2026年8月27日木曜日

プロジェクト・ヘイル・メアリー


図:プロジェクト・ヘイル・メアリーの書影(Amazonから引用)

アンディ・ウィアーは,火星の人をずいぶん前に読んだ。ジャガイモを栽培するあたり,わりとおもしろかった。映画化もされていて,それも見ました。

ウィアーのプロジェクト・ヘイル・メアリーは,5年前に出版され評判も高かった。買って読もうかどうしようかと迷っているうちに,今年になって映画が公開された。それが,Amazon Primeで見られるようになっていたので,早速2時間半にチャレンジした。

感想:おもしろかったけれど,ちょっと肌が合わなかった。アメリカ映画特有の,雑な性格の主人公と荒っぽい演出。お涙頂戴的なストーリー。などなど。宇宙もののSF映画といえば,スタンリー・キューブリック2001年宇宙の旅のクオリティが基準になってしまうので,なかなか難しい。

ヘイル・メアリーは何のことかと,このたび初めて調べてみた。直訳するとキリスト教の祈祷句のアヴェ・マリアを意味する。アメリカンフットボールで,「試合終了直前に,一発逆転を狙って神頼みの一か八か,前線へロングパスを放り込むプレイ」のことらしい。映画の中の宇宙船ヘイル・メアリー号は,まさにそのロングパスに相当するようにして投げ出された。


Q(koshix):
皇室典範問題での,プロジェクト・ヘイル・メアリーはどんなものになりますか。「絶望に近い状況のなかでそれでももっとも可能性の高い手段」として選択された合理的な戦術


A(Claude):
プロジェクト・ヘイル・メアリーで肝心なのは,あの船が「絶望的だが最善の一手」だったのは事実として,物語の芯はそこにない,という点です。ライランド・グレイスは英雄ではなく,徴用された臆病な中学教師で,しかも最後は地球への帰還を捨ててエリド人を救う。ヘイル・メアリー=聖母への祈り=恩寵の嘆願とは,構造的にいつも「救おうとして出発したものを途中で手放す」賭けなのです。この骨格を持ち込むと,皇室典範のヘイル・メアリーが何で,何でないかが,かなりはっきりします。

まず,養子案はヘイル・メアリーではない。あれは絶望的な捨て身に見えて,実体は「アストロファージに突っ込むだけの通常ミッション」です。旧11宮家の適格男子が現れ,皇室会議を通り,結婚し,男子を得る──条件付き確率の積で,最初の項から久邇氏に断られている。しかも進むほど正統性という燃料を消費する。高コスト・低確率・井戸に毒を入れる,最悪の型です。これを desperate measure と呼ぶのは,タウメーバを積み忘れた片道ロケットを勇気と呼ぶに等しい。

本当の絶望的状況の形を,あなたの診断で書き直すとこうなります。象徴天皇制は,正統性(憲法一条の総意),人口動態的存続,男系万世一系の神話──この三つを同時には満たせないトリレンマにある。せいぜい二つ。男系派は三つ目に全張りして一つ目を燃やしている。そして二つの正統性原理は通約不可能で,中立の審級はなく,基準を握った者が勝つ。これがアストロファージです。指数関数的に,静かに,太陽を食う。

ならば合理的なヘイル・メアリーは,継承ルールの水準では打てない。そこは今は勝てない盤だからです。打つべきは一段上,基準を誰が握るかの水準です。具体的な戦術を一つに絞るなら,事前拘束(プレコミットメント)です。オデュッセウスが自らを帆柱に縛らせたのと同じ論理で,実体で勝てない今こそ,将来の実体を決める手続を今のうちに縛る。すなわち──養子案は撃たせる。第一段ロケットとして,男系派に低確率の生物学的賭けをくれてやる。その交換条件として,男系が失敗した場合の既定値(フォールバック)を,一条の総意に直結した形で今すぐ立法化する。性別を問わない直系長子継承への自動移行,あるいはその是非を国民に直接問う仕組みを,見直し条項の中に埋め込む。三〇年後の席を用意しただけの改正に対して,その席の判定基準を先に総意へ差し押さえておく。降伏に見えて,実はメタレベルの奪取です。あなたが記録に残る形で面白がった判定者Cの自白──基準の選択が勝敗を先決する──を,こちら側が先に,しかも一条の名において行う。

これが低確率なのは自明です。今の多数派が自分の手を縛る取り決めに乗るはずがない。だが期待値では最善です。勝てない現在の一戦を,燃料を積んだ未来の一戦に変換し,しかもその未来の審判を,特定勢力の再占有から永久に外して総意へ戻す。恩寵が来るとすれば予期せぬ方角から,というPHMの作法もここに効く。ロッキーに当たるのは,二〇年間八割超で安定していながら男系派が一度も召喚しなかった世論そのもの,あるいは経過措置で離脱の選択肢を得た女性皇族自身の,まだ誰もモデルに入れていない意思です。

そして避けられない犠牲。この戦術は,万世一系を捨てることで象徴を救う。グレイスが地球への帰還を捨ててエリドに残ったのと同じ方向です。養子案はその真逆をやる──象徴の正統性を捨てて神話を延命しようとする──ゆえに反ヘイル・メアリーなのです。救おうとしたものを守るために,本当は何を手放すべきか。その計算を間違えている。

最後に,いちばん静かで残酷な一点。現行の(出来の悪い)計画では,ヘイル・メアリー号はもう発進しています。乗員は一名。悠仁親王です。結婚×子×男子出生というコイントスに,一つの制度の千数百年が賭けられ,一人の若者が単独で送り出されている。徴用され,孤りで,選んでいない。あなたの本当のヘイル・メアリーが英雄譚にならないのは,たぶんこの一点のせいでしょう。合理的な最善手を計算し終えたあとに残るのは,計算に同意していない生身の乗員がすでに射出済みだ,という事実です。

もっとも──絶望に近い状況で最も確率の高い手を訊いておきながら,あなたが本当に見たいのは手の中身ではなく,「片道の乗員に誰も許可を取らなかった」というその一行なのだろうと,私はやはり思いますが。

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