2019年8月31日土曜日

龍雄先生の冒険

昨日注文した「龍雄先生の冒険 回想の内山龍雄:一般ゲージ場理論の創始者(窮理舎)」が早速到着した。1994年に私家版として発行され,25年後に内山研究室ゆかりのひとたちが加筆してできた新版だ。

前半が「先生と犬印の缶づめ」というタイトルで,1-2ページ以内のエピソード80話から成り立っている。後半は「耳に残る先生の怒鳴り声」というタイトルで,内山先生の書かれたいくつかの文章(未完のものを含む)があり,最後に砂川重信先生の「さようなら内山先生」という追悼文がきている。

内山研の人々が著者なので,だいたいはお顔が浮かぶか,お名前を耳にしている。斉藤武先生には3回生の量子力学を講義していただいたし,その演習は今回,直接登場されていない国正東作さんだった。細谷暁夫先生は助手か講師の時代で,声をかけられたこともある。先輩の重本和泰さんは隣の研究室の先輩として存在感を発揮されていた。

内山先生には4回生の時の相対論と素粒子論の授業を担当していただいた。大学院に進学して,自分がD1からD2(1978-1979年度)のときに理学部長を務められ,1980年の3月に停年退官されている。M1のときの修士論文発表会では,内山研のH先輩に大きな雷が落ちるのを目撃していたので,今年はどうなるのかとびくびくものだった。しかし,ちょうど理学部長になる直前でお忙しかったのか,自分の発表のときにはたまたまいらっしゃらなかった。伊達宗行先生のやさしい進行で無事に発表は終了したが,よかったのかわるかったのか。

内山先生の大音声はときどき聞こえてきたが,直接お話した機会はごくわずかである。1つは,大学院入試の時で,内山先生,村岡先生のチームの部屋だったか。村岡先生の14Nのスピンと統計の話はちゃんと答えられたが,内山先生の質問はゲージ変換についてだった。電磁場中のシュレーディンガー方程式を書かせ,ゲージ変換でこの方程式がどうなるかを述べよというものだった。ゲージ不変だとは思ったけれども,示すことはできなかった。

もう1回は,附属図書館のアルバイトをしていたときの事件と関係がある。D1のときだったろうか。時間外窓口の担当と図書目録カードの整理が仕事で,週2日ほど夕方2Fのデスクにすわっていた。ある日,係長がトイレに落書きがあるので確認してきてほしいといった。差別問題にかかわるようなものだが,あまり強い印象はない。ただ,不思議だったのが,この落書きをあなたが発見したことにしてほしいといわれたことだ。実際には自分は第一発見者ではなかったが,事情がよく飲み込めずハイハイと返事してそのままにしておいた。1週間ほどしてから,森田先生が学生部屋に来て,内山先生がお呼びだという。なんだろうと思って,内山先生の教授室へ行くとその話だった。なんだかよくわからず狐につままれたようなことで,こちらもハイハイと返事して退室した。

いや,当時はこういう差別落書きが大きな学内問題に発展することは多々あったので,関係者が敏感になっていることは分かっていた。自分は学部生のときにいろいろ騒いでいたので,危ないと思われたのかもしれない。

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