2020年2月29日土曜日

昭和のプログラミング教育(4)

昭和のプログラミング教育(3)からの続き

金沢泉丘高校理数科の2年になって,カシオのAL-1000の次に取り組んだのがアナログ計算機である。

野田中学校3年のときの技術の先生が黒丸の眼鏡をかけた辻先生といって,やんちゃな生徒まで含めて全員が恐れるたいへん怖い先生だった。電気や電子回路が専門のようで,技術準備室には分解・組立中のテレビなどが山積していた。電気の授業では,電気工事士の実技試験のような設定で,木の板に碍子を固定して電線を貼るというものがあって,クラスから2名選ばれた。ドライバーなどの工具を与えられ持ち時間10分くらいで取り組んだ。もう一人は誰だったかはっきりしないが,なんと自分も選ばれてしまったのだ。練習も何もなしで「始め」といわれてもウロウロするだけで碍子一つ取り付けれずに終了した。チーン。もう一人は途中までできていたが,自分はあまりにも不器用だった。

3年の技術の授業の後半にはいよいよ真空管式ラジオの回路図が登場した。五球スーパーか何かのキットを買ってもらって真空管式ラジオを実際に組み立てたのは高校生になってからだったが,それまでも,はやくから電子工作のおもちゃは家にあり,ハンダごてを使ってトランシーバーのキットに挑戦したりと,小学生の時の鉱石ラジオから始まった電子回路への興味はとても大きかった。授業にも真剣に取り組み(ラジオの実習はなかったと思う),試験前には教科書の回路図を完全に記憶していた。試験では微分回路と積分回路が出て,そこだけが間違っていた。採点の方が誤りだったので,恐る恐る先生に申し出たところ,無事に訂正してもらえてよくできたと褒められた。

話が長くなったが,その積分回路と微分回路を使うと,高校数学で出てくるような微分方程式(当時は高等学校の数学でも簡単な微分方程式を扱っていた)を解くことができる。この原理を利用したのがアナログ計算機であり高専などでも使われていた。20年ほど前に,インターネットで探してみると神戸高専のホームページに丁度自分たちが高校時代に使っていたものの写真が見つかった。それからしばらくするとそのページも無くなってしまい,今では完全に過去の遺物となってしまった。


図1 理数科で使ったアナログ計算機(引用:神戸高専の古いウェブサイトより)


北國新聞の記事にある楠先生の収集資料の中には,昭和48年9月に全国理数科高等学校長会によって発行された理数科紀要の第1集があり,その一部のデータを送っていただいた。当時,非常にがんばってこのアナログ計算機の実験に取り組んでレポートを書いたので,楠先生に取り上げられて,あちこちの発表に利用されたようだ。同級生の北原さんと連名になっているが,ほとんど私の作品だ。昔はよく勉強していたことがわかる。

図2 理数科紀要の中で報告された当時の私のレポート

アナログ計算機は理科の準備室かどこかに設置されていて,放課後一人で残って黙々と楽しい作業を続けた。微分方程式を解いた計算結果は振動や過渡現象のグラフになって出力される。あるとき,配線を間違えてスイッチをいれると警告ブザーが鳴り響き,学校に1台しかない高価な機械を壊してしまったかと肝を冷やした。アナログ計算機は無事だった。なお,図2のレポートをワープロで書いたのは楠先生だ。自分が書いたレポートは手書きであり,ちゃんと返却してもらったのだが,50年のうちに紛失してしまった。


2020年2月28日金曜日

感染症の数理シミュレーション(3)

感染症の数理シミュレーション(2)からの続き

一昨日のニュース。2020年2月26日,基本方針が全く具体的でないと厳しく指摘されてあせる政府の要請により,PerfumeやEXILEのコンサートが中止になった。また,3月11日まで国立劇場の公演は延期や中止,国立博物館・美術館が閉館となり,社会の空気が相転移した。一方,大阪でただ1名の感染報告者のガイドさんが,回復・退院後再び症状が現れてしまった。さらに,昨日は安倍官邸が全国の小中学校の休校を要請するに至った。SNSでは根拠が不確かな情報がひろがっているということなので,このblogもあまり信用しないほうがいい(ソースコードは提供しており反証は可能だ)。

さて,パラメタが4つあれば象の絵が描けるといわれているので,5つもパラメタを含んだモデルで遊ぶのは慎んだほうがよいのだ。しかし,精緻な理論化に取り組む前に,現象の本質につながるトイモデルであれこれ試すのは,物理学あるいはコンピュータ・シンキング(プログラミング的思考じゃないダス)のキモである。前回のモデルにおけるパラメタセットの問題点を指摘し,それを除く修正モデルを提案して今後の感染状況の推移の全体像の可能性を探りたい。

前回のSIIDRモデルには6つのパラメタが現れる。このうち集団の人口$n$は固定されており,これは問題ない。感染率(1人1日あたりの感染人数)$\beta$や軽症感染者からの平均離脱日$\alpha_1, \alpha_2$,重症感染者からの平均離脱日$\gamma_1, \gamma_2$の5つの範囲をどのように合理的に推定するかがポイントだ。

東京大学の黒田玲子産業医が個人的な見解としてまとめたメモによれば,新型コロナウイルス感染症の潜伏期は1〜12.5日(多くは5〜6日)で,感染力は1人→2〜3人,予後はほぼ治癒だが,ICU入院が5%弱で致死率が0.7%とある。したがって,軽症感染者の平均離脱日を7日とするのはまあまあだ。また,重症感染者への移行率は5%とした。黒田メモの分母は感染者だが,我々のモデルの感染者には発症していないものも含む(5%より小さくなる)。その一方でICUまで至らない重症感染者も考えられる(5%より大きくなる)ので,とりあえず5%を採用する。そこで,$\alpha_1=7/0.95, \alpha_2=7/0.05$とする。また,重症感染者についても同じ7日を仮定し,重症感染者からの死亡率を5%とした。つまり,$\gamma_1=7/0.95, \gamma_2=7/0.05$である。その結果,このモデルの感染者致死率は0.25%となるが,ここでの軽症感染者には発症していないものを含めているので,上記の致死率0.7%とは矛盾しない。こうして4つのパラメタは合理的な範囲で収められる。

最も重要な不確定因子は感染率$\beta$である。これは,ウイルスとホストの生物学的な特性でほぼ決まるが,同時に,ホストである人間集団の社会構造(人口密度,経済活動,生活習慣,文化的要因)にも強く影響されるので,想定する集団によって大きく変わりうる。一方で,感染力(基本再生産数 Ro)は2.2と報告されているため,軽症感染者の平均離脱日数7日で割れば,$\beta=0.3$あたりがこの値の想定範囲となる。

とりあえず,前回のモデルをダイヤモンドプリンセスに当てはめて計算してみた。初期値として5%が感染したところから初めた(2/28/2020日経朝刊の対談より)。$\beta=0.3$のときに3700人あたり4人の死亡数(30日目)が再現できる。このときの累積重症感染者は3700人に換算して590人であり,報告されている700人とほぼ対応している。

次に,このパラメタセットで中国の湖北省の状況を説明できるかどうかを確認したい。モデルの軽症感染者には感染力を持つ非発症者を含んでいるため,報告されている感染者数とは直接比較できない。一方,軽症感染者数の時間構造と重症感染者数の時間構造は1週間ほどのタイムラグがあるがほぼ同形である。また,死亡者数についてもあいまいさが少ない。そこで,我々は,(1)モデルの重症感染者数(1万人当り)の感染者数飽和時期と(2) 現時点の死亡数(1万人当り)の2要素を湖北省のデータと比較する。2019年12月8日に最初の報告があってから,ほぼ3ヶ月たった現時点で湖北省の感染者数は飽和しそうである。また,湖北省の死亡数は約2700人だ(湖北省総人口は5900万人で人口密度は日本と同程度。また,死亡数の8割が集中する武漢は人口が1100万人で人口密度は愛知県なみ)。湖北省の感染者数飽和時の1万人当りの死亡数は0.5人のオーダーと推定される(特異的な武漢を除く湖北省では0.1人)。

図1 β=0.3(左の山/丘)とβ=0.2(右の山/丘)の重症感染者数(u4)と死亡数(u4)

図1のように,上記のパラメタで3ヶ月後(90日目)に感染者数飽和を与える$\beta$は0.30前後だが,このときの死亡数は20人となり1桁以上違う。一方,$\beta=0.20$として,3ヶ月後の死亡数を0.5人あたりに近づけると感染者数飽和時期(右の山の累積値の飽和)が7ヶ月後になり,このモデルでは湖北省データをうまく説明できない。その原因は,中国の強力な対策によって感染率$\beta$を制御できたことにあるのではないかと考え,$\beta$が時間$t$の関数として減少する図2のSIIDR2モデルを導入する。パラメタ数をなるべく減らしたいので,ここでは,$\beta(t)=\beta \exp(-t / \lambda)$という1パラメタの指数関数を導入する。$\lambda$は感染対策時間因子であり1〜数ヶ月のオーダーだ。短期間の変化は1次関数で近似される。

図2 感染率がβ(t)として時間に依存するSIIDR2モデル

図3のように,$\beta=0.30, \lambda=65$で,湖北省データと矛盾しない結果が得られる。これは感染初期に3ヶ月で感染率を1/4まで減らしたことに対応し,実際中国は武漢封鎖などの強力な措置によってこれを達成したのかもしれない。このときの飽和感染者数は70人(1万人当り)であり,武漢に換算すると8万人となる(非発症者を含む)。なお,この感染対策時間因子が$\lambda=100$にとどまれば,重症感染者数の飽和数は数倍に跳ね上がる。

図3 小さな山/丘(λ=65)が湖北省データに対応,大きな山/丘はλ=100の場合

この湖北省で得られたパラメタをこのまま日本に当てはめると,30日目の現在の重症感染者数は0.65人/1万人,0.05人/1万人である。つまり現時点における全国の重症感染者数はu3=6500人,死亡数はu4=500人に達することになる。しかし,たいへん残念なことに日本には正確なデータがない。通常の肺炎の死亡者は,年間10万人(日平均300人)なので,埋もれて観測されていない可能性も排除できないがそれはないと思いたい。例えば,$\beta=0.20, \lambda=100$とすると(武漢を除く湖北省に近いケース),30日目の現時点においてそれぞれu3=1000人とu4=100人となり(観測されていないものがあるという考え),よりマイルドな結果を与える。この場合,3〜4ヶ月後に飽和する重症感染者数は全国で7〜8万人,最終死亡数は500人のオーダーとなる(パラメタ次第で,結果を象の鼻を動かすように変えられるのがいたい・・・orz)。

P. S. 下記の参考文献[6][7][8]のように,中国からはよりまともな遅延ダイナミカル・シミュレーションの結果が報告されている。日本では誰か計算していないのだろうか・・・

[1]緊急寄稿新型コロナウィルス(COVID-19)感染症(川名明彦・三笠桂一・泉川公一)
[2]2019-nCoVについてのメモとリンク(中澤港)
[3]人口と感染症の数理(稲葉寿)
[4]数理モデルによる感染症流行制御の検証(大森亮介)
[5]新興感染症の国際的伝播を予測する数理モデル(西浦博・木下諒)
[6]CoVID-19 in Japan: What could happen in the future?(medRxivから)
[7]The reproductive number R0 of COVID-19 based on estimate of a statistical time delay dynamical system(medRxivから)
[8]A Time Delay Dynamical Model for Outbreak of 2019-nCoV and the Parameter Identification(arxivから)

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using DifferentialEquations
using ParameterizedFunctions
using Plots; gr()

sky = @ode_def SIIDR2_model begin
  du0 = 1 # u0:time
  du1 = -β*exp(-u0/λ)*u1*u2/n # u1:Noimmunity(Susceptible)
  du2 = β*exp(-u0/λ)*u1*u2/n -u2/α1 -u2/α2 # u2:Mild(Infected-a)
  du3 = u2/α2 -u3/γ1 -u3/γ2 # u3:Serious(Infected-b)
  du4 = u3/γ2 # u4:Dead
  du5 = u2/α1 +u3/γ1 # u5:Recovered
  du6 = u3 # u6:Accumulated Infection
end n α1 α2 β γ1 γ2 λ

n=10000.0 #total number of population
α1=7.0/0.95 #latent to recovery (days/%)
α2=7.0/0.05 #latent to onset (days/%)
β=0.3 #infection rate
γ1=7.0/0.95 #onset to recovery (days/%)
γ2=7.0/0.05 #onset to death (days/%)
λ=65 #pandemic supression time (days)

function epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2,λ)
u0 = [0.0,9999.0,1.0,0.0,0.0,0.0,0.0] #initial values
p = (n,α1,α2,β,γ1,γ2,λ) #parameters
tspan = (0.0,30.0) #time span in days
prob = ODEProblem(sky,u0,tspan,p)
sol = solve(prob)
return sol
end

β=0.20
λ=100
@time so=epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2,λ)
plot(so,vars=(0,4))
plot!(so,vars=(0,5))
#plot!(so,vars=(0,7))
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

感染症の数理シミュレーション(4)に続く

2020年2月27日木曜日

昭和のプログラミング教育(3)

1969年,金沢泉丘高校の我々理数科二期生のプログラミング教育は,CASIO AL-1000(1967年発売)からはじまった。Nigel ToutによるVintage Calculators Web MuseumのDesk Electric Calculatorsのトップにきているのが,このCASIO AL-1000 である。楠先生によれば,泉丘高校に4台が導入されたとのことだ。当時の価格で30万円だときかされていた。今の物価に換算するとその数倍に相当するのではないか。

AL-1000の入力はテンキーの数字と四則演算記号などで,出力は14桁のニキシー管による。プログラムステップは30とあるが,メモリに4つ使うため実質は26ステップだったのではないか。楠先生はこの4メモリあるのがすごい(値段が高い原因でもある)と強調していた。アセンブリ言語のような命令を使うのだが,フラッグへの条件分岐を多用する。与えられた課題の一つが与えられた自然数の階乗を計算するというものだった。ようやくできて喜んでいたら,同級生の土田純一君(物理部)がクラスで最小のステップ数で実現したと楠先生に褒められていた。残念,はやくも負けてしまったのだった。

その後,高校3年になると新しいオリベッティの卓上計算機が1台導入された。たぶん100ステップぐらいの計算ができ,メモリも10くらいになっていたのではないかと思うが,入試モードの我々は姿を見ただけで使わせてはもらえなかった。その後,大学に入り,大学院に進学する頃には自分の手元にAL-1000の機能を遥かに上回るカシオのプログラミング電卓がやってくることになる。時代はあっという間に進んでしまった。


写真:CASIO AL-1000 の雄姿(Vintage Calculators Web Museumから引用)

2020年2月26日水曜日

特集−量子コンピュータ(5)

特集−量子コンピュータ(4)からの続き

17.河西棟馬(技術史)
   情報概念の形成(15p ☆☆☆)
   1920年代における物理学と工学の接近
科学的な情報概念の誕生の契機として,統計学,通信工学,物理学(統計力学)をあげている。大阪教育大学に教養学科を設置したとき,情報科学専攻が設けられ,そのカリキュラム試案が提示されたことがある。木立先生が,なんでこんなところに統計力学が入っているんだとディスっていて削除されたのだが,たぶん,どこかの大学をモデルにしていたのだろう。まあ,入っていると物理の誰かが担当しなければならないので,正解だったかもしれないが,後に物理出身の藤田修先生が着任されたので,入っていても良かったかな。河西さんはハートリーやナイキストに通信工学における定量的情報概念の形成の出発点を見出し,シラードエンジンからシャノンまでの歴史を辿っている。

18.鈴木真奈(論理学/科学史)
   ホームオートメーション再考(12p ☆☆)
   1980年代の日本が描いた21世紀の情報化社会
たぶん,本書のテーマから最も距離のある論考だ。確かに,2010年代のIoTと1980年代のホームオートメーションは同じなのだ。奈良県の東生駒でCATVが始まったのはよくおぼえているし,それがゆえに,自宅のネットワーク回線はいまだにKCNだったりする。ISDNも使っていたが,一瞬でなくなってしまった。CDの誕生から消滅も一瞬といえるのだろうか。1990年代に大学のネットワークを含んだ将来構想を考えていたときは,この1980年代の古いマルチメディア社会をベースにしながら,それを越えるものとしてイメージしていたはずだ。

19.加藤夢三(日本近代文学)
   偶然性・平行世界・この私(11p ☆☆☆)
   量子力学と文学をめぐる諸問題
東浩紀のクオンタム・ファミリーズはおもしろくなかった。東浩紀が嫌いだからではない(津田大介の件では最低でしたね)。文学的な量子飛躍は,文学の標準機能として備わっているものだから,クオンタムと称して物語を展開すること自身がなんだかなあになってしまう。さて,偶然文学論の中河輿一は古い人なのかと思ったが,まだ著作権は切れていない天の夕顔の人だった。まったく議論は深まっていかないのだけれど,量子情報が本質的な役割を果たすサイエンスフィクションを読んでみたい。なお,最初にSFの多世界解釈を見たのは,旺文社の学年別学習雑誌の付録のSF読み物だ。ヒューゴー・ガーンズバックのラルフ124C41+もエドモンド・ハミルトンのフェッセンデンの宇宙もエドワード・スミスの宇宙のスカイラークもこの短い小冊子で読んだ。そこに,著者もタイトルも忘れたけれど,自動車事故で夫が死ぬ世界と妻が死ぬ世界が交錯する物語を読んだのをはっきり憶えている。

2020年2月25日火曜日

感染症の数理シミュレーション(2)

感染症の数理シミュレーション(1)からの続き

動機
政府は,NHKテレビを通じて「ここ1,2週間が瀬戸際」で「感染のピークシフトを」と訴えている。ところが,具体策としては,多少具合が悪くても自宅で寝ておけというもので,それ以上の(中国のような)大胆な政策出動には及び腰だ。北海道や和歌山県などでは感染者が報告されてきたが,大阪や京都で感染者がほとんどいないのはどうみても不自然だ。SNSのうわさでは,保健所や病院でたらい回しにされながら検査を拒否されているという。ごく一部の例で感染拡大をアピールしながら,厚生労働省の検査基準と各地方自治体の保健所の連係プレーで,医療資源保護や東京五輪のために検出の押さえ込みを図っていると見えてしまう。

ところで,日本の医療資源の限界とはどの程度のもので,感染によってこれがどの程度枯渇することが想定されているのか,あるいは,ピークシフトの時間スケールはどうなのかという半定量的な情報はほとんど出されていない。重症化した感染者が病院で病床について治療されることを考えてみる。厚生労働省の医療施設動態調査(平成30年2月)によれば,一般診療所を除く日本全国の病院の療養病床を除く病床数は約123万床なので国民100人に1床の割合だ。なお月末病床利用率というのも厚生労働省から報告されており,全国平均で約80%である。したがって,コロナウィルスの対応可能病床数は100人に0.2床ということになる。実際にはすべての病床が対応可能ではないから,100人に0.1床(1万人に10人)を上回る重症者が発生すれば危険というオーダーか。

そこで,今回の新型コロナウイルス感染症の特徴を満たすSEIRをもとにした数理モデルを作成して,重症者や死亡者のシミュレーションを行ってみる。なお,PFNの丸山宏さんが,林祐輔さんが公開したSEIRモデルを参考に,ダイアモンド・プリンセスにおけるCOVID-19発症日別報告数を観測データとして,最適化ツールOptunaを用いてパラメターフィッティングを試みている。丸山さんは,SIRモデルを仮定し(感染しない潜伏期間がないもの),N=3711人の集団に対し,初期の感染者(発症していない人を含む)I0,感染率β(Nで割っていない),感染者がある日に発症する率α,発症期間γをパラメータ推定した。発症率が4%で,初期感染者が209名,一人当たり感染数(Nβ)は41だ(βの定義に注意)。

モデル
SEIRモデルを少し修正する。免疫を持たないものが感染する部分は同じである。この軽症感染者は一定期間をへて,回復者又は重症感染者にいたる。重症感染者は,一定期間をへて回復者または死亡者にいたる。重症感染者は病院または自宅で隔離されるためそれ以上の感染源とはならない。死亡者も同様だ。軽症感染者は無症状かもしくは軽い風邪程度の症状なので普通に活動し,免疫非保持者を感染させる可能性がある。この重症感染者の数を病床数と比較することで,医療資源の破綻の程度が判断できる。
図 SEIRモデルを修正したSIIDRモデルの概念図

$\dfrac{du_1}{dt} = -\beta \dfrac{ u_1*u_2}{n}$
$\dfrac{du_2}{dt} = \beta \dfrac{ u_1*u_2}{n} -\dfrac{u_2}{\alpha_1} -\dfrac{u_2}{\alpha_2}$
$\dfrac{du_3}{dt} = \dfrac{u_2}{\alpha_2} -\dfrac{u_3}{\gamma_1} -\dfrac{u_3}{\gamma_2}$
$\dfrac{du_4}{dt} = \dfrac{u_3}{\gamma_2}$
$\dfrac{du_5}{dt} = \dfrac{u_2}{\alpha_1} +\dfrac{u_3}{\gamma_1}$


計算
$n$=10,000人の集団を考える。免疫非保持者$u_1$が9,999人,軽症感染者$u_2$が1人の初期状態から約1年間の推移をシミュレートする。軽症感染者の感染期間を14日として,その96%が回復し,4%が重症化すると仮定する。すなわち,$\alpha_1=14/0.96$ ,$\alpha_2=14/0.04$。さらに,重症感染者の感染期間を7日として,その90%が回復し,10%が死亡するとする。感染者の死亡率は0.4%になる。すなわち,$\gamma_1=7/0.90$ ,$\gamma_2=7/0.10$ 。感染率$\beta$をパラメタとして,0.1から0.3まで変化させた。ここで得られる結果$u_1, \cdots u_5$ はすべて集団1万人あたりの人数になる。そこで,重症感染者数 $u_3$と1万人当たりの受け入れ可能病床数(10床)を比較して,医療資源の枯渇の様子を調べる。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
using DifferentialEquations
using ParameterizedFunctions
using Plots; gr()

sky = @ode_def SIIDR_model begin
  du1 = -β*u1*u2/n # u1:Noimmunity(Susceptible)
  du2 = β*u1*u2/n -u2/α1 -u2/α2 # u2:Mild(Infected-a)
  du3 = u2/α2 -u3/γ1 -u3/γ2 # u3:Serious(Infected-b)
  du4 = u3/γ2 # u4:Dead
  du5 = u2/α1 +u3/γ1 # u5:Recovered
end n α1 α2 β γ1 γ2

n=10000.0 #total number of population
α1=14.0/0.97 #latent to recovery (days/%)
α2=14.0/0.03 #latent to onset (days/%)
β=1.0 #infection rate
γ1=7.0/0.90 #onset to recovery (days/%)
γ2=7.0/0.10 #onset to death (days/%)

function epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2)
u0 = [9999.0,1.0,0.0,0.0,0.0] #initial values
p = (n,α1,α2,β,γ1,γ2) #parameters
tspan = (0.0,360.0) #time span in days
prob = ODEProblem(sky,u0,tspan,p)
sol = solve(prob)
return sol
end

β=0.3
@time so=epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2)
println(β," ",so[4,45]," ",so[3,19])
plot(so,vars=(0,3))
β=0.2
@time so=epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2)
println(β," ",so[4,40]," ",so[3,19])
plot!(so,vars=(0,3))
β=0.15
@time so=epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2)
println(β," ",so[4,34]," ",so[3,20])
plot!(so,vars=(0,3))
β=0.12
@time so=epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2)
println(β," ",so[4,30]," ",so[3,22])
plot!(so,vars=(0,3))
β=0.1
@time so=epidm(n,α1,α2,β,γ1,γ2)
println(β," ",so[4,28]," ",so[3,24])
plot!(so,vars=(0,3))
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結果
上記モデルを用いたピークシフトのふるまいは,次のグラフのような結果となる。
図:1万人当たりの重症感染者数の感染率β依存性,左からβ=0.30, 0.20, 0.15, 0.12, 0.10

重症感染者数$u_3$のグラフから得られた結果と死亡者数$u_4$の値をまとめると次のようになる。

表:感染率βと1万人当たりの重症感染者のピーク及び1年後の1万人当たり死亡者数
 β  ピーク日 ピーク病床  死亡者
 0.30      50    54    30
 0.20      80    38    28
 0.15    125    23    25
 0.12    185    13    20
 0.10    280    7    13

重症感染者のふるまいの感染率$\beta$への依存性は非常に大きい。$\beta$が0.12を越えると,必要なピーク病床数は簡単に受け入れ可能病床数の10を超えてしまい,医療パニックが発生する。これが,感染開始1ヶ月から半年の間に起こる(当然オリンピックの時期を含む)。非常に激しければ短期(3ヶ月)で収束するが混乱は限度を超える。感染率を押さえこんだとしても影響が長期化することは避けられない。

付記
肺炎による死亡は,悪性新生物や心疾患についで日本人の死因の第3位になっており,年々死亡率(10万人当たり死者数)が上昇している。1万人当りに換算すると,年に10人が肺炎で死亡していることになる。上記のβ=0.10の場合の13人はこれと同じオーダーであることから,もし中間的な過程が隠蔽されたとしても,1年後には明らかに新型コロナウィルス肺炎による肺炎死亡者の急増が観測されるはずである。

感染症の数理シミュレーション(3)に続く


2020年2月24日月曜日

感染症の数理シミュレーション(1)

新型環状病毒肺炎からの続き

あの神戸大学の岩田健太郎さんが新型コロナウィルス感染症の数理シミュレーションの論文を書いていた[1]。調べてみると基本的なSEIRモデルを使った簡単な微分方程式系だ。感染症に対して免疫を持たない者(Susceptible),感染症が潜伏期間中の者(Exposed),発症者(Infectious),感染症から回復し免疫を獲得した者(Recovered)から構成され,その頭文字をとってSEIRモデルと呼ばれる。このうち集団全体の出生率と死亡率を0に置いたモデルで計算していた。

このモデルの詳細については,Compartmental models in epidemiologyに詳しいが,ここでは上の日本語版WikippediaのSEIRの記事で十分だ。早速,Juliaで追計算してみた。下の例では,n=1000人の集団に1人の感染者がいるところからはじまる。感染率βは1日に1人で,潜伏期間αは12日,発症期間γは8.5日である。このモデルでは潜伏期間には感染しない。コロナウイルスは潜伏期間にも感染するようなので,この部分は簡単にモデルを修正できる。以下のコードではδとして導入した項だ(ピークがかなり前倒しになる)。

αとγは制御できないので,感染率βを如何にコントロールするかが対策のキモとなる。潜伏期間に感染するδ=1.0のモデルでは,β=0.2で集団の9割以上が感染してしまうが,β=0.1で8割,β=0.07では1年かけて5割強,β=0.05では1年後にも1割以下となり,非常にセンシティブだ。
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using DifferentialEquations
using ParameterizedFunctions
using Plots; gr()

sky = @ode_def SEIR_model begin
  du1 = -β*u1*(δ*u2+u3)/n # u1:Susceptible
  du2 = β*u1*(δ*u2+u3)/n -u2/α # u2:Exposed
  du3 = u2/α -u3/γ # u3:Infectious
  du4 = u3/γ # u4:Recovered
end n α β γ δ

function dif()

# hayashi-model
#n=1000.0 #total number of population
#α=5.5 #latent period (days)
#β=1.0 #disease transmission rate
#γ=7.0 #infectious period (days)
#δ=0.0 #latent transmission rate

# iwata-model
n=1000.0 #total number of population
α=12.0 #latent period (days)
β=1.0 #disease transmission rate
γ=8.5 #infectious period (days)
δ=0.0 #latent transmission rate

u0 = [999.0,1.0,0,0] #initial values
p = (n,α,β,γ,δ) #parameters
tspan = (0.0,100.0) #time span in days
prob = ODEProblem(sky,u0,tspan,p)
sol = solve(prob)
plot(sol,vars=(0,1))
plot!(sol,vars=(0,2))
plot!(sol,vars=(0,3))
plot!(sol,vars=(0,4))
end

@time dif()
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
岩田さんが例にあげているアウトブレイクするパラメタを代入してみると,よく似たグラフが得られたが,発症者のピーク位置や感染者と発症者の山の重なりが微妙に違う。彼の論文ではパラメタの領域しか提示されていないため,厳密な比較ができない。そこで,林祐輔さんのシミュレーション[2]と比較した。こちらのほうとは,ピタリと一致したのでたぶん上のコードは正しいのだろう。

図 JuliaによるSEIRモデルの確認


[1]A Simulation on Potential Secondary Spread of Novel Coronavirus in an Exported Country Using a Stochastic Epidemic SEIR Model(K. Iwata, C. Miyakoshi)
[2]COVID-19/stochasticSEIRmodel.ipynbY. Hayashi
[3]面向新冠疫情的数据可视化分析与模拟预测(陈宝权 北京大学前沿计算研究中心)
[4]corona_virus_model fitting_by optina(H. Maruyama)

 感染症の数理シミュレーション(2)に続く

2020年2月23日日曜日

特集−量子コンピュータ(4)

特集−量子コンピュータ(3)からの続き

13.大黒岳彦(哲学)
   量子力学・情報科学・社会システム論(22p ☆☆☆☆)
   量子情報科学の思想的地平
著者は次のようにいう。量子情報科学(量子計算−量子暗号−量子通信の三位一体)は次世代の情報社会(N. ルーマンの社会システム論=コミュニケーションの連鎖的接続)の要をなす技術であり,パラダイム変革的ではなくパラダイム完成的テクノロジーであると。その後,情報科学の誕生から情報科学と現象学の対比をへて,物的世界像を逆転させた情報的世界観を提示する。さらに,物理学におけるモノと情報の相克が量子力学に現れることから,量子情報科学の誕生からその思想的地平までに及ぶ。哲学者の議論は往々にして深い迷い道に誘い込まれるのだが,大黒さんはとても明解である。ルーマンの社会システム理論への過剰な肩入れが気になるのだが(ここは自分の勉強不足か?),それを除けばとても実り多い論考だった。

14.河島茂生(情報倫理)
   未来技術の倫理(13p ☆)
「倫理(ethics)」とはもともと「慣習(ethos)」を表す言葉である。ここまでは良かったが,オートポイエティック・システム(自分自身で自分をつくるシステム)やアロポイエティック・システム(他のものによってつくられ他のものをつくるシステム)あたりからついていけなくなり,転調してから,社会−技術システムと功利主義的計算が何なのかさっぱり分からず,すっ飛ばしながら終了した。チーン。

15.斉藤賢爾(インターネットと社会)
   デジタル署名,ブロックチェーンと量子アルゴリズム(10p ☆☆☆)
   新たなるサイファーパンクの夜明け
フィンテックが専門の斉藤賢爾さんは以前から独特の発想がおもしろくてときどきウォッチしてきた。「サイファーパンク」とは「強力な暗号技術やプライバシー強化技術を社会的・政治的変化への道として広く利用することを提唱する活動家」のことであり,斉藤さん自身のことかもしれない。暗号技術の本質は記録の真正性を保つことにあるとして,ブロックチェーンの話につなげていく。ただ,量子計算との関係はあまり深まらなかったのが少し残念だった。

16.羽根次郎(中国近現代史)
   チャイバースペース(Chyberspace)の出現について(10p ☆☆)
   中国の「サイバー主権」論の背景にあるもの
話は2000年の九州・沖縄サミットの沖縄IT憲章から始まる。結論は,サイバースペースの「国家からの独立性」が存在しないのは,中国のみに限定される話では最初からない,である。もうひとつのキーポイントは,次の部分だ。確率上稀にしか起せないイノベーションを,「ベンチャー支援」という名の「失敗時のコスト最小化作業」を通じてまで支援する所以が・・・(割に合わないイノベーションにかくも期待するのは)・・・イノベーションを起すための不可欠な条件として新自由主義的諸改革への白紙委任を正当化するためだ,というところ。

2020年2月22日土曜日

昭和のプログラミング教育(2)

昭和のプログラミング教育(1)からの続き

楠先生から,北國新聞2020年2月18日の紙面コピーが送られてきた。タイトルは「昭和40〜50年代のプログラミング,最先端教育記憶つなぐ,元泉丘高教諭・楠さん 教え子から感想文収集」であった。楠先生は,93歳で,1958〜77年に泉丘高で勤務しているので,我々が高校生だった50年前には,43歳ぐらいだった。

クスリのアオキの青木桂生さんが,日本経済新聞の2016年2月22日の記事「パチ先生の教え」で,楠先生(あだながパチ)の思い出と,実家の薬屋を継ぐように諭されたことを書いている。青木さんは1942年生まれくらいなので,我々よりほぼ10歳上,楠先生が30歳で泉丘高校に着任したころの生徒だ。クスリのアオキの会社沿革には,1985年に株式会社クスリのアオキを設立したときの本社所在地は,金沢市泉野出町4丁目になっている。泉丘高校のすぐ南になる。昔はほとんど田んぼだったが,円光寺線の道路沿いには,何かあったのかもしれない。

理数科2期生の我々8組のクラス担任は,1年が松川先生,2年が楠先生,3年が物理の谷口先生だった。松川先生は幼なじみの松川隆行君の父上で,東大の理学部数学科だったと思う。寺町2丁目の電車通りに面して,横山酒店のとなりが松川金物店で,泉野小学校の1,2年のときは同級生だった松川君のうちに時々遊びに行った。担任の川村先生に指名されて,2人で毎日クラス絵日記をかかされていた。その後,雪の市立工業高校のグラウンドをころげまわって帰っていた。その転がり方を○○流だといいあっていたのだが,彼が泉丘流だといったのが,はじめて「泉丘」という言葉を知ったときだ。

松川君にはお姉さんがいて,弟共々よくできるひとだった。お姉さんもお茶の水だったのではないか。3人でダイヤモンドゲームをして,自分がこてんぱんに負けた記憶がある。松川君は東大に進みその後,建設省だかどこかの高級官僚になったと思う。しばらく前は,日本木材住宅産業協会の専務理事の足跡がある。

かつての横山酒店の向いは,今は北國銀行の支店だが,当時は協栄のパン屋があった。その間の路地を入って100mほどで寺町のおばあちゃんの家に至る。途中に大杉和人君というのがいて,彼が泉野小学校の我々の学年で最も優秀だった。卒業式の答辞も読んだ。彼も東大に進学している。泉野小学校からは,他にも赤井勇一,西田荘平,山本賢正,山田晴美など計6人が東大に,片岡稔,山田良平,平崎鉄外喜など3人が京大に進んでいる。他にも忘れている人がいるかもしれない。昭和のプログラミング教育の話にたどりつかない。

P. S. 当時の泉野小学校は,1学年150人ほど,1年から5年までは3クラス,6年ではじめて4クラスになった。野田中学校は1学年450人で10クラス。

2020年2月21日金曜日

特集−量子コンピュータ(3)

特集−量子コンピュータ(2)からの続き

9.田中成典(計算生物学)
  量子と生命(11p ☆☆☆☆)
量子生物学というキーワードは1969年に大木幸介さんのブルーバックスを買って以来だ。最近注目を浴びているのは2007年の光合成系の量子コヒーレンスを契機としている。以前取り上げた鳥の磁気コンパスの話題もそれで,生物の感覚センサー機能における量子現象が注目されているとのこと。著者は量子多体系の第一原理計算についての素養があるので,生命現象の本質と量子計算の関りについて,生命量子計算や量子知性というキーワードで照射しようとしている。予想以上に興味深い内容だった。

10.郡司ペギオ幸夫(生命基礎論)
   「わたし」に向って一般化される量子コンピューティング(14p ☆☆)
元神戸大学の原俊雄先生にいわせると,郡司ペギオ幸夫さんは天才だが(なので?),普通の人の理解の枠を越えている。目次や表題をみると非常におもしろそうなのだが,読み出すとほとんどついていけなくなるのが常である。今回のキーワードは認知的非局所性だったが,そのスタートのロジック「XであってXでない」につまずいてしまった。

11.全卓樹(理論物理学)
   量子力学と現代の思潮(10p ☆☆☆☆)
全さんは東大の有馬研の出身だ。昔,森田研でポスドクをされていた。兵庫県の中山間部であった深山良徳君の葬儀の帰りに車で送っていただいたことなども思い出す。全さんの論説を読むためにこの雑誌を買ったのだ。期待を裏切らず,自分の知りたいと思っていた量子力学の「観測問題」をすっきりと整理してくれていた。東北大学の堀田昌寛さんは,コペンハーゲン解釈は量子力学の認識論的解釈であると言い放って,多世界解釈を簡単に斬って捨て,量子力学に観測問題などないと断定している。なんか違うのよね。哲学を含む人文科学一般について深い知識を持っている全さんは,スタンフォード哲学百科のミルヴォルトの整理に準拠して問題を解きほぐしてくれるところから始め,時代思潮と結びつけて着地する。この雑誌の特集の趣旨を十分に理解した論説だ。

12.内井惣七(科学哲学)
   無時間,無空間からの出発(8p ☆☆)
内井さんの本も何冊か挑戦しているのだけれど,まったくピンと来ないことが多い。なぜだろう。量子重力のロヴェリを最初に持ってくるところで引っかかるのかしら。いや,ライプニッツのモナドとの関連は確かにいいところをついていると思うのだ。でも確率のコード解釈がどうのこうのという結論へ向って,まったく筋が追えなくなってしまう。科学哲学の人の書いたもの,読める場合と読めない場合がある。認知の抗体反応を起してしまうのかもしれない。


2020年2月20日木曜日

新型冠状病毒肺炎

アメリカ合衆国には,アメリカ疾病予防管理センターCDC : Centers for Disease Control and Prevention )があり,年間88億ドルの予算で本部支部を併せて15,000人が働いている。中華人民共和国にも,中国疾病管理予防センター(ChinaCDC : Chinese Center for Disease Control and Prevention )があって,新型コロナウイルス肺炎に対応している。ちなみに,日本の国立感染症研究所( National Institute of Infectional Diseases )は,年間約60億円の予算約360人が働いている(予算も組織規模もNIIDのページではまったく見えてこない,日本の情報公開の程度がよくわかる)。そもそも研究組織という位置づけであるため,アメリカCDCより1.5〜2桁小さい規模にとどまっている。防衛省に投入している国家資源の5%でもこちらに振り向けたらどうなのよ

神戸大学の岩田健太郎は,しばらく前まで,新型コロナウイルス肺炎は心配しなくて良い,むしろ,子宮頸癌ウィルスのワクチン忌避のほうがよっぽど問題だろうなどと煽っていて,印象が大変悪かった。その彼が,YouTubeに「ダイヤモンド・プリンセスはCOVID-19製造機。なぜ船に入って一日で追い出されたのか(2/20削除…相当圧力がかかったのではないか)」を投稿して,急きょ注目を集めている。これが事実ならば厚生労働省など政府のトップの判断とリーダーシップはひどいものだ(まあどの案件もそうですけど・・・)。海外発生期→国内流入期→国内流行早期✓→国内蔓延期という流れのなかで今後への不安がいやおうにも増してくる。

ChinaCDCが「The Epidemiological Characteristics of an Outbreak of 2019 Novel Coronavirus Diseases (COVID-19) — China, 2020」として,最新のデータを分析した結果を2月17日に公表した。その一部を抜粋すると,

  感染確認者  死亡者 致死率
全体 44,672(100)    1,023(100)   2.3
年齢
   0–9        416 ( 0.9)   −      
 10–19      549 ( 1.2)     1 ( 0.1)    0.2
 20–29   3,619 ( 8.1)     7 ( 0.7)   0.2
 30–39   7,600 (17.0)   18 ( 1.8)   0.2
 40–49   8,571 (19.2)   38 ( 3.7)   0.4
 50–59 10,008 (22.4) 130 (12.7)   1.3
 60–69   8,583 (19.2) 309 (30.2)   3.6
 70–79   3,918 ( 8.8) 312 (30.5)   8.0
 ≥80       1,408 ( 3.2) 208 (20.3) 14.8
性別
 男性 22,981 (51.4) 653 (63.8) 2.8
 女性 21,691 (48.6) 370 (36.2) 1.7

Table 1.  Patients, deaths, and case fatality rates, as well as observed time and mortality for n=44,672 confirmed COVID-19 cases in Mainland China as of February 11, 2020.

要するに私も該当している高齢者のみ危険ということではないか。そうならば日本政府の対応も逆によく理解できる。この際,(東京オリンピックに差し障りのない範囲で)パンデミックを引き起こして,財政負担をかけている高齢者を一掃してしまおうと考えてもおかしくないし,そのためのテストベッドとしてダイヤモンド・プリンセスを(消極的に)使うことにも吝かではないのだろう。

[1]「ものすごい悲惨な状態で、心の底から怖い」ダイヤモンド・プリンセスに乗り込んだ医師が告発動画(Buzfeed)
[2]Update on the Diamond Princess Cruise Ship in Japan(CDC)
[3]「ダイヤモンド・プリンセス」から下船始まる 新型コロナウイルス陰性の乗客(BBC News Japan)
[4]ダイヤモンド・プリンセスからの下船始まる、船内の状況に専門家が警鐘(CNN.co.jp)
[5]岩田健太郎先生の動画を拝見して(高山義浩)
[6]Coronavirus in Japan(CDC)

2020年2月19日水曜日

特集−量子コンピュータ(2)

特集−量子コンピュータ(1)からの続き

5.西村治道(量子計算)
  或る理論計算機科学の研究者から見た量子コンピュータ研究の歴史(11p ☆☆☆)
量子計算のはじまりを詳しく説明している。(1)ファインマン 1982 物理系のシュミレーションと量子力学,(2) ドイッチュ 1985 量子チューリング機械,(3) ドイッチュ・ジョザ  1992 量子アルゴリズム,(4) バジラニ・ベルンシュタイン 1993 量子計算量理論と万能量子チューリング機械,(5) ヤオ 1994 量子回路,(6) サイモン 1994 サイモンの量子アルゴリズム,(7) ショア 1994 ショアの量子アルゴリズム(素因数分解と離散対数),(8) グローバー 1996 グローバーのアルゴリズム(オラクル),このあたりから2000年をピークとする第1次量子計算ブームがくるわけだ。西村さんは名大の情報学研究科,情報文化学部のひと。

6.佐藤文隆(理論物理学)
  hのない量子力学(2p ☆☆)
  機器が作る世界
佐藤さんの量子力学に関する本も最近買ってはみたけれども・・・あまりおもしろくなかった。今回の論説で印象に残ったのは,量子力学の教科書の話だ。従来型のシュレーディンガー方程式と原子構造から解きほぐすものではなく,状態ベクトルから出発しコヒーレント表示の重要性を指摘している現代的な量子力学の教科書がお薦めされていた。例えば,桜井純,ペレス,アイシャム,北野正雄などの教科書など。

7.北島雄一郎(科学哲学)
  情報の観点からみた量子力学(11p ☆☆☆)
Clifton Bub Halvorson によるCBH定理(2003)に焦点を当てている。運動物体の電気力学の議論で,アインシュタインがエーテルの性質に基づく構成的なアプローチから,原理的なアプローチ(すべての慣性系で物理法則は同じ形になる)をとったのと同様に,量子力学を微視的な粒子や波動についての理論から,情報理論的な原理に基づいた理論に転換するという方針で,CBH定理が導入された。そのために導入されるC*代数の枠組みがどこからきたのかが問題になっていると,参考文献をあげながら丁寧に議論していた。結局CBH定理はよくわからなかった。北島さんは科学哲学の人だけれど,京大工学部原子核工学修士出身なので,理系のセンスは十分。

8.丸山善宏(圏論的統一科学/現代の自然哲学)
  圏・量子情報・ビッグデータの哲学(13p ☆☆☆☆☆)
  情報物理学と量子認知科学から圏論的形而上学と量子AIネイティブまで
この現代思想の特集号で一番おもしろかったのが,この論説である。専門分野の表記がぶっとんでますね。丸山さんは京大の白眉センターの助教。京大総人(理)→京大文修士→オックスフォード大計算機科学科量子情報G博士課程という経歴だ。参考文献があがっていないが,思わず調べたくなるような話題が連なっていた。ハーディのパラドックスから量子論の五公理(確率性・単純性・部分空間・合成性・連続性 2001)がひとつ。量子論理と作用素代数が量子論の2つの異なった定式化であり,量子論の情報論的定式化・情報論的再構成は実質的にこの2001年のハーディの研究から始まったという認識だ。さらに著者は,圏論的量子力学が2008年のアブラムスキーとクックの論文から始まり,論理と計算の圏論的意味論の技術が物理に応用されたとしている。このあたり,圏論を勉強していないのでまったくわからないけれど,なんだか面白そうなのだ。さらに,ペンローズの量子脳理論に話が及ぶ。普通の人は簡単にトンデモだとして斬って捨てるところなのだが,丸山は,ペンローズの話を換骨奪胎して量子認知科学の話へと繋げる道を示唆して見せる。最後に日本の現状への警鐘を鳴らしているが,量子ネイティブにもAIネイティブにも圏論ネイテイブにもなりそこねた旧人類はどうしたらいいのだろう。

2020年2月18日火曜日

昭和のプログラミング教育(1)

Facebookをみていたら(こんなのばっかりだけど),恩師の楠先生のニュースが飛び込んできた。北國新聞の2月18日版「昭和のプログラミング教育、資料収集 元泉丘高教諭・楠さん」冒頭を引用してみよう。
昭和40~50年代、泉丘高理数科で行われた計算機プログラミング教育の資料を、当時の担当教諭が収集している。授業内容の記録、使った機器がほとんど地元に残っていないことから、現在は理工各分野で活躍する教え子から授業の感想文を募ってまとめる。今年4月から小学校でプログラミング教育が必修化されるのを前に、当時の「最先端」教育現場の記憶を次代に伝える考えである。
 資料をまとめているのは、楠(くすのき)禎一郎さん(93)=金沢市金石西1丁目=。旧制四高、東大理学部地球物理学科出身の楠さんは1958~77年に泉丘高で勤務し、68年にできた理数科を受け持った。
 同校は69年、世界初のプログラム機能付き電子計算機「AL1000」3台を導入した。プログラミングのできる計算機が大学、研究機関などでようやく普及し始めた時代、プログラミングによる「ユークリッド互除法」「素因数分解」などを課題として生徒に学ばせていたという。
 自宅を整理していた楠さんが、理数科で出題した課題やコンピューター実習室の配置設計図といった資料を見つけた。2018年に開かれた理数科の同窓会で授業の感想文を募集。東京工大教授や企業の技術者を含む教え子から多数の返事が寄せられた。
はい,この感想文を送ったうちの一人が私です。1969年に石川県立金沢泉丘高等学校の理数科1年(第2期生)でした。CASIOのAL-1000でプログラミングを学んだ。さらに,アナログ計算機で微分方程式を解いてレポートをまとめるなど。楠先生には1年から3年まで数学(甲と乙があってその片方)の授業を受け,理数科の2年のときはクラス担任だった。おととし,先生のリクエストに答えてお送りした返事が次の文章である。

平成30年9月23日
 理数科でのプログラミング教育のこと        大阪教育大学 越桐國雄
 私が,金沢泉丘高等学校の理数科の2期生として入学したのは昭和44年(1969年)のことです。3年間クラス替えのない8組として,40人のクラスメートとともに学びました。もう50年も前のことになるので,記憶もかなり怪しくなっているのですが,とりあえず,自分の中の物語を憶えている範囲で記してみます。
 理数科の二期生ということもあって,2年の担任だった楠先生なども授業を手探りでつくられているようでした。数学や理科?の授業が多く,その分,体育の授業が少ない中で,理数科向けの数学の授業では,同値関係?とεδ論法?とイデアル?とアフィン幾何?という言葉だけが,まったく分からなかった講義の中の微かな残像で残っています(記憶違いかもしれません)。
 コンピュータについてはニキシー管が並んだ,カシオ計算機のプログラミング電卓があって,4メモリ26ステップ?のプログラムが組めるというものだったと思います。こちらの方はとても興味をもって取り組むことができました。最後の課題として「整数の階乗を求める」というのがありました。がんばって考えてできた!と思ったのですが,土田君のプログラムのステップ数が最短だったということで,負けて残念だったという記憶が強く残っています。
 また,これとは別に,アナログコンピュータで微分方程式を解いてグラフを出力するという課題にも取り組みました。一人で残って作業しているときに,配線を間違えて,警告ブザーが鳴り響いて肝を冷やしたことを憶えています。単振動,減衰振動,強制振動のグラフを出力して,かなり丁寧なレポートを提出しました。
 その後,大阪大学理学部の物理学科に進んで,原子核理論を専攻し,大型計算機でFORTRANを走らせ,当時のベクトル型スーパーコンピュータの初期モデルと格闘しました。就職先の大阪教育大学では,情報教育の立ち上げに係わることになります。Macintosh40台でMathematicaの授業をやっていると,高校時代の情報教育の黎明期からたいへん遠くまで来たなと感慨深いものがありました。
P. S. 15年前に大阪教育大学の附属高校でお話しした際の資料(自分史のようなもの)を別添します。


写真 :北國新聞ウェブ版に掲載された楠先生の近影(2020.2.18)


2020年2月17日月曜日

特集−量子コンピュータ(1)

現代思想の2020年2月号vol.48-2の特集が量子コンピュータ−情報科学技術の新しいパラダイムだった。全卓樹さんの記事が載るというので,もうなくなりかけている近所の本屋を探してみたが,当然,そのへんの本屋には現代思想は置いてなかった。というわけで,早速アマゾンで注文することにした。19本の記事が227ページに渡っている。平均12ページ弱。

以下,簡単に感想を述べてみよう。

1.江間有沙(科学技術社会論)・藤井啓祐(量子情報)
  量子をめぐるエコシステム(13p ☆)
12月に行われた対談だ。江間さんの書いた量子エコシステムの図がキーポイントなのだが,これが今一つだった。例えば,量子計算+量子通信+量子計測というふうに分野を設定し,そのうえで,基礎と応用についての課題を整理してほしかった。それが,核スピンセンシングと量子暗号とビジネス利用がそれぞれ対等の概念群として表記されているのには参った。そもそもがこれなので,せっかく藤井さんがきているのに話が深まらない。


2.根本香絵(理論物理学)
  量子コンピュータ開発の現在と応用可能性について(9p ☆)
根本さんは,お茶の水の柴田文明さんの研究室の出身なので,専門は理論物理学となっている。1996年の博士論文は「A Quantum Langevin Approach to Open Systems (開放系への量子ランジュバンアプローチ)」であり,その後,量子情報を専門として現在はNIIに所属している。微妙にD-Waveをディスっているような気がしたが,NISQ(noisy intermediate scale quantum)マシンが重要であるというところがポイントだろうか。

3.竹内勇貴(量子情報)
  量子コンピュータの原理と優位性(16p ☆☆)
竹内さんは,阪大基礎工の井元信之さんの研究室でドクターを取り,NTTコミュニケーション科学基礎研究所に入っている。この論説は珍しく式がたくさん書いてあり,参考文献をきっちり上げていてわかりやすかった。グーグルが量子超越(スプレマシー)を実証したと主張しているマシンは,NISQのうちランダムな量子ゲートを用いるランダム量子回路の方法であるというところまで到達した。

4.細谷暁夫(基礎物理学)
  量子計算を哲学してみる(8p ☆☆☆☆)
自分が大学院生の時代に,細谷先生が所属していた阪大の内山研究室は,公式には基礎物理学講座という名前だった。ちなみに森田研究室は量子物理学第1講座で,金森研究室が量子物理学第2講座だったと思う。その後,大講座に再編されている。その細谷先生が東工大に移って,宇宙論を経由して1990年代の半ばごろから量子情報を研究されているのを遠くから眺めていた。この論説では,量子計算とは何かを簡潔に要領良くまとめていて非常にわかりやすい。東工大なので西森秀俊さんの量子アニーリングを正しく位置づけている。量子アルゴリズムを次の2つに分類しているのがよかった。(A) |Ψ〉を問題解決の手段とする。(B) |Ψ〉の実現を目的とする。その上でゲート型とアニーラ型を比較している。

2020年2月16日日曜日

赤死病

新型コロナウィルス感染症は,無能な政府の対応の結果,日本でもアウトブレイクしそうな勢いである。明確な症状がない状態で感染するところが最も問題らしい。高齢者であるという危険要因と毎日通勤しなくて良いという安全要因の狭間でニュースに浸っている。

それで思い出したのが,ジャック・ロンドンの「赤死病(The Scarlet Plague)」である。中学生から高校生にかけて定期購読していたSFマガジンに掲載されていたのを憶えている。早速調べてみたら記憶が混線していた。自分がSFマガジンで読んだつもりだった物語は,エドガー・アラン・ポーの「赤死病の仮面(The Masque of the Red Death)」の方なのだ。どうしたことだろう。

ジャック・ロンドンの赤死病が掲載されていたのは,SFマガジンの1968年8月号(110号)であり,自分が購読を開始したのがたぶん1968年9月号(111号)以降ではなかったか。ただ,その後バックナンバーとして何冊か買っているので,110号も手元にあったことは間違いない。1968年9月増刊号(112号)は入手できず,高校の部室から天井に通じる階段の途中にあったのを読んだ。我々のESSの部室コーナーの隣がマイナーなJRCの部室コーナーで,そこに一学年先輩の小豆沢さん(たぶん内科の小豆沢定秀先生)のSFマガジンが何冊かあった。はじめはまったく気がつかなかったが,ある日これを見つけてこっそりと読んでいた。

小豆沢さんは,軟派のようにみえていたのだけれど,卒業式で,過激な内容の答辞をかましていたのが印象に残っている。


画像:1968年当時のSFマガジンの表紙(引用)

2020年2月15日土曜日

兼六園

コロラド博士が日本のマスメディアの情報は当てにならないので,BBCCNNAl-Jazeeraを参照するようにとアドバイスしていた。ので,たまにこれらを見るようにする。ヨーロッパで最初のコロナウィルスの死者がフランスで出たというニュースが早速見つかった。

BBCのTRAVELで,Japan's 'perfect' national treasureとあったので,なんだろうと開いてみると,'Japan’s perfectly imperfect garden' ということで,兼六園を紹介するビデオクリップだった。Kenroku-en is considered one of Japan’s three great gardens – and its perfect natural look takes a lot of human effort. 兼六園の庭師のインタビューと庭園の特徴や様子の簡単な紹介だった。

写真:BBC TRAVELの兼六園の動画から引用

2020年2月14日金曜日

若草山

車検が終了した車を引き取りに行った。その後,某行事の下見ということで奈良に向う。秋田県の横手市ではこの週末がかまくら祭りなので,一年でも最も寒くなる頃だろう。奈良の鹿も冬の景色の中に溶け込んでいる。奈良奥山ドライブウェイの新若草山往復コースを進むが,山頂の駐車場には神戸ナンバーの車が一台停っているだけで閑散としている。他にはランニングまたは散歩の人がちらほら。奈良盆地が低く垂れ込めた雲の下にある。


写真:若草山から奈良盆地を望む。(撮影 2020.2.14)

2020年2月13日木曜日

国会の予算委員会のアレを筆頭としてJCとtwitterをめぐる頭の痛くなるニュースなどが続くお先真っ暗の本邦である。それにもかかわらず,twitter中毒の自分。小学校の算数で数字の4の書き方を指摘した記事があった。そのスレッドで,アラビア数字の起源は,字形の角の数が数字の値と対応しているので,4の上の角は離れているのが正解だという説があった。

少し調べてみると,4の上の角はくっついていて,下の四つ辻が三差路になっているとして,角の数を求めている図もみられる。なんだかなあと思っていろいろ探してみたが,アラビア数字の起源は,字形の角の数からきているという説はあまり信憑性がなさそうだ。


2020年2月12日水曜日

木谷千種

日本経済新聞の朝刊文化面に,なにわの街角十選の七回目として,木谷千種(1895-1947)の浄瑠璃舟が載っていた。この絵は大阪中之島美術館蔵となっているが,どこかの美術展でみてすごいなあと会話していた気がする。この絵を拡大して読み解くと,浄瑠璃の演目は梅川,忠兵衛,孫右衛門の登場する傾城恋飛脚の新ノ口村の段であり,横にある床本は伽羅先代萩なのだそうだ。西瓜,まくわ瓜をつんだ物売り舟,浄瑠璃を聴く大店のいとさんなど,大阪の夏の雰囲気で満ちている。

木谷千種の略歴によれば,12歳で渡米しシアトルで2年洋画を学んでいるとのこと。帰国後には,大阪府立清水谷高等女学校に進んでいる。清水谷高校といえば,入口豊先生とか姪御さんの谷口真由美さんだが,そういえば,大教大の経営協議会委員や監事を務められた,元和歌山大学学長の小田章先生もいらっしゃった。そうそう,浄瑠璃繋がりでは,豊竹咲寿太夫も忘れてはいけない。

2020年2月11日火曜日

ポン・ジュノ

パラサイトからの続き)

第92回アカデミー賞で,ポン・ジュノ監督(1969-)の「パラサイト」が,作品賞,監督賞,脚本賞,国際長編映画賞の4冠に輝いた。BSの中継を,主演男優賞(ジョーカーの補ホアキン・フェニックス),主演女優賞(ジュディのレネー・ゼルウィガー)のあたりから見ていた。途中で監督賞にはポン・ジュノが選ばれているのを知って,これは有力かもと思っていたら,外国語映画としてアカデミー賞史上初めての作品賞となった。感動的でしたね。

ポン・ジュノの主な監督作品で比較的簡単にアクセスできるのは次のようなものだ。
2000 ほえる犬は噛まない(フランダースの犬)
2003 殺人の追憶
2006 グエムル(怪物
2009 母なる証明
2013 スノー・ピアサー
2017 オクジャ
2019 パラサイト
いずれも,ソン・ガンホ(1967-)がしぶくて良い役を担っている。

ポン・ジュノは監督賞の受賞挨拶で,マーティン・スコセッシ(1942-)に最大級の賛辞を贈っているが,そのスコセッシもまた,今村昌平(1926-2006)などから影響を受けている。それにしても,最近の韓国映画や韓国テレビドラマの質は高い。パク・ウネ時代にはポン・ジュノは韓国政府からは冷たくあしらわれていたようだけれど,韓国としては映画産業の振興にてこ入れしてきたのだろう。

2020年2月10日月曜日

Japan e-Portfolio

公共財としての教育ビッグデータ(2)からの続き

文部科学省による「大学入学者選抜改革推進依託事業」が,2016年度から2018年度まで実施された。その狙いは次のようなものである。
本事業は,「思考力等」や「主体性等」を評価する大学入学者選抜改革を進める上での具体的な課題・問題点を整理するとともに,多面的・総合的な評価を行うための実践的で具体的な評価手法を構築し,その成果を全国の大学に普及することにより,各大学の入学者選抜の改革を推進することを目的としている。
人文社会分野(国語科),人文社会分野(地理歴史科・公民科),理数分野,情報分野,主体性等分野の5事業が選定され,それぞれの分野で代表大学の元に,複数の国立・私立大学等が参画した。

このうちの,主体性等分野では「「主体性等」をより適切に評価する面接や書類審査等 教科・科目によらない評価手法の調査研究」というテーマで,関西学院大学の代表のもとに,大阪大学,大阪教育大学,神戸大学,佐賀大学,早稲田大学,同志社大学,立命館大学,関西大学の9大学で進められた。その概要は以下の通りである。
学力の3要素の「主体性等」をより適切に評価するため,教育委員会,高等学校等と連携し,調査書・提出書類や面接等を実践的に活用する方法,高校段階でのeポートフォリオとインターネットによる出願のシステムの構築, 「主体性等」の評価尺度・基準の開発等を行う。
昨年(2019年)の3月18日には,文部科学省で委託事業成果報告会も開催されている。各教科分野での取り組みは,この度の大学入学共通テストへの移行になんらかの寄与をしているのだと思うが,主体性分野の方はより現実的な結果をもたらした。それが,2019年4月に立ち上がった一般社団法人教育情報管理機構とここが運営する高大接続ポータルサイトJapan e-Portfolio である。ベネッセのIDをそのまま使って高等学校からのデータ入力に対応していたものが批判され,2021年からは独自のIDシステムに変更するとしている。まあ,いくらあがいてもその背景にはベネッセがしっかりと食い込んでいるのだろう。

教育情報管理機構は元金沢大学学長の山崎光悦(機械工学)会長のもと,正会員として,改革推進事業を進めてきた大学を含む国公立大学法人や私立の学校法人など34法人が参加している。大阪大学だけが抜けたのはなぜだろうか。

そして,すでに令和2年度の大学入学者選抜には複数の大学でこのe-Portfolioが用いられることになった。はい,大阪教育大学も岐阜聖徳学園大学も入っております。

自分自身も,大阪教育大学の在職時に「eポートフォリオはいいんじゃないですか」と気軽に応援しつつ,大学の特徴づけのツールとしての活用に期待して推進する側にいたので,全く大きなことはいえないし,猛省しなければならないのだが,e-Portfolioがすべての高校生を覆うようになってしまうことには非常に大きな不安と危惧の念を持っている。

インターネット上の言説空間でも,まともな考えを持つ人々の大多数はこれに対する異議を申し立てている。まずいですよね。すべての高校生の活動が常に大学入試ポートフォリオという「金銭的」な価値に変換されて,365日24時間監視されているような心理的効果を持つシステムというものは。そして,これは,高校生だけでなく全ての子ども,あるいは場合によっては社会人(労働者)にまで伝染しかねないパンデミック同様の脅威なのだろう。来るべき未来に訪れるかもしれない個人情報システムによる個人資産の完全把握を凌駕する,個人の活動や思惟産物の完全把握は,全国民的DNAデータベースに匹敵する個としての人の危機かもしれない。もしくは,完全に単一化された人類の集合意識への進化への一里塚なのか・・・