先日のNHKのニュースウォッチ9で,参院選がらみの選択的夫婦別姓制度が取上げられていた。前半は大阪・関西万博2025での外国人観光客へのインタビューで,各国夫婦の名前が違うとか,そもそも苗字がないとかいろいろだ。そういえば,昔ミャンマーからの留学生が研究室にいたが,彼女も苗字はないといっていた。夫婦別姓の中国人の賢い子供が,日本の同姓強要システムについてどう思うか問われ,それぞれの国の伝統や文化があるのだから,それに従えばよいと答えていた。
後半は,妻の意思を尊重して名前を変えるのが大変だった経営者の夫の話と,子供時代の自分の境遇から家族の名前の一体化がとても大事だという信念を持った女性の話で,男女それぞれから意見を聞きましたという構成になっていた。後者の論理は,子どもにとっては強制的だという藁人形論法と,私の知り合いで旧姓を使用してがんばって活躍できている人が沢山いますという友達います論法だった。そもそもNHKが世論調査項目を変えたことで,旧姓使用範囲拡大派の勢いを増してしまった。
芦田宏直の教育論はうなずけるところが多いのだけれど,その根拠となる家族論になるとどうなのだろうか。Facebookで次のように語っている。
「選択的夫婦別姓問題について。女性に不利という場合の不利は、制度をいじらなくても政策的にどうにでもなるので、大した問題ではないが、「〈家庭(家族)〉も個人の集まり」という意味での選択的夫婦別姓主張には、私は反対。〈家庭(家族)〉まで近代化してどうするというのだ。〈家庭(家族)〉というのは、もともと反社会的なものだ。〈家庭(家族)〉は、社会的な評価や〈契約〉によってまとまっている集団ではないのだから。」
まあ,制度がそのままでは政策的にどうにでもならないからこうなっているわけだけれど,自分も政治的なバイアスが強すぎて(それ自身は間違っていないのだが),家族とか名前の問題を本質的なレベルで十分に考えていなかったかもしれないと少しだけ反省した。
そこで,ChatGPT 4oのReseach に次のように聞いてみた。
Q(koshix):自分にとって,日本における氏(うじ),姓(かばね),本姓,姓(せい),名字,苗字などの定義や用法が混乱しています。そこで,この人の名前という重要な問題について歴史的な経緯と定義を時代を追って整理した上で,現代の法律的な表現と位置づけについて正しく定義して,できるだけわかりやすく理解できるように教えてください。なお,江戸時代以前で苗字がなかった人々に対する名前の命名方法なども含めて,すべての階層の人民についての議論をお願いします。できれば,社会経済学的な背景や,哲学的な裏付け,家族とは何かという本質論も踏まえていただければありがたいです。Q(koshix):1. 歴史的変遷と経済社会学的な意味と哲学的考察を中心にお願いします。 2. 歴史的変遷については古代から明治までの経緯を丁寧に追ってください。 3. 報告書スタイルでお願いします。
その結果得られたのが,日本人の氏名制度の歴史的編成だった。なかなかためになった。
もう一つはこれ。
Q(koshix):世界の各民族/各国で人の名前が姓+名で構成されているのはなぜですか。姓の構成原理やあるいはミドルネームの意味は何ですか。哲学的・社会学的・経済学的な観点でその本質が何なのかを理論的・原則的に分析してください。
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