2019年12月19日木曜日

浮力の問題(1)

流体中あるいは流体に浮かぶ物体には,物体がおしのけた流体の重さに等しい浮力が重力と逆向きに働く。流体が存在する領域の水平な底面に物体が接地した場合にも,流体中に物体がある場合と同じ大きさの浮力が働くかどうかについては議論が続いていた。

場面設定
次のような状況を設定する。表面をA,底面をB(AとBの距離は$h$)とする密度$\rho$の水が重力加速度$g$の一様重力場にある。Aの上方は空気(密度は0に近似できる)であり,Bの下方は硬い地面である。張力$T_i$のヒモでつるした質量$m$,底面積$S$,高さ$d$の直方体のブロックCがあり,徐々に水中に沈めてゆく。なお,図において,$P_i$はベクトルの始点の深さでの水圧,$R_i$は底面Bからの抗力を表す。


図 浮力の問題設定

次に,図のそれぞれの場合について説明する。

①:Cが空気中にある場合
重力$mg$と張力$T_1$が釣合っている。そこで,物体Cの重さ$mg$は張力$T_1$の測定で得られる。

$mg = T_1$

②:Cが水中にある場合
重力$mg$とCの上面への力$P_1 S$の和が,張力$T_2$とCの下面への力$P_2 S$の和と釣合っている。

$T_2 + P_2 S = mg + P_1 S$

ここで$P_2= \rho g (\ell+d)$は深さ$\ell+d$における水圧であり,$P_1= \rho g \ell$は深さ$\ell$における水圧である。そこで,水中での物体Cの重さ$m'g$はこれと釣合う張力$T_2$の測定で得られる。

$m'g = T_2  = mg + (P_1-P_2) S = mg -\rho g d S$

つまり,$mg$と比べて$m'g$は $\rho g d S = M g $だけ小さくなる。ここで,$M=\rho d S$は物体Cが押しのけた水の質量に等しい。こうして張力をはかるバネ秤を用いて操作的に浮力を定義することができる。

なお,図の$R_2$は次の議論で用いるもので,物体Cの底面積Sに等しい大きさの底面Bの領域に加わる水柱の重さ$\rho g h S$に対する底面の抗力であり,$R_2=\rho g h S$である。

③:Cが底面Bに接地している場合
重力$mg$とCの上面への力$P_3 S$の和が,張力$T_3$と抗力$R_3$の和と釣合っている。

$T_3 + R_3 = mg + P_3 S = mg + \rho g (h-d) S$

これは,$T_3$と$R_3$の和についての条件であり,それぞれを独立に決定することはできない。したがって,先ほどのように張力の差から浮力を議論することができない。そこで,張力$T_3=0$とした場合の抗力$R_3$だけを考えてみよう。

水中の底面に物体Cの底面と同じ面積Sの測定面を持つ秤を設置して,そこに物体Cをのせた場合とのせない場合の差をもって,水中の物体の重さを測る操作を定義する。このとき,$R_3-R_2$が水中の物体Cの重さ$m'g$であるとみなせることになる。

$m'g = R_3-R_2 = mg + \rho g (h-d) S - \rho g h S = mg - \rho g d S$

このように考えた場合も,水底に接地した物体の重さは空気中の物体の重さに
対して,浮力の法則と同じ分だけ軽くなることになる。ただし,これを浮力とよぶか
どうかは定義の問題となる。

底面Bに接地したCを持ち上げる場合
次の条件を満たしながら,$T_3$をゼロから徐々に増やすと,その分だけ$R_3$が減少することになる。

$T_3 + R_3 = mg + \rho g (h-d) S$

ここで,$R_3=\rho g h S$に達したときに,$T_3 = mg - \rho g d S$となって,②の状況と等しくなり,隙間に水が入った場合と同じ条件が満たされる。このとき物体Cが離床することができる。

 物体Cが水の密度より小さい場合
この場合,$\rho gdS > mg$となり,何らかの束縛力によって水中で静止させた物体は,束縛力がなくなると重力と逆方向に動き始める(浮かび上がる)。ところが,この物体が完全に底面に設置していて物体と底面の間に流体が入らない場合は,$mg + \rho g (h-d) S > 0$であるため浮かび上がることはない。これを浮力の消失とよぶかどうかも浮力の定義の問題となる。実験的には完全に流体が入らない状態をつくることはできないという説と水銀と鉄の場合や超撥水材を用いる場合には近似的に可能であるという説がある。

 青森県の高校入試問題
平成31年度の青森県立高等学校の入学試験の理科で物体が着底した場合の浮力の問題が
出題された。問題についての疑義が提出されたため4度にわたって解答の修正が行われた。この問題では水深$h$が与えられていないので,解答不能な問題ではないだろうか。
もし$h$が与えられていたとしても,浮力の実験値が2通りに与えられていることや,中学校の学習範囲を越える水底での浮力の考え方が問われているために不適当な問題である。

理化学辞典による浮力の定義
地球上(一様な重力場)では,流体内にある物体はその表面に作用する圧力のため全体として鉛直上向きの力をうける。これを浮力という。浮力の大きさと作用点とは,物体のおしのけた流体の重さと重心に一致する(アルキメデスの原理)。浮力の作用点を浮心とよぶ。


参考文献
[1]What Did Archimedes Say About Buoyancy?(E. H. Graf)
THE PHYSICS TEACHER Vol. 42 296-299 (2004)
[2]アルキメデスは浮力の原理をどう説明したか(右近修治)
物理学通信 No.117  40-44 (2004) (理科と教育MLでの西尾信一先生の報告から 2019.12)
[3]水の底にピタリと着床すれば浮力は無くなるの?(松川利行)
[4]下面にはたらく水圧で浮力が生じることを示す実験(矢野幸夫)
物理教育 第61巻第2号 57-60 (2013)
[5]浮力の原因の話(左巻健男)
[6]超撥水材を使って浮力を無くす(MAX-V・・・夏目雄平さん発案の方法より)
[7]平成31年度青森県立高等学校入学者選抜学力検査問題
[8]平成31年度青森県立高校入試理科大問[5]の疑義について(英進塾)

0 件のコメント:

コメントを投稿