喫茶店で出てきたアメリカンがカップすれすれだったのを見て,「なにこれ,つるつるいっぱいや」といったところ,それどこの方言なのとつっこまれた。「えーと,この前テレビでやっていた青森・・・東北じゃないか」と返事しながら検索すると,なんのことはない,福井・金沢だった。そうか,それで自然に出てきてしまったのか。それにしては,これが金沢弁であるという認識がなかったというのも困った話である。完全に金沢弁だとわかっているものも多い中,一部が意識の表層から脱落しつつあるのかもしれない。
芥川龍之介が「蜘蛛の糸」を発表して百年。高二の秋の文化祭,クラスの仮装行列のテーマが 蜘蛛の糸だった。お釈迦様の極楽タワーの竹を近所から切り出し,地獄の焔と煙の絵を描いた。犍陀多に続いて蜘蛛の糸(登山部の赤いザイル)に群がる地獄の亡者だったころ。
2020年8月26日水曜日
2020年8月25日火曜日
出穂期
奈良県農業研究開発センターの 水稲「ヒノヒカリ」を作りこなすための7つのポイントによれば,8月下旬が出穂期(しゅっすいき)だ。朝の散歩でも稲の白い細かな花が目につくようになった。
この田んぼからどれだけのお米がとれるのだろうか。上記の資料によれば,ヒノヒカリの精玄米重は560-610kg/10aである。10アール=1000㎡(25m×40m)は約1反であり,散歩でよく目にする一区画に対応している。なお,10反が1町歩で約1ヘクタール=10000㎡。
さて,我々老人は2人で1.5日に3合(450g,水浸前)程度のお米をたべている。1人1日1合150gに相当する。一方,炊き上がったごはんは3合で1050gであり,3合で650g程度の水が必要だ。また,カロリーでいうと,ごはん100gで170kcalなので,600kcalの熱量をごはんから,同じくらいをパンやめん類から摂取している。同量のカロリーを副菜などから取っているので1人1日2400kcalになるということか。
田んぼにもどれば,1反の収量は600kgなので,自分たちの量を基準にすれば,4000人日分になる。けっこうあるのだ。1ヘクタールで100人養えるから,奈良県の全人口140万人分をまかなうには,1.4万町歩≒140 ㎢ の水田があればよい。奈良県の面積,約3690㎢のうち可住地面積は23%の855㎢(全国最小)だ。必要となる水田の面積はその1/6に相当するが,実際に耕地面積のうち田は148㎢となっており,老人程度の食の部分はまかなえるのかもしれない。
2020年8月24日月曜日
豊竹嶋太夫
豊竹嶋太夫が8月20日に 88歳でなくなっていた。最後にお見かけしたのは,奈良の西大寺の奈良ファミリーで買物をしているときだった。思わずサインをもらおうかと思ったが踏みとどまった。師匠もご家族といっしょに何か探しておられたようだった。
いつも日の当たるところにいた住太夫とは異なり,一度文楽から離れて再び戻ってきたという経歴の持ち主だ。残念なことに人間国宝になってからわずか半年で引退している。しかし,住太夫と違って嶋太夫は多くの弟子を育ててきた。津國太夫,靖太夫,芳穂太夫,睦太夫,千歳太夫(越路太夫から),呂勢太夫(呂太夫から),故始太夫など。これからの文楽太夫を担う面々だ。嶋太夫の2016年の引退興行の「関取千両幟」もこれらの弟子たちに囲まれていた。
嶋太夫の語りは発音にクセがあったので,はじめは聞きにくくて苦手だった。ところが,どの演目だったかはっきり憶えていないが,すごく熱のある語りを聞いてから,この嶋太夫の語りが好きになってしまった。その一部は,靖太夫に伝わっているように感じる。
2020年8月23日日曜日
やきとりの秋吉
福井市内,足羽川沿いの宿の近くで夕食の店を探してうろうろしていると,ソースカツ丼で有名なヨーロッパ軒の総本店を発見。ヨーロッパ軒の敦賀店には行ったことがあり,候補のひとつにはあがっていたけれど,店の前には長い行列。これはだめだわ,と,その向いに焼き鳥屋があったので入った。それが,やきとりの名門秋吉の本部直営福井片町店だった。店内はお客さんでいっぱいだったけれど,時間が早かったのでまだ行列はできる前だった。その後,待ち行列がどんどん伸びていく。案内されたカウンター席の前には炭焼きの場所がいくつかあって,炎が舞い上がり透明マスクの職人さんたちが手を休めるまもなく串を焼き続けている。やきとりはこぶりの5串1皿を標準として,310〜360円ほどの値段にそろっている。はじめに二種類のタレがやってるが,みそ焼きには酸っぱいたれが追加された。すごく安くておいしい。この秋吉は本部のある福井が発祥地で,福井27店,石川14店,富山14店など,北陸から大阪,東京を中心に,全国で100店舗展開している。
こんなやきとりの店は大阪にはなかったなあと思ったけれど,実は,石橋にもあった。そういえば,中田博保さんと豊中キャンパスからの物理教育学会総会の帰りに,「あきよし」という名前の最近評判のおいしいやきとり屋があるということで,店を覗いたことがあった。残念ながら満席だったのでいつもの「とり竹」の方に入ったのだった。
2020年8月22日土曜日
福井大仏
福井大仏は,足羽川にかかる九十九橋を北に5分くらいの光照寺にある。もともとは朝倉氏の一乗谷にあった石仏が,江戸時代に現在地あたりの天台宗光照寺に移されたものだ。これが,1945年の福井空襲や1948年の福井地震で損壊したものを,1958年に金銅製の大仏として再建したものらしい。座高は7mで,胎内に一千余年前の弘法大師の自作と言い伝えられる伽羅木の聖観音像を持っているようだが,これは見られなかった。
なお,座高17mの屋内仏である越前大仏が勝山市にある。いろいろややこしい経緯を経ているのをテレビでも放映していた。いまも拝観できるのだろうか。なお,東大寺の大仏は座高15mなので,これより2mも大きなものだ。勝山の福井県立恐竜博物館と恐竜渓谷ふくい勝山ジオパークに行く機会があれば立ち寄ろうか。
2020年8月21日金曜日
グリフィス記念館
足羽川沿いの宿のすぐそばに福井市グリフィス記念館があった。ウィリアム・グリフィス(1843-1928)は,明治維新の頃,ラトガース大学で福井藩士の日下部太郎と出会ったのを契機に,1870年に来日して福井藩校の教師となる。この記念館は,その当時外国人教師のための居住用としていた建物を復元したものである。グリフィスはその後東京大学の前身である開成学校に移籍して,1875年にはアメリカ合衆国に帰国し,日本を紹介する「皇国(The Mikado's Empire)」を執筆する。亡くなる前年の1927年には日本を再訪し,福井でも大歓迎を受けた写真が展示されていた。
2020年8月20日木曜日
2020年8月19日水曜日
一乗谷朝倉氏遺跡
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」のせいで, 福井市の一乗谷朝倉氏遺跡への観光客は増えていたようだが,お盆休みの最中にもかかわらず新型コロナウイルス感染症のためにそこまで混雑してはいなかった。が,猛暑炎天下に影のない遺跡を歩き回ることになる。
福井市の中心を流れる足羽川を東に上ってクルマで30分ぐらいのところから南に向う支流の一乗谷川をはさんで南北に3kmにわたって一乗谷朝倉氏遺跡がひろがっている。手前の足羽川沿いには福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館があったがここはパス。当主の館や侍屋敷,寺院,職人や商人の町屋,庭園から道路に至るまで戦国時代の町並みのうち一部が再現されている。こちらは福井市が管理しているようだ。春や秋で行楽シーズンをずらして人が少ないときにゆっくりと散策するのがおすすめ。
2020年8月18日火曜日
かこさとし ふるさと絵本館
ならの大仏さま:かこさとし とつながる
かこさとし ふるさと絵本館「砳」(らく)は,彼の生地である福井県の越前市にあった。敦賀の気比神宮から雨とトンネルの8号線をくぐり抜けてなんとかたどりついた。来場者はほどんどいないが,検温とアルコール消毒ののち連絡先を記帳した。ここでは,かこさとしの作品が収蔵・展示されている。1階には,絵本や紙芝居を読める絵本の部屋,工作のできる遊びの部屋があり,2階には原画や複製原画が展示されていた。館外にはだるまちゃんの遊具などもあって,こじんまりしているがかこさとしファンにはたまらない場所である。近くの8番ラーメン武生店も繁盛していた。
写真:かこさとし ふるさと絵本館の駐車場辺り(2020.8.13)
2020年8月17日月曜日
永平寺
永平寺は福井駅から東にクルマで 30分ぐらいの山中にある。永平寺門前の新しい宿をチェックアウトして土産物屋が並ぶ道をたらたらと上がっていくと右手に寺の入口がある。境内は巨木と苔の絨毯に覆われており,今夏は観光客も少ない。山門をくぐって外から拝観するのかと思っていたらそうではなく,参禅者向けの宿泊施設でもある吉祥閣に誘導された。中に入ってしばらく待っていると,雲水による5分くらいの拝観順案内があって建物の上階に向う。このあたりの雰囲気は天理教の施設内と少し似ている。ここから絵天井のある傘松閣を経由して,僧堂・仏殿・承陽殿・法堂・大庫院・山門と回った。たくさん居るはずの修行僧はどこにいあるのか,写真撮影は禁じられていたけれども,それほど目にすることもなかった。これまでにいろいろと拝観したお寺の中では最も規模が大きいものの一つだろうか。あ,土産物屋のボリュウムも含めれば,モンサンミシェルには負けるかも。その後,てらまえで昼食をとって福井駅に向う。