8.人工ニュートリノで振動を精密に測る:K2KからT2Kへ
なぜ人工のニュートリノを使うのか
太陽や大気のニュートリノは自然任せで、量・種類・エネルギー・方向を自分では決められません。加速器で作れば、
種類:ほぼ純粋なミューニュートリノ(または反ミューニュートリノ)
エネルギー:狙った値にそろえられる
方向と距離:発射地点から検出器まで固定
時刻:いつ撃ったかが正確に分かる
と、条件を「実験」として管理できます。
先駆け:K2K(1999〜2004年)
茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)から、約250 km先のスーパーカミオカンデへミューニュートリノを撃ち込みました。到着したミューニュートリノは予想より少なく、大気ニュートリノで見つかった振動を、人工ニュートリノで初めて確認しました。
T2K(Tokai to Kamioka、2010年〜)
茨城県東海村の大強度陽子加速器施設J-PARCから、295 km先のスーパーカミオカンデへ撃ち込む実験です。
ニュートリノビームの作り方
30 GeVの陽子を黒鉛の標的に当てて、パイ中間子を大量に作る
電磁ホーンという磁石でパイ中間子を前方にそろえる
約100 mのトンネルの中でパイ中間子が崩壊し、ミューニュートリノになる
電磁ホーンの電流の向きを逆にすると、逆符号のパイ中間子が集まり、反ミューニュートリノのビームになります。これがあとで大きな意味を持ちます。
ニュートリノは地球を素通りするので、トンネルは要りません。ビームはわずかに下向きに発射され、地下を一直線に通ってスーパーカミオカンデに届きます(経路のいちばん深い所は地下約1.7 km)。
オフアクシスという工夫
ビームの中心軸を、スーパーカミオカンデの方向から2.5°だけずらしています。パイ中間子の崩壊の運動学のため、軸から少しずれた方向では、ニュートリノのエネルギーが約0.6 GeVに鋭くそろいます。これは、295 kmの距離で振動の効果がちょうど最大になるエネルギーです。
前置検出器と後置検出器
発射地点から280 mの所に前置検出器を置き、振動する前のビームの量と性質を測ります。それを295 km先のスーパーカミオカンデで測った結果と比べ、途中で何が変わったかを引き算で取り出します。
見ているもの:これまでと同じ「リング」
スーパーカミオカンデで見るのは、梶田さんの大気ニュートリノのときと同じです。
ミューニュートリノ → ミューオン → くっきりしたリング
電子ニュートリノ → 電子 → ぼやけたリング
大量の太陽ニュートリノや大気ニュートリノに埋もれないのかという、前に出た問いがここでも問題になりますが、T2Kでは時間という物差しが決定的に効きます。ビームは数マイクロ秒のパルスで撃たれ、発射時刻はGPSで同期されています。その時間窓に入った事象だけを数えれば、偶然紛れ込む太陽・大気ニュートリノはほぼゼロになります。それでも届くビーム事象は、数年かけて数百個程度です。
何が発見・検証されたのか
① 電子ニュートリノの「出現」(2011年に兆候、2013年に確立)
スーパーカミオカンデで見えたのは「ミューニュートリノが減る」という消失でした。T2Kは、ミューニュートリノのビームの中に、本来ないはずの電子ニュートリノが現れることを捉えました。2011年は6事象で兆候の段階でしたが(同年3月の東日本大震災で施設が被災し、一時中断)、2013年に統計的に確立しました。
これは、ミューから電子への振動を支配する混合角(θ₁₃)がゼロでないことを意味します。同じ時期に、中国の大亜湾実験などが原子炉からの反電子ニュートリノの減少から、このθ₁₃を精密に測定しました。
② ミューニュートリノ消失の精密測定
大気ニュートリノで見つかった振動(主にミューからタウへ)の大きさと周期を、制御されたビームで高精度に測りました。結果は、ミューとタウがほぼ最大限に混ざり合っていることを示しています。
③ CP対称性の破れの探索(2016年〜)
θ₁₃がゼロでないと分かったことで、次の大問題に挑めるようになりました。ニュートリノと反ニュートリノで振動の仕方が違うか、という問題です。
・ミューニュートリノ → 電子ニュートリノ
・反ミューニュートリノ → 反電子ニュートリノ
この二つの起こりやすさを比べます。T2Kの結果では、ニュートリノ側では予想より多く、反ニュートリノ側では少なく現れました。2020年には、CP対称性が保たれている可能性を約95%の信頼度で退け、破れが大きい値が好ましいと報告しています(ただし「発見」と言える統計的確実性にはまだ届いていません)。
これがなぜ重要かというと、宇宙にはなぜ反物質がほとんどなく、物質ばかりが残ったのかという謎があり、ニュートリノでの物質・反物質の非対称が、その答えの鍵になる可能性があるからです(レプトジェネシス説)。
④ 他実験との統合
その後、T2Kとスーパーカミオカンデの大気ニュートリノの合同解析が行われました。さらに、ライバルとされてきた米国のNOvA実験とT2Kが、2025年10月に初めての合同解析を発表しています。距離(NOvAは約810 km)やエネルギーの異なる実験を組み合わせることで、3種類のニュートリノの質量の並び順(質量順序)などの未解決問題に迫っています。
次の段階:ハイパーカミオカンデ
スーパーカミオカンデの後継機で、タンクの容積は26万トン、有効体積は約19万トン(スーパーカミオカンデは2.25万トン)です。2025年8月に巨大空洞の掘削が完了し、運転開始は2028年の予定とされています。J-PARCのビームも強化し、T2Kの延長線上で、CP対称性の破れを確実に「発見」することが最大の目標です。陽子崩壊探索や、銀河系内で超新星が起きたときの大量のニュートリノ観測も担います。
年表への追加
年――――|出来事―――――――――――|何が分かったか――――――――――――
1999〜2004 |K2K(つくば→神岡 250 km) |人工ニュートリノで振動を初確認
2010 |T2K開始(東海→神岡 295 km)
2013 |T2K |ミュー→電子ニュートリノの出現を確立(θ₁₃≠0)
2012〜 |原子炉実験(大亜湾など) |θ₁₃を精密測定
2016〜20 |T2K(反ニュートリノとの比較)| CP対称性の破れの兆候
2025 |T2KとNOvAの合同解析 |質量順序・CP破れへの制約
2028予定 |ハイパーカミオカンデ稼働 |CP破れの発見を目指す
一言でつなぐと、自然のニュートリノで「振動がある」ことが発見され(1998年)、加速器で作った人工のニュートリノで「どう振動するか」を測る時代に入り、いまや「ニュートリノと反ニュートリノで振動が違うか」という宇宙の物質の起源につながる問いに挑んでいる、という流れになります。
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