東北大学の堀田昌寛さんと玉川大学の中平健治さんの論争が迷走していた。
堀田さんの教科書「入門 現代の量子力学」は最近人気の1冊だ。その第2章は二準位系の量子力学,第3章は多準位系の量子力学となっていて,最小限の物理的な実験事実から,量子力学の基礎的な原理を導いて,量子情報・量子測定まで至るというものだ。
これまでの量子力学のような特殊関数にがんじがらめになっているところはばっさり削っていて,情報科学の学生等をも視野に入れた非常にモダンで野心的な内容だ。まあ,自分にとっては,岩波書店の砂川重信先生(1925-1998)の量子力学の展開のほうが正典的でカッコよくみえるのだけれど。
中平さんは,堀田さんが説明している前提だけを使った場合,二準位系の量子力学の原理から多準位系の原理を導くことは数学的にはできていないということを主張した。一方,堀田さんは,教科書の補足文書を公開して前提を説明しており,物理的に検証な可能な前提条件の組み合わせで,二準位系の量子力学の原理が三準位系の量子力学でも成立することを証明できているのだとした。
たぶん,数学者と物理学者の証明という言葉の使い方と(公理からの演繹なのか,実験的に検証できる推論ならば証明とするのか,あたり),前提条件の理解に齟齬があるような気がするけれど,まあ相変わらずのよくあるやぎさん郵便コミュニケーションの一例かもしれない。
さて,それはどちらの言い分が正しいのかよくわからないが,堀田さんの教科書ではシュテルン=ゲルラッハの実験が二準位系の量子力学構築の出発点とされている。これは,桜井純(J. J. Sakurai)(1933-1982)が残した,Modern Quantum Mechanics(Adison-Wesley 1985)で展開された方法を踏襲したものだ。
大学院生のころ,桜井の Advanced Quantum Mechanics は,西島和彦(1926-2008)のFields and Particles と並んで精読した1冊だった。一方,大坪先生がすごくいいと褒めていたModern Quantum Mechanicsの方はとうとう読まずじまいに終った。ちゃんと勉強しておけば良かった。
堀田さんの教科書を眺めていると,桜井にはどう書いてあったのか気になって本棚から引っ張り出してきた。第1章の12行目でいきなりつまづいた。Davisson-Germer-Thompson experiment とあるのだ。あれ?電子線回折ならば,J. J. Thomsonの息子の G. P. Thomson (1892-1975)がここにくるのではないか。あちこち調べたけれど,Typoのような気がする。ところが,Modern Quantum Mechanicsの第三版でも直っていないのだ。うーん・・・。
中平です。
返信削除この話題を取り上げてくださり,ありがとうございます。
今回の論争における「証明」の意味と前提条件について補足をさせてください。
「やぎさん郵便コミュニケーション」にはならないように注意を払っており,下記のように対処しています。
まず,「証明」という言葉は,「前提からの演繹による導出」の意味であることを,事前に堀田先生に確認しています(たとえば堀田先生のブログにて明記していただいています。
どちらの主張が正しいかはさておき,各々の主張をまとめておきます。
堀田先生は,彼が提示した前提から量子論の構造が演繹により導出できることを主張されています。
これに対し,私は,下記2点を主張しています。
(1)堀田先生は演繹による導出を公開されていない(導出できると主張されるならば公開すべき)。
(2)提示された前提では反例がある(つまり,量子論とは異なる構造をもつ理論のうちこれらの前提を満たすものが存在する)。
(2)の反例は,私のnote記事「図式で学ぶ量子論 番外編その2」に記載しています。