2020年3月1日日曜日

感染症の数理シミュレーション(4)

感染症の数理シミュレーション(3)からの続き

新型コロナウイルス感染症に対するWHOなどの共同調査報告書[1]が公表された。同時に,新型コロナウイルス感染症の世界的なリスクは4段階のHighからVery Highに引き上げられた

報告書によれば,感染すると平均で5〜6日後に症状が出る。感染者のおよそ80%は症状が比較的軽く,肺炎の症状がみられない場合もあり,呼吸困難などを伴う重症患者は全体の13.8%,呼吸器の不全や敗血症,多臓器不全など命に関わる重篤な症状の患者は6.1%だとされた。

逆に子どもの感染例は少なく,症状も比較的軽い。19歳以下の感染者は全体の2.4%にとどまり,重症化する人はごくわずかだ。子どもの感染について報告書では主に家庭内で大人から感染しており,子どもから大人への感染例は調査をした中では確認されていないとしている。

ということは,安倍が週末にある世論調査の支持率回復を念頭に慌てて実施した小中高等学校の全国一斉休校要請は十分な根拠がないということだろう。危機的な状況を避けるための適切な判断だという説も多いが,適切な分析やシミュレーションには裏付けられていない(危機感の喚起には一定の意味があるかもしれないが,他がじゃじゃ漏れな状態で一部だけに注力するとよけいな混乱と感染拡大を招きかねない)。

2月20日までのデータによれば,5万5924人の感染者のうち死亡したのは2114人で,全体の致死率は3.8%である。ただし,感染拡大が最も深刻な湖北省武漢だけが致死率が5.8%であり,1月の最初の10日間に発病した患者の致死率は17.3%に達しているので,ここは特異的状況として除いて考えるべきだ。その他の地域の最近の致死率は0.7%である。疫学における致死率(致命率=case fatality rate)とは,特定の疾患に感染した母集団に対する死亡数の割合である。ここで,疾患に感染していることが判明している必要があるので,今回のようにほぼ無症状や他の疾患と区別できない軽症の感染者がいる場合には取り扱いに注意がいる。

感染症の数理シミュレーション(3)では,東大の黒田産業医のデータをもとにパラメタを定めたが,今回のWHO報告とほぼ整合している。ウイルスの伝搬可能な感染者全体のうち症状があって報告に計上される感染者が1/3である(残りの2/3はほぼ無症状や他の疾患と区別できない軽症の感染者)と仮定すれば,上記の13.8%の1/3の4.6%が重症な感染者であり,モデルの$\alpha_2 / \lambda$=5%とほぼ一致する。また,致死率0.7%もウイルスの伝搬可能な感染者全体を分母にすると1/3になるので0.23%であり,$\gamma_2 / \lambda $=5%としたときの,$\alpha_2 /\lambda  \cdot \gamma_2 / \lambda $ = 0.25%とほぼ一致する。

前回のSIIDR2のシミュレーションでは,武漢を除く湖北省のデータに近くて日本に妥当するモデルとして,$\beta=0.20, \lambda=100$を例示した。これは,感染者の初期値が1万人に1人という仮定を含んでいた。感染者が急増した武漢を取り巻く湖北省全体では,それぞれの地域に飛び火した数千人の初期感染者から計算を開始することは,一定の合理性があるが,日本に換算すると,全国で1万人の初期感染者を仮定することになって不自然である。

つまり,SIIDR2を用いた日本の現状のモデルシミュレーションには,1万人当りの感染者の初期値$u_2(0)$,感染率の初期値$\beta$,対策による感染率の減少係数$\lambda$の3要素が必要である。いずれにせよ,合理的な判断ができなくて肝腎の検査がシステマティックに行われず,感染状況に関するデータが完全に欠落している日本では推定が難しい。

[1]Report of the WHO-China Joint Mission on Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)

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