2025年9月17日水曜日

太陽の塔

火星の石からの続き

諸般の事情で,万博記念公園に行くことになった。EXPO'70の方だ。目的地は太陽の塔EXPO'70パビリオン(EXPO'70の資料館)。

高校2年の夏休みに万博1人旅をしている。7月末の4-5日間,京都鹿ケ谷の親戚に泊まり四条河原町から阪急電車で茨木市まで行き,そこからシャトルバスで万博会場東口に到達するコースだ。けっこう期待して太陽の塔の中にも入ったけれど,若干ハリボテ残念感があった。

その後,阪大に入学して蛍池駅近くの万博会場から数km圏内に住むことになるとは思わなかった。学生時代の9年が終って結婚してからも10年ほどは池田市(石橋とか緑ケ丘とか)に住んでいた。万博の跡地にも何度か訪れている。

そういえば,米島君が来阪した1970年代後半に,エキスポタワーに登ったあと,エキスポランドの塀を乗り越えて入場してそのまま出場した。この頃,研究室のハイキングでは正規にエキスポランドに入って大塚さんとミニジェットコースターに乗った記憶もある。

いずれにせよ,1970年の万博閉幕後,しばらくはエキスポタワー(1970-2002)もエキスポランド(1970,1972-2009)も存在していた。太陽の塔は無事に残されたけれど,危険なので内部は立ち入りできなかった。それが,紆余曲折の末2018年から再び内部が公開されることになった。

30分刻みの予約制で,10時30分から11時までの予約をとった。実際にいってみるとそこまで厳密に管理しているわけではない。たまっている人数を10人+αごとにまとめて注意事項を説明して送りだす。あとは適当に展示されている生命の樹のオブジェをみながら過去から未来へと階段を登っていくわけだ。昔のようなハリボテ感を再び体験できた。

当時はお祭り広場の大屋根があって内部見学がおわるとそこに出て大屋根内の展示などをみたのだが,この度は階段を下りて出口にむかう。内部の写真は。500円払って透明肩掛ケースを借り,そこに入れたスマホで本人だけ撮影可能となっている。タッチがうまく感知されず,あせりまくった(スライドすればいいだけ)。顔認証はこういうときに役立つのか。



写真:太陽の塔(2025.9.16撮影)

[1]母の塔(月のひつじ)
[2]青春の塔(太陽の塔はなぜ残った,日本経済新聞)
[3]大阪万博の交通(WIkipedia)


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