2026年1月2日金曜日

α世代と政治




図:α世代と政治のイメージ(Nano Banana Pro による)


Q(koshix):
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今日,2026年元旦の日本経済新聞朝刊のトップがα世代(α20億人の未来)に関する特集記事でした。自分はポスト団塊世代であり,X世代(1960-1980)以前のニッチな「はざま世代」に当たります。そのため,X世代,Y世代(1981-1995,自分の子どもの世代),Z世代(1996-2009),α世代(2010-2024,自分の孫の世代)のいずれも様のことがよくわかりません。さて,その現在16歳以下で,AIネイティブであるα世代はどんなことを思い,どんな社会をつくっていくのでしょうか。

Q(koshix):
どうもありがとうございました。次に気になったのは,2面の政治に関する記事です,かつての法制審議会で否定された旧姓の通称使用の法制化を選択的夫婦別氏制度に替えて導入し,外国人政策だけでなく日本国国章棄損罪,スパイ防止法,国家情報局の設置,防衛装備品五類型の廃止,防衛費の増額とあいついで保守的な法案を,日本維新の会との政権合意を根拠の一つとして進めようとしている政権が危うくて仕方ありません。大丈夫でしょうか?

Q(koshix):
α世代の一つ上のZ世代は,現在の政権に対する支持率が非常に高いという調査結果が報じられています。Z世代にはα世代と共通する感性はないのでしょうか?

Q(koshix):
自分には,日本維新の会,国民民主党,参政党が,崩れ落ちつつある自民党の完全なる補完勢力として,野党分断と政権へのすりよりやポピュリズム的で不合理な経済政策への誘導など,とても面倒な事態を引き起こしているような気がします。この状況に対して,各世代はどのようなレスポンスをすることが予測できますか?

Q(koshix):
ここまでの一連の対話を,「α世代と政治」というタイトルで,日本の各世代と政治のそれぞれの動向および,各世代の政治への向き合い方を整理して論ずるブログ記事に仕立ててください。デアル調でお願いします。複数の節から成る大掛かりなものではなくても結構ですが,ここまでの私たちの対話のポイントを外さないように,漏れないようにお願いします。


A(ChatGPT+Gemini+Claude+…=7件の回答をChatGPTに2回まとめさせた結果)


α世代と政治
――AIネイティブの沈黙と、国家の輪郭が濃くなる国

2026年元旦の日本経済新聞は、α世代(2010–2024年生)を「α20億人の未来」として前面に置いた。世界で20億人規模、現時点で最大16歳以下。生まれ落ちた瞬間から、スマートフォンと生成AIが「文明の背景音」として鳴っている世代である。

自分はポスト団塊世代に属し、X世代(1960–1980年生)より少し前の「はざま」にいる。だから、X・Y・Z・αのどれもが、輪郭は見えるのに肌ざわりが掴みにくい。だが元旦の紙面をめくっていて、世代理解の困難さよりも先に、別の違和感が立ち上がった。1面に未来世代の話があり、2面に政治の話がある。その二つが、同じ日に同じ紙面に並ぶこと自体が、すでにこの国の分岐を示しているように思えたのである。

1.未来が「AIネイティブ」として立ち上がる一方で、国家は「境界」を濃くしている

2面で気になった政治記事の要旨はこうだ。かつて法制審議会で否定されたはずの旧姓の通称使用の法制化が、選択的夫婦別氏制度の代替として浮上し、さらに外国人政策だけでなく、国章棄損罪、スパイ防止法、国家情報局の設置、防衛装備品五類型の廃止、防衛費の増額といった保守色の濃い法案が、政権合意(とくに日本維新の会との合意)を根拠の一つとして一括で前へ進もうとしている、という構図である。

論点は多岐に見える。家族制度、治安、情報、軍事。だが、方向は奇妙なほど揃う。社会の輪郭を「法」と「権限」で濃くすること、境界を引き直すこと、統制の手触りを強めること。思想の純度は必ずしも高くないが、情動の純度は高い。つまり、これは理念体系というより、不確実性への恐怖が政治に刻印された形なのである。

少子化、停滞、戦争と分断、SNSの増幅、そしてAIが社会制度そのものを揺らす速度。未来像が描けない社会は、しばしば「決めること」そのものを安定と取り違える。決める、縛る、罰する、監視する、守る。こうした語彙は、短期的には効く。だが長期には、合意形成の回路を細らせる。政治が「手続きの筋肉」を失っていくとき、制度だけが強くなり、中身の議論が痩せる。これが最も危うい。

2.「補完勢力」の増殖が、責任の所在を空洞化させる

この流れを押し出しているのは誰か。自民党の劣化や崩れが語られるとき、本来なら対抗軸が育ち、健全な政権交代可能性が社会の緊張を受け止めるはずである。ところが現実には、日本維新の会、国民民主党、参政党といった勢力が、結果として「崩れ落ちつつある自民党を補完する」ような配置に見える局面がある。

ここで重要なのは、彼らが意図しているかどうかではない。作用である。野党が分断され、政権へのすり寄りが起き、分かりやすいポピュリズム的経済政策が、財源や長期整合性の問いを置き去りにして拡散する。すると「決定の速度」は上がるが、「説明責任の密度」は下がる。政治は動いているようで、責任だけが霧散する。社会はその霧散を、直感的に嗅ぎ取る。だから政治不信は深くなる。しかし不信が深いほど、人々はまた「短期の確実さ」を求め、さらに強い制度へと吸い寄せられる。この循環が、いまの因果地形の核心にある。

3. Z世代の高支持は「右傾化」ではなく「現状維持の最適化」である

さらに気になるのは、α世代の一つ上のZ世代(1996–2009年生)が、現政権への支持率が高いという調査結果が報じられている点である。ここで短絡して「若者の保守化」「右傾化」と言うと、たいてい議論を誤る。

Z世代は「大きな物語」を信じにくい世代である。変えたら良くなるという見取り図が与えられていない。だから彼らの支持は、積極的支持というより、リスク回避としての消極的選好になりやすい。「他よりマシ」「今は壊さない」。これは思想ではなく、最適化である。政治的情熱がないのではない。むしろ不確実性を前提に生きているから、劇的変化の失敗確率を嫌うのである。

ではZ世代とα世代に共通する感性はあるのか。ある。ただしそれは左右の軸ではない。情報の取り方、時間感覚、判断のスタイルである。短尺の情報、アルゴリズムの推薦、コミュニティの空気。そこで形成されるのは、「理念を深掘りして整合性を詰める」よりも、「いま動くものに乗って損をしない」判断である。この判断の合理性は否定しにくい。問題は、その合理性が、長期の制度設計に弱いことである。

4. α世代は「政治を信じない」のではなく、「政治を全託しない」世代である

ではα世代はどうなるのか。ここで未来予言をしたくはない。だが、世代の“前提OS”が変わることは確実である。α世代にとってAIは道具というより環境であり、正解は固定されず、更新され続ける。彼らは国家や政党を否定するだろうか。たぶん否定しない。だが全託もしない。ここが決定的に違う。

α世代の政治感覚の核は、正義や理念よりも、可逆性・分散性・やり直し可能性に寄ると考えられる。失敗しても戻れる仕組み、局所的に試せる制度、コミュニティ単位で更新できるルール。そうした設計思想の方が、彼らには自然に見える。ゆえに彼らは、既存の「補完勢力ゲーム」に参加しない可能性がある。投票率が下がるかもしれない。しかしそれは無関心ではなく、「別の回路で政治的実践をする」という態度かもしれない。テーマ別参加、ローカル自治、プラットフォームの透明性や規範設計を通じた関与。政治のインターフェースが変わるのである。

5. 最も危ういのは「反対する世代」と「参加しない世代」に割れることだ

ここまでの因果地形を一本に束ねると、最も危ういのはこういう分断である。危機感を持って反対する世代と、そもそも参加しない世代が並立し、間が空洞化する。補完勢力が増えるほど論点は拡散し、誰も全体責任を引き受けなくなる。その結果、強い制度だけが残り、中身の議論が痩せていく。制度は強く見えるが、柔らかさを失う。柔らかさを失った制度は、臨界点で割れる。割れた後に必要になるのは修復だが、修復するための合意形成の筋肉がすでに落ちている。これが最悪のコースである。

6. α世代に渡すべきものは「強い物語」ではなく「長い因果の語り」である

α世代に必要なのは、強いスローガンでも、誰かの正義でもない。社会が何度も誤り、何度も修正してきたという、長い因果の語りである。人間の制度は必ず失敗する。だから失敗しない制度を夢想するのではなく、失敗しても戻れるように設計する。その設計の知恵を、次の世代へ渡す。

それを語れるのは、まだ人間であり、複数の時代を生きた世代である。自分のような「はざま世代」は、その意味で一つの役割を持つ。未来を当てることではない。政治がどこまで壊れにくく設計されているかを問い直し、その問いの仕方を手渡すことだ。

α世代と政治の関係を考えることは、未来占いではない。いまの政治が、短期の恐怖に最適化されていないか、長期の修復可能性を手放していないか、その設計を点検する作業なのである。元旦の紙面は、その問いをこちらに投げてきた。だからこそ、見過ごしてはいけないのである。

2026年1月1日木曜日

年賀状2026

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。



図:2026年丙午(柚木沙弥郎つきよのおんがくかい」から引用)

丙午といえば,1906年生まれの亡くなった祖母。父の継母である。自分が幼いときにはたいへん可愛がってもらった。「丙午」という言葉がたまに大人の口の端に上ることがあったけれど,子どもの自分にはあまりピンとくることもなく聞き流していた。

実際にその影響を肌で感じたのは1966年の丙午だ。当時の出生数は,1965年が184万人,1966年(丙午)が137万人,1967年が194万人ということで,前後の年に比べて27.5%も減っている。この結果,大学進学の学生層が明らかにシフトしたため,どうも今年の学生の様子は例年と違うということで教員の間でも話題になった。

昨今のSNSではフェイク情報や差別的な情報があっという間に拡散する素地があるのだけれど,超少子化時代の人達には丙午はほとんど響かなかったようだ。

P. S. そうか,八百屋お七好色五人女伊達娘恋緋鹿子)の話が発端だったのか。