水木要太郎(1865-1938)(雅号:十五堂)は,現在の愛媛県伊予市出身だが,東京高等師範学校を出た後,奈良県尋常師範学校の教員となって大和郡山市に住むことになる。奈良県尋常中学校(現,奈良県立郡山高等学校)の教員や奈良女子高等師範学校(現,奈良女子大学)の教授として勤めた。
大和の歴史や地誌の研究を進める一方,漢詩,和歌,俳句,書画,狂歌から茶道,演劇等を通じ,多くの文人や芸術家と交流し,幅広い分野であらゆる収集を行い,その数7,000点あまり,『水木コレクション』として,今日に受け継がれている。中近世の古文書,近世の刊本,近世から近代の絵地図,文化人の書状など多岐にわたる膨大な資料群であり,学術的に貴重な資料も多く含まれている。特に異彩を放つのが,『水木の大福帳』と呼ばれる半紙四分の一大の帳面であり,300冊以上にものぼる大福帳には,多くの学者や文人,芸術家などあらゆる階層の人たちが署名やコメント,似顔絵などを残している。まさに時代の息吹が直接伝わる貴重な資料である。(大和郡山市ホームページより引用)
古事記1300年を記念して,文化伝承の重要性を発信する取り組みとして大和郡山市が2012年に設けたのが水木十五堂賞だ。その今年(第11回)の受賞者が落語家の四代目桂文我であり,今日はその授賞式と記念講演会に出かけた。第4回授賞式で,辻本一英氏(阿波木偶箱回し保存会)の話を聞いて以来7年ぶりだった。
記念座談会での文我の話が面白かった。落語公演日が決まると3,4日前に,ワープロで話を全部さらうのだそうだ。そして,当日はそのままには演じない。観客との相互作用=対話によってライブの演目が形づくられていくということだった。ChatGPTのようなAI対話システムが検索に代替できるできないの議論がある。そもそも検索とは何か,知識は相互作用で構成され,ネットワークの中に維持されるものだとすれば,むしろ対話のほうが本質なのかもしれない。
写真:水木十五堂の大福帳(大和郡山市資料から引用)
天理大学附属天理図書館蔵・国立民俗博物館提供写真
[1]館蔵水木家資料中世文書(国立歴史民俗博物館)
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