2019年8月3日土曜日

ローレンツ条件

今年から非常勤で物理を教えることになり,はじめて電磁気学を担当した。45年前の自分が学部のときの電磁気学は伊達宗行先生が担当されており,授業はたんたんと進行していた。電磁気学演習はどなたが担当だったのだろう。はっきり覚えていない。

「理論電磁気学」の教科書で有名な砂川重信先生は当時の教養部の所属であり,大学院に入ってはじめて量子電磁力学の授業を3〜4人で受講するようになるまでは,ご尊顔も拝見したことがないくらいだった。大学院入試の面接で,森田正人先生,小谷恒之先生と砂川先生のチームが,物理以外の内容を質問する部屋があった。どんな物理の本を読みましたかという問に,マンドルの「場の量子論入門」と答えた。いまひとつピンとこなかったのか,他によかった本はありますかということで,砂川さんの「理論電磁気学」がとてもよかったですと,ご本人が目の前にいるとは知らずに答えていた。ただ,後半がちょっとわかりにくかったというと,それはあなたの勉強不足ではと森田先生からコメントがあり,みんな笑っていた。

さて,その電磁気学で,電場や磁場に対するマックスウェル方程式から,スカラーポテンシャルやベクトルポテンシャルの方程式を導出する際に,ローレンツ条件という,電磁ポテンシャル間の条件式を課すことがある。そのローレンツ(Ludvig Valentin Lorenz 1829-1891)は,デンマークの物理学者である。一方,電磁気学のローレンツ力でおなじみのローレンツ(Hendrik Antoon Lorentz 1853-1928)の方は,オランダのノーベル賞物理学者である。後者は,特殊相対性理論のローレンツ変換でも有名である。ところがローレンツ条件は相対論的に不変であり,電磁ポテンシャルの方程式を相対論的不変にするという特徴を持つ。ややこしいことこの上ない。

というわけで,これまでの多くの著名な電磁気学の教科書や事典は両者を混同しており,ローレンツ条件をLorentz条件と誤記している。理化学辞典,培風館の物理学事典,岩波の現代物理学の基礎,電磁気学の教科書では,パノフスキー・フィリップス,平川浩正,牟田泰三,そして砂川重信,ああ,全滅である(いずれも手元の旧版の場合)。

J. D. Jackson の Classical Electrodynamics 3edは大丈夫。Ohta-Wakamatsuの太田浩一さんは,Lorenzをローレンスと表記してLorentzと区別している。物理教育学会の大御所の霜田光一先生も正しく認識されており,注意を喚起していた。


[1]霜田光一:光速の原理と電荷保存則からマクスウェルの方程式を導く(物理教育第53巻第4号319-322,2005)
[2]霜田光一:光速の原理と電荷保存則からLorenz条件を導く(物理教育第54巻第4号286-287,2006)





















写真:Wikipediaより 左:ルードビィヒ・ローレンツ 右:ヘンドリック・ローレンツ


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