そして,そのリベラルという旗の棄損が始まっている。損壊罪で裁かれるのは誰だろう。ChatGPTとClaudeに尋ねてみたところ,ある仮説を提供してくれた。半分もっともらしいけれど,ちょっと違うようにも思う。夢と現のエンタングル状態なのか。はたしてこれが現在進行形の崩壊現象を説明して対抗するためのヒントになるのだろうか?
A(ChatGPT + Claude):
申請書のいらない政治
トランプ現象と高市現象——「制裁による再分配」という仮説
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序.この論考が答えようとする問い
2026年7月,アメリカと日本で同じことが起きた。トランプ大統領の支持率は各種調査で30%台に沈み,高市早苗内閣の支持率は一か月で10ポイント前後を失って発足以来最低を記録した。どちらの政権も,2年前と半年前には,若い世代から異例の支持を集めていた政権である。
この二つの現象は,しばしば「リベラリズムの終焉」や「ポストリベラリズムの台頭」という言葉で語られる。だがその語り方には二つの難点がある。第一に,「リベラリズム」も「ポストリベラリズム」も複数の別物を指しており,どれを指しているのかが判然としないまま議論が進む。第二に,思想の名前を貼るだけでは,高市現象とは具体的に何なのか,そしてそれに対抗する糸口はどこにあるのかが出てこない。
本稿はこの二つに答えることを目的とする。答えの骨格を先に置く。
高市現象の本質は「申請書のいらない政治」への需要である。
リベラリズムは,人を助けるときに必ず「あなたは助けを受ける資格のあるカテゴリーに属するか」を審査する。この審査から漏れる層——伊藤昌亮のいう「曖昧な弱者」——にとって,リベラリズムは中立な制度ではなく,自分を落とした審査機関に見える。
この層に政治が提供できる財は,構造上,二種類しかない。(A)審査を要しない給付と,(B)自分より上位にいる者への制裁である。(A)は財政コストが高く,(B)は財政コストがほぼゼロである。したがって政治の商品構成は,必然的に(B)へ傾く。
議員定数削減,国旗損壊罪,外国人政策の厳格化,財務省解体,対中強硬,そしてトランプの関税は,すべて(B)である。(B)は誰の所得も一円も増やさない。 ゆえに支持は初期に高く,減価が速い。2026年7月に日米で同時に観測された支持率の崩落は,この減価速度の実測値である。(注:食料品消費税は(A)ですけど・・・)
以下,用語を確定し,事実を確認し,この仮説を組み立て,最後に対抗の糸口を五つ挙げる。
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第I部 語を確定する
1.「リベラリズム」は四つの別物である
日本語の議論が空回りする最大の理由は,「リベラリズム」という一語が四つの独立した中身を指していることだ。ここを分けないと,誰が何を批判しているのかがわからなくなる。
(L1) 哲学的リベラリズム——「国家は,何がよい人生かを決めない」 価値の源泉を個人に置き,国家は「よい生き方」の内容について中立であるべきだとする立場。ロック,カント,J・S・ミルを経てジョン・ロールズに至る。核心は「反完全主義」——国家は市民に特定の善(信仰,家族の形,性道徳)を押しつけない,という自己抑制である。何が正しい生き方かを国家が決めないかわりに,「決め方のルール」だけを決める。
(L2) 制度的リベラリズム——「権力を機械で縛る」 立憲主義,三権分立,法の支配,代表制議会,独立行政機関,司法による違憲審査。思想ではなく装置であり,誰が権力を握っても同じように作動することを目的として設計されている。
(L3) 経済的リベラリズム——「市場に任せる」 市場,契約,自由貿易,比較優位。19世紀にL1から分岐し,20世紀後半には別の生き物になった。
(L4) 通俗的リベラリズム——「いわゆるリベラル」 各国の政治語彙のなかで「リベラル」と呼ばれている党派的位置。アメリカでは民主党寄りの文化的進歩主義,日本では現行憲法の擁護,人権,反軍事,法治主義の強調をおおむね指す。(注:これが記事冒頭のリベラルだ)
この四つは論理的に独立している。L2を熱心に守る人がL3に反対することは何ら矛盾ではないし,L3を信奉しながらL2(特に司法審査)を憎むこともできる。ポストリベラリズム論争がすれ違うのは,批判者と擁護者が別の層について語っているからである。
2.「ポストリベラリズム」を三つに番号づける
ポストリベラリズムの最小定義は,二段構えの主張である。
• 診断:リベラリズムは外部の敵に倒されたのではない。自らの前提が働ききったことによって自壊した。
• 処方:ゆえに国家は中立性(L1)を放棄し,実質的な善の実現に権力を用いるべきである。
重要なのは,この二つは論理的に独立していることだ。診断に同意して処方を拒否する立場は完全に成立する。以後,混乱を避けるために番号で呼ぶ。
PL-1 共通善型(カトリック系)。 パトリック・デニーン(ノートルダム大学,『Why Liberalism Failed』2018,『Regime Change』2023),エイドリアン・ヴァミュール(ハーバード・ロースクール),グラッデン・パピン,ソーラブ・アフマリ。 診断の核は人間学にある。リベラリズムは人間を「意志によって自分を選ぶ主体」と定義した。その定義は,家族・地域・慣習・宗教という選んだのではなく生まれ落ちた帰属を,時代遅れの束縛として侵食した。結果として残ったのは自由な個人ではなく,保護膜を失って市場と国家の前に裸で立つ個人だった。 処方は,デニーンのいう「アリストポピュリズム」——民衆の圧力によってエリートを共通善に奉仕する真の貴族へ改造する構想——であり,教育改革,経済的保護主義,企業への対抗力としての国家,美と規範の復権を含む。ヴァミュールは憲法解釈のレベルで「共通善立憲主義(common good constitutionalism)」を提案する。J・D・ヴァンス副大統領は自らをこの意味で「ポストリベラル」と称し,デニーンとパピンからの思想的影響を公言している。
PL-2 統治能力型(新反動系)。 カーティス・ヤーヴィン,タッカー・カールソン,オーロン・マッキンタイア。 関心は善ではなく統治能力にある。民主的手続きは決定を遅くし責任を拡散させるから,主権を一元化すべきだという主張で,共同体の道徳的再建にはほとんど興味がない。ヤーヴィンが君主制や企業経営者型統治を語るのは,道徳の問題ではなく効率の問題として語っている。
PL-3 経済主権型。 関税,産業政策,移民制限,供給網の国内回帰。理論的にはフリードリヒ・リスト以来の経済ナショナリズムであり,PL-1のカトリック共通善論とは独立に成立する。
この三つは目的において整合しない。PL-1は地域共同体と家族の再建を求め,PL-2は権力の一元化を求め,PL-3は国家資本の強化を求める。共有されているのは目的ではなく敵だけである。 ヴァンス副大統領がPL-1を自称しつつPL-2の人々とも接続しているという事実が,この連合の性格をよく表している。
なお,ポストリベラリズムはポピュリズムと同じではない。カス・ミュデの標準的定義に従えば,ポピュリズムは「純粋な人民」対「腐敗したエリート」という対立軸を核とする薄いイデオロギーで,濃いイデオロギーに寄生して初めて中身を持つ。ポストリベラリズムは濃い側にある。両者は結合しやすいが,同一視すると「反エリート的な言葉を使う政治家はみなポストリベラルだ」という無内容な命題に行き着く。
3.日本にPL-1もPL-2も輸入されていない
日米を同じ語で語るときに最も見落とされやすいのがこの点である。結論を先に書く。
日本の高市政権に対応するのは,PL-3の断片と象徴政策だけである。PL-1(共通善の哲学)はほぼ存在せず,PL-2(主権一元化の理論)も存在しない。
日本には,デニーンに対応する体系的な政治哲学者も,ヴァミュールに対応する憲法理論も,ヤーヴィンに対応する反民主主義理論も,政権の周辺に存在しない。高市政権の思想的系譜は,安倍晋三以来の戦後体制批判,経済安全保障,デフレ脱却であって,カトリック共通善論でも新反動主義でもない。「高市=日本のトランプ」は分析ではなく比喩である。
したがって日本で観測されているのは思想ではなく帰結だ。本稿ではこれを次のように呼ぶ。
ポストリベラルな帰結(PL-Ø)——リベラリズムの機能不全と,象徴政治への商品構成の移行だけが,思想を経由せずに発生している状態。
以後,終盤で「ポストリベラリズム」と書くときは,アメリカについてはPL-1+PL-2+PL-3の連合を指し,日本についてはPL-3とPL-Øを指す。両者を同じ語で呼ぶことは,本稿ではしない。
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第II部 事実を並べる
4.アメリカ——2026年7月時点
支持率。 7月の各調査でトランプ支持率は32〜40%に分布する。CNN 34%,クイニピアック 32%,ピュー・リサーチ 34%,ワシントン・ポスト/イプソス 37%,エマーソン 39%,CNBC 40%。純支持率(支持−不支持)はマイナス19〜28。無党派層の支持は34%で,民主党が41議席を得た2018年中間選挙の前(36%)を下回る。一般投票(generic ballot=どの党の候補に投票するかを政党名だけで問う設問)では民主党が6〜11ポイント先行。中間選挙は11月3日である。
経済評価。 CNBC調査でトランプの経済運営評価は38対60,政治経歴を通じて最悪。61%が経済の現状と先行きを悲観(2023年12月以来最高)。CNN調査では65%が「政策は経済を悪化させた」と答えた。
関税の帰着。 ここは丁寧に書く。米国の実効関税率(実際に徴収された関税額÷輸入額)は17%近くまで上昇し,1930年代初頭以来の水準に達した。ニューヨーク連邦準備銀行の研究では,そのコストの約9割は米国企業と米国消費者が負担している。タックス・ファウンデーションの推計では世帯当たり負担増は2025年に約1000ドル,2026年に最大1300ドル。 つまり関税は「外国への制裁」として設計され,「国内への逆進的課税」として着地した。これは本稿の中心仮説にとって決定的な実測値である(第8節・第9節)。
司法との衝突。 2026年2月20日,連邦最高裁は Learning Resources 事件で,国際緊急経済権限法(IEEPA。大統領が国家非常事態を宣言して経済措置をとれる1977年制定の法律)は大統領に関税賦課権を与えていないと判断した。法廷意見はロバーツ長官執筆,ソトマイヨール・ケイガン・ゴーサッチ・バレット・ジャクソンが加わった保守リベラル混成の多数である。同じ会期に最高裁は,出生地主義市民権(米国内で生まれれば国籍を得るという憲法修正14条の原則)の廃止を退け,シカゴへの州兵派遣を6対3で阻止した。他方で同じ最高裁は,議会が独立性を与えた機関(連邦取引委員会など)の長を大統領が自由に罷免することを認め,庇護申請者の国境での門前払いを許容した。 整理すると,最高裁は執行権の一元化を認め,課税権・軍の国内動員・国籍の再定義を止めた。L2は完全には機能せず,完全には失敗もしていない。
外的衝撃。 2026年2月28日の米・イスラエルによるイラン攻撃以後,ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態に入り,原油は攻撃前の64ドル前後から90ドル超へ跳ねた。7月のCNN調査で67%が「イラン戦争は米国を害した」と答えている。
若年層の逆流。 2024年,トランプは30歳未満の42%を得た。2026年のイェール・ユース・ポルでは18〜22歳の34%,23〜29歳の32%しか支持していない。2025年11月のニューヨーク市長選では,ゾーラン・マムダニが18〜29歳男性の68%を得た(対立候補クオモは26%)。マムダニ,スパンバーガー(ヴァージニア州知事選),シェリル(ニュージャージー州知事選)はいずれも住宅・生活費(affordability)を前面に置いて,2024年にトランプへ流れた若年男性を取り戻している。タフツ大CIRCLEの2026年初調査でも,Z世代の政治的立場が一方向に振れている証拠は出ていない。
5.日本——2026年7月時点
政権と議席。 2025年10月,高市早苗が第104代首相に就任(憲政史上初の女性首相)。自民・維新の連立。2026年2月8日の第51回衆議院総選挙で自民党は単独316議席(前回比+118)を獲得し,定数465の3分の2(310)を超えた。維新36を加えた与党は352議席。立憲民主と公明が急造した「中道改革連合」は167議席から49議席へ壊滅。参政党とチームみらいは議席を伸ばした。参議院では与党は過半数を持たないが,衆議院での再可決が可能になり,衆議院側は憲法改正の発議に必要な議席水準に達した。
支持率の崩落。 2025年12月に76%前後だった内閣支持率は,日経・テレビ東京調査で6月68%→7月58%と10ポイント下落。読売は12ポイント下げて57%,共同通信53.7%,時事通信49.0%,ANNは10.9ポイント下げて49.2%,JX通信社/選挙ドットコム50.4%。いずれも発足以来最低である。
内実の変化がより重要だ。「強く支持する」層は発足直後の約40%から23%へ縮小した。支持理由の第一位は「政策に期待がもてる」から「他の内閣より良さそう」へ移った。無党派層の支持は63%(2025年10月)→54%(6月)→41%(7月)と落ち,不支持47%に逆転された。
下落の原因として報じられているもの。 物価高対策への評価,終盤国会の運営(副首都創設法案の審議強行),そして「皇室典範や国旗損壊罪など国民生活に直結しない政策を優先している」という受け取り方。この分析を漏らしているのが政権幹部自身であるという点が重要だ。
年代差。 日経調査では29歳以下の支持率が7割台,70歳以上が4割台で,最大30ポイントの開きがある。歴代政権と比べても異例の幅で,主な政治情報源がSNSかテレビかという差が一因とされる。
マクロ経済(丁寧に)。 円は7月に1ドル160〜162円台。日経平均は6万8000〜6万9000円台の史上最高値圏(AI・半導体主導)。10年国債利回りは2.7%で29年1か月ぶりの高水準。日銀の政策金利は2025年12月の追加引き上げで0.75%。5月の実質賃金(名目賃金から物価上昇分を差し引いた指標)は前年比+1.4%でプラス圏。大企業の夏季賞与は初めて100万円台。個人株主は過去最多。2026年度当初予算は122兆3092億円で2年連続過去最大。 つまり,資産価格と名目賃金は上がり,実質賃金もかすかにプラスに転じたが,政権を殺しているのは物価である。 これは「体感と統計の乖離」ではない。物価は毎日観測される変数で,実質賃金は数か月遅れて発表される変数だ,という単純な非対称性である。
外的環境。 2月末以降の中東情勢は,エネルギーの9割超を中東に依存する日本に直接効いた。日銀の7月支店長会議報告では,物流停滞と原材料不足の下押しが確認されている。加えて2025年11月の「台湾有事は存立危機事態になり得る」との国会答弁をめぐり日中関係が悪化し,中国は自国民に日本への渡航・留学を控えるよう促し,国連安保理でも撤回を要求した。ただし毎日新聞の2025年12月調査では,答弁を「撤回する必要はない」67%,「撤回すべきだ」11%だった。
政策の内容。 「責任ある積極財政」,食料品消費税の引き下げ,ガソリン・軽油の旧暫定税率廃止,安全保障関連3文書の改定,国家情報局の創設,スパイ防止法の検討,国旗損壊罪の制定,男系男子継承を優先する皇室典範改正の論議,外国人政策の厳格化,旧姓の通称使用の法制化,9条と緊急事態条項の改憲議論。
6.「若者の右傾化」は起きていない
日本で最も広く流通し,最も実証に弱い命題がこれである。
遠藤晶久・ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治——世代で異なる「保守」と「革新」』(新泉社,2019)は,日本の若年層にとって日本維新の会が「革新」,日本共産党が「保守」に位置づけられることを示した。彼らにとって「革新」は左を意味せず,改革を意味する。世界価値観調査では,1990年代以降,日本の30代以下で自らを右派と位置づける割合は10%程度にとどまり,国際比較でむしろ低い。同書が立てた問いは「若者はなぜ保守化したか」ではなく,「自民党はなぜ左派からも支持を得られるのか」であった。
2026年衆院選後の検証もこれを裏づける。社会調査支援機構チキラボの分析では,(i)若年層が自分を右寄りに位置づける明確な傾向は確認できない,(ii)政策態度は従来のリベラル層とおおむね同様,(iii)ただし「左寄り」自認層の内部では,若年ほど中間〜保守系と評価される政党へ投票する傾向がみられた(回答数が少なく探索的結果と留保されている)。朝日新聞と大阪大学・三浦麻子による調査でも,リベラル自認の10〜30代の投票先第一位は自民党(約3割)。同性婚支持率は全体平均6〜7割に対し若年層で8割超という値が並存する。
日本で起きているのは価値の右傾化ではなく,ラベルの意味変容と,現状打破志向の受け皿の移動である。 アメリカも構造は同じで,2024年の若年男性シフトは思想転向ではなく現職への処罰であり,2026年には逆流した。
ここまでが観測である。以下が本論となる。
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第III部 本論——「認定を要しない政治」という仮説
7.伊藤昌亮の「曖昧な弱者」——リベラリズムは中立ではなく審査機関である
この現象を,イデオロギーではなく社会構造から説明した最も直接的な仕事が,伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』(岩波新書,2026年5月)である。同書は「はじめに」で「高市現象」以後の社会を見守るという課題を明示し,第7章で高市現象そのものを扱っている。日本語圏でこのテーマを正面から論じた,現時点で最も重要な文献だ。
伊藤の論の骨格は,2024年の講演記録と同書の構成から,次のように整理できる。
リベラリズムは歴史的に,二つの回路で「社会的弱者」を定義してきた。
• 福祉国家の回路——高齢者,障がい者,失業者,生活保護受給者。
• アイデンティティ政治の回路——女性,性的少数者,在日外国人など,ジェンダーとエスニシティに関わる少数者。
この二つの枠のどちらにも収まらないが,実際に生活が苦しい層が生じる。伊藤の言う「曖昧な弱者」である。彼らは「明白な弱者」と,それに連帯するリベラル派の双方に敵意を抱く。自分たちだって大変なのに庇護されていない,という不満から,「弱者争い」(誰が本当の弱者かをめぐる争い)と「弱者叩き」(生活保護受給者,貧困層,母子家庭,若年女性支援団体への攻撃)が発生する。結果としてマジョリティ側と結託し,2000年代以降の右傾化を押し上げた。
その構造的原因として伊藤が挙げるのは,日本型福祉社会と日本型差別構造の歪み,そして場当たり的なネオリベラル化である。既存の企業・労働者・旧来型の受益者を大切にしたままネオリベ化を進めたため,情報化への転換が遅れ,脱工業化から抜け出せなかった。本来は希望のある情報産業の従事者が「IT土方」として非正規・下請け・フリーランスに就かされる。
同書の章構成は,この層の政治的レパートリーの目録になっている。ひろゆき(「ダメな人」のための「優しいネオリベ」),山上徹也,石丸現象とTikTok(「ネオリベラリズムの内面化とリベラリズムの額面化」),「オールドなもの」への敵意(左右対立から新旧対立へ/「オールド連合」対「ニューなわれわれ」),財務省解体デモ(「もらえるお金を増やす」のか「取られるお金を減らす」のか),参政党(福祉排外主義と投資排外主義/左から入って右に行く),そして曖昧な弱者とその敵意(高市氏は冷たいのか優しいのか)。
ここから先は,伊藤の枠組みを本稿の目的に接続するための,筆者(注:AI)自身の敷衍である。
伊藤の「はじめに」に置かれた一句が最も鋭い。「誰が誰を守るのかを誰が決めるのか」。
これはデニーン(PL-1)の中心的な問い——「共通善は誰が定義するのか」——と,構造が同じである。しかも一段深い。なぜなら,リベラリズムは「よい生き方の内容は決めない」(L1の反完全主義)と宣言しながら,「誰が助けを受ける資格を持つか」という高度に実質的な判断を,中立性の看板の下で日々おこなっているからだ。
福祉制度は申請と認定によって動く。所得要件,世帯要件,障害の程度,就労状況。アイデンティティ政治もまた認定によって動く。属性の証明,被害の可視化,代表性の承認。どちらも,カテゴリーに当てはまることを証明した者にだけ,物質的な給付と道徳的な立場を配る仕組みである。
つまりリベラリズムは中立な審判ではなく,認定機関である。そして認定機関は,構造上,必ず「落ちた人」を生む。
これがポストリベラリズムの言説的な威力の源泉だ。PL-1がリベラルに向ける最も効く一撃は「お前たちも共通善を決めているのに,決めていないふりをしている」であり,日本の曖昧な弱者がリベラル派に向ける実感は「お前たちは誰を守るかを決める側にいて,俺を選ばなかった」である。両者は同じ命題の,抽象度の違う言い方にすぎない。
伊藤が「ネオリベラリズムの内面化とリベラリズムの額面化」と呼ぶ事態も,ここから読める。自己責任と競争は生活の実感として内面化されており,一方で人権や多様性は「額面」——表向き掲げるべき正しさ——としてしか受け取られていない。額面とは,流通しているが誰も価値を信じていない通貨のことだ。
8.中心仮説——曖昧な弱者に売れる財は二種類しかない
ここから本稿の核心に入る。
曖昧な弱者は,定義上,認定を持たない。したがって彼らに政治が提供できる財は,構造上二種類に限られる。
(A) 認定を要しない給付——申請書も証明も要らずに,全員に届くもの。
(B) 上位者への制裁——自分より上にいると見える者から,何かを取り上げるもの。
(A)は財政コストが高い。全員に配るのだから当然である。(B)は財政コストがほぼゼロである。誰かを罰するだけなら,予算はほとんど要らない。
この非対称性が,2020年代の政治の商品構成を決定している。 現在の主要な争点を,この分類で並べてみる。
|政策———————————|種別|認定|財政コスト|所得への効果|
|議員定数削減(維新/自民)|(B)|不要|ほぼゼロ|ゼロ|
|国旗損壊罪 |(B)|不要|ほぼゼロ|ゼロ|
|外国人政策の厳格化 |(B)|不要|低|ほぼゼロ|
|財務省解体(デモ) |(B)|不要|ゼロ|ゼロ|
|対中強硬(台湾有事答弁) |(B)|不要|ゼロ(短期)|マイナス(観光・輸出)|
|皇室典範(男系男子優先) |(B)|不要|ほぼゼロ|ゼロ|
|トランプ関税 |(B)として設計|不要|マイナス(実質増税)|マイナス|
|ICE・強制送還の拡大 |(B)|不要|高|不明|
|ガソリン旧暫定税率廃止 |(A)|不要|高|プラス(車保有者)|
|食料品消費税ゼロ |(A)|不要|極めて高|プラス(逆進性緩和)|
|生活保護・各種手当 |—|必要|中|プラス(認定者のみ)|
|護憲・立憲主義の擁護 |—|不要|ゼロ|ゼロ|
この表から三つのことが読める。
第一に,(B)が圧倒的に多い。 そして(B)は,曖昧な弱者にとって唯一アクセス可能な「再分配」の形式である。彼らは給付の認定を得られないが,制裁の受益者になるためには認定を要しない。制裁は,誰でも観客になれるからだ。本稿ではこれを「制裁による再分配」と呼ぶ。
第二に,(B)は所得を一円も増やさない。 議員が45人減っても,国旗が守られても,中国に強く出ても,家計の可処分所得は変化しない。制裁による再分配は,比喩としての再分配であって,実体としての再分配ではない。
第三に,最も精密な反例がトランプ関税である。 関税は「外国に対する制裁」として設計され,「国内消費者に対する逆進的課税」として着地した。ニューヨーク連銀の推計する「コストの9割が国内負担」という数字は,(B)を(A)と偽って売った場合の帰着を,きわめて正確に記録している。関税は(B)のふりをした逆(A)——認定不要の増税だったのである。
そして最後の行に注目してほしい。「護憲」「立憲主義の擁護」もまた,認定不要かつ所得効果ゼロの財である。 つまり通俗的リベラリズム(L4)は,象徴財の市場で戦っている。しかも彼らが売っている象徴は「いま続いているものを続ける」という現状維持の記号であり,曖昧な弱者にとっては,自分をここに縛りつけている側の記号にしか見えない。中道改革連合が167議席から49議席へ落ちた理由の相当部分は,イデオロギーではなく商品構成の問題である。
9.なぜ(B)へ傾くのか——財政の算術
(B)への傾斜は,指導者の思想ではなく財政の算術によって強制されている。ここは丁寧に説明する。
日本の潜在成長率(設備・労働・技術をフル稼働させたときに実現できる成長率)は,内閣府・日銀の推計でおおむね年+0.5〜0.7%。2000年代平均と変わらない。歴代政権はいずれも成長戦略を掲げ,いずれもこれを引き上げられなかった。
高市政権の「責任ある積極財政」は,成長率の範囲内で債務の伸びを抑えることで,債務残高対GDP比を下げるという設計である。大和総研の神田慶司の指摘が核心を突いている。近年,基礎的財政収支が赤字でも純債務残高対GDP比が下がったのは,高インフレによって「名目金利−名目成長率」がマイナスになった(ドーマー条件——成長率が金利を上回れば債務比率は自然に下がるという条件——が成立した)ためである。だが1981年度以降44年間で成立したのは12年間,全期間の27%にすぎず,物価上昇率が落ち金融正常化が進めば成立しなくなる。神田の試算では,今後10年で純債務残高対GDP比は20〜50%ポイント上昇しうる。
そして市場は既に価格をつけている。円162円,10年債2.7%(29年ぶり高水準)。積極財政は円安を通じて輸入物価を押し上げるから,物価高対策の財源を確保するために物価を上げるという循環に入りやすい。
つまり(A)——認定不要の給付——の余地は,財政的にごく狭い。食料品消費税ゼロは年5兆円規模の減収で,社会保障支出を圧迫する。ガソリン税廃止も同様である。
財政空間が縮小するほど,政府の商品構成は(B)へ傾く。これは思想ではなく制約である。
だからこそ重要な予測が立つ。(B)の通貨単位は,国家が独占的に発行できるものでなければならない。 国旗,皇統,国境,国籍,対外強硬——これらは国家しか発行できず,しかも印刷コストがゼロである。ナショナリズムが前面に出るのは,指導者がまず思想的にナショナリストだからではない。財政コストゼロで発行できる承認財が,ナショナリズムしかないからである。
高市政権が,物価高対策を最優先と掲げながら国旗損壊罪と皇室典範に国会日程を費やした,という7月の批判は,思想的な逸脱ではない。制約下での最適化の結果である。
10.なぜ持たないのか——制裁財の減価速度
(B)には決定的な弱点がある。減価が速い。
(A)の効果は蓄積する。実質賃金が上がれば,翌月も上がった状態が続く。しかし(B)の効果は蓄積しない。議員定数を削減しても,翌月にはもう削減済みであって,追加の満足は生じない。制裁は一度きりの快であり,ストックにならない。
したがって(B)を主商品とする政権は,制裁を継続的に更新しなければならない。新しい敵,新しい削減,新しい罰則を,供給し続けなければならない。そしてこの更新の頻度が上がると,有権者からは「生活に直結しない政策ばかりやっている」と見える。まさに7月に政権幹部が漏らした言葉のとおりである。
日米で2026年7月に同時に観測されたのは,この減価の実測値だと読める。
• 日本:岩盤支持40%→23%。支持理由が「政策に期待」→「他よりまし」。台湾有事答弁から8か月後に発足以来最低の支持率。
• アメリカ:イラン攻撃から5か月後に67%が「この戦争は米国を害した」。関税から2年後に経済評価がキャリア最悪。2024年に獲得した若年層が生活費争点で離反。
敵意は動員できる。しかし敵意は購買力を生まない。 これが両国で同時に確認されたことである。
11.炎上——認定を持たない者の擬似的な司法権
伊藤の炎上研究をこの枠組みに接続すると,炎上の政治的機能が見えてくる。
「炎上」とは,認定を持たない者が,一時的に判定する側に立つ現象である。ふだん審査される側の人間が,短時間だけ審査する側に回る。誰が悪いかを決め,制裁を執行する。費用はゼロで,認定も不要で,効果は即時に可視化される。 制裁による再分配の,最も純粋で最も安価な形式である。
だから「炎上」はノイズではない。認定を持たない者にとって唯一利用可能な政治参加の形式であり,選挙における反現職投票と同じ源から供給されている。「弱者叩き」が起きるのも同じ理屈だ。上位者への制裁が最も達成しやすいのは,実は上位者ではなく,認定を持っている隣人である。生活保護受給者や若年女性支援団体への攻撃が繰り返されるのは,そこが最も費用の安い制裁対象だからだ。
このことは対抗策に直接効く。炎上を「無知」や「悪意」として処理する応答は,制裁財の需要を一切減らさない。 減らすのは(A)の供給だけである。
12.全会一致の罠——斉藤元彦現象が示したもの
2024年11月の兵庫県知事選は,この構造の最も明快な実験になった。
斉藤元彦知事は,内部告発文書問題をめぐり県議会の全会派一致による不信任決議を受けて失職し,出直し選挙で再選された。刑事面では,2025年11月に神戸地検が公選法違反(買収)などの容疑を嫌疑不十分で不起訴とし,2026年6月には神戸第1検察審査会が「不起訴相当」と議決している(一方で地方公務員法違反容疑での告発は別に受理されている)。
ここで注目すべきは,法的な当否ではなく,メカニズムである。
制度の側は「全会一致の不信任」「主要メディアの一斉批判」という形で,最大限に強い信号を送った。ところが認定を持たない有権者にとって,エリートの全会一致は,正しさの証拠ではなく共謀の証拠として読まれる。 全員が同じことを言っているという事実そのものが,「上の連中は結託している」という仮説を強化する。
これは制度的リベラリズム(L2)にとって深刻なジレンマである。L2は本来,異論を制度化する機械だ。しかしその機械が全会一致を出力すると,機械の正統性そのものが疑われる。
同じメカニズムは高市政権の台湾有事答弁でも観測できる。中国政府,国連での抗議,主要メディアの批判が一斉に並んだ結果,毎日新聞の調査では「撤回する必要はない」が67%,「撤回すべきだ」が11%となった。外部からの一斉批判は,国内の支持を減らすのではなく増やした。
そして裏返しに,7月の支持率崩落を起こしたのは批判運動ではなく,物価である。この対比が,対抗策の設計を決める。
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第IV部 日本固有の回路——維新という先行形態
(この節は本論の骨格ではなく,日本回路の位置づけである。深追いはしない。)
13.「身を切る改革」の16年
日本維新の会は,本稿の枠組みでいえば,制裁による再分配を最も早く,最も制度的に商品化した政党である。
「身を切る改革」——議員定数削減,議員報酬カット,公務員改革——は,(B)の教科書的な形式だ。有権者に一円も配らない。だが有権者より明白に上位にいる者から取り上げる。そして受益するには何の申請も要らない。大阪で2010年代から一貫して支持を集め続けた核心はここにある。イデオロギーではなく,商品設計である。
遠藤・ジョウの調査で若年層が維新を「革新」と認識していたことは,この文脈で読み直せる。彼らにとって革新とは価値の左右ではなく,上位者に対する制裁の実行力である。
14.連立の寿命は大阪の住民投票日程に規定されている
2025年10月20日の自民・維新連立合意には,維新側の対価が明記された。副首都構想の法案を2026年通常国会で成立させること,衆院議員定数を1割目標で削減すること,社会保険料引き下げを含む社会保障改革,食料品消費税2年ゼロの検討,企業・団体献金は2027年9月までに結論。
そして吉村洋文代表は,2027年春の統一地方選と同時に,大阪都構想(大阪市を廃止して特別区に再編する構想)の住民投票を実施することを目指している。過去2回は大阪市民を対象に実施され,いずれも否決された。今回は投票を府全域に広げれば維新支持層の賛成票を積み増せるという計算があり,高市首相はこの「府全域」条項の削除を求めた(6月22日の会談)。
ここから,今後の力学が読める。
• 副首都法案と定数削減は,維新の看板であると同時に,7月の支持率下落の直接的な引き金になった。連立の対価が政権の支持を削っている。
• 自民党内には副首都構想への反対論があり,法案は難航した。維新は会期延長を求める姿勢を見せた。維新は7月時点で2027年春をにらんで副首都優先へシフトし,チームみらいとの協力も探っている。
• したがって高市=維新連立の寿命は,大阪の住民投票の日程によって規定されている。 2027年春までに副首都法案が成立し住民投票が実施できるかどうかが,吉村代表の求心力を決め,それが連立の継続条件になる。
この構図は,本稿の仮説と整合する。制裁財を主商品とする政党は,制裁を更新し続けなければ求心力を失う。 副首都と定数削減は,維新にとって次の更新分である。そして更新のコストは,いま連立相手の支持率が払っている。
なお,斉藤元彦現象(兵庫),石丸現象(2024年東京都知事選),財務省解体デモ(2025年),参政党の伸長は,いずれも同じ需要——認定を要しない政治への需要——に対する別々の供給である。伊藤の章構成がそれらを一冊に束ねているのは,偶然ではない。
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第V部 対抗の糸口(設計上の指示)
14.具体的な五つの糸口
糸口1.認定を廃止した給付を設計する
これが本命である。曖昧な弱者の敵意の源泉は「認定から落ちた」ことにあるのだから,認定を要しない(A)を供給する以外に,需要を減らす方法はない。
具体的には,給付付き税額控除(refundable tax credit)である。所得情報に基づいて自動的に給付され,所得税額を超える分は現金で還付される。申請書も窓口も要らない。減税は認定不要だが非課税層に届かない。給付は非課税層に届くが認定を要する。給付付き税額控除は,「認定不要」と「非課税層に届く」を同時に満たす唯一の設計である。
同型の設計として,家賃補助の自動化(所得情報連動),教育費・通学費の一律無償化,医療費自己負担の上限の自動適用がある。共通する条件は「自分が弱者であることを証明しなくてよい」という一点だ。
これは財政的に重い。しかし本稿の仮説が正しければ,これは選択の問題ではなく,(B)へ傾かないための唯一の代価である。
糸口2.カテゴリーを「属性」から「状態」へ移す
アイデンティティ政治の回路が敵意を集めるのは,カテゴリーが属性(性別,国籍,出身)で書かれているからだ。属性は変えられないので,「自分は該当しない」ことが確定してしまう。
代わりに,カテゴリーを状態で書く。家賃負担率が所得の何割を超えているか,可処分所得,単身か,就労が不安定か,通勤時間。状態は誰にでも起こりうるので,「自分は該当しないと確定した」という感覚を生まない。
これは属性に基づく差別の是正を諦めることではない。同じ資源配分を,属性ではなく状態を単位にして書き直すということである。属性に基づく是正は,差別の禁止という法的手段で行い,資源配分は状態で行う。二つの回路を分離する。
糸口3.象徴の土俵で戦わない
国旗損壊罪や皇室典範に正面から反対する運動は,構造上,逆効果になりやすい。象徴財の価値は「争われていること」自体によって上がるからだ。反対が強いほど,その象徴は守るに値するものとして立ち上がる。
7月の支持率下落を起こしたのは反対運動ではなく物価だった,という事実がここでの証拠である。象徴政策を無効化する最も効率的な方法は,論争ではなく,物質的な争点を前面に出して象徴政策の議事日程上の順位を下げることである。
これは象徴的な問題が重要でないという意味ではない。皇位継承の資格を男系男子に限る制度設計は,憲政史上初の女性首相のもとで進んでいるという事実だけでも,独立に論ずべき論点である。だがそれを主戦場に選ぶかどうかは戦術判断であり,選び方が結果を変える。
糸口4.全会一致を避ける
斉藤元彦現象が示したのは,エリートの全会一致が共謀の証拠として読まれるという反転である。したがって批判は,上からの一斉射撃ではなく,同じ社会的位置からの横からの声として供給されなければならない。
具体的には,(i)批判の担い手を専門家・メディア・全政党の一致から,当事者性のある個別の声へ分散させる,(ii)相手方の主張のうち妥当な部分を明示的に認める,(iii)「愚民論」を完全に断つ。「若い人にバカの割合が高い」型の反応は,制裁財の需要を確実に増やす。これは道徳的な要請ではなく,需要曲線の話である。
糸口5.「新旧軸」を奪い返す
伊藤が指摘するように,対立軸は左右から新旧へ移動している。「オールド連合」対「ニューなわれわれ」。この軸において,通俗的リベラリズム(L4)は現在ほぼ全面的に「オールド」の側に配置されている。護憲,既存の制度,既存の労働組合,既存のメディア。
この配置を変えないかぎり,どれほど政策的に正しくても届かない。そして配置を変える方法は,理念の刷新ではなく,現に自分たちが守っているものの棚卸しである。既存の受益構造のうち,世代間で著しく不公平なものを自ら手放せるかどうか。伊藤の指摘する「既存の企業・労働者・旧来型の受益者を大切にしたままネオリベ化を進めた」という日本型の歪みは,まさにL4の側の負債でもある。
新旧軸で「ニュー」を名乗る資格は,思想の新しさではなく,自分の受益を手放した実績によって与えられる。
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第VI部 反論・留保・結論
15.想定される反論
反論1(PL-1側から)。 ポストリベラリズムは反動ではなく,1970年代以降の分配失敗に対する合理的応答である。カール・ポランニーの語彙でいえば,市場は社会から脱埋め込みされ,再埋め込みが必要になった。中立国家(L1)はこの作業を原理的に行えない。国家が実質的善に踏み込むことは逸脱ではなく修正である。この主張には無視できない実証的基盤がある。反対する側は「では中立国家はどうやって家族形成率と地域組織を回復するのか」に答える義務を負う。本稿の糸口1は,その義務に対する一つの回答である(現金と時間を返せば,共同体は自分で再生する可能性がある,という賭け)が,実証されていない。
反論2(本稿の仮説への批判)。 「制裁による再分配」という枠組みは,あらゆる政策を(A)か(B)に分類できてしまう点で,反証可能性が弱い。とりわけICE・強制送還のように財政コストの高い制裁は仮説に合わない(本稿の表でも「高」と記した)。また安全保障政策は,制裁財として機能する側面と,実際の脅威への対応という側面が分離できない。
反論3(概念輸入への批判)。 高市現象をポストリベラリズムで読むこと自体が概念の輸入超過である。NIRAの2026年比較政党研究が示すように,日本の左右軸を規定してきたのは憲法9条,安全保障,歴史観,原発であり,欧米型の「経済軸から社会文化軸への移行」とは構造が違う。日本で起きているのは思想の転換ではなく政党システムの再編(自民一党優位の復活)である,という読みは十分に成立する。本稿が第3節でPL-Øという別の語を立てたのは,この批判に部分的に譲歩したものである。
反論4(通常消耗説)。 支持率低下は思想の失敗ではなく通常の政権消耗である。発足9か月で58%(日経)は歴代政権比でなお高い。副首都法案の強行採決という個別の失点と,中東発の外生的な原油高が重なった局面的下落にすぎない。この説は8月以降の推移で検証できる。
反論5(因果未検証)。 「リベラル側の愚民視が敵意を再生産する」というループは,直感的に説得的だが実証されていない。逆因果(反リベラル的投票が敵意的言説への曝露を増やす)と第三変数(情報環境そのもの)の可能性が残る。日経が指摘した「情報源がSNSかテレビか」という30ポイントの世代差は,第三変数説の有力さを示唆している。
16.留保
2026年11月3日の米中間選挙。イラン情勢とホルムズ海峡。2027年春の統一地方選と大阪の住民投票。2027年9月の自民党総裁任期。2028年7月の参院選(憲法改正の発議には参議院でも3分の2が必要)。原油,円,物価。すべて未決定である。(注:そろそろ疲れてきたか)
17.結論
リベラリズムは,20世紀後半において,「何がよい生き方かを決めない」という自己抑制(L1)と引き換えに,経済的成果を提供することで正統性を得ていた。成果が止まったとき,自己抑制は空虚として現れた。
ポストリベラリズム——アメリカにおけるPL-1+PL-2+PL-3の連合——は,この空虚を正確に指摘した。診断は当たっている。 そして日本には,その診断も処方も輸入されていない。輸入されたのは帰結だけ(PL-Ø)であり,PL-3(関税・移民制限・経済安全保障)の断片だけが政策として現れている。
しかし処方は,正統性の調達方法をリベラリズムから変更していない。共通善の語彙で語りながら,実際に有権者へ渡せる財は,価格と賃金と住宅である。関税は逆進的な課税として帰着した。積極財政は円安を通じて物価に還流した。象徴の保護は支持率を下げた。外敵の供給は8か月しか持たなかった。処方は,リベラリズムを殺したのと同じ変数によって採点されている。
そして本稿が加えたい一行は,これである。
曖昧な弱者に対して,リベラリズムは「認定」を要求し,ポストリベラルな政治は「制裁」を供給した。前者は届かず,後者は効かない。届いて効くのは,認定を要しない給付だけである。
思想の三流性を嘲笑しても,屈辱は消えない。屈辱に共感しても,物価は下がらない。認定を廃止して現金を渡すことだけが,両方に同時に効く。それは思想的にはまったく面白くない結論だが,2026年7月の日米の数字は,そちらを指している。
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主な参照事実の出所
日本
• 内閣支持率各社調査(日経・テレビ東京,読売・NNN,共同通信,時事通信,ANN,NHK,JX通信社/選挙ドットコム,2026年7月)
• 第51回衆議院総選挙結果(2026年2月8日投開票,自民316/維新36/中道改革連合49)
• 自民・維新連立政権合意書(2025年10月20日)
• 高市首相・吉村代表会談(2026年6月22日,副首都法案の「府全域投票」削除要請,比例45議席削減)
• 2026年度当初予算 122兆3092億円
• 大和総研・神田慶司「高市政権の積極財政は成長力を高めるか,財政リスクを高めるか」(2026年1月7日)
• 日本銀行「各地域からみた景気の現状」(2026年7月支店長会議)
• 毎日新聞世論調査(2025年12月22日報道,台湾有事答弁の撤回可否 67%/11%)
• 神戸地検の不起訴処分(2025年11月),神戸第1検察審査会「不起訴相当」議決(2026年6月17日付)
理論・実証研究
• 伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』岩波新書 新赤版2112,2026年5月20日
• 伊藤昌亮 講演「曖昧な弱者とその敵意——社会分断の新たな構造」(2024年)
• 遠藤晶久・ウィリー・ジョウ『イデオロギーと日本政治——世代で異なる「保守」と「革新」』新泉社,2019
• 松谷満『「右派市民」と日本政治——愛国・排外・反リベラルの論理』朝日新聞出版,2026
• 社会調査支援機構チキラボ「『若者のリベラル離れ』は本当に起こっているのか?」(2026年4月)
• 朝日新聞・三浦麻子(大阪大学)共同調査(2026年2月報道)
• NIRA総合研究開発機構「2026年の各国政党政治 第1章 日本」
アメリカ
• Trump 支持率各種調査(CNN, Quinnipiac, Pew, Washington Post/Ipsos, Emerson, CNBC, Civiqs, 2026年7月)
• Learning Resources, Inc. v. Trump(連邦最高裁,2026年2月20日)
• Brookings 関税判決分析(2026年2月),ニューヨーク連邦準備銀行,Tax Foundation
• PIIE「Did the Supreme Court just signal the fate of Trump's tariffs?」(2026年5月)
• Yale Youth Poll,Tufts CIRCLE 調査(2026年1〜2月),NYC市長選出口調査(2025年11月)
ポストリベラリズム文献
• Patrick J. Deneen, Why Liberalism Failed (2018), Regime Change: Toward a Postliberal Future (2023)
• Adrian Vermeule, common good constitutionalism
• James M. Patterson & Thomas D. Howes, Why Postliberalism Failed, Acton Institute, 2026
• Phil Magness「The Postliberal War on Economics」(2026年2月)
• Cas Mudde(ポピュリズムの薄いイデオロギー論),Karl Polanyi(脱埋め込み/再埋め込み)
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