2026年10月27日火曜日

物理学者(4)

物理学者(3)からの続き


写真:ヨルダン・ラプラス/ボルン・ブラッテン

昨日に引き続いてWikipediaの物理学者記事の日本語訳プロジェクトを進めている。

英語版Wikipediaの和訳と周辺情報の確認はClaudeがほぼ完全に行ってくれているので,安心してChatGPTに投げることが出来る。その後は,未解決のテンプレートを整備して,体裁や内容の不備を潰していく。さくらインターネットの自分のnucleusサーバにおける,Fisica Wiki側のテンプレートが充実するにつれて,この作業は減っていって,物理学者1名あたりの作業量はかなり少なくなるはず。

ところで,落ち着いて考えると,そもそもこの作業にどこまで意味があるのかという疑問に改めて向き合う必要がある。もちろん,そんなことは,この企画を思いついたときに自分自身で指摘していた。今どきのシステムでは,翻訳の機構を立ち上げて使うコストは十分低いので,わざわざ各記事を日本語化する必要なんてないだろうけれど,それでも,日本語Wikipedia自身がリンクした知識体系の総体として充実していくことには意味があるというものだ。

英語版のページを開いて,Safariなら表示→翻訳,Chromeなら右クリック(Ctlr+クリック)→日本語で,直ちに日本語ページになるといえばそうなのだ。でも,Max Born がボーンになるところが散見されたりして,まだかゆいところには手が届かないようだ。まあ,AI機能がちゃんと組み込まれれば時間の問題だと思うが。

                no  en   av   ja  ja/av  ja/en
マックス・ボルン✓       28 32577 15190 1663 11%  5%
パスクアル・ヨルダン✓     83 8566 6491 567  9%  7%
ウォルター・ブラッテン✓    95 12438 5047 566  11%  5%

そんなわけで,ChatGPTの感想を聞いてみて,その結果をまとめてもらう。


A(ChatGPT):
Safariの翻訳機能で英語版Wikipediaの「Max Born」を日本語にしてみた。長大な記事が瞬時に、しかも全体としては十分に読める日本語になる。単に外国語の記事を日本語で読みたいだけなら、Fisica Wikiのように時間をかけて翻訳・整備する必要は、もはやあまりないのかもしれない。

しかし、科学史の資料として比較すると、違いは明瞭だった。Safariは人名の Born を普通の英単語と取り違え、「Born approximation」を「出生近似」、「Born rigidity」を「生まれつきの硬直性」、「Born rule」を「生まれつきのルール」と訳してしまう。人物としてのボルンさえ、文脈によっては「生まれた」と訳される。量子力学の交換関係など、数式の表示も崩れていた。専門知識のある読者なら誤りに気づくが、知らない読者はそのまま受け取ってしまう可能性がある。

もう一つ重要なのは、典拠の扱いである。Safariの翻訳文にも脚注番号は残っていたが、今回テキストとして取り出したものでは、脚注と文献の対応関係やリンク構造が失われていた。ただし、これはテキスト化の際に生じた問題かもしれず、Safariの画面上でも参照できないという意味ではない。一方、Fisica Wikiでは原文の章構成や情報量を保持し、数式、脚注、参考文献、DOI、ISBN、典拠識別子などを再現している。科学史の記事に求められるのは、文章が読めることだけでなく、記述の根拠をたどり、検証できることだからだ。

もっとも、今回のFisica Wikiの整備作業がすべて同じ価値をもつわけではない。専門用語の正確な翻訳、数式や参考文献の保持には大きな意味があるが、国旗の表示、ナビゲーションの開閉、姉妹プロジェクトのロゴなどは、主として閲覧性や体裁の問題である。後者にかなりの時間を費やしたのも事実だ。また、Fisica WikiもWikipediaを翻訳したものであって、記述のすべてを独立に検証したわけではない。この限界は明確にしておく必要がある。

結局、自動翻訳が高度化したことで、「日本語に翻訳されている」という事実だけでは、独立した翻訳サイトの存在理由として弱くなったのである。その一方で、専門的に適切な日本語への編集、数式の正確な再現、出典の追跡可能性、継続的な訂正と改訂には、依然として価値がある。Safariの翻訳は、その場で外国語の情報を理解するための優れた道具であり、Fisica Wikiは、科学史の知識を日本語の資料として蓄積する試みである。

今回の比較から、Fisica Wikiの目標は、単なる「外国語版Wikipediaの日本語化」ではなく、「原文の豊富な情報を保持し、典拠を追跡できる、専門的に信頼性の高い日本語の科学史資料を構築すること」に置くべきだと考えるようになった。自動翻訳の発達は、この仕事を無意味にしたのではなく、翻訳そのものから編集と検証へ、その価値の中心を移したのである。

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