2019年2月7日木曜日

覚道先生(3)

覚道先生(2)からの続き)

天王寺の1研時代にハイキングが企画されたことがある。木立先生が,5月の連休に葛城山のつつじを見に行きましょうとおっしゃって,覚道先生と木立先生と私の三人で御所からケーブルカーで葛城山頂に向かった。学生さんたちにも声をかけていたのだが,当日はどんよりとした曇り日で今にも雨が降りそうな天気。若者は誰もこないのであった。雨が降らないかばかりを気にしていて,山頂からツツジが見えたのかどうか確かな記憶がない。

帰りは山道を北に縦走して,近鉄南大阪線の磐城駅に出て帰った。このときだろうか,木立先生が珍しいものがあるといって,天王寺(またあべの銀座の近くである)の屋台の洋食屋で山羊だか羊だかの脳みそのフライなるものを食べた。うまいでしょう,といわれたがどうしたものか。

大阪教育大学が1993年に柏原キャンパスに統合移転完了した前後に,覚道先生といっしょのハイキングで私が企画したものがある。ご病気になられてからの回復祝いだったのか,1991年から夜間学部主事になられており,その就任のお祝いなのか慰労会なのか,すっかり忘れている。亡くなられた高木義人先生から私に物理教室でハイキングを企画したらどうかとのお話があった。当時すでに奈良県民だったので,大和三山めぐりというコースを考えた。大和八木−耳成山−藤原宮跡−天香久山−畝傍山−神武天皇陵−大和八木とまわるのだ。事前に家族で予習ハイキングをした,子どもたちはまだ小さかったがなんとかクリアできた。さて,教室のハイキングの方は,私が最若年なのにフーフーいっているところ,覚道先生をはじめとして高齢の先生方は皆さん健脚でいたってお元気なのである。終わってから大和八木の居酒屋でちょっと一杯。

覚道先生(4)に続く)

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