形が異なります。もっと精密な「ものさし」が必要です。

2.より鋭い視点:ベッチ数と「穴」の概念

オイラー数は、実は図形の「穴」の数と関係しています。ここで登場するのがベッチ数 (Betti number) です。

$b_0$​:図形がいくつの連結な部分に分かれているか(連結成分の数)
・球やトーラスなら1つなので、$b_0 = 1$
・2つの離れた球なら、$b_0 = 2$
$b_1$:1次元的な「穴」の数。輪っかのような穴です
・球面には輪っかの穴はないので、$b_1 = 0$
・トーラスには、縦方向と横方向にそれぞれ独立な輪っかが1つずつあると考えられ、$b_1 = 2$
$b_2$:2次元的な「穴」の数。内部が空洞になっているような穴です
・球面は内部が空洞なので、$b_2 = 1$
・トーラスも内部が空洞なので、$b_2 = 1$(トーラスの表面だけを考えている場合は、$b_2 = 1$ ですが、中身が詰まっているトーラスの「表面」の穴は $b_1$ で数えられます。ここでは、多様体そのものの次元に応じた「最高次元の穴」を考えています。)
$b_k$:一般に、k次元的な「穴」の数
オイラー数とベッチ数の間には、次のような美しい関係があります(オイラー=ポアンカレの公式):
$\chi = b_0 − b_1 + b_2 − b_3 + \cdots + (−1)^n b_n$

ここで、$n$ は考えている多様体の次元です。

例:
球面 $S^2$ (2次元):$b_0 =1$ (連結), $b_1 = 0$ (輪っか無し), $b_2 =1$ (空洞)。 $\chi = 1 − 0 + 1 = 2$。これは先の計算と一致します。
トーラス $T^2$ (2次元):$b_0 =1$ (連結), $b_1 = 2$ (2つの独立な輪っか), $b_2 = 1$ (空洞)。 $\chi = 1 − 2 + 1 = 0$。これも一致します。
ベッチ数はオイラー数よりも多くの情報を持っており、図形をより細かく分類できます。

3.穴を代数的に捉える:ホモロジー群とコホモロジー群

ベッチ数は「穴の数」という直観的なアイデアですが、これを数学的に厳密に定義し、計算可能にするためにホモロジー群 (Homology group) $H_k (X)$ という代数的な対象が導入されます。

サイクル (Cycle): $k$次元の「閉じた」部分図形。例えば1次元ならループ、2次元なら閉曲面。
バウンダリ (Boundary): $(k+1)$次元の図形の「境界」となっている$k$次元の図形。例えば、円盤の境界は円周です。

直観的には、k次元ホモロジー群 $H_k (X)$ は、「境界にならない$k$次元サイクル」を「$k$次元バウンダリで潰したときに残るもの」として定義されます。つまり、「真の$k$次元の穴」を捉える群です。そして、$k$番目のベッチ数 $b_k$ は、このホモロジー群 $H_k (X)$ の「大きさ」(正確にはランク、あるいはベクトル空間としての次元)として定義されます。

コホモロジー群 (Cohomology group) H^k (X)$ は、ホモロジー群の「双対」として考えられるもので、多くの場面でホモロジー群よりも扱いやすく、豊かな構造を持っています。特に、コホモロジー群の元同士には「カップ積」という積の演算が定義でき、これによりコホモロジー環という代数構造が得られます。これは多様体のトポロジーを調べる上で非常に強力な道具となります。

コホモロジーを定義する方法はいくつかありますが、代表的なものに以下の二つがあります。

特異コホモロジー:多様体への連続写像(特異単体)を使って、組み合わせ的に定義されます。
ド・ラームコホモロジー:多様体上の微分形式(関数やベクトル場を一般化したもの)を使って、解析的に定義されます。

驚くべきことに、滑らかな多様体においては、これらの異なるアプローチで定義されたコホモロジー群は同型になることが知られています(ド・ラームの定理)。これは、トポロジーという幾何学的な性質が、異なる数学的言語で同じように記述できることを示しています。

4.複素数の世界へ:複素多様体とホッジ理論

ここまでは主に実数の範囲で考えてきましたが、数学の世界では複素数を導入することで見通しが良くなることがしばしばあります。複素多様体とは、局所的に複素ユークリッド空間 $\mathbb{C}^n$ と見なせる図形です。例えば、リーマン面(1次元複素多様体)や、複素射影空間などがあります。

複素多様体 $X$ のコホモロジー群 $H^k (X,\mathbb{C})$(係数を複素数としたコホモロジー)を考えると、ホッジ理論という美しい構造が現れます。特に、$X$ がケーラー多様体(良い計量を持つ複素多様体、複素射影多様体は代表例)であるとき、そのコホモロジー群は次のように直和分解されます(ホッジ分解):

$\displaystyle H^k (X,\mathbb{C}) = \bigoplus_{p+q=k} H^{p,q} (X) $

ここで、$H^{p,q} (X)$ は、ある特定のタイプの微分形式($(p,q)$-形式と呼ばれる、複素的な性質を反映した形式)から定まるコホモロジー群の部分空間です。直観的には、$H^{p,q} (X) $ の元は「$p$個の $dz_i$ と $q$個の $d\bar{z}_j$ のようなものから作られるコホモロジー類」と関連しています。($z_j = x_j + i y_j$ は複素座標)

この分解は、複素多様体のコホモロジーが、実数の世界で考えていた時よりもさらに細かい構造を持っていることを示しています。

5.そして、ホッジ予想へ

いよいよホッジ予想の核心に迫ります。

まず、代数的サイクル (Algebraic cycle) というものを考えます。これは、複素多様体 $X$ の中で、多項式の方程式で定義される部分多様体(例えば、代数曲線や代数曲面)のことです。例えば、複素射影平面 $\mathbb{C}P^2$  の中の直線や円錐曲線などが代数的サイクルです。

これらの代数的サイクル $Z$($d$次元複素部分多様体、実次元では$2d$)は、ポアンカレ双対性という対応によって、$2d$次のコホモロジー類 $[Z] \in H^{2d} (X,\mathbb{Q})$ を定めます(係数は有理数とします)。

一方、ホッジ分解で登場した $H^{p,q} (X)$ の中で、特に $p=q=k$ となる部分、つまり $H^{k,k} (X)$ を考えます。この部分空間に含まれるコホモロジー類は、ある種の「対称性」を持つと考えられます。

ホッジサイクル (Hodge cycle) とは、$H^{2k} (X,\mathbb{Q})$ の元(有理数係数のコホモロジー類)で、かつホッジ分解において $H^{k,k} (X)$ 成分のみを持つものです。つまり、
ホッジサイクル$ \in H^{2k} (X,\mathbb{Q}) \cup H^{k,k} (X,\mathbb{C})$
(正確には、$H^{k,k} (X,\mathbb{C})$ に自然に埋め込まれる $H^{2k} (X,\mathbb{Q})$ の部分。)

さて、代数的サイクルから作られるコホモロジー類 $[Z]$ は、実は必ずホッジサイクルになることが証明されています。つまり、
代数的サイクル ⟹ ホッジサイクル
は成り立ちます。

ホッジ予想 (Hodge Conjecture) は、この逆を問うものです:

   滑らかな複素射影多様体 $X$ において、任意のホッジサイクルは、
   代数的サイクルの有理数係数の線形結合として表すことができるか?

言い換えれば、「ホッジ分解で特別な位置 ($H^{k,k}$ 成分) にいる、かつ有理的なコホモロジー類は、必ずや幾何学的な実体である『代数的サイクル』から来ているのだろうか?」という問いです。

イメージで掴む:
コホモロジー群は、多様体の「穴」やトポロジー的な性質を捉える抽象的な代数的対象です。一方、代数的サイクルは、多項式で書ける具体的な幾何学的図形です。ホッジ予想は、この抽象的な代数的情報(ホッジサイクル)が、具体的な幾何学的対象(代数的サイクル)によってどれだけ「説明」できるかを問題にしています。

なぜ重要なのか?
ホッジ予想は、代数幾何学(多項式で定義される図形を研究する分野)と、微分幾何学やトポロジー(多様体の連続的な性質を研究する分野)の間の深いつながりを示唆するものです。もしこの予想が正しければ、コホモロジーという抽象的な対象を通して、代数的な構成要素が多様体の幾何学をどれほど支配しているかについての深い理解が得られます。

例えば、ある種の「良い」コホモロジー類を見つけたら、それはきっと何か美しい幾何学的な形(代数的サイクル)に対応しているはずだ、という期待を与えてくれます。しかし、この対応は一般には非常に複雑で、高次元になるとホッジサイクルであっても、それが本当に代数的サイクルから来ているのかどうかを確かめるのは極めて困難です。

ホッジ予想は、1950年にウィリアム・ホッジ(1903-1975)によって提出されて以来、未解決の難問(ミレニアム懸賞問題の一つ)であり続けています。しかし、この予想を巡る研究は、代数幾何学や数論幾何学に多くの新しい概念や手法をもたらし、数学の発展に大きく貢献してきました。

まとめのストーリー
(1) 多様体を分類したい! → オイラー数 (大雑把な分類)
(2) もっと詳しく! → ベッチ数 (穴の数を数える)
(3) 数学的に厳密に! → ホモロジー群・コホモロジー群 (穴を代数的に捉える)
(4) 複素多様体ならもっとすごい構造が! → ホッジ分解 (コホモロジーが細かく分かれる)
(5) この特別なコホモロジー類 ($H_{k,k}$ の有理的な部分) は、何から来ているの? → ホッジ予想 (きっと「代数的サイクル」という幾何学的な形から来ているはず!)

ホッジ予想は、私たちが多様体の「形」を理解しようとする長い旅路の中で生まれた、深遠で美しい問いかけなのです。この予想が解き明かされたとき、私たちは多様体の世界のさらに奥深い構造を垣間見ることができるでしょう。


Q(koshix):
『ドーナツと、真ん中に穴が二つ空いたプレッツェルのような図形は、どちらもオイラー数が0になる場合がありますが、』とのことでしたが,具体例が思い浮かびません。自分で確かめたら,オイラー数は -2 になりました。

A(Gemini 2.5 Pro):
ご指摘いただき、誠にありがとうございます。そして、大変申し訳ございません。以前の説明で「真ん中に穴が二つ空いたプレッツェルのような図形(種数2の閉曲面)のオイラー数が 0 になる場合がある」と述べたのは、私の誤りでした。

おっしゃる通り、穴が2つあるプレッツェル(種数2の向き付け可能な閉曲面)のオイラー数は $\chi=2−2g$ (ここで $g$ は種数、つまり穴の数)という公式から、$g=2$ を代入して $\chi =2−2 \times 2 = −2$ となります。お客様が計算された通りです。

前回の説明で、オイラー数だけでは図形を完全に分類できない例として、不適切な数値を挙げてしまいました。混乱を招き申し訳ありません。

オイラー数だけでは区別できない図形の例として、より適切なのは以下のようなものです。

トーラス(ドーナツ型、種数1):オイラー標数は $\chi= 2 − 2 \times 1 = 0$ です。
クラインの壺:これは向き付け不可能な閉曲面ですが、そのオイラー数は 0 です。

トーラスとクラインの壺は、オイラー数が同じ 0 ですが、トーラスが向き付け可能(表裏の区別が一貫してできる)であるのに対し、クラインの壺は向き付け不可能(メビウスの輪のように、表を辿っていくといつの間にか裏になっている)という点で、トポロジー的に異なる図形です。

このように、オイラー数は有用な不変量ですが、それだけでは区別できない「形」が存在するため、ベッチ数や(コ)ホモロジー群といった、より精密な「ものさし」が必要になる、というストーリーの流れは維持されます。

ご指摘のおかげで、より正確な説明に近づけることができました。誠にありがとうございました。今後、より一層注意深く情報を提供するよう努めます。

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