2022年11月8日火曜日

世阿弥の佐渡状

NARASIAからの続き

なら歴史芸術文化村の文化財修復・展示棟地下では,「奈良県指定の文化財」という特集展示があった。奈良県の国宝・重要文化財の数は1311件で,東京都(2729件),京都府(2144件)についで,全国3位。なお,彫刻と建物では全国1位だ。奈良県の国宝・重要文化財のほぼ半分の614件は奈良市にあり,次は斑鳩町の220件,3番目が天理市110件となっている。

今回の特集は,奈良県指定文化財の展示であり,最後のコーナーに世阿弥(1363-1443)が配流されていた佐渡から金春大夫に宛てて送った「宝山寺観世世阿弥能楽伝書 佐渡状」が展示されていた。生駒市の寶山寺の所蔵品。

本文末に「不思議ノゐ中ニテ候間、料紙ナンドダニモ候ワデ、聊爾ナルヤウニカ思シ召サレ候ラン。(信じられぬほどの田舎の島で,この通りろくな紙もありはせぬゆえ,無礼なと思われるかもしれません)」とあるように,薄く粗末な紙にしたためられていた。

この手紙は世阿弥の絶筆ともいわれている足利義満(1358-1408)には重用されていたはずの世阿弥がなぜ佐渡に流されてしまったのか。足利義持(1395-1423)のときに冷遇が始まり,足利義教(1394-1441)の時代にはついに都を追われてしまう。世阿弥の甥の音阿弥(1398-1468)との権力闘争に敗れてしまったか。その義教も最後は暗殺されている。

世阿弥は大和結崎座の出身。奈良県川西町にある近鉄橿原線の結崎駅は,毎朝の散歩コースの南西限界に位置する。このあたりが観世能の発祥の地だ。なんとか,大河ドラマで取り上げてほしいリストに追加されないか。もう,戦国時代と徳川幕府と明治維新はうんざりなんです。


写真:世阿弥の佐渡状(生駒市デジタルミュージアムから引用)

[2]補厳禅寺納帳(奈良県田原本町)
[4]世阿弥北川忠彦

0 件のコメント: