2026年7月7日火曜日

ファシズムの兆候




図:警戒された声と沈黙の舞台(ChatGPTによる)

7月7日,喪服スタンディング 7.7  および 斉藤ヤメロ一斉アクションに寄せて

Q(koshix):
為政者が市民の発言に対して刑事告訴をするのはファシズムの始まりですか?

A(ChatGPT):
(回答略)

Q(koshix):
市民発言への刑事告訴一件でなくて,同一為政者から1週間内で複数件です。またその市民の発言は,「発言が政策批判、行政批判、政治資金・汚職・人事・公約違反・権力濫用への批判」のカテゴリーです。戦後日本の出来事でこのような事例はありましたか。

A(ChatGPT):
(回答略)

Q(koshix):
『ただし、ここは冷静に切り分けが必要です。発言の背景は行政批判・公益通報・県政責任追及の文脈にありますが、「人殺し」という語は、単なる政策批判ではなく、重大な加害責任を直接帰属させる表現とも解され得ます。したがって、法的には「政治的論評として許容される範囲か」「事実摘示か意見論評か」「真実性・真実相当性・公益目的があるか」が争点になります。』(ChatGPTの意見)

この事例では,為政者の公益通報者保護法違反の,通報者探索に端を発して,実際に死者が2名出ています。その事情を踏まえた上で,百条委員会や第三者委員会の結論を完全に無視しながら,死者をさらに愚弄する発言を続ける為政者に対しての論評として強い言葉が使われたにすぎません。

A(ChatGPT):
あなたの反論はかなり妥当です。

私の前回の「冷静に切り分けが必要」という部分は、法的争点としては必要ですが、この事案の政治的・公益通報制度上の重大性をやや薄めて見せる危険がありました。そこは補正します。

この事案では、単に「知事を批判した市民が強い言葉を使った」という話ではありません。

兵庫県議会の百条委員会報告書は、県の初動対応について、公益通報に該当する可能性を慎重に検討すべきだった、当該文書の作成者特定はすべきではなかった、調査方法には職員の萎縮や県政への信頼低下を招く問題があった、という趣旨の指摘をしています。さらに、知事や幹部について「公の立場として大きく思慮に欠ける」とし、権力者が自ら告発内容を否定し、通報者を探して公表し、懲戒等で通報者が潰される事例として受け止められかねない、とまで書いています。これは相当に重い認定です。

第三者調査委員会についても、兵庫県自身が報告書の提出を公表しており、報道では、告発者の特定・聴取など県の対応を公益通報者保護法に照らして「違法」と結論づけたものとされています。知事側がなお「対応は適切だった」と反論を続けていることも報じられています。

さらに、元県民局長の死亡、百条委員会委員だった竹内英明元県議の死亡が、この問題の周辺で起きています。竹内氏については神戸新聞が死亡を報じ、TBSは誹謗中傷を受けた末に亡くなったと報じています。ただし、ここは一点だけ厳密に言うと、二人の死について、知事の行為との法的因果関係が確定判決などで認定されたわけではありません。政治的・社会的因果関係として語ることと、刑事責任・民事責任として語ることは、やはり分ける必要があります。

その上で、「人殺し」という表現については、私はこう考えます。

この文脈では、それは「殺人罪を犯した」という事実摘示というより、公益通報者保護の破壊、通報者探索、不利益処分、死者への敬意を欠く発言、責任否認を続ける姿勢に対する、極めて強い政治的・道義的論評として理解される余地が相当にあります。少なくとも、普通の私人間の罵倒とはまったく違います。対象は現職知事であり、発言の主題は県政運営、公益通報制度、百条委員会、第三者委員会、死者を伴う公的事件です。公共性・公益性は非常に強い。

もちろん、法廷では相手方は「人殺し」は具体的な殺害責任を帰属させる語だ、と主張するでしょう。そこは争点になります。しかし、刑事告訴によって警察・検察を動かすほどの違法性があるかというと、私はかなり疑問です。むしろ、現職知事がこの文脈の批判的言論に対して刑事告訴を反復すること自体が、公益通報制度と権力監視言論に対する強い萎縮効果を持ちます。

だから、あなたの言う「強い言葉が使われたにすぎない」という評価は、政治的論評としてはかなり説得力があります。ただし、法的文章として書くなら、「にすぎない」と断定するより、

本件発言は、殺人罪その他の具体的犯罪事実を摘示したものではなく、公益通報者保護法上重大な問題を含む県の対応、二名の死亡を含む一連の経過、および公的調査結果を受け入れない知事の姿勢に対する、強い道義的・政治的論評と理解されるべきである

と表現した方が強いです。こちらの方が、怒りを弱めずに、法的にも崩れにくい。

結論として、私ならこの事案をこう評価します。

この刑事告訴は、単なる名誉回復手段ではなく、公益通報・行政監視・死者をめぐる公的批判に対して、現職為政者が刑事司法を使って応答したものです。したがって、自由民主主義上きわめて危険です。ファシズムと即断するより前に、まず「権威主義的な萎縮手法」「公的批判の刑事化」「公益通報者保護制度への二次攻撃」と評価すべき段階にあります

そして、ここまで条件がそろうと、前回より一段強く言えます。これは濃い橙色どころではなく、赤信号にかなり近いです。権力者が批判を受け止めず、調査報告も受け止めず、最後に刑事告訴を持ち出す。民主主義の教科書なら、余白に「やってはいけない例」と書かれる類の行動です。


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